第98話 魔女狩り(五)殲滅
黒尽くめの侵入者は、四人が道場内へ入り、廊下側の三人は、二人が階段上、一人は廊下から玄関の見張りに回ったようだ。
それを見た要は、道場の信者たちに指示を出し、端の方に移動させて攻防に備えさせる。
柴犬が侵入者に吠え立てて仕事をするが、女性陣に連れられて下がると、彼女たちが騒ぎ出した。
誰かが何か現出させたのかと、
俺が目を見張ると、要も頬に手を当てて驚いいて柴犬に抱きついた。
「まさか?」
ワン公の能力発動で防御柵を? 他にいないし……しのぶくんの有能さを上方修正することにする。
前方では、今村は向葵里をうしろへ下がらせて、四人の先頭にいた黒のサングラスの男の前に歩み出て対峙した。
彩水は持っていたテーブルを直人に渡して、腕を組みながら一言言う。
「今村ちゃん、やっちゃいな」
「何を寝言いってる? えっ、チビ助」
サングラスの男は、ムッとした彩水にいちべつしたあと、持っていた木刀を片手に上げ今村に振り下ろした。
さすがに目の前からの攻撃は、見ている俺でも体が固まってしまう。
男の振った木刀は、立っていた今村の頭部に食い込んだ。
と思ったら、今村は消え、空を切った木刀は床板に当たり、男はバランスを崩す。
同時にサイドに回っていた長身の曽我部が、サングラス男にタックルをかまして押し倒し、取っ組み合いに持ち込む。
今村は対峙する前の場所に立っていて、効果的に
一人無防備に立っていた向葵里のところへ、弾力のありそうな太った男が、バットを振り上げて襲い掛かった。
そう思ったが、男は驚愕して動きを止める。
目の前に突然二メートル以上もある熊が天上すれすれに立っていて、スコップのような猛獣の腕が
電池が切れたように、太った男の体は床へしゃがむように倒れて動かなくなる。
今村が急いで彼女の腕を取り、うしろに下がらせると熊は消失していく。
まだ彼のまやかし《イミテーション》は、集中してないと最初の命令だけで終わるようだ。
道場内へ入ってきた残りの男たちは後退りしだすが、背後の廊下の階段から大きな音がして振り向く。
侵入者が登ったと見られる階段上から、黒服の男二人が逆さまに滑り落ち、通路の床に倒れて頭を押さえうずくまる。
階段からゆっくり下りてきた高田さんは、一人の男の腕を取り、持っていた紐で縛って動きを封じた。
それを見た残りの二人の賊は、鉄パイプを持って要たちのいる信者たちへ特攻を仕掛ける。
「バーニング」
彩水が必殺の声を上げると、小走りに結菜が彼女の横につき、遅れて同じ名を連呼した。
空中に現れたバレーボール大の火の玉が二つ、要や信者に襲い掛かる二人の賊にシュート。
男たちの顔面と腹部にそれぞれアタック、火の玉は破裂して二人の体を燃え上がらせた。
「うあっ、つうーっ、ああっ」
悲鳴を上げた男たちは、床に転げまわって必死に火を消そうとする。
結菜が焦って、両手を上下に揺らすと男たちにまとわりついていた火は消えていく。
彩水が結菜の頭を撫でて、優しいなと誉めるのと対照的に、黒の
別の叫びが上がりそちらに目をやると、曽我部と取っ組み合いをしていたサングラス男の声が、腕を押さえられてぐったりしている。
相手の曽我部が能力なしの腕力だけでサングラス男を制圧したらしい。
「今村先輩誉めてくださいよ」
「おっ、おお……よっ、よくやった」
額から血を流し膨らんだ顔に笑顔をのぞかせる曽我部に、今村は顔を引きつらせる。
残りは廊下にいた一人、俺は道場から通路へ出てみるが消えていた。
「あれ、いない」
高田さんも階段落ちした二人目を無力化して、こちらにやってきたので忠告する。
「たぶんもう一人、クリニック室か、応接室に隠れています」
彼は無言でうなずくと、閉まっているクリニック室のドアを勢いよく開けるが、室中にはいない。
俺が応接室のドアを開けようとすると、高田さんが手で制して任せろとゼスチャーする。
ドアに背を預けて、ゆっくり開けるとスムス手袋を装着した手がバタフライナイフを持って飛び出てきた。
速攻で高田さんの腕でナイフは叩き落されると、その腕はひねり上げられて黒服の男は床に倒れていった。
一瞬の出来事に息を呑む。
廊下まで顔を出していた信者たちが、高田さんの捕り物劇を見て喜びだす。
「やったーっ」
「もしかして、全員返り討ち? スゲーッ」
最後の一人になった黒いショルダーバッグをかけた男を、高田さんが無力化したところに、表玄関のドアが激しく叩き出された。
「警察だ。何があった!? ドアを開けなさい!!」
突然表玄関から警官が複数やってきて怒鳴りだした。
階段から下りてきていた道場主が、廊下から様子をうかがう女性信者に開けるように指示。
玄関に出た女性信者が、鍵を外すと五、六人の警官が強引にドアを開けて入ってきた。
「侵入者だな? 捕まえるぞ」
道場主に高田さん、彩水が、警官たちと対峙するが、一人を残して他はお構いなしに道場へ入っていき、倒れている侵入者に近づく。
「残念だけど、みんな撃退したわよ」
彩水が鼻高々に、散っていった警官たちに言い聞かせるように話した。
道場や廊下に倒れている
「部長。こいつらは、ブラック団ですね」
「ほう。わかった、続けてくれ。……それで私は、県警の警備第二課、永友と言う。この状況を詳しくお聞きするがいいな?」
永友と名乗った私服警官は、ゆっくり警察手帳を彩水たちに見せて状況を聞き始める。
倍近くの数で圧倒して一方的に倒された侵入者に、首をひねる永友を相手に満面の笑顔の彩水。
台所から戻ってきた麻衣たち三人が、奥で失神している三人の侵入者以外は誰もいないことを調書を取っている警官に告げていた。
警官たちは、高田さんに制圧された三人の侵入者を立ち上がらせて外へ連れ出す。
まあ、半分以上が失神続出で、タンカに運ばれて話せる者が少ないのもあるが。
『警察早すぎです』
要が俺の横に来て
――俺も今思っていた。呼ぶより先に来て……。
『注意した方がいいですね。警察も私たちには好意的ではないでしょうから。……しかし、こんな大勢の侵入者が来るなんて、失敗です。相手を見くびってたようです』
――警察が来てしまって、連中にシータッチの情報収集が困難になってしまったな。
『全員からは、今は無理ですね。先ほどの彩水たちのバーニングで倒れた一人にだけ
――ああつ、もう視てたのかい。それは良い。どんな情報あったの?
『……彼らの予定では、家に帰る信者を次々に拉致するつもりだったらしいです。でも私たちが教団にこもり始めたから、予定を変更して襲撃に変えたんです。ここの信者は連鎖自殺の主犯だから、暴力も、レイプも、略奪もかまはねえ、好きにやれって言われてた。おまけにお金も受け取る段取りだったみたい』
――ヒデー話だな。そのお金はやっぱり、スポンサーから?
俺が眉をひそめて要に聞く。
『連中と接触して、金を渡してたのがプロ市民代表の押見でした』
見たくないプロ市民の闇を垣間見た気がする。
――世の中、狂っているな。
『まったくです』
目の前を新たな警察官捜査員が複数入り、なにやら話し出すと、
「おい、鑑識」
県警の永友が別の捜査員と話しをしたら、声を上げ応接室へ入り、道場主と彩水が顔色を変えて後をついていった。
犯人を連れ立って外へ出るのと交代で、鑑識官が数人入ってきて廊下を進む。
犯行現場の調書を取るにしても、随分手際がいいなと思っていると、応接室の出入りが慌しくなる。
「それは違う!」
応接室へ入った道場主が大声を上げたので、俺と要も室内へ駆け足で入った。
「こっ、これは連中が、侵入者が持ち込んだものだわ」
彩水まで、気色ばんで不穏な声を上げているので、要と顔を合わせて二人の脇へ進む。
奥の書斎机上が乱暴に荒らされて、開いた引き出しの中を鑑識官がむき出しのプリント写真を何枚か撮ってからビニール袋に一枚づつ入れだした。
連鎖自殺者の見覚えのある顔写真に、知らない顔写真のプリントが、ゴム手袋をつけた県警の永友の手でめくられていた。
「これは……連鎖自殺者の指名された残りのいじめ相手の写真じゃないのか?」
「だから我々は知らんものだ。あるはずのないもの」
――警察しか知れえない写真が、置いてあるってのは……。
『ええっ、お察しの通りだと思います』
「指紋を調べればわかることだ。それに侵入者が持っているのもおかしな話じゃないか。えっ、そうだろう」
永友は持っていた証拠物を鑑識に渡しながら、恫喝するように言った。
「だから、我々だって、未だにそんな物置いておくのだって疑わしいではないですか」
「はあっ、見苦しいですな。状況が全てを説明しているんだよ。ブラック団の連中は、金品を探していて鍵があったこの引き出しを壊して開けたら出てきた。それだけでしょ? ……おい、もっと調べてみろ」
鑑識員が鍵が壊れた一番下の引き出しの写真を撮ってから、中を調べだす。
すぐ鑑識が丸いものを永友に渡す。
「おっ、これは」
それはケースに入ったDVDでこちらへ向けられる。
ラベルには『イジメ相手請負ます』と黒字の明朝体がプリントしてあった。
「パニッシュメント・パーソンと名のるユーザーの誘い文だね。もう言い逃れはできないぞ。希教道!」
「ありえない」
「そうよ。はめられたのよ。あんたたちもわかっているんでしょ」
道場主と彩水が激昂するが、永友は無視して警官に連鎖自殺被疑者確保と車の依頼を指示する。
『下段の引き出しには、あんなもの入れてなくて……忍君が守ってくれていたDVDと緑色のファイルを入れてたのに』
――えっ? じゃあ……それって。
要が頭を押さえてふらついたので、俺が押さえる。
『やられました。……犯人証拠資料に入れ替えられました』
――やつらの侵入の目的はこれだったのか。
最後に制圧された黒いショルダーバッグをかけた男が思い起こされた。
すぐ警察官に連れて行かれたが、まだいるのではと思い永友に声をかける。
「すみません。先ほどの侵入者にショルダーバッグをかけた男がいましたが、そのバッグの中身は確認しましたか?」
「それはこちらの仕事だ。それと守秘義務って言葉知っているか? そう言うことだ」
「ちっ」
彩水が舌打ちをしたので、俺の言い分を理解しているようだが、どうにもならない。
――参ったな。動きが取れない。
『今は仕方ありません。これからの対処を考えた方がいいでしょう。まず緑色ファイルの場所を特定されてたのなら……やはり
――
『そうなると、東京出張のときに面識があった者からになります』
――俺と栞は
『ええ。それと城野内緋奈からもあります』
――城野内より麻衣からだろう。俺がもう少し彼女に
『麻衣さんも被害者です、のぞきをされたんですから。それに証拠品はどこにでも置いていかれます』
要は俺に向いて優しく念話してきたあと、ゆっくり頭をたれた。
『今回も私が、信者たちが拉致されないように、感情的にまた動いてしまったから、裏目に出て来ているんです』
――それって、道場に篭城したこと? さっき言ってた家に帰る信者を次々に拉致することを避けたってことなら、まだ誰も傷ついてないし、取り返しは利く。要の行動に悪いところはないぞ。
『はい……忍君にそう言ってもらえると、元気出ます。今は耐え忍ぶところですね』
永友はゴム手袋を外しながら、道場主たちに言う。
「連中が侵入してくれたおかげで、とんだ拾い物が発覚できたぞ。……とにかく、この証拠資料は預からせてもらう」
「だから、我々は、そんな物置いてなかったんだ」
「話は署で聞きますよ。同行願います」
道場主と彩水が口を空けて呆けて、隣の高田さんは苦虫をかみ締めている。
単純な捏造なのに疑問すら思わないコイツは何だ? この永友も一枚噛んでるのか……。
「やっぱり貴様らが犯人だったか。騙されたぜ」
大声を上げて応接室に入ってきたのは、柳都公安の佐々木だった。
「ああっ、来られたのですね」
永友が頭を下げてる前に佐々木が立つと、道場主が食ってかかった。
「犯人だと? これは冤罪だぞ」
「ああっ、わかった、わかった。言い分は署で聞くから。……で、出た物はこれか?」
佐々木が永友に聞きながら、床に敷かれたブルーシート上のプリント写真やDVDに目をやる。
「それだけ証拠が出ているのに、こいつらは」
ブルーシート上のファイルを見るため、佐々木が腰をかがめたところで、要が前に出て肩に触った。
「すみません。それらのモノは私たちとは一切関係ありません」
「ふふっ、お嬢ちゃん。魔女ってのは、ばれたら裁判にかかるもんだ。あきらめが肝心。白を切るのは、自ら拷問にかかること。見苦しい最後が待ち受けているだけだぜ」
彼女の手を掴んで引き寄せた佐々木は、要の顔を見据えて言った。
すぐ手を振りほどいて佐々木から離れた要は、驚きながら俺の隣まで戻ってくると反論する。
「魔女裁判ってのは、人類の汚点よ。誰が問題なのかしら?」
目を細める佐々木だったが、事態は変わらず、道場主は私服警官とともに事情聴取で任意同行させられた。
そのあとも警察官数名が状況確認で調書を取っていたが、十時を回る頃に終わり全員外に出ていったあと、竹宮女医が血相を変えて飛び込み、すぐ幹部会合が二階の事務室で行われた。
「そう。任意同行で連れて行かれたの……」
「はめられたんです」
「もー、最悪。最悪」
椅子に座り頭を抱える竹宮女医に、純子と彩水が悔しさをにじませて言ったが、他の幹部も同じ気持ちのようで顔を落として暗かった。
「高田さんはどう思う?」
「あの証拠品だと道場主の逮捕は免れません。その後をよく見据えて、状況をどう乗り越えるか考えるのが妥当かと」
女医の質問に、高田さんは落ち着いて今後の対策を練ることを進言した。
「そうね。……まずはしばらく幹部や信者には、外にでないことを徹底した方がいいわ。出るとしたら複数で車移動のみとしましょう」
「今回の侵入者で、怖くなって帰りたくなった信者がいるんですけど」
向葵里が挙手して小さい声で言った。
「それなら、家に送り返しましょう」
「開いていた着替え室の窓、そこから侵入されたから何とかしないと」
「暑くなるけど入り込めないように物を立てるか、板を張るかした方がいいね」
純子の発言に彩水がすぐ答えた。
「しかし、希教道の回りをウロウロしていた警察は無能だな。十人もの侵入者を認識すら出来なかったなんて」
今村の不快そうな言葉に、顔を腫らした曽我部がうなずく。
「一つ報告します」
俺の左隣にいた要が、ポニーテールをゆらしながら前に出て言った。
「さきほど、県警公安の佐々木さんにタッチして
その場の全員が要に注目した。
「まず、侵入してきたブラック団に金を渡して、私たちを叩くのを依頼したのが、プロ市民代表の押見です」
「えーっ!?」
麻衣や純子、
「やっぱりね」
だが彩水は、疑ってたから驚きもしなかった。
「その市民代表の押見にブラック団をお金を介して紹介したのが、柳都公安の佐々木と言うことがわかりました。ブラック団には彼の部下が仕切っていて、証拠品の仕込みもその流れのようです」
「えーーっ!?」
今度は女性スタッフに彩水や直人が加わって驚いた。
「お金を握って、ギャング団を使い嘘のでっち上げとか、まるで暴力団みたい」
右隣の麻衣が不安そうに言うが、俺も驚き、もう一人の公安員を思い浮かべた。
「じゃあ
「まだ、わからないです。ただ正式な森永さんと比べて、県警の佐々木は酷く怪しい感じはしてましたから、独断で事件を動かそうとしているんじゃないかと推測します。正式な公安と昔の流れを汲むやくざ公安の違いでしょう」
「昔の流れとは?」
俺が首を傾けて要に聞くと、変わりに高田さんがわかりやすく解説してくれた。
「江戸時代の同心と岡っ引きの関係のことですね。それが今も公安で一部続いていると言います。岡っ引きは、元々犯罪者で罪を放免してもらうための業務で、その関係が正式な公安と元暴力団員の公安幹部ってわけです」
「攻殻機動隊だ」
黙っていた曽我部が納得して言ったが、俺と今村は『あれは暴力団でなく、軍人だろ!?』と心に突っ込みを入れたが、それ以外の女性陣は意味がわからず頭にはてなマークをつけていた。
「その佐々木の部下がさっきのブラック団の一人で、そのストリートギャングを動かしたのが実情です」
そうなると表に来ている県警も、警備第二課の永友も、信じていいかわからないな……周りがみんな敵に見えてくる。
「佐々木って奴は、犯罪者に対して犯罪で応戦するってことっすか? それで俺たちは、はめられたわけだ」
「私たちは犯罪者じゃないわ」
曽我部の感想に、彩水が彼をにらんで訂正を入れた。
話もひと段落したところに、信者の女性が、事務室に入ってきて、「また警察が来ました」と告げたので全員いぶかしげな目をした。
私服警官三人で、その一人が
応接室の書斎机の前で体格の良い警官二人と雑談していた森永は、俺たちが入ってくると代表として丁寧に挨拶した。
「夜分たいへん恐縮です。では最初に申し上げることがあります。希教道道場主の白咲さんは、二十二時三十分に逮捕されました」
「えっ」
俺や麻衣は驚くが、女医は意に介さず前に出て聞いた。
「それは何の容疑でですか?」
「連鎖自殺と見せかけた連続殺人の容疑です」
そこで女医が額に手を当てて唸る。
「うっ……で、こんな夜に何の用ですか?」
「白咲栞さんに事情聴取がかかりました」
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