第51話 打ち明け話
自宅マンションに戻ったら七時を過ぎていた。
食事もする気が起きず、白咲……谷崎栞が来るのを床に座り待ち続けた。
時計の針が九時を指したとき、いつものの風貌で白咲の
『直接来たかったのですが……』
一人でここまで車椅子じゃ無理だろうと、内心思ったが口にはしなかった。
「いいよ。明日にでも俺から会いに行く」
『落ち着きましたね』
「助言したのは白咲だろ」
俺はあぐらをかいて楽な姿勢で応対する。
『そうでした』
「俺の聞きたいことを話してくれ」
『はい。あの
「麻衣殺しがか?」
俺の言葉に難色を示して白咲は背を向ける。
だが、後ろ向きのまま話は続いた。
『……体に当身食らわせて、無理に失神させるやり方はまずいんです』
彼女はソフトウェアプログラムのフリーズで、パソコンの電源切るやり方だと話す。
それだとファイルが吹き飛んだりハードディスクが壊れたりする確率高いのと同じで、神経や脳に障害が起きるリスクがあることを説明。
「ああっ、続けてくれ」
『それでプログラムの無反応は単体での強制終了が必要です。そのプログラムを終了させるには、プロセスを認識してる意識がその終りを自覚することです。要点は、意識が早めに死亡を認識することなのです』
脳自体に
『脳がオーバーヒートを起こしている状態なので、ロックがかかり
「止めるにはアップデートして、バットエンドのゲーム終了しかないってこと!?」
『
「それで刀で刺したのか?」
『本人がよりよく知っているものは、リアリティが増します。個人的にデバ包丁より長いので、いいかと……』
やはり見た目のリアルさが欲しいからか?
「では何で、白咲は麻衣に
俺の険のある言葉で、白咲は後ろ向きから振り返って言う。
『私はかけていません』
「えっ? どういうことだ。白咲が作ったんじゃないのか? 谷崎会長の地震や、歩道橋での矢の雨だって白咲の
『それは認めます。あのときは驚きました。
「ああ。白咲の緑のファイルを手にしてたら、よくわからない内に視れたんだ」
『緑のファイルからですか、結果オーライですね。それで広瀬さんに計画を見られたからには、すぐ道場に引き入れる決心がつきました』
「それで、あのとき強引な彩水と一緒に道場へ誘ったのか」
『うん、ずっと待っていたし』
「ずっと? ……俺を?」
『そのっ……えっと、能力がいろいろ備わるとひどく混乱するものですし、怪我が直って生活が安定したら迎えに行かなきゃと思いました』
それはそうだ。
麻衣の幻覚を含め混乱してたところに、誘いの話は好機だったからな。
『急いで教団に引き入れようとしたのは、広瀬さんのためでもあるのです』
白咲は俺に近寄り懇願するように言うと、それきりしばらく黙る。
俺は立ち上がり窓をのぞくが、夜の街並みは室内の光でよく見えない。
そして俺自身が窓ガラスに映る後ろに白咲も映っていて、幻覚の創り込みの凄さを実感する。
『あの幻覚は広瀬さんと浅間さんの共作なんだと思ってください』
「俺と麻衣との共作?」驚いて白咲に振り返り次の言葉を待つ。
『零の
また白咲は、こちらにポニーテールを向けてゆっくり話す。
『……広瀬さんは浅間さんにキスしましたね』
「えっ、えっ? なぜそれを……」
麻衣と抱き合ってたとき、白咲のファイルを踏んでた過去がよみがえり慌てる。
『答えてください。質問の回答にもなるんですよ』
「ああ……したよ」
瞬間、麻衣が幻覚を視る直前に行動してた共通事項の台詞が思い起こされた。
『口を通した接触。私も昨日やってみましたが、見事に幻覚が現れました』
白咲の指キッス、たしか実験だと言っていた。
「
『それは置いといて、キスの実態は私の独自の推測になります。広瀬さんが口づけしたとき、胸の高鳴りなどありませんでした?』
「そっ、それはもう白咲のときだってドキドキしたぞ」
『ときめきは、零の聖域から
「自ら恐怖幻覚を視たって?」
『否定的な考えが支配していたってことだと推測します。彼女は怖がりを習慣にしてたのかも知れません』
麻衣はトラベルサークル事件の恐怖体験で、かなり敏感になっていたかも。
「じゃあ何? ポジティブならどうなる? 信頼、友好的な幻覚が視れたってことなのか?」
『私は意識して、積極的に振舞ったら、子犬、子猫、ウサギやリスなんかが見え出して、楽園を味わいさせてもらいました。たまに大きな芋虫とか蛭が混じってましたが、そこはご愛嬌ってところです』
昨日の道場内での不思議ちゃん行動は幻覚を視てたのか。
「……でも、大体の人は何かしら否定的な考え方してるとも思うぞ」
そう言っている先から、圧迫した何かが心に広がってきた。
「俺の生命源が人に触ると、麻衣みたいマイナス作用で精神汚染されることになる。とか言わないよな?」
『広瀬さんが発する
「じゃあ、俺は歩くLSDかよ」
『広瀬さんだけじゃなく、たぶん私も同じだと思います。零の聖域の
「それじゃ、麻衣の幻覚は……俺のせい? なのか。……ああっ、会わせる顔がない」
落胆してベッドに腰を下ろし頭をかく。
「勘違いとはいえ、白咲にひどい八つ当たりしてた。ごめん。マジへこむ」
俺は前に立つ少女に頭を下げ謝罪する。
『広瀬さんが落ち込む筋合いはないです。すべては否定した者の自業自得になりますから』
「白咲、黒くなった」
『広瀬さんを擁護したのにひどい。叩きますよ』
片腕を挙げて口をとがらす。
「そうだよな、ははっ。……でもちょっと待て」
話している途中で別のことに気づき慌てる。
「研究室の帰り際に、俺は麻衣に肩貸してたぞ。また、その
立ち上がり腕を振って、まずいとゼスチャーを白咲に送るが無視される。
『肩や手に触るのは大丈夫でしょう。口から口周辺への
「わっ、わかった……」
俺は頭に手をやって集中するが、白咲が声をかけてくる。
『いいんですか? ああっ、大丈夫です。寝息立ててます』
「何、もう見にいってるのか? それに寝ててもわかるのか?」
驚きながらも、何も起こってないようで安心した。
『意識や映像はないですが、聴覚は起きてますからわかります。驚いてますが、広瀬さんも先ほどの研究室から私のところへ、すぐ来たじゃないですか』
「そんな簡単なものじゃなかったがな」
『なれてないだけですよ』
この異能に持て余しているのに、使い慣れた彼女の自信な発言。
「そうだ、もう一つ。夢香さんも入学式後、ゾンビを見たんだ。白咲は知らない?」
『萩原さん? 金田って男と会っていたときでしたら私です。広瀬さんが私の学校へ尋ねたときに二股話を聞いて、ちょっと行ってきました』
舌を出す白咲だが、これは谷崎さんの推測が当たってたな。
「やっぱり。じゃあ、夢香さんの合格パーティ後は?」
『んっ? それは知りません』
「……あれは俺の
『そうでした、チュー、してましたね』
「いや、そこに注目しなくていいから。アクシデントだから」
そう言う俺に、難しい顔をする白咲。
『まあ、詳しく言えば、体に
「じゃあ、やっぱり俺は歩く薬物かよ」
『チャクラとその近くの接触を避ければ良い話です。ポイントは人のセンターに上から下にかけて七つあるんですけど』
チャクラの出入り口のポイントが七つもあって、その付近がアウトなら顔は駄目じゃないか。
「それは俺にチュウをするなと宣告したようなものだぞ」
『困りましたね。上手くいけば、訓練で直せるかも知れませんけど』
「本当かーっ?」
『思考上のことなので、必ずとは言えませんよ』
と笑う彼女。
「じゃあ、はらいの剣の誓いのチュウも二度とできないぞ」
笑っていた白咲が憂い顔に変わる。
その真面目な顔は、いつかの占いのとき、フラメモを使って見たガラスに映る少女を連想された。
「今思い出したのだけど、白咲は車椅子に座っている? いやっ、こんな質問したかったんじゃない。改めて聞くけど、白咲は谷崎栞で合っているんだね」
黙って首を縦に振るポニーテール少女。
「俺の知っている栞でいいんだね?」
俺の言葉に、白咲はもう一度ゆっくり首を縦に振る。
やはり、死んだと思っていたあの小さくやせっぽっちの女の子は、別人のように変わって生きていてくれた。
何か暖かなものが、胸いっぱいにあふれてくるような気がした。
「交通事故で死んだと思ってたんだ。家も燃えて売り地になっていたから」
『しばらく入院してて……それから叔父のところに引き取られたんです』
「よかったよ」
『何も言わなくてごめんなさい。能力保持者としてかかわらない方がいいと思っていました。……広瀬さんが保持者とわかってからは近づいてみたものの……名乗りづらくて。学園祭の占いのときの話を聞いてからは、もう黙るだけでした』
「そっか、ボロボロ泣いたこと話してな。あっ。結果的に本人を前に話したことになるじゃないか? スゲーッ恥ずかしくなってきた」
思い出して顔が火照ってくる。
『ごめんなさい』
「いいよ。今は……嬉しい。本当に嬉しいから」
『ありがとう広瀬さん』
「いろいろ気も晴れたよ」
俺は栞の手を握って握手する。
白咲は笑顔で両手で握り返してきた。
「
『
そう言った白咲は、俺の胸に手を当ててきたので両手で捕まえる。
柔らかな感触が来る。
「これって脳が乗っ取られてるよな。……そういえば、歩道橋で背負ってたが。今思えば大胆だった、白咲の太もも抱えて……おっと」
『しっ、失礼ですよ』
いきなり三歩ほど下がって、俺をにらむと忽然と消えた。
「わっ、ごめん。で、でもあのときは焦ってて、そんなよこしまな考えなんて全くなかったからな」
俺は両手を広げ天井に顔を向けて言う。
『わかってます。私も怪我に見せかけて、ちょっと利用してましたから』
声は近くから聞こえるが姿はない。
「そうだ。対等だったってことだ。うん。白咲は
『もうーっ、実害は十分ありますよ。精神的ダメージが』
「そうなのか?」
『もういいです。広瀬さんが納得してもらえたから、今日は戻ります』
「ああっ、じゃあ、明日会えるかな」
『会いに来てくれます?』
「起きたらすぐ行く。登校前に一回会いたい。どこだと会える? リハビリセンター?」
『えっと……そうですね。登校前ですね? 待っています』
そう言ってから、白咲の声は完全に途切れて部屋は静かになった。
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