第64話 Sの東京と時空移(二)

 竹宮女医の携帯電話に、叔父から友人と一緒に来ると連絡が入った。


「例の代議士とですか? 本当に会いに来るんですか」

「そのようね。教授と同じで、能力の魅力を教えればバックアップしてもらえるかもよ」

「代議士が拝み屋に興味あるのも変だけど、私はそもそも政治には興味ないんですけど」

「例の能力者狩りを防ぐには、ロビー活動も必要になってくるでしょ?」

「それは、そうですが……」


 要の時間軸は、私のこの世界と異なっているという。

 能力保持者は刈り取られる運命で、私の時間軸にもやってくるだろうと推測している。

 対抗するために、保持者はまとまり、協力者を募らなければならない。

 そして、私自身も要ができた未来視、時空移フライトの取得がしたかった。

 本当に能力保持者が刈られる運命なのか。

 要は写真を見てその場をイメージすれば、時空移フライトはできるという。

 だけど、私はそれだけでは発動しなかった。

 違いは何か? 

 それとも、私に能力はないのか。


「道がないからかもしれない」


 と三田村教授が話す。


「有名な霊能者を含めて何十人と能力ある者を見てきたが、たえず力を発揮することは稀だ。そこにいたるまでの努力の道が必要」

「道ですか? 弓道みたいな?」


 M大学内の研究施設の窓から見える弓道場で、弓を引く男性を見ながら言ってみる。


「弓道か、悪くない。能力の向上に一役買うだろう」


 私は無理だけど、要はやりそう。


「根元的実在を広げること、精神の奥に潜在している霊性を発揮させる道を開発することを目指そうか」


 零の聖域への道を作るってことでいいのかしら。


「じゃあ、それはどうしたらよいのですか?」

「感覚遮断がいいだろう。うちの研究所には、優れた防音設備の部屋を設置してもらっている」

「感覚遮断って何をするんですか?」


 要からはテーブル上での集中練習ばかりだったと聞いていたけど、出会う時間がずれたから内容も変わったようだわ。


「個室に入り外の雑音がなくなり集中力は高められる。一時的なことで長時間閉じこもる必要はない。元はガンツフェルトという遠隔感応能力テレパシーの実験に使うんだが、栞君の能力の呼び水になるんじゃないかな?」

「ぜひやってみたいです」


 物事何をやるにも、最初は弾みが必要。







 その部屋は六畳ほどの大きさで窓がなく、天井に埋め込まれた四つの照明が中央に置いてある黒のリラックスチェアに設置してあった。

 他に何も置いてないシンプルな室内に入り、渋谷さんに手伝ってもらい車椅子から柔らかな黒皮革の椅子へ座る。

 イメージするために持ってきた希教道の外観写真をゆっくり眺めながら一週間後と唱えたあと、隣に設置してあるミニテーブルの上に置いてある球体のメガネを装着する。

 ついでに竹宮女医が持ってきた、小型版脳波測定器のヘッドデバイスを頭に取り付けられる。

 女医たちが部屋を出たあと、天井のスピーカーから教授の声が聞こえて、照明が赤色に変わり点滅する。

 時空移フライトを試みる。

 未来の希教道にいる自分へ……。


 ――集中。


 結果は失敗。

 しかし希教道外観写真の近くで、今現在歩いている人の目線に入ることができたことは収穫だった。

 間をおいてもう一回試すことにした。

 写真も場所じゃなく自分の写った写真に変え、また一週間後だけじゃなく具体的に寝ているときの自己までをイメージすることにした。

 そこへ叔父とその友人の議員がやってきた。

 短めの髪に綺麗な紺のスーツ姿が清潔感を感じさせる人物で、竹宮女医が応対して三田村教授を交えて話したあと、休憩中の私のテーブルへやってきた。


「きみが拝み屋の栞ちゃんかい? 私は代議士の中山だ。よろしく」

「はい、来て下さってありがとうございます」

「早速で悪いが、中山君に何か見せてやれないか?」


 隣にいた叔父が話しを進めてきた。


「ははっ、本当にトリックなしでどこまで見せてくれるのかな?」


 三田村教授に椅子を勧められて、中山代議士は私の向かいに座った。

 私は無言のまま、彼の胸に手の平を掲げるように触れて元に戻す。

 怪訝な顔をする議員の前で、今の残留思念抽出サルベージから得た情報を瞬時にまとめた。


「中山代議士は、昨日の夜は寝る前まで、財政の本を読まれてますね。戸棚が図書室になって本がお好きだとわかります。朝は六時に起きてマラソンですか、健康的ですね」

「これは驚いた。本当に何か見えてるのか?」

「はい」

「別に隠れて聞き込みをしてたわけじゃありませんよ」


 叔父が言った。


「いやいや、そう言われてもな。探られてた気分なんだが?」


 疑心が拭いきれないようで、腕を組んで考え込んでいる。

 私自信も、代議士が叔父の話だけで会いにくるのに違和感を感じてたので、目の前に浮かんでいる映像群から拝み屋のイメージを集中してみた。

 要から教わった残留思念抽出サルベージの検索方式で、割り出した映像から新たな関連映像を取得し欲しい情報を選別する。


「朝野大臣との会話から依頼と受け止めたんですね? それで本物の霊感のある者を探していた。そう言うことですか」

「おいおい、私しか知らないことだぞ。家に隠しマイク設置してないだろうな」

「中山代議士の記憶ですよ。なぜなら、今の情報はパーティの席での大臣のつぶやきのような一言からの取得情報ですから」


 私の一言で代議士の顔が疑心から、まさかという気持ちに変わり言葉を失った。


「どういう理由か知りませんが、私たちと大臣の利害が一致してるようですね」


 叔父と一緒に聞いていた竹宮女医が話に入ってきた。


「それなら話は早い。見定めてもらうよ」


 中山代議士は、表情を戻して真剣な面持ちで言葉を返した。

 朝野大臣という人物は、国の未来を占うつもりかしら。

 政財界の大物たちが霊感のある占い師の顧客になるのは、古今東西よく聞く話ではある。

 上に立つ人物には、道しるべが必要なのかもしれない。


 ――それだったら私はないわ。


 そんな話は来ないだろうけど、来たら要に任せればいいと無責任な妄想をする。






 私は中山代議士たちの見ている中、二回目の時空移フライトの実験を試みた。

 結果は成功。

 零の聖域の後にすぐ暗がりから目を覚ますと、ガンツフェルトの部屋でなかったが、暗闇に目が慣れると自分の寝室のベッドだとわかる。

 寝ていたもう一人の自分に入ったのを確認。

 だが、やはり足は動かず、上半身だけ起こすとベッド横のテーブルに携帯電話が置かれていた。

 手にとって時間と日にちを確認する。

 二十四時ちょうどで、一月十九日土曜日になっている。


 ――一週間後の未来の自分に入れたってわけね。


 成功を実感して両腕を組んで、零の聖域に感謝する。

 携帯電話から情報はないか、ニュースサイトをのぞくが、知っている継続中のニュースしか目にはいらなかった。

 個人用日記帳アプリをのぞいてみると、


『フライトおめでとう、もう一人の私』


 と表題が書き込まれていた。

 日記帳の内容を見ると、三日前の大きな出来事が書かれていた。

 長く入り続けていると戻れなくなるような不安が拭えず、未来から現在の自分へ戻ることにした。

 帰りは、ガンツフェルト実験室に居る自己を思い起こして集中。

 三田村教授は帰れなかったら、


『もう一人の私と相談しよう』


 と簡単に言ってくれた。

 そんなトラブルは御免であるが、要を思うと心中察するに余りある気分になる。

 もう一人の私が起きていたら声もかけられるようだが、干渉はNGにしたい。

 時間軸の干渉だから、私が三人目の多重人格者になるとか願い下げである。

 また、もっととんでもないことも予想される。

 戻れない不安は外れて、すぐ時空移フライトした直後の自分に戻れた。

 時空移フライト前の赤いランプの点滅が続いている状態のままだ。






「四日後に東京は大雪になります」


 私の持ち帰った情報は、大人たちを困惑させた。


「大雪情報か、天気予報はどうなのだ?」


 三田村教授の疑問に、竹宮女医が携帯電話でチェックしてくれた。


「ええっと。四日後の天気予報は、雪のち雨で降雪量は少ないね。今のところ大雪予報ではないわ」


 せっかく時空移フライトを成功させたのに、微妙な反応なので日記帳の詳細を思い出してみた。


「深夜から降った雪は、40cmほど積もり午前中降り続きます。あと、朝の八時過ぎから広範囲に停電が起きて混乱するそうです。復興は昼過ぎになります」


 私は忘れていた情報を付け足した。


「具体的になっていいんだが、大雪に停電か」

「交通の移動ルートを確保しておいた方がいいかな?」


 時空移フライトは未知数なので、聞いた誰もが安易に受け取っていて懐疑的にみえた。

 私自身も未来に行って来たのが、本当だったのかあやふやな気分になるほどだ。






「もう一度、やってみます。今度は一年ぐらい先を試してみたいと思います」

「じゃあ、我々の一年後の情報を見て来れないかな? 何でもいいんだが」


 教授が提案してきた。


「いい案だ。お願いしよう」


 それぞれが気になるようで、私にお願いしだすと先ほどの懐疑的な顔が消えていて、大人はげんきんなものだと実感する。

 竹宮女医の脳波検査に異常がなかったので、再度試みることにした。

 特殊防音室に入り、同じ準備をして目を閉じる。


 ――集中。


 続けて三回目のフライトも成功。

 先ほどは寝ていた寝室で暗かったが、今度は目を開けると明るかった。

 見覚えのある壁。

 白いカーテンの間から夜の暗い窓が見えた。

 ここはリハビリセンターで、私専用の個室。

 車椅子に座って眠っていたらしい。携帯電話を取り出して時間を確認。ほぼ一年後の未来の日付で、日記帳をのぞくと代議士と教授、叔父たちの未来の有意義な情報が書き込んであり、笑みが漏れた。

 これから私は、日記帳に状況を書き記していくことをこれから習慣化するのだろうと思い当たった。

 そのあとニュースサイトをのぞいたりしてから、長居はしないで本来の私に戻った。

 また自己の額から残留思念抽出サルベージをすると、未来に行って視た映像を取り出せ新たな情報を読み取ることもできることを知る。

 時空移フライトの対価で三回目のあとから、睡魔に襲われた。

 このときの脳波検査は正常で、精神の疲弊で疲れたのだと問題はないと女医から診断される。

 要が能力を使いすぎると、対価で抗えない睡魔が来ると言ってたことが思い起こされた。

 それで実験はお開きになり、また来ると約束を交わしてホテルに帰るが、よく日の午後まで眠り続けて、研究所には行けず柳都に帰ることになった。






 大雪予告の前日は乾燥した冬の一日、天気予報も前と同じで曇り時々雪程度。

 夜も窓からは、夜景がはっきり確認できた。

 そして、大雪が降る問題の日の朝。

 私は目が覚めると直接知りたくなって、ベットの中から遠隔視オブザーバーを使い、黙って三田村教授目線を借りる。

 映像は、ちょうどカーテンが開けられて窓越しに見える東京の風景が広がるのを映していた。

 そこは吹雪いて、豪雪地帯かと思われる積雪世界の惨状になっていて驚く。

 三田村教授がTVをつけると飛行機の欠航、電車の運休が相次ぎ、交通事故に転倒者が多発した混乱した情報を送りだしている。

 そして、TVが消え、照明が消えて静かな部屋に。

 教授目線が柱時計を見ると、八時を回っている。

 停電時間も当たった。

 その日に、東京の二人から次々に柳都の自宅に連絡が入った。

 中山代議士からの喜びを通り越した熱狂の電話が入り、現役の朝野大臣が興味を示してくれたと報告。

 ぜひ栞さんに会いたいとのこと。

 彼の声は最後まで驚きに震えていた。

 どうも停電の時間が決め手だったようだ。

 三田村教授は冷静だったが、実験の催促の話しばかりに終始してしまう。

 おかげで二人とも、教団に協力や援助を惜しまないと確約してくれたので、ここで希教道が立ち上げることが決まりった。

 ちなみに三回目の時空移フライトで知った、大人たちの一年後の未来情報は――。

 中山議員が属している朝野少数派閥が最大派閥に成り上がり、朝野大臣が政界を動かして次期総理を狙っているとマスコミが騒いでること。

 三田村教授と竹宮女医の共同研究が書籍化したこと。

 叔父が競馬のG1で大金をせしめたことだった。

 何かどれも、零の翔者の能力と関与していそうな気がするのは私の気のせいかしら。

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