第87話 道場内対戦(四)
俺が中央に戻ってきたら、彩水も合わせて前に出てきた。
「忍ちゃーん調子はどう? えっ? 顔が熱いって? ぷぷぷっ」
「言ってろ」
「ふん。次は、本気で取るよ」
「その自信砕いてやる」
「おやー、二人ともやっと本気モード?」
純子たちも俺たちの中央に割って入り、合図の仕切りを取る。
「期待してます」
「じゃあ始める?」
「それじゃ、三回目でかんなぎ様の先行です。それでは開始」
純子の声と同時に、アキレウスの盾を現出させて見ていると、彩水が消えた。
すぐ左右に彩水が一人ずつ現れたので、何かの目くらましかと動きに注視する。
「あっ?」
急に背中に寒気が起きて、感でその場を飛びのく。
うしろには彩水が立って、こちらに短剣を振りかざしていた。
すぐアキレウスの盾を彩水に向けると、鉄と鉄のぶつかる音が響いて防御が間一髪だったとわかる。
「ちっ、この私から逃げきるなんてインチキだわ」
「無意識が教えてくれたんだよ」
「それはないわ」
彩水は一撃が入らなかったので、そのまま力押しできた。
「こ、この馬鹿力が……」
自らを増やして、瞬間移動のように現出させると言う荒業を使ったので驚いた。
空間の距離感を視覚描写して、イメージしたい物を目線数値で配置していくので、開始が2、3秒と遅くなってしまう欠点がつく。
送るイメージの情報も多くなり、異能保持者の零の聖域へ繋がっている広さや、量に関係してくるので使う者は限定されてしまう。
それを高められることは、必然的に
「大体お前、同時変更イメージできてたのか?」
「さっきもやったんだけど、気付かなかった?」
「あ、あの誘導弾」
「だから、本気って言ったでしょ」
「ちょっと舐めていた。謝るわ」
「うえっ?」
俺は同時に、力をかけてたアキレウスの盾を引くように脇へそらした。
「わわわっ」
力を失って前のめりになった彩水は、そのまま消える。
俺はすぐアキレウスの盾を構え直すと、側面からまた彩水が現出した。
性懲りもなく短剣を横に振ってきたので、丸い盾で遮り、そして押し返す。
「ピーピー、終わり。彩水の一撃は不発で終了よ」
「ちっ、謝罪などの手に引っかかるとは」
「焦って本音が出ただけだ」
「ふん、余裕だったクセに」
俺と彩水はまた離れて、最初の定位置に戻り対峙しながら審判員たちをせかす。
「すぐ始めようか」
「今度は忍さんの番だから、やる気出しちゃって」
「いや、やる気と言うか、集中力を持続させたいだけだ」
本気ださないと負けるかもと、ちょっと焦って気持ちを入れ変えているのが正直な感想だ。
俺の後ろには、向葵里やランクBのメンバーが無言を貫いて見ていることだし、今後の道場での立ち位置を確保するためにも勝たねばな。
「では、四回目。忍さんの先行で開始」
純子が言って、麻衣が腕を下ろして合図した。
「さーて、忍ちゃんは今度はどんな手かな?」
「期待してたバーニングが来ないから、俺から逆にプレゼントしよう」
「はん。この暑いときにいるわけないでしょ」
そう言いながら、頭まで覆った完全武装の騎士鎧に変身する彩水。
左腕には先ほどと同じ、芸術的な彫刻がしてある聖盾も現れて構える。
「ほーっ、そんなに欲しいのなら上玉を送ってやる。だが、俺も本気で行くぞ」
「はん。忍ちゃんの本気など、高が知れてるわ。また数増やしてくるんだろ? それとも大きくするのかしら? なら反則として抗議だわ」
「するか。魂の一球のみだ」
「魂って、ぎゃはは」
俺は野球のピッチャー気取りで、小型の火の玉をサイドスローで笑う彩水の聖盾目がけて投げた。
まともに聖盾に当たると、大きい耳障りな金属音に火の粉が四方に飛び散り、受けた彩水はうしろへ後退する。
「むっ、捕らえられたか?」
「うわーっ、重い設定かよ!」
そう、投げると鉛玉のように重い火の玉になるイメージ。
それを狙って防御を崩す予定だったが、しくじった。
「な、何これ? 盾をぐりぐり押して来るんですけど」
「さっきのエネルギー弾のような破裂型でなく、押し込み型、自動追尾タイプってわけさ」
今、イメージに新規追加で上書きし、試合の継続をさせた。
「アッチ。こ、このーっ」
聖盾で押し返す彩水だが、俺も上書き対抗でバーニングで聖盾が割れていくイメージを新規に追加しながら押していく。
何度となく火花が周りに大きく飛び散り、近くの純子たちが慌てて退避した。
花火が出てないときは、上書き返しされて、火の玉が浮いて飛びそうになる。
再度、上書き直して『砕けろ』と唱えたが、彩水も返してきて、上書き合いの我慢比べになってきた。
消去法なら、東京出張で天羽陽菜との対決のように攻撃、消す、のやり取りで消耗戦を繰り広げる。
だが、今回の消去なしの
だが、直球勝負となると相手を倒すイメージを飛ばしても、相手も撥ね退けるイメージで上書きするので、上書き合戦になる。
では、俺たちの『倒れろ、倒れろ、倒れろ』と『退け、退け、退け』の繰り返しの状態を、見学者はどう視れているか?
それは、動画のフレーム合成をする観念と同じ。
俺と彩水のイメージの中間を、視るもの全ての無意識が自動補完で、中間の攻防映像を視ることになる。
この
隙でも見せてくれないと、判断に迷う状態だ。
生き物のように圧力をかけてくる火の玉を、盾で右へ弾こうとする彩水だが、足は道場中央の空間を徐々に右へ右へと移動して行く。
膠着に彼女も疲れてきたのか、足をもつれさせた。
「あっ、まずっ」
彩水が苦しさに耐えられず弱音を吐いた。
隙ありと思った瞬間、俺の足元に緑茶のペットボトルが転がりこんできた。
反射的に攻撃の防御を取ってうしろへ下がった。
転がってきた方角を見ると、立っていた直人と目が合う。
彩水が直人に渡した緑茶のペットボトルだが、落として転がった? このタイミングで?
審判員は離れたところから、彩水の防御様子を視ていてこちらに気がつかない。
彼はすぐ額を手で押さえて、俺へ頭をたれてきた。
「このーっ!」
彼女の声で振り返ると、集中が解けてしまったせいか、聖盾がバーニングを弾き飛ばしていた。
鉄の火の玉は俺の脇を飛んでいく。
すっかり上書きされたなと、ホームランを打たれた気分になる。
「おーっ、かんなぎ様が防ぎきったぞ」
「あんな激しい熱玉だったのに、スゲー」
絵的に良かったのか、信者が喜んでいる。
さすがに攻撃にやり返す余裕はなかったようで、鉄のバーニングはうしろの床に落ちて消滅した。
「彩水の防御。忍さんの競り負け」
純子の合図で終了。
彩水は精神を疲労したのか、全身鎧を消して近くの椅子の背に手を置き、前かがみで漏らした。
「危なかった……はあーっ」
それを横目で見ながら、足元のペットボトルを拾い上げた。
唐突に、今しがたのバーニングに音を上げて苦しむ彩水のシーンが飛び込んできた。
それに別の彩水の流血シーンがかぶさって映る。
「なっ?」
驚くがペットボトルを握り締めていることから、フラメモが作動したと気付く。
これは直人の記憶か?
目を凝らしてみるとペットボトルからの残留思念で、岩のくぼみに挟まってうめいていた。
そこへ手が差し伸べられるが、その腕も血だらけである。
岩壁の上から、『今助けるぞ』と声がかかっていた。
映像目線の腕は岩に挟まっている彩水を抱き起こして、戻るとそのまま割れた額から出る血をハンカチで拭き取っているが、その拭き取ってる顔に血がしたたり落ちてくる。
二人して崖から転落でもしたのか、痛々しくて見てられない。
映像への意識を解いて、道場へ目線を戻す。
そこにまた直人が、頭をかきながら近づいてきた。
「広瀬先輩、すいません。つい落としちゃって」
「いや、かまわない」
ワザとだろ? 邪魔されたから反則、などと頭に少し過ぎりはしたが、思ったこと自体に恥ずかしい気分となった。
ペットボトルを受け取って戻って行く直人を見て、先ほどの映像を思い返す。
彩水の危機に転落の過去を思い出し、つい加勢してしまったんだろう。
そうだとすると、次も彩水に何かあったら仕掛けてくる可能性があるかも……気をつけるか。
「五回目。かんなぎ様の最後の先行です。これで無理なら彩水の勝ちはなくなります」
「今回勝てば問題ないわ」
「……では開始」
純子の声で彩水が微笑みながら、両腕を二度叩いて空中を凝視する。
おっ、彩水の得意技が来るか。
「かんなぎ様、行けー」
「彩水様、今度こそ」
声援の声も大きくなる。
片手を上げて「バーニング」と唱えると、手の上空にサッカーボールの大きさの火の玉が現出した。
「ほう」
「お望みの火の玉よ。受けてみなさい」
俺はアキレウスの盾を少し大きめに変更して、衝撃に備える。
「いっけーっ!」
声とともに火の玉が勢いよく飛んでくると、鉄の盾にぶつかり大きく花火が上がった。
「あちちちっ」
飛び散ったのかと思ったら、火の玉が高速回転してアキレウスの盾を押し始めた。
俺と同じスタンスを取ってきやがった。
これは競り負けられないな。
アキレウスの盾の左腕を右手で支え、弾き反らすイメージを送る。
「いっけえ」
彩水のバーニングを払いのけた瞬間、小型の火の玉に変わってアキレウスの盾を押し返し始めた。
また上書きされたかと思ったが、全然軽くなっててすぐ払う。
だが、前の高速回転のある玉が戻っていて盾を削っている。
「くっ、妙なことを」
そこへ小型のバーニングが飛んできて、俺の盾に当たり火の粉を上げて押し込みの参加を始める。
すぐにアキレウスの盾の下へ移動し始めたので、即効で二つの玉を弾かせたイメージを上書した。
だが、最初の高速回転の火の玉は上書きされてて、元に戻っている。
「くっ、これは?」
パターンをたえず変えての攻撃を追加してきているのか?
また手馴れたようなことをしてきて、彩水が無視できない存在に変わったと驚いた。
だが、追加分は脅威ではない。
その彩水を見ると、右手を額に当てて俺への攻撃イメージを続けている。
だが、うしろに動きがあって意識が向くと、今村が腕を出して
何?
隣の直人に声をかけていて、今村と同じ仕草をしている。
目の前にまた小型のバーニングが飛んできて、火の玉か三つになり激しく丸い盾を揺さぶりだした。
一気に熱の放射が上がり、熱さがます。
「あっち」
まったくあの連中は、加勢しても彩水は喜ばないってわかっているだろうに……。
何とか止めてもらおうと純子たちを見るが、反応がない。
彩水の二段、三段の攻撃だと思って気付いてない?
それとも連中は、俺だけ限定で視せている?
彩水も気付かないのは、そう言うことだな。
「よそ見していて、余裕じゃない」
鼻を鳴らした彩水は、中央のバーニングの回転数が上がり重さを増した。
アキレウスの盾から火花が散って鉄の砕けたイメージが脳裏をかすめた。
爆発音とともに熱が顔面に直撃した。
「ちっ」
彩水の舌打ち。
火の玉を喰らったと思ったが、すんでで上書きが間に合った。
「あっ、何とか防げたか」
少し背後に押されたが、先ほどより玉が大きくなったバーニングの防御を続けている。
またすぐ、二つの火の玉が飛んできたので、もう一つ右腕にもアキレウスの盾を装備させて迎え撃つ。
左腕の盾に支えがなくなり不安定になるが、右腕の盾で二人の小型バーニングを弾いて消したが、火の粉をかぶって熱い。
だが証拠にもなく続けて飛ばし始めた。
「ちょっーっ」
俺は、飛んでくるバーニングを消すついでに、右腕の盾も大きく変えて火の粉をかぶらないイメージに変えた。
「うおおおっ!」
彩水が焦れてきて、体に力を入れだした。
押さえつけていた火の玉が発光して膨れてきたので、即効飛び跳ねて消える上書きをする。
やはり消えずに、アキレウスの盾を押してくる状態に戻った。
だが、道場のあちらこちらの空中に、人魂のような
「うわーっ」
「熱っ」
道場の信者が、現れた燐光群を避けながら騒ぎ出す。
これは彩水が仕掛けたのか?
その彩水は、目をつぶったまま先ほどの状態から微動だにしない。
「んっ、どうした?」
『意識を持っていかれて、幻覚が暴走してます』
――えっ、栞か?
栞からの
燐光群はさらに蔓延し、観客の信者たちは座り込んだり、廊下に非難したりで見物どころでなくなっていた。
審判員の麻衣たちも腰をかがめて、状況を確認している。
俺の周りにも燐光群が現れ、熱く照らしだした。
彩水のバーニングも燐光として二つ三つと分裂して増えていく。
消去しても次々に増えて、そこへ止めずに加勢を続けて飛んでくる小型バーニングを一緒に消すが、燐光は増え続ける。
燐光の熱は参る。
ひざを折って熱と小型バーニングを避けるが、さすがに強烈な熱の照射は耐え難くなってきた。
「何をしているのですか?」
廊下から道場へ慌てて入ってきたのは竹宮女医だ。
一部の信者たちが、燐光群を避けながら状況を説明しだしている。
「これはお開きか」
『負けることはなりません』
――あれっ、栞。
また
「参戦します」
そう言って要は指を差すと、腕を上げてバーニング操作をしている今村と直人がいる。
一部の燐光群が、要の指に指示されたように今村と直人に突進していった。
二人は慌てて燐光を避けるが、足元にいくつも炸裂して倒れ伏す。
「ななっ、要。何やっているの?」
純子がその様子を目撃して、声を張り上げる。
だが周りは燐光群でパニックになって、要の行動に頓着していない。
「何って、二人とも彩水に加勢してたから、私も忍に加勢に入ったんだけど?」
「えっ?」
純子と麻衣が驚くと、後ろにいる篠ノ井が懸念を言う。
「そういえば、途中から広瀬先輩の行動が、必要以上の行動を取ってました」
「右の盾ね。当たってもいないのに振り回してたわ」
「ああっ、おかしいと思ってたけど、私たちに視せないで攻撃してたわけ?」
麻衣たちが納得しているうちに、要は燐光群を急速に消失させていく。
同時に、俺への攻撃から分裂を始めてた火の玉も、消失していった。
道場が混乱から正常に戻ってくると、目をつぶったままの彩水が突然よろけて床に倒れた。
「あっ」
燐光弾を避けていた直人が、すぐ彼女の下に駆けつける。
だが、すぐ彩水は起き上がるが、呆けた状態で周りをゆっくり眺めている。
「あれ、疲れて倒れたのか?」
要は空間をにらんだあと、俺のところへ戻ってきて話した。
「忍君も攻防していて、わからなかったのですね」
「ん、何が?」
「彩水が零の聖域に飛んでいったこと」
「はあ? あっ、もしかして
「ええ。私も一つ前の対戦から、見させてもらってたんですが……」
いつの間に。
「だから、意識が抜けたとき状態異常を感知して、彼女を追跡していきました」
「意識が持っていかれたって、そのことか」
「暗闇でパニックになっている彩水をすぐ見つけられて、引っ張り戻してきたんですよ」
「そんな面倒なことしてたのか、ご苦労さん……で、あいつ大丈夫か?」
「はい、元に戻ったようです」
何か酷いデジャヴ感が……。
「忍君を探したときみたいに、苦労はしなくて良かったですけど」
「……えっと、それは置いといて、何で突然彩水が?」
「今の競技で、心身ともにイメージへ打ち込んでいる状態が長くなったから、気持ちが高揚して意識が浮遊したんじゃないかと。慣れていないと、意識自体が零の聖域に吸収されることになって、自らをイメージのごとく送り出してしまったんじゃないでしょうか」
「えっ、それなら俺も危なかった?」
「忍君は零の聖域へよく行ってたじゃないですか。もうとっくに克服してます」
「ああっ、そっか」
「彩水は、これで零の翔者の器を取得しましたね」
「
話しながら、未だに呆けている彩水を見ていると、竹宮女医がやってきた。
「あーっ、みんな集まって。どう言うことか詳しい説明が欲しいんだけど」
そこからは竹宮女医のお小言を関係者全員聞くこととなった。
「無断での能力行使は硬く禁じます。場合によっては脱会もあるから、いいわね」
と最後に厳しく付け加えた。
「はい」
俺と要、彩水と直人たちはしぶしぶ肯定した。
彩水は
ちなみに勝敗は俺も彩水も加勢が加わったことで失格、ともに敗退になる。
能力別が発端の競技だったが、事の起こりを知った彩水がかんなぎ教祖として、信者間の能力差別はならないと宣言して収まった。
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