第60話 Kの中学生活(一)

 廊下の壁に火が広がり始めていて、急いで脱出しなければいけないのに腕を後ろに縛られている。

 縛った犯人は、私のまやかしイミテーションで混乱して床に転がっていた私につまづいて倒れた。

 混乱のまま犯人は伏せたまま手足を振り回して、私は逃げる間もなく蹴り飛ばされてしまう。

 押し出されるように階段に飛ばされて、転がりながら一階まで落ちる。

 受身も取れず頭部を何度も強打して落ちる途中で、私の意識は飛んでしまった。






 目が覚めると、椅子に座って見たことのない部屋にいた。

 目の前には白衣を着用した女性、タブレットを持ちながらひざを折ってこちらを見ていて、隣に青の看護衣スクラブを着た若い男性が立って目を細めている。

 周りを見渡すと白いカーテンが周りにかかり、間から暗い窓が見えて夜だとわかった。

 左側はクリーム色の壁で天井からの照明で白く輝いていて、角に何かしらの医療用の機械が置いてある。


 ――ここは病院? それとも研究室?


 二階から落ちたはずだが、焼け死んではいなかったようで良かった。

 だが、何か違和感があり身の回りに目をやると、白い病衣を身にまとい髪の毛を束ねて肩から胸元に下げて車椅子に座ってるのに気づいた。

 体が大きくなっているのは、階段から落ちた小学生の私でなく中学三年の私に戻ったってこと?


 ―― 時空移フライト前の私は助かったの?


 周りをもっとよく見渡したくなり、ゆっくり立ち上がると前にいる二人以外に人はいなく、静かで安全な部屋だと認識して安堵した。

 前にいた女性も私の前に立ち上がり、驚愕の目を向けてきている。

 若いイケメンな男性も何かしら驚いているようだが、私は元の体に戻って生きていることに狂喜していた。


 ――過去の改変に成功したんだわ。


 二人を無視して私は、笑い出す。

 笑いながら部屋の中をゆっくり歩こうとしたが、足腰が思うとおり動かないことに気づく。

 それでも何歩か前に進むと、立ちくらみが起きた。


「しっ、栞」


 先ほどの女性の声が聞こえたとき、めまいから意識の混濁が覆っていく。

 部屋が斜めになって、先ほどの男性が目の前をよぎったところで、全てが暗闇に変わった。







『疲れた、誰か代わって……』


 誰かに呼ばれたような気がして目が覚めると、フローリングの床に白い病衣のまま車椅子に座っていた。

 そこは八畳ほどの和室の部屋で、床には沢山の座布団が敷いてあり、壁沿いには先ほどの白衣の女性と作務衣を着た男性が座っている。

 襖を開けて入ってきた人物は作務衣姿の叔父だった。

 ただ今度は、どんな状態で目が覚めたのか思い起こせていて、瞬時に今までの出来事や約束事が浮かび上がって理解できた。

 拝み屋の勤めが終わって一息付いていたところで、白衣の竹宮女医と誰かが能力の話をしていたことを。

 私の前の誰かって、もう一人の私? 

 時空移フライトで戻ってきたわけじゃないの? 

 それに私は……会話している竹宮女医という女性を知らない。


「急に黙って、どうしたの栞?」

「あの、すみません。竹宮先生? 私、あなたを知らないんです。教えていただけますか」


 ゆっくり車椅子から立ち上がりながら、素直におもむくまま話した。

 宮女医の笑顔が引きつりだすのを見つめながら、返答を待つ。


「いや、ははっ、あなたこそ、何でそんなに簡単に立っているわけ?」


 あきれたような笑いを上げて、隣の若い男性に振り向くが、この渋谷という人物も知らない。

 叔父を見ると口を空けて驚いていた。


「立つことは普通じゃないんですか?」


 歩き出すと太ももから下が鉛がついているように重く感じて、バランスを失いまた倒れかける。

 すぐ二人が私を受け止めて車椅子に戻された。


「あれ? 上手く動かせない」


 私が驚いていると、竹宮女医が答えた。


「二年以上も動かしてなかったからね」

「先生、私の回復訓練の仕事を取り消す発言は止めてください」


 渋谷さんが言うが、私は訓練など知らない。


「階段から落ちてから、私は今まで寝てたわけじゃ……ないですよね。二人の名前知っているのに」

「いや、これは面白い」


 と竹宮女医がよくわからない発言をした。



 ***



「突然目覚めたのは、時空移フライトする前の年齢でいいのかい?」


 車椅子から立ち上がって、テイーポットにお湯を注ぐ要を見ながら俺は聞いた。


「はい。日時も同じで、過去改変に残れたのは偶然にしろ喜ばしいことです。前の本当の自分に戻れなかったのは、やはり私は死んでしまったのかと思っていますけど」

「死んだって……改変前って、やばい状況だったってこと?」

「そうです。だから今のここにいることに、すごく感謝してます」


 俺の前のテーブルに注いだ紅茶のカップを置くと、両手を合わせて祈りのポーズを取った。


「要の改変前って、どんな過去だったの?」

「えっと……まあ、いろいろと……酷かったと思います」


 少し言葉を濁しながら窓の外を眺める要は、栞と二年半の間、別々の生活体験をしてきた。

 その話はしたくないようなので、その体験の記憶が一つに統合しなくて分かれることになった今の状況に話題を変えることにする。


「じゃあ、栞との二重人格ってどうなんだろう。 二重心ダブルマインドの俺と麻由姉の関係とは違うようだし、二つの自我があると生活しずらいのかな」


 要は紅茶を注いだカップを手にして、俺の座っている二人用ソファの横に腰掛けてから質問に答えた。


「その人格交代は、私が疲れたと思うと栞が出てきて、彼女が歩くのいいなと思うと、私と入れ替わるだけなので私としては不満はないです。座る、歩く、能力の使い分けで、日に何度も交代するのが日課になってますし、どちらかが一日やるってこともないですしね。交代は意識は繋がったまま二年半の記憶を持った私が替わるようなものですから、二重人格とは違うと思うんです」


 俺の見解は、二人の性格に若干のそごはあると思うんだが、そこは言わないでおこう。

 俺が竹宮女医から聞いた話では、彼女の性格は分裂症に見えるということだった。

 本人は同一人物だと言うが、周りの人間はやはり性格が少し変わっている風に見ているとのこと。

 それに歩けたり歩けなかったりするから、周りも対応に困るそうだ。

 それで女医は解離性同一性障害と診断して、時空移フライトしてきた栞に、わかるように要と名乗ることにさせたとか。

 それぞれに執着心があって、要は教団でそれを優先することでいくぶん独断的。

 それを聞いて少し黒くなった要を思い出す。

 栞は 遠隔視オブザーバーを使って俺のことをよく観察していたらしい。

 それを聞いて車椅子の栞に詰め寄ったら、いつもの言葉で返された。


「相手のプライベート時間での使用は緊急以外は使ってません」


 目的を問うと、俺の能力発動を危惧しての傍観らしい。

 そうなるとフラメモをやりだした頃から、けっこう見られてたことになる。

 もっと早く自己遮断メデューサを知っていればと恥ずかしい気分になるが、遠隔視オブザーバーで悪いように使われた記憶がないので忘れることにした。

 彼女の足元に柴犬のシノブくんがやってきて、座るのを見て非常に懐いているのがわかる。

 だが俺は吠えられないが無視されてる。

 シノブなのに生意気だ。

 そう思いながら見ていると、尻尾を振っているやつの目と合った。

 瞬間に俺はシノブと要から隔離されるように、ガラスが構築されていく。

 驚いてソファから立ち上がると、俺と要の間にガラス張りのドアができていた。


「えっ。これって、まやかしイミテーション?」


 俺がつぶやくと、要が俺を見てから足元のシノブくんに振り向く。


「コラッ、シノブ」


 要は、俺じゃなく柴犬の背を軽く叩いた。

 するとガラス張りのドアは消滅して、柴犬のシノブくんは尻尾を丸めて首をたれていた。


「今のまさか……」

「うん。シノブくんのやったことだよ。」

「嘘だろ? 何で犬まで」


 俺は腰をかがめて、柴犬の背にふれてみる。


「一緒にパパの白い粉浴びて吸ったじゃないですか?」


 要もかがんでシノブくんの頭をなでる。


「ああっ、あの白い粉がIIMだったのか……いつ能力の薬を服用したのか疑問だったんだが、そう言うことか」

「IIMの製作は、あれが最初で最後になっちゃったんだけど」

「そっか、それで東京の専門病院に診察に行ってたのか。……でもこいつ大丈夫か? 能力乱発しないのか?」

「シノブくんは高田さんに調教してもらったから、私の言うことでしかまやかしイミテーションは使わないの」

「でも、今、能力行使してなかったか」

「今のは遊びだったのよ。ねーっ、シノブくん?」

「んんっ、まあ、番犬としての優秀さは垣間見れたがな」


 柴犬のシノブは、俺より上位に位置していると思っているのか?


「そうでしょ? まやかしイミテーションは竹宮女医の話だと、栞より先に使い出してたらしいよ」


 当時の竹宮女医が、ワン公に混乱させられてたのが目に浮かぶ。


「ああっ、栞の二年半は要はわからないんだな」

「そうよ。彼女も私の二年半はわからない。でもそのあとは体験したり覚えた記憶は共有されているし、意見が違うことはないし、私の性格は一人の人物です」


 いや、周りは違うと……。


「入れ替わると、意識や記憶の繋がりがなくなるとか、そんなことはないんだね?」

「ないですよ。脳の短期記憶がその役割をしているそうです」

 

 俺が短期記憶? と思っていると要は説明してくれた。


「その短期記憶ってのはパソコンのメモリの一時記憶と似てるとかで、時間の経過と共に失われてしまうもの。それを二人で共有しているから交代しても普通に違和感なく生活できちゃってるらしいです。交代相手のインパクトのある体験を実体験のように記憶もしていける。お互いがね。ただ、過去の二年半の間のことになると不具合が起きちゃうけど」

「女医の診たてかな?」

「そう、だから、目が覚めても多重人格者のように別々になって、わからないことにならないんです。でも別々の記憶を持ってるから、名前を義務付けられて要にしたの。いいでしょ? 私がつけた名前。忍君も栞も一文字だからね。意味ですか? ここが要だって、大事なときに必要になれたらって」

「うん。いいと思う。素敵だ」

「私が初めて要と名のったとき、栞とか思い出すことはなかったですか?」

「えっと、まあ、その話は、うん……それで能力の方はどんな感じなの?」

「ええ、私はショックは大きかったですね。大きな能力、フライトとかは使えなくなっていて、他の能力もレベルが駄々下がりでした。過去改変の弊害だろうと女医に言われましたが、かわりに栞は問題なく使えてます。ただ中学当時の栞がまだ幻覚イリュージョンなどの能力に慣れていなかったから、ノートや携帯日記に書いて教えましたよ」


 二年半の補完のやり取りはしてるのか。


「中学の途中から栞と一緒になって、その当時から要として学校生活してたの?」

「いえっ。高校は要で通ってますが、中学までは車椅子の栞でした。途中で突然変わるのはおかしいので栞で通しました」

「じゃあ、要になっても中学では車椅子の生活だったとか?」

「そうです。……実は過去改変前の私は、中一の夏から引きこもりでしたので久しぶりの学校でした。それに栞が通っていた中学は、バリヤフリーが整っていて、エレベーターもあって、車椅子でも一人でいろいろ移動できましたから、凄く新鮮でした」

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