第61話 Kの中学生活(二)

「拝み屋など非科学的だ」


 二時限目が終わってから、私の席に武部という黒メガネをかけた中肉中背の男子生徒がやってきて、突然からんできた。


「この科学の世紀になんて無意味なことを。君はそんないかがわしい時代遅れのことから手を引くべきだ。いやっ、親のせいなんだろうな。人身を迷わす道具にされて、かわいそうな人なんだ。うむ。同情するぞ」

「余計なお世話です」

「壷とか売ってないだろうな」

「売っていません」


 目一杯にらんでから、冷ややかな言葉を返してやる。


「そっ、そうか」


 にらみが効いたか、躊躇して自分の席に戻っていった。


 ――なんなの。サイテー。


 一人で勝手に怒って、勘違いの挙句に納得されて同情されなきゃいけないの? 

 しかし、私の情報をどこで仕入れてきたのか……初日からこれってどうよ?

 あれ周りが静かになっている。

 けっこうクラスの注目を浴びてたようだ。

 恥ずかしいと思い、次の授業の教科書を開いて顔を隠すように眺めながら注目に耐える。






 昼食を終えて初めての校内を一人で車椅子で探索していると、通路からの段差を通れるようにスロープの板が置いてある所で苦戦する。


 ――栞は毎日通って慣れているでしょうけど、初めての私はこんなスロープ苦手なのよね。


 ハンドリムを回転させ、ブレーキを使って上り下りするのだが一苦労。

 誰も見ていなければ、立って車椅子を運びたい衝動にかられる。


「いっ、いいえ、嫌です」

「ボケ。だからよこせって」

「ちょっとでいいのよ。武部く~ん」


 二階通路の窓の外から、聞き覚えのある生徒の声が入ってきた。

 開いてる窓に近づき外を眺めると、一階の裏庭のすみに茶髪の男女六人のグループが、一人の男子生徒を囲っている。

 たしか全員同じクラスのようだけど、何やら嫌な場所に遭遇したような気がした。

 ロン毛で背の高い鹿島が、同級生の顔を軽く叩いている。

 やはり、タカリかいじめの目撃をしてしまった。

 今までの栞のスタンスを少し考えてみると、彼女はまだ幻覚イリュージョンとか慣れていないと聞くから、かかわらないようにしているだろうと推測する。

 じゃあ、私は? 

 いくつか使えない能力ができたけど、他はまだ自由自在に使えるし、でも、やられているのは、先ほど私に噛み付いてきた黒メガネの武部だし、手を貸すなんて正直面倒かな。

 あっ、腹に拳を一発入れられちゃったよ。


「少し借りるだけ」

「わっ、止めてくれ……」


 ロン毛の鹿島が黒メガネから財布らしい物を取り出して中身を物色してる。

 さすがにこれ以上見過ごすと、夢見が悪くなりそうなので少し意識を集中。


 ――ちょっとだけね。


「わっ、なっ、何だぁ!」


 財布を持っていた鹿島が急に飛びのいて声を上げる。

 隣にいたボサボサ頭の藤本も飛びのいて、顔の前をしきりに手を振る。


「きゃっ、きゃーっ」


 隣のストレートロングの女子が飛び上がって、暑い日差しのグランドへ他のグループから遠ざかる。

 それにあわせて他のメンバーも一斉に散らばるように遠ざかり、武部の周りに誰もいなくなった。  その黒メガネの武部も驚いて財布を拾うと、その場を走り去る。


「うん、良いできだわ」


 つい独り言が口からこぼれると、後ろから声が返ってきた。


「良いできって何かしら、白咲さん?」


 驚いて窓から振り向き相手を確認すると、ショートカットの女子が笑って立っていた。

 たしか、斜め前の席に座っていた有田、有田純子だ。

 栞と親しかったのかな? 


「えっと、今日の天気は晴れて良いできだわって言ったのよ」

「そうなの? 白咲さんって相変わらず変。ねえ、あのDQN連中何してたのかしら?」

「えっと、青空見てたからよくわかんないわ」

「あら、ふふっ、そうね。……ねえ、もうすぐ休みも終わりだし教室まで押していこうか」

「えっ、ええ。じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 まやかしイミテーションがバレたとは思わないけど、妙なタイミングに入ってきて驚いたわ。


「白咲さん。まず、謝っておくね、ごめん」

「はい?」

「二時限目の休み時間のこと、授業に出てきたシャーマニズムの話で武部が興味あるとかで話してて、そのとき白咲さんが拝み屋やっていること言っちゃったのよ」

「そっ、そうなの、はは」


 犯人はお前か。

 というより、栞が前に話してたってことよね。

 この子と仲がいいのか。


「武部の馬鹿も、たぶん白咲さんを心配して言ったんだと思うけど言い方が酷い。あんなガリガリの科学論者だと思わなかった。否定すれば人の心が動かされると思っているのかしら……。でも本当にごめんね」

「ううん。大丈夫、気にしてないよ」


 友達は大事にしないとね。


「前も話したけど、拝み屋の仕事って興味あるから、呼んでくれれば手伝いに行くよ」

「うん。いつでも遊びに来ていいよ」

「やった。やっといい返事もらえた」


 あっ、余計なこと言っちゃったかも……。






 午後の授業は面倒なので栞と交代しちゃうが、六時間目終了で起こされた。

 だがしまった、掃除の時間じゃないの。

 教室を出て行くもの、残るもので騒がしくなっている中で、一人車椅子を動かしてあたふたする。


「はい、今週は私たち教室よ。白咲さんはいつもの調子で廊下にお願い」


 有田さんがかけ声とともに車椅子を押していく。

 別の女子が私に乾いた雑巾を渡してくれた。

 廊下で掃除って窓拭き? 

 でも車椅子で教室の掃除したら、逆に迷惑かけちゃうか。

 言われるままに手の届く範囲で廊下の窓拭きをしていると、昼間の武部君を囲っていたグループが廊下にたむろしてきた。


「よーっ、白咲よ。昼間二階からのぞいていたな。そのとき、俺たちに何投げた?」


 ボサボサ頭の藤本が、嫌な話を持ち出してきた。

 二階から見てたのを気づかれていたのは痛い。


「何のことでしょうか? 窓から外の青空を見ていましたけど」


 窓拭きをしながら、有田にした返答をそのまま返す。


「拝み屋やってるんだろ? 祈祷とか呪いとかで使う手品を使って、俺たちに何かしてくれたんだろ?」

「何かしら? まったく意味がわからない」


 まずい、直感的に私に気づいたのかもしれない。

 簡単に能力使ってまずかったかしら。

 しかし、手品って探偵ドラマの見過ぎじゃない?


「俺たちに、透明の水玉ヨーヨーみたいなモノ投げつけただろ? ふざけた真似しやがって」


 ソフトボールが目の前に現れて破裂するイミテーションだったんだけど、透明の水風船を投げつけられて破裂したと解釈したらしいわ。

 まあ、納得いく落としどころかしら。


「私は窓から顔しか出せないし、水玉なんて持ってないし、ありえない。投げつけたとか本気で言ってるの? それこそ手品かしら」


 突然、車椅子が背の方に持ち上がり、私は床に転がるように倒れた。


「ほら。手品よ」


 振り返ると車椅子がひっくり返っていて、その後ろに眉毛剃っててキモい西宮が立っていた。


「はははっ」


 残りのグループメンバーが、私に歩みよりながら笑い出す。


 ――やってくれるわ。


「ほら、呪詛で使う手品の道具とか出してみなよ。透明の水玉ヨーヨーもそのアイテムの一つなんだろう、拝み屋さん」

「そういえば拝み屋って何?」


 眉毛なし西宮のあほな質問に、ボサボサ頭の藤本が答えた。


「はあっ? 祈祷師だか霊能師のことだろ」

「こいつが霊能師? 笑わせる」

「ぶはははっ」


 また一斉に六人が笑い出す。


「白咲って、いつもすまし顔で無視してて、むかついてたんだよ」


 ストレートロングの野口が私の腕を蹴り、重心を失って顔を床につけてしまう。


 ――痛っ。


 何よ、栞ったら目をつけられてたんじゃない。

 最悪だわ。


「廊下にいるんなら床も掃除しないとな」


 誰かが肩をつかんで、床に押し付け前後に揺すりだす。

 くっ、立ちたい。

 今すぐ立ちたいのに我慢するとかないわ。

 もう、やっちゃおう。


「ちょっと、何してんの」


 突然の声と一緒に肩から手が離れるが、わき腹に重い痛みが入ってきた。

 くーっ。

 今蹴った、私を蹴った。


「ウゼーッのが来た」


 見上げると眉毛なしの西宮が肩を押さえていた。

 茶髪グループと対峙して私の前に入ってきたのは、ほうきを片手に持って仁王立ちしている有田だ。


「いってーっ、ほうきで叩きやがった。あぶね-な」


 西宮は飛び込むようにして、有田の髪を掴み振り回して床に倒した。


「いっ、やめてー」

「ほら、痛いだろ? 私も痛かったんだよ」


 倒れている有田の前に腰をかがめて、片手で頬を二、三度叩いた。

 よく見ると彼女は、倒れたときぶつけたのか鼻血を垂らしている。


「せっ、先生呼んでくる」


 教室からのぞいていた女子生徒が走っていくが、グループの男子二人が追いかけて連れ戻してくるのが見えた。


「おおーい。これは遊びだぞ! 勘違いしちゃ駄目だね」

「そうそう。教室の掃除を続けて」


 連れ戻した女子生徒を教室に押し込んで戻ってくる。

 遠目で他のクラスの生徒が見ていたが、すぐ目を合わせないように教室に戻って行く。

 私は二人の男女に起こされ車椅子に座らせられると、背の高いロン毛の鹿島が前に来て、体についた埃や砂を落としていった。


「投げるのがありえないことでも、見ていたのは事実だろ? それを黙らせておくのが俺のセオリーだから。あっ? わかったか」


 真正面から向けられる鹿島の眼光は恐怖心が沸き立つような暗い鋭さがあるが、あの放火魔と比べるとだまだ明るい眼光だった。


「呪詛かけられたとか噂にされないように、拝み屋なんか止めることだな」


 そう言い捨てて、後ろに待機していた連中と一緒に廊下を歩いて遠のく。

 連中が去ると、鼻血を手で押さえて呆然と座っている有田さんに、車椅子を寄せてポケットからティッシュを出して顔の汚れを拭く。


「あっ、ありがとう」


 私のティッシュを受け取り鼻に詰め込む。


「例を言うのは私よ。止めてくれてありがとう有田さん」

「そんなことない。前々から頭に来てたのよ。でも、やっぱり怖いわね」


 掃除当番の残りの生徒が、心配して教室から廊下へ出てきた。


「大丈夫かな?」

「うん。平気」

「大丈夫よ。余計なことがあったけど、ちゃちゃっと掃除終わらせちゃいましょ!」


 有田さんは立ち上がり元気に話し出したので、周りを安堵させる。


 ――さてと、私は宣戦布告されたと思っていいよね。

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