第84話 道場内対戦(一)
「突然ですが、私、栞はここで正式に教祖引退宣言をします」
「うむ」
車椅子に座った巫女スタイルの栞が、千早を羽織った彩水に、手にした御神体の入った玉手箱を渡した。
「引き続き阿賀彩水さんが、二代目教祖を続けて教団を存続させていってください。私はそれを幹部となり支えていきます」
二人は握手を交わしてお辞儀をする。
日曜の会合が終わったあと、幹部と一部の信者だけ残った道場の中央で、引き継ぎは行われた。
車椅子に座った栞が、前に立っている阿賀彩水と彼女を慕っているメンバーに語るように宣言する。
それもこれも彩水に栞が元教祖とばれて、教祖隠しの執拗な追及があったおかげだ。
栞は「面倒だった」の一言で、のらりくらりとはぐらかす。
能力差があるのでやる気を削ぎたくないと俺は聞いていたが、そこまで話すことはしなかったらしい。
入信当時の彩水は、不在教祖の間に合わせで始めたことだったので、「ちゃんと引継ぎをしよう」と提案をしてきた。
少人数で略式の引き継ぎにしたのは、会合での宣誓が嫌だった栞の妥協案。
ついでに御神体を作って渡すことになったので、栞は道場の道具置き場から、もらい物と言う小さな片手で持てる玉手箱を引っ張り出した。
森林公園で勾玉の形の親指サイズの天然石を一つ拾ってくると、油性ペンで零の聖域と書いて、布団から拝借した綿とともに玉手箱に収めた。
いいのかそれで。
幹部たちの拍手が道場内に響いて、引継ぎの終了を知る。
「私、教祖の柄じゃないし、彩水が人を引き寄せる魅力を持っているから適正なのよ」
珍しく栞が彩水を褒めちぎる。
「ふふっ、わかっているじゃん」
実際よくやっていると思う。
「これからもよろしく」
栞が微笑むと、彩水が腕を組んで質問した。
「この際だから、要……元教祖の栞は、実際のランクを教えてくれ。どのくらいなんだ?」
溜息をした栞が、彩水を車椅子に寄らせて耳打ちする。
「ひみつ」
「なんでーっ。要のいけず」
彩水が、車椅子の前で体を左右に動かし嫌々をすると、浅丘結菜が小走りでやってきて真似をしだす。
「これって、かじり虫のダンス?」
結菜が聞きながら、上半身を振ると、腰を振り出した。
うん。結菜ちゃんは可愛いから許せる。
真似された彩水は目を点にして止めると、結菜に「この次に踊ろうか」とささやいて純子たちのグループに引き渡した。
振り返った彩水は、改めて栞に口を尖らせる。
「何でよ!」
車椅子の足元にいた柴犬が一吠えした。
「うっ」
彩水が怯んで下がると、栞はワン公の頭を撫でて言った。
「声を荒げると怒るからね」
「そっ、そんなに能力上なのか?」
彩水が声を上げると柴犬が唸りだした。
「しのぶくん、静かに」
彩水はうろたえて、俺の後ろまで下がってくる。
どうやらまたワン公にドアを現出させられたようだ。
以後、彩水は柴犬……しのぶくんを毛嫌いするようになった。
ランクの質問もしぶしぶながら引っ込めたが、「そのうち追い越してやる」と一言添えて。
***
街中に蝉の声を聞くことが増えた土曜日の昼前、麻衣と一緒に学校を出る。
バスを降りて道場に向かう途中、ランクAー1の有能小学生、浅丘結菜を歩道先に見つけた。
白のシャツ、ピンクのスカートにポシェットを下げてる彼女は、道端でゆっくりと周りをうかがいながらこちらへ歩いてくる。
「挙動不審者発見」
「何してんのかしら。探し物?」
二人で近くに寄ると、小さな結菜がこちらに気づき顔を上げると涙目である。
「結菜ちゃん、何してんだ?」
「忍お兄ちゃん。麻衣お姉ちゃん……落とした物を探していたの」
「あら、何落としたの?」
麻衣がハンカチを取り出して、結菜の前にかがみ目の下の涙を拭いてやる。
話を聞くと、落としたのは彩水からの贈り物で、道場に着いたときに魔法スティックがポシェットに差し込んでないことに気づいたそうだ。
来る途中に落としたから戻りながら探していたとのこと。
えっと、アニメの魔法少女アイテムで、伸縮スティックの先端に小さい星がついている地撮り棒のような物らしい。
何でも彩水が小さい頃に持ち歩いてたものらしく、手にしていると魔法少女になりきれるから異能力がついたと本人が言っていたと。
だから凄くご利益ある一品だということで、落としてしまってしょぼくれている。
うーん、彩水も罪なことを言ったな。
だが魔法少女スティックを持っていたという彩水を思うと、面白いものを見つけた気分になるのはなぜだろう。
「ここは経験豊富なお兄ちゃんにまかせな」
「能力使うの?」
「そうだよ。結菜ちゃんの記憶から見つけよう」
彼女の顔が、ぱっと明るくなると「お願いします」と頭を下げてきた。
なんて可愛いことを……まあ彼女は能力はあるがうまく使いこなせないのは、流石に小学生ってことか。
俺も麻衣の横へかがみこんで、結菜の肩に一瞬だけ手を置いた。
さすがに麻衣は何も言ってこなかったが、考えるしぐさをしていた。
すぐ結菜の記憶が額の前にいくつかの映像となって浮かび上がってきたので、魔法の杖をイメージして検索をかける。
記憶映像がいろいろ現れたり消えたりしたあと、いくつかの映像が止まって終了した。
その一番手前の記憶を探ると、見覚えのある木造の廊下が現れたので
そこは道場の廊下で、結菜が歩いている左右を注意しながら見る。
話し声で騒がしい道場から有田純子が現れて、少し驚いて立ち止まった。
「あら結菜ちゃん、今日は早いのね」
『彩水お姉ちゃんに頼んでいた無詠唱魔法、教えてくれるって言ってたから』
「ああ、バーニングね。でも彼女今日は来るの遅いよ」
純子は廊下の奥へ歩き出すと、結菜もついて歩く。
『えっ?』
「古典の授業追加とかで一時限分遅くなるって、昨日ぼやいていたから」
聞いてるうちに映像目線がさ迷い始めた。
『わっ、ない。あれれっ』
「どうしたの?」
『落としちゃった! 探してくる』
そう言うと純子の前から脱兎のごとく逆戻りして、玄関の靴を履く。
ここで外に出られるとわからなくなるので、玄関口から周りを見渡してみる。
奥に立っていた純子が、かがんで足元に手を差し伸べ何かを拾い上げていた。
注意して見ると星型の棒である。
もしかして、魔法スティックか?
立ち止まったときにポシェットから落ちていたようだが、記憶の中の結菜は玄関を出て行ってしまった。
「よし結菜ちゃん、答えは道場にある。行こう」
「え? 道場に落としたの」
「うむ、経験豊富のお兄ちゃんはそう語る」
それまで黙っていた麻衣が目を細めて話し出す。
「こういうときは本当に便利よね、うらやましい能力。あっ、でも別な意味に経験豊富って気がしてきた。占いでだましていたとか。占いを使ってのぞいてたとか。占いされて寒気がしたとか」
麻衣が思い出してここぞとばかりに言い始めた。
「いっ、いや、あの頃はまだ……お前、まだ根に持っているのか?」
「そんなことないよーっ、ちょっとうらやましいだけ。さっ、結菜ちゃん一緒に道場行こう」
俺を置いて二人は歩道を歩き出し、先に行ってしまった。
本当にうらやましいだけか?
俺たちが道場へ着くと、中から喧騒の声がして厄介事かと麻衣と顔を見合わせる。
玄関から廊下へ上がると、有田純子の弟子、じゃなくて、ボランティア女子の
「何をやっているんだ?」
「ああっ、忍先輩、見てのとおりです」
中ではグループ同士の言い合いがなされていた。
阿賀彩水グループの上級者三人が、笑いながら相手をあおり、野次馬として同メンバーが遠巻きにしている。
「下心たっぷりで森永さんに近づいていたのか。エロい連中だ」
来たときから目立っていた長身の高い曽我部十五歳が、先頭に物を言い、奥で今村陽太が腕を組んでせせら笑っている。
言われている方は、森永
「うっ、うるさい。黙れ」
単発で怒りの言葉を返していたが、全員うつむいて旗色が悪い。
「何で対立になっているのかわかる?」
俺が篠ノ井に内容を聞くと、肩をすくめてセミロングの髪を書き上げながら話した。
「小太りの永田のショルダーバッグを、上級者の曽我部が偶然接触して記憶を視てしまったようですよ」
ん? 上級者っていっても、そんなすぐに記憶を引き出せるわけないと思うが……こう言うことは今村が絡んでいそうだな。
「じゃあ、何で笑われてるんだ」
「向葵里さんの隠し撮り写真を撮っていたのがわかったんですよ。そして、一部のグループ間で回されていたそうです」
「ああ、それがうしろの連中か」
「吊るし上げね。自業自得かしら」
麻衣は結菜に聞かれて、後ろから彼女を抱く感じで状況を語るが、「よくわかんないけど、怖い」と返される。
「道場主は?」
「競馬場ですよ」
篠ノ井に聞くと何をいまさらと言う目をされてしまった。
「ああっ……そう」
責任者の使えなさは浸透しているようだが、いや、本当の責任者は栞になるんだよな。
でも、彼女はこの手のを含めて、第二教祖に丸投げしているから出てこないか。
「おい見ろよ。これも面白れー」
永田のショルダーバッグを回して数人の信者がのぞいていたが、うしろに控えていた今村がもっと視てみろと笑っている。
まったくどこへ居てもあいつはブレない。
うん、今回の仕掛け人は奴かも知れないが、なぜ無害そうな連中を集団でこき下ろすかだな。
「おおっ、こいつ中学の時に隣の女子にコクって、速攻でふられているぜ。笑えるゥ」
「こいつ、不良に絡まれて財布を巻き上げられている。取り返せよ。情けねー」
今村も前に出てきて、長身の曽我部からショルダーバッグを受け取って会話に加わった。
「小学のとき授業中にクソ漏らしていたのか。お前楽しい人生送ってるな」
「ははは」
周りも釣られてさげづむような笑いをすると、小太りの永田が今村に飛びついて胸ぐらを掴むが、片手で払われて床に投げられてしまった。
すぐ今村は曽我部に合図を送ると、床に転がった永田の上に長身の足を乗せ押さえつけた。
「今村さんに手を出すなんて、百年早いんだよ」
彼のうしろで控えていた幹部も、他の向葵里グループ信者を小突きだした。
「忍、まずくない」
隣の麻衣が止めた方がいいよと顔が催促してきたので、出ようとしたら横から女性の声が上った。
「何しているんです」
声の主はそのまま道場に入って、二つのグループに割って入った。
制服姿の森永向葵里である。
すぐ今村が手を上げると、小突いていた信者が手を止め、曽我部は永田の背から足を退ける。
向葵里は今村たちをにらんだあと、倒れている永田に手を差し伸べて状況を聞きだした。
「なるほど、ボクの写真が問題だったのですね」
怒っているような向葵里の雰囲気に、立ち上がった永田や他のメンバーはうなだれる。
「えっとですね……ボクはいいですよ。言ってくれれば写真なんか、いくらでも撮ってくれても……個人撮影は恥ずかしいから、みんなで一緒に写ることにしてただけです」
「えええっ」
「はあ……?」
永田たちはうれしい驚きの声を上げ、今村たちは本人がOKを出したことに二の句が継げられず黙ってしまう。
向葵里は手を頬に当てたまま、今度は今村たちに振り向いた。
「今村さんには教えてくれたお礼を言います。でも写真の件はボクに伝えてくれれば良かったことです。ボクたちグループの問題ですから。……それと能力使って視るのは希教道の趣旨から外れてません?」
今村たちは嫌そうに肩をすくめてお互いを見合う。
「上級の皆さんは、お互いが視れてしまうから、視られたくないので能力は使わないと聞きました。では、まだうまく能力を使えてないボクたちでは、遊び半分に視てもいいことなのでしょうか?」
自分が視れないから、相手を視て面白がるのは能力を自在に使えるようになった者の特権と思ってしまうところがある。
俺もそうだったので、耳が痛く隣の麻衣に目を向けれない。
「だから、今村さんたちは、もうこんなイジメは止めてください」
不穏な気配を出す今村メンバーと、舌打ちして彼女をガン見する曽我部。
「それは心外だな。女の森永が迷惑だと思っての善行だぜ。小ざかしい奴らを暴いてやって、誉められて当たり前なのに何だ、イジメって?」
「えっ……気に障ったら謝ります」
「はん、今村さんの顔潰しておいて、いまさら謝っても遅せーよ」
長身の曽我部に肩を揺すられて、向葵里は驚いて後退りしだす。
「何、この一連の仕打ち。善行が悪行にされて、チョー面白くないんだけど」
「えっと……ボク、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」
「そんなつもりじゃなかった? どう見ても悪人風情がってのたまわってたじゃないか。あん」
さらに曽我部に詰め寄られて、向葵里は永田たちメンバーと一緒になって萎縮する。
「だいたいお前ら、力もないくせに遊びに来ているだけじゃねえか。前々から邪魔で仕方なかったんだよな。この際どっか別のところへ言ってくれない?」
「いっそのことグループ解散してくれると嬉しいわ」
「そうそう、うざかったから丁度よい。はははっ」
別のメンバーたちも合わせて言い出したが、今村は黙って額に手を置くが止めない。
さすがに排除勧告は聞きとがめて、「止めろよ」と思わず声が出てしまった。
「はっ、いきなりなんだ?」
曽我部とともに全員がこちらに振り向いて、注目されてたじろいでしまうが、声をかけた手前一歩前に出る。
「広瀬先輩、この人たちの言い分聞いてましたか?」
向葵里は長身の曽我部を避けるように、俺の横に走りより話し出した。
「ボクたちにうざいとか、解散とか酷くないですか」
「道場からの一方的な排除行為は、いただけないな」
俺は向葵里に答えながら、曽我部たちに向けて言う。
また舌打ちする曽我部といきり立つ二人だったが、それを制して今村が割って出てきた。
「広瀬先輩、何のつもりかな。部外者は口出し無用でお願いしますよ」
「部外者はないだろう。幹部として道場内のトラブルは治めるのは責務だろ?」
「先輩が仲介をするって言うんですか?」
「無能はイラないスよね? 先輩」
曽我部が俺の前に立って鋭い目線を向けてくる。
「無能など、ここにはいないぞ」
俺が強く言い返すと、首を振って向葵里と永田たちに指を差して笑い出す。
向葵里がそれを見て、青ざめて涙目になっていく。
「では先輩、彩水様がいない今、ボクじゃ荷が重いので、彼らに納得いく方法で治めていただけますか?」
不気味に笑う今村に曽我部が付け足す。
「おう、先輩。頼むぜ」
追い出す気満々かよ。
しかし、参ったな、納得させる方法か……。
俺が腕組みして思案しながら向葵里たちに向くと、彼女が答えた。
「では、ボクたちの能力で納得してもらってはどうですか? 何かハンディをもらえれば練習の成果は出せます」
曽我部たちが一斉に笑い出す。
「だから、お前らのグループがその能力ねえって話だろ?」
ん、彼女の話に乗っかるか。
「そうだな。能力勝負をしようか。それで納得してもらおう」
また笑いが起こり、面白れェとか、やれーやれーと後ろの傍観者たちから声がかかる。
「わかった。で、何をするんだ?」
俺は見渡して、麻衣の前に見学していた結菜を見て思いつく。
「結菜ちゃん。ちょっと手伝ってもらえるかな」
手招きすると、麻衣が彼女を連れてグループの輪に入ってきた。
「いいの?」
麻衣が不安そうに聞いてきた。
「助手頼む」
「うん」
「何、お兄ちゃん。私でも役に立つ?」
「ああ、そうだ。だから、お願いだ。さっきの失くし物、前の人たちから能力使って探してもらおうと思うんだ。あっ、でも結菜ちゃんは、失くした物は黙ってて欲しい」
「あれを見つけるんだね。いいよ。何か、楽しそう」
俺は結菜の失くし物とその落とした場所、今どうなっているか見つけてもらうことで、それぞれ1ポイントとして数を競うことを提示した。
「それでいいぜ。3ポイントか……じゃあ、俺がやろうか」
曽我部がのっそり前に出て、周りに告げるが誰も反論はない。
「ボクがやります」
対して森永向葵里が声を上げる。
曽我部のランクは始めからAー2で今はAー1に届く実力、向葵里はランクBー1で今はAー2に近い能力なので、そのままでは無謀だ。
「ここで勝負の公平を兼ねて、彼女たちに二人一組とハンディを与えるがいいな」
「ん? ああ、そんなこと言ってたな。いいぜ」
「お、おい、いいのかよ?」
隣にいた友人が止めに入るが、彼は意に返さない。
「無駄なこと。まともに視れるのも稀な連中だぜ」
「それも、そうだな」
今村からケチがつくかと思ったが、傍観しているので一安心。
逆に曽我部のは、俺が思っている以上なのかと不安になる。
森永向葵里のハンディには、同じランクBー1の永田がつくことになった。
「能力発動があまり見込めないけど、俺頑張ります」
「うん。ボクたちなら集中力は負けないよ」
時間は3分、携帯電話にあるタイムウオッチソフトを使って麻衣に計ってもらい、不正がないか俺は監視役に当たる。
結菜を椅子に座らせて、合図とともに彼女にタッチして能力で記憶を探る。
俺は何かプラスに働くと感じて向葵里に一言、小声でアドバイスすると二人はそれを吟味して話し合う。
椅子に座って俺を見ていた浅丘結菜にも、アドバイスを送っておく。
ランクAー1でSー2の能力もある結菜に、「昨日までの記憶にアクセスしたらお化けが出る」と唱える寛容な記憶の自己遮断の仕方を教える。
そして俺のスタートで能力対決が始まった。
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