第63話 Sの東京と時空移(一)
忍君は零の聖域を使った操作訓練のため、街中に出ていた。
私はリハビリセンターの個室から
ポニーテールの
そして、柳都十番街のモールで遊歩道に固定式で設置している長椅子に忍君と座り、通行人相手に彼の
「奥から来る、夢香さん風お姉ちゃんにターゲット」
「胸で決めてませんか?」
「べっ、別に違うぞ」
そう言っている忍君ですが、焦っていて怪しい。
でも、私の胸コンプレックスがそんな風に見せているのかしら。
相手がよけてくれて、忍君が謝ると笑顔を向けて立ち去る。
「どう? 問題なくやれてないかな」
「ほぼクリアーですね。慣れてくると細かい注意点がおろそかになるので、そこを気をつけてください」
「具体的にはどんなところ?」
「そうですね、たとえば鏡とか、ガラスの反射は注意してください。デジカメ、写メなど本人に思い込ませるしかないんですが、第三者に見られたり、隠し撮りされたり、思い込みで取られた写メをネットにあげられたらアウトです」
「インターネット自体に幻覚をかけるのは、無理?」
「やったことがないから……たぶんボロが出てきて無理。それより、ネタをアップされないように工夫した方が現実的です。まったく駄目なのが、防犯カメラや超望遠カメラです。それらからは、注意してくださいね」
「ーんな、ムチャな」
「無理でも避けてください。遠隔視で
「目立たなく、セキュリティの多い場所では、使わないことでいいかな?」
「なるべくならですね」
忍君が座っている長椅子に、カップルが座ろうと来たので立ち上がり歩き出す。
私も連れ立って歩くイメージを送る。
「次は、栞本人と街を歩きたいな」
私に向いて話す忍君。
「私は車椅子だから……要でなら」
「要とはよく歩いているから、車椅子で出ようよ。栞は街なんかもう出てないんだろ?」
「あっ、ありますよ。そりゃ……東京だって前に行きましたし」
「ほう。小学校の時、俺たちで行った話か?」
「違います。中学の時になりますけど」
「修学旅行?」
「いえ、それは不参加でした。行ったのは中三の春休みですね」
***
要の過去改変前の世界状態の出来事から、未来を変えたいという彼女の思いに共感して、私も自由に操れる能力が欲しいと実感した。
私の一辺倒な
乖離している要の時間軸では、縦横無尽に能力を操っていたとのことで、自分自身に嫉妬した。
それで要に携帯電話の個人用日記帳アプリに方法論を書いてもらい、身体を変わったときに読んで練習してある程度上達はできたが、一番興味が尽きない
その
もちろん移動先でも私の意識があるので、自己の
だけど、移動した先の私が寝ていれば、その時間軸で行動できる。
その
要ももう一度会ってみたいとのことで、竹宮女医に調べてもらい三田村教授の情報を取得した。
彼女の時間軸、その世界で小学六年のとき、能力でTV番組に引っ張り出され注目されたのが会うきっかけだったという。
そのとき心霊や超心理、メタ超科学の関係団体からの問い合わせが多くて驚いたとか、かなりの団体が存在するらしく、今の私としては面倒事は避けたいので有名にならないように心がけることとなった。
要が番組後に始めに会ったのが三田村教授で、信用のおける人物と判断して実験協力をしながら能力開発を進めていった。
私の世界でも三田村教授は超心理研究者を続けて、書籍も出しESP研究室を持っていた。
四年前にとある強い能力者を対象にした研究結果を、
『超感覚的知覚者は現実に実在する実証研究と提言』
の研究論文でM大学の博士号を取得している。
超心理研究者の博士号と非現実的内容が話題になりマスコミに取り上げられたけど、対象者が消失したことでマスコミは明治三十年の千里眼騒動を持ち出して、でっち上げた虚構の研究論文として切り捨てた。
それでも研究論文は、日本の超学界の第一人者と言われる一因になっている。
「その人、信用における人物かしら?」
竹宮女医が、取り寄せた資料を見て疑問を投げかけた。
「マスコミを信用するんですか? 要の話では能力は三田村教授と一緒に開発したって」
私は竹宮女医の疑問に不満を上げる。
ちなみに
「ええっ、聞いているけど、被験者が不明ってのが気になってね」
「それは私も知りたいですけど……」
要の推薦で、東京M大学教授の三田村教授に能力の相談をするため、竹宮女医から土日に面会予約を取ってもらった。
東京について行くのは竹宮女医と叔父、回復訓練士の渋谷さん。
この頃はもう渋谷さんは私専属で、希教道の初期拝み屋のメンバーになっていた。
車椅子は肩に担げる折りたたみ式で、歩く場所は要に任せて歩いて移動する。
私の検査のため、fMRIもどきの小型版脳波測定器とノートパソコンを竹宮女医は所持してきた。
ホテルにチェックインしたあと、昼食を済ませ叔父は友人の柳都議員に会いに、私たちは三田村教授に会いに行くことになった。
M大学の中にある二階建て研究施設のロビーに三人で入っていくと、車椅子の私に白髪に研究用白衣の三田村教授が歩み寄ってきた。
「いやー、待ってたよ。君が栞さんだね」
「はい、こんにちは。白咲栞です」
手を差し出されたので握手する。
「うむうむ、三田村だ。今は君の能力を早く見たくて心躍る気分だよ」
彼は私たち三人と話しながら名刺交換などしたあと、奥の通路にある研究室へ案内した。
八畳ほどの部屋の中央にテーブルと対極に二つの椅子が置いてあり、奥にパソコンの設置してある机が並んでいる。
中央のテーブルにはトランプのようなものが置いてあり、その前の椅子に三田村教授が座り、私に向かいに来るよう催促してきたので車椅子を動かし対面についた。
パソコンの前に座っていた男子学生が立ち上がり、壁に掛けてあった折りたたみ椅子を並べて同行の竹宮女医たちに勧める。
二人は椅子に座り、私を離れて見守る姿勢になった。
「さっそくで悪いが、このゼナー・カードをやってみようじゃないか」
実験用に見かける丸や十字、星などの図柄が書かれたカードを取り出して私に見せる。
「神経衰弱みたいなものですか?」
「いや、簡単なことだよ。このゼナーカードから1枚だけ絵柄を見ずに選んでもらい、私がその選んだ図柄をイメージして集中するから当ててみてくれ」
「わかりました」
そう言って、裏になっている一枚を取り出し、三田村教授に見せて伏せる。
「最初の一枚は?」
「十字の絵です」
「おおっ、即効で当てたね。……次の一枚」
三田村教授の助手の男子学生が、私たちにお茶を配っていった。
ちょっと美形で眺めていたくなるが、ここは実験に集中。
それで計十回の実験で全部言い当てた。
「まさか……ここまでとは」
冷や汗をかいたように、残りのお茶を飲み干す教授。
でも能力を知ってもらうことだから問題ないよね。
「次は栞ちゃんがやっている拝み屋の、霊視とやらを見せてもらおうかな」
「わかりました。……まず始めに、手を見せてください」
テーブル越しに三田村教授が差し出した手に、両手で触り
教授が何度か思い返しているため、はっきりした記憶映像から、気にかけている状況を判断した。
それは、場所の違う同じ研究計測の記憶ばかり出てくる。
外を歩いている映像の看板によく聞く単語が目に入った。
――パワースポット?
情報を読み解くと日本各地に地磁気の測定をして、そこから、身体の変調、体を崩す現象を波動酔いの研究を行ってることがわかった。
それじゃあ、この先を推測すればいいかしら。
「では、近いうちに地磁気の測定から“波動酔い”の現象研究に関する書物をまとめ上げれるでしょう」
「おおっ? そんなことがわかるのか。研究資料どころかテーマ自体ネットで流してない情報だ。この部屋には持ち込んでないはずなのだが」
教授は立ち上がり改めて部屋を見渡して、机とかに情報が出ていないか確認する。
「日本各地のパワースポットを回られてたようですね」
「そうだが、うむっ、これはやはり
「いやっ、触ってるからちょっと違うと思います」
「そうだった。では、まとまった数十秒とかのエピソード記憶を認知したと言うことになれば、ゲシュタルト知覚を他者が認識したことになる。何と素晴らしいことだ。これこそ
「えっと……そんな……君付けなんて」
私が赤面して落ち着きをなくすと、竹宮女医が笑いをこらえきれず吹き出していた。
そのあと三田村教授を信じて、
要との解離性同一性障害もどきのことは、面倒なので気づくまで黙ることにした。
女医も私の脳波検査の機材を持ち込んで、データを取り込んでいた。
この頃の竹宮女医も、IIMと能力保持者の関係性の論文を制作中だったそうです。
「聞いたとおり、驚くべき能力だ。ぜひ我が研究室に実験協力を求めたい」
教授は腰をかがめて車椅子の私の目線に合わせると、真摯に頭を下げてきた。
「もちろんそのつもりです。こちらからも能力開発に力添えをお願いします」
私も希望発言を返して、協力関係が成立した。
「それは、こちらも願ったりだ。最近はパワースポット研究の地磁気計測ばかりで、別の刺激が欲しかったところなんだよ」
「前はESP研究をされてたと、うかがってますが?」
「ああっ、研究の調査対象の人材が難しいのだよ。栞君のような立派な能力者は稀だからね。前の研究のときは強力な人材がいたんだが、連絡不能になってESP関係は頓挫してしまったんだよ」
「その協力した能力者はどんな方なんですか?」
「秘密保護で人物に対しては、詳しいことは言えないんだよ。家族から止められた被験者がいたってことだね」
「そうですか」
私が肩をすくめると、三田村教授は立ち上がり竹宮女医たちにこれからのことを話しだした。
気になっていた被験者なので、テーブルに置いてあるゼナーカードに触れて
先ほどの三田村教授の記憶から、助手の男子学生の記憶らしいものが額の前に沢山並ぶが、被験者の記憶らしいモノは見当たらなかった。
もう一度三田村教授の記憶から入って、過去の記憶を引っ張り出して物色する。
目的が被験者とはっきりしていると、意識するだけでそれらに類する記憶映像たちが、パソコンの検索と同じくらい瞬時に目の前に現れだす。
――これは。
最初の映像をのぞいただけで、私の髪の毛が逆立ってきた。
三田村教授が対峙している少女と一緒に立っている人物を見て、怒りで両手に力が入ってくる。
――こんなところにいたのか。
私は
「ESP研究の保持者って岡島という方ですか?」
私の人物特定の発言で、振り返った三田村教授は目を見開いて驚く。
――岡島。
パパの研究助手。
家を燃やし研究資料の半分を持ち去った犯人。
両親の事件を要との情報交流として携帯日記を通して知り、人物イメージから零の聖域を通して検索したが、見つけられなかった人物。
「秘密保護だったのだが、それも残留思念能力でかな?」
教授のあきらめた感じの発言に、私は首を縦に振った。
「岡島君は協力者で助手をしてくれたんだ。薬物研究をしていた過程で、栞君と同じ残留思念能力を得た人物を知って、私に実験協力を求めてきたんだよ。興味あるなら研究論文を読むといい」
「すみません、同じ能力者だと気になっていたもので、つい」
じゃあ、岡島は薬物研究から能力研究に変わっていった?
では保持者は少女の方なのか。
「彼を知っていたのかい?」
「ええ、パパが薬物研究していた助手として、小さいときたまに会ってました。それで今はどちらに?」
「岡島君は、日本で研究は無理だとしてアメリカに行ったのだが、そのまま音信を絶ってね。私も今はわからないんだ」
「そうですか、残念です」
「当時、彼から連絡を受けて被験者の実験を始めると、思いもよらない好感触の成果で沸き立ったんだがな。被験者の家族が有名になるのを嫌って、こちらも音信不能になった」
三田村教授は少し寂しそうに話す。
「それでも成果は出て、日本の超学界の第一人者になられたのでは?」
「聞こえがいいが、日陰者扱いだよ。オカルティスト三田村とあだ名がついてるようだ。……土壌がないんだよ、この地では。本物が居ても信じる者は少ない。いや、存在してはならないのかもしれない」
教授の言葉は、部屋の空気を張り詰め温度を低くした気がした。
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