第74話 東京出張(二)対立

 俺が栞の座った車椅子を押しながら東京駅の改札口に出ると、希教道東京支部を運営している渋谷さんが出迎えた。

 目黒のマンションの一室を使った小さな事務所長で、栞の元回復訓練士だという。


「ようこそ、栞さん」

「今日はよろしくね」

「はい、でも新幹線ホーム内で何かあったようですが大丈夫でしたか?」

「捕り物劇があったけど、問題ないですよ」

「そうですか、ではワゴン車を用意しましたので、そこまで送ります」 

「お願いしますね」


 俺たちに一礼した若い支部長は、栞の車椅子のグリップを掴み押し出した。

 手の空いた俺は麻衣と並んでついていくと、栞が何度も俺たちを振り返っては膨れた顔を見せる。

 地下の駐車場に出て白のワゴン車に着くと、最後部座席に人が乗っているのがわかった。

 スライドドアを引くと、ひざを抱えて携帯電話をいじっている学生服姿の西浦が見える。

 俺たちに首を向けると憔悴した顔が目についたが、西浦の方も車椅子の栞を見ると目を細めていた。


「よーっ、元気か?」


 声をかけるが、小さな声で


「あとで話す」


 と言って黙ってしまう。

 俺が栞と麻衣に肩をすくめて見ると、指名依頼の念話が入ってきた。


『忍君、私を乗せて』

 ――おーい、そろそろ要と交代しないか?

『今日は栞として通すつもりです』

 ――そっ、そうなのか? よくわからんが……面倒だぞ。

『そのときは忍君に任せますので、よろしくお願いします』


 車椅子の栞を見下ろすと、俺に微笑み返した。

 しかたなく、麻衣をチラ見しながら、栞をお姫様抱っこしてワゴン車の中席に座らせたが、案の定麻衣が半眼で俺をにらんでくる。

 高田さんは事件のあとも一定の距離を離れながらついてくるが、ワゴン車には入ってこなかったので、栞に聞くと前もって行き先は教えてあるので、わからないようについて来るそうだという。






 移動したワゴン車は、M大学の駐車場についた。

 学内研究室へは、西浦を含めた五人で白衣姿の三田村教授に会う。


「ほう、君が栞君のパートナーか、よろしく」

「はあっ、こちらこそよろしく」


 挨拶もそこそこに、俺は教授の能力実験に付き合うこととなった。

 その一つにガンツフェルト室を使い、感覚遮断で時空移フライトを試すこととなって胸が高鳴った。

 竹宮女医から借りて持ち込んだ小型版脳波測定器のヘッドデバイスを、麻衣と栞から頭に取り付けられる。

 だが、四回挑戦したが、栞のように移動はできず失敗として終了。

 時空移フライトは俺には無理なのか、イメージが足りないのかわからないが、落胆は大きかった。

 三田村教授から人が扱う能力だから、得意、不得意があると教わるが、慰めにしかならず黒皮革の椅子に座ったまま肩を落とす。


「ご苦労さん。また、次の機会に頑張れば、きっと扱えるようになるよ」


 そこへ麻衣から声をかけられ肩をもまれると、栞から手を握られて励まされた。


「逆に良かったかも知れません。脳に激しく負担がかかるものですから」

「俺も未来とか見て、いろいろ知りたかったんだよな」

「私もそんな未来を知りえてないんですよ。女医に止められているから、今は未来を見た記憶から情報を引き出すたけですし」


 二人から慰められながらガンツフェルト室を出ると、突然叫び声が上がった。

 驚いた麻衣が俺にしがみついてきたので、抱きかかえながら声の方向に目をやると、西浦がひっくり返って怯えるように後ずさりしていた。


『忍君。まやかしイミテーションにやられてるわ』

 ――西浦が?


 栞の念話から俺もすぐ遠隔視オブザーバーで西浦目線を見ると、西浦の片足に足を乗せている上半身裸の男がいた。

 灰色肌で背は低いが、小太りで重圧感を感じさせた。

 まるで中世ファンタジーに出てくるゴブリンである。

 口から泡を吐いて鬼の形相でにらみ、リアルに存在感をアピールしていた。

 右手に握っていた棍棒を突然持ち上げると、西浦はまた恐怖の声を上げて両手で顔をかばう。

 棍棒が振りぬこうとしたら、コブリンは唐突に消滅した。

 麻衣は何が起きたかわからないようで、引き気味に西浦を見ている。


「どうしたの?」

「麻衣は見えた?」

「ううん、わからないけど、何かいたの?」

「コブリンみたいのがいて、すぐ消えた」

「えーっ」


 麻衣を含めて教授や渋谷さんが声を上げる。


 ――栞が消したのか?

『いいえ、唱えたけど間に合わなかったと思う……たぶん現した人物が消したんじゃないかと』

 ――どういうこと?

『何かの忠告……じゃないかしら』

 

 休憩所のテーブルを四人で囲って、落ち着きを取り戻した西浦から話を聞くことになった。

 西浦を対面に栞、俺、麻衣が聞き役で折りたたみ椅子に座る。

 渋谷さんはトラブルは知っているようで、立って三田村教授に状況説明をしていた。


「さっきのゴブリンは、美濃か? 人物まで表現できたのか」

「彩水と同程度だと思ってましたが……」

「仕込んでいるのが誰かは知りません。ただ、美濃たちのグループと険悪になってから、俺たちに干渉するように怪物が現れるようになったんです」

「メールだけの内容で、こちらの状況は詳しく知らないから、始めから話してくれるかしら」


 栞の催促で、西浦が要約した話を語った。

 保持者のオフ会合後に美濃正が、東京組みを呼んで東京グループを結成。

 従順な女子四人組、夏目、三鷹、野村、村山に、新参の天羽って女性が加わった話で質問が入る。


「天羽? 誰かしら」

「名前は陽菜で、十六歳のヒッキーと自分で言ってました。美濃の前からの知り合いだそうで、能力は同程度だそうです」

「そう、美濃と同じね」






 ここで東京組み、能力ランクを思い出してみた。

 女子 夏目(十七歳) Bー1  三鷹(十六歳) Bー2  野村(十六歳) Bー1  村山(十五歳) Bー2

 男子 西浦(十五歳) Bー1  宮本(十五歳) Bー1  芝 (十四歳) Bー2  

 城野内緋奈(十七歳)高三    Aー2 脳デバイス装着でSー1 数値自己申告はBー2 

 美濃正  (十七歳)高二    Aー1 (+Sー2)        数値自己申告はAー2

 天羽陽菜 (十六歳)引きこもり Aー1 (+Sー2)


 Bランクは、失敗が多い残留思念抽出。

 Aランクは、確実な残留思念抽出。

 Sランクは、まやかし、遠隔視など。

 数字の1・2は上と下になる。

 + そのランク上位への能力取得中。







 考え込む栞だが、西浦が話を進めた。

 他のメンバーは男子組の西浦、芝、宮本を入れて合計九人。


「京都グループです」


 問題の城野内緋奈は、場所が違うと言って参加しなかったようだ。


「東京に住んでるのにな」

「地元が好きなんでしょう」


 その東京グループに渋谷さんが東京支部と合流するか聞いたら、却下され独自の団体としていく旨を告げてきた。

 西浦も希教道の支部かと思ってたら、美濃の独立組織、それもグループ・天誅と勝手に名前まで決まっていたと知って、その段階で西浦を含めた数人が反対を決める。

 すぐ問題も発覚、新しく加わった天羽の発案から、G・天誅の趣旨としてネットで人を呪う依頼を受けて能力を使って実行する話が出たこと。

 実際にまやかしイミテーションで依頼ターゲットをのろい始めていて、状況や成功の確認などを手伝った者にお金が入るようになっていた。


「ここで、呪い依頼に不快を感じた者と、バイト間隔で悪人を懲らしめる者にグループが分かれてしまった感じです」

「能力の悪い使い方だわ」

「肯定して参加した者たちは、こぞって能力開発に前向きになれたとか言ってました」

「まずいね」


 対立組は西浦と他女子三人と、美濃と他四人グループに分かれたという。


「西浦君は、他の二人の男子と一緒じゃなかったの?」

「俺は呪いに不快を感じましたけど、あいつらはお金入るって知ったら向こう側につきましたよ。もう連絡も取ってないです」


 思った以上に話が進んでいて、俺たち上京組みは顔を見合わせてしまった。


「でも、呪い依頼に不参加した全員恐ろしいまやかしイミテーションを見始めて、俺たちも呪いのターゲットにされたと気づいたんです。だから、すぐ城野内さんに相談しましたよ」

「脳デバイスあるから、彼女もまやかしイミテーションの候補者にもなれないか?」


 俺が何気なく聞くと首を振る西浦。


「城野内さんは、そんな人じゃないです。実際に美濃に直接抗議してくれたんです……でも相手は知らぬ存ぜぬで」

「ストレートに抗議とか、彼女らしいですね」

「それでも、恐怖のまやかしイミテーションは止まず、城野内さんにも現れるようになりました」

「彼女も敵対勢力にされたのか」

「だから城野内さんを含めて、反対したメンバー全員が家に閉じこもっている状態なんです」

「そうなるよね」


 経験者の麻衣がうなずきながら言った。


「希教道での事務所侵入現行犯のように、シッポ掴まないと駄目かしら」

「収入があるってことは、またあの大野って探偵事務所がかかわっているのかな?」

「探偵事務所は知りませんけど、いいスポンサーを紹介されたと言ってましたね」

「なんだろう?」

「忍君、ちょっと一緒に調べてみますか」

「えっ、これから調べに出かけると、美濃と会う予定とか狂わない? 代議士との食事会も控えてるし」


 栞の発言に、麻衣が諭すように言う。


「美濃や代議士に会う予定は変わらないけど、その前に事前情報の取得をしておくことにするってことです。零の翔者としてです」

「ああ、ここでするのね」


 納得する麻衣に、西浦が目を見開いて聞いてきた。


「この場で情報収集なんてできるんですか?」


 俺は西浦の肩に手をかけて、集中するから静かにと話して念話に切り替えた。


 ――探偵事務所の大野が関係しているか、俺が視に行って調べる。美濃自信の今の状況も視ておこうか?

『お願いします。私は天羽陽菜がどんな人物か、調べてみます』

 ――ああ。やっぱり栞も天羽ってのに引っかかるか?

『私が視た未来の情報の重要人物に、関係あるかも知れないです』

 ――重要人物? 栞がわかっている未来を、変えようってことか?

『無理です。情報を知って行動を起こしても、その行動自体が知った未来を形作っていくんです。これは私じゃなくて、要の実体験です』

 ――やはり事件が起きることを知っても、止めることはできないってこと。

『はい』


 栞は念話を切り上げて、向かいに座っている西浦に声をかける。


残留思念抽出サルベージするから、少し触らせて」

「あっ、はい」


 少し赤面したような西浦の胸に、手をかざした。

 栞がやろうとしているのは、読み取り遠隔視リーディングオブザーバー

 俺が前に彼女からあづかった緑のファイルの残留思念を通して、会長目線の遠隔視オブザーバーができた方法である。

 そこから、現在の天羽陽菜の状況を調べるようだ。

 俺も大野をイメージして、遠隔視オブザーバーで調べるためリンクに集中する。






 五分ほど、その場は沈黙した状態だったが、栞が口を開いた。


「忍君、どうですか?」


 その声で俺は、美濃目線を切り上げて休憩所に戻った。


「ああ、大野の方は探偵の仕事でしばらく大阪に行っている。次期からしても白とわかる」

「私は、西浦君の残留思念抽出サルベージした記憶から、天羽陽菜がどんな人物か調べたのだけど……のぞけませんでした」

「リンクできないって……もしや」

「天羽陽菜がまやかしイミテーションの疑いが出てきました」

「西浦は何か聞いてた?」

「俺は全然……それって、オフ会の城野内さんのやってたことですよね」

「そうね。引っ張り出すのが面倒かも」

「でも、天羽がまやかしイミテーションなら、面通しで一回は会っているんじゃないか?」


 俺の質問に、西浦は首を傾けながら話した。


「そういえば、天羽は美濃さんの携帯の写メで、みんなに紹介されたのが始めでしたね。その後に会ったときは、いつも美濃さんの横で静かにしている感じで、話をしたことないんです」

「美濃と会えば、なんとかなるんじゃ? その美濃だけど、今は自宅らしい部屋でパソコンを操作していた」

「ネットのチェックかしら?」


 麻衣が会話に加わる。


「当たり。巨大掲示板のようなサイト見てた」  

「呼び出せばすぐ来そうね。ついでに城野内さんも交えて会ってみますか」

「城野内も遠隔視オブザーバーでのぞいてたのか」

「自室で、あの愉快な人を相手にまやかしイミテーションの練習してましたよ」

「愉快な人って、付き人? 誰だったかな」

「三島さんですよ」


 西浦が苦笑いしてフォローを入れる。

 栞は携帯電話を取り出して、城野内を呼び出した。

 それでこの場に美濃も呼ぶことにして、連絡を入れる。






 三田村教授に挨拶して研究所を出たあと、昼食を済ませて待ち合わせの場所に向かう。


「美濃は来るでしょうか?」


 ワゴン車の助手席に座っていた西浦が、後部座席の俺たちに話しかける。


「しぶしぶだけど、承知したわよ」


 俺の左手に座る栞がそれに答える。


「さすが、白咲さんです。俺たちなんか、指示された場所に呼びつけられるだけでしたよ」

「横暴なのね」


 俺の右手に座る麻衣がそれを非難する。


「美濃は一人で? それともグループで来るのか?」

「たぶん一人。連れてくるとしても一人ぐらいじゃないかしら」

「じゃあ、例の天羽辺りかな」

「そうですね」

    

 待ち合わせ場所は、城野内の住んでる世田谷区の駅前喫茶店ふきのとう。

 栞は高田さんに予定が変わったと、携帯電話で連絡を入れると美濃と直接会うのは控えて、渋谷さんと駐車場のワゴン車に残ることを約束させられた。

 それで残った俺たちと、ポニーテールをしたミニスカート姿の要イミテーションで会うこととなる。

 このまやかしの要イミテーションは、俺の自己遮断メデューサで栞は解除しているので見えている。

 麻衣と西浦は理解してたので、車椅子の栞から動き回る要に変わったことには驚かなかった。

 その四人で喫茶店の入り口まで来ると、向かいから呼び止められた。


「広瀬君? 浅間さんも? こいつは驚いた」


 俺と麻衣が横を向くと、あごひげを生やしたむさ苦しいサラリーマン風の男性が立っていた。


「小出さん?」


 俺と麻衣、後ろにいたまやかしの要イミテーションで、声がハモっていた。


「おっ、希教道の拝み屋さんまで一緒ってことは……ちょっと話しない?」

「それはいいですが、俺たちも人と待ち合わせなもので」

「この喫茶店で? もしかして、城野内さんかな」

「えっ?」


 俺と麻衣、西浦が顔を見合わせる。


「謎の拝み屋さんとご隠居の力を継いだと言われるお孫さんが知り合いって、ライター心くすぐられるな」

「さすがフリーライターさん、今度は何を探っているんですか?」


 要が俺たちの前に出て、小出さんと対峙した。


「小出さん知っているの?」


 俺が素朴な質問をすると、彼女は半眼で見返した。


「忍君がバードに怪我を負わされて入院しているとき、希教道を教えた記者がいたじゃないですか」

 思い出して手を叩くと、要が失笑しながら念話に切り替えてきた。


『忍君の紹介だったから、私も拝み屋として会ったんですよ』

 ――ごめん、忘れていた。もしかして、記者として心証悪かった?

『いえ、まともで正直な記者だったので、良い意味で記憶に残りましたよ』

 ――よかった。俺も信用のおける人だと思っていたから、つい場所とか教えてたんだ。


「ちょっと、ちょっと、2人でまた見詰め合って黙ってないの」


 麻衣が俺の肩を引っ張ったので話を切り上げると、小出さんが提案してきた。


「城野内さんとも話がしたいんだけど、一緒について行っていいかな?」

「ここに居たのは、出てくるのを待っていたんですか?」


 麻衣が首を傾げて聞いた。


「城野内さんに自宅取材したけど、付き人に追い払われてね。外出したから、きっかけを探してたんだよ」

「ああっ、それで」

「彼女に何の取材ですか?」


 今度は要が質問した。


「もちろん、昨日自殺した同級生についてですよ」


 俺は今話題の若者の連鎖自殺を思い出して固まると、麻衣も驚いて俺の腕を掴んできた。

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