第90話 十七歳の誕生日

 TVの特番騒動で遅くなったので、俺は麻衣を自宅まで折りたたみ自転車で送り届けた。

 時間は八時半を回っていたが、栞が気になってたのと、渡し物もあって、小型のショルダーバッグを肩にかけてから、もう一度道場へ自転車のペダルをこいだ。

 道場には泊まりこみしている数人がいたが、他のメンバーは「明日また来る」と言って帰っている。

 携帯電話をいじってたり、話し合っている信者を横目で見ながら、ジメッとした暑さを感じさせる廊下を渡り、扉が開いてエアコンが切れている応接室をのぞくと、竹宮女医と栞の叔父である道場主がソファに座っているのがうかがえる。

 絨毯の端に栞のワン公が寝そべっていて、経理の中村さんが麦茶を座っている二人に配っているところだった。


「おう、広瀬君」


 道場主が気付いて、俺を手招きしてきたので、彼女がどうなったか聞いてみる。


「栞はどうなりました? 大丈夫でしょうか」

「おおっ、問題なかった、がちょっと情緒不安定かな」


 道場主の言葉に竹宮女医が続ける。


「さきほど目を覚まして部屋で大人しくしているから、会ってやって。喜ぶと思うわ」


 その二人から、夕方のTV局騒動を詳しく聞かれたので話したが、栞からも聞いていたのだろう、確認するだけで質問とかはされなかった。

 応接室の机で一人ノートパソコンをいじっていた高田さんから、そのTV局騒動での怪我人の状況を知っていたので教えてもらう。

 重傷者が二人、軽傷者が八人、スタジオカメラが二台、照明器具が数十機、大道具などが半壊だったとのこと。

 さすがに死者とか出なかったので、一安心。

 栞の様子を見に応接室を出て、二階の奥の部屋に向かった。






 部屋の前に来て肩にかけたショルダーバッグを担ぎなおしてから、ゆっくり扉を叩き名前を告げる。

 しかし、返事がない。


「栞?」


 もう一度叩くがやはり応答がないので、扉のドアノブに手をかけるとラッチボルトが下がる音がして、扉が中へ開いていく。

 明かりの点いた部屋へゆっくり入ると、中央で横向きの車椅子に座って、空けてある窓の外へ顔を向けている栞がいた。

 寝てる?


「おじゃましますよ」


 一声かけながら車椅子を回りこみ、彼女の前にかがんでひざを折り、見上げる姿勢で顔をのぞいてみる。


「栞、寝ている?」


 彼女の頬がぬれていることに少し驚く。

 胸を見るとゆっくり上下し呼吸しているのがわかったので、泣いていたのは先ほどまでと推測。

 肘掛に置いてある手に触れて少し揺すってみた。

 が、起きない。


「あっく」


 突然、栞が声帯を痙攣させたような声を上げたので、手を離して様子をうかがう。


「はっ、ああ……」


 栞は起きて椅子の上で頭を抱えるように体を丸めだした。


「おい、栞?」


 俺の呼びかけに、彼女は顔を上げて驚いたように一瞬固まったあと、左右を見渡して背もたれに体を戻したまま前を向いた。


「し……忍君?」

「寝ていたところ、驚かして起こしちゃったかな? ……その、TV局騒動のあと、気絶したままだったから、心配で来てみたんだよ」

「……ああ」

 うわずった声を漏らしたあと、窓の外を眺める栞に何か不安な予感をおぼえた。

 彼女をよく見ると腕が震えているのがわかる。

「栞?」

「まっ……前よりも早まって、うっ……」


 彼女は車椅子から俺へ飛びつくように抱きつき、勢いあまって一緒に倒れてしまった。


「……怖い。怖いです」


 栞は俺にしがみついたまま、震えるように嗚咽する。

 突然のことで驚いたが、ゆっくり彼女の小さな背中に手を回して落ち着くまで撫でてやると、しがみつきながら話し出した。


「風の能力を使い怪我人を出したことで、へこんで心配だから様子を見ようと……」


 いままで遠隔視オブザーバーを行使していて、それで落ち込んでた?


「栞は優しいな……それでも連中はお金のために罪を犯して俺たちを陥れたんだ。慈悲を願うことはない。因果応報に等しいことだよ」

「えっ、はい……でも、知らなかった人もいたと思います」

「今回は無知も罪だよ。そこまで気に病むことない。今までのように冷静でいてくれ」

「冷静……こんなとき冷静でいられるのは要です。それに……それだけじゃないんです」

「他にも?」

「禁止されてた 時空移フライトで、TV局騒動の先を見通したくて……調べていたら……また、先へ行くことができなく……変わってしまって」


 変わった?


「先ほど三度、 時空移フライトを試みたけど……もう暗闇だけになって……だから身がすくんで……」


  遠隔視オブザーバーでなく、時空移フライトして戻ってきたってことか……だけど。


「変わったって? 暗闇って何だい」

「怖い。怖いです、忍君。怖い……」


 栞は気持ちが塞いでしまい、俺への質問には答えられなく涙をこぼした。


「ううっ……うう。ごほんっ……うう、ううっ」


 咳をして、少し落ち着いて泣き止んだ彼女だが、これはどうしたらいいのかな……この状態ってわけにはいかないしな。


「栞……どうして欲しい?」

「忍君が側にいると……楽になります。側にいて……手を握ってて……欲しい……です」


 二人なら不安が遠のくか?


「じゃあ、しばらく一緒にいるよ」

「はい……いてください」


 倒れて下から栞を抱きかかえるような姿勢で、五分ほど彼女の背や頭を抱えるように撫でていると、それで栞は安心したのか、落ち着いて肩や手の震えがなくなった。

 胸にあった彼女の顔をのぞくと、いつもの冷静な栞でなく、涙で頬を濡らして弱々しい表情が垣間見れる。

 栞も伏せてた顔を上げて、俺と目を合わせると甘えるように言いだした。


「今日は泊まってください」

「えっ?」

「まだ怖いんです。……今日のぞいた未来に対しても、私の能力に対しても、TV局騒動で怪我人が出たことに対しても、不安で……不安で……。だから、忍君に隣にいて欲しい」


 彼女の手が、俺の肩から首に回されて少し慌てる。


「いや、それは、泊まるってことは、あれだろ」

「今日のことを忘れたいんです。だから、忍君に夢中になりたい……です」


 栞は顔を俺の胸に埋めながら、ささやくような小声で言った。

 えっ……マジか。

 ストレートな物の言い方に圧倒されて、しばらく彼女の顔を見続けてしまう。

 栞の切実さが、目を通してゆっくりこちらにも伝わってくると、据え膳とか、期待に応えてやらなきゃとか、そのような気持ちが起きる前に体が動いていた。

 彼女の意識に同調したような感覚で、俺は頼りなく濡れた頬に口づけをする。

 栞はゆっくり上半身を起こして、ぺたん座りで俺を見下ろすと恥らうように小さな声で言った。


「忍君が欲しい」


 そう言って、自らピンクのTシャツのボタンに手をかけ、外して胸の白い下着と素肌をこちらに晒してきた。

 前に迫られたときは麻衣の顔が浮かんでたのだが、今回は栞を魅入るだけで他は何も浮かばない。

 俺も上半身を起こして栞と対峙、腕を肩にゆっくり乗せたまま、首、頬と持って行き涙を拭く。

 ゆっくり彼女を抱き寄せて抱擁すると、かすかに震えが伝わってきた。

 栞の顔をのぞくと潤んだ目と交わい、アイコンタクトをしたように俺の胸に上半身を預けて目を閉じてきたので、手で彼女のあごを持ち上げそのまま軽く唇を当てる。

 何度も口付けを交わしたあと、舌を絡ませたり、吸い合ったりしていると、胸から暖かいものが込み上げ、体の端々まで軽くなっていく感触を味わう。

 一息つくと、栞は俺の肩に顔を預けて大きく吐息をする。

 たまらず、彼女をお姫様抱っこで持ち上げ、ベッドに移動して組み伏せるように下ろした。

 覆いかぶさるように上から眺める俺に栞は、寝そべったままTシャツを両手ではだけさせ、小さな白いランジェリーの胸を見せた。

 彼女の大きな息遣いで、バストの下着がせかすように波打つので、それを手に掛けて上に持ち上げると、素肌の小さな二つの膨らみが現れる。

 栞の両手が俺の頭を抱えるように抑えてきたので、小さな胸の膨らみに顔が押し付けられた。

 そのまま彼女の胸に口付けしながら、お互いの手が、お互いの体と絡み合ってもつれていく。



 ***

 


 栞と一つになったことと、夏の夜の暑さで大量の汗をかいてしまい、彼女の指示で箪笥からバスタオルを二枚取り出し、一枚を使わせてもらう。

 部屋に備え付けられた小型の冷蔵庫から、スポーツドリンクのペットボトルを二本取り出して一本を彼女に渡し、もう一本をもらって口に付けた。

 床に散らかした二人分の下着と服を、一箇所に集めながら体の汗を拭く。

 栞はベッドの上で、バスタオルを体に巻いてうつぶせのまま、車椅子の手押しハンドルにかけていたポシェットから、携帯電話を取り出した。

 彼女の髪は、ベッド上の運動でヘアゴムが解けてしまい、乱れた状態で前に垂れていた。

 その髪をはらってはペットボトルを口に含み、携帯電話を楽しそうにいじりだす栞。


「何を書き込んでるんだ?」

「秘密です」


 そう言うと携帯電話を閉じて、車椅子にかけてあったポシェットに潜りこませた。

 俺はペットボトルを机に置いて、自分の下着に手をかけながら栞に話しかける。


「この部屋に夜いるのは、やっぱりまずいからマンションに戻るよ」


 一階の道場主や信者たちに見られているから、これ以上の長居はまずいと思い、彼女も元気が戻ったので帰ることにした。


「嫌です。今日は一晩一緒にいるって、言ったじゃないですか」


 栞がわがままになった。


「いや、これ以上いろいろまずいだろう」


 俺は部屋の柱時計を見て、十時を回っていることを告げながらスラックスをはいた。


「いいじゃないですか、まやかしイミテーション使って帰ったことにしましょう」


 ああ、その手があったか。でもな……。


「叔父さんや女医をだますのか?」

「もう私たちのことは、認めていてくれてますよ」

「いや……そうは思えないけど」


 麻衣が隣にいて栞と話していると、たまに道場主が鋭い目で睨んでくるときがあるんですけど。


「忍君は、私といるのが嫌?」

「そんなわかりきったこと聞くなよ。卑怯者」


 俺はベッドに腰掛けて、手に持っていたシャツを栞に投げると、受け取った栞はうしろへ隠すように置いた。


「朝まで返しません」

「わかったよ」

「次は要と変わりますので、相手してください。もちろんそのあと私が交代します。予約しましたからね」

「おい、予約制かよ。でも、その、まあ俺も本望だけどな」


 俺が鼻を手で擦ると、満面の笑顔を作った彼女が言葉を返した。


「忍君から予約されました」

「もうそれはいいから」


 栞は天井を見るように目を閉じると、早速に行動に移し実況しだした。


「今、叔父さんと女医は応接室に居て話し合ってます」

「うん。もう裏工作始めたのか?」

「勿論です。歩ける要と忍君を向かわせて挨拶させます」


 俺はベッドの上を移動して栞の横まで行くと、悪戯心で抱きしめて胸を触ってみた。


「あん。……忍君、今は駄目。集中してるんですよ」


 しおりが抗議するが、お構いなく巻いていたバスタオルを取り外して胸の小さなふくらみにキスをする。


「ううん……もうっ……」


 俺の額の前方に、彼女が遠隔視オブザーバーでのぞいている映像が浮かび、そこには偽者の俺が目線主に向かって挨拶をして廊下に戻るのが見えた。

 そのあとを、ポニーテールの要がついていった。


「上々だけど、俺の靴が玄関に置きっぱなしだ」

「それは問題ないでしょ? 信者たちの靴も何足もあるんですから」


 前方に視える映像が道場に変わり、信者たちの一人の目線に変わったことがわかった。

 彼らにも偽の俺と要を見せて挨拶させている。


「信者にも見せて、凝っているね」

「彼らにこそ見せてないと、あとで彩水がうるさくなるじゃないですか」

「そうだった」


 今度は逆に道場と応接室に、『お休み』と要が回りに言って『もう大丈夫です。寝ます』宣言をして工作が成功した。

 栞の集中が終わると、俺の頭を軽く叩いてきた。


「エッチな忍君。失敗するところだったじゃないですか」

「栞にそんなミスはないだろ」


 彼女は唇を尖らせて俺から離れると、解けたバスタオルを胸まで上げ端を閉めた。

 元気になったので、そろそろ先ほどの涙の訳を聞いてみようと思って切り出す。


時空移フライトの話できる?」


 彼女も女の子座りのまま俺に首を前に振った。


「えっと、前にも話したと思うんですが、時空移フライトでわかった未来を変えようと画策しても上手くいかないこと」

「ああ、前に言ってたな。今回のTV局騒動は、未来になかった別のパターンか? それって、現在を修正したから、起きる未来が変わるバタフライ・エフェクトって奴じゃね?」

「そうかもしれません。今回も内通者とされた信者や番組の放送は、未来の日記帳でわかって排除していたんです。けど、やはり悪意ある意思が働いているものなのか……形が変わって別の厄介事がやってきました」


 未来の日記帳? 日記を書いていて、飛んだときにそれを読んだってことか? まあいい。


「だから、栞の知らない事態が動いて、今日放送されたわけ?」

「別の内通者や別のスタッフが、思わぬ行動を簡単に起こしてくれますよ」

「じゃあ、元の広告代理店……いや、スポンサーを奇襲とかは?」

「始めの大本は日本の金融会社で、それはつぶしたのですが、そしたらアメリカ金融にかわって今のようになっ進んでいます。悪意ある意思ってのが、一人とか組織とかそんなものじゃないのだと思います。変わりに誰かがやってしまうんですよ」

「修正しても起きるべき大きなイベントは、時間や方法が変わっても起きてくるってことか」

「はい」


 何かの本で『その人の性格にあった事件にしか出会わない』と言うような言葉があったが、これは彼女の運命のようなものじゃないだろうか。

 

「避けたいイベントが、形を変えて起こってくることは運命として定められていると、意味付けするとそうなるんじゃないか?」


 栞は目を丸くしてから、片手を頬に当てて肯定する。


「定め……そうですね」

「そうなら、定めにあらがって、そのイベントを切り拓いていくしかない」

「はい……。でも……女医には個人的に使うのは禁止されてましたが、未来が知りたくて先ほどまで時空移フライトを使っていたんです。でも……前見たより内容が変わってまして、怖くなりました」


 彼女は不安な気分を思い出したかのように、顔を背けて口を結んだ。


「何が変わったの?」

「この希教道の道場が燃えるようです。それに……」

「はっ、ここが燃えるって?」


 俺はびっくりして、栞に詰め寄るように問うた。


時空移フライトで見たってことがそれ? いつのことだよ」

「ええっと……少し見ただけでわからなかったのですが、近い時期に起こる確立が高いと思います」   

「近い時期って、ここ一年ぐらい?」

「ええっ、でもそれを阻止する方向で動くと、変わってしまうかも……」


 栞は話しながら、元気なく顔をベッドのシーツに向ける。

 先がわかっても、パターンが変わってくることに薄気味悪さが体を覆う。


「今回みたいにゲリラ戦法をやられてしまうってことか。やっかい極まりないな」

「原因を作る相手を取り除くより、対策を立てて備えた方が良いかもしれません」

「……うん、そうだな。栞がまた勾玉使いとして、突風を引き起こす可能性もあるしな」

「勾玉、使い? 何ですか」

「ああっ、ごめん。それは……」


 俺は栞に、城野内緋奈に 遠隔視オブザーバーまやかしイミテーションを使って会ったことを伝えると、


「どうして、なぜ、わざわざ、一人で、城野内さんのところへ行ったんですか!!」


 と不機嫌に言われた。

 肩をすくめながら、詳しいことを話して落ち着かせる。


「そうですか、媒介する装置が勾玉で、私自身がその役割で能力行使ができてしまったんですね」

「昔にも使ってた人がいるらしいから、制御方法もわかると思うんだ。また聞いてくるよ」


 それを言ったら、栞がまた剣呑な顔で俺を見てきたので、彼女の喜ぶことを忘れていたことを思いだした。

 ベッドから出て、俺が肩にかけてきた小型のショルダーバッグを床から取り上げ、中に入っていた一つの紙袋を取り出した。


「栞。今日はいろいろあって、できなかったことがある」


 彼女も気が付いて、顔を輝かせ俺の言葉を待った。


「十七歳。誕生日おめでとう」

「覚えててくれたんですね。ありがとうございます」


 彼女の腕を取って紙袋を手に握らせた。


「俺からの誕生日プレゼント」


 渡したあと、ショルダーバッグからもう一つ紙袋を取り出して、彼女の持っていた包みの上に乗せた。


「これは麻衣からね。彼女も騒動があって渡せなかったから、頼まれてたんだ」 

「あっ、ありがとうございます。……嬉しいです」

「俺も麻衣も高級品は買えないんで、そこそこの期待値で見てくれよ」

「値段で良し悪しなんて決めませんって……ふふふっ、楽しみ」


 俺の紙袋からさきに開いて、中に入ってた箱を開ける栞は微笑んだ。


「わっ。天然石の細かい数珠でできたブレスレットだ。もう私のお守りにします」

 

 すぐ、左の腕にはめて俺に向けて見せたあと、もう一つの包みを開けた。


「麻衣さんのは髪留めクリップだ。ローズモチーフの可愛い品ですね。ありがたく受け取ります。でもこれなら……」


 栞は、目を閉じてしばらく黙ってしまった。


「栞?」

「いえ、要です」

「ああっ、入れ替わったのか」


 目を開けた彼女は、手にしていたローズの髪留めクリップを見て、「ありがとう」と小さくお礼を言って乱れた髪をいじる。


「忍君、髪、随分荒れさせたんですね」

「えっと、何かな?」


 栞……要になった彼女は、乱れた髪を見ては俺を見る。


「えっと、栞は足が不自由だから、俺が動かしたとき頭を持ったり抱えたりして、上から何度も手で動かしてたかな」

「私、つい先ほどの栞との淫らな記憶も思い出せるんですけど」

「すみません、可愛くてしかたなかったので、クシャクシャにしました」

「忍君の性癖? ですか」

「いや、そう言う特殊なものじゃないから」


 俺の言葉を聞いて要は微笑んだあと、束ねて髪留めクリップをしていつものポニーテールスタイルになった。


「どうですか、馴染んでます?」

「似合ってるよ。可愛さ倍増だ」


 彼女は笑みを崩さず、ポニーテールをゆらしながらベッドから下りると、少しふらつくがしっかり立って、俺に向かい合い両手を広げて宣言した。


「私も食べてください。ポニーテールもクシャクシャにしてしまう位に、私も美味しいですよ。たぶん」

「おい」






 要に釣られて、ついうっかり……彼女の体の上を泳いでしまい、また汗だくの状態に陥った。

 起きてバスタオルで汗を拭き、先ほどのスポーツドリンクを冷蔵庫から出していると、べッドから起きだした要に栞のペットボトルを渡してやる。

 一口飲んだ彼女は、枕元に落ちていた髪留めクリップを取り上げて、乱れた髪をかき上げ後頭部へまとめるとポニーテールにした。


「ああっ、また髪ボサボサにしちゃったな」

「いえ、忍君のそんな激しいところ、嫌いじゃないです」

「はははっ、愛だぜ、愛」

「麻衣さんと、こんなこと、よくやっているなんて……うらやましい」


 麻衣の名前が出て、ペットボトルを口に含んだまま凍りついた。


「あっ、ごめんなさい。こんなときに言うことじゃなかったですね」


 俺が黙ってしまって、要も慌てて取り繕う。


「うっ、うん、いいんだ。俺がふらふらしているから……でも要も、栞も、麻衣も、みんな好きだから……」

「私は、今のままで十分です。まだ学生だし、誰も忍君を独り占めしようと思ってないですよ」

「うん、俺もそう思う」


 でも、いつか決めないといけないんだよな。

 スポーツドリンクを一口飲んでベッドの上に座ると、要はひざを抱えてから小首を傾げて俺に向く。


「その……さっきの栞との時空移フライトの話ですけど」

「うん?」

「未来が変わらないんだったら、いっそのこと大きく仕掛けてみるのも悪くないんじゃないかしらって」


 おや、栞とはまた別に攻めの思考だな。

 ベッド側に体を向けて要の話の続きを催促した。


「世の中終わるような派手なことしたら、未来は変わるかも……と思ったんです」


 激しい発言に面食らったが、どんな内容なのか興味を感じたのでさらに先を促してみた。


「株主の株価の操作で、資本市場壊して、世の中リセットし直すのも良くないかしら?」


 彼女は俺の前の空間に、まやかしイミテーションでもう一人のいつもの服を着た要を空中に現した。

 その周りに株式のチャート表が、いくつも浮き上がって彼女の周りを回転しだすと、空中の要が引き継いで話しだした。


「個人だと借金は死んでも返せというけど、会社の損失は誰も責任を取らず債務放棄で済むじゃないですか。国自らが年金を公共事業に突っ込んで採算取れず減らしたりしてもお咎めなしですよ。それで懲りずにまた株へ突っ込んで溶かしてしまう」

「そうだな。その全てのつけは国民が払うことになる。年金制度は俺たちのときには崩壊してるかもな」

「だいたい相場なんて細工した金融が儲かる賭博場じゃないですか。こんなマネーゲームなんてやめさせて、物々交換からやり直すといいと思いません?」

「おいおい、大きいことってデフォルトでも起こすつもりか? その金融ほど、思うとおりにいかない厄介なものはないと思うぞ。それに資本批判は共産思想に繋がる」

「そんな陳腐な二元論に持っていかないでください。でも……そうですよね。私もそう思います。ちょっと考えただけです」


 空中の要は、ちょっと落胆した感じになりながら、腕を振って株式のチャート表を消失すると、ベッドの要と同じにひざを抱えて浮遊を続けながらぽつりと漏らすように声を出した。


「私たちの能力、零の翔者は何で生まれたんでしょうね」


 俺はひざを抱えた要に少し視線を向けてから、空中の要を見て言った。


「なんだろうな」

「たとえば、それを使う私たちには何か役割があるとか」

「ん。……俺は要や栞のうしろをついてきているからか、そのようなことは感じないんだよ」


 たしかに異能保持者の零翔ぜろかけを行使するのは、かなりのズルで周りを一変させる能力があるから、何かに動かされている、そんな気がするのもわかる。

 じゃあ、それは神? それとも時間監視官とか? 

 ……そもそも意識体なのかさえ知らないものだし、この手の存在を確認できないものは手詰まりにしかならないんだよな。

 手前に無表情な類人猿のミニチュアCGをまやかしイミテーションで現して要に視せた。

 類人猿は空中を歩きながら、進化して人となっていくと消える。


「今思うにこの能力は……肯定的に言って、人類の独自の進化? 悪く言っては薬物優生人類ってことじゃないかな」

「進化なら、淘汰されるべきは私たちでない?」

「淘汰はわからないが、共栄が良き選択権と思う」

「忍君は共栄ですか……」


 否定的な発言のあと黙る要。

 俺たちが淘汰される側だといいたいのだろうか……異能者狩りにあったと要の時間軸は言ってた。

 栞が時空移フライトで、希教道炎上を知った。

 だから、淘汰される?

 体に寒気が走り、体が震えた。

 ……共栄策はあるはず。

 もっと情報が欲しい。

 たしか彼女は、変わったっとか、暗闇が、とも言っていたのでそれを尋ねてみる。


時空移フライトで見たことで、他に教えて欲しいことがあるんだけど……」


 返事がないので、要を見ると、目をつぶっていると思ったら、抱えていたひざがシーツに倒れて女の子座りになる。


「んっ? 要どうした」


 おもむろにポニーテールにつけてたローズの髪留めクリップを取り外し、髪をのばすとすまして笑った。


「いや、栞……か?」

「はい。交代の時間らしいですね。長く感じましたよ」

「嘘付け。記憶は共有されてるだろう」

「記憶はです。瞬間の感覚や感触、クオリアは無理です。だから、はい、忍君」


 栞は目を閉じてあごを少しこちらに上げて、何かを求めたポーズを取った。


「おい」


 突っ込みの言葉を投げかけたかったが、言葉を飲み込んで彼女の肩に触る。

 そこへ突然、ベッドの上に制服の栞、私服の要がぺたん座りで四人、五人、六人と現れて俺に向かって微笑む。

 驚愕していると、クローンのような彼女たちは、俺に手を差し伸べて体に接触してくる。

 栞の作り出したまやかしイミテーションだ。


「こっ、これは反則だぞ」

「殿方が好きなハーレムですよ」

「うっ、うむ」


 俺にしがみついた栞、要たちはおもむろに服を脱ぎだして、目の前で裸体をさらし始める。


「んっ……これはマジにヤバイかも」


 目の前の本物の栞は、小さな舌を出して俺の鼻を舐めると抱きしめてきた。

 その夜は、栞と要の本人交代で三回、合わせて六回も彼女たちのハーレムを絡めての、乱痴気だが天国のような……じゃなく、二人の尊い愛を崇高に深めることができた。

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