少女語り編

第59話 Sの集団幻覚

第三部「白咲要編」に付随する栞の過去話編です。


この過去編は、第四部「教団編」への橋渡しにもなっていますので、続けてお読みいただけると幸いです。

――――――――――――――――――――――――――――――――






「痛い、痛い……熱い」


 気がつくと額や後頭部が痛んで口も鉄の味だらけ、そのうえ背中が焼けるように熱い。

 焼け焦げた匂いに、周りから消防車のサイレン音が頻繁に聞こえてくる。

 状況を知ろうとするが、腕が後ろに回ったままで何かに巻かれて動かせないことがわかった。

 体ごと熱い方を向くと、真っ黒い煙の間から火の海になった階段が見えて驚く。

 急いで倒れている場所から抜け出そうと体を揺するように動かしていると、巻かれていた物が緩み腕が自由になって安心する。

 だが、腕を立てて上半身を起こすと足が動かないことに気づく。

 混乱しながらも熱さから逃れるように、ひじをついて前方にゆっくり移動するが意識がもうろうとする。

 咳き込みや頭痛、めまいが酷くなり耐えるように横になる。

 しばらくすると大きな音がして誰かに担がれたような気がしたが、そのまま意識が途絶えた。






 病室で目が覚めて、火事現場から助け出されたことを知る。

 だが、駐車場でパパたちの車へ乗る途中から、家の火事現場にいたときまでの記憶が消失していて怖くなる。

 それに対して医者は、頭の怪我が原因で記憶喪失が起こったと教えてくれるが、不安は去らない。

 叔父の話で、一昼夜面会謝絶状態の末に助かったと話してくれた。

 その後にパパとママの死を聞かされ、不安と死に対しての恐怖で心を閉じてしまう。

 極め付きが、火事で何かで頭を強打したことがもとで下半身不随。

 叔父は事故と放火を偶然とは考えなかった。

 私には記憶になかったが、あの日、火事になった家に戻る前に紙に書置きをしていたという。


“パパとママは殺された。家も放火される。テーブルの上に置いてある物を隠してほしい。犯人を突き止めるために戻る”


 などと私の知らないことが書かれていて、恐怖心に拍車がかかる。

 だが、叔父の家の鍵は壊され、押入れに隠したというノートパソコンと書類は持ち出されていた。

 代わりに押入れに“シノブくん”がクンクン泣いて閉じ込められ、腹を蹴られて虫の息だったとかで、獣医に見てもらうと長期入院になったという。

 火事は近くで見ていた不審者が、焼失宅に入って庭にあった灯油を撒き火をつけたと自供していた。

 両親の車に追突した車の加害者も、放火犯と一緒に逮捕されて今は実刑に服しているとのこと。

 叔父が警察に交通事故と火事と空き巣は同一犯だと訴えたが、聞き入れてもらえなかった。

 放火犯と車の加害者は自供して逮捕されているのだから、妙なことは言うなと追い返されたらしい。



 ***



 私は治療で入院を余儀なくされ、一ヶ月ほど四人部屋病棟で過ごすこととなった。

 だけど、初めの一週間は泣いてばかりで、叔父や担当医の竹宮女医の手を焼かしていた。

 火事での熱傷や裂傷はそれ程でもなかったが、自分の意思で立てなくなった足が問題で、脳内の循環障害により下半身の運動神経路が麻痺されたとの診断。

 脳の精密検査を受けながら、動かなくなった足の機能回復訓練を始めたが、若い回復訓練士の渋谷さんに動かないことへの泣き言を言って困らせる。

 また、学校の同級生が持ってきた連絡ノートや宿題などで、一人で勉強を強いられるのが日課で苦痛だったが、竹宮女医が休み時間を使って勉強を教えてくれるようになった。

 あとで聞いた話では、学校の担任が竹宮女医に相談に来て、仕事の合間に勉強を見ると安請け合いをしてしまったとぼやいていた……そう女医とはこの頃からのつきあいになる。

 あの両親の事故から忍君はどうしたのか、たまに思い出すが病室には現れることはなかった。

 父方の親戚とは疎遠だったから一回も現れなかったと思うが、叔父が両親の事故と放火の事で谷崎製薬と関係あると疑心暗鬼になっていたから、親戚が家に訪ねても追い返してたかもしれない。

 このときには、もう私を養子に迎え入れる準備はしていたのだろう、やれる叔父様になっていた。






 私の足の運動機能回復訓練で二週間目に入る頃、子供用の小さな二本の平行棒を使っての歩く練習で、まったくできないと苛立って駄々をこねてしまった。


 ――歩けない。もうやめてーっ。


 私が心の声を上げると前方に立っていた渋谷さんが、突然後方の壁まで下がりだした。

 しばらく放心したかと思うと、頭を抱えて考え込むように壁の前を行ったり来たりしだす。


「用があった」


 そのあとは早く渋谷さんが怖い顔で、車椅子に私を乗せてから一人先に訓練室を出て行ってしまった。

 私が駄々をこねたから怒って帰ったようで、一人ぐずりながら車椅子のハンドリムを回しながら談話室まで戻ってくる。

 廊下の角の空間に喫茶店のようにテーブルとイスが設置されて、パーティションで囲っている場所が談話室である。

 そこに何台かの自動販売機が置いてあり、練習のあとはよくお気に入りを飲みに来ていた。

 中に入ると声をかけられ少し固まる。


「紅茶はいかがかな?」


 よく見かける入院患者さんの、野田という老人が声をかけてきた。

 自動販売機から取り出したカップを持ってテーブルに置く。 

 私が機能回復訓練を終えた後、カップ式の自動販売機で日課のように買って飲んでいる“いちごミルクティー”だと色ですぐわかった。

 痩せた白髪老人は椅子に腰掛け、私をテーブルに手招きして、柔らかい物腰で語ってくる。


「足の練習は、はかどってないようだね?」


 優しくてどことなく品のある感じを受け取る。

 無言でうなずいて、差し出されたコップを手に取って一口飲む。


「すぐに立てるものじゃないから、気長にやるのがいいのかもしれないね」

「もう一生立てないかも……そんな気する」

「おや、そうかい? それなら練習するのは無駄じゃない?」

「わかんない……それに今も介助の渋谷さん……私が立てないから、怒って出て行っちゃったし」

「渋谷さん? それは違うよ。先ほど通りかかかったときに具合が悪いと言って戻っていったんだよ」

「えっ、病気なの?」

「んんっ、たぶんね。だから、立てないからとかで栞ちゃんを怒ってたわけじゃないからね」

「ホント!よかった」


 私が喜ぶと野田老人も笑顔でうなずく。

 しかし、渋谷さんはその後も私との練習に、途中で打ち切って出て行くようになり、談話室の老人に愚痴を聞いてもらうことになる。


「疲れても、“もう少し頑張って、立ちなさい”って渋谷さんに言われて、“もうやめてーっ”って心で思ったら、今日は終わっちゃったの」

「ほう、渋谷君は感が良いのかな」

「なんだが、“終わってーっ”とか、“もうやっ”って私の中で思うと終わっちゃうの」

「はははっ、栞ちゃんと心が繋がっているんだな」

「心で渋谷さんと会話しちゃってるの?」

「仲良しだと、そんななことも起きるだろうね。私も相方のおばあさんがいた頃はそんな事があったな。たとえば、新聞が読みたいと思ったらもって来てくれたり、お茶が飲みたいと思ったら飲みますかと聞かれたりとな」

「へーっ、すごい、すごい。じゃあ、私は渋谷さんと仲良しなんだ。……あれっ、でも野田のおじいさんは、仲良しのおばあさんはいないの?」

「もうずいぶん前にいなくなったんじゃ。寂しい限りだな」

「私のパパとママみたいだ。うん。私も寂しい、会いたいな」

「あーっ、そうだったね。思い出させっちゃったか。ごめんごめん」


 老人は白髪の頭をかく。


「んっ……いいの。でもおじいさんも会いたくないの?」

「もうすぐ会えそうな気もするが、私に長生きしろと約束していったからね。はははっ……まあ、生きてるうちに再会できれば、腰を抜かして喜ぶだろうな」

「私、会えたら約束してた遊園地行きたいな……」


 話しながら悲しくなってきて、テーブルに頬杖をつく。

 するとおじいさんが私の頭をゆっくりなでてくれて元気が戻ってくる。


「おじいさんは? 行きたい所どこ?」


 テーブルに置かれた細いパイプ状の花瓶の中に一本のチューリップが刺してあり、老人はそれを眺めながら答える。


「チューリップ畑が好きな人で、一緒に見ようと言ってたのに、できなかったのが心残りになってるかな」


 白いあご髭に手を当てて、独り言のようにつぶやく。


「あの一面のチューリップだよね、見渡すがきりのチューリップ。テレビでしか見たことない。見てみたいな」

「足の動ける練習すれば、見に行けるよ」

「えーっ。練習やだよーっ。全然立てないんだから、おじいさんもやったら嫌になるよ」

「はははっ、嫌ならやらなくていいよ。やりたいときにやればいいさ」

「本当に?」

「立ちたいと思う気持ちが、大事だからね」

「ふーん、よくわからないけど」






 よく日の回復訓練には、渋谷さんだけじゃなくて竹宮女医も入ってきた。

 内容は今までどおりの、立ち上がり運動から始まるいくつかのセットをこなしていくが、女医は見ているだけだった。

 また私が上手く行かずに平行棒から倒れて、心の中で渋谷さんに訴える。


 ――もう止めようよ。

「うわっ」


 なぜか若い回復訓練士さんは、声を上げて後ずさる。

 代わりに女医が近づいて声をかけてきた。


「栞ちゃん、もう少しだけ続けて」


 私の体を持って立ち上がらせようとするが、足には力が入らずに倒れてしまう。

 たまらず心の中で女医に反発して宣言する。


 ――もう終り。


 竹宮女医は私から離れて少し放心したが、すぐ驚きの顔になり、渋谷さんと顔を見合わせると私に告げた。


「今日はここまでにしましょう」


 よく日珍しく叔父がやってきて、廊下から私の回復訓練を竹宮女医と話しながら見ていた。

 私がやる気をなくして、マットに倒れ練習を中断させると、竹宮女医が入ってきて渋谷さんに終りの合図を送った。

 女医の介助で車椅子に座り、叔父が横に着き病室に移動しながら話が始まる。


「先ほど話したように、リハビリセンターに移るほうが良いかと思います」

「アンウェイシステムがありますから、訓練しやすいですよ」


 女医の話を受けついで渋谷さんが続ける。


「そうですね」

「そのアンとかって何?」


 私は首を上げて、二人に聞く。


「体重を支えながら歩行練習するものよ、栞ちゃんはそれの方がいいかもね」

「叔父さん、私ここから移るの?」

「そう。今度は森林公園の近くのセンターだから、自宅から簡単に通えるようになるかな」


 叔父が私の肩を叩いて喜んで話した。


「森林公園の? 病院?」

「竹宮女医の親族が新しく立てたリハビリセンターでな。だから、栞ちゃんを引き続いて担当するから安心しな」

「僕も一緒だよ」


 と渋谷さんも加わる。


「ふーん」


 そんなやり取りをかき消すように、廊下が騒がしく看護師たちが医者を連れ立って話している。


「呼吸困難な状態です」

「患者は?」

「野田さんです」

「肺高血圧の数値が高くて、安静にしてるはずじゃなかったのか?」

「一人で無理にトイレに出たのでは?」

「じゃあ、何で談話室なんだ! とにかく酸素吸入器を用意して。それと寝台車を」


 談話室に入っていった。

 竹宮女医と介助士も叔父に挨拶して、駆けつけていった。


「誰か倒れたようだね。迷惑にならないように戻ろうか」


 叔父は車椅子のハンドグリップを握って前に押し出すが、私はハンドリムを両手でつかんでブレーキ代わりに押し止める。


「どうした、栞ちゃん?」

「のっ、野田のおじいさんだ」

「知り合い? 倒れた人の?」


 叔父が私の顔をのぞき込む。


「どうして倒れたの 死んじゃうの?」

「病院で倒れるってのは、やばいよな。寿命ってとこかも」


 それを聞いて、自分でも驚くほど大きな声が出た。


「叔父さん放して!」

「何?」


 びっくりさせた叔父を後に、私はハンドリムを回して談話室に入っていくと、数人の人たちが床に倒れてる人に声をかけていた。


「来ちゃ駄目だよ」


 渋谷さんに車椅子を押さえられると、叔父も加わり二人に押し返される。


「いやーっ。邪魔しないでーっ。おじいさんに。野田のおじいさんに会うの」


 声を出すと止めに入っていた叔父たちは、小さな悲鳴を上げて転げるように床に倒れた。

 二人とも腕を空間に振り回して取り乱し始める。

 私はそれに気づかず、車椅子を前に押し出しかがんでいる人達の前まで行く。

 床に横になり苦しそうに息を吐く老人を、診療していた医師と女医がこちらに振り向き目が合う。


「何やっている。じゃまだ」


 メガネをかけた医師が私に怒鳴る。

 それに合わせるように、後ろから看護師が寝台車を運んできた。


「重病人よ。退きなさい」


 私を車椅子ごと跳ね飛ばして、壁に押し付けて患者の前に止まる。


「そこの二人はどうしたの」


 おじいさんを囲んでいた看護師が、少し離れた床に倒れた叔父たちの異変に気づき駆け寄るが、暴れて近寄れない。


「おかしいです、先生。二人とも発作を起こしてます」

「何だって?」


 医師と竹宮女医が二人の惨状を見て驚く。


「とにかく患者を寝台車に」

「竹宮は患者の下半身を持ってくれ」


 メガネの医師が、酸素吸入器を老人の口に装着させながら女医たちに声をかけて、寝台車に運び上げると患者が呻き声を上げる。

 寝台車と壁に挟まれた車椅子の私は、身近に野田のおじいさんの声を聞く。


「おじいさん。死んじゃ嫌!」


 寝台車に手をかける。


「まだいたのか。下がってなさい」


 メガネの医師が、私の手を激しく跳ね退けさせた。

 その瞬間、憤怒の激情にかられて医師を憎んでしまう。

 今度は寝台車を運び出す途中で、医師が声を上げた。


「ななっ、なんだ! 止めろ」


 その医師は抵抗するかのような言動の後、首を抑えて倒れる。

 その後は叔父たちと同じに床で暴れだす。

 医師のおかしな行動に、周りの看護師たちが凍りつく。


「せっ、先生も発作!?」


 私はもう一度止まった寝台車に駆けつけしがみ付く。

 野田のおじいさんが私に気づいて、痛みを押し隠したような弱々しい笑顔を向ける。


「しお……ちゃ」

「しっ、死なないよね? おばあさんの約束あるもんね」

「んっ」


 弱い返事を返すだけで、また寝台車が動き出す。

 竹宮女医が一人で寝台車を押し出していくが、床に転げて取り乱した三人が行く手を阻む形となった。


「おばあさんの約束守るよね」


 もう一度懇願して、泣き出す私。

 それに応答するかのように、寝台車の老人が深呼吸するような苦しげな声を上げる。

 竹宮女医が老人の胸に手を当てのぞき込む。


「ああーっ、ああっ」


 老人はなおも深呼吸を繰り返すが、苦しさの声ではなかった。

 片手を挙げて何かを摩る様な仕草をする。先ほどの倒れて苦しんでいた様子は微塵もなくなっている。

 おじいさんは何かを見ていた。

 でも私には見えない。

 私も見たい。

 みんなも見れればいいのに。

 そう願うと、寝台車の老人の横に一人の中年の貴婦人がいつの間にか立っていた。

 それを女医は一歩下がって、驚きを持って目視する。

 同時に談話室が一瞬にして見渡すがきりのチューリップの海原に変わり、急激に湿度と熱風を感じ出し始めた。

 そこにいた看護師たち、竹宮女医もその熱気に満ちた大草原風景に入り込んで圧倒される。

 床に倒れた叔父や医師たちも発作が収まりゆっくり起き上がり、気分が悪いなりに同じ風景を共有して呆ける。


「もういいのよ。ありがとう。おじいさん」


 老人の前に立っていた女性が優しく語り掛ける。


「ああーっ、ああっ」


 老人が小さな呼吸をすると脇に立っていた女性は消えた。

 同時に風景が徐々に薄れて、元の談話室に戻っていく。

 正気に戻った竹宮女医が、寝台車の老人を見て肩を落とす。

 他の医師や看護師は、今だ現状を把握できずに呆けていた。

 私は動かなくなった老人に近づき横顔が見る。

 先ほどまでの苦しい表情はなく、すっきりしたやさしい表情に変わって安らいでいた。

 老人が会いたいと思っていた人と再会して、そのまま行ってしまった事を悟ると顔を押さえ嗚咽する。

 両親の死を聞いたときは、こらえてあまり泣かなかったのだが、その反動のように涙があふれ出ていった。

 その声で正気に戻った医師は寝台車を急いで運ぶ指示を出して、混乱している看護師たちを連れて出て行った。

 竹宮女医も私をいちべつしてから、あとを追っていく。

 談話室に残され泣いている私のところへ、叔父がやってきて車椅子をゆっくりと廊下へ押し出した。


「これは凄い。凄い」


 声が聞こえたが、私は泣き続けていてよくわからなかった。



 ***



「それが五年前の話。私が能力で無意識に発動させた幻覚イリュージョンだったけど、集団幻覚などなかったと病院側は記者に正式発言はしていたそうです。看護師個人の話を耳にしたってところかしら」


 そう話し終えた栞は、車椅子のハンドリムを回転させ応接室の窓際からテーブルまで移動して、カップに手を伸ばして冷めた残りの紅茶を飲み干す。

 他は柴犬のシノブくんが、車椅子について回り横に寝そべるだけの静かな室内。


「記者連中もいい加減だな。同室ではなかったんだから」

「同室の患者死亡は言いがかりに過ぎないし、私は談話室でよく同席しただけなんです」

「談話室を混同した上で、栞が医師たちを引き止めて幻覚を視せたのが、連中の良い材料にされたってことかな」

「……あとで竹宮女医に野田のおじいさんの発作は、もう助からないものだったんだと諭されたんですが、寂しかったです」


 俺は幻覚イリュージョンを視て野田老人はいい最後の瞬間をもらったと思うが、否定論者だと美談にならないんだろう。

 それは幻覚のショックで死んだ、殺害したとなるのかもしれない。

 だが発作が先に起きて、そのあと栞の幻覚発動は単なる手助けで、死する人の最後の夢、幻であっただろうと推測される。

 栞の能力が周りの人々に共通体験させただけなのかもしれない。


「でも、昔の話を引っ張り出した元記者の興信所の男は、これからうるさくなるかも知れないな。記者ってのは、自分の思想に都合の良い記事に捏造するのはお得意だからな」

「それは大丈夫です。私を人殺しにでっち上げようとしたあの元記者は、それ相当の罰を受けてもらいました」


 そう話しながら薄笑いをする栞に、どんな罰なのか怖くて聞けなかった。

 車椅子を俺の座っているソファーの横に移動させて、栞は話を続ける。


「リハビリセンターへ移ってから、竹宮女医は私の能力追及の実験に力を注ぐようになっていきました。その実験で幻覚イリュージョンの再現性はまったくなかったけど、残留思念抽出サルベージの再現性は高かったので、叔父が準備期間を経て中一の春から“拝み屋”を始めたんです」


 ずいぶん若いときから発動して、フラメモの実用性も高かったのか。


「かんなぎ様デビューした始めはどうしたの? それはやりたかったの」

「デビューって恥ずかしいな。えっと……生活が思うとおりにしてもらえたから、文句なく残留思念抽出サルベージをやってみたら、お年寄りの人たちからありがたがられて面白くなっちゃいました」


 舌を出す栞だが、すぐ真面目になって話を続けた。


「で、しばらくしたあの夏の日に二年半分の別の記憶体験を持つ彼女が現れたんです」

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