第86話 道場内対戦(三)
少し前までの今村は、十回に一度成功させるだけだったのに、
彩水も前まで上手くいかなくて、漠然とした言葉や映像のせいか、中々相手へ伝わらなく、時間のずれ、まるで違ったものへ変換など起きてしまうとよく愚痴っていた。
栞の助言を下に、禅の修行者のように座り集中力を高め、現出させるイメージをはっきりと描写する訓練を習慣化してコツを掴んだ彩水。
だがそれが元で、現出イメージばかりに固執して、相手への送信イメージは、「いけえーっ」と言葉で適当にやるようになってたらしい。
彩水がまた栞にせっついて、しっかり相手へ送る視覚化方法を聞くと今度は一気に上達した。
その方法は、例として携帯電話でメールを送るなら、送信ボタンを押すなどの
人が多ければ送る相手のいる空間を描写したあと、一斉に送る送信ボタンを押す視覚イメージで、続けて押すを選べば無意識に続けて送信していく方法。
あとは、零の聖域と相手の無意識が全てやってくれるので、そこで遅れてズレるとかはない。
竹宮女医の話では、生理学者リベットの感覚が脳に知覚されるまでには0.5秒遅れて届く実験結果があるという。
それを基に、イメージ送信して相手が認識するのも同じ速度で届いてると判断しているらしい。
だから本人も含めて現出したモノを、その場の全員が普通の視覚と同じ0.5秒遅れで視てるとのこと。
全て同じイメージを視ているわけではないが、零の翔者の能力が優れものと改めて納得した。
彩水が覚えた技術はすぐ広がり、上位保持者の今村たちもこの一ヶ月、
ただ、俺は栞とのマンツーマンの特訓で、視覚化は二日で仕上がったので、今村たちが早いとは思わなかった。
竹宮女医の話では、俺や栞の能力取得が彩水たちと比べて格段に早いのは、例の初期IIMの調合らしい。
粗雑なIIM2には上限があるだろうとも言っていたが、彩水や今村たちはランクSにアップしてるので、今のところは速さの違いだけのようだ。
その部分では要が、「ゆっくりなのは、彩水たちは零の聖域のラインがまだはっきり整ってないからで、今後も練習で整っていくかは未知数」だと話してくれた。
競技方法は、攻め手が一回のみの打撃イメージを送り、守り手は防御イメージで回避する。
ただ、守る装備は盾関係のみで、変な壁魔法やよくわからない空中のフィールド構築は却下された。
三回チャンスの手合わせで、先に防御が突破され痛手を受けた方を負けとするルールである。
あと、麻衣たちから、攻撃で人以上に大きな火の玉や突風など現すのは失格、人以下の大きさなら複数は有りとした。
防御では攻撃を消さずに受けることが条件。
また、審判員が反則と思われたものは失格、判断に悩む物はすぐ審議と決められた。
要するに道場の中で、派手にやらずにチマチマするもの限定ってことらしい。
「それでは始め」
純子の合図とともに、先行の今村は俺に向かって、両腕をトランプのカードを空中にゆっくり配るような仕草を始めた。
同時に観客信者たちのどよめきで、何かを現出させたようだが、周りを見渡しても何も視えない。
今村はまだ不慣れなようで、
相手に迫力を与える演出としてはいいが、どんなイメージでも体が構えを取るそうだ。
別に中二病ではない。……いや、彩水はその限りでないだろう。
「忍危ない」
麻衣が慌てて両手を前にバタつかせて、危険を知らせている。
あっ、そう言えば
それを止めるには、解除、開放、手放すなどの言葉を視覚化すればいい。
メデューサの名前のついたウィルスソフトをパソコンにインストール、それをモニター操作で遮断ボタンをクリックしたイメージで稼動を開始した。
その視覚化を逆にすればいい。
メデューサをモニターに起動させて操作パネルで解除ボタンをクリックする、そんな映像を頭に浮かべて実行させると
簡単なものだ。
でも心が不安定になったら、すぐに解けてしまう欠点もある。
手から魔法のようにナイフが飛び出て、空中に送り出し十本ほどで止めた。
「どうかな? 刺さると痛いですよ」
今村の声に合わせてナイフ群は横へ規則正しく動き、俺の周り三百六十度を包囲して止まった。
「刃物は危ないぞ。痛いどころの話でないからな」
「そうでしょう。降参しますか?」
「俺は、今は攻撃はできないんだったか」
「本当に舐めていますね。じゃあ、攻撃に移させてもらいます」
前後左右のナイフ群は、俺に向かって飛び込んできた。
すぐ左腕を動かしながらギリシア神話にある、アキレウスの盾を現出させて、刺さりかけたナイフを払いのける。
これは盾イメージを送信したことで、今村のイメージへ追加になり、「刺され」と命令していたものは上書きされ、払ったことで無効となった。
俺が腕にした丸い盾を払うように動くことで、ナイフ群は視た者の常識で、次々と弾かれ地面へ音を立てて落ちていく。
「おおおーっ」
一斉に周りが驚きに湧き出す。
でも、これって能力慣れした方が有利だよな。
「ちっ」
舌打ちした今村だが、腕を振り上げて下ろす仕草をする。
その上の空間に突然ナイフが現出。
俺に向かって、そのナイフが飛んできた。
即時『盾』と唱える。
前方にアキレウスの盾が現れ、金属の跳ねる音がした。
ナイフは飛んで天井へ突き刺さる。
「ほっ、脅かすなよ」
イミテーションのナイフだったから、思った通りに飛んでってくれたが、本物なら悪手だよな。
次は体を避けよう。
今の行動を見ていた審判員の純子と麻衣が、怒って声を上げた。
「駄目じゃないの、攻撃は一回のみって決めたでしょ」
「今の防御されなかったとして、もカウントはされませんよ」
「ちっ、わかったよ」
「いいですか? 一回目は、忍さんが防御して、今村さんの失敗です」
それを聞いて今村は、両手を広げて納得したとジェスチャーする。
「ふん、攻撃が甘かったが、次は見てろ」
十分危なかったわ。
こいつは、本当に油断も隙もありゃしない。
「次、後攻は忍です」
麻衣が俺に言うと、純子が携帯電話を持って合図を送った。
「では始め」
俺が動こうとしたら、相手が先に行動を起こして機動隊が使うような、細長い防弾盾を体の前に現出させる。
武器で来ると思って先んじてきた。
あえて乗るのも手だが、ここはやつの弱点とかで突きたいかな。
「ああっ、あれで行こう」
その物を印象付けるため、道場の廊下へ手を差し出した。
今村と観客はそろって廊下側を見ると、キバを向き唸り声を上げて道場に入ってきた大型犬に、信者たちが一斉に壁沿いに散らばった。
「おおーっ」
「狼だ。いや、野犬か?」
以前、屋上から階段落ちした今村が言わしめた、「狂った柴犬」は苦手になったと思い、そいつを出して喰われる情景を送ってみた。
「また入ってきた。二匹、三匹いる」
今村の周りに三匹の狂った柴犬が吠えて、次々に飛びかかる。
「うわっ、わわわ」
今村が後ろへ跳び下がったまま、防弾盾を振り回した挙句倒れてしまった。
そのままピクリとも動かなくなって、床に倒れたままである。
「あれ?」
狂った柴犬を今村から離して様子を見る。
審判員たちも様子を見に行くと、すぐ麻衣が両手を振って、純子が「医者、医者」と言い出した。
「気を失った?」
やべっ、やり過ぎた? 一匹でよかったかな。
今村が何か勝算があってと思い、隠し玉を見極めようと慎重になりすぎたか?
吠えてる狂った柴犬たちの消去を周りに送ってると、審判員の純子から勝利の宣告を受ける。
「勝者、忍さんです」
「なんか、あっけない展開だな」
今村の周りに彩水信者が来て、顔を叩いたり揺すったりすると、気が付いて起きだしたので少し安堵する。
曽我部に肩を担がれるように立ち上がった今村は、ゆっくりと歩いて折りたたみ椅子に座るが、青ざめて無言だった。
やはり狂った柴犬は彼には、トラウマレベルだったらしい。
「じゃあ、真打の私が登場ね」
ポテトチップスの袋と緑茶のペットボトルを、うしろの直人に渡して阿賀彩水が椅子から立ち上がり前に出てきた。
道場の彩水信者が一斉に声を上げ連呼しだした。
「彩水様ーっ」
「かんなぎ様ーっ」
「教祖様ーっ」
やりづれーっ。
彩水との対戦は、今村と同じ競技方法で進めることとなり、攻め手は彼女の強引な挙手で決まった。
俺の前に出てきた彩水は、両手を胸の前に組み両足を広げて仁王立ちして、不敵に笑う。
無理に先に攻め手にいったことといい、この自信の笑いには嫌な予感しかしない。
「それでは始め」
純子の声の合図とともに、先行の彩水が右手を前に突き出し、指を鳴らした。
「わはははっ」
「わっ、きゃっ」
「ヘンタイだ」
突然男性信者が爆笑しだし、向葵里や他の女性信者たちが軽い悲鳴を上げる。
曽我部など、食べてた彩水のポテトチップスを噴出す始末。
あっ、もう何かされた?
俺は周りを見るが何も出現していない。
麻衣や純子たちは口を抑えて目が点になりながら、教えてくれる。
「し、しし忍、下、下」
下を見ると学生服のスラックスが下ろされ、前面にウサギの絵が入ったピンクのパンティを着せられていた。
「ちょっ……」
下半身がなぜかスースーすると思ってたら……彩水。なんちゅうことを。
本物じゃないのだが、実際に赤面して耳まで熱くなり、あたふたと消去のイメージを道場の観戦メンバーに送る。
バーニングでも飛ばすかと予想を立てて、どう叩き返そうと思案していたら、当てが外れてしまった上にこれだ。
「あ、消失させた。反則。反則」
彩水が残念そうにのたまっているが、お前こそ反則だ。
すぐ審判員たちから審議が入った。
なぜか麻衣が顔を火照らして、純子たちと話している。
「攻撃手段としてありなの?」
「対戦相手へ、行動は起こしてはいますね」
「スラックス下ろされただけだから、防御の手段がないわ」
下ろされただけじゃない。
トランクスを幼女のパンツに摩り替えられて、ヘンタイにされたんだ!
「防御として打ち返すこと無理じゃない?」
「でも、消去しちゃいましたよ」
「無効?」
「そうね、これは両者無効でしょう」
「決まり」
三人は輪を解いて、勝者なしの無効と宣言した。
「なんだよ。今のは一撃で粉砕してたじゃないか」
「彩水様のサプライズアタックで、ダメージ受けてただろ」
「そうだ。俺たちからも審議だ。物言いだ」
曽我部をはじめ、彩水信者からブーイングが起こり、審判員たちは顔を見合わせて呆れ顔になる。
「静まれ」
彩水が信者たちに向かって声を上げると、すぐ声は止んだ。
「こんなのはウォーミングアップ。勝敗などは眼中になく問題ない。それに始めの一手は十分に効果はあったと見たわ」
「なるほど」
「さすが、かんなぎ様」
「おおおーっ」
信者たちの肯定の声が上がったあと、彩水は先ほどと同じ腕を前に出して指を鳴らすと、また笑いが起こった。
またやられたかと、俺は驚いて下半身をのぞくが、何も起こってなく安堵する。
「わはははっ」
彩水信者の笑い声で顔を向けると、彩水が俺を見て笑っていた。
くそっ、笑いものにする戦法か……駄目だ、また顔が温かくなってきた。
地味に効いてるぞ。
「つぎは後攻、忍さんの番です」
今度は攻撃回だが、恥をかかせたお礼はどう返してやろう。
俺が対峙している彩水を見ながら考えていると、人差し指を立てて手首を振りながら言葉を返ってきた。
「ノンノン。仕返しとかで、私へのセクハラは許さないわよ」
「しねえよ」
女性陣の前でそれも麻衣の前でやったら、言葉による袋叩きの未来しか見えねえ。
ツインテールを手でうしろへ弾いた彩水は、両手を腰に回して仁王立ちした。
防御に構えたのか? 勝ち誇ってる風にしか見えん。
「それでは始め」
純子の合図で2回目が始まる。
インパクトのある服を思い描いて、俺も相手が翻弄する方法を取った。
イメージを送信して自ら薄手な私服姿の阿賀彩水に変身、学生服の阿賀彩水に対峙してみる。
「わっ、あいつかんなぎ様に化けやがった」
「なんか、髪下ろしてやたら可愛くなってる」
俺はおどけて、ダンスをするように足を出し色気のあるポーズを取る。
すぐ彩水も目を細めたあと、「その程度、私もできるわよ」と薄笑いをした。
彩水はすぐさっきまでの俺に化けたあと、ダンサースタイルに改良、フットワーク軽くブレイクダンスをし始めた。
こいつ、俺がやろうとしていることを勘違いしてるが、ノリの良いとこは誉めてやる。
ピー、ピーと警告笛の真似をした声で、純子が割って入った。
「ストーップ。それじゃあ服装か、ダンスの品評会になるでしょ。採点式で面倒になるのはお断りよ」
「ボールを打ち込むとか勝負して決めてよ」
麻衣もアヒル
「いやこれからなのだが……雰囲気から入ろうと思ってな」
そう言って彩水の俺は、手に星型がついたステック棒を現わす。
浅丘結菜が振っていたのを思い出しながら、ステック棒を振って「変身」と唱える。
私服の彩水が、魔法少女彩水に化けた。
「わっ、可愛い」
うしろのかんなぎ信者がどよめく。
彩水の俺は、魔法少女姿に変身して、ステック棒を掲げて決めポーズをする。
内容はセーラー服の魔法少女しか知らないので、大雑把な言葉で周りに送信したから、それぞれの好きな魔法少女彩水に化けているはず。
「うっ……」
瞬間、向かいの彩水のイケメンになった俺が、絶句している。
「私のデモンストレーションは終わり。ここから勝負するわよ」
言葉も声も彩水ボイスに調整して、結菜の言葉を復唱した。
「ポヨヨーン」
「ううっ」
うなだれる彩水。
純子が首をかしげながら、声をかけてきた。
「何で変身してるのか知らないけど、再開するわね」
審判員たちが下がり、麻衣が手を下げて開始の合図を送ってきた。
だが突然、浅丘結菜が魔法少女のスタイルになって参戦してきて驚く。
俺たちの前に来て、スティック棒を振り「ポヨヨーン」を連発。
さらに彩水がうなだれる。
ご機嫌な結菜は「バーニング」と言って、手の平サイズの火の玉を空中に出した。
戸惑いの純子と麻衣が、さすがに驚いて急ぎ駆け寄り、結菜を二人で担ぎ戻ると火の玉は消失した。
「可愛いのに、取り除くなよ」
だが、信者から一部ブーイングが起きた。
「あぶないでしょ」
「当然の処置」
純子と篠ノ井が声を出して信者を黙らせた。
止められた結菜は、椅子に座らされ麻衣に諭されていた。
「魔法少女彩水。がんばれー」
納得したようで彼女は俺の……魔法少女彩水の応援に回った。
逆に納得言ってないダンサースタイルの彩水は、三白眼で俺をにらむが無視。
「それじゃあ、攻撃するわよー」
ステック棒を振ろうとしたら、俺姿の彩水が腕を出して止めた。
「待って、一つ聞かせてもらうよ。その姿は何なんだ?」
「決まっているでしょ。彩水ちゃんの好きな魔法少女だよーん」
「うっ、私の顔でへんな言葉を話すな。不気味すぎる」
「そう? 私は問題ないから、早く戦わないとまたクレーム来ちゃうわよ」
彩水は変身を解いて元の姿になっても怒りを持続している。
「うるさい。私が好きだって誰から聞いたの?」
「スティック棒持ってたんでしょ? 好きだったのね。ぷっ」
「おい。なぜ笑っている? そっ、それは低学年のときに祭りで買ってもらったものだからな」
「魔法少女彩水、ぷっ」
もう一回笑ったら、彩水の目が座ったので、やり過ぎたかなと反省。
「忍、てーめー」
「うん。わかった。じゃあもう始めるね」
ありがちな技をイメージして周りに送る。
空間に六つほどのエネルギー弾を発動させて、相手を攻撃させる射撃魔法だ。
「シューティングマジック、いくよーっ」
無言の彩水だが、槍風なデバイスを現出させて防御の構えをした。
エネルギー弾を二射、連続三回、アタックさせ彩水を爆発させる。
「よし」
とイメージしたが、彩水の持った槍デバイスの先端が某ゲームで有名な聖盾に変形。
エネルギー弾は、次々にその聖盾にはじかれボール玉のように飛んでいった。
観客にも飛び込んでいき、避けるため騒ぎになる。
瞬殺でイメージの上書きされた?
「あっ、しまった」
弾け飛んだエネルギー弾の連続二発が、無防備だった魔法少女彩水の俺に次々に迫ってきた。
簡単に避けれると思い、消失せず横に飛んだが、その行動は愚作になる。
一つは問題なく避けれたが、次のエネルギー弾は誘導されるがごとく円を描いて、俺の顔面に炸裂した。
「ぎゃっ」
俺は魔法少女にあるまじきカエルのつぶれた声を出し、床に仰向けに倒れた。
そのとき、意識が一瞬飛んで行った気がした。
「いってー」
顔面の焼け付くような痛みで、顔を覆いながら上半身を起こした。
横に麻衣が座り、その後ろで森永向葵里が中腰でこちらを見ていて驚く。
「大丈夫?」
「先輩! 大丈夫ですか?」
「……ああ、顔がズキズキするが、もう平気だ」
心配してた麻衣の顔が破顔するのを眺めながら、自己の体をチェックする。
さすがに変身は解けて、元の学生服の俺に戻っていた。
「あれ、時間が飛んでる?」
「ほんのちょっとだけど、気を失ってたわよ」
「マジ? ……くそっ、遊び過ぎたか。上手く避けられなかったからな」
「ボク、びっくりですよ。凄い勢いで倒れたんですから、心臓止まるかと思いました」
「私も、まったく同意だわ」
向葵里と麻衣に驚かされたと、不満を言われて少し恥ずかしい。
「それはわりー」
「忍は、彩水にダメージを与えるつもりだったんでしょ? ネタにネタで返しただけになっちゃったわね」
「うむむ。弾いただけのエネルギー弾と思ったのが敗因だな。イメージ誘導されてたとは」
そこへ向葵里が話しかけてきた。
「あの……先輩、もう十分助かりました。ありがとうございます」
「えっ、ああ」
「だから、もうこんな危ない試合に無理に出ないでください」
うかない表情のまま、彼女から試合放棄を提案された。
「いや、それは駄目だよ。俺はランクBの代表にされたけど、向葵里ちゃんたちの現状を改良するのに最適の場だと思っている」
「そんな……」
「いいのよ。忍の好きにやらせれば。今回の失敗は遊びが過ぎただけだし」
そう言われて、また顔の痛みがうずいてきた。
「俺が勝って今日みたいなことのないようにするから。向葵里ちゃんは、応援してくれるだけでいいんだよ。それとも負けると思っているのかな?」
「いっ、いいえ。……わかりました。お任せします」
向葵里は、何とか納得してくれて試合放棄は引っ込めてくれるようだ。
そこへ突如、彩水サイドから声が上がったので振り向く。
一部の信者たちが、彩水様コールを唱えて肩を組んで騒がしく盛り上がっていた。
「あれ……俺って負けたのか?」
立ち上がって麻衣に尋ねると、向葵里と一緒に首を振る。
そこへ純子と篠ノ井もやってきた。
「違います。無効ですよ。ふふっ」
「そうよ。気を失ってた忍さんには失礼だけど、笑わしてもらいました」
純子たちには、俺のやられっぷりは滑稽だったらしい。
「笑ってろ。で、ノーカンって? てっきり終わったのかと焦ったぞ」
「防御から攻撃に転じた彩水が失格とか、忍さんが防御できずに負けとかはないです。両方ともルール対象じゃないですから」
純子の話を聞いて納得したところで、制服姿に戻った彩水がこちらを見て笑っていた。
「ぶぷっ」
感じわる。
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