第82話 東京出張(十)究明

 再度事務所の応接室へ戻ると、ソファに座ってる麻衣がテレビをつけて見ていた。

 モニター画面には、ニュース映像で、先ほどの駅前喫茶店の前が映し出されている。


「あっ、この街路樹が倒れている映像」


 竜巻がニュースになって、実況中継されていたのを立って眺める。


「んっ? 忍、戻ってきたの」

「たった今な。で、これニュースになっているのか?」


 車椅子の栞が、テレビの見える場所に移動して体を縮こませていた。


『世田谷区内で夕方に発生した突風による建物への被害が上った。都によると、屋根の瓦がはがれたり、窓ガラスが割れたりする被害が確認されたと発表した。消防、警察によると、けが人などの報告は上がってないとのこと。気象庁は、「突風は竜巻の可能性が高い」との結果を発表した』


「これ、このままでいいの?」


 麻衣が不安そうに立ち上がり、俺たちに向いて尋ねる。


「俺たちがやったなんて言っても、病院送りになるだけだぞ」

「そっ、それもそうね」


 栞はモニターから目を背けて、心細い表情で何もない壁を見つめ始めた。


「私たちだけだと不安だわ。竹宮女医に能力の話を報告しない?」

「ああっ、それもそうだな」


 俺たちの会話に、栞も首を向けて加わる。


「でも私、わからずに使っただけで、またできるとは限らないんだけど」


 栞はそう言いながら、先ほどの体の状態を考えながら軽く腕を上げた。


「ええっ、ここでやるの? それって無謀じゃない」


 麻衣が少し慌てたが、栞は腕を上下にして再現してみた。

 だが、光の粒もでなければ、熱風も冷気も起きなかった。


「感情から起因してるようだったから、すぐに使えるものじゃないだろうな」

「何となく……感情の、ある一線を越えなければ……起きないと私も思う」

「また竜巻とか起こすんじゃないかと、びっくりしたわよ」

「じゃあ、竹宮女医に直接まやかしイミテーションで報告する」


 俺は額に手をかざして集中しょうとしたら栞が止めた。


「それなら三田村教授にも、一緒に聞いてもらうのはどうかしら。中継するようにまやかしイミテーションを送って」

「へー、三箇所同時中継か? 面白い」


 栞に向いて、やってみようと腕を上げてゼスチャーを送る。


「忍君、練習がてらにやってみませんか。中継」

「えっ? ……二つ同時だろ。俺にできるのか」

「もう2Sツーエスランクですから、問題ありませんよ」






 試してみると、案外簡単にできて拍子抜けした。

 竹宮女医はリハビリセンターの食堂で、夕食中だったので急いで食べて応接室に来てもらう。

 三田村教授は、M大学の研究施設の一室で筆記作業をしていたのを中断して待機してもらった。

 二人にそれぞれ全員集まって存在しているイメージを送り、誰かが話せば三ヵ所同時に会話を送る、変換しない通訳者になった。

 額の前には竹宮女医、三田村教授目線の映像を映し、それぞれに全員円を描くようにそろった。

 東京の事務所には、俺、栞、麻衣、渋谷さんで、ここにいない二人がまやかしイミテーションとして参加となる。

 竹宮女医、三田村教授には、竜巻のニュースを、それぞれの場所からネットで調べてもらって確認してもらっていた。

 二人には状況を説明したあとに、渋谷さんにもそのときの状況と栞の周りから風が巻き起こったことを証言してもらった。

 それで栞に起こった状況を、俺が幻覚イリュージョンで彼女の周りの光や無風状態などから突風が上がっていくところまで、軽く再現して見せると早速に疲労の台詞を頂いた。


『壮大なことやらかしたようですね。頭が痛い』

『やれやれ、どこまで突き詰めれば気が済むのやら』

「物が壊れたのが本当だとしても、誰も信じないですよね」


 麻衣が今回の事故は帳消しですよねと、言わんばかりに聞く。


『それはもっともだ。刑事事件に問われないし、修理や弁償なども起きないだろうな』

『元々ありえないんですから、突然の局地低気圧が原因です。みんないいね』


 高田さんと麻衣、俺はそれぞれ見合ったあと、栞を見ると車椅子の中で小さくなっていた。 

 かん口令を敷いた女医が話を続ける。


『それで、その能力をこれからどう対処するかですね。教授、この力はどんな能力に含まれると思いますか?』


 白衣の女医が白衣の教授に向いて聞いた。


『そうだな。念力で物を動かすサイコキネシスってのがあるが、今回の栞君の能力は現実的ではない。あまりにも念力の実験成果から逸脱している。意識して対象を動かしていないから。……微妙だが、現象としたくくりなら、ポルターガイストの範疇に入るかもしれない』

「ポルターガイストって物体が勝手に動くってヤツですか?」

『そうだ。思春期の女性が、感情的になったあと癇癪を発動させて部屋の物を投げ散らかす。だが、癇癪状態だった本人はまったく覚えがなく、部屋の惨状に恐怖する。だが、一部では確認できない本物のポルターガイストもある。今回はそれに何とか該当しそうだ』

「何か私に、恥ずかしい言い回しが当てられたような気がするんですが?」


 栞が三田村教授に不満を漏らすが、気のせい、気のせいと教授が受け流す。


「でも、結局は栞って、ランクアップしたってことになるんじゃ?」

「そうか、栞は3Sトリプルエスの上の名称、4Sクワッドエス者だな」


 麻衣がフォローして、俺が誉めると栞はやや膨らんだ頬を戻す。


「結局、前例もなく、確認できないわからないもの、ってことですか?」


 栞が教授に意趣返しのように言った。


『うむ』


 竹宮女医は考えながら、応接室のコーヒーメーカーから残っていたコーヒーをコップに注ぎ飲み始めた。


『具体的な科学的検証だと、彼女の中心から起きたと見られる竜巻らしきものは、意識と物質の共鳴現象が起こしたものでいいかしら』

『では、寛容上昇気流を発生させた感情に共鳴した力の源は? それと広瀬君の目撃した光の粒子は関係あるとと思います?』


 今度は三田村教授が、竹宮女医に質問する。


『彼女たちの源である零の聖域が反応して、未知のエネルギーがその場に供給、それを光の正体と仮定します。この段階では何なのか言えませんが。現出したその未知の粒子がエネルギーとして、空中の気体を瞬時に圧縮、暖かい空気となり上昇、また冷気として下りていった? とかでしょうか。大雑把な仮説になってますが』  

 あのとき栞の上部から冷気が下りてきた気はする。足元にも暖かい風が吹いていた……それらのエネルギーの元があの光の粒?


『未知のエネルギーか。生命力から出るか何かか? それなら波動はどうだろう?』

「波動?」


 麻衣が理解してない発言をすると、栞が彼女を見て言葉を付け足した。


「物質は波にもなるし、粒子にもなる二面性を持っていることからの波動ですね、教授」

『うむ。一つの意見だが、波動と粒子の両方の属性関係から導き出せる。感情が波動エネルギーとして変換されて粒子エネルギーとして発散されたとも考えられるんだ』

『観測できれば……波動の起きた空間やそのときの脳状態、ノルアドレナリンの状況とか知りたかったわね』


 両手を胸に組んだ竹宮女医が不満そうに言う。


「観測できなくていいですよ。納得できればいいんです。安心しますから。なあ、栞」

「ええっ、忍君の言うとおりです」


 俺の言葉に栞が肯定すると、教授と女医は俺たちを見て考え込む。


『安心するには、まだ議論が足りないわよ』

『そうだな。……では、次はなぜ、彼女が物質に共鳴を起こせるエネルギーを造り出せたかだな。彼女の感情が特別なわけではないはず。だが他の者では真似できない。やはり、零の翔者として意識能力の互換作用か?』

『零の翔者でしょうね。そうなるとIIMの薬物が、脳の変化に起因することでしょう』

『やはりDNAの変化かね』


 三田村教授があごに手を置いて、竹宮女医に聞き返した。


『感情の高まりでIIMで変質した遺伝子、あるいは眠っていた遺伝子が稼動した結果、物質を共鳴するエネルギーが体から放出されたと解釈も取れると思います』          

「遺伝子が稼動? DNAって生き物の設計図みたいなものじゃないんですか?」


 俺が首を傾げて竹宮女医に聞いた。


『遺伝子はいつも働いて、体の細胞になるたんぱく質を作り上げているわ。でもそれは10パーセントぐらいで、あとの遺伝子は膨大な情報を持って眠っているのよね』

「そうなんだ」


 隣の麻衣も納得したので、俺と同じ知識レベルだったようだ。


『わかりやすい例で、火事場の馬鹿力ね。普段20パーセントしか使ってなかった筋肉の遺伝子が意識に従い、眠っていた遺伝子を一斉に稼動してリミッターが外れたように100パーセントのエネルギーを出すことができてしまう。また、一晩で髪が白髪になったときとかは、意識に起こった強烈な何かで、黒髪を作る遺伝子が一斉に活動停止してしまうこととかね』

「ああっ、そうか。意識で遺伝子が稼動するって、そう言うことか」

『だが、その考えだと、保持者たちも可能になる』

『そうなりますが、休眠の遺伝子を稼動させるのに、順序があると見れますから難しいでしょう』

「能力を使う遺伝子の鍵を開けていく? みたいな」 

「保持者とレベルの関係になってくるのか」

『そうかもな』


 薬で能力に関したDNAが目覚め、あるいは変質したあと、生命の危機で稼動を始める。

 そのあとは鍵を開けるように、能力の遺伝子がリミッターを外すように目覚め、あるいは変質していく。

 わかりやすい仮説だ。

 麻衣がキラキラした目を俺に向ける。

 無駄に夢見ている目だが、あきらめろと言いたい。

 魅力的能力だが手に入れるのは難しいし厄介だ。


「そのエネルギーってどのあたりから放出されたんでしょう?」


 栞が挙手して聞いた。


『本人がわからないんじゃね。これは仮設だから。……しいて言えば、指先や胸からとか、あるいは脳とかでしょう』 

「栞の能力って、風を扱った現実の能力と思っていいんですね?」


 麻衣が女医と教授に聞くと考え込む二人。


『まだ一回だけの特殊な発動だから』

『今現在はそれでいいと思うけど、命名は何度か意識で発動するのを確認してからね』

「うーん、風使い能力。某アニメの一族長の娘が持っていた能力だったし、風使いの栞。いいじゃん」


 俺がからかうように栞に言うと、半眼でにらまれた。


「では忍君には、某アニメのように私に契約の誓いを今ここでしてください。口付けつきで」

「無茶いうな、恥ずかしい。冗談だ」


 今度は麻衣が小声で、


「某アニメって何?」


 って聞きながら眉毛を立て俺をにらむ。

 俺が麻衣から顔をそらせていると、三田村教授が話を戻すように口を開いた。


『栞君のそのときの気持ちはどうだったのかな?』


 栞は、状況時のことを思い出すように、しばらく目を伏せて黙ったあと顔を上げる。


「私は怒りが意識に持ち上がって、それに心が捕らわれていて……でもその怒りには、ヤツを吹き飛ばしてしまえとか、思ってました」

「要からは、この現実に干渉する能力って何か聞いたことない?」


 俺が聞くと首を傾けて考えたあと、わからないと首を振る。


『要に出てもらって、聞いたらどう?』

「わかりました。今変わってみます」


 栞が黙って目をつぶると、麻衣が俺の袖をひっぱっる。


「変わるって、何?」

「見てればわかるよ」


 黙っていた栞が、目を開けると大きく深呼吸する。


「えっと、今晩はでいいのかな」

『そうね。今晩は要』


 要は周りを見渡したあと答えた。


「残念ですが私の世界でも、私を含めて現実干渉術はありませんでした」

『そうかい。何かそれに類することなどはなかったかい?』

「こんな事態はなかったですよ。私以上に彼女がレベルを上げたとしか言えません」


 ゆっくりと自信を持って答えた。


「えええっ、栞って解離性同一性障害? それに私の世界って何?」


 麻衣が片腕で俺をゆすって驚きを見せたが、今は放っておく。

 三田村教授が、小さく縁を描くように歩きながら話をしだした。


『意識と物質の共鳴現象で、仏教の物質分析の話を一つ思い出した。物質は心からでも造られると伝えられているものだ』

「本当なら面白いですね」


 車椅子に座りぱなしの要が相槌をする。


『今は物質から物質を造る世の中で、心で物質を造るなど考えも及ばない。いや、ありえないと断言されるだろう。もしそれができるものなら、どんな物質ができるのか知りたくはある。たぶん今の便利な物をそのまま造れるんじゃなく、まったく思いもよらない何かで造られて使われると思われる』

「それが、栞のやったことと類似するってことですか?」


 俺は三田村教授が言いたかったことに答えた。


『これは、過去の記述からの照らし合わせに過ぎない。まったく前例がないわけではないことだ。日本にも安倍晴明や邪馬台国の卑弥呼など、神秘的な逸話から関連付けて特殊な能力者ではなかったかと言う学者もいるからね』

『ノーベル物理学賞を取ったブライアン・ジョセフソンも、精神が物質を生んだことを述べてますね』

『ああ。だが、神秘主義に傾斜したとして、エセ科学者の烙印を押されてしまい残念だ』

『本当ですわ』


 女医と教授が、悲喜こもごもの発言に俺たちは口を閉じた。


『……今回の出来事がまた再現できるのか、実験をして観察しながら、答えを導き出すしかないですね』


 竹宮女医が要を見ながら、溜息を交えるように言った。 


『要君、落ち着いたらまた実験に来て見ないか? 上手く使えれば、いろんな方面に改良が効く。地震などの救助隊とか』

「ちょっと待ってください」


 要が少し目を閉じると、すぐ目を開けた。


『交代? 栞君かな』

「はい。協力させてください。今日は帰りますが、機会があったら教授のところへ行きたいと思っています」


 最後に終始無言だった渋谷さんが一言言う。


「凄くて……ついていけない」


 そう言葉を漏らしたのが印象的だった。






 三ヵ所同時中継は終了して、帰ることになった。

 ワゴン車を表に出すため、渋谷さんには先に出てもらう。

 荷物をまとめて、応接室を出るために、俺はひざまずいて車椅子から栞を背中に背負わせて立ち上がる。

 振り返ると、栞の顔は安心しきっている。

 移動でちょくちょく背負っていたが、最初ほんのりと赤かった彼女だったがなれてしまったようだ。

 俺もそうだが、麻衣も半眼ににらむこともなく、当たり前に見るようになっている。

 廊下へ歩き出すと、その麻衣がポシェットを面倒そうに肩にかけているのが目に入った。


「腕どう?」


 彼女が片腕が使えないのを気になって、俺が聞くと笑顔で大丈夫と返した。


「腕のうずきはもうないから、片腕が使えないのが不便なくらい。ただ車椅子を折りたためなくなったかな」


 車椅子は折りたたまれるのを待つように、応接室に置かれたままだ。

 先ほどまでは渋谷さんに任せてたので、俺に回ってきていたのを考えてなかった。


「忍君に甘える時間は終わっちゃったかな。少し待ってください」

「えっ、何?」


 背中の栞がそう言うと静かになった。

 俺と麻衣が、不思議に栞を見やると目を閉じていたが目を開ける。

 ゆっくりと俺の背中から下りて、足をおもむろに床につけて立ち上がった。

 一瞬よろめいて、俺にしがみつくが体勢を立て直して立った。


「要か?」

「はい、交代しました」


 要はゆっくりと俺から離れて、恐々歩き出す。


「大丈夫なのか?」

「はい。すぐ調子は戻ります。一緒に歩いて帰りましょ」


 俺は急いで車椅子を折りたんだあと、持ち上げて廊下を歩く要の横につく。

 だが、麻衣は目を丸くして立ち尽くしていた。


「なななっ、何? 要、歩けるの? いやっまやかしイミテーションなの?」


 笑って肩をすくめる要から念話が来る。


『忍君から、今度話してみてください』

 ――ははっ、信じてもらえればだが……。


 要からの解禁が出たと思っていると、麻衣が片腕を俺の首に回して締め付けてきた。


「いったい、いくつ秘密を共有しているのよ」


 麻衣の驚きの抗議は、要の微笑みを増やした。

 





 そのあと無事に柳都へ戻るのだが、城野内から天羽の確保の連絡は入らなかった。

 話題になっていた連鎖自殺は、掲示板で書かれた学生が五人目以降事件も起こらず、警察も結局自殺として調査を終了、マスコミも別の事件へ話題が移っていった。

 天羽たちが野放しのままに……。





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 今回で、教団編 第三話「東京出張」は終了です。

 読んでいただきありがとうございました。

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