第72話 保持者たちのオフ会(四)

 俺も中谷をイメージして遠隔視オブザーバーをかけると、額の視界に車内の動画が現れた。

 立体映像ホログラフィーで映像を広げてみるとワゴン車は、車通りの少ない路地を走っているのがわかった。


『大野。あの学生は残していっていいのか?』


 運転手の大野に、後部座席から中谷が話しかける。


「情報は少ないが手に入れたから、報酬は出るはず。依頼主のことは話してないから漏れることもない。美濃君にはバイト代を払うときにでも謝っておくさ」

『本当にいいのか? 学生も能力者ならわかっていることもある……いや、いいさ。そうしよう』


 そこへ唐突に美濃正が、ワゴン車の前に飛び出した。

 大野は驚いて急停車するが、間に合わず目の前で跳ね飛ばす。

 止まったワゴンから運転手の大野が、後部座席の中谷も急いで出ていく。


 ――おい。今の栞か?

『はい。手っ取り早い止め方と思って……まずかったかしら』

 ――いや、止めるには最適だよ。ただ、エンジンから煙が吹くとか、硬いものが飛んできてフロントにひびが入ったとかが良かったと思うぞ。

『うっ、うん。次からそうします。へへっ』


 過激な栞だった。

 運転手がトラウマにならないといいけど。

 ワゴンの回りや脇の田んぼ、車両の下を見たりして、美濃正が消えてることに頭を抱える二人。

 後続車がいぶかしむように、ワゴン車と二人を避けて通り過ぎていく。


「おかしいな。今、人を跳ねたと思ったんだが……」

『俺も見たぞ。あの学生に似てたが、見当たらないな』


 二人がそろったところで、作務衣姿の要が前に立って話しかけた。


「通行の邪魔になりますから、ワゴンは道路脇に寄せましょうね」

「えっ」

『オワッと、お前は、希教道の尼!』

「こんにちは、中谷さん。お久しぶりです。まだ近くを徘徊してたなんて心外ですけど」

『なっ、何でここに……』

「中谷さん、希教道ってまさか? 追ってきてたのか」

「跳ねた美濃君は冗談なので、わすれてください。それより、車寄せましょうね」


 大野が口を空けて固まってしまった。

 俺も要に習って二人の前に体を現し驚かしたあと、ワゴン車を道路脇へ止めさせる。

 車内でノーパソコンに録画した、盗み撮った動画は消去させた。

 中谷が率先して行動していたのは、前回、要に酷い目に合わされたことが原因と思われる。


『さっきの事故は尼の能力だろ? 相変わらず、たまんねえことするな』


 俺に質問したあと、肩を震わせる中谷。


 ――さてと、今回の大野探偵事務所への依頼主についてだけど。

『ええっ、大体想像つくわ。高田さんからも聞かされてたことだけどね』

 ――やっぱり、政治絡み?

『反対勢力でしょ? 誰かは聞けば簡単だよね』


 要が俺に向かってウインクをしたので脱力した。


「はいはい、では、大野さん。中谷さん。率直に聞きます。依頼主は誰ですか?」

『俺は、柳都に疎い大野のサポート役。昔の好で手伝ってたんで、知らん』


 中谷は両手を上げて降参状態なので、大野に顔を向ける。


「東京で事務所構えているんですよね? 依頼主は代議士さん? その秘書でしょうか?」

「誰が依頼相手をスラスラと教えるか。馬鹿馬鹿しい」

「じゃあ、少しだけ一緒に付き合ってもらいますよ」

「知るか」


 そう言うと大野は、ワゴンの運転席のドアを開けて乗り込もうとした。


「わーっ」


 運転席に先ほど跳ね飛ばしたと思われる美濃が、血だらけの顔をこちらに向けて座っていた。

 地面に転がって驚く大野に、中谷も見たようで顔を背ける。

 要を見るとあさっての方角に首を上げて、口笛を吹く真似をして我関せずを装う。

 ほかに誰がやったと言うんだ、と心の中に突っ込みを入れた。






 座って呆けている大野だけに、ちょっと見てもらうことにした。

 溶岩が目の前に見える灼熱の大地。

 少しあざといかな、まあ、いいや。


「わーっ、わっ、わっ。ここ、どこだ。どこだよ?」


 ワゴン車や一本道の国道や周りの田んぼが消えて、岩だらけの空間に変わった。

 前は坂になり絶壁で途切れ、その先から激しい黒煙が上がっている。


「さー、前に行きましょう」

「おっ、お前、何をした」


 俺は立ち上がった大野を前に押し出した。


「わっ、よせ」


 絶壁の先の黒煙の間から、真っ赤な溶岩流が水位を上げてくるのが見える。


「これ、落ちると熱そうですね」

「何言ってるか、わかんねえよ」

「依頼主を教えてもらうまで、ここに居続けます。なお、溶岩にかかったら溶けちゃいますから、注意してくださいね」

「ありえねえ。ありえねえ。何の冗談だよ」


 大野の額から、熱気か恐怖かわからない汗が滴り落ちる。

 突然、地響きと破裂音で、目の前の黒煙が吹き上がって溶岩が弾け飛んできた。


「わー」


 周りや足元にも溶岩の塊が、何十もの数落ちてくる。

 とろけた真っ赤な塊が大野の腕にかすると、服が焦げて痛みの声が大地に響いた。


「ぐあっ、熱っ、熱っー」


 その間にも火口の溶岩流から弾け飛んだ塊が、頭上を越えていく。

 車ほどの塊が、後ろに激突すると熱が周りの空気を焦がす。

 飛び散る高熱に腰を抜かす大野。


「わわっーっ、わかった、わかった。言う。言うから……」

「どうぞ」

「丸井の秘書からだ」

「はい、丸井代議士ですね」

「秘書だ。間違えるな」

「それは失礼しました」






 国道の道路脇に戻すと肩や腕を押さえてうずくまる大野。

 その前に、中谷がノートパソコンを持ってきた。


「えっ? ノーパソ持ち出してどうするんだ」


 痛みを抑えて立ち上がる大野に中谷が答えた。


『壊すんだよ。そうしなきゃ、また地獄を見せられるぞ』

「いや、壊すのはないだろう」


 大野がいきり立って、俺と要に抗議する。


「いいえ、壊しますよ。あとで専門家から情報を取り出されるといけないですからね」

「しっ、しないから」

「いいえ、目の前で壊してもらわないと」


 要が俺に向いてウインクすると、大野はまた慌てだして言う。


「ノ、ノーパソは勘弁して、十五万の代物なんだ。中のハードディスクだけでいいんだろ?」

「ハードディスクを取り出せるのならいいですよ」

「うっ、わかった……ドライバーセットが車に入っているから大丈夫だ」


 憔悴した大野が、ノートパソコンから取り出したハードディスクをタイヤの前に置いた。

 中谷がワゴン車を動かし、タイヤに踏み潰させて廃品にすると大野にお持ち帰りしてもらう。

 それで二人を釈放させるが、大野は運転席で頭をうなだれて動かず、中谷は空を見ながらタバコを吸うだけだった。


 

 ***



 美濃を押し込めた部屋に戻って、大野たちには帰ってもらったことを告げた。

 受信した動画を消去させて壊したことを話すと、「そんな短時間にできるわけがない。担ぐな」と言われたが放置。

 憔悴した美濃を道場に移動してから、無線カメラを返し幹部の前で二度と今回の騒動のないことを誓わせた。

 そこへタクシーで来た城野内たちは、私服警官から開放されて道場に入ってくる。

 保持者たち全員の前で、西浦たち三人と城野内がしぶしぶ道場主、彩水たちへ謝罪をして今回の騒動は治まった。

 なお三島は城野内緋奈の付き人で、能力はないという。

 城野内緋奈は、親の都合で東京に住んでいて、西浦たち三人組みとは、能力で知り合い先輩後輩になっていたとのこと。

 その城野内がホテルで使っていた能力増幅携帯電磁波デバイスだが、道場にいた西浦から遠隔視オブザーバーの映像を受け取った情報を脳からデバイスを通してパソコンに出力、それをモニター画面で見ていたという、かなりの一品だ。

 まあ、映し出された映像の方は残念なもので、見ている中心がわかる程度、他は色もつかず大雑把で形がわかるぐらい、音声も雑音が多いものだった。

 道場の城野内イミテーションも、能力増幅携帯電磁波デバイスの電圧で出力したモニターで閲覧して動かしていたという。

 だが、俺たちが見せられた偽者や炎などのイミテーションは、申し分なく完璧で零翔ぜろかけの力を引き出せていることは実感した。


「かなり精密な器具だわね」


 竹宮女医が、テーブルに置かれた一式を興味を持って鑑定していた。


「モニターできるのは、テンペストアタックの改良版かしら」

「テンペ……なんですか?」


 周りで見ていた幹部や保持者たちが首をひねっている中、純子が疑問を口にした。


「漏洩電波から情報を抽出したり拾ったりして画面に映る情報を再生するシステムよ。それも脳波からの直接通信できる技術とは」

「それはもう、一流の技師に作ってもらいましたもの」


 デバイスを提出した城野内は、騒動の謝罪後なのに落ち込みもせず自慢げに言った。


「城野内さんってどこの人?」


 俺が素で聞くと、何知らないのこの人って顔をされた。


「学生の方は、詳しくないでしょうが、京都の城野内といえば格式ある名家ですよ」


 城野内の付き人である三島が、ここぞとばかりに声を上げて言った。

 周りの保持者たちは一様に顔を見渡して首をひねるが、そこで道場主が手を叩いて思い出すように言う。


「ご隠居だ! 城野内さんの祖父は京都の指南役って言われてない?」

「素晴らしい。わかってらっしゃる御仁がいた」


 三島はすかさず、道場主に握手を求めた。

 ご隠居? 京都の指南役? 何それっ? と回りはまたも首をひねってささやく。


「私、知ってるよ」


 麻衣と純子に可愛いとおもちゃにされてた結菜が、説明しだし注目される。


「京都の指南役って歴代の総理の話相手をしてる拝み屋さんだってパパが言ってた。結菜にも能力あるから、そんな大物にもなれるぞって」


 聞いてた周りの保持者たちは、結菜に尊敬の眼差しがいく。


「あっ、聞いたことある。総理の舵取りを先読みで修正して、平和の道を作ってきた人。都市伝説かと思ってたけど」


 結菜の前に、笑顔の城野内がやってきてネックレスを出した。


「綺麗でしょう? お姉ちゃんからのご褒美に、これを結菜ちゃんに上げちゃおう」


 城野内が首にネックレスをかけると結菜は喜んで礼を言った。

 その横で竹宮女医が付き人の三島に、能力増幅携帯電磁波ヘッドギアの制作者を聞いていた。


「私は存じ上げておりませんが、お嬢様が小さいときにある実験に参加してたときの方だと言うぐらいです。すいません」


 女医の横で聞いてた要が、急にそわそわしだしたあと、栞が俺に念話で声をかけてきた。


『忍君。もし私が変な行動取ったら、止めて下さい』

 ――えっ?

 一方的に念話は切れると、栞の言葉に緊張しだす。

 ――どうしたんだ?


 念話を返したが、要が三島に声をかけ始めていた。


「ある実験とは、何に参加したんですか?」

「えっと、それは……私からはなんとも」


 要に対してかなり警戒している感じだが、城野内も聞いていて会話に入ってくる。


「話してよろしいですよ。もう昔のことなんですから」

「いいんですか? なら、……昔、お嬢様がESP研究の実験に参加してた時期がありまして、その研究者の一人が考案したものなのです。当時はまだ、図案だけでしたが複写したものを資料の一つとしてもらいうけていました」


 三島の話に要が言葉を入れてくる。


「ESP研究を主催してたのは、三田村教授ですか?」

「あら、知ってらしたのですか。縁が切れましたのですが、叔父様がその複写を見て面白いと言って、技師に作らせていたものですわ」

「では、その複写の考案者は岡島でいいですね?」


 要の声のトーンがいくぶん下がった気がした。

 三田村教授から岡島の名前で、聞いてた過去話を思い出し、栞が何を思ったのか察した。


「岡島は、どんな研究に協力してたか教えていただけますか?」

「ええっと、三田村教授に助言するくらいで……そうそう、催眠術師でもあって、私の残留思念能力サイコメトリーを上手く引き出す手助けはしてもらってましたね」

「催眠術師?」

「ええ、独学で学んだといってました。講師も務めていて、私が人の記憶をのぞけることを知ったのもその教室つながりでしたんです」

「催眠教室ですか」


 また一段要の声トーンが下がった。


「パパ……こほっ、父が通っていまして、小学生の私もくっ付いていったのが始まりでしたのよ」


『あいつ私の両親を死に追いやったのに、しゃあしゃあと催眠教室などしてたなんて……』


 彼女の独り言のような念話が俺の耳元に入ってきて、怒りのボルテージが上がっているのがわかり注視する。


「……その岡島は、今どこに?」

「当時以降、付き合いはないですわ。三田村教授なら知っているんではないでしょうか?」

「そっ、そうですか……」


 要は道場の天井を眺めだした。

 唐突に室内に風が吹き込んできたので、俺は出所を見やる。

 要の周りに光の粒が見受けられ、その彼女の頭上から渦を巻くような音とともに、風が舞い落ちてきていた。

 音の中心に黒闇が円状に急激に広がりだして驚く。 

 闇と風が激しくなると、耳障りな金属音と轟音を立てはじめ不安が増す。

 漆黒の闇と強風が、瞬く間に道場の空間全てを席巻した。

 彼女に近づくと、強風で右手が巻き上げられ痛みが走る。

 右手を押さえると恐怖が体を覆い始めた。

 栞の怒りが、無意識に要を認識している人たちに、零をけて道場に幻影したと直覚。

 暴走だ。

 すぐ栞に念話で話しかけた。


 ――栞! どうした? 止めろ。目を覚ませ。


 要の体が跳ねると同時に漆黒の闇は霧散して、一瞬で静寂が訪れた。


「今のは何?」

「今度は何のパフォーマンスよ」


 城野内と彩水が声を上げるが、他は俺を含めて口を空けて呆然としていた。


「あっ、あああっ、ごめんなさい。こんなの初めてで……その……てっ、手違いです。ごめんなさい」


 珍しく取り乱した要は、頭を下げて謝ると消失した。


「まあ、きっ、消えることないのに」

「ええっと、詳しくは話せないですけど、彼女は岡島って人と因縁がありまして……」


 俺もあたふたしながら、軽くフォローを入れてみた。


「はあ、何かあったんですね。まあっ、しっ、仕方ありませんわ」


 城野内は焦りながらも詮索せず納得してくれたが、彩水が俺を半眼で見ていた。

 ふと右腕を見ると、紺のTシャツの袖先のカフスのボタンが取れて切れ目まで入っていた。

 あれ、いつの間にか。

 いつ斬れたんだ?

 すぐに先ほどの、要の前に見た光の粒や強風などを思い出す。

 ……まさかね。





 午後は直人の笛の音に乗って、巫女スタイルで千早を羽織り髪を下ろした彩水、かんなぎ様降臨。

 新参の保持者たち一向に、綺麗な舞を披露した。

 俺は、彩水を教祖としてうやまうような幻覚イリュージョンを来訪者に視せる。

 道場を暗くして、舞台設定のごとく光のライティングを当ててみせ圧倒させた。

 我ながら上手く行ったと、自負するできで満足いく。

 竹宮女医から拍手の賛美をもらい、麻衣からは自宅カラオケしたときの照明担当を言い付かった。

 続いて、道場主のありがたい説教話。


 「また来てもらっていい。いつでも門は開けておく」


 そう道場主が締めくくってお開きになった。

 保持者たちが帰り支度をしている中、要の前に東京三人組が直立不動に並び、


「また来させていただきます」


 と言って、一斉に頭を下げてからバスに乗り込んだのは意外だった。

 中坊三人組は 水中催眠イリュージョンを食らって、何かが目覚めたようだ。

 その要は、飛び上がるほど驚いて微笑ましかったが、彩水がそれを見て渋い顔。

 城野内緋奈は、三島の呼んだタクシーでその場でわかれることに。

 幹部一行は、送迎バスに乗った保持者たちを、路上から送り出した。






 道場に戻ってそれぞれが椅子に座り休むと、いつの間にか要が俺の横に座って微笑んできた。


「さきほどは、ごめんなさい。ミスって逃げちゃいました」

「いやっ、それは……」


 俺の言葉をさえぎって彩水が、俺たちに猛然と食ってかかった。


「今日の能力大会ってどういうこと? 私まったく知らなかったんだけど。忍ちゃんは片手で炎消すし、要にいたっては暗闇作ったり、突然何度も消えたり、西浦たちまで消したり意味わからない。一体全体なんなのよ!」

「俺も美濃の硫酸には驚いた。他によくわからないことも多かったぞ」


 今村も言い出すと、結菜もそうよと片手を挙げ、続いて直人も事態についていけなかったと言葉の追随をした。

 麻衣と純子は二人でヒソヒソ話し合って傍観を決めている。

 二人は俺や要の近くにいたから、体制がついているようだ。


「そろそろ、ある程度は話していいんじゃない?」


 テーブルの奥に座る竹宮女医が、経理の中村さんが急須でお茶を注いだ一杯を飲みながら話しかけた。


「そうね。何人かの保持者たちが実演してくれましたから、話します」


 立ち上がった要に回りは注目した。


「まずは今日の騒ぎは、上位者による悪戯です」

「ああっ、度が過ぎてたが、それは何となくわかった」


 彩水が腕を組んで要に対峙した。


「城野内さんたちも、反省はしてると思います。その能力も上位者ランクでS級と断定してます。そこに私と忍君も入るのですが、ここでは彩水も入りますね」

「僕たちもあの、なんちゃらデバイスを頭に乗せるとS級になれるってことですか?」


 今村が的確に自分の願望から答えを求めてきた。


「まあ、練習しだいでしょう」


 場が騒がしくなり、麻衣でさえキラキラした目を俺に向けてきた。

 女医が何度か手を叩いて補足する。


「あのデバイスは高級品で、一人一台とか無理だから期待しないように」


 途端にその場にため息が漏れた。


「なにげに、スルーしそうだけど、要と忍の能力は聞かせてくれるんだよな」


 彩水が頬を膨らませながら言った。


「そうね……では」


 少し嫌そうな顔になった要は、俺に顔を向けてきたので、目を合わせないようによそ見をする。

 彼女はあきらめたのか、溜息をして話し出した。


「……零の聖域の講習ですね」


 それから説明と軽い実演を混ぜて、二十分ほど勉強会が続いた。

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