第80話 東京出張(八)暴走
車椅子に乗った栞は、俺たちから一歩離れたところで小さく苦笑いをした。
「あっ、ははは。……見つけました」
「栞?」
「雰囲気が変わった感じがしますが……岡島です。あの岡島です」
ああっ。栞の両親の事故や放火の犯人か?
「今まで全然見つけられなかったのに、こうもあっさり見つかるとは……ははっ」
足元に熱風が通り過ぎるのを感じると、駐車場に唐突に風が巻き上がった。
栞の周りで、前に見た小さな光の粒が見えたと思うと強風が吹きだす。
電線や駐車している車が大きく揺れだした。
上空に急激に広がりはじめる雨雲を見て異常を察する。
ロイ社長に麻衣や城野内たちも異変に気づき、見ている者全員が
両手を胸や顔に当てて強風や砂埃を避けながら、駐車している車の影に会合者たちは散らばる。
俺も麻衣をかばって車の影に避難すると、栞は一人その場に残ってしまった。
前に道場でもあった能力の暴走だ。
これは、やはり彼女の術?
栞は車椅子の肘掛サポートを強く握ったまま、何かを妄想しているように空中をにらんだまま動こうとしない。
その彼女の周りには風がまったく通ってなく、光の粒が現れては、ゆっくり周りに散っている。
ジェット機が急上昇して上っていくような、強い気流の轟音が上空を揺るがすと飛ばされそうな突風が下りてきた。
落ちてい壊れた傘や棒、紙などが、一気に上空に巻き上がっていく。
駐車中の車が左右に激しく揺れだす。
誰もがひざを抱えるように地面にかがんだところへ、顔へ砂つぶてが横殴りに当たる。
のぼり旗が目の前を回転して跳ねて行く。
壊れたカンバンの一部が車のボンネットに当たり、また上空へ上がっていく。
城野内たちの足元へ、いくつかの鉢が落ちて割れ飛び散ると叫び声が上がるが、風でかすんでいく。
暗くなった上空に円を描くように強風が回っていくのが音でわかる。
竜巻の前兆か?
栞の幻覚やばくね?
すぐ、
だが、風も砂つぶても止まない。
何かおかしい。
まさか……現実。
現実の出来事か?
「退避、車の中へ退避して離脱!」
SPの森永さんがロールスロイルから出て、こちらへ声をかけた。
唐突に目の前の駐車場に黒のセダンが風に押されるように進入してくると、中央の車椅子の栞に近づいて運転席側を向けて止まるが、車体を激しく左右を揺らしている。
強風で止めたのか、進めないんだ。
だが、運転席の人物を見て、俺は声を上げた。
「バードだ!」
強風で俺の声は栞に届いてなく、まだ虚空を見ている。
セダンの窓が開き、拳銃が顔を出して栞に向ける。
混乱状態にまぎれて一撃狙いか。
だが、突風で拳銃の持つ腕が震えると銃声が続けて二発鳴った。
つんざくような突風音でも、少し弾いたような軽い銃声音と発砲光はわかった。
戦慄が体に走る。
しかし、銃弾の軌道は上空に流れていった。
バードの持った拳銃の銃口は、見事に真上を指している。
運転席のドアの横に高田さんが来て、巨漢の腕を掴み天空に上げていた。
栞は助かったのか?
高田さんがすかさず頭部にひじ打ちをすると、バードのトレードマークの未来型サングラスのテンプルが歪んだようだ。
麻衣にその場にいてもらい、俺は栞に向かって駆け寄る。
突風で飛ばされないように、何度かひざをついて立ち止まりながら彼女にたどり着くと、風が消えて驚く。
彼女の車椅子の周り1メートルは無風状態なのだ。
それでも車椅子の手押しハンドルを握って、無風空間を抜けてバードの黒のセダンから離れた。
車椅子が動いたことで、彼女はやっと我に戻ったのか、周りを落ち着きなく見回し始めた。
突風も軸を失ったかのように強弱をつけて、駐車場を回転しだした。
風が竜巻に変化している。
先ほどの光の粒は消えていたが、風を受けてなかった彼女の髪や服が風で激しくはためいている。
突風は竜巻状態のまま、駐車場から道路へと動いていくと、強風が連続で来なくなった。
振り返ると拳銃をもぎ取った高田さんに、急いでバックさせたバードがハンドルを切って、俺と栞を目掛けて突進してきた。
俺は駐車している軽自動車の影に車椅子を走らせ、飛び込むとバードのセダンが盾にした軽自動車に激突させてくる。
その衝撃で軽自動車は俺と栞にぶつかり、反動で二人とも押し倒されてしまった。
栞を抱き上げて、逃げるように立ち上がるとすぐ銃声が二回続く。
バードのセダンは片側の車体が斜めになったので、タイヤがパンクしたようだ。
それでもセダンはバックし始めて、背後に立った銃を持つ高田さんをはねようとした。
「あっ、高田さん!」
抱えていた栞が声を上げるが、彼はジャンプして後ろの駐車している車のボンネットに乗り衝突を回避する。
乗り上げた車の前面へ、バードの車がバックで体当たりしてきた。
鈍い金属音とひしゃげた音が響く。
高田さんは手にした銃をバードの運転席に向けると、また急発進した黒ののセダンは駐車場から出て行くと離脱した。
目の前でロイ社長が逆風の中を走って、美濃の乗っているグレーの軽自動車へ戻っている。
これはTCJコーポレーションと決裂だな。
「栞。今の状態わかるか?」
「えっ? 高田さんがいつの間にか来ていて……えっと」
「バードにまた撃たれそうになってたんだ。狙われた」
「うそ……」
俺の首元に巻かれた彼女の腕が上下し、体を身震いさせる。
周りを見ると竜巻状態の突風は、道路上へ出てゆっくり道沿いを移動しているようだった。
城野内と三島さんが、SPの森永さんに突風を避けるようにロールスロイルへ誘導されていた。
地下駐車場にいた久保さんも来ていて、麻衣をロールスロイルの後ろのワゴン車に誘導していたので、俺も栞を車椅子に座らせて押しながらそちらへ向かう。
美濃の乗っているグレーの軽自動車が、バードのセダンと同様に駐車場から出ていった。
先ほどから何度か
――動いている突風はどうにかならないのか?
念話で栞に聞くと首を傾げてよくわからないと返される。
――
『たぶん……岡島と聞いて感情的になってしまったあと、我を忘れて……。でも
――じゃあ、この竜巻のような状態は?
『ごめんなさい……どうしてなの……か、わからないです』
――やはり、
『こんな……初めて……で……』
栞の首が倒れたので、驚いて車椅子の前に回ってみると彼女は目をつぶって寝ていた。
気絶?
いや、寝た状態らしい。
能力の使いすぎは対価で睡魔に襲われるんだ。
では零の聖域を使った一種でいいのか……この風は。
そして、土砂降りの雨が降り出してきた。
「わっ、今度は雨かよ」
麻衣がワゴンの中に入るのを待ちながら、三島に城野内がロールスロイルに押し込められるのを、隣で眺めていると声が聞こえた。
「これは
「お祖父様?」
こちらから空いたドアがちらりと見えたご隠居は、紙を指に持って額に押さえ付けていた。
護符?
陰陽師系列の拝み屋だったのか。
「これは……
腕を下ろしたご隠居が言葉を吐いた。
「彼女は危険だ……
「お祖父様、勾玉使いとは……」
そこへ俺たちのワゴンへ小出さんがやって来て、ご隠居たちの会話が聞こえなくなった。
中に入った麻衣にせがまれて、俺は気を失った栞を抱き上げワゴン車に乗り込む。
彼女をシートに乗せると、小出さんが車椅子を折りたたんで足元に置いてくれた。
「小出さん、ありがとう」
「ああっ、広瀬君。一つ確認しておきたいんだが」
「この竜巻状態ですか? もうわかっているんでしょ。記事にするんですか?」
「書けるわけがない。記者の常識を疑われるレベルだ。……やはり、そうなのか」
肩にかけたバッグを雨風からかばいながら、竜巻が動き去る状態を眺める小出さん。
「小出さんどうします? 助手席空いてますけど」
「ああっ、俺は取材に戻る。この突然の竜巻だが、記事になるから」
そう言うと喫茶店の方へ駆け出したので、姿を見送った。
ロールスロイルが出て見えなくなったあとに、ワゴン車も動き出し強風から離れて道路へ出ると止まる。
進行方向の車が道路上の脇に止まって、強風をやり過ごそうとしていた。
強風は完全に竜巻になって、駅前通りの先へ移動していた。
道路やビル、家を軒並み巻き込んで進んでいる。
ガラスが割れ、街路樹が倒れ地面をえぐりながら。
電線が切れたのか、信号機のランプが消えると道路の左側が一斉に暗くなった。
喫茶店のある世田谷区の駅前通りは、突然の竜巻で混乱していた。
あの竜巻はなんだ、本物の念動力?
思考が現実化した?
彼女は風使い?
得体の知れないエネルギーを、無意識の感情が零の聖域を反して使ったってことでいいのか?
栞は気をうしなったままシートに寄りかかり、麻衣はワゴンから竜巻が上空に巻き上がって消えていくのを眺めて固まっている。
あちこちから、サイレンの音が響きだした。
***
「困ったものだ」
「まったくよ」
目黒の希教道東京支部事務所に戻って、俺と麻衣はタオルをかぶりながら応接室のソファに向かい合って一息ついていた。
窓の外はもう夜の暗闇になり、新幹線の時間が気になるが、まだ余裕はあった。
ワゴンに待機で雨に濡れなかった渋谷さんが、お茶を出してくれてそれを飲む。
麻衣と俺、栞は上着を脱いでタオルが必要になるくらい濡れていた。
栞の顔をタオルで拭いていたら、いったん目を覚した彼女は俺たちに謝ったあとしばらく無言になると、また目を閉じてしまった。
「眠ったの?」
「能力使いすぎたんだろ……」
「忍、これからどうする?」
「まずは、状況を竹宮女医に報告した方がいいかな」
「さっきの竜巻……
「服に張り付いた砂利や雨に濡れた状態が、その証拠だよ」
麻衣は車椅子に静かに座っている栞を見やる。
「これからは竜巻女と呼ぼうかしら」
「おい、止せ」
「ふん。結局、美濃さんとは話せなかったけど、また携帯で連絡する?」
「いや、もう
麻衣がまた車椅子に座ったままの栞を見る。
「ねーっ、起きてない?」
俺も栞を見るが、変わりないと思ったら首が動いた。
「あれ、起きたのか栞?」
立ち上がって車椅子の前に腰を落として栞を見るが、目をつぶったままだ。
「あっ、もしかして」
「何々?」
麻衣も立ち上がるが、俺は栞の肩に触って
寝ていると思ったら、飛んで行ってたのか。
ここは?
先ほどの天羽と岡島主任がいた研究室ではなく、どこかのホテルの一室のようだ。
これは誰の目線だ?
『……が……です』
「……らん」
ん。栞の声に男の声が聞こえる。
目線もそちらに向かう。
『私は忘れはしません』
「だから、もう覚えがねえよ、そんな昔なんかよ」
『まだ六年です』
ポニーテールでミニスカート姿の要と黒メガネで白衣の岡島主任が、ベッドの前で向かい合って口論していた。
その状況を目線が黙って見ている。
目線の隣に、西浦とたもとを分けた
栞からの
もう一度、周りをチェックするが、他のメンバーも天羽もいない。
ベッドには旅行用スーツケースが置かれ、服を無造作に押し込んでいる途中だったようだ。
『父の……谷崎所長の助手は忘れたとは言わせませんよ』
「ああっ。ふっは、そんなこともしてたか。だがもう過去は過去。意味がねえんだよ」
『あくまで、白を切るのですね?』
「ふっは。何、寝言をピーピー言っている。俺は忙しいんだ。さっさと消えろ」
『無くそうと思っている過去は消えることないです。ここに証明者がいますから』
「さっきから殺人者だの、家を燃やしたの、覚えのねえこと並べてもわかんねえんだよ。何度も言わせんな、馬鹿が」
『……わかりました。では、報いを受けて思い出してください』
その言葉で要は、岡島主任の前から消えた。
「ふん、くだらねえ」
岡島のはき捨てる声に、芝と目線主が怖じけたように聞く。
「主任……いいんですか、あんな突っぱねちゃって」
『希教道のSクラスの幹部だったんですよ。ヤバくないですか』
岡島主任が目線主に目を向ける。
「ない袖はふれないのと同じで、覚えがないものは知らんだけだ」
彼女の因縁の相手であるらしいが、隠しているわけでもないらしい。
さすがに立ち聞きで黙っているのはよくないと思い、彼女に声をかけた。
――栞。聞こえるか?
俺の念話と重なるように、プロペラの回転音が大きく聞こえてきた。
目線が奥の窓の方へ顔が向く。
その窓は、夜の街の光が下から上がってグラデーションを作っていたが、光の照射が部屋の中に入って出て行った。
「おい。なんのライトだ?」
隣の芝も異常を感じて声を出すと、窓に音の出す物体の影が見え爆音をとどろかせた。
窓から芝とともに下がると光が差し込んできて驚き、目線の主が岡島主任に向く。
突然、窓ガラスが割れて、機関砲の乱射音が響き渡った。
左右天井の壁が、弾痕で瞬く間にえぐり取られていく。
目線の主は、とっさに床にはいつくばると、隣の芝も床に転がり頭を押さえた。
彼の上に壁の破片と粉が舞い落ちていく。
「わっ、わわ」
乱射音が止み目線主が窓を向くと、無残に砕けた窓枠が落ちて、暗闇に攻撃へりがその場に止まったように飛んでいるのが見えた。
栞は凄い物を引っ張り出してきたが、ヘリのアパッチは目線主の趣味か?
機械音とともに、花火のような発射音が炸裂すると、ロケット弾が部屋に飛んできた。
目線は伏せると上部を通過する音が聞こえたあと、廊下の方で大音響と振動に風圧がやって来た。
耳の上で炎が舞い上がる音が上部を通過していく。
『あっつー』
目線主が声を上げたので、熱風が背中を駆け巡ったようだ。
30ミリの機関砲の音も止み、プロペラ音も止んで、ぱちぱちと火の燃える音だけが聞こえる中、目線主が顔を上げて部屋を見渡す。
煙の立ち込めた室内の上部は焼け焦げて黒ずんで、何かが音を立てて落ちてきていた。
体を起こした目線主と、同時に起き上がった向かいの芝が顔を見合わせる。
壊れた窓からトントントンと音がして、目線が向くと窓の外に先にひもが二本たれるのを見つける。
すると、人が次々にひもを伝って降り部屋に飛び込んできた。
迷彩服姿のゴッツイ男が三人、自動小銃を持ってこちらに歩いてくるので、目線主は慌ててうしろへ下がる。
男たちの向かう先に、銃弾のあとが何十にもついている壁とその下で岡島主任が倒れていた。
動かない状態を見ると失神していると思われる。
どうやら
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