第88話 マスコミの報道(一)
ヒグラシが鳴くじめじめと湿った夕暮れ、歩道の横から二人の男がこちらを見て話している。
サングラスの奴は数日前に来ていた男で、もう一人は初めて見る。
そう確認してから、私服姿の麻衣と一緒に希教道の道場玄関へ入る。
「また、マスコミ関係者?」
「そうだな」
「この前、取材受けたのに、なんでまだ道場の前に張り付いているのかしら」
「すんなり中を見せて、希教道がクリーンなこと証明してしまったから、トラブルが起こるのを待ってシャッターチャンス狙ってんだよ」
俺の話しにうんざりする麻衣。
「まさか、そんなことないわよ」
道場内対戦が終わったあと、すぐに毎朝TV局から取材申し入れがきて、翌週の日曜日にTVメディアに集会を見せた。
谷崎知美の注意があったあとのメディア依頼だったので、俺と栞は警戒して、事前にTV局スタッフを特定してから刑事のように身元を調べた。
もちろん、手分けして
スポンサーは大手の広告会社で、そちらまで手を付けられなかったが、栞のほうで簡単な対策を立てたとのこと。
結局TV局スタッフからは、問題な人物はいないと認識できて取り越し苦労になった。
当日解放した集会は、彩水がなぜか乗り乗りで行ったこと意外は、普通の教団として問題がないことをアピールしたと思う。
何事もなく終わったのだが、この一週間に道場前でマスコミ関係者を見るようになっていた。
「番組の取材内容は、『新興宗教の今後』でいくつかの団体の一つとして紹介するって話だったよね」
麻衣が思い出すように告げた。
「そう言ってたけど、この分だとタイトルの頭に危ないカルト団体とかに変更されそうだ」
「そこまでしないでしょ。この前の取材は友好的だったし」
「まあ、昔ならね。今はスポンサーが悪徳なら、メディアも逆らえず追随するから」
「スポンサーがよくないの?」
「E電広だけど、出資者がまだ不明」
「ああ、いい電波広げようの広告会社。ネットでは評判最低だけど」
俺たちは会話を止め、玄関から廊下へ上がる。
窓が全快の道場では、かんなぎ様の彩水を中心に作務衣姿の信者たちの輪ができており、イメージの瞑想中らしく静かな状態だ。
隅のテーブルに冷えた麦茶のクリアボトルと信者たちのコップを置いて廊下に出てきた純子と篠ノ井に、栞のところへ行くと告げて奥へ進む。
応接室のドアを開けて入ると、心地よいエアコンの冷風が待ち構えており、奥の書斎机で栞が珍しく物書きをしているところだった。
ピンクの半袖Tシャツの栞は、車椅子に座り髪の毛を首元のところでヘアゴムで留め、サイドに寄せて胸の部分へ持っていくいつものスタイルだ。
机の横に、柴のワン公が寝そべっていたが、こちらに顔を向けるとあくびをして顔を床に戻す。
俺は麻衣を伴って入ると、栞が顔を上げた。
「麻衣さんはいつも忍君と一緒だから、最近は秘書に見えてきましたよ」
「いいね。やって欲しい」
「なっ、なんで私が」
不機嫌に言った麻衣は、笑う俺を無視して栞に用件を告げる。
「前に話していた物、忍の部屋にあったから持って来たよ」
「ああっ、取ってあったんですね」
押入れから引っ張り出した、栞からの預かり物である。
「遅くなったけど、ここに返品するよ。確認を」
俺は手に携えていたモノを、応接ソファのテーブル上に並べるように置いた。
DVDの入ったケースと書類が入った緑色のファイルである。
栞が手を止めて、置いたモノをいちべつする。
「懐かしい……」
「何か仕事してるけど おじゃまだったかな?」
「これは、高田さんの契約が切れるんで、私が直接契約交わすための書類です」
「へーっ」
「本人からは了承を取っているから、更新みたいなものですよ」
俺は、東京出張の栞への警護を思い出した。
「この前のバードの件もあるからな。高田さんは必要だよ」
「希教道の人かと思ってたけど、違うんだ?」
麻衣は言いながら、首を傾げる。
「朝野大臣からの口添えで、来てもらってたんですけど、こちらで全ておこなうための引き継ぎです」
「その高田さんは?」
「事務所で情報収集でしょうか」
「また、外に例のが来てて目立っているんだけど?」
「来てます? 高田さんからは、取材を受けた後だから、あちらから行動起こさなければ、何もしない方がいいと言われてます」
「まあ見ているだけだし、マスコミはあとが面倒だから、手出しが難しいってのはあるんだよな」
「じゃあ、暑い中立っていますから、労を労うために、冷えた麦茶を進呈しましょうか?」
「なぜ労う」
「ふふっ、放送はいつやるのか聞いた?」
麻衣が笑いながら聞いてきた。
「取材のときに、近いうち放送するから連絡するって言ってたな」
「未定なんだ」
栞は車椅子のまま書斎机から離れて、応接ソファの方へ移動する。
「どうぞ。腰掛けてください」
言われるままソファに座ったが、麻衣は俺の席のうしろに立ったままで、また秘書とか言われそうだ。
持ち込んだものに、興味があるが、部外者としてわきまえているんだろう。
持ってきた物は、小学生のとき受け取った借り物の荷で、栞の父親の形見にもなる。
テーブルに置かれた緑色のファイルを栞は、大事そうに持ち上げて文字を見た。
「パパの字だわ。本当に懐かしい」
彼女が手にした物への慈しみの顔を もっと早く持って来るべきだったと少し悔やむ。
ファイルの外側を眺めたあと、中を開いて書類を吟味し始める。
持ってくる前に、中身は麻衣と確認を兼ねて、内容をのぞいていた。
子袋に数グラムづつ入った砂が、数十種類ほどに分けられて用紙に貼り付けてある。
柳都の里を中心に集めた土らしい。
用紙に仮説と丸印がされたメモ書きがある。
――柳都のパワースポットから採取した砂、そこから育まれた野草、または野菜や果物、それを薬として飲んだり、食したりする。あることから、それまで必要とされなかったフィラメントが脳に何かしらの刺激を与えていることがわかってきた。――
他の用紙には、フィラメントの分析と書かれた論文とその資料、化学物質の量や変化の測定結果表や、色が変化したリトマス紙などがいくつも張られた用紙などあった。
DVDには、摂取した場所や実験中の撮影された動画が入っている。
「資料から、能力について何かわかる?」
「興味深い記述が沢山あります。でも、私ではわかりかねますね。コピーして、女医と教授にそれぞれ送って意見を聞いてみることにします」
二人の大人の喚起する声が聞こえてきそうだ。
「あえていえば、弥彦がキーワードでしょうか。あちこちと記述が見受けられました」
「弥彦には、拝み屋や霊能師が何人かいるって言うよね」
栞の話に麻衣が付け足した。
「過去知、物体直感、呪術とかやっているって話だよ」
「その地区から霊能者が生み出されていたってことなんですね」
「弥彦ってパワースポットって言われてたけど、霊山だったわけか」
「私の親、弥彦出身よ。森永向葵里ちゃんも小学校まで住んでたと言ってたわ」
麻衣が想わぬ情報を出してきて、俺と栞を驚かす。
「えっ、じゃあ、パワースポットって、信憑性あるじゃん」
俺は、盛り上がって両手をテーブルに置いたら、緑のファイルの上に置いてた栞の手と合わさってしまう。
「あっ、ごめん」
引っ込めようとした手を、栞はもう片方の手で押さえてきた。
「良いですよ。何度でも」
両手で握り、かがむように俺を見つめてくるが、薄着に胸の谷間から白いブラが見えてまぶしい。
「んん~んっ、はあっ、ううん」
栞が色気のある声帯を振るわせて、ドキリとさせられる。
「何?」
麻衣が剣のある声で栞に問う。
「えへ、なんだか肩がこりまして」
「じゃあ、揉んで上げる」
麻衣が渋い声で、栞の肩に手を乗せて大きく揺さぶった。
「痛い、痛い、もう結構です」
「そう? ところで忍、鼻の下伸び過ぎ」
麻衣の手が俺の鼻をつまんできた。
なんでーっ。
***
栞が持ち込んだファイルを応接机に移動させていると、廊下から騒がしい声が響いてドアが開いた。
「小腹が空いたーっ。おっ、涼しいーっ」
お腹に手を置いて前かがみの彩水と、御付の二人が応接室に入ってきた。
棚のお菓子が目当てらしい。
「おう、彩水。練習終わったようだけど、他の信者は?」
「解散したよ。今日は終わり」
隣のソファに飛び込んで、背をもたれる彩水。
直人がサイドボードの棚から、せんべいが乗った皿を出してテーブルに置く。
ドアの内側に立っていた今村が、ボーイのように扉を開けると、純子と篠ノ井が麦茶を持って入ってきた。
そのうしろから向葵里と永田も入ってきて、応接室は騒がしくなる。
「今まで三人で、何の密会をしてたのかな?」
せんべいをかじりながら、彩水がまた下種な笑いをしながら聞いてきた。
「お前とは違って、クリーンな話だ」
俺は、純子から出された麦茶を飲んで答える。
「ふん。……なあ、なあ。幻覚を使えるようになってきたから。、そろそろ試合しない?」
「うっ、また面倒なことを言い出した」
「この前は面白かったじゃん。要、じゃなかった、栞も交えてさ」
「考えておきましょう」
名前を呼ばれた栞は、さらっと流してしまった。
「うっ、いけずの栞」
そこへ栞の腰元で、ポケベルの緊急を感じさせる電子音が鳴り、「高田さん?」と彼女が小首を傾げる。
続けて俺の携帯電話からも大きな古時計の着信音メロディが鳴った。
栞は無言になり、
俺は携帯電話を取り出すが、着信音メロディに今村と彩水が難癖をつけてきた。
「童謡とは広瀬先輩は幼稚だな」
「未だにそれなの?」
連中を無視して、携帯モニターを見ると雑誌『怒!』の小出さんからだった。
「はい、どうもお久しぶりです」
『広瀬君? さっそくで悪いんだが、今TV観てるかな?」
「いえ、観てないですが、近くにあります」
横目で32インチの液晶モニターを見て言った。
『じゃあ、すぐ観てみなさい。そちらのチャンネルはどこかわからないが、『事件を斬る』って番組は生でやっているはず』
「ああっ、知ってます。日曜の夕方にやっている報道番組ですよね」
『希教道を特集してやっている。それもかなり悪質な方向で』
「えっ? マジッすか」
俺は麻衣にTVを点けるようにゼスチャーをしていると、栞も戻ってきて同じことを言ってきた。
「TV点けて。BR局です」
麻衣が慌てて、サイドボードのリモコンを操作すると、暗い液晶に色彩と声が映りだした。
すぐチャンネルを変えて画面がいくつかの局を行ったり来たりして止まる。
映し出されたものは、見覚えのある教団の道場、作務衣を着た信者たち、そして中央に対峙しているのは今村と向葵里だった。
「これは、前の対戦のときのじゃないか!?」
「えっ、やだ、何?」
今村が声を上げ、向葵里が怯えた。
今度は取材を許可したときの集会の映像が流れると、番組のナレーターが『このように集団で幻覚をかけて、怪しい超能力の開発を修行と称して洗脳してます』と平坦な声で述べた。
「えええっ」
応接室の何人かが、驚愕の声を上げた。
「この前の取材は、この番組のための撮りだったの!?」
「だまされたんだ」
純子と彩水が憤って、苦々しい言葉を吐いた。
画面は代わり、今度は俺と彩水の対決時シーンが映された。
『見てわかるように、中央の二人は体だけ動かして合気道をやっているように見えるだけですが、洗脳と集団幻覚をかけられた若者たち信者は、剣と盾の対決、または、火の玉対決と称してバトルをしている場面と幹部たちは主張しているのです。これが希教道の内情です』
「ちょっとなんなのよ、これ! 取材なんか来てなかったのに。誰が撮影してたの?」
彩水が立ち上がって憤慨したが、誰もが同じ意見のようで怒りをあらわにした。
「何てネガティブな」
「情報操作しているわ」
「カメラの持込検査が必要」
「それより密偵者は誰!?」
彩水が血相を変えるが、幹部は誰もがバトルを映している液晶画面をにらんだままだ。
その場のカメラに収めていたのは……。
「あの角度からだと、Bランクのグループじゃないか?」
今村の発言で向葵里と永田が考え始める。
「あ、毎日来てたのに、今週になって来なくなった人がいます」
「そう丸山ですよ。試合の時スマホ出して撮っていました」
俺は毎日道場へ来てないので、知らない信者でわからないが、今村や彩水は特定された犯人を思い出す。
「丸山って、あのひょろりとした曽我部の次に背の高い奴か?」
「いたわね、そんな奴……内通者だったなんて、サイテー」
バトルシーンが終わると、これも密偵者が撮ったらしい普段の道場の映像に、ナレーションが別の付加価値を入れだす。
入浸って道場に泊り込みしている若者の母親と言う者を紹介しだした。
その母親は声だけの出演で、子供を取られたと泣きながら訴えはじめて驚いた。
『息子を返してくれと道場に行ったが、幹部に酷く罵倒されて追い返されたんです。息子の顔も見せてもらえませんでした……ううっ』
苦痛の話と泣き声が、音楽も無くTVモニターのスピーカーに響いた。
「なんなのよ。これ?」
麻衣が呆れたように言い、彩水が「こんな親来たか?」と周りに聞くと何人かが、「いやいや」と答えて、他の全員がそろえて否定した。
「ヒデえな」
「これほどの茶番見たことないわ」
今村と純子が吐き捨てて、うしろに立つ篠ノ井が大きくうなずいた。
再び画面が展開して、幹線道路と歩道橋が映されると麻衣が、「あっ」と声を上げた。
『一月前の連鎖自殺があった、現場の一つです。自殺者は何かに怯えるように、突然死を迎えました。催眠術の類だとの説を裏付けるように、その当時、近くの喫茶店に希教道幹部がいたと証言があり、連鎖自殺との関連性も浮上してきました』
パニッシュメント・パーソンと名のるユーザーは希教道幹部なのかと字幕スーパーが出てCMが入ると、携帯電話の小出さんから声がかかる。
『断っておくが、俺はいっさいリークしてないし、君たちを信用している』
「ああっ、それは……はい」
俺は生返事で答えるが、それ以上言葉が出てこなかった。
『これはやばいな。希教道が誰かに目をつけられたようだ。……今後こちらから情報が入ったら、すぐ広瀬君に送るよ』
俺は話が終わり携帯電話を切っても、握ったまま呆けたようにTVモニターを見つめる。
その後も応接室にいたメンバーは、無言のままTV画面を見続けた。
番組の趣旨は、希教道の幹部が連鎖自殺の犯人と断定して進行を続けていること。
幻覚から話は広がって、政局で気が触れて引退した五人の政治家を語りだした。
その中に死んだ草上直樹の父、草上議員の『化け物だ』と暴れまわる動画が映し出されると麻衣が俺の腕を両手で掴んできた。
有名ニュースキャスターの
栞を見ると、腕を組んで渋い顔だったが、車椅子にかけていたポシェットから携帯電話の呼び出し音が鳴りだしたので彼女は急いで取り出す。
「はい。……そうですね。はい。そうそうに何とか……」
某大臣の秘書からだろう。
番組を放送させた抗議とその対応ってのが透けてみえる。
栞は溜息をついて、携帯電話の通話を切った。
CMが入っても誰も何も言わず、呆けたように画面を見続ける。
後半になってきて、よからぬ話がまた出てきた。
『当時は、本当に驚きました。集団幻覚を見るなんて』
看護師らしい女性にインタビューして、画面は総合病院の全景と六年前と言う字幕スーパーを同時に映していた。
『その幻覚のあとに、教祖と知り合いだった患者さんが亡くなったのですね?』
『そうです』
ナレーターがまた扇動するように、『連鎖自殺と同じことが、ここでも起きていました。これはトリックを使った犯罪ではないのでしょうか?』と語る。
栞が心配になり見ると首を振って唇を噛んでこらえていた。
その教祖に新たな疑惑と字幕スーパーが出ると、教祖の小学生時代、本人が助かって両親だけ事故で死亡する不可解な事件があったと伝える。
栞は冷静でいられるだろうかと、もう一度顔を見ると目をつぶってTV画面を見てなかった。
瞬間、飛んだと思って、ソファから立ちあがり彼女の肩を叩くが反応がない。
これは、やはり先行した? ……TV局か。
足元のワン公も心配そうに栞を見上げる。
「もしかして、行ったの?」
麻衣も同じことを考えたようで、不安げに聞いてきた。
「そうらしい。俺もちょっと行ってくる」
栞の肩にまた手をかけて、
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