第65話 Sの東京と時空移(三)

 東京の大雪から一週間後。

 地元の町内会から集会所を借りて、近所のお年より相手に拝み屋の占いをやっていたところ、中山代議士の話から柳都大学所属の教授と谷崎製薬の会長一行がアポなしでやってきた。

 谷崎会長と聞いて、心の中が色めき立ってしまう。

 IIM2の責任者。

 谷崎会長は女性の秘書と白髪の混じった銀縁メガネの男性を連れて、ロビーに来ていた。

 白髪だが、意外とがっしりした体系が六十代を感じさせない若々しさを醸し出している。

 三人とも黒系列のスーツを着て、場違いのように浮いていたが、私も巫女装束で車椅子に座ったまま面会をした。


「製薬会社の谷崎会長に、神経科学専門の石田教授です」


 叔父が、竹宮女医と私に紹介してくれる。


「おおっ、可愛い巫女だね。霊視とか本当にやれるのかな?」


 この会長は、どうも私が孫だと認識してないらしい。

 それとも縁を切った父の娘など、本当に他人と思っているのか。


「地元から有能な能力者が居ると聞いて、見学させてもらいに来たんだが、いいかな」

「どちらからのお話ですか?」


 竹宮女医がいぶかしげに聞いた。


「これは失礼。中山代議士からうかがったんだよ。同じ郷里のよしみとしてね」

「中山さんからですか?」


 けっこうおしゃべりな代議士さんだ。

 あとで叔父から注意してもらおう。


「ああ、それで拝み屋の占いというのは、的中率はどうなのかね? 実用性が低ければ価値や評価が下がるんだが」


 この石田教授は、実験やその結果に終始する人物のようで、私自身気分が下がった。

 しかたなく催促されるまま、二人から残留思念抽出サルベージをして当たり障りのない情報を引き出してみた。


「昨日、お孫さんでしょうか、プレゼントをもらわれましたね。ネクタイピンです。お誕生日ですか?」

「まだ誰にも話してないのに……そんなはずない、デタラメだ。これは何のトリックだ?」


 いきなり青くなる石田教授。


「会長の昨日は、東京で仕事での懇談会をしてます。相手はアメリカの金融関係の方ですね」

「まさか。ありえん。こんなことって……」


 谷崎会長は、後ろの女秘書に顔を向けて少し焦っていた。

 女秘書も酷く驚いている。

 あれっ、ちょっと観ただけなのに、秘密だった? 

 あわてて取り繕うように教授に質問する会長。


「これはどう思うかね、教授。事前に我々が来ることを予想して、何かしらの方法で情報を仕入れたことかな?」

「集団催眠にでもかかってなければ、事前調査されてたことでしょう。触っただけで情報がわかるなど、ありえませんから」

「そうなるよの。だが、その調査能力は凄いものじゃないのか?」

「それはそれで、優れた情報伝達能力ですな。トリックでもどうやったのか興味持ちますね」


 冷や汗交じりで答える石田教授。

 そのまま私を無視して、二人だけで会話を始めうんざりする。


「情報を集める組織があって、それが機能していることかな」

「携帯電話やインターネットがあるんですから、情報など一瞬にして手に入りますよ。案外、単純なトリックでしょう」

「そうか、簡単なものか?」

「まあっ、ありていに言って、縁日の出し物みたいなものでしょうか」

「出し物と?」

「昔の縁日の夜店で売っていた、勝手に前後左右に動くダルマを知りませんか? 小さいときだったので、衝撃的で非常に興味を持ちまして、その動くダルマを買いましたよ。動く原理が知りたくてすぐ持ち帰ると、今度はなぜかダルマは動かなく、後ろの封をしてある紙をカッターで切ると中には弱ったカナぶんが入ってただけでした。落胆の大きかったことはないですね。お金を騙し取られた気分でしたが、今思うとアイデア料というか、トリックの種明かし料ですね」

「はははっ、巫女の占いは、それに類するものか? トリックを暴いて落胆するのかね」

「ええっ。だが、面白い。この手を種明かしをするのは楽しそうだ。三田村教授のように私も研究をしてみましょうか」

「ふむっ、ほどほどにな」


 何このおじいちゃん達、ぜんぜーん思考が違うんですけど。


「白咲さんの 能力トリックを知りたい。ぜひ、うちの研究に参加してくれないかな?」


 一息ついたあと、石田教授が勧誘してきたが、私をマジシャンか何かと勘違いでもしているのかしら。


「私の能力を信じてらっしゃらないのに、なぜ研究などされるのですか?」

「だから研究なのだよ。組織だった情報網を裏に隠し持っていなければ、なおのこと知りたい研究対象だね」

「遠慮させてもらいます。これからもう一つ大きな枠でやっていくつもりなので」

「と言うと?」

「人が増えそうなので、道場というか、教団を立ち上げる予定です」

「ほっ、そうなのか、残念だ。……うむ、それでも、何かの機会があったら、ぜひ来て欲しいな」


 会長は、しきりに未来視の話を叔父や竹宮女医に話していて、今後の会社の状態や株の変動を知りたかったことを匂わせた。

 だが、竹宮女医にまだ研究段階で、ここでは設備もなく無理だと断ってくれた。


「まだまだ、実用性は無理ってことかね」


 そう言って落胆する会長。


「中山代議士の先走り感がいなめないかな」


 とぼやいて会長たちは帰っていった。

 何だったのかしら、この人たち。



 ***



 叔父の車で下校後、リハビリセンターの個室に戻って、竹宮女医の脳波検診を待っていた。

 谷崎知美と広瀬忍の事故以降の生活に変化はないか、定期的な巡回調査をするため遠隔視オブザーバーを使う。

 今回も谷崎知美の弓道場でのマネージャーの仕事を見てから、広瀬忍をのぞいたらシャワー中だったので即効で戻ってくる。

 おかげで、少し興奮してしまう。

 鏡に映った忍君の上半身の筋肉に少年の憧れを抱いて、自分が抱かれているところを描いて赤面した。

 忍君とこの先会うことが、かなうのかわからないと自分を戒める。

 要の話で記憶に鍵がかかってるって言うし……少し寂しい。

 時空移フライトを使って、その辺の情報が観れないかと、軽い気持ちで目を閉じ未来の私と忍君を想像して集中してみた。

 





 零の聖域である真の暗闇を自覚して目を開く。

 仰向けになって天井を見ていたが、暗いが首を動かし周りを見渡すとリハビリセンターの個室でないとすぐわかった。

 ここは道場の私の部屋と確認する。

 そして、ジメッとした暑さが移動したのだと実感できた。


 ――あれっ、一発成功? 


 冬から夏の熱帯夜に来たようで、体が汗でべとついている。

 これは上手くいったようね。

 ただベッドで横になったまま、下半身がズキズキして少しおかしい。

 目が暗闇に慣れてきたので、時間や日にちを知るため携帯電話を探しに上半身を起こすと、タオルケットが落ちて下着もつけてない裸体だったことに気づく。

 すぐ隣に人の影を見つけ体が震えた。

 こちら側に顔を向けて裸体のまま寝ているが、暗くて誰かわからない。

 ただ、肩の広さから男性だと確認できたが、驚いてしばらく頭が真っ白になった。


 ――この人とエッチしてた? 


 相手をよく観察すると、髪形や体の背格好の雰囲気に思い当たる節が出てきて、段々と期待で胸が高まってきた。

 ひじをついて、寝ている相手の面差しがわかるまで目線を近づけ確認してみると、遠隔視オブザーバー移動で見慣れた顔と確認できた。


 ――忍君。……彼としちゃったの?


 しばらく、私は惚けてしまった。

 それから頬を緩ませて忍君の顔を見ながら、胸の深部から湧き上がった幸福感を受け止めていた。

 ついでに、何度か肩にちょっと触ってみたりした。


 ――これはいつなの?


 もう一度、近くに携帯電話はないか確認すると、ベッドの横に車椅子が横付けされているのに気づいた。

 その椅子部分に手を伸ばしてみると、携帯電話の感触を得て取り上げた。

 すぐ確認すると、十七歳の誕生日だった。

 日記帳をのぞくと大文字で、


『やっーっ! 初エッチの日』


 とあり、数十分前に書き込まれたものだと気がつく。


 ――しちゃったあとに打ち込んだのかしら。


 他の情報も知りたくなって、過去の日記を見ると一ヶ月ごとに、その月の大まかな状況が書き記されていた。

 目についたのが、マスコミを大々的に騒がせた事件の陰に、殺人鬼保持者が出た記述。

 厄介なことが起きるのね。

 他も過去へ遡って読み続けた。

 希教道に保持者が来ること。

 その保持者の一部が悪戯をしたこと。

 IIM2の一般発売。 

 谷崎会長との会談。

 忍君の勧誘の成功。

 眠り王子。

 忍君目当てのライバルが出たこと。

 谷崎会長と谷崎社長のIIM2説得の失敗。エトセトラ……。

 読んでいって、これから起きることを知ってしまうのは、良いことなのか、まずいことなのか分からず不安に変わっていった。

 携帯電話を閉じて、忍君に寄り添うように横になって目をつぶる。

 意識を落ち着かせて帰るように祈ると、ちょうど竹宮女医が脳波測定器のヘッドデバイスを私の頭に装着しているところに戻った。

 数十秒程度の誤差で現在の私に帰ってきたようだ。


「ガンツフェルト室使わずに未来視できました。今、行って来ましたよ」

「本当? 何か変な症状とか出てない?」


 竹宮女医が、驚いて測定器を起動させて脳波検査を開始した。

 その間に、未来視の日記帳で読んだことをメモしていった。

 五分ほどで脳波検査は異常なしと出たので、時空移フライトの感触を確かめたくて、すぐにでも続けて試してみようと思った。


「もう一度やってみます」

「えっ? やけに張り切ってるね。ふーん。今の未来視で旦那様にでもあったのかしら?」


 からかってきた女医だが、私は顔を真っ赤にして思いっきり顔を横に振っていた。

 すぐ心の中で時空移フライトとして十七歳の私をイメージすると、真の暗闇から明るい部屋に出た。






 希教道の私の部屋で寝巻き姿のまま車椅子に座っていた。

 零の聖域に時空移フライト用の道がつくれたようで、他の能力と同じでスムーズに行使できるようになったようだ。


「おっ、目が覚めた?」


 隣から男性の声。忍君だ。


「あっ。うっ、うん」


 生返事で見上げると、近づいてきて私を抱き上げる。


「えっ、あっ、ええ」

「どうしたの? 寝ぼけている? 栞の部屋だよ。それとも今は要のまま?」


 そう言って、彼は私をベッドに寝させ布団を被せる。


「今日は俺、帰るから、ゆっくり睡眠を取るといいよ。疲れているだろ?」


 そうなの? 

 そう思っていると忍君の顔が近づき、唇が合わさった。


 ――えええっ。


 混乱しながらも、目を閉じるが体は硬直してしまう。

 しばらくして顔を上げる忍君。


「今日はやっぱり疲れているんだ。いつもなら、もっと積極的なのに」

「わっ、私はそんなんじゃ……」

「うん。わかった、わかった。何かあったら零感応エアコネクトで連絡して」


 彼はベッドから離れると部屋から出て行った。

 私はゆっくり唇に手を当てて、


「これって未来の私だけど、現在の私だと小学生以来の二度目のキス……」


 話しながら耳まで真っ赤になる。


 ――いやいや、まずは、今の時間を調べなければ。


 ベッド横のテーブルを調べるが、携帯電話は置いてなく、上半身を起こすと車椅子に引っ掛けてあるポシェットに目が行く。

 ベッドの端まで移動して車椅子に手を伸ばすと、何とか引き寄せることができた。

 ポシェットを手に取って、中を調べると携帯電話が入っていた。

 すぐ三年後の八月とわかったが、日記帳を見ると恐ろしいことが書かれていた。






 一旦現在に戻ったが、いろいろ気になる記述が目に入っていたので、さらに未来にもう一度飛んでみようと、目を閉じて心の中で三年後の私をイメージした。

 だが、真の暗闇から未来の自分に何も繋がらなかった。


 ――失敗?


 何か間違っているのかしら? 

 竹宮女医を通して聞いた、要が未来にいけなくなった時空移フライトの話を思い出して嫌な予感がした。

 もう一度やってみるが、やはり暗闇から先に行けないようで、何も起こらず落胆する。

 ……と思っていたら、頭部に強烈な痛みが襲ってきた。


「いたっ」


 静止していられなくなり、車椅子から転げ落ちるように倒れた。

 焦った竹宮女医が、訓練士の渋谷さんを呼びながら、頭からヘッドデバイスを外した。

 額部分から来る激しい痛みを耐えていると、意識が混濁して途切れた。






 目が覚めて痛みもなくなったよく日、精密検査を受けて脳に対する問題を聞かされた。


 ――脳の腫瘍が進行して膨張したと。


 竹宮女医から時空移フライトは他の能力と違って、脳への負担が大きいようなことを聞かされ連続はもちろん、むやみに使用しない指示を受けた。

 私はそれ以降、憂鬱な日々をしばらく送ることになった。

 リハビリセンターの個室に戻り車椅子に座ったまま、窓の外に写る雪景色の雑木林を黙って眺める。

 三年後の日記帳の記述と、時空移フライトがそれ以後に行けないことが憂鬱にさせた。

 その意味することがなんなのか、思い浮かべると胸が重くなってくる。

 ガラスに映りこんだ自分の泣き顔に気づき、うんざりしてその場を離れた。

 竹宮女医の指示と裏腹に、私は三年後を見据えて能力向上を図ることに決める。


 ――未来に備えて強くあろうと。


 時空移フライト自体にも絶大の魅力があり、倒れたときの痛みを忘れると使い出し、女医に知れるとお小言をもらうようになった。

 また東京の三田村教授に偽者イミテーション遠隔視オブザーバーを使って何度かおじゃまして、アドバイスを聞き練習を重ねた。

 竹宮女医に見つかって、小言をそのつど言われるが繰り返した。

 その甲斐あって要の元々あった能力と同じレベル、3Sトリプルエスに私はなっていた。



 ***



時空移フライトは俺にもできるかな?」


 柳都十番街モールにある喫茶店で操作訓練を終えた俺は、要スタイルイミテーションの栞と向かい合って休んでいた。


「能力の向き不向きもあるので、やってみるまではわかりません。でも、何が起こるかわからないのでお勧めしませんよ」

「そうだよな」


 過去改変で要か生まれ、未来視では栞に何かあったようだし難しそうだ。


「その東京から戻ってから、拝み屋を“希教道”に変えて名のるようになったわけです」

「話に出ていた朝野大臣には会ったの?」

偽者イミテーション遠隔視オブザーバーを使って、占いの真似事をやりに行ってきました」

「東京には、何度も零の翔者で出張してたんだな」

「ええ、三田村教授の研究もあるので、今もちょくちょく」

「そういえば高田さんって、朝野大臣関係? バードの情報持ってたけど」

「中学三年の春から希教道のスタッフとして加わったんですが、実際は私個人の護衛として朝野大臣が計らってくれました。アフガンで傭兵PMSCをしたことがある戦歴ですって」

「えっ、そんな人だったの?」

「PSCって言う民間保安会社の社員で、詳しい情報もそこからですね」

「へーっ」


 ウエイトレスが、水か少なくなったコップに注ぎにきたが、要スタイルイミテーションの栞は見えてないので一人分を継ぎ足して戻っていった。


「高田さんの助言で、私は教祖から下りて別の人に入ってもらうことになったんです。私の中で教祖はいつも車椅子の横に居てくれるシノブくんなのですが」

「柴犬の名前は何とかならない? 相変わらず混乱するんだが」

「こののままでいいです」


 少しすねた風に顔を背ける栞。


「いいよ。わかったよ」

「シノブくんは、活躍しているんですよ」

「んっ? ああ、いつかの屋上で今村たちを撃退したことかな」


 イメージしている本人だとそうなるのだが、彼らの中では別物になってないか? 

 まあいいが。 


「それもありますが、忍君の転校前の高校でシノブくん暴れさせたことあるんですよ」

 俺は眉を寄せて偽者イミテーションの栞を凝視する。

「学級閉鎖があったり、上級生が入院したのはご愛嬌ですけど」


 栞はさらりと怖いことを言って笑みを見せた。


「ついでにこの際だから言っちゃいます。忍君の引越し先を希教道の前のマンションに誘導したのは私です」


 俺は何かの糸に巻き取られていたことに、驚愕と少しの興奮を覚えた。






――――――――――――――――――――――――――――――――

 今回で「少女語り編」終了です。読んでいただきありがとうございました。

 次から第四部「教団編」に入ります。

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