第62話 Kの中学生活(三)
掃除が終わったあと、有田さんが帰るのを引き止める。
「どうしたの?」
「少し聞きたいんだけど、超常現象や超心理学ってどう思う?」
「えーと、あっ、拝み屋関係? うん、そうね、超常現象は幽霊とか怖いもの見たさでわくわくするかも。超心理学は超能力を調べる学問よね? ESPは、本当に使える能力なら一回持ってみたいなとか思う。ははっ、夢だけど。とくにさっきみたいに力のなさを感じたときは憧れるわ。本当はね、白咲さんが拝み屋やっているって聞いたときから気になってたのよ。どんなことしてるんだってね」
「この手の分野って、だましてくるのも多いって聞くけど、その辺はどうかしら」
「お金以外なら、だまされてもいいよ。楽しんでるからさ」
「ふーん、よかった。じゃあ来て。いいもの見せられるかもしれない」
「何々、超常現象? 超感覚的知覚? 見たい、見たい」
有田さんは思った以上の反応を示してくれた。
スピリチュアルとか好きなのだろう。
私たち二人の顔はまだ腫れたままだが、生徒が帰って誰もいない講堂へ行く。
適当な場所で止まって待機していると、例の六人グループが入ってきた。
「やだ、茶髪ファミリーじゃん」
「あちらの人に呼んでもらったの」
私は有田さんに反対側を指差す。
そこには黒メガネの武部が、バスケットボールでドリブルしていた。
「あれ、武部だ。いつのまに……えっ、私たちどうなるの?」
「武部と茶髪六人で、ボールの取り合いをしてもらうのよ。もちろん私たちは彼らに見えないから安心して」
「はっ、言ってることが……そういえば、連中まったく私たちを無視してるわね。これ、もしかして、拝み屋の力? もう超常現象や超心理学的状態が始まっていること?」
混乱したように頭を振って、私を見つめてくる有田さん。
「はい、私たちは観戦するだけですよ」
ようするに、見えないから気にしないでねってことなのだが、困惑を隠せないでいる。
私たちを連中には見えてないように、零の聖域を使って存在を消去させる細工をしたのだが、今の彼女に話しても納得などしてもらえないだろうから、観察体験をしてもらうことにした。
連中のおびき寄せは簡単だった。
『金やるよ。そのかわりバスケにつきあってもらうから講堂にきて』
「おおい武部ちゃ~んよ。バスケで何しようってんだ?」
先頭のボサボサ頭の藤本が、偽武部に声をかけた。
「簡単だよ。このボールで当てっこだ。僕が一回でも当たって落としたらお金上げるよ。でも僕も当てるから、全員に当たって落としたらお金は白紙にしてもらうからね」
私が偽武部の会話として、茶髪ファミリーと有田さんに零の聖域を通してイメージを送る。
「はははっ、何の寝言だ?」
「言葉どおりだよ。それとも、六人がかりでも不安なのかい?」
黒メガネの武部が一個のバスケットボールをゆっくりドリブルしながら薄笑いする。
「なめてんなよ」
藤本の隣に立っていた筋肉デブの荒木が言い放つと、中ほどにいたロン毛の鹿島が首を振りながら合図する。
六人がゆっくり武部を囲んでいくが、完全になめきって男たちはポケットに手を入れっぱなしだ。
「ねえ、武部ってバスケやれんの? 体育オンチだと思っていた」
「さあ、どうなのかしら。見た限りじゃ上手くね?」
ストレートロングの野口の疑問に、眉毛なしの西宮が答えた。
連中は武部本人の技量を疑問視しているが、私もそんなことは知らない。
でも、気にすることはない、連中をボコッてくれればよいのだから。
とくにあの西宮、私に蹴り入れたからそうそうに退場してもらおう。
バスケットボールが床にゆっくり当たる音が、講堂にリズムを奏でて試合の前奏曲になる。
武部はドリブルの間隔を上げながら回りを見渡す。
最初に近づいた男に直球のボールを投げると、片腕では取れずに重い震動を腹で受けてしまった。
奇声とともに体をふたつ折りにして苦しみ倒れるとボールも床に落ち、床で腹を抱えて悶絶したあとに口から泡を吹いて動かなくなった。
「いちゃもん好きの家中が倒れたわ。バスケットボールってあんな威力あるんだ……いや、武部の腕力が凄いんだね。でもあの状態じゃ怪我したんじゃない?」
夢中に観戦する有田さんだが、当然の疑問を口にした。
「大丈夫。現実には当たってないのよ。ただ気を失った彼は本当で、起きたらしばらくありえない痛みが続くかもしれないけどね」
「それって……一体何なの? これは本当の出来事?」
「それは秘密です」
「……そっか、そうね。見せるって、このことなんだよね」
「ええっ。ただ、武部に拝み屋を話したように、この見たことは公言しちゃ駄目だよ。絶対に約束ね」
念を押すと有田さんは急いで首を縦に振った。
微動だにしなくなった家中を見ながら、隣にいたボサボサ頭の藤本が床に落ちてるボールを拾い上げる。
武部に向けてボールを渾身の力を込めて投げつける。
だが、軽くキャッチして何もなかったように口を歪めて笑う武部。受け取ったボールでまたドリブルを始めると、さすがに茶髪ファミリーは本気を出し始めた。
「黒メガネ凄いね。ホレちゃいそう」
有田さんの発言に、私はつい不満の顔を向けてしまう。
「もちろんあのずば抜けた能力によ」
笑ったあとに私の肩を叩く有田さん。
投げつけた藤本が、武部に飛ぶように体に掴みかかるが、軽く受け流されて床に崩れ落ちた。
武部の前にすぐ立ち上がるが、ボールを至近距離から顔面に炸裂させらる。
そのまま真後ろへ倒れて動かなくなる藤本。
武部は手元に戻ってきたボールをドリブルをしながら、眉毛なしの西宮に近づきパスするように両手で投げる。
構える西宮の手をボールはすり抜けて顔に直撃。
その勢いで倒れると、空中に上がって落下するボールが、倒れて顔を押さえている西宮の顔面に着弾した。
「うぐぇ」
西宮は一度うめいて動かなくなった。
間髪置かずに後ろから襲ってきた筋肉デブの荒木も、武部はすぐ回避して足元に戻ってきたボールを蹴りつける。
受け止めた荒木は、右に流れるように避ける武部にボールを投げつける。
黒メガネは軽くよけたが、後ろにいたストレートロングの野口の後頭部に当たり倒れる。
やはり空中に上がったボールは、倒れている野口の胸に落下。
体を海老反らせたあと、彼女も失神した。
だが、ロン毛の鹿島が武部の後ろを取って体を押さえつけた。
「ふざけたことしやがって」
筋肉デブの荒木がサンドバッグのように殴りつけるが、武部は鹿島の腕から抜け出ていて同士討ちを誘った。
ロン毛の鹿島が荒木のサンドバッグにされて床に転がる。
そこへ抜け出た武部が、手にしたボールを頭上から投げて、起きかけた鹿島の顔面に炸裂させて気絶させた。
跳ねて近くの壁にぶつかり戻ってきたボールを、呆気に捕らわれて棒立ちになっている荒木の顔面に投げつけた。
顔に衝撃を受けてひざを折ったところへ、ボールがまた頭上に落ちて、荒木はゆっくり倒れて気を失う。
講堂の床に転がったボールを手に取った武部は、またドリブルしながら、倒れている連中の間を抜けて角の扉から講堂を出て行った。
「武部、無双じゃん」
喜ぶ有田さんを見て、私自身を投影したら良かったと、ちょっと悔やんだ。
「どうだったかしら?」
「うん。よかった。ありがとう白咲さん。こんな楽しい見世物初めてよ。すっきりしちゃった。……これって一番は武部なんかじゃなくて……白咲さんってことでいいんだよね」
私は笑うだけで答えなかった。
一人一撃と華麗に済ませかったけど、相手もいるから、まあ、こんなものか。
「保健室から養護教諭呼んだ方がいいのかな?」
「あら、やられたのにやさしいね。でもすぐ目は覚めると思うし、連中も連中で呼ばれたくないんじゃないかな? 私たちもこの件で関係付けられると面倒だし」
「大丈夫ならいいいわ。でも十中八九、白咲さんを犯人と思うんじゃない?」
「そうしたら、また無双の武部に来てもらうわよ」
「ははっ、いいわ。これならクラスの力関係も崩れて、楽しい学園生活になりそう」
床に静かに寝転んでいる六人をあとに、有田さんが私の車椅子を押して一緒に講堂を出ていった。
***
よく日、グループメンバーの四人が欠席で学校に来なかったが、ロン毛の鹿島とストレートロングの野口は来ていた。
それぞれが、体を労わるようにして武部を探るように見る。
休み時間になると鹿島が席に座ったままの武部に詰め寄るが、もちろん彼には何のことだがわからない。
もう一人の野口がさすがに止めに入るが、なぜか私や有田さんを恐れるように見るのを止めない。
――これはあと一押しかな。
そう思うと、新たな
風きり音が彼らの前を通った。
彼らもすぐ気づく、武部の机に矢が刺さっていることに。
「なっ、これは?」
続いて空中から音が激しく鳴った弓矢が、二人に飛んできた。
彼らの周りの机や椅子、そして足元に何十本も瞬間に突き刺る。
鹿島と野口は驚いてその場を飛びのくが、バランスを崩し隣の机にぶつかり同時に倒れる。
クラスの生徒たちは弓矢など見えないので二人の行動に不審と思うが、声をかけることはなかった。
武部も座ったまま唖然としている。
立ち上がった二人は、脱兎のごとく教室を出ていった。
そして、次の授業から早退したようで、その日は戻ってこなかった。
三日目には茶髪グループは五人まで登校するようになったが、本人たち自身も集団幻覚など信じられずにいるようで一切の公言はしなかった。
あとで有田さんから聞いた話では、今回の一件で私が仕切っていて、黒い拝み屋とそのグループと呼んで結論付けたらしい。
おかげで私だけじゃなく有田や武部にまで低姿勢に接してきて、クラス自体も静かにまともになったので良かったことにする。
けど、何で拝み屋の前に黒いとかつけるかな。
四日目朝。学校の登校で、叔父の送り車から降りて車椅子のハンドリムを動かして玄関に向かう。
スロープを上がり廊下に出ると茶髪の生徒を見かけ、車椅子をちょっと早く移動させてエレベーターに乗りこんだ。
だが、先ほどの茶髪生徒が割り込んで一緒に入り、操作ボタンの場所を占拠される。
室内で車椅子の回転が難しいので、前面に設置してある鏡に映る相手を見ると、ロン毛の鹿島と認識する。
そのままドアが閉まるが、エレベーターの
閉めただけ?
「通常生徒は、エレベーターの使用禁止なんだけど」
「使用生徒はあまりいないだろ? しばらくは二人っきりだ」
私を見下ろしながら、ポケットからバタフライナイフを取り出して目の前にちらつかせる。
「閉じ込めてどうするつもり」
「いろいろできるぞ。こんなこととか」
話しながら鹿島は、私の胸に手やって触りだすので、車椅子を下げて回避を試みたが気持ち悪い動きは止めない。
「はっ、放してよ」
「やはり突然のことでは、トリックも使えないようだな? それでこの前のボールは何だ? 幻覚にしては酷い痛みがあったし、何のトリックだ? んっ?」
「しっ、知らないわ」
そう言うとナイフの平が頬に当たってくる。
「ボールの一軒で連中ビビッちまって、人の話を聞きやしない。だからトリックを証明するために来たわけさ。さーっ、話しな。痛い目見たくなければな」
「なっ、何の話か、さっ、さっぱりわからないわ」
話ながら体が震えてくるのを鹿島が気づいて、下卑た笑いをする。
「くっふふふ。さー、どうする? 顔に傷がつく方がいいのか? ああっ、さっさっと話せよ」
鹿島は片手で私のスカートを持ち上げて、ナイフで一直線に切り裂いて二つになった生地が床に落ちた。
「んっ? 下着が……スカートの下にまたスカートだと?」
「さすがに、もう付き合ってられないわ」
私の一言で、
「おい、ちょっと待て。何をした?」
激しく揺れて上がっていく
階段表示のデジタル数字が最上階の4階をはるかに越えて20、30と数値が上がっていく。
鹿島は片ひざをついて体を起こすと、操作ボタンに腕を伸ばすが届かない。
「ありえねえ」
と焦りだす。
操作ボタンがあった場所は、何もないまっさらな状態になっていた。
「何のトリックだ?」
そう漏らす鹿島は、手にしたナイフを私の腕に横から一直線に切りつけてきた。
「いっ、痛い」
私の腕の制服は裂けて、肌から血があふれ出てきたので反対の手で押さえる。
「これ以上、ふざけた真似は止めとけ!」
鹿島は怒りの形相を車椅子用の鏡に映しながら、ナイフをすぐにも刺し来そうな勢いになっていた。
「私、言ってみたかったことあるのよ」
「はあ?」
「いっぺん、死んでみる?」
「なっ、なん」
そして鹿島は自分以外誰も
――しっかりと
99階まで上がったデジタル数字が、90、85と下がりだす。
室内の照明が揺らめき、小さなネジがいくつも飛んで鹿島に突き刺さる。
「うおおっ、なんだぁ」
鹿島が恐怖の声を上げて壁にしがみつく。
何かが壁に引っかかる金属音と一緒に
落下速度が増して壁に引っかかる金属音で壁がさらに歪む。
加速度を上げて軋んで歪む部屋と30、20と下がる数字の恐怖に、鹿島は大声を上げた。
「ああああああっ」
デジタル数字が、1と表示されると、激しい衝撃音とともに鹿島は床に叩きつけられ一瞬息が止まったあと、照明や天井が落ちてきて押しつぶされる。
同時に
体の激痛に呼吸困難な苦痛でうめきながら顔を持ち上げると、エレベーターの室内は落ちる前の誰もいない綺麗な状態に戻っていた。
床にはいつくばりながら、呼吸ができない苦しみをこらえているとエレベーターのドアが開いた。
「酷い声が聞こえたけど、どうしたの? 何があったの?」
エレベーターを開けた教員が、驚いて声を上げていた。
「ああっ、あうう」
よだれをたらして言葉が出せない鹿島は、下半身部分の床を濡らしてうずくまり嗚咽しだす。
足元にバタフライナイフが落ちたままだった。
エレベーターの前に、人だかりができるのを玄関口で眺めていた車椅子の
鹿島がつけてきたので、エレベーターを開けたときに
栞もロン毛の鹿島たち茶髪グループには、嫌な思いをさせられてたらしい。
だから、私が交代しても臆面もなく続けて、なれてない
「さてエレベーターの他に、二階に昇る方法は何かしら……」
私はハンドリムを回してその場を去ろうとしたら、車椅子の手押しハンドルのクリップを握って押し出してくれる人物がいた。
「おはよう、私が手伝うよ」
相変わらず妙なタイミングに現れる有田さんだった。
***
「あれから夏休みに入って、一つのことが起きました。忍君の交通事故です」
コップをテーブルに置いた要は、隣のソファに座る俺の顔を見つめる。
「ああっ、中学の事故ね。知ってたのか」
「同じ頃に谷崎先輩が事故で、忍君と同じ中央病院へ運び込まれてましたから、彼女を何度かのぞいてるうちに噂を聞いて気づきました」
「噂?」
「夜中に病院の中を大暴れして話題になった少年の話」
どこかで聞いたような話だ、うん。
「目が泳いでますよ。入院でストレスでも溜めてたとか、看護師さんたちが言ってましたが?」
「そっ、そうなんだろうな、ははっ。まあ。過去の話だ」
恥ずかしくなって俺は、ソファの背にもたれて縮こまる。
「それで入院中の谷崎先輩だけじゃなく、忍君も保持者の可能性が出てきたので観察対象になりました」
「入院から
「えっ、へへへっ、まあ、そうなの……かな」
「んっ、随分曖昧だな」
「それは、栞が詳しいから、ははっ」
要はソファから立ち上がり、逃げるように車椅子に戻って座る。
「
少しの間のあとに彼女は話す。
「でも、それで忍君も保持者の確認できたら、絶対パートナーにすると決めた日でもあるんです」
要は、いや栞は、車椅子のハンドリムを動かし窓の下へ移動すると、嬉しそうに午後の日差しに目をやった。
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