第91話 真夏の抵抗(一)

 月曜の早朝、見つからないように栞の部屋を一人出て、自室のマンションへ戻った。

 シャワーを浴びてから、ゆっくり朝食を取る。

 TVのニュースでは、昨日の希教道の報道番組へのテロ騒動があったと大々的に報じられていた。

 どのTV局も前回の騒動になった連鎖自殺の関連性と結びつけて、希教道を危ないカルト教団だと問題にした報道である。


『案の定、酷いですね』

「まったくだ」


 もちろんまやかしイミテーションの要が、いつものポニーテールスタイルで隣に座っていた。

 ニュースは続いて、テロ騒動の女性スタッフインタビューが流れる。

『突風が吹いたとき、巫女姿の少女が見えました。鬼のような顔をしているようで凄く怖かったです』


 その会話に俺は眉をひそめ、栞に目線を向けて聞いた。


「姿見せた?」

『いいえ。捏造です』

「そうか。また歪曲報道か。作り手の悪意を感じるな」


 二人で、むかむかしながらTVを見ていたが、希教道の報道に時間を割いたため、他の一般ニュースが飛んで海外ニュースに変わった。

 中東の各内乱、戦争に次々と終止符が打たれだして、ヨーロッパへの難民が止まったと告げた。


「中東は解決にむかっているのに、こっちでは無理やり事件に仕立ててるし……はあ」


 俺の溜息に反して、目線先の栞は怪訝にモニター画面に向いているが、何も言わなかった。






 今日は十時に臨時集会が設定されたので、早めに道場へ向かうことにした。

 マンションのロビーを降りて外の日光を浴びると、今日も暑くなると予感する。

 歩道を歩いているとカメラを持ったラフなスタイルの男たち数名が、距離を取ってあちらこちらに固まって立っている風景に驚く。

 そこへピンクの軽快車シティサイクルに乗った、ブラウスにショートパンツ姿の麻衣が、人を避けながらやってきた。


「忍、お早う」

「おう、はよー」


 麻衣はマンションの駐輪場に軽快車シティサイクルを置いて、俺の横につくと初めて要に気付く。


「あら、栞……要かな? お早う。もう来てたのね」

「お早うございます。麻衣さん。忍君とは朝食から一緒にいました」


 少し驚いた麻衣は、俺に不審な目を浴びせたあとに要に答える。


「……そっ、そう。早いわね」

「はい。問題も起きてますし……あっ、誕生日プレゼントありがとうございました。もらえるとは思わなかったので、嬉しいです」

「そう、それは良かったわ。……で、道場前に、いきなり人が増えているんですけど。これはやっぱり」

「そうだな」

「はあっ……」

「希教道へ行こう」


 俺と麻衣、要で歩道を渡って道場前へ歩みを進めると、近くのカメラを持った大人が話しかけてきた。


「君たち、希教道の信者さん? ならインタビューさせてくれないかな」

「マスコミのインタビューは受けないことになってます。すいません」

「あっそう。愛想ないね希教道は。やっぱ連鎖自殺に関わってたんだな」


 いやみっぽく返されたので、立ち止まり振り返ろうとしたら、麻衣に腕を取られて連行されるように前に進んだ。

 希教道の玄関まで来ると、二人の女子が溜息をつく。


「酷いこと言うね」

「ええっ、決め付けています」

「ああっ、思わず言い返そうになったわ」

「だと思った」


 三人で文句や不満を言いながら中に入ると、要は「戻ります」と言って体を消失させた。

 それを確認した麻衣は、俺の腕を取るとシャンプーの香りを伴って質問してくる。


「要って、毎朝忍の部屋行ってないでしょうね?」

「えっと……ははっ、たまにだよ。たまに」

「そう」


 疑わしそうな目を向けたまま手を離した麻衣は、すこし考えてから俺に予約を取り付けた。


「今日の昼食、忍の部屋で二人だけで食べよう。チャーハン作ったげる」

「おっ、おう、嬉しいぜ」


 麻衣が栞に対抗してきた。

 楽しい申し出だが、優柔不断である俺には戦慄も隠せない。

 なんたって今日の朝方まで、栞のベッドの中にいたのだから……。


 作務衣に着替えて十二畳の応接室で待機していると、窓から希教道前の路上が騒がしくなる声が聞こえるにつれて、信者が続々やってきた。

 彩水と直人、今村陽太が口々に、路上での不満の声を漏らして応接室に入ってくる。

 俺は前回オフ会であった、美濃正や城野内緋奈のような輩を遠隔視オブザーバーを使って調べていたが、そのような人物や持ち込みはなかった。

 もちろん有田純子と麻衣、篠ノ井しののいが、玄関で持ち込みチェックを行っていたのが大きいだろう。

 携帯電話は映像を撮るには取り出せばわかるので、鞄などに収めさせて対象外になっている。

 来訪予定の信者がそろったところで、幹部が冷房の効いた応接室に集まると、ドアが開き道場主と竹宮女医が現れ、そのうしろから高田さんが押す車椅子の栞も一緒に入ってきた。


「おはようございます」


 道場主と竹宮女医の挨拶で、幹部も挨拶を返した。

 そのすぐあと栞が車椅子を自ら動かし中心に出てくると、幹部を見渡してから両手をひじに乗せ頭を下げた。


「昨日は、一人暴走してごめんなさい」


 俺を含めて幹部全員への謝罪である。

 一瞬の沈黙のあと、ツインテールの彩水が代表として口を開けた。


「いいよ。昨日も言ってたけど、栞はよくやってくれたって、私たちは思っているわよ」

「はいです」


 小学生の浅丘結菜も彩水を真似するように言った。


「そうよ」

「ああ」


 純子や今村陽太たちもおおむね好意的であった。


「ありがとうございます。少しホッとしました」


 気を抜いた栞は、俺の顔を見て笑顔になる。


「その代わり、あの風? の能力、使えるようなら教えて欲しいぞ」


 彩水が即座に勾玉能力の技術を要求すると部屋はざわつきだしたが、竹宮女医が手を叩いて止めた。


「はい、次はこれからの集会の話をしましょうね。人数はどうなってます?」

「前日通達なのに、道場には五十人近くの能力保持者たちが集まってます」

「廊下に溢れてます」


 女医の質問に、有能なスタッフである純子と麻衣が答えた。

「来れなかった者たちにはあとでメールを通して集会内容を伝え、近所の彩水ファンの年寄りたちにはプリントを配る手はずです」


 二人のあとを篠ノ井が補足を加えた。


「わかりました。では昨日の段階で話を詰めたことを、道場主から報道番組について、彩水ちゃんは連鎖自殺の潔白を話してもらうことでいいですね?」

「そうだな」


 道場主と彩水がうなずくと、栞が挙手した。


「では、今日の集会の最後に私も話させてください」

「ほう」

「教祖をやりたいの?」


 彩水がツインテールの片方を背後へ弾いて、挑むように言った。


「いいえ」

「どちらかといえば開祖じゃね?」

 

 俺が突っ込んだら、彩水とその側近ににらまれた。


「私が表立って話すのは最初で最後にします。ただ少しだけ能力保持者さんたちに、これからは危険なことがあるかもと進言した方が良いと思いまして、」

「それも大事なことね。任せるわ」


 意見が通ってほっとした栞は、また俺に顔を向けて笑顔を送ってくる。

 同時に隣の麻衣が俺に不審な目を向けてどころか、にらんでいるのを認識。

 おまけに俺の下半身に目を落としたので、冷や汗が出てきた。






 臨時集会は、約一時間を費やした。

 内容は、先ほどの道場主から彩水、栞の話である。

 報道番組について道場主は、偏向報道を強調してマスメディア批判に終始した。

 続いて彩水は、教祖として希教道の状況を集まった信者に説明、問題の連鎖自殺の関連性を強く否定した。

 ほとんどの信者が、連絡の段階で状況は知ってたので、驚きとか起こらなく静かなものだ。

 メディアの分子が紛れ込んでいる可能性も含めて、打ち合わせ通り報道番組テロ騒動の説明は飛ばし、マスコミの対応を注意して終わる。

 次に幹部の中に並んでいた栞へ順番が回ってきた。


「開祖から一言です」


 純子の合図で、集まった信者は、開祖の言葉で少しざわついたが、俺が車椅子を押して栞を小型のステージに上げると静かになる。

 俺は彼女のうしろに控えると、栞は可愛い咳を一つしてから話し出す。


「えっと、初めての方も多いと思いますが、私は今は幹部の一人ですので間違えないように」


 幹部と信者の一部から笑いが起こる。


「それでは、これから重大な局面に入っていきま……可能性が濃くなりました。……それでまことに申し訳ありませんが、能力保持のみなさんの中で面倒なことに関わりたくないと思う人は、今日よりここから立ち去ることを進言します」


 今日の集会で、初めて信者から不安なざわめきが起き、彩水や今村陽太らも驚いて硬直した。

 俺はすぐ未来で取得した、道場の火事に対する事前対策の動きだと確信。

 火事の元を絶たなく、被害を減らす方向にしたんだと思った。

 声が上がって、そちらを見ると信者の中から一人が挙手して質問をする。


「希教道で何か起こるのでしょうか?」

「希教道を潰す圧力がかかってきました。だから、ここにいる、通うなどすると、非常に嫌な思いをすることになります。ですが、ここを死守しなければ最終的に魔女狩りならぬ、能力者狩りで私たちは追われることになります。しかし……今日立ち去って、能力保持を黙ったまま使わなければ、不愉快な思いもせずに普通の生活に戻れると思うのです」


 またざわめきが道場を包む。


「不愉快になるなんて」

「駆け込み寺でなかったのか」

「個人では能力を上げるのは難しいのに」

「一人になると、また悩まなければいけない」


 信者たちから不満とも不安ともつかないささやきが溢れた。

 彩水が腕を組んで始終不服そうにして聞いている。

 ざわめきの中から、一人が挙手して栞に聞く。


「では残った場合、どのくらいそのような事態が続くと思いますか?」

「ええっと、人の噂は七十五日です。世間が噂をしていても、長くは続かないと思います。二ヵ月半頑張って耐えればいいんです」

「では、出て行っても落ち着いたら、戻るってことも有りなんですか」

「それは本人の希望しだいです」


 栞の返しで今度は場が盛り上がったまま、そのまま質問もなく話は終了。

 俺は栞の乗った車椅子を移動させ元の位置に戻る。

 彩水は注意勧告だったのが、栞は能力保持者たちに二者択一を迫った。

 それは我々幹部も同じことで、それぞれお互いを見合っていたが、すぐ肩をすくめたり、顔を横にふったりして笑いあう。

 続けて軽い質疑応答が十分ほど行われ、問題のないやり取りのあと閉会した。


 集会の終了後に、信者へ調査した結果、三分の二が去ることになり、残り十数人が残った。

 幹部からは誰も離脱者は出ず、良かったのか悪かったのか悩む。

 来なかったメンバーにも、メールで同じことを選択してもらうことに決まった。

 IIMの第二期Ver.2のメンバーが残り、一般発売したIIM2の第三期Ver.3ののメンバーがほぼいなくなったことになる。

 栞は、浅丘結菜、麻衣や有田純子、森永向葵里に去ることを解くが、四人ともかたくなに拒んで留まることを表明した。


 集会が終わり、俺は栞の車椅子を押して冷えた応接室に戻って一息つくと、あとから入ってきた彩水がまっすぐ俺たちに近づき栞に吠えた。


「何であんな否定的なこと言ったの! おかげで信者がごっそり削れてしまったじゃないの」

「ええ、ごめんなさい。でも、今回は、社会……市民が敵になってしまうこともありえますので、未然の処理が必要かと思いまして」

「はっ? 人の噂は七十五日って自ら言ってたじゃないの。そこまで、大事にならないでしょ? 信者が一人になったら能力を持て余して大変なことになるわよ。だいたいこれじゃあ、何のために能力保持者を呼びこんだか、わからないじゃないの。希教道は能力保持者を保護するためだったんじゃないの!?」


 彩水は実体験を思い出したのか、信者を呼び込んだ教祖としての責任からか攻撃的だ。


「……そうですね」


 さすがに栞も旗色が悪い。

 時空移フライトで道場が焼けるとわかったなどと、簡単には言えないし、これからの行動でも変わる可能性もあって、未来が確定しているわけでもないから返事に困る。


「今の段階での最善策だと思うぞ」


 二人に割って、俺は話した。


「それはわかっているわよ。突然、勝手に信者に残るか、出て行くかを突きつけたことよ」


 ツインテールの教祖が振り向いて、唾を飛ばしながら言い寄ってくるから可愛い顔が台無しだ。

 彩水の後ろにいた今村が付け足した。


「やはり、一言あってもよかったと思いますね」

「そうでしょ。事前に打ち合わせが欲しかったわ」


 彩水は腕を組んだまま前に向き直って言うと、栞は額に手を置いて答える。


「集会の最後に言ったけど、これは一時的なことよ」

「……本当にそうなるかしら?」

「ええ。何もなければ信者は戻ってくるでしょう。ただ私は、最悪のことも危惧してます。濡れ衣を着せられたまま、希教道が解体されるようなこととか」


 栞は話しながら、彩水から俺に憂いの顔を向けてきたので、解体も未来にあった出来事か何かかと直感したら憂いが伝染してきた。


「ありえない。そんなことさせない」

「いいですね。その気構えでいてください。私は補佐に徹しますから」

「そっ、そう。……なら、いいわ」


 ツインテールは納得してないが矛を収めた。

 直人が彩水の肩を軽く叩くと栞から離れていく。

 張り詰めた部屋の空気が少し緩んだところに、高田さんが入ってきて報告があると告げた。


「何かしら? 希教道のことなら話してください」


 栞が高田さんに、小首を傾げてから促した。


「谷崎製薬の代理人と大手広告会社E電広で、取引があったと話が上がってきた」

「えっ」

「毎朝新聞の編集長と看板ジャーナリスト森本へE電広スタッフの小林とが接触、今回の『事件を斬る』番組プロデューサーを補佐しているアシスタントも、何度かE電広の小林と接触していたことの確認も取れた」


 幹部での情報の共有は昨日の段階でできてたので、応接室の場が溜息に漏れた。

 個人名まで上がり、高田さんの民間保安会社PSCの有能性が際立った情報である。

 しかし、先週の段階でE電広を調べるのに、もっと注意していれば、今回のゲリラ報道に気付けたかもと反省をした。


「もう一つ、谷崎製薬の筆頭株主ロイ・ダルトンがまた来日して東京のホテルに泊まったことがわかった」

「んっ。また、嫌な名前が出たな」

「悪い予感しかしない」


 俺が言うと麻衣も不安な声を漏らし、栞も目を細めて俺を見た。


「そうね。注意が必要ね」






 高田さんが応接室から出て行ったので、俺もついでに用を足しに廊下へ出ると、栞が車椅子のハンドリムを回してついてきた。


「忍さん。お昼一緒にどうですか?」


 振り返った俺の腕を両手で掴んで引き寄せる栞。


「あっと、昼は麻衣と約束してて……」

「麻衣さんと?」


 目を細めた彼女は、薄青デニムのミニスカートから出た太ももを俺の足に挟めてきた。

 昨夜の栞との余韻が思い浮かんで気持ちが溶けてくる。


「しっ、栞も一緒にどうかな」

「忍は私と食べるよ」


 いつの間にか、応接室のドアの空いた隙間から麻衣が顔をのぞかせていて、俺は焦りながら栞の太ももから足を外して距離を取る。

 だが、麻衣にはじっくり見られていた。


「二人とも足を絡めて凄く親密になったわね。どうして?」  


 廊下に出てきた彼女の声には、非難が混じっていた。

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