第92話 真夏の抵抗(二)
「忍って、昨日私を送ってから、ここへ、栞のところへ戻ってきたの? そうでしょ?」
念話までも行かず、どうしようと俺が栞に首を傾げると、彼女はもう駄目じゃない、と首をゆっくり振る。
「まあ、えっと……気を失ったままで心配だったからな」
「じゃあ、昨日の夜は一緒だったってこと。ふーん」
険のある言い方と両手を垂らして手を強く握る麻衣が、段々怖くなってくる。
「したの?」
俺と栞はまた顔を見合わせる。
「ねえ、したの?」
「えっと、麻衣……その話は別のときに、今度でいいよな、なっ」
「酷い。酷い。忍の裏切り者。裏切り者。信じらんない」
俺を責める麻衣の目から涙があふれていて、もう何も言えなくなる。
しばらく黙っていると麻衣は栞に向き直った。
「栞は酷い。手を出さないって約束したのに」
えっ、そんな約束二人でしてたのか?
俺は栞に向くと、彼女も見返して肩をすくめた。
「麻衣さんとの約束を破ったつもりはありませんよ」
「そっ、それって……忍を盗ってないて言うつもり!?」
麻衣が栞に勢いよく喰い付く。
「たしかに私は、忍君と昨夜一緒でした。でも、それだけです」
「それだけ!? したんでしょ!」
「その……コホッ、約束ですもの、麻衣さんはこれからも忍君とよき恋人でいてください。私は忍君に必要な女性でありたいと思ってるだけです」
「だ・か・ら。勝手なことしておいて、何綺麗ごと並べているの!」
彼女がヒートアップしてきたので、なだめようと割って入る。
「俺は麻衣に不満はないから、落ち着け」
「私が今非常に不満なんですけど!」
「あっ、はは……」
墓穴掘った。修羅場は苦手だーっ。
「昨夜、私の心が壊れそうだったから、忍君は優しいからついていてくれたのです。そんな優しい彼だから麻衣さんも好きになったんじゃないですか?」
「そっ、そうだけど……忍の心はあなたには、縛れないわよ」
「そうですね。麻衣さんも同じで、彼の心を縛れないでしょ?」
「俺は優柔不断だから、一人の女性に絞るには、まだ早いと思う」
「なんて都合のいい言い訳してんのよ!」
麻衣は両手を握ったまま立ち尽くす、怒りポーズを止めない。
「俺に親しい女の一人や二人いても、いいじゃないか」
「わーっ、開き直った!!」
麻衣が不快そうに言った。
「他の女性が忍君に不要と思われるくらい、麻衣さんが心奪われる存在になればいいのでは? そんな魅力持ってますし」
「へんな誉め方しないでよ、不気味だわ。それに約束したでしょ。手を出さないって!」
「またそこか」
根に持つタイプなのは感じてたが、俺の突っ込みで怒りの目がこっちに向く。
「忍がそれを言う?」
「うっ」
栞が車椅子を動かして、麻衣の前に移動すると頭を下げた。
「んと……すみません、そのことなら謝ります。でも、先ほど言ったとおり、私は約束を反故にするつもりはありません」
「はあっ? 約束を破ってないのなら、それって……二号さん表明ってことにならない?」
「それは……」
顔を伏せる栞は少し震えた。
どこか約束に虚無感を漂わせている栞が、気になるが今は我慢。
これ以上、麻衣を栞に話させるのはヤバイ。
「いやっ、あのさ、麻衣」
「なによ忍!」
「……手を出したって言うなら、俺だ。認めるよ、彼女に手を出したのは俺」
麻衣は、負の感情を宿した目を向けてくるので、頭をかきながらうなずいてみせる。
「忍君は、何を言ってるんですか」
――栞。ここは俺に言わせてくれ。
麻衣が控えているので、俺は念話で言った。
『忍君? でも、誘ったの私だし、約束の話もありますし』
――麻衣と俺との問題でもあるから。……言いたいことはあるだろうけど、ここは黙っていて欲しい。
『でも……』
――俺が原因だから、二人で話させてくれ。その方が説得できるから。
栞は、額に手を置いてうつむいた。
麻衣は無言の俺の目の前へ歩を詰めて、小さく声でなじってきた。
「浮気者。浮気者。浮気者」
続けて彼女の拳が、俺の腹に鋭く入ってきた。
「いっつ……おおい。ま、麻衣……マジに入れてきたな」
「今の私の気持ちよ」
俺は腹パンを食らって痛みで体をねじると、応接室のドアが開いているのに気づく。
その隙間から彩水と純子が顔を出して、ニヤついたり、驚いたりして見ていた。
いつから見てたんだよ、こいつら。
『お腹、大丈夫ですか?』
――ああ。それより、あいつら押し込めてくれ。見世物じゃねえ。
『ああっ、そうですね。わかりました』
――栞も戻るといい、あとは俺が。
『……はい』
「わおっ、ついに破局が来たの? 面白れーっ」
「やめなさいよ」
彩水と純子の会話の中、他のメンバーもドアの隙間から顔を見せた。
「静かにしてください」
「何抜かす、廊下の方がうるさかったから、見に来たんだ」
「いいから戻ってください。私も入りますから」
栞は車椅子を使って、彩水たちをドアの中へ追い返しながら応接室へ戻る途中に、また額に手を置いたと思うと車輪が止まった。
ドアの前で立ち往生した彼女に、俺が不審に思うと追い立てられていた純子も気づいて、栞の前に戻った。
「栞? どうしたの」
俺たちも近づいてのぞくと、目をつぶって微動だにしてない状態だったが、ゆっくり目を開けて額を押さえた。
「栞?」
「ああっ……ごめんなさい」
「もしかして、意識がなかった?」
「いっ、いえ……ちょっと寝不足で……あはは」
わっ、寝不足って。ここでその発言は危うい!
うしろで動かない麻衣を見ると、鋭い目が交差してきたので目を反らしてしまった。
「そう? ならいいけど。押していくよ」
「ありがとう、純子」
――気を失ったかと思ったけど、大丈夫か?
『ごめんなさい。えっ、ちょっとめまいがして……その……こんなストレス感じたの久しぶりで……』
――そっ、そうか、ごめん。
『いいえ』
純子が応接室のドアを閉めるときに、栞は俺と麻衣に声をかけていった。
「お昼約束してたのなら、お二人でどうぞ」
――彩水たち任せた。
『麻衣さん任せました』
応接室前の騒音を、白けた感じで見ていた麻衣に俺は告げた。
「では……ちょっと二人で話そうか」
「栞も関係者でしょ。応接室へ逃げたわよ」
「手を出したのは俺で、俺の浮気問題だから俺と麻衣の問題だろ?」
「そっ、それはそうだけど」
麻衣も俺への腹パンのせいか、栞が退場したせいか、少し落ち着いてきた。
廊下で二人だけになったので、俺はここで頭を下げてみる。
「えっと、麻衣……ごめん。この通り謝る」
突然の真摯な謝罪に、麻衣はしばらく微動だにしなかった。
反応が来ないと思っていたら、下げた頭が小突かれて声が耳に入る。
「嘘つき……裏切り者……浮気者」
「ご、ごめん……でも俺は麻衣への気持ちは変わってない」
頭を下げたまま、続けて言った。
「……栞と
言葉とともにまた頭を小突かれた。
もう一度、謝って頭を下げてから、今度は顔を上げ彼女をじっくり見ながら今の気持ちを言った。
「麻衣のこと、変わらず好きだ」
「うそよ」
気張らずに優しく、もう一度言ってみる。
「ほんと。好きだよ」
「……うそ」
「好きです」
しばらく黙って俺を見ていた麻衣は踵を返して、廊下を行ったり来たりし始める。
何かのデジャブーを感じて、思い出そうと悩みだしていると、彼女が戻り一言言う。
「次にしたら許さないから」
「うっ、うむ。わかった」
よし、グショップ、恋人の鏡。
昼には早いが、応接室の栞たちに早退することを告げて、希教道の裏口から麻衣と無言のまま外へ出た。
マスコミを避け迂回しながらマンションの部屋へ麻衣を迎え入れて、約束どおりにチャーハンを作ってもらう。
なんとなしに、重苦しい空気を引きずる彼女なので、料理中も会話のない時間がしばらく続いた。
お盆にのせた二人分の料理を持ってきた麻衣は、俺の前にゆっくり座る。
そこで彼女は首を傾げて言う。
「何で正座してんの?」
「今日は正座をしたい気分だ。ありがたいチャーハンだから、粗相のないように注意して食すぞ」
「ふーん。普通でいいのに……」
麻衣は俺の話に関心を示さず、料理の皿をローテーブルに上げた。
「ごめん。焦がした」
皿に乗ったチャーハンには、随所に黒い焦げ物が見受けられた。
フライパンに油をたらさない、ありえないミスを犯したとの事で珍しい。
麻衣も混乱していて、普通じゃないってことかな。
「いいよ、この位。問題ない、食べよう」
そのまま二人は静かに食べ始めるが、麻衣が口を押さえる。
「……ねえっ、ちょっと硬いよね?」
「ちょっ、丁度良い硬さで、苦味も隠し味になっていて美味いぞ」
「そっ、そう?」
そのあと、半分ほど残した彼女のチャーハンも俺が平らげたら、麻衣はやっと笑顔を見せて重苦しい空気が消えた。
食後、彼女はローテーブルを挟んで俺を見つめてきた。
麻衣の目線に耐えられず伏せると、「私を見て」と言ってくる。
「ねえっ。……私は、忍の何かな? 言って」
「何でそんなこと」
「信じたいの」
「わかった……恋人だよ」
「それじゃ、恋人なら私に言って。信用たる言葉を」
「えっ……恥ずかしいな」
「信用される言葉も持ち合わせてないと?」
「好きです」
「それだけ? その程度の言葉しかないの?」
「……愛してる」
「もう一回」
「愛してます」
「続けて言って」
「愛してる。愛してる」
赤面で体が火照って耐えられなくなった。
「もう限界」
そう言って両手を前に出すと、その手を麻衣に払われた。
無防備の胸に彼女がかぶさってきて、唇が合わさる。
何度か吸われていると、麻衣に強引に押し倒されて、なし崩しに衝動快楽に突入。
今日の彼女は獰猛な女ヒョウである。
服を脱いでる途中から、むしゃぶりつかれ、胸や首、肩を吸っては噛んできた。
長らく女ヒョウと攻防を繰り広げていたが、深夜に張り切り過ぎたおかげか、中々イかない、イけない。
逆に麻衣が先にイッてしまった。
何度も体を合わせた彼女だから、その意味にすぐ突き当たったようで、女性上位の体位で俺の上に乗り、行為を始めると首を絞めてきた。
「いてて、止せ」
「栞とどれだけやってたわけ?」
「どーっ、どー、おちつけ、ぐうっ」
「忍には私がいるって、調教しないといけないのかしら」
「くっ、苦し、い……」
本気で締めてきてマジに落ちそうになりかけたとき、首から手が離れて助かった。
その麻衣は驚いたように周りを見渡す。
「えっ、やだっ」
幽霊を見たような不安な声を上げるので心配になる。
「どうした?」
「あーっ」
彼女は突然、俺にではなく壁に向かって話しかけた。
「麻衣?」
「来るなっ!」
「えっ……」
ベッドの上で、二人裸のまま硬直すること数十秒。
麻衣は俺に抱きついてきて周りをうかがったあと、地団太を踏むように足をバタつかせた。
「いない。見えない」
「もしかして、要が来ているのか? 俺には見えなかったが……」
「一瞬だけ要がいたような気がしたわ。のぞきに来たのか……声を上げたら見えなくなった」
「一瞬なら気のせいではないのか?」
「……わっ、わからない」
栞が
俺じゃなく麻衣に見せたのなら、悪戯だろうか?
だったら、彼女もイライラが溜まっていたのかもしれないが……そんなことするかな。
麻衣の気のせいかも知れない。
俺は麻衣の頭を撫でて、顔に口づけをして癒してやる。
それで機嫌が直った彼女は、体を起こして女性上位を再開するが、栞に対しての言動が前の状態に戻っていた。
「巫女やろうーっ」
連呼して感情をぶつけるように体の上下運動を激しくさせるので、その下の俺は憤死しそうになった。
一汗かいたあと、麻衣がシャワーを浴びにいっているときを使って、栞に念話を試みた。
彼女は一人部屋の中で携帯電話をいじっていたのを
――栞、今いいかな。
『あっ、忍君……ははっ、はい』
――その反応は、のぞいてた?
『あっ。ああっ……えっと。そうですね。ごめんなさい。つい気になって……』
――俺には、本当にプライベートなくなってんだな。
『えっと……でも酷いじゃないですか。見に行ったら忍君が首絞められている状態だったから、麻衣さんを止めるために、…思わず私自身の幻覚送ってしまいました』
――やっぱり……あっ、でも、結果的に助けてもらったことになるか。
『あんなことするのはやりすぎです。もう彼女に無茶な閉め技プレイはやらせないでください。忍君の体には歯形のような傷がいくつもできてるし……本当に驚きですよ、麻衣さんがSMマニアだなんて』
――違うと思う。
『えっ? じゃあ、忍君がマゾだったんですか?』
――いや、それも……違うから。
そのあとは、なんとか俺のプライベート時間を確保するのに説得することになった。
俺は部屋に戻り、麻衣と入れ変わってシャワーを浴びてから戻ると、着替えた彼女がベッドに腰掛けている。
修羅場で耳にした約束の話が気になっていたので、ここで聞いてみた。
「いいよ。もう隠すこともないから……あれは忍が二度目の入院を退院してからだったかな。先に栞、いや要から、私のところへ訪ねに来たのよ」
その話によると、どうも彼女たちは俺の知らないところで、密約をしていたらしい。
要と忍はパートナー関係だから、要から忍に手を出さないと公言したので、麻衣は約束を交わした。
俺の制御が効かなかった頃の
レンタルビデオに一緒についていって手を貸したのが要だった。
彼女もあまり得意でなかったので、麻衣の部屋でホラー映画を二人一緒に震え上がって見たらしい。
麻衣は要にはいろいろ不満だったが、恐怖の克服に手を貸すので、少しづつ彼女を受け入れたとのこと。
麻衣一人では恐怖の克服は無理だったと告白。
それで少しはホラー映画は体勢がついたと自信を滲ませていたが、恐怖の対象は少しずれていると感じるのは気のせいだろうか。
栞&要が、俺と麻衣の仲を保ってくれていたことには驚きと感謝だった。
やるじゃないか、栞&要。
だから、麻衣が二の足をふみそうな希教道入信とかできたのかと、今頃納得である。
麻衣が昼食時の食器洗いが残っていると言って、台所へ立つのを見送りながら考える。
もしかして、二人はそこそこ上手くいってたのかな?
俺の栞への行動は、その関係を壊してしまい、麻衣への背信行為にもなってしまったが……ごめん。
でも、栞を捨てては置けない。
俺にとって大事な幼馴染の彼女だから、力になってやりたい。
栞が抱えている案件が消えるまで……。
その日の夕方のニュースから、希教道のネガティブキャンペーンが開始された。
臨時集会を外から内容が聞こえたとして、教祖とその幹部が若い未来ある信者にマインドコントロールを強化と報じる。
次の日からは毎朝新聞と、毎朝TVニュースが、幻覚があったんじゃないかとする連鎖自殺と信者に集団幻覚をかける希教道を結び付けて、幻覚教団と揶揄してきた。
希教道の前の歩道は、前日より倍のメディア関係者がやってきて、異様な雰囲気を出し始める。
表から道場へ行くのは、目立つようになったので、わき道から裏玄関への出入りが多くなった。
ウェブの雑誌『毎朝ジャーナル』サイトで、メインページに希教道の外観の写真をすえて、カルト団体本部と見出しを入れてきた。
他のTV局も臨時の報道番組が組まれ、『超能力と偽った洗脳エセ宗教団体の再来』と報道。
また超科学否定で有名な大学教授がコメンテーターとして出演し、
「幻覚能力者など絵空事。ありえない」
と言いながら、催眠幻覚を強く押し出し連鎖自殺の関連性をはっきりと追及、希教道を弾劾せよと主張。
いっきに話題になっていった。
ネットの某巨大掲示板では、カルト希教道としてスレッドが一日に数十も立ち、連鎖自殺のときと同じで、マスコミの言うように教団が黒幕なら、ゴミ掃除をしてくれる希教道万々歳だと相変わらずである。
今回はそれとともに本物なのか、能力の否定書き込み、肯定書き込みで消化されていた。
能力の肯定書き込みから、単発的にオカルト談義になるが、大体が能力否定ですぐ流れていく。
またマスコミ否定も多く、連鎖自殺と希教道を結び付けたマスコミの偏向報道だと本筋を突いた書き込みが多く見受けられた。
たぶん、信者たちも加わって炎上させて、スレッドを費やしていると思われる。
他にツイッター、ブログ、フェースブックでは能力者はいると、一部でささやかれているが、それらもマスコミ否定の立場であった。
城野内緋奈のクラスメートが連鎖自殺の一人だという話が蒸し返されると、京都の指南役が連鎖自殺に関わっていると噂が広まりだす。
だが大量な否定の書き込み、火消しと見られる書き込み、また管理者からの消去で沈下し事なきを得ている。
***
一週間が経った。
外では三十六度も気温が上がっているのに、道場の周りはマスコミ取材陣と一般の野次馬で溢れた状態。
コスプレの一団まで現れて、踊りのパフォーマンスを披露、お祭り騒ぎのような賑わいになっていた。
警察の見回りも入ってきていたが、希教道へは一回トラブルにならないような注意があっただけで様子見である。
勿論取材は一切許可はせず、個人でも誰も話すことはなかったが、道場への出入りが芸能人なみの見世物になりだしている。
近所迷惑もはなはだしい状態だが、マンション一階の喫茶店カフェ-ショコラは、マスコミ陣の格好の休憩所にされて繁盛中。
店長とバイトの夢香さんは困惑しながらも、大量の客と対峙した。
情報収拾を兼ねて足を運んでみると、十時前なのに開いてたのはカウンターの一席のみ。
なぜか谷崎知美が臨時バイトで働いていて驚く。
「なぜ谷崎さん? それもメイドスタイルで」
メイドスタイルは夢香さんの案で、店長が採用したと聞かされる。
「私は純粋に夢香に忙しい、助けてと泣きつかれたから、いるんだけど」
「泣きついてません。面白いことになっているから、現場を見ていたいって来たんでしょ」
「でも、バイトに誘ったのは夢香よ」
「はいはい。あっ、ありがとうございます」
夢香さんは、客が立ってレジに向かったあとを追った。
ほとんどがマスコミ関係者らしく、暑いせいか情報がないせいか苛立っている様子が見て取れる。
メニュースタンドに立ててあるメニューブックをのぞくと、サンドイッチのイメージ写真が見えた。
「あれ、こんなの今までなかったのに」
「ああっ、それは最近始めた新商品のジャムサンド。おじ様たちに受けがよかったけど」
おじ様たちとは、マスコミ取材陣だろう。
「もしかして、夢香さんの文字書きとか?」
「当たり。でも、忙しくなってるから今は休止だけどね」
「そう」
今度頼んでみようかな。
「広瀬君は希教道……」
谷崎さんの発言で何人かがこちらを向いたので、俺は慌てて
――俺のことは、ここでは良しなに。
言葉を止めて目を丸くする彼女だが、すぐ理解して話を変えてきた。
「……えっと、希教道を見に来たのかしら?」
「そうですね。面白そうだから、はははっ」
俺たちに向けたマスコミ関係者の目は、元に戻ったので安堵する。
手にしたアイスコーヒーをストローで吸いながら、彼女を見ずに念話を再開する。
――それから、これは念話です。夢香さんは無理ですが、谷崎さんの持ち前の能力なら俺に届きます。心で語ってみてください。
『そっ、そうなの?』
彼女は声をださないまま、心の言葉を俺に向けてきた。
――聞こえます。もうマスターしましたね。
『驚きだわ。こんなことできるなんて知らなかった。そうなるとこの念話は、能力保持者限定ってことね?』
――はい。あとは希教道幹部で、練習をしているところです。一番上手いのは栞ですけど。
『でしょうね』
谷崎さんは俺を見てから、窓の外のマスコミの取材陣を眺めて聞いてきた。
『広瀬君は広告塔にならないのかしら?』
――広告塔?
『そろそろ、希教道からの声明だしたらいい頃じゃないの』
――ホームページで連鎖自殺とは関係ないって記述は出してると思いますが、声明とかの話は出てないです。
『あら、そうなの? だったらマスコミは過熱する一方になるんじゃない』
そう言って谷崎さんは、店長から差し出されたホットコーヒーをお盆に乗せて、カウンターから客の方へ移動していく。
広告塔と言うか、潔白宣言などやるのは、彩水か、栞だろうか、などと推測しながらアイスコーヒーをストローで吸った。
麻衣と約束した時間なので喫茶店の外へ出ると、希教道前の歩道で人だかりがあり、眉をひそめる。
よく見ると、中心に希教道のマスコット浅丘結菜が、立ち往生していた。
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