第78話 東京出張(六)対決

 すぐ部屋の奥から猛獣が現れたのを、天羽目線が捕らえる。


『えっ? ええっ! トラ?』


 天羽は焦りながら、ヘルメットをつけたままベッドから降りて警戒する。

 その声に主任が顔を上げて、大トラに気づいた。


「なんで。どうして、そんなのがいる」


 二人は大トラの反対のドアまで下がった。


『ありえないわ』


 大トラが迫って 咆哮ほうこうを上げる。

 天羽目線は、その声に驚き大トラを離れるようにベッドの横へ移動する。

 主任も静かに、天羽の場所まで動いた。


「くだらん幻覚だ。仕掛けられたのか?」

『希教道の幹部だね。さっきので根にもたれたかしら』

「消してみろ」


 主任の言葉で、明菜が思い出したように相槌をする。


「消去ね。はい、そうでした」


 彼女が口にすると、大トラが一瞬で霧散した。


「陽菜は相手は知っているんだろ? 繋げてやり返せ」

『今やっているけど……捕まえられない』


 天羽目線で見ている俺に検索かけているのか?

 零の聖域から引き寄せているのだろうが、俺は自己遮断メデューサを施していて、簡単にリンクはできないぞ。

 そう思いながら、今度は大狼を二人の部屋に向かわせた。


「今度は大狼。まだか?」


 入り口のドアをうしろに大狼が現れていて、二人と対峙すると動き出す。


「これは、ラボの実験がばれたか?」


 後ろの主任が忌々しい風に言葉を吐くが、天羽の消去の言葉で大狼も霧散させられた。

 先ほどの俺と栞の逆パターンになっているが、まずはこの室内を荒らして部屋から退出してもらおうか。


『あーっ、駄目。真っ暗で繋がんないし、別のはまた大蛇が出てきたり、わけわかんない』


 大とらをベッドの上に具現させると、驚いた二人は椅子を倒し、ファイルを落としながら焦ってバラけた。

 まやかしイミテーションでも、怪我や痛みがあるのは承知のようだ。


「なんでだ。数人いるんだろ? 真っ暗の奴って寝てるんじゃないか? むりやり押し込んでみろ」

『わかったわ。じゃあ、送る』


 ん、寝ている?


『今、目一杯怖いイメージ押し込んでやったわ』

 





 隣で寝ていた麻衣が、突然声を上げて椅子から転げ落ちた。


「やだ。やだ、やだ!」


 麻衣は床に倒れたことで一瞬にして目覚めたようだ。

 しまった。

 寝ててもリンクされた?

 夢に恐怖を注入されて驚いたってことか……まずった。

 彼女が倒れたのに驚き、俺は意識の中断をして攻撃を止めてしまった。


『目覚めた奴、捕まえた』


 額の先の映像である天羽目線が言った。

 目を見開いて放心状態の麻衣を抱き起こすと、目の前に天井にぶつかりそうな背丈の中性的な人物が立っていた。

 だが全身が真っ赤で驚愕した。


「えっ?」


 体の皮膚を全て剥ぎ取ったような姿で、いたるところから血液が流れ落ちていた。

 有毒な血液のようで、足元に落ちると焼けるような音を立てて煙を上げている。

 真紅の体から熱を発しているのか、煙を上げながらこちらをにらむ。

 血と肉の塊でできた真紅の……デーモンである。

 麻衣を触ったことで、接触感応が発動しているようだ。

 いつかの講堂で彼女が暴れた状況と同じで、感染したように俺も映像体験している。

 腕に大量の血が集まってきて、真っ赤な剣に変わったのを見ていた真紅のデーモンがこちらに向いた。

 鬼のような怒り顔が俺達に絞ると、血剣を振り下ろしてきた。

 二人で急ぎ血の塊の剣を避けると血のしぶきが飛んできたが、椅子を倒しながら立ち上がり退いて防いだ。

 焦りながら俺は、陽菜目線で相手を探る。






 乱れた研究室では、二つのモニターの一方に麻衣目線の場所、真紅のデーモンが映し出された。

 天羽が先ほどのベッドで、あぐらを組んで座りモニターを見入っている。

 隣のモニターにも麻衣目線の場所が映し出されて、主任が見入っている。

 あとに点いたモニターの休憩室映像が、見る見るうちに血が流れる鍾乳洞に変わった。

 眼下も俺と麻衣の周りが、血の鍾乳洞に変化していた。

 幻覚イリュージョンを使われた?

 頭にかぶったヘルメット型ヘッドギアが、危惧する能力増幅装置だと実感して恐怖を覚える。

 天井から血の水滴が大量に落ちてきて、床に血だまりをいくつも作っていて不気味だ。


「ほう、面白い。随分とシュールな怪物と世界を構築させたな」


 陽菜目線から主任の声が入っていたことで我に戻り、もう一度まやかしイミテーションで大トラを現し主導権を取ろうとした。


「いやーっ」


 周りが変わって恐怖した麻衣は、突然走り出し休憩室のドアを抜けて見えなくなり、同時に真紅のデーモンも血の鍾乳洞も消失する。

 彼女との接触が切れて、幻覚が霧散したようだ。

 さっきの真紅のデーモンは、震え上がるほどの恐怖のオーラーを放っていた上に、居場所まで血の世界に変わってしまっては、逃げるなって言う方が無理な相談か。

 俺は休憩室を飛び出た麻衣を追いかけた。

 くそっ、こうも簡単に反撃を食らうなんて、そう思いながら麻衣へイメージの消去を送る。

 それと合わせて、駐車場から麻衣の叫び声。

 俺は焦って駐車場に飛び出ると 車の横に麻衣が倒れて体を丸めて唸っていた。

 近くに細かい破片が飛び散って、三角形の金属が落ちている。

 すぐ車のサイドミラーに、麻衣が右腕を引っ掛けて転んだと推測できた。

 駆け寄ると押さえている腕から、出血している。

 額からも血痕が見えて、俺は一気に血の気を失う。


「うっ、し、忍……い、いたっ」


 彼女の声で、俺の体は震えだして頭が真っ白になった。

 止血しようと、ポケットからハンカチを取り出そうとしたとき気づく。 

 麻衣の周りが血だらけになっていき、回りの駐車場が血の鍾乳洞に変わりだしたこと。

 彼女に触れても居なかったのに……自己遮断メデューサが破られた?


「君たち、どうした!」


 前方から血の水を弾いて駆け寄った紺のスーツ男が、俺と倒れている麻衣に近づく。

 だが、高田さんの乗ってきたセダンの運転手だと、わかったときには遅かった。


「うわっ、なっ、何だ」


 紺のスーツ男は、忙しなく体を左右に動かし警戒しながら後ずさる。

 幻覚イリュージョンを飛ばされたか。


「落ちついてください」


 男に声をかけて消去イメージを送るが、うしろへ走り出していて、何もないところに体が浮き衝撃を受けて血の水に倒れた。

 向かいの車のボンネットに乗り上げ、体を強打して倒れたと推測。

 混乱しているときの消去は、麻衣と同じで逆効果になっている。

 だが、止めなければ自殺者の二の前になる。

 男の変わりに真紅のデーモンが現れて、血でできた剣をこちらに振ってきた。

 麻衣を抱えて血剣を避けると、煙を上げて飛び散った血液が俺たちの顔や体にまともにかかった。


「いっ、たいいーっ」


 麻衣の悲鳴に近い声と激しい熱さが襲い、血の水に体をつけて苦痛をこらえる。

 真紅のデーモンの足が目の前に見えて、麻衣ともども自己イメージに消失をかけるが、血剣が振り上げられていた。

 急いで麻衣を抱えると、背中に激しい痛みが貫く。

 熱湯が背中を一直線にかかったように、熱い苦痛と皮膚が裂けた感触が起こり、耐えるために麻衣にしがみついた。


「しの……ぶ!」


 麻衣が叫んだことで、気を失いかけた意識が戻った。

 痛めた背中に触るが傷跡はなく、真紅のデーモンも消失していたが、血の鍾乳洞は健在で、切られた背中は痛みが引かない。

 血の鍾乳洞が消せてないのは、デーモンイミテーション鍾乳洞イリュージョンの二つの消去が必要らしい。

 鍾乳洞イリュージョンが襲ってこないのなら、デーモンイミテーションに集中していればいい。

 体を倒し幻痛に耐えていると、片手を垂らしている麻衣が、背中をさすってくれる。

 彼女も現実に怪我しているのにと、自らのふがいなさを恥じるが、そんな時間さえ与えないように地面に溜まった血をかき分ける足音が聞こえだす。

 見上げると沸き上がった煙の中に、真紅のデーモンが赤い剣を持って腕を振り下ろそうとしていた。

 瞬間に自己に消去のイメージを送る。

 そのまま悪魔の怪物は赤い剣とともに消えていくが、その前に飛び散った血液が俺と麻衣の頭部と肩にかかる。


「いや、いやっ、止めてーっ」


 痛みはそのまま続き、激痛を我慢するが、再度真紅のデーモンが現れる。

 すぐ自己イメージで消失させるが、血を浴びせられ痛みが続き意識がもうろうとしてきた。


「いたい、しっ、しのううぶ」


 隣の麻衣が半泣き状態で、俺にすがりついてきた。

 まずい。

 こう一方的に防御に回っては相手の思う壺だ。

 やられるなら、同士討ち覚悟でねじ伏せれば、攻撃を止めさせられる。


「麻衣、一回我慢してくれ。その間に」

「ええっ?」


 消失の自己イメージを俺と麻衣に送って、すぐ天羽をイメージして乱れた研究室にリンク。

 ベッドの上でモニターを見ているシーンが浮き上がる、すぐ ある・・イメージを送った瞬間に麻衣の声。

 焼けるような激しい痛みが脳天を襲った。


「うっ、くううううっ」


 麻衣の苦痛の音吐も同時に聞こえてきて、真紅のデーモンの血剣に二人して斬られたのを悟る。

 激しい痛みが通過するのを我慢すると、自分の意思に関係なく上半身が痙攣を起こして焦る。

 苦痛をこらえて動けないところへ、彼女が俺に倒れ掛かり、そのまま床に倒れると反応がなくなっていた。


「麻衣?」


 激痛が引いて、体をゆっくり動かせるようになると周りは駐車場に戻っているのに気づく。

 真紅のデーモンも血の鍾乳洞も消えているのを確認できたので、天羽たちにダメージを与えられたらしい。

 痛み分けした甲斐があったか。

 麻衣を抱き起こすと息はしている。

 彼女の体を軽く揺すってみると、体が動き反応した。

 大きく呼吸したあと、ゆっくりと目を開けて俺を見る。


「し、のぶ。……いたた。はっ」


 すぐ周りを見渡して聞いてきた。


「いなくなった……の?」

「ああ、たぶん」


 麻衣は起きだすが、右腕が痛んだのか左手でかばうように抱えて、正座スタイルで苦痛を我慢する。


「あっ、あちらこちら痛い……でも大丈夫そう」


 心配する俺に気づくと、苦痛を笑って誤魔化す。

 その彼女の額の擦り傷を手持ちのティッシュで拭き取ったあと、俺も痛みを押して遠隔視オブザーバーで天羽目線を開き研究室の様子を見ると、天羽は目をつぶっているのか真っ暗で、その中で苦しい声を上げていた。

 送り出しても消去されるなら、主任に銃を持たせて、まやかしイミテーションが視認されたところで攻撃、胸を撃たれるイメージを送ったが、消されずに上手く作動したようだ。

 今はまず状況確認。

 天羽目線ではわからないので、主任に遠隔移動視すると目線が開ける。

 モニター画面の動いている表をチェックしながら、ベッドの上で横にうずくまる天羽の背中に目を向け片手で摩っていた。

 ヘルメット型ヘッドギアをかけた天羽はうめきとともに、ブツブツと何か呪いの言葉を言っているのが聞こえて少し怖くなったが、ここはたたみかけよう。

 また真紅のデーモンが再開されたらかなわない。

 天羽が目をつぶっていても、映像は意識して送れば視せられる。

 もう一度、主任に銃を持たせて、天羽が驚くとヘルメットごしに頭を撃たれるイメージをうずくまる彼女に送る。

 だがアップした途端、足元に黒い何かが転がるのを見ると、突然光と爆音とともに爆風を浴びて顔面に何かが飛び散った。


「うわっ」


 痛みが顔を覆う。

 爆風で体も吹き飛んだように、駐車場の床に倒れてしまった。

 さっきの呪いの言葉は、この手榴弾か何かか。

 引き戻された駐車場で、顔の激痛をこらえて周りを見渡す。

 また来るか?

 構えながら自らの心へ消去のイメージを送るが、何も起こらない。


「忍、大丈夫? また来たの?」


 倒れた俺を気遣った麻衣が隣に来ていた。


「……何も、なかった?」

「私は、ええ」

「俺へ直接投げ込んできたのか……いてて」

「あっ、鼻血出てる」

「嘘?」


 麻衣が俺の鼻の下を、手で撫でている間に、気になる天羽の様子を再度視てみる。

 状況を把握するため天羽目線から入るが、また真っ暗なので、主任目線に変えると暗闇が開けた。

 天羽がベッドの下で昏倒していて、主任の手がヘルメット型ヘッドギアを外しているところだった。

 気を失った?

 これでしばらく行動は起こさず静かになるだろうと安堵する。


「はあ、終わったようだ」


 気が抜けたら頭が真っ白になって……。


「本当? よかった……あっ、忍?」


 柔らかい感触が体を包むと暗闇に落ちた。






「……ぶ。……のぶ。忍」


 肩を揺すられて麻衣の焦った声が聞こえてきた。


「……ん? えっ? 何」


「わっ、覚めた? はあっ、今数分ほど気を失ってたのよ。大丈夫?」


 俺、一瞬寝てたのか。

 さっきの爆風の幻痛だな。

 背中を麻衣に抱きとめられるように、床に尻をついていたようだ。


「ああっ、痛むけど……もう平気だ」

「はあ」


 一息ついた麻衣は、後ろから強く抱きしめてきた。


「うっ、痛い」

「不安にさせた罰よ」

「悪かった」


 起き上がり麻衣に目を向けると、向かいの車の横に倒れている高田さんの関係者を見ていた。


「あの人、大丈夫かしら?」


 俺が立ち上がって倒れている紺のスーツ男をのぞくと、会話や足音で気がついたのか、もぞもぞと体を動き出した。


「大丈夫そうだ」


 遅れてついてきた麻衣に教えていると、男が上半身を起こして周りを見渡している。


「あれはなんだった……幻覚……か?」


 紺のスーツ男が、額を切ったようで頭に手を当ててしきりに見ている。


「あの、怪我の方は大丈夫ですか?」

「あっ、ああ」


 男は立ち上がると、麻衣の右腕に気づいて見てくれた。


「これは病院で治療した方がいいな。ちょっと待ってくれ」


 簡単な診断をしたあと、俺たちから離れながら携帯電話を取り出し誰かに連絡を入れた。






 まだ顔面と先ほど切られた背中がヅキヅキと痛んでいて、意識すると痛みが増してきてめまいが起こる。

 幻痛の魔邪まやは、凄く嫌なものだと改めて実感した。

 隣の麻衣は魔邪まやだけでなく、実際に怪我をしたので心配になり聞く。


「腕痛む?」

「うん、だいぶ引いたけど痛い。……それで今のは幻覚だったよね?」

「ああ、天羽の能力だ」

「歩道橋の延長戦をやりに来たわけ?」

「いや、俺がちょっかいかけたら、やり返されたんだ。だから麻衣には謝る。ごめん、俺の不注意だった」

「えっ? そんなことない。悪いのは幻覚送ってきた天羽じゃない」


 そこへ耳の後ろから声が聞こえた。


『忍君! 何かあったの?』

「わわっ」


 麻衣が驚くと、俺の横にポニーテールの要が現れていた。


「高田さんから怪我人が出たって、報告が入ったのでびっくりしたのよ」

「ごめん、俺の不注意だった。幻覚イリュージョンを食らって麻衣が腕を怪我した」


 要は麻衣の腕を見て、携帯電話をしまったばかりの黒スーツ男に向いた。


「えっと、久保さんですね? 彼女を近くの病院で治療させてください」

「ああっ、はい。わかりました。高田さんからも言われましたので、すぐにも」

「お願いします」


 要は向き直り腕を組んで俺に聞いた。 


「忍君は大丈夫なの?」

「うっ、うん」

「本当に?」

「ああ……」


 言葉を濁していると、そこへ地下駐車場の入り口からロールスロイスが静かに入ってきた。

 車は俺たちの前にゆっくり止まると助手席のドアが開き、見覚えのある杖をついた老紳士がソフトハットを頭にかけて出てきた。


「ちょっとお聞きしたい。ここの六番通路から、特選しゃぶ亭にいけるのかね?」


 老紳士の質問に、黒スーツの久保が答えた。


「はい、中に入るとエレベーターがあり、一階で下りるとすぐです」

「ありがとう」


 そう言って老紳士は、車へ合図を送ると後部座席が開いた。

 車の中から若い男が出ると、続いて白いTシャッを着た背の高い老人が現れる。

 東京駅ホームであった老人、一緒だったイケメン男の二人だと気がつく。

 突っ立っている俺、麻衣、要を見た老人が立ち止まった。


「……おや、そこの子は怪我しているね? 大丈夫かな」

「あっ、はい」


 麻衣が俺の後ろに隠れるように返事をした。

「君たちは? おお、見覚えがあると思ったらホームの子たちか」

「東京駅で会いましたね」


 要が一歩前に出て言うと、老人が目を細めたあと気が付く。


「君は車椅子の子じゃないか。立っていいのかね?」

「はい、たまに立ちます」

「ふっはは、そう言うものなのかね」

「はい、そう言うものです。それでご隠居? で、よろしいのですね」

「ふっ、まあそう言われるときもあるな」

「ああ……では城野内老師とお呼びしてよろしいでしょうか?」

「うむ、名前だけでいいぞ」


 俺は驚いて口に出していってしまう。


「てっきり後ろの杖をついている方と思っていました」


 俺の間違いに老人の後ろに控えていた老紳士がソフトハットを取って答えた。


「私は、城野内さんの要人警護のSP公安警察、森永です」

「はあ、騙されました」


 微笑みながらご隠居の城野内は、要に聞いてきた。


「では、君たちが希教道の幹部と言うことか」


 ご隠居は振り返って、SPの森永と目のやり取りをして顔を戻すと要に言った。


「車椅子に座っていない今の君は、幻覚なのかな?」

「はい。そうです」


 俺と麻衣が要のまやかしイミテーションを言い当てたことで驚くが、彼女は気にもしない。


神庫映ほくらうつしか」

「ほくらうつし?」

「我々の間では、うつつを具現化することをそう言う」


 要はいろんな呼び方があると首を傾けながら微笑むが、SPの森永たちは神庫映しほくらうつと聞いて、老人を守るように前に出てきた。

 ご隠居は片手を上げて、SPたちを制して話を続ける。


「そうか。食会であの希教道の車椅子教祖が出席すると突然情報がきたものでな、無理に入れてもらったので恐縮なのだよ」 

「そんなことありません。私もうわさを聞いていまして、お目にかかりたかったです」

「ふむ。だが、まさかホームでもう会っていたとは、奇遇なものよ」

「そうですね」

「では、席にて改めて挨拶しよう」

「はい、それではのちほどお会いしましょう」


 要は微笑んで告げると、身体が消失した。

 彼女なりのハッタリ効果か、SPの森永と他のメンバーは驚愕の顔で固まった。

 ただ、ご隠居は驚くことなく微笑んで歩き出したので、幻覚能力は信じていると納得した。

 孫の城野内緋奈が、能力を見せびらかしていると推測できるしな。


「そうそう、ホームでの一件は君たちだね? 助かったよ。改めて礼を言う」

「はっ、いえ」


 俺たちに一言言うと、ご隠居一行が六番通路のドアの中へ入っていき、ロールスロイスも発進して駐車スペースに向かった。


「あの老人がそうだったのね」


 麻衣が声を出すと、耳のうしろから栞の声が入る。


『彼女を病院へ』

 ――そうだね。俺も一緒でいいかな?

『かまいませんが、さきほど何があったのか、この零感応エアコネクトで報告ください』

 ――わかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る