第73話 東京出張(一)出発

 谷崎製薬が販売したIIM2の売り上げは、好調のようで近くのドラッグストアーでも売られている。

 有田純子が服用しているぐらいに、学生たちに買われだした。

 販売阻止を唱えてた栞や竹宮女医は、道場への受け入れに頭をシフトしていっているようで、会合ごとに会館施設の間借りを考え始めている。

 その保持者の一回目のオフ会が終わったひと月後に、主民党丸井議員を巡る政治資金問題で、収支報告書を作成したとされる丸井代議士の秘書を、市民団体が刑事告発することになったのをTVのニュースで聞いた。


「丸井代議士って、あの大野って探偵の依頼主と違うか?」


 朝食のしょっぱんをかじりながら、ローテーブルの向かいに座って一緒にTVを見ている子に聞く。


「これだと丸井議員の辞職もありかもしれないですね」


 髪を束ねて胸に下ろしている栞が言った。


「手を貸してるのか?」

「まさか。朝野大臣には、丸井代議士経由のスパイがうちの道場に来たって報告しただけです」

「永田町の政治ショーって奴か?」 

「ショーかは知らないです。けど希教道としては、探ってくる鬱陶しい人物がいなくなって良かったですね」


 朝から栞が俺の部屋にいるのは、まやかしイミテーションを飛ばして、朝食時だけじゃなく夕食時にも遊びに来るようになっていた。

 彼女いわく、麻衣さんとは学校で会ってるから不公平とのこと。

 公約通り、俺のプライベートは侵食されだしていた。

 悪くないけど。

 その次のニュースは、東京都内の駅ホームでの人身事故で電車の遅れが出たことを告げてる。

 俺はそれを聞いて、自殺かなと思っていると、何か得体の知れない寒気を覚えた。

 だが、栞が俺をガン見しているのに気づいて寒気の正体を見た。


「なぜ見続けるかな?」

「忍君が私をしっかり認識していられるようにです」

「えっと、それは、やはり……」

「ええ、学校で麻衣さんを沢山見ているだろうから、私の分も入れて欲しいかなって」

「ああ、わかった。わかったから、普通に居てくれ。気が散ってパンも喉に入らなくなる」

「うっ、嬉しくないんですか?」

「……栞は学校大丈夫なのか? 俺はそろそろ出る準備するぞ」

「もう……では退散します。次は希教道で」

「ああ、行くよ」


 ローテーブルから栞は素直に消えたので、すぐ朝食を済ませた。

 まやかしイミテーションだからいいが、彼女からのアプローチは大胆で困ってしまう。

 直接会っていたらヤバイ気分になって……考えるのはよそう、あとが怖い。






 学校帰りに俺は希教道に出向くようになり、麻衣もよくついて来ることが多くなった。

 二人で道場に入ると、彩水が直人と今村の三人で座禅を組み、見詰め合ってイメージトレーニングを頑張っている。

 零翔ぜろかけを使って、必死にまやかしイミテーションを作り出そうと、何かにかき立てられるように表情が鬼気迫るものになっていた。


「麻衣さん来てたんですね」


 今村は俺を無視して麻衣に話しかけるので、俺も奴には目もくれず、二人に声をかける。


「彩水と直人もやってるな。だが彩水は、力入りすぎじゃね? リラックスしてやったらどうだ」

「教祖なんだから、できて当たり前のことはマスターしたいわよ。新参者に負けられないし、要にもね」


 彩水が豪語する。

 まあ、聞きたがっていた先代教祖や大臣のことは、要の能力発動で察しがついたのか聞かれることがないのは良好だ。

 ただ、俺と栞が関わったIIM初期バージョンと第二期Ver.2での能力の差は、成分の違いで埋まらない可能性があると竹宮女医の話。

 トレーニングでどれだけランク上げできるかは未知数、脳デバイスをつければ別だが、確実に上がるとは思わないことと釘を刺される。

 保持者ランクについては、腕力があるからボクサーのトレーニングしている風に認識しているようで、


「能力も腕力も、危険度合いは同じでしょ? Sクラスなら、プロボクサーのレベルだと思うのよ」


 希教道をボクシングジム、スポーツクラブのように能力ジム、保持者クラブとくくって教えている。

 ただ女医の立場から、脳の負担にならないようにランクは現状維持が望ましいと、アドバイスするのを忘れなかった。

 オフ会に出た地元の四人は、学校が終わると制服のまま立ち寄るようになり、ネット掲示版の延長で能力にまつわる話のミニ会合となっていた。

 その一人の森永向葵里ひまりが、俺と麻衣に質問してくる。


「零の聖域への道を広げるのに、最善はなんでしょう。知りませんか先輩?」

「私も知りたいわ、忍」


 麻衣が俺に振り向き、目を瞬かせて言った。


「俺に振るな。……ええっとな、イメージトレーニングだろ。練習あるのみかな」

「やっぱり、裏技とかないですよね」

「裏技って、城野内の脳デバイスぐらいだろ。地道にするしかないと思うぞ」

「そういえば、城野内さんの東京組みも集まっているんでしょうか? 最近書き込み見かけないですけど」

「新規の書き込みは、異常なほど増えてるんだけどな」


 そこへ瞑想していた彩水が、直人と今村に終わりの合図をして立ち上がり、立ち話の俺たちに加わってきた。


「あの中坊たちの一人、西浦だったか、東京組みが二つに分かれて険悪になっているって言ってたぞ」

「いつの話だよ」

「昨日、希教道サイトの駆け込み寺に、西浦からのメールが送信されてたんだ。京都女が仲裁に入るとか書いてて、こちらからも誰か来て欲しい要請もあったぞ」


 ちなみに駆け込み寺の運営は、幹部メンバーが割り当てられてるが、ほぼ直人が管理人の役割になっていた。


「へーっ、それなら彩水の出番じゃないか」

「何言ってんの。仲裁なんて真っ平よ。忍ちゃーんが行けばいいわ」


 彩水の後ろに、唐突に制服の要が出現して会話に参加した。


「それ、忍君に行ってもらいましょ」

「へっ? 俺か」


 と変な声を出してしまう。


「要、来てたの? 質問! 質問!」


 彩水が笑顔で振り返って言うと、要の顔が引きつってくる。

 前回の零聖域講習を聞いた彩水は、要と会うたびに能力の質問攻めをして困らせていた。


「東京組みの話があるから、こっ、今度ね」

「今度じゃなーい。じゃあ、その話終わったあとだ」

「えっと、あははは」


 要が俺に顔を向けてきたのですぐ目を反らすと、目ざとく麻衣が割って入ってきた。


「東京組みって、大体誰が誰とどうして仲たがいなんてしてるの?」

「ああ、西浦の中坊三人と硫酸男についた女子グループらしいが、メールだけじゃね」


 彩水が要から離れて、状況を簡単に説明した。


「硫酸男ってなんですか? ボクにも教えてください」


 美濃の事務所騒動と謝罪は幹部だけだったので、話を知らない向葵里が聞いてきた。

 それを彩水の後ろに控えていた今村が、彼女へ優しく丁寧に状況を伝え出す。


『見た感じ、能力を使っているようですね』


 栞が念話に切り替えて話してきた。


 ――栞、見に行ったの? 能力使われたのなら、美濃に軍配上がるだろ。

『そうです。西浦君側から城野内さんが仲裁してましたが、難しそうで。それで私たちにも来て仲裁して欲しいようです』

 ――まやかしイミテーションで行くんだろ?

『忍君は、実際に三田村教授のラボに一回行ってみることをお勧めします』

 ――研究所兼東京支部ってところ?


 そうだ、栞が時空移フライトを成功させたって場所だ、俺もやれるかもしれない。


『はい、そのついでに顔出し仲裁です』

 ――そっちは面倒だが……。


 俺がと栞の零感応エアコネクトの間に、彩水が美濃を批判していた。


「それで硫酸雨のイミテーションを使う陰湿な奴よ、帰ってそうそう騒動起こすってのは分かりきったことだわ」

「お前、根に持っているだろ」


 俺が軽く突っ込むと、彩水は口をへの字にして俺をにらむ。


「当たりまえでしょ」


 ついでに今村にもにらまれた。


「それじゃ、今度の休みに仲裁しに、忍君行ってくれます?」


 ポニーテールを揺らした要が再度聞いてきた。


「あっ、わかった、いいよ。その代わり帰りにスカイツリーに寄ってもいいか?」

「たぶん時間的な余裕ないです」

「しかたないか」


 俺が肩を落とすと、その肩に麻衣が手をかけて言った。


「あっ、私も同伴する。いいわよね」

「駄目です」


 即座に要が断りを入れた。


「なっ、何でよ」

「忍君の邪魔になりますから駄目です」

「いいじゃない。お手伝い。交通費自腹なら問題ないよね」


 食い下がる麻衣を、要はにらむように対峙していると、何かを思い出して失敗したような顔をして言った。


「私も行きます」


 要の一言で、俺は慌てて真意を念話でといただした。


 ――行くってなに? 要のまやかしイミテーションとして来るんじゃなかったの?

『栞として直接行きます。前に街を一緒に歩こうって約束、覚えてますよね』

 ――そうだけど、なっ、何で今回を選ぶ?


 ちょっと心当たりがあったが、聞いてみた。


『麻衣さんにだけ任せられません。それだけです』

 ――そ、そうか。


 周りにいる彩水たちは呆気にとられていた。

 二人の暴走とも取れる東京行きは、その日が俺の誕生日と関係ある気が……いや、気のせいだろう。

 傲慢な考えだ。

 栞は大臣とか直接会いに行くんだろうし。

 ちなみに彼女ももうすぐ誕生日で、麻衣は十二月だったりする。

 麻衣と要が東京行きの算段を詰め始めているのを眺めていると、彩水が寄ってきて話す。


「忍ちゃん。二人をはべらせ過ぎ」

「おまえ、直人と今村を従えさせといて、人のこと言えんぞ」

「それは人徳と言うものよ」


 要も聞いていて、すぐ彩水の話にシフトしてきた。


「私、忍君に奉仕してるわけじゃないです。フィフティーフィフティーの関係です」

「そうよ。忍と私たちはパートナー関係」


 麻衣も要に合わせて言い出した。


「ああっ、わかった、わかった。だが周りはそうは見ないぞ」

「うっ」

「むっ」


 彩水が言ったことで二人は渋い顔をして見詰め合ったので、また背筋に寒いものを感じて俺は一歩下がる。


「そこで逃げるか、忍ちゃんよ」


 二人の男の前で自信満々の彩水を見て、あやかりたい気分になった。



 ***



 土曜日の朝。

 待合場所に遅刻せずに行くと、初デートに着ていた気合の入った装いで麻衣が待っていた。

 初えっちでストライプのブラウスを脱がせた記憶がよみがえって、彼女をまた一枚ずつ脱がせたくなってくる。


「忍、朝から顔がにやけ過ぎ」


 顔に出てたらしい、気をつけよう。

 程なく道場主が車椅子の栞を連れてきたが、こちらも髪を下ろしてピンク色のリボン付きブラウスに白のミニスカートで、お洒落なデート着に見えた。

 二人と比べて黒のシャツにしょぼいジーンズ姿の俺は、少しだけ気が引けるが彼女たちからの文句がこないので問題なしにする。

 道場主に栞を頼まれて、東京行きの新幹線に華やかな二人と一緒に乗りこむ。

 そのとき栞の車椅子状態を見た麻衣は、グリップをつかんで押す役に自らついた。

 零の聖域の講習で要のまやかしを知り、車椅子の栞に優しさを見せたようだ。

 だが、恋愛では譲歩しないらしく、忍は渡さないとつぶやく。

 なお、栞の警護役として商社マン風スタイルの高田さんが俺たちと離れ、別の客としてついて来ていた。


「麻衣も栞も、忘れ物ないな?」

「何ですか、修学旅行の生徒じゃないんですよ」


 隣を歩く俺に首を振り仰いだ栞に、麻衣がおかしな顔をした。


「うん? 要じゃなくて、栞って呼ぶの?」


 ――あっ、ごめん、つい言っちまった。

『もう、彼女ならいいですよ。幹部には教えないと面倒になってきてますから』

 ――そうか、それならば。


 俺は、彼女にはいろいろあって、車椅子に座っているときは、本当の名前で呼んでることを麻衣に説明した。


「麻衣さんは、お好きに呼んでいいですよ」

「何よ、二人だけわかったように。それに適当っぽいじゃない。よくわからないけど、私も車椅子のときは栞って言うよ」

「はい、お願いします」


 新幹線内部の席に俺と麻衣が隣同士で座ると、180度回転させた車椅子対応区画席に座っている栞は若干不満顔である。

 そんな車椅子の旅行に、少し心配になり聞いてみた。


「日帰りの強行軍だが、大丈夫か栞?」

「問題ないです」

「私は泊まっても大丈夫だったんだけど……人数増えて仕方ないね」


 麻衣が暗に予定が狂ったと、遠まわしの発言。

 栞は聞き流して、手にしていた小さな箱を俺に渡してきた。 


「忍君、誕生日おめでとう」


 六月生まれの俺に栞が箱をプレゼントしてくれる。

 俺としては嬉しいが、行きから荷物が増えるのはどうかと思ったが贅沢かな。


「えーーーーっ、ずるい」


 麻衣がイエローカードの笛のような声を上げて抗議した。


「じゃあ、私は忍に唇あげちゃう」

「麻衣さん、場所を考えてください。誕生日知っていたと思うんですけど、まさか忘れていたとかはないですよね?」

「あによ、忘れて仕事振ったのは要……栞でしょ」

「そうね、私が言い出したことだから、ごめんなさい。だから、こうして、ね」


 渡した箱に指を置きそのまま俺の手の甲に触れてくると、麻衣の手が栞の指を持って引き離した。

 退かされた栞は、してやったりの顔をしている。


「私は帰りに渡す予定だったの」


 麻衣がそう言うと、ひざに置いてたポシェットから小さい箱を出して俺に渡してきた。


「はい。私からの誕生日プレゼント」

「あっ、ははは、ありがとう」


 その場に冷たい沈黙が落ちてきたので、箱を開けることで話題をそらした。

 中は栞が、ネクタイピンとシャープペンでどちらも重みがあって高級感が半端ない品。

 麻衣のが、彼女の好みの二頭身キャラクターのキーホルダーが二つ入っていた。


「さすが希教道の巫女さん。お金に糸目をつけないわね」

「麻衣さんのは可愛いだけで、自分の好みを押し付けているんじゃないですか」


 俺の頭の中に彩水がレフェリーとして現れ、麻衣VS栞、ファイト! と開始合図の右手が下り、ゴングが鳴る音が響いた。       






 東京駅に着いて下りたときは、なぜかまた仲良くなった女子二人は、パートナーと連呼して車椅子を麻衣が押しだして歩く。

 二人に挟まれて二時間を過ごした俺は、精神的な疲れを覚えながら彼女らの横について歩いていた。

 エレベーターで下りると壁に設置してあるモニター画面から、東京都内で昨日自殺した学生のニュースを流していた。


「あれ、また自殺者?」


 俺が気づくと麻衣が返してきた。


「そうみたい、嫌だね」


 一昨日あたりからマスコミを騒がし始めている若者たちの連鎖自殺。

 ついに昨日で五人目? 

 毎日一人自殺していくミステリーをどう思うかと、現場付近の通行人にインタビューしている映像が流れていたのを見てると、急いで歩いていたパンチパーマ男にぶつかってしまった。

 新幹線改札口を栞と麻衣と一緒に横切ったときのこと。

 舌打ちをされて離れていったが、内心憤慨するも接触時に懐に銃らしきものを見て動揺した。

 今の男のフラメモ映像を急いで額の前に流して、新しい鮮明動画を選んで開く。

 それは自動拳銃を強く握り、壁に向けて構えては胸に戻すことを繰り返している鮮明な映像。

 疲れた気分が一気に覚めた。


 ――今の男、銃を持っていた。


 無意識に念話で栞に情報を伝えながら、麻衣たちをかばうように振り返る。


 『えっ?』


 栞も車椅子越しに振り返るとパンチパーマ男は、背の高い老人と連れの若い男をすり抜けて先へ走りだした。


 ――何か、起こす気だ。

 『阻止できますか?』

 ――やってみる。


 そこには、エスカレーターから降りてきたダークスーツの男二人が、杖をつきソフトハットをかぶった身なりの綺麗な老紳士の前後を囲むように歩いている。

 パンチパーマ男がよれたストライプの入ったグレースーツの懐から、銃を取り出してその前方のグループを狙ってきた。 

 俺は幻覚イリュージョンを男に転送。

 そのまま、麻衣や後ろの人たちに声を上げる。


「下がって!」


 栞は車椅子を一人で動かし、先ほどの老人と連れの男を脇へ誘導する。

 俺は不思議がっている麻衣をかばうようにすり抜けていった男を注視。

 その男は突然立ち止まりひざを突いたが、銃は構えたまま。


「うおおおっ」


 雄叫びを上げて男は、上半身と銃を床に向けた。


「マカロフだ!」


 向かいのダークスーツの男も気づき、杖の白髪紳士をかばうように散開したところに銃声音が響いた。

 周りから叫び声が上がり、パンチパーマ男は銃を床に乱射し続けた。

 その奇妙な行動と銃声に周りが騒然と恐怖する。

 ダークスーツの男たちが、すぐ後ろから男を取り押さえ、銃も叩き落した。

 神業な行動である。


「えええっ、何なの?」


 後ろで見ていた麻衣が、震え声をあげた。

 気が付くと栞の車椅子のクリップを高田さんが掴んでいる。

 遅れて警備員が何人もやってきて、無線で連絡を入れていた。


「あのダークスーツの中の杖の老人、ご隠居じゃね?」


 周りに沢山の野次馬が集まり、遠巻きに白髪紳士と取り押さえられた男を見ていた。


「ああっ、そうかもしれねえ」

「狙われたんだな」

「だが、あのヒットマンか、過激派ぽい男は、何で床を撃ってたんだ?」

「さあっ、ご隠居の力じゃねえのか」

「ばか、力は都市伝説だぜ」


 俺の能力がばれてないか、耳を立てて状況の把握に努めるが大丈夫そうだ。

 パンチパーマ男に視せた幻覚イリュージョンは、全ての視界が90度下側へ移動して視える物だったが、思ったとおりに足元へ銃を撃ってくれて、なんとか大事にならずに済んで良かった。

 そこへ先ほど栞が危ないと移動させてた二人が声をかけてきた。

 白いTシャッを着た背の高い老人と、その連れの若いイケメン男である。


「礼を言おう。お嬢さんの指示で助かった」

「君もよく襲撃者と気がついたね……的確な処理だったよ」


 栞が怪訝な顔で俺を見る。


「え、えっと、その、すれ違うときに、銃を見てしまって……」


 俺は一瞬冷や汗が出たが、誤魔化した。


「そうか。うむ、うむ。君達は若いのに冷静に動けたことにも感心したよ。場慣れしてる感じだ。ふははっ」


 老人とその若い連れは、俺と栞に礼を言って上機嫌に改札口を出て行った。


 ――老人の言葉にすべて見透かされた感じがして、少しヒヤッとした。

『感の鋭い人もいるから、注意しないといけないですね』

 ――本当だよ。それで銃の男のターゲットは、ご隠居だったのか?

『えっと、狙われたのは老紳士だと思うけど、ご隠居かは知らないです』


「2人とも何見詰め合っているのよ」


 念話が聞こえてない麻衣が、割って入ってきた。

 周りは事件の野次馬で、写メを撮るのでごった返していた。


「ああっ、わりい、出ようか」


 栞の車椅子のグリップを握っていた高田さんは、もう居なくなっていた。

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