第81話 東京出張(九)決裂
栞の心も沈静化しただろうと、改めて彼女に
――聞こえるか、俺だ。
『あっ、えっ? 忍君』
――何しているのかな?
『あら、もう見付かっちゃいましたか。その……ご覧のとおりです』
――これは寝たふりをして、俺たちに黙って岡島に引導を渡しに来てたってことか? 請求過ぎる。
『これは私の問題です。少しぐらい融通してください』
彼女は不機嫌モードで返した。
――そっ、そうか。で、倒れている主任は、生きてんだよな?
『復讐相手ですけど、そこまではできないです。気分を晴らさせてはもらいましたけど』
――はあ。……それで、ここの惨状は
『あっ、あれは私もどうやったのか……ここは
――おい。これくらいにしとけ。
『はい。忍君の言うとおりですね。ふふっ』
うむ。栞はやはり過激だった。怒らせないように頭に入れておこう。
――そこに倒れている問題の主任とは、何を話したんだ?
『私の両親の交通事故の画策を吐かせるつもりだったんですが。……なぜか別人かと思うくらい変わってて、拍子抜けしました』
――昔のイメージの顔とか違って、老けてたとか?
『ううん……性格が違うんです。当時会ったときは、知的で物静かで冷たい感じだったのですが、何か言葉使いからして低俗な汚い物言いに閉口しましたし、動きも乱暴で、過去のことは思い出せねえよ、とわめくばかりで』
――よくわからないな。今まで見つけれなかったけど、その本人でいいんだろ?
『父の助手をしてたのは認めましたから、間違いないです。ただ……私の知っていた岡島にリンクできなかったのは、性格が劇的に変わったせいなのかもしれません。零の聖域の羅針盤の針が狂ったのかも……私の考えですけど」
――何となくわかったが、実験のし過ぎで性格が変わるものか? いや、実験で何か失敗したとかなら有るか。
『うん。そうですね。脳の実験で何か失敗したのかも』
――人が変わっていれば、拍子抜けもするよな。じゃあ、もう……。
『はい。私の中で岡島は忘れられそうです』
――引きづらないことはいいよ、前向きで。
軍人たちが動かなくなったので、座っていた芝がうしろへ下がりだした。
それに栞が気づき、頭に銃を突きつけられて小さい悲鳴を上げる。
俺は見渡して、他の
――天羽はいないけど、何か聞いた?
『別室のベッドで寝てて、女子の村山さんが付き添っているようです』
まだ、眠っているのか……
まあ、バードも半日寝てたようだし、麻衣も救急車で運ばれてたからな。
――この芝と目線主は、何でここに。
『目線主は宮本です。実験の中止で、
宮本が手にしているバッグに、あのヘルメットのデバイスとタブレットに書類の束などが入っているのを確認。
――借り出されるって?
『アメリカにメンバーが招待されて行くそうよ。たぶん、だまされていると思う』
――そうだろうな。能力伸ばして天羽と同じことをやらせるんだろう。
『戦争に使えると踏んでるから、金の卵ってところかしら』
――しかし、殺人実験がばれたから、逃亡か? 店舗は閉鎖で人はいなかったって話だけど。では、この場所ってどこなんだろ?
俺の念話に応えるように、立っていた迷彩服の男の一人が芝に顔を向けて話し出した。
『この場所はどこ? 天羽の部屋はどこ?』
「はああ。……えっと」
芝の頭に銃を向けてもう一度問うた。
「あああっ、はい、ここは……」
俺と栞は、麻衣が待つ事務所の応接室へ戻った。
車椅子の前で腰を下ろした状態から立ち上がると、栞も目を開けて俺を見上げてきた。
「天羽の居場所、報告しましょう」
「そうだな」
すぐ城野内へ携帯電話で連絡を入れようとしたら、隣で三角巾の上にもう片方の腕を乗せた麻衣が仁王立ちしていた。
「状況説明」
俺に向けて低い声で言う。
「私がします」
栞が車椅子を麻衣の前に移動させて話し出した。
彼女に任せて俺は携帯電話が面倒になったので、
城野内は自宅の自室へ戻っていたところへ、俺は姿を現して急ぎの連絡事項だと告げる。
室内は西浦の見た十畳の部屋より広く、本人はクローゼットの前に立っているようだった。
東京組みの部屋が大きいのは何でなんだ、と俺は嫉妬する。
「わっ、きゃっ、って広瀬じゃないの。
『着替え中だった?』
「そうよ、ヘンタイさん。でも、びっくりしましたわ」
『鏡か第三者がいなければ、俺には城野内が見えないから安心しろ』
「目線によってはでしょ? ……それで?」
『天羽と岡島主任の居場所がわかった。すぐSPの森永さんに伝えてほしい。居場所はTCJコーポレーションが入っているビルの向かいにあるビジネスホテルで四階の503号室と504号室』
「わかったわ。お祖父様はパーティがあるとかで、いないから携帯をかけますわ」
そう言うと壁に並べているテーブルに置いてあるバッグから携帯電話を取り出して連絡を入れる。
「あっ、お祖父様。はい、それで連鎖自殺の犯人と思われる二人の居場所が……はいそうです……」
彼女は場所を報告すると、しばらく相手からの話を聞いてからゆっくり携帯電話を閉じた。
『連絡ついたようだな』
「はい……」
電話の後半から声の雰囲気が変わった城野内は、無言になりいぶかしむ。
『何かあったのか?』
「そのですね……お祖父様に別れるときも言われたのです。もう会うなと」
『んっ?』
近くの椅子に座ると、立っている
「お祖父様に止められたのですわ。危険だからって……ごめんなさい」
『栞の竜巻か?』
「ええっ。……これ以上、希教道に関わるなって」
ご隠居は
栞のあの能力に危機感を持ったのは……仕方ないことか。
「私からは、もう積極的に会えないかもしれないけど、広瀬たちから
『そうか、ありがとう』
「ごめんなさいね」
『ただ、天羽たちが確保されたら、その連絡は欲しいかな』
「そうですわね。入れますわ」
よろしくと返事をして、俺はその場を離脱した。
***
戻るとソファに座った麻衣と車椅子の栞が向かい合ってお茶をすすっていた。
今は城野内の離脱は話さないで、落ち着いたら報告しようか。
「どうだった?」
麻衣が振り返って聞いてきた。
「これで一安心。あとは確保の連絡を待つだけだな」
「じゃあ、天羽が捕まれば全て終わるってことでいいの?」
「まだ、美濃と話しをしてない。天羽の居場所がわかったからいいが、奴から今後のことを聞いておきたいかな」
「彼もアメリカ希望してそうね」
「えっ、それってTCJコーポレーションに入社するってこと?」
聞いてなかった麻衣が、ソファに座りながら聞いてきた。
「入社かは知りませんが、アメリカに研究施設があって、そこで能力訓練をするそうです。おまけに無料で留学させてくれるそうよ」
「あらま、美味しいこと」
「ちょっと、のぞいてみようか。……バードがいなければいいが」
俺は麻衣のソファの後ろに立って、腕を額に当てて集中すると栞が反対の腕を取ってきた。
「私にも視せてください」
彼女の手につかまれると同時に、美濃目線らしい映像が額の前に広がり
そこは、自宅のリビングだろうか、テレビを見ながら缶コーヒーを飲んでいる美濃が、夜のベランダのガラスに反射して映っていた。
ロイたちと別れて自宅へ帰っていたようで、台所には母親の姿が見える。
美濃へ、
『よう。先ほどは話もできなかったので、こちらから来たぞ』
「ちっ、ちょっと待て」
そう言ってから沈黙したあと、腕を振って付いて来いの合図で二階へ動き出した。
彼の部屋らしいドアを開けて、中に入ると振り返ってついて来た俺に言い放つ。
「人のプライバシーにまで入ってくるな。失礼すぎるぞ」
『そう言われてもな。話をするだけだ』
「はあっ。……で何だ?」
『
「……もう仕入れたのか。たまらんな」
『お前も行くのか?』
「ああ、前々から言われてたことだが、急きょ全員連れて行くとの話になってな。準備を始めるところだが?」
『そうか、留学ってことか』
「ああっ、希教道では真似できないだろ?」
『全然趣旨が違うからな』
『それでは私は、天羽陽菜さんについて聞きたいです』
美濃目線に映る俺の横に、ポニーテールでミニスカートの要が立って会話に加わってきた。
――栞か。
『はい、私も聞きたかったので参加しました』
「今度は君か」
要の出現で、少し警戒をするような低い声になった美濃。
「まったく。プライバシーを持ち合わせてないな、希教道さんは」
美濃は首を振って溜息を漏らす。
「では僕からも、あのとんでもない天候は何だと聞きたいんですが?」
『えっと、あーっ、もっか調査中です』
要が首をひねって言うので、俺は半眼でジロ見する。
美濃は秘密な能力と思ったのか、剣のある声で言った。
「隠すのか?」
『だから、知らないんですって』
少し慌ててポニーテールを揺らす要。
『それなら俺は、バードの関係も知りたいかな』
「バード? なんだいそれは」
俺に向き直った美濃は聞き返した。
『突然乱入してきた、サングラスの巨漢だよ』
「ああっ、ニルソンか。ロイの警護員だが、危機を察して出てきたんだろ。二日ほど前に初めて会っただけで、詳しくは知らないな」
俺と要の
『銃を持ち合わせていたことも?』
「僕も驚いたが、知るわけないだろ。関係ない」
『社長の勧誘を拒否したら殺し屋が来て、いきなり栞を……リーダーの教祖を殺害しようとした連中だぞ? そんなのと組んで、関係ないわけないだろ』
「君たちがわからず屋だから、脅しただけだ。効果はテキメンだったようだが」
『自分に銃を向けられてもか?』
「ありえないし、万が一にもあったとしても撃退するだけだね」
『はあ……バードをわかってない』
『忍君いいわ。では、天羽さんの話を聞かせてください。どう知り合ったのか……そして、なぜ死亡届けが出ているのか』
「なぜ僕が、君たちに彼女のことを話さなければいけない? 理由がない」
要が腕を組んで、一歩前に出ると静かに言う。
『天羽さんに、連鎖自殺の嫌疑がかかっていても?』
「なっ、なんだって? 連鎖自殺の……。そっ、それは本当なのか」
彼にしては珍しく慌ててて聞いてきた。
『
美濃は考えるように、黙って俺たちの足元を見る。
『思い当たることが、あるんじゃないですか?』
「それは
『それは』
美濃の話はこうだ。
一年前、美濃正が高一のとき電車にショルダーバッグを忘れて下りるが、彼女が駅の詰め所に届けにきたのが切っ掛けで知り合ったという。
ショルダーバッグから能力を知られて、天羽のほうから同じ能力者だと近づいてきたと。
二人で能力開発をしてしばらく付き合っていたが、彼女の高校一年生の同級生六人が、一日に別々の場所で転落事故が起きたことを聞いて驚いたそうだ。
もしかしてと思い問いただすと、天羽は嫌いな同級生を
このときは死者はなく、軽症者四名、重症者二名だったので、連鎖自殺のようにテレビをにぎわすようなことはなかった。
やられた同級生は、密かに天羽じゃないかと言ってたらしいと聞き、気が気じゃなかったとのこと。
明らかに異常な事件でニュースに取り上げられたが、捜査は監視カメラや、周りの証言で本人がみずから落ちたと断定して終わって一人ホッとしたと告白。
そのニュースのあと、彼女から連絡が途絶えたので、自宅に電話をかけると母親が出て死んだと教えられてショックを受けたそうだ。
それが半年前の話。
この前の希教道から帰ってすぐ、死んだと聞いた天羽を街中で偶然見つける。
会って問い詰めると、簡単に本人と認めたあと、ネットで人をのろい受け依頼をして、能力で懲らしめる家業をしないかと誘われた。
死んだことになっているのは、秘密と言われ、親の方も莫大なお金がはいっているから問題ないと言われたらしい。
そして、今に至る東京グループの分裂になったと。
――どう思う?
『ニュースか何かで、ロイか岡島あたりに天羽が能力者と断定されて、抑えられた可能性がありますね』
――親ごとお金で丸めこんだってことか。しかし、天羽が異常性のある性格なら、親も同類だな。
『天羽の家庭が、いろいろ問題あったってことね』
「彼女が殺人だなんて……」
『ロイ社長がやろうとしていることの縮図じゃないかな』
俺の一言で、美濃が声を上げだす。
「……馬鹿なことを。TCJコーポレーションの能力開発は善行目的だ」
『天羽とTCJコーポレーション主任の岡島が、今騒がれている連鎖自殺の犯人と言っても?』
「それは創作だ! ありえない。僕たちをはめようとしているんだ!」
『TCJコーポレーションでおこなわれていた実験が、
「ふざけるな、天羽が殺人に関わるわけがない。勝手に罪を着せるな、だまされはしないぞ。偽善者が!」
『それに……』
「うるさい。もう黙れ!」
――これは決裂か。
『もういいでしょ』
俺と栞は、美濃から
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