第99話 魔女狩り(六)教祖彩水

 俺と麻衣が驚いて要を見ると、何事にも動じてない他人事のように軽い姿勢で立っていた。    

 同伴の警官一人が要に近づき、廊下に出るよう肩を乱暴に押し出したので、彼女は倒れるように一歩前によろける。


「何をする」


 俺は容疑者のような扱いに腹立たしくなって、警官と要の間に無理やり割って入る。


「邪魔だ」


 警官が不遜な物言いで、片手を振り俺を退かそうとすると、老齢の森永が言葉をかけてきた。


「いやあ、これも仕事でしてね。白咲さん逮捕で、養子の白咲栞さんに事情聴取がかかりましたので、署まで任意同行願いたいのですよ」

「彼女が共犯とでも思っているんですか?」


 凄く不快な気分のまま、質問を返す。


「いえいえ、白咲栞さんには希教道の開祖として、証拠品が出た応接室の書斎机の所有者として、今回の件について詳しくお聞きしたいのです」


 竹宮女医が俺の肩に手を置いて、もういいとアイコンタクトを送ってきた。


「わかりました。では、私は彼女の付き添いをしてよろしいですね」

「はい。ですが、取調室の中までの立ち会いは遠慮してください」

「一つ聞いてよいでしょうか? 要人警護の森永さんが、何でわざわざ私を?」


 要が森永へ下からのぞき込むように聞いた。


「それは白咲栞さんだからですよ」

「私は危険人物じゃないです」

「ご冗談を。本来なら自衛隊に任せて護送したいのですが、勾玉使い・・・・はまったく認知されておりませんので、私が来た次第です。おてやわらかに願いますよ」


 二人の警官が、要の両サイドにつくと、要は肩をすくめて歩き出す。


『私は人間兵器ですか?』


 彼女からの愚痴のような念話が頭に響いて来た。


 ――当たらずといえとも遠からず。

『もう……忍君も同列ですよ』

 ――俺は栞のランクまで行けてない。でも、大丈夫か? 警察に出向くなんて。

『仕方ありません。逃げれば私も身柄拘束でしょうし』

 ――そうだよな。これからは念話連絡を蜜にしよう。

『はい』


 要たちは長森に連れられて外に出ると、情報を聞きつけたカメラマンたちにフラッシュを一斉にたかれ、パトカーに乗り込むまで映画スター並みに光を浴びせられていた。



 ***



 朝刊の一面は、「連鎖自殺の主謀犯逮捕」をトップで飾り、夜の道場襲撃は一言で済ませてあった。

 続けて催眠実行犯は捜査中として、事情聴取に神祖が出頭と名が上がっていたが、白咲栞の名前は未成年で伏せられている。

 ネットも逮捕を受けて、『教団魔女ざまあwwwww』のツイートが広がり、関心の高さを表した。


「殺人者集団は死ね」

「出てきて、謝罪しろーっ」


 逮捕報道ニュースで不満を持った野次馬が朝からやってきて、希教道前はごった返すことになった。

 罵声や小石が敷地内や歩道に飛び交い、その一帯は道路封鎖になる。

 要が取調室の談話から聞いた数字だが、今日のデモ参加者と野次馬全体の人数は約四千人だったそうな。

 道理で異常な人だかりである。

 プロ市民は人を増員して、解散Dismiss殺人者Murdererの英語のプラカードを掲げて、マスコミ陣から引かれながも居座っている。


 朝、蝉の声と外の騒がしさで目覚めてから、女性スタッフお手製のサンドイッチを俺たちは食べていた。

 外の喧騒と打って変わり、道場の信者は俺を含めて、お通夜のような状態で静かな朝食になっている。

 サンドイッチを食べながら、要に零翔ぜろかけを使いリンクしてみるが、真っ暗で睡眠中らしく念話はあきらめた。

 昨日は深夜に二度ほど念話をしたが、そのときは、眠いのに質問攻めを続けてくると愚痴っていたが、俺が寝てからも続いていたのかもしれない。

 経理担当の中村さんも、一緒に朝食をしに道場へ下りていたが、要に道場を守ってくれと言われ残留している高田さんに、疑問があると質問している。


「生活物資が足りないので、朝からネット購入で送ってもらおうと思ってたのですが……希教道の口座が取引制限をかけられて、支払いができなくなっているんです。これはどういうことなのでしょうか?」

「ああっ、それは銀行口座が凍結されてしまったってことだな。テロ資産凍結か、犯罪収益移転防止法辺りに引っかかった可能性がありますね」 


 高田さんが答えたことで、俺を含め聞いていた幹部はすぐ納得した。


「道場主の逮捕を受けて、警視庁か公安が仕事をした証拠ってことかな?」

「そうですね」

「酷い、もう下ろせないじゃないですか。幹部や信者さんへの食費が」


 中村さんが、手元の現金を調べて真っ青に。

 食費のやりくりできなければ、二十人以上居る食費がまかなえなくなるって、解散まっしぐらだ。

 何気に身動きが取れなくなってきてやっかいだなと考えていたが、例の市民プロが拡声器でがなり始めたので思考が霧散した。


『希教道はトップ逮捕について会見をしろーっ』

『教祖は出てきて謝罪だーっ』

『教団魔女は解散して出て行けーっ』

『魔女退散、魔女退散、魔女退散、魔女退散、うおおおーっ』


「あーっ。ウザッ」


 開口一番、彩水が声を上げた。


「昨日からイライラしているのに、まったくーっ。誰か止めてきて」

「無茶言うな」


 俺が答えると、彩水はこちらに向かってにらんできた。


「よし。忍ちん、会見プリーズ」

「何だって?」


 俺は意表をつかれて、サンドイッチを喉に詰まらせそうになってむせぶ。


「教団として声明発表しないといけないでしょ。逮捕は不当だ、はめられた、陰謀だって記者会見で叫んで欲しい」

「そうですよ、広瀬先輩。ここは男の魔女っ子の公告塔として、バシッと一つ決めてください」


 彩水の話に今村が思い出したくない一言を絡めてきて、正直うつになりそうだ。


「さすがに、今日は出ると石が飛んできて危ないよ」


 麻衣がフォローするように言ってきたが、二人は引かない。


「飛んできても小石ぐらいですよ。それくらい平気ですよね、先輩」

「そうよ。道場主の逮捕に対しての声明発表は必要だからね」


 女性陣の側にいたワン公が一声吠えた。






 また面倒なことになったが、ここは腹を決めて、彩水と今村が書いた声明文を持って外に出た。

 歩道と道路は人だかりで、俺が玄関から出て歩き出すと、マスコミ数十人が一斉にかけより、希教道の敷地内と歩道の間に立てかけた二枚のコンパネを境界線にした先から、カメラや携帯電話、マイクがこちらに向けられた。


「これから希教道の発表をいたしまーす」


 声を上げて話すが、周りが騒がしく、遠くまで伝わらない。


『希教道は拡声器もないのか?』


 一斉に笑いが起こった。

 無視して手にした声明文を持ち上げ、身近に駆けつけたカメラや携帯電話に向けて話し出す。


「希教道の道場主逮捕は、不当逮捕ででっち上げの、冤罪であり、連鎖自殺とは一切関わりはありません。何の罪か、女子高生信者まで、事情聴取と称して監禁されました。こんな暴挙は許されていいものでありません。二人の速やかな解放を警察へ要請します。そして希教道の潔白をここで表明いたします。以上、希教道信者一同より」


 簡素な文を噛まずに、話せたので少し安堵するが、取材陣から質問が飛んできた。


「怪しいな、本当に希教道は白なのか?」

「それは警察は無能ってことでいいんだな」

「声明文に嘘混ぜて、人身を惑わせる気か。大した玉だぜ」


 質問でなく、言いがかりだったので、質問応答終了を宣言。

 そこにあの看板ジャーナリストとか言う森本が、顔を出して何か言ってきたので、無視して戻ろうと背を向けたら頭に軽い痛み。

 次に肩に痛み、すぐ足元に小石が二つ落ちた。


「あっ、やば」


 それを合図に、いくつもの小石が飛んできて、森本記者や他のマスコミ関係者にも当たり、一気に入り口から人が散っていった。


「いってーっ」


 肩におおきな痛みが来て、少しふらついたが、開いてる玄関へ走って入ると、麻衣と純子、篠ノ井が待ち構えてドアを閉める。

 その玄関口まで小石が飛んできて、しばらくドアに小石が当たる音が響いた。


「ごくろうさん」

「ありがとう。いやーっ、マジに痛いの一個喰らったわーっ」


 俺が玄関の上がり口で座り右手を左肩に当てて摩ると、麻衣が「大丈夫?」と持っていたうちわを扇いで、肩に風を送ってくれた。


「あんな沢山の小石、投げつけるために、どこかから持ってきたのかしら?」

「棒ッ切れも飛んできていた」

「騒ぎたい奴が拾い集めたのよ」


 俺は見たままを彼女たちに話す。


「小石が詰まったビニール袋を持ったプロ市民数人と、それに群がる野次馬が石を鷲掴みにして投げていたんだ」

「石を配っていたの? なんて奴ら」

「警備してる警察は、注意とか警告しないの? 当たれば暴行罪でしょ」

「当たらなくても、当てようとした意志があれば罪になるはずよ」

「警官は見て見ぬふりだったね」


 俺は、「残念だけど」と肩をすくめて見せた。


「不当逮捕の警察など、当てに出来ないわよ」

「仕事してますポーズだけね」

「どの道あれだけの野次馬、少数の警官でどうにかできる規模じゃないし

「ひどいわーっ」

「まったくね」


 麻衣、純子、篠ノ井の三人が不満トークを始めていると、石が当たる音が止み、また選挙カーのごとく拡声器から声が大きく響きだした。

 封鎖された道路上で、道場入り口に向かってプロ市民団体が陣取った感じになり、マスコミ陣も尻込みし始めている。


「先ほどの声明文が気に入らないと見えて、前面に来ちゃってるわね」


 玄関からのぞいた純子の感想である。


『殺人集団は罪を認めろ』

「男の魔女っ子は、もう出てこなくていいぞ」

「本当の魔女教祖、出て来いーっ」

『教祖が直接釈明してみろー』


 一般の若い野次馬も参加して、入り口まで来て、好き勝手に怒鳴っていく。


『魔女たちは怖くて外に出れないようだ』


 外から笑いが溢れた。


「あいつらー」


 窓から外を見ていた彩水が、咆哮を上げて、俺たちのいる玄関へやってきた。


「むきになったら、連中の思う壺です」


 直人が横について助言するが、関心を持たない。


『魔女教祖、魔女教祖、魔女教祖ーっ』

『教祖も信者も早く自殺しろーっ』


 また、煽るように声が聞こえてきた。


「もう我慢ならん。一発バーニングをお見舞いしてやるわ」


 それを聞いた俺や直人は、ドアを塞ぎ、麻衣たちも慌てて、彼女の体を押さえる方に回る。

 拡声器がハウリングを起こし、外は少し静かになると、拡声器の持ち主がしわがれた声に変わった。


『お前たち間違っているぞ』

『そうよ。かんなぎ様は人を見通せる素晴らしきお方じゃ。決して殺人者の片棒を担ぐ者ではないわ』


 外から反論する声に変わり、驚いた俺たちは、半分開け放たれているドアから外の様子を見てみる。

 プロ市民団体に数人の老人たちが、代表の押見から拡声器を取り上げて話していた。


「あれは……信者の爺さん婆さんたちだ」

「教祖の悪口にたえられなくて、駆けつけてくれたんじゃない?」

「彩水ちゃんを僕たちを助けにきたんですよ」

「ああ……っ」


 玄関口で騒いでいた彩水も動きを止めて、黙って外を眺めた。


『逮捕はきっと間違いだ。すぐわかる。マスコミに扇動されるな』

「道場主は真面目な方。何か行き違いがあったに過ぎない」


 押見代表が、また拡声器を取り戻して老人たちから距離を取ると、他のプロ市民の連中が対応した。


「何だこの年寄りたちは?」

「じゃまをするな爺」


 白いポロシャツに目がくぼんでやせた男が、老人たちを指差した。


「そいつらは希教道の信者だ」

「やっぱりそうか」


 余計なことを言う、あの目がくぼんだ男は、押見代表と道場へ抗議に来ていた一人だ。


『希教道の信者に鉄槌を!』


 拡声器で正体をばらすと、案の定、信者とわかったら、お構いなしに小石を老人たちに投げつけた。


「殺人者の仲間が、のこのこ出てくるんじゃねえよ」

「そうだ。犯人の味方してんじゃねーっ」


 周りも野次馬が混じって老人たちを囲い、若い不良たちが遠慮せずに罵声とともに手や足を出した。


「うわーっ。よせ」

「いっ」


 一人の老婆が頭を叩かれ路面に座り込み、他の老人も足蹴りを避けながら囲まれていった。

 別の威勢のいい爺さんが腕を振るうが、茶髪男がうしろから羽交い絞めにして落としてしまう。

 路面に意識なく横たったのを見て、別の老人が焦って声を上げる。


「くっ、やめんかお前ら……そこの警官、こいつらを止めさせ……いっ」


 近くにいる警官は、知らん顔でその場を離れて人ごみにまぎれていく。

 救助要請をしてた老人も、胸を手刀打ちされて苦しむと片手をついて倒れた。


「止めろーーっ!」


 彩水の絶叫が響いた。

 だが、囲っていた男たちの一部が振り向いただけで、他は倒れた老人たちをまだ足蹴りしている。

 囲みの外にツインテールの彩水が走りより、そのまま野次馬を押しのけて中へ入っていく。

 彩水は俺や直人たちを振りほどいて外に走り出ていき、玄関にいた幹部もあと追いで敷地外に出てしまう。

 老人たちに危害を加えていた若い不良グループは、見覚えのあるショッピングモール街で出会った陽上学生たちだ。

 その中に作務衣の背の低いツインテール女子が割って入ってきたので、戸惑って少し距離を取っている。


「ここは危険です。まずは道場に避難してください」


 彩水が不良学生たちから、老人たちをかばうように手を差し伸べた。


「おおっ、かんなぎ様」

「元気で何よりです」

「じっちゃん、ばっちゃん、大丈夫?」


 彩水は振り返り、あとからついて来た直人や今村たちに、年寄り信者たちを任せようと思ったが、野次馬に阻まれて立ち往生してしまったことに気づく。


「ちっ、駄目ねえ」

「おい、かんなぎって何だ?」


 別の学生が茶髪男に聞くと、うしろに控えていた森本記者が答える。


「馬鹿だな。希教道の教祖様だぞ」

「なにーっ」


 周りのものが一斉に彩水に注目した。


「このちんちくりんが?」

「小学生が迷い込んできたと思ってたぜ」


 近くの男が笑いながら、彼女の頭を掴んで押し出した。


「こいつが、魔女教祖様だったのか? 笑えるーっ」


 茶髪男が彩水の細いツインテールを掴んで引っ張ったので、彼女の体がよろけた。


「ばっ、痛いじゃないの」

「若いの、止さないか」


 立っていた老人が抗議するが、お構いなしに続ける。


「こんなのが魔女教祖だったなんて、馬鹿にされたもんだ」

「あっ」


 不良学生が彩水の頭を小突くと、彼女は勢いよく手をついて倒れてしまった。

 俺は今村たちと人の輪の中へ入ろうとするが、報道陣に止められてインタビュー攻撃を受けて立ち往生。

 目的の先走った彩水は、路面に座ったまま声を上げた。


「私たちは悪の魔女で、お前たちは善の裁判官なのか!? それこそお笑いだわ」 


 学生たちは、彼女の咆哮に一瞬沈黙する。

 ゆっくり立ち上がった彩水は周りをにらんだ。


「マスコミの嘘の尻馬に乗って、高みからの間違った非難は、滑稽過ぎるわよ。世の中は善も悪もない、事実だけ。あなたたちの行動は、メディアに洗脳され沸きでた感情のまま動いている猿だわ」

「魔女教祖が何抜かす」


 その返答のように、うしろから小石が飛んできた。

 彩水の体に当たるが、気にせず声を上げる。


「まだ、だまされていることがわからないの!」


 続けて手のひら大の石が彩水の後頭部に当たり、跳ねて不良学生の足元に落ちた。

「うっ」


 彼女は手を頭に当てて苦痛を漏らすと、その手から血が流れだした。

 石を投げつけたのはプロ市民のグループ内からで、一人が腕を上げ手応えありとジェスチャーしている。

 それは、あの目がくぼんだミイラのような男。

 顔を上げた彼女は、投げた男をにらみつけた。


「自分の意志で物事をとらえ、マスコミの奴隷にならず、反骨しなさい!」


 彩水は本人自身へ語るように、腹のそこから咆哮した。

 俺は野次馬の間をぬいながら、その様子を目撃し、義憤に駆られ感情をむき出しにしたくなった。

 だが代わりに、彩水と男たちの間に、昨夜の熊が現出。

 立ち上がって二メートル以上の巨体を野次馬の集団に見せて野獣の雄叫びを上げた。


「わわっ、くっ、熊だ!」

「突然、どこからやってきたんだーっ!?」

「本物か? どこかから逃げ出したか!」


 身近なものは驚愕してうしろへ飛び下がると、うしろの野次馬が倒れ、また重なり倒れ、ドミノ倒しのように何人も下敷きになる。


「わーっ」

「下がれよ、ばかやろー」

「いてっ、踏むな」


 周りは声を上げて逃げまどい、路上は騒然と化す。

 熊が現出させたが移動させないので、周り数メートルに人がいなくなり、残ったのは仁王立ちする彩水と硬直して座り込んだ老人たちだけになった。


「おおっー、火だ」

「こんどは何が起こった!?」


 さらに彩水たちを守るように路面から炎が舞い上がり、熱さと恐怖で野次馬を押し下げていく。

 今の混乱した状況を撮影しているマスコミ陣は、驚きと現実を見て酷く戸惑っている。


「このファインダーは、どうしてだ。ありえない」


 まやかしイミテーションの熊や炎が、カメラの液晶画面内には映ってないことに、交互を見比べて幾人かは狼狽している。

 教祖の危機に今村、直人の二人が、禁断のまやかしイミテーションを公開してしまった。

 俺も同じ行動を起こそうとしたから、彼らを心情的にせめられない。

 野次馬や不良学生たちはある程度下がったら、プロ市民たちから小石を奪って、熊に向けて連続投射しだす。

 今村と直人が彩水の前に立ち、飛び石から守るように両サイドにつき、周りを警戒する。

 俺は遅れて合流し、座り込んだ老人たちの状態を見て、今はただ驚いてるだけとわかり安堵した。

 羽交い絞めで落とされた老人も、起き上がって問題ないと腕を上げて合図する。


「ここは危険です。道場に避難を」


 老人たちに手を差し伸べると、彼らは立ち上がり彩水に向かって頭を下げた。


「かんなぎ様、ありがとうございます」

「熊を召還させるなんて、教祖様は凄いですじゃ」


 直人が彩水の傷付いた額に、ハンカチを当てて止血をしている。

 そこへ熊に石を投げていた連中が、こちら側にも投石を開始した。

 俺も後追いだが、まやかしイミテーションを使って連中を黙らせようと画策する。

 彩水を魔女教祖と言うなら、彼女を聖女教祖に変えればいい。


「打ち震えるがいい市民ども」


 俺がつぶやいた独り言を、今村が聞いていて、中二病と言い鼻で笑う。

 気にせず零翔ぜろかけをこの辺一帯に向けて、広範囲幻覚ファントムシンドロームを放つ。

 夏の暑い太陽が淡く変わり、熊も炎も消えて、道路も歩道もなくなり、信号機もマンションも家並みも消えて、全ての果てまで一気に草原に変わった。

 見渡す限りの草原。

 草原。

 草原。

 一面の草花。

 それを揺らす淡い送風。

 静まり返った空間に、小鳥のさえずりだけ聞こえる。

 そこへ雲が地面すれすれに流れ込んできた。

 状況についていけず、声も出せずに呆けている野次馬やマスコミ取材陣たちの周りに、白い綿あめのような雲がゆっくり移動していく。


「おっ、なんと」

「これは」

「僕の熊を上書きしたな」


 老人たちは驚愕し、今村は口をへの字にした。

 彩水には聖女らしく、巫女装束に純白の千早を羽織り羽衣もかけ、巫女天女になってもらう。

 はくをつけるため、背中からは大きな白い羽根を生やして上級天使も盛り込ませる。

 そして天から舞い降りてきた設定を流布した。

 俺たち男性人も付き添いで、ハイブリッドの巫女天女天使に変身させる。

 また男の巫女っ子とか、流行らないで欲しいと願う。


「おおおーっ」


 また身近な老人信者が喜びの声を上げた。

 見ている住人一人ひとりは、他の野次馬やマスコミ陣全員、巫女天使彩水にかしづく幻想を見せているので、本人だけ立ち尽くしている状態になっている。

 それに伴って、それぞれが独自の行動を取りだした。

 惚けてたまま立ち尽くす者、

 失神して倒れる者、

 ありえないと叫ぶ者、

 奇跡だ、光臨だと歓喜する者、

 幻覚の行動を真似してひざまづいて頭を下げる者、

 本当に感動して涙を流している者、

 戦慄を持って座って頭を地面に擦りつける者、

 恐る恐る逃げ出す者まで、さまざまだったが、マスコミ陣はわけがわからずとも映像を撮り続けていた。

 さすがに石を投げつけたりするものは消えて、彩水が中心の聖地とした様相を示しだす。


「こっ、この広範囲の幻覚は、しっ、忍ちんか?」

「でしょうね」


 彩水の質問に今村が答えて、直人も肯定した。


「こ、この格好は、ひっ、非常に恥ずかしいから、やっ、止めろ」

 自分の巫女天女天使状態に慌てている彩水。

「道場に戻りましょう。教祖様からどうぞ」


 俺がうやうやしく言って先導すると、しかめっ面して歩き出す巫女天女天使彩水、そして続いて老人たちが、「ありがたや」と唱えてついていく。

 全員が道場の玄関まで入ったところで、幻覚イリュージョンの消去を行う。

 しばらく静かだった外は、突然騒がしくかなり、喧騒がたえなかった。

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