第52話 邂逅
白咲が消えた場所をしばらく呆けて見続けた。
ベッドに転がり込み一息ついて目を閉じると、心の中に小学五年の栞のイメージが形成されてくる。
鍵をかけていたはずの過去が、走馬灯のように動き出した。
大きな液晶モニターで繰り広がる映像世界を、俺と隣に座っている髪の長い少女が一生懸命見ている。
二人がいる居間は少女の自宅で、俺の向かいにあった家。
モニター画面を熱心に見ているのは、好きだった剣と魔法の現代版アニメだ。
廊下で俺は、掃除機から外したヘッド付きロング管を立てて剣士のように構える。
対峙する少女も、モップの長い柄を持ち上げて打ってくる。
作品の影響を受けて、面白かったシーンを再現しているのだ。
台詞を口ずさんだシーンも再現。
俺は覚えた台詞を語る。
『空と大地と未来を清める、はらいの剣で君を守る』
『あなたにすべてを預けます』
向かい合った少女が、答えて微笑む。
それを合図に俺は、少女の肩に手をかけ額に誓いのキスをする。
そのあと俺の顔は真っ赤になっていき、首をかしげて不思議がる少女は何度も再現しようとねだってくる。
少女が知り合いから譲られた豆柴を抱えてやってきた。
「シノブくん」
と名づけたというので、そんなの困るって怒るが、親の承認済みと退けられた。
そして少女は呼びかける。
「シノブくん」
「何?」
と言って俺は振り向く。
目の周りにマーク模様がついた豆柴も、一吠えする。
少女は、
「ごめん。シノブくんの方」
とまた謎かけのようなことを言いだすが、話した本人も気づいて笑い出す。
こんどは白いもやの中、白粉を塗ったような少女の顔が現れる。
俺の顔を見て真っ白だと笑いながら咳をする。
するとまた白いもやが立ち込める。
近くに白くなった豆柴もいる。
これも覚えている。
廊下で犬の習性のボールを投げて取ってくる遊びをしていたとき、投げたボールが少し空いてた書斎の部屋に入り、豆柴が追ってこの騒動が起きたのだ。
何かを落として粉状のものが立ちこもり、それを掃除しているときだ。
少女は真っ白な顔で、
「早く片付けないとパパにしかられる」
と焦っている。
だが、俺や豆柴を見ては笑い転げて中々掃除は進まなかった。
白粉を被ったと言うことで、東京の専門病院へ精密検査を受けに、俺と少女、その父で行くことになった。
だが、病院へ行く途中の地下駅で少女の父とはぐれる。
この頃は、まだ地下鉄での光伝送装置から構内に設置されたアンテナは少なく、携帯電波は悪かった。
少女がポシェットから取り出したピンクの携帯電話では、その父とはつながらない。
二人で改札口を出て構内をさまよう。大人たちの足元を徘徊してるとベソをかき涙ぐむ少女。
励ますために、恥ずかしげもなく言う。
少女は泣くのを止た。
「じゃあ俺にすべてを預けろ」
おれは言った。
「うん。守って」
すると少女はしがみついてきた。
駅員に駅の出口を教わりしばらく歩くが、今度は出口がわからなくなった。
すがりつく目で俺を見る少女にまた聞く。
「誓いのキスを忘れたか」
「忘れてない」
少女は答える。
俺は歩く大人を止めて出口を聞くと、同じだからついて来なさいと誘われる。
迷路のような地下から地上に出ると、教えた大人にお礼を言って別れる。
少女はすぐ携帯電話を取り出し、父の携帯番号を押していた。
病院の面倒な検査が終わると、少女と約束してた父が、二人のファンの作品のフィギュアを俺と少女にプレゼントしてくれる。
このとき、俺が主人公フィギュア。
少女がヒロインフィギュアをもらったはずだが、なぜかマンションの自室にあったのはヒロインフィギュアだ。
東京から柳都駅に着くと、自走式立体駐車場に車を置いて迎えにきた少女の母と合流。
五階まで上がり、俺がトイレに行っている間に少女たちは車に乗り込む。
いや、トイレは乗り込んでから行きたくて、また降りたんだ。
だから、出入り口前に車は待っていてくれた。
そして事故を目のあたりにする。
俺を待っていた少女を乗せた車は……いや、そうじゃなく、俺の前に歩いてた少女が車に乗り込もうとしたとき、急発進してきた後続車が追突。
押し出されて、少女の車は駐車場の柵を破って五階から落下。
いやな音の後に黒煙が上がったのを俺一人でなく、少女と二人で目撃していたんだ。
なぜ少女が乗って落ちたと思ったのだろうか?
やはり子供心に事件の衝撃が強すぎて記憶の不一致を起こした挙げ句、自らこの悲しい記憶に鍵をかけてしまったんだ。
事故後の記憶は、少女から譲られたヒロインフィギュアの箱を持って一緒にタクシーに乗っている。
曖昧だった記憶が徐々によみがえる……。
「悪い人が来るかもしれないから、パパの大事なものを隠すの」
「じゃあ、半分俺が持っとくのはどう?」
書斎で少女と話していると緑のファイルを渡され、それを家に持ち帰る。
ああっ、これだ。
昨日フィギュアを取り出したときに、ダンボールの中に見覚えのない緑色の古いファイルがあった。 その元の持ち主を今思い出した。
夜、向かいの家に照明がついているのを見つけて、恐る恐る入っていくとリュックサックを背負った少女が立っていてた。
「二人だけのおまじない」
そう称して手を握ってきた。
そのあとは、悲しそうに一言言う。
「さよなら」
なぜそんなことを言ったのか不審に思ったら、少女の家が燃えさかるのを、自宅玄関で呆然と立ち尽くして見ていた。
消防車の沈下の鐘が響く中、自室で泣いたことがよみがえった。
忘れたいがために、緑のファイルとヒロインフィギュアをダンボールの底へしまったこと。
焼けた跡地が不動産屋の看板だけの更地になったことが、どんどん回顧された。
そして今日、少女は
それは栞との邂逅。
目を開けると天井が少しにじんで見えていた。
しばらく仰向けで胸の温かさをを実感していたが、急速に意識が遠のいて夜の休息に入っていった。
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