第83話 希教道の日常
携帯電話で呼び出すと、使われていない番号だとガイダンスされて、解約したことを知る。
確保できなかった天羽と岡島主任は、高田さんの所属している民間特殊警備請負会社へ依頼して調べてもらうと、船を使い他の国を経由してアメリカに渡った痕跡があると報告を受ける。
音信不通の美濃たち四人も、渡米していたことを同時に確認が取れた。
バードは希教道リーダー排除の指令を、まだ遂行していたので行方も気になったが、こちらは報告は上がっていない。
命令依頼はバイアウト・ファンドで、谷崎製薬がらみが続いているようだ。
以降は、
天羽たちをのぞこうとすると、光のような幻覚が映像に被さり、めまいや頭痛が起こり視ることが困難になってしまう。
栞もやはり確認は取れなかったが、俺のように頭痛は起こらないとのことで能力の違いを見せ付けられた。
東京出張後、
***
七月に入り、じめじめした夏の日が続いていた。
ネットの書き込みが、毎日頻繁におこなわれるようになって、保持者たちのオフ会が第二回、三回と開かれた。
一回目のような問題児たち保持者は出ず、落ち着いた集会に終始している。
彩水のかんなぎ舞を俺の
そのつど希教道の信者が増えて、四十人、五十人と膨れ上がり、何人も道場に泊り込みをするものまで出始めた。
メイン幹部と元からの一般信者の近所の老人たちを含めると、百人に届く勢いである。
日曜の午前はいつもの集会を道場で、新規の信者を午後に回して、総合体育館の多目的ルームを借り切っておこなうようになった。
多目的ルームではSランクの能力使用が禁止されたが、信者からも彩水のバーニングが見たいと言う不満も出ず問題なく終わっている。
また普段の道場では、たまり場から能力の向上を計る意識修行の場に変わっていた。
道場へ小豆色の作務衣を着た阿賀彩水が入り、中央に座るとすぐ周りに信者が取り囲む。
「彩水様、完全なる
「うむ、それはな……」
「かんなぎ様、あの大バーニングの能力を享受ください」
「ふむふむ、こうだ……」
能力的にやはり阿賀彩水に実力者の信者がついて、「彩水様」「かんなぎ様」「教祖様」と言われ、ホクホク顔のツインテールであった。
中央グループの周りにもいくつか輪ができていて、その一番大きいところに同じ学校の下級生がいる。
「森永さんは、一緒に写メどうっすか?」
「えーと……ボク、みんなと一緒に撮った写メ大好き。一緒に写ろうね」
男子学生に囲まれた制服姿の森永向葵里が、片手を上げて肯定する。
「向葵里ちゃん、夕食一緒にどうです?」
「ボク嬉しいです。みんなで食べに行きましょう」
明るく振舞う向葵里を、新規の保持者男子たちが慕って下位能力のグループができあがっていた。
性格が良いのか、ボクっ子のせいか、人気者である。
廊下では能力を持ち合わせていないカールボブヘアの彼女に、何人かの女子が質問をしている。
「有田さん。私、能力持っている気がするんですけど、通ってもいいですか?」
「奉仕活動として手伝ってもらえれば参加はOKよ」
「能力ないけど好きなんです。憧れていました。この場に参加したいです」
「ボランティアの枠あるわよ」
面白半分や超能力に憧れて来る者も若干いて、それらは有田純子が引き受け、無償スタッフにまとめていた。
そして俺のところには……。
「僕、なんか見込みないみたいで……こんなんで備わるでしょうか?」
「うん……能力アップとか考えない方向もありだと思う」
「ええっ。先輩それはないですよ」
うーん。上手く行かない。
「私の
「うん……練習で上がるかもよ。たぶん」
「どっちなんですか、先輩」
なぜか悩み相談が来る。
苦慮しているんだが、何かの嫌がらせか?
オフ会第一回の保持者以外は、俺と栞の能力がSランク者とは知られていない。
二代目教祖彩水がSランク代表で、幹部に同列能力者が二人いるとなっていた。
道場での出入りが多くなったため、前の喫茶店カフェ-ショコラも活気が出ていた。
土曜の昼に制服のまま、腕の完治した麻衣と店内へ入ると、面識のある信者たちで埋まり人気を実感する。
「ウエイトレスさん、可愛いな」
「十六歳だって」
振り向くと、信者たちが萩原夢香さんを噂していた。
「俺メイドさんに、ケチャップ文字入れてもらった。ハートマーク」
「メイドケチャップ最高だろ。俺も書かれた絵が上手くて、食べるのに躊躇したよ」
萩原夢香さんがウエイトレスだよな?
残念美人の生態を知らない彼らには、アドバイスが必要かも。
「んっ? ちょっと待て、十六歳って……もう年齢詐称始めたのか?」
立ち止まり麻衣に小声で聞いてみた。
「勘違いされたけど訂正しなかっただけよ」
と麻衣がフォロー入れる。
「それにメイドケチャップが上手いのは本当でしょ? 評判が良いらしいよ」
土日の夕食事は、麻衣も借り出されていたので内情に精通していた。
忙しく行ったり来たりしている夢香さんが、俺たちに気づいてカウンターを指差す。
二席空いてるカウンターに向かうと、マスターが麻衣に手伝いを頼んできた。
「いいですよ」
了承した彼女は、すぐ奥のドアに消えていく。
ちょっと寂しいかなと思っていると、栞が……いや、ポニーテールの要がいつもの姿で隣に座って俺へ微笑んでいた。
「わっ、来たのか?」
「ちょっと用事です。いいですか?」
「ああ、いいけどトラブル出張とかは嫌だぞ」
「そんなんじゃありません、簡単なお仕事です。それで今日の午後は空いてます?」
「食後は道場行く予定だったけど、仕事って何?」
ニコリと笑う要を見て、俺は脳裏に悪い予感が過ぎた。
そこへエプロンをかけて出てきた麻衣が、俺に手を振って厨房へ入っていく。
隣の要は見えてないようで落ち着いて、要に向き直ることができた。
「海に行きましょう」
「海?」
そこへ黒服姿の女性客が店内に入ってきたので、何気なく見ると夢香さんが笑ってその人物へ俺たちの場所に指を差してきた。
「あら、珍しい」
要が立ち上がり俺の横に立つと、空いた席に座った女性客は谷崎知美である。
「こんにちは。眠り王子君」
「もう、その名前止めてくれますか」
「そうですよ」
谷崎さんは少し驚いたように、声を出した要に顔を上げる。
「いたの……
「今日来たのが、希教道に入信なら歓迎しますよ」
「相も変わらず短絡思考ですね。だから嫌なのよ。わからないかしら?」
「変な宗教じゃないってことは知っているでしょ?」
「もういいわ。今日は様子見に来ただけよ。忠告も兼ねてね」
「忠告ですか? 珍しいですね」
首を傾けて思案しながら答える要。
「マスコミに注意しなさい」
「はい?」
「私も力が及ばなかったのよ。もう谷崎製薬はなくなったわ」
「ああっ、この前の臨時株式総会でバイアウト・ファンドに乗っ取られたことね」
「あなたから言われると、面白くないんだけど……事実だからしかたない」
「それでマスコミとは?」
「バイアウト・ファンドの意向が入れば、谷崎製薬の方針が変わるってこと……ここではそれ以上言えないわ」
「そうですか、仕掛けてくるってことですね」
谷崎さんは首をすくめたあと、要から目を離して周りを見渡した。
「……しかしこの喫茶店、昼は酷い混みようだわ」
「おかげさまで、ほとんど何かしらの能力者ですね」
「まさか……信者ってこと?」
谷崎さんは要を見て、また振り返り見渡す。
「だから、言ったじゃないですか。増えてくると」
「……そうだったわね。でも、興味だけの面白半分で来ているんじゃないの?」
「そう言う人もいますけど、ランクBをほとんどクリアーしてます」
「そう……」
窓から外を見ている谷崎さんは、前と比べて少し弱々しく見えた。
要も何も言わず、同じ場所を向いている。
注文したコーヒーを飲んでいる谷崎さんは始終無言で、沈黙が三人を支配した。
***
「えっ? 海に行くの? 泳ぐの?」
「いや、うん。いいかも、じゃなくて、泳ぐことはないと思うが、まだそこまで聞いてないんだよ」
忙しい昼時を過ぎて麻衣が手伝いを終え、夢香さんにお礼を言われながら二人炎天下の外へ出る。
道場へ向かう途中、そのときに要の話を切り出すと食い付いてきたのだ。
要は谷崎さんが出て行ったときに、「あとで」と言って消えている。
「……私も行っていいんだよね?」
「うん、いいんじゃないか」
「そう、じゃあ行く!」
俺の顔をじっくり見た麻衣が、前を向いた先をワゴン車が横切る。
そのワゴンは、希教道の二台スペースの駐車場へ入っていった。
運転手はスーツ姿の高田さんで、助手席に竹宮女医が白衣のまま座っているのを確認したら、後部座席のスライドドアが開く。
「お待たせ」
開いたドアから、ピンクのブラウスを着た栞が俺たちに声をかけてきた。
最後部席には何やら機械類が詰まっているのが目に入り、青空実験が脳裏を過ぎる。
「あっ、そう言うことか」
「ちょっと日差しが強いですが、海辺の松林のある公園なら最適ですよ」
栞が俺に話しかけると麻衣が、「私も行く」との発言に栞が一瞬だけ嫌そうな顔をする。
「そうですか。でも実験には付き合ってもらいますよ」
「ん? 実験とは」
麻衣は機械の道具には目が行ってなかったようで、首を傾けた。
俺はいったん道場に寄ると思い、たたんであった車椅子を車から降ろす。
だか、栞は俺に手で止める合図を送って前を向く。
「このまま行きません?」
助手席のドアを開けて下りかけた竹宮女医に栞は言った。
「道場へ行かないのか?」
俺が栞に声をかけると唸り声が返ってきた。
「ん?」
「あれ、要じゃん。どうしたんだ、足を怪我したのか?」
ちょうど道場から出てきたグループの中に彩水がいて、俺たちに気づき声をかけてきた。
ワゴンから降ろした車椅子と、車のシーツに座ったままの栞を見た彩水が勘違いしたらしい。
「えっと……ちょっとね」
栞は片手で頭をかきながら何やら思案しているが、もしかして車椅子の栞バージョンは公開してなかったのか?
俺は慌てて車椅子を閉じて、ワゴンの後部座席に押し入れたら、彩水は何かを感じ取って寄ってきた。
「車椅子だなんて要……あれ? 忍ちゃんは何で当たり前に折りたたみを出して」
彩水一人が違和感を覚えて悩みだす。
「うん? 最近の要は本物か、
「どうしました、彩水様」
立ち止まって動かなくなった彩水に、後ろに控えていた今村が声をかけると再起動した。
「待て待て。要って、もしかして……教祖?」
俺と麻衣を押しのけて、ワゴンの車体側面に手をつき栞を見上げる。
「あはは、ついにバレたかしら」
俺にはいまさら感だが、彩水たちにとっては興味の対象か。
希教道の部屋ではよく車椅子の生活しているのをたまに見かけてたが、彩水たちにはしっかり
また唸り声で、栞の隣席から右目の周りの被毛に色違い模様を持った柴犬が顔を出して威嚇しだした。
「わっ、何?」
彩水はうしろへ飛び下がって、俺たちにぶつかるようにして倒れる。
すぐグループメンバーが彩水に群がり助け起こす。
俺は彩水にぶつかったときに、接触感応が起きすぐ理解した。
栞が柴犬の頭を撫でながら謝罪する。
「ごめんなさい。この子、悪戯するのが好きみたいで」
「なななっ……今の?」
あのワン公、また
これは彼女に同情する。
「犬? まさか、ありえない。今のは要だろ?」
栞の腕が、俺にワゴンへ入れとゼスチャーしているのに気付き、乗りこむと麻衣もくっついて入ってくる。
柴犬はシートを越えて、後部座席の足元へ移っていく。
「あとでフォローしときなさい」
助手席の竹宮女医が栞に軽く忠告した。
「能力高かったから、もしやとは思ってたけど……教祖だったんだな?」
彩水の声に怒りのボルテージが上がってきているようだ。
「今日は用があるのでごめんね」
栞の言葉に俺と麻衣で車のスライドドアを閉める。
「あっ、おい、要ーっ」
ワゴンは動き出して道路へ出ると彩水たちが小さくなっていったので、
「教祖を黙ってたこと、あとで聞かせてもらうから、とか色々言っているぞ」
「また面倒になったわね」
両手を頬に当てて栞が嘆くと、後ろ席から芝犬が俺の肩に飛びついてひと吠えした。
「うっ、うるさいぞ」
「大丈夫、しのぶくんの親愛の情よ」
「何言ってるの?」
麻衣が俺と栞の会話が意味不明で口を挟んできたが、答える気にもなれない。
だが、栞がワン公の名前をばらすと、二人は意気揚々に可愛がりだした。
「そうなんだ、しのぶくん。可愛い」
「いいでしょ、しのぶくーん」
うざい。
ワゴン車は、松林のある海浜公園の駐車場に着いた。
機材は俺と高田さんで担ぐことになり、栞は要に交代して海浜公園まで歩いて行くが、公園には子供たちがサッカーをやっていたので予定を変更。
まだ浜茶屋が開いてない、海岸の砂丘へ出ることとなった。
離れた先の浜の海では数人が泳いでいるのが見えたが、近くには人は見当たらなかった。
場所を決めたあと、竹宮女医のもとで機材を組み立てている隣で、柴犬が走り回り、要と麻衣が交代で抱きとめているのを見て代わりたいと思ってしまう。
意見を求めるために、三田村教授を中継
なれたもので、三田村教授の了解のもと、みんなの前にすぐ現すことができた。
何の実験かと言うと、栞の放った風を起こす錬金術の検証である。
「またできる?」
「わかんないです」
要から交代した栞が、折りたたみの車椅子に座って小首を傾げて答えた。
「あまり期待はしないでください」
周りに釘を刺すが、三田村教授は期待で満面の笑み顔を返している。
「大丈夫。君はそう言って
栞は隣に設置された折りたたみ机に置かれた機材を眺めながら、ため息をもらして肩をすくめた。
遊び回っていたワン公もいつの間にか主人の足元に座って、三脚を立てている高田さんを眺めている。
「せっかく用意したんだから、何かは見せてもらわないと」
竹宮女医がノートパソコンを開いて、脳デバイスを栞の頭に装着させながら話す。
「でも、使い過ぎないように」
いつもの言葉を忘れずに言うが、それが初めて引っかかった。
うん?
女医は栞に何か起こるんじゃないかと不安を抱えているような、そんな言葉に聞こえてしまった。
いやっ、脳への負担が気になるからの発言だろうし、実際に栞は能力使って倒れたことがあるんだから、気のせいだろう。
頭ってのは、良いひらめき寄こすけど、たまに不安な感覚入れてくるよな。
「ふーっ。はあっ、はあっ……無理。やはり駄目です」
栞は、力を抜くと車椅子の背に深くもたれかかる。
女医と教授の前で、彼女は例の能力を発揮しようと試みること数十分、成果が出なく実験は初めから難航してしまった。
「やはり、難しいか」
俺は高田さんが持ってきていたバッグから、タオルを取り出して彼女に手渡すと額の汗を拭く。
「はい、どうぞ」
麻衣が栞にペットボトルの飲料水を手渡して飲むのを見ていると、何かの試合のセコンド役をしている気分になる。
「そうなると、やはり」
「そうですね。似た状況を作ることでしょうか?」
俺たちの前に来た三田村教授と竹宮女医が、二人で腕を組んでうなづいている。
一瞬、背中に寒い悪寒が走った。
「ちょっと、そこのお二人さん」
竹宮女医が俺と麻衣に手招きして声をかけてきたので、観念して近づくと案の定である。
「お芝居しましょう。栞が観客で、忍君と麻衣ちゃんで恋愛の演劇シーンをやってみるの。どう? いつものことをやるだけだから、簡単でしょ」
俺たち三人の慎重すべき話題をこの人は、いともたやすく超えてくる。
「えっと、栞の前で麻衣とデートをやれと?」
冷や汗が出るが、麻衣が以外にすんなり返事を返した。
「いいですよ。補佐役でついて来ましたから、協力は惜しみません」
「何?」
俺が麻衣に振り向くと、面白そうな悪戯を思いついた顔をしていた。
「それって、私の感情の起伏を上げさせるために組むものですか?」
栞はそう言って渋い顔をする。
「もちろんそうよ。それとも怒声罵声を浴びせられた方がいいかしら」
「それも酷いです。……わかりました。演劇見せてください」
肩を落とした栞は、俺たちに向き直って苦々しい顔を見せる。
「いいのかよ」
「これは、仕事と割り切るのがいいわよね」
麻衣が俺の腕に手を絡めて、体を密着させてきた。
嬉しいんだが、ここではそんな鼻の下を伸ばした顔は見せられない。
麻衣は楽しそうに俺を引っ張って、栞の前の砂地を行ったり来たりするが、車椅子の彼女の視線が痛い。
「い、嫌がらせてやっているわけじゃないぞ」
栞に向かって言うが、返事をしない。
「良いって言ったのよ。ここは実験に協力」
「わかった」
遠くから小さくなった恋人を見てもらおうと画策して、その場をゆっくり離脱を図るが麻衣に止められる。
「あまり遠ざかるとインパクトないわ」
そう言って、麻衣は恥も外聞もなく抱きついてきた。
「わっわっ。麻衣、遊んでるだろう」
倒れないように押さえると、首元に顔をあずけて吐息を吹きかけてきた。
思わず肩に回した手に力が入る。
「最近、忍成分足りてないの」
「何だよ、それ」
お互いに耳元でささやくように話す。
「そう言っても私から離れないね」
「突き放せるかよ」
「あらっ、本音出た?」
俺はチラリと栞の方を向くと、こちらを見て微笑んでいた。
んっ、笑っているのは、大して抵抗がないのか?
麻衣も一緒に向いていたので、「耐性がついてるわね」と微笑んだ。
実験協力だし、俺も悪戯心が出てきた。
「よし、キャッキャッウフフするか?」
それを聞いた麻衣が満面の笑顔になる。
「じゃあ、じゃあ、チューする?」
「おい……」
それは止せと口にしようと思ったら、麻衣の二本の指が添えられた。
彼女は栞に向いて、俺の口に添えた指を自分の唇に強く当てて突き放した。
「ちょっと、あんたたち。いい加減に離れなさいよ」
唐突に目の前に要が現れて毒づいてきたので、車椅子の栞を見ると座ったまま明後日の方向を向いていた。
「わわっ」
「ええっ、
俺と麻衣は驚いて左右に離れると、無表情の要の手に握った刀が根元から現われだした。
動揺を隠しながら、栞に向くと今度はこちらを三白眼の凶悪顔で見ていた。
「おい。刀は危ないぞ」
「これは実験のための劇でしょ?」
俺と麻衣が焦りながら言ってる先から、問答無用に刀を振り回してきた。
「だから、やり過ぎなんです。空気読んでください」
目の前で太刀が振り切られて、思わずのけぞり砂地に尻餅をついてしまう。
「今のやばかったぞ。当たると痛いんだからな」
「私は今、胸が非常に痛いです」
俺に刀を向けた要が低い声で言い返す。
これは思いのほか効果てきめんだったが、栞の感情だけが爆発しただけの空振りじゃないか?
俺は振り返り竹宮女医に目をやると、腹を抱えて笑っていた。
それを見て被害者が俺だけかと思ったら、ビデオカメラ係りの高田さんから掛け声。
「変化あり」
声の方向に向くと、栞の周りに小さな光の粒。
空間の熱反応を占める器具の赤いランプが、細かく点滅。
竹宮女医が急いでノートパソコンのモニターに取り付くと、大きく声を上げた。
「これは! 脳の異常を感知しているわ」
顔に生暖かい風が当たってくるので、
立ち上がると熱風が一回大きく吹いてきた。
砂が舞って目に入らないように腕で顔を覆った。
続けて熱風が通過していくと、砂が大きく舞う。
冷風の突風が混ざりだし、交互に顔面を通過していく。
「わっ、ホントにやったのか?」
「知らない」
向かいに立つ要は、刀を消しながら首を振ったあと自ら消失した。
その間にまた大きな突風が出してきて、体のバランスが崩れる。
雲が現れ、急速に太陽を隠し周りを薄暗くした。
麻衣が隣に歩み寄り、俺の腕にしがみつくと、車椅子の栞から距離を取るように引っ張っていく。
「これまた、やばくなるんじゃ?」
「いやいやいや、この状態がまずいだろ? 彼女から距離を取るんじゃなくて、俺たちが距離を取った方がいい」
「あっ、そっか」
俺と麻衣は、栞からゆっくり離れていく。
強風は次第に強く激しくなっていき、上空の雨雲は瞬く間に発達して暗く広がっている。
「止まらないか」
麻衣は制服のスカートがめくれ上がるので、座ったままになって動けなくなっている。
ちょっと残念。
栞へ目を向けると、両手を頬に当てて当惑し、足元の柴犬は脅えて小さくうずくまっている。
先ほどの光の粒はもう輝いてはいないので、少しは戻りつつあるんじゃないかと期待する。
「どうしよう」
唐突に俺の横に要がポニーテールを風になびかせて出現した。
「落ち着け。なんにせよ成功したから……よくやった」
「そんなに落ち着けないです」
「別のことを考えるんだ。楽しいこととか」
「じゃあ、私にも忍君の指キッスください」
「あれは麻衣が演技で」
「だから演技で良いですから、ください」
麻衣を見ると、砂風を腕で避けてこちらを見てないと確認。
俺は自らの手を指に当てて、
「あーっ」
麻衣が声を上げたので、顔を向けるとこっちを見ていた。
状況を理解している?
と言うことは、栞が麻衣にも
要は不安顔から、満面の笑みに変わった。
現金なもので、そこから急激に風は止んで竜巻を呼び込むことなく、空間は落ち着きを取り戻していく。
上空に広がった雨雲も流れて、強い日差しがまた出てきた。
「危険」
「封印」
三田村教授、竹宮女医の二人が腕を組み難しい顔で言い放つと、実験は終了した。
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