第49話 谷崎知美

「谷崎さん、久しぶりです」


 三竹さんが来客に挨拶すると、私服姿の彼女も挨拶を返す。


「こんにちは。ちょっといいかしら」


 その人物が部屋に入ってきて、俺は硬直し麻衣も驚いたようだ。

 そろって立ち上がり、一歩下がりながら質問する。


「えっと、谷崎さんはここの研究員だったんすか?」

「ふっ、違うわ。眠り王子君……失礼、忍君。電話しなくて済みそうね、それと浅間さんも一緒に何でこの場所に来たのかしら? 何かの答えを聞きにかしら?」

「それは……」


 彼女のひんやりした視線を受けて、いろいろ聞きたかったこともあったのに口からは何も出てこない。


「私は、ここのユーザーよ。でもいいところで会えたわ」

「谷崎さんは研究の協力者ですよ。出資企業の関係者にもなるかな」


 三竹さんが開いて出してきた折りたたみ椅子に、谷崎さんは座る。


「ありがとう。それで石田教授は不在ですか?」

「二日ほど空けられてます。谷崎会長が倒れたって聞いて心配してましたよ」

「祖父は少し療養することになりましたけど元気です。でも教授が不在なのは残念だわ。そのかわり、そこに立っている人にも話があったから」


 谷崎さんはこちらに冷たい視線を向ける。


「俺に用? 夢香さんの件ですね」

「そうだけど、私も歩道橋の件で尋ねたかったから手間が省けたわ。だから三竹さん、このゲストと少し話して良いかしら? そんな長く時間は取らないと思うけど」


 谷崎さんは三竹さんに向かって声をかける。


「僕はかまいませんが、そちらの二人が良ければ」


 麻衣が困ったように俺を見上げて寄り添う。

 幻覚を視せているかもしれない人物だから、不安になるのも当然だ。


「その、どんな話ですか?」


 俺は用心して聞いた。


「その前に、二人とも立ってないで座って欲しいかな。今話していた谷崎栞の話題にも加わりたいしね」


 俺たちは席に戻りながら、その名前に触れられて困惑する。


「拝み屋の紹介をしていたんですが、谷崎さんの苗字同じだなと……親戚だったりして?」


 三竹さんが谷崎さんに聞く。


「そうね。会ったことないけど、そんな名前の子がいた気がする」

「親戚で会ったことはないんですか?」

「昔、祖父が叔父を勘当したと聞いてます。それから交流がないんですよ」

「ああっ、事情があるようですね。失礼しました」

「希教道の拝み屋ってことは、教祖さんですか?」


 麻衣が会話に加わる。


「たぶん。谷崎栞さんを中心に教団立ち上げたと聞いてましたから」


 俺は白咲の話と食い違うので口を挟んだ。


「ですが、希教道の教祖はひげもじゃの四十過ぎのおっさんと聞いてたけど」

「誰がそんなこと言ったのかしら?」


 谷崎さんは足を組んで俺の方に向く。


「白咲だけど」

「ああっ、彼女? ひげもじゃで四十過ぎの幹部はいないんじゃない? 当主も三十代と聞いてるし、やっぱり教団立ち上げ中心が谷崎栞なら、本人でしょ。誰を見立てたのかしらないけど、からかわれたわね」

「……マジに」


 意気消沈しながら、白咲の小悪魔的一面を見た気がした。


「ところで、聞きたかったことよ。白咲のこと。階段落ちたときの怪我は大丈夫だったの?」

「えっ?  ああ、大丈夫ですけど……」


 歩道橋の話題を平然と言ってきたので、矢の雨を思い出し肝を冷やす。


「落ちたとき、彼女動かなくて頭に出血してて、はじめは動転したんだけど」  

「出血? 顔に砂粒つけてたけど、怪我はしてなかったです。谷崎さんの能力か、階段落ちの影響か腰が抜けたようでしたが」


 白咲の嘘の怪我はもう時効だろうと思っていると、突然谷崎さんは立ち上がり口に手を当てて難しい顔をしだした。

 いや、当惑している感じだが、なぜ?


「あのときの歩道橋を思い出して」


 彼女は近づき肩に手を当ててきたので、何をするかすぐ気づき緊張する。


「あの、ここでは能力保持のことって?」


 彼女は目をつぶり集中して、俺の言葉は黙殺される。

 その横で呆然と見つめる麻衣と友好的な態度をくづさない三竹さんが対照的に映り、状況の理解度を表していた。

 他人からフラメモをされるのは妙な気分だ。

 しばらくの沈黙のあと、集中を解いた谷崎さんが椅子に戻り黙想しだす。

 俺が体験した歩道橋の出来事の記憶を視て混乱している?  


「あの?」

「視させてもらったけど……」


 こちらに軽く声をかけるとまた黙考する。

 腕を引っ張られて麻衣が、小声で聞いてくる。


「今のは? 水晶があれば、まるで学園祭で占いしてたときの忍みたいだったよ」


 俺は麻衣の言いたいことを無言でうなづく。

 麻由姉のフラメモを知っている麻衣は、谷崎さんのしていることに気づいたようだ。


「……忍君、私たちだまされてたわ。あの子に」


 谷崎さんは静かに冷たく俺に語りかけてきた。


「あの子って? 白咲ですか」

「あのとき私はイメージの矢を一本、あなたと彼女に落下させてみせたわ。そう言えばわかるかしら。その後の、雨のごとく降った矢は私は知らないし、そんな多くを視せるイメージ数値は持ち合わせてないの。他にも気づいたことは、階段落ちしても怪我してなかったこと。そこは逆に私が視せられてたわけ。踊り場で出血して昏倒した白咲要の姿をね」

「えっと、言っている意味が……」

「白咲に都合よくたぶらかされたってこと。同時に私とあなたが」

「一本の矢が落ちてきて白咲は驚いて倒れたあと、雨のように矢が降り注いで生きた心地がしなかったけど、その二度目の大量の矢は谷崎さんじゃないってこと?」


 少しずつ状況が飲み込めてきた。


「白咲の能力値は低いと思ってたけど、私なんか及びも行かない数値を持っていたってことだわ」

「数値って、矢の数の多さのイメージ?」

「空間イメージの描写力の広さですか?」


 幻覚の会話に三竹さんも参加して聞いてくる。

 谷崎さんがユーザーで研究の協力者だと言ってたのは、能力自体を研究していたのだろう。


「相手の記憶から特定のイメージを引き出してから、空間に表現する数値の高さね。私は一本の矢なら相手に認識させられるけど、白咲の膨大な数の矢なんかボロが出て認識させられないわ。桁違いの空間表現よ」

 一部の模造イミテーション広範囲の幻覚イリュージョンとして、能力も個人差があると谷崎さんは言っているようだ。

 俺と麻由姉も能力の得て不得手があり、フラメモの能力違いに驚いたことがあった。


「第三者の介入はないですか?」

 

 俺は疑問点の一つを聞いてみる。


「歩道橋は下からは見えにくいし、あの突発的なことに反応できるのは身近にいた人物だけよ」


 そう話す谷崎さんだが、遠隔視オブザーバーの相手を考慮してない。

 でも幻覚イリュージョンを行使できる人間などほとんどいないと推測できるので、現場にいた人物に絞られるだろう。

 ただ、白咲自身が偽者イミテーションだという昨夜からの疑念も拭えない。

 白咲が矢の幻覚イリュージョンを使っていたなら、麻衣にも幻覚の実行がありえたことになってくる。

 それに俺に対して弓の雨を降らせてみせたことは何でだ?


「彼女があんな恐怖心あおるモノを俺に視せる意味がわからない」


 また疑問を提出すると谷崎さんに簡単に看破される。


「相手を強く見せて、こちらはか弱いと思わせ温情で引き込む勝算だと取れるわよ。あのあとに誘惑されたんじゃない?」

「誘惑ですか?」


 麻衣が俺を軽蔑する目を向ける。


「忍君が教団に誘われたかってことね。どうなの?」

「えっと、あれーっ……はははっ」


 これは薮蛇だった。


「ふっ、典型的な異性がらみの入信ね」


 谷崎さんの落胆ゼスチャーで、麻衣が立ち上がり声を上げて俺に詰め寄る。


「えーっ。教団って希教道に? じゃあ巫女……白咲さんの誘いに?」


 彼女には白咲は巫女のイメージらしい。


「おっ、落ち着け麻衣」

「それいつのこと? そうだ! やっぱり春休みのときに約束をドタキャンしたのは、希教道だったんじゃないの!?」


 やばい、彼女の目が根掘り葉掘り聞かせてもらうと言ってる。


「いやね、あれは、そのだな、まだ入ってはなく、あっ……」

「やっぱり巫女に言い寄られて釣られたのね。入ったなんて私全然聞いてない! やだ、隠してたんだ! だからサン=テグジュペリの朗読拒んだのね」

「ちょっ、何言ってる。関係ないことまで」

「ぜんぜーん関係あるわよ。巫女に悪いとか思ったんでしょ? ねえ、そうでしょ?」


 そこに突然不気味な羽音とともに、こぶし大のあり得ない巨大バチが現れて飛び回りだした。

 目の前の飛行で驚き、俺と麻衣は仲良く腰を低くして避ける。

 それを見て笑っている谷崎さんが悪戯したと察知する。

 それでも目の前に飛行されると、麻衣と一緒に避けてしまう。

 まるで実物だ。

 巨大バチは天井に上がると消滅して何もなくなったので、俺はゆっくり立って谷崎さんをにらむ。

 麻衣は口を空けて、物体も羽音も消えた空中を眺めたまま固まってしまっている。

 三竹さんは視せてもらえなかったようで、状況の把握ができてないようだ。

 だが落ち着いているので、谷崎さんの能力に精通しているようだ。


まやかしイミテーションですか? 悪戯は止めてください」


 笑っている谷崎さんに抗議する。


「やだなーっ、喧嘩を止めてあげたのに」


 両手を広げて困惑の表情をして三竹さんに同意を求める。


「白咲さんって、谷崎さんの後輩か何か?」


 質問で返す三竹さん。

 白咲がよくわからず、蚊帳の外だったようだ。


「弓道部の一年よ。もう二年になるのか。うん……弓道の実力も怪しく感じてきたわ」

「二年ですか……希教道の教祖もこの春から二年のはずですよ」


 三竹さんの言葉が、俺と谷崎さんの意識を集中させた。


「いや、あそこの幹部は似た年齢が多いから……」


 釈然としない風に谷崎さんが答えるが、三竹さんが思い出して話した。


「そうだ、足が不自由してて車椅子なんだった」


 でも、その車椅子にまた反応してしまう俺。

 いつかの雨の日の犬といた少女が思い起こされた。

 それも竹宮女医のリハビリセンターだ。


「じゃあ、谷崎さんの能力凌駕してる白咲さんって子は、希教道の関係者じゃないですか?」


 三竹さんも何かを感じ取っているようだ。


「彼女は幹部です」


 俺は答えた。


「いいえ、私なんかより能力値が高いのよ。幹部じゃない、それ以上……」


 だが彼女は歯がゆく言葉を切った。

 不本意な答えに声も出す気になれなかったようだ。

 俺はその答えの先にある人物に、何か暖かなものを感じて胸いっぱいになってきた。


「あのーっ」


 沈黙の中、唐突に麻衣が声を上げる。


「合格パーティで谷崎さんにお会いしたときに、私が妖精さんを見たのは先輩の能力だったんですか?」


 麻衣が白咲の話を無理に変えたように見えたが、谷崎さんは一呼吸置いて少し思案する。


「それは異能保持者かどうか試したのよ。回りも気にせず見入っていたのでノーマル判定をさせてもらったけど」

「私に? 幽霊をよく見るから?」

「それもあるけど、あなたの姉の話を三竹さんの知り合いから聞いてね。試させてもらったの」

「姉の?」


 それを聞いた麻衣は目を伏せ、俺は谷崎さんの自殺巻き添えの話が来ると確信した。


「彼女が残留思念能力者サイコメトラーだったって話」

「えっ……あっ」


 思い当たる節がある態度で麻衣は顔で上げ、俺も驚きで二人を見つめる。


「妹ならわかるんじゃない?」

「はい……そうです。小さいときから感の鋭い姉でした」


 そう言いながら頭を下げる。


「まあ、年齢的にIIMとはかかわってないと思うから、純粋な残留思念能力者サイコメトラーだったと思うわ」


 元々の能力者の姉がいたってなら、幽霊を見る麻衣はやはり体質だったってことだな。

 先ほどの三竹さんの見立てた精神感応受信能力の持ち主は、当たってたことになる。


「IIMってなんですか?」

「忍君から聞いてない?」


 俺に麻衣と谷崎さんの視線が注がれる。


「谷崎製薬の記憶を促進する薬だと聞いてますけど」

「そう Improvement in memory でも、それ新薬なのよね。本来なら品質向上としての第二段の新薬なのだけど、この場合は試薬品が完成品で、新薬は欠損書類から作られた類似品。じゃあ何故完成品があるのに類似品を出したのか? 開発研究者の死亡と試薬品や重要書類の紛失で五年前に一度頓挫。その開発研究者は、さきほど話した私の勘当された叔父に当たるのだけど、痛ましい交通事故で家族ともども亡くなってしまったのよね」


 その話でまた谷崎栞を思い出す。

 交通事故で一緒に死んだと聞いていたし、彼女の家が売り地になってさらしになっていたのを目の当たりにして受け入れたんだが……生きていて、教団を作って教祖になっていたってこと?


「その事故の加害者、当時は無免許の高校生。そしてその家族三人とも、この二ヶ月の間に幻覚をかなり視て今は病院よ。幻覚剤使ってたんじゃないかって看護師たちは思っているようだけど」

「家族ともに……幻覚?」

「示談金問題で、雲隠れしちゃった家族だったけど。その加害者は刑期終えて、あなたたちも知っている夢香の彼氏になってたのよ」

「ええっ! 夢香さんの?」


 新事実に俺と麻衣は唖然とした。


「夢香はナンパされたと喜んでたけどね。その彼氏が突然送り迎え始めたから、訳を聞けば幽霊見て怖いから来てもらっている話。幽霊は怪しいと思って、ケータイから知り合いに調べさせてもらってわかった事実。相手は年齢も大学も偽って何人もの女性とつきあってたのよ」

「その幽霊は幻覚で視せられたとしたら、相手ってのは……事故の被害者家族? その中に保持者がいて、夢香さんまで巻き込れたってこと?」

「私の親族に恨みを持っていても、能力を持っている人はいないと思う。そうなると叔父の奥さんの家系になってくる」


 谷崎さんは言葉を切って俺を眺めだす。


「どういうことですか?」

「希教道の道場主は被害者の弟さんに当たる親戚よ。そして、同じ苗字の白咲要がいる」

「ああっ、でも白咲は道場主の姪と聞いてますけど、親は海外にいて……知りませんか?」

「詳しくは知らないけど、彼女は私の親戚筋に当たるわけね。だけど親近感は持ってないわ。親戚としてつきあいが全くなかったからね」

「その彼女が復讐で何かしらのアクセスをしたということですね?」


 三竹さんが考えながら話に入ってくる。


「証拠は何もないけど」

「仮に復讐心で行動を起こしたとして、これ犯罪になりますか?」


 自らの行いも込めて質問してみたが、三竹さんと谷崎さんは眉をひそめる。 


「直接殴ったわけでないのなら、立証は無理じゃないかな」

「示談金払わず逃げてたんだから自業自得よ。でも、能力を暴走してやりたい放題になるとまずいわね」

「世間に開示され認知されれば、法改正になるでしょうが、その前に認知段階で厄介なことが起きますね」


 三竹さんが将来を暗示する難題を提示した。

 谷崎さんは何か思い当たった風にして考え込む。

 俺も当事者として前の高校での苦い思いがよみがえり、白咲の行動なら目立つことは避けて欲しいと思ってしまう。


「……よくわからないけど、私の視せられた幻覚も巫女の可能性があるってわけね?」


 麻衣も釈然としないながらも話についてきた。


「うん、可能性としてだけどね」


 嫌々肯定する俺。

 それを谷崎さんはいちべつすると立ち上がり、廊下に入り携帯電話をかけだす。


「会ってどういうつもりか、話をつけたいんだけど」


 俺の前に立った麻衣は、白咲との交渉を腕を振って要求する。


「いや、まだ彼女と断定できてないよ。証拠もないし……それに麻衣に幻覚を視せる意味もわからない」

「意味は十分あると見たわ」

「そうなのか?」


 と聞くが無視される。


「幻覚を見せているのは人だと思えばいいんだよね。話しかければ向こうも気づかれたと思って、軟化させるんじゃない? そうだ。さっきガンツフェなんとかで受信したら、そこから証拠挙げられるんじゃない?」


 原因がはっきりして来たことで、麻衣は元気を取り戻しているようで嬉しいのだが、なにか釈然としない。


「ガンツフェルトですよ。やってみますか?」


 三竹さんは嬉しそうに立ち上がり、彼女に向かって親指を立てる。


「ええっ。それであの、呼び寄せて捕まえられないかしら。現行犯とかで」


 両手を挙げてわかってないと首を横に振る三竹さん。

 俺はもう何が何やらわからなくなり、気持ちの置き場をなくしてきた。


「何か始めるんですか?」


 廊下から戻ってきた谷崎さんが、動き始めていた三竹さんに聞く。


「彼女。浅間さんで実験をします」

「それは面白そうね。ああっ、忍君。確認したいんだけど」

「はあっ」


 麻衣と一緒に防音室のドアを開けると、聞きたくない質問をされた。


「周りの人間で偽者イミテーションだと思ったことはない?」

「はっ?」

「たとえば白咲要とか」

「……わからないですが、何で?」


 気にしていた事柄だが、自信がないので逆に聞き返してみた。


「祖父が倒れたとき、私の幻覚を視たって主張したのよね」

「ああっ、この前の」


 緑のファイルから現れた出来事だが、あれも谷崎さんじゃなくて、白咲だということか?


「祖父が起きて回復したら私が呼ばれたわ……歩道橋のときよ。あのとき強引に実家に戻されて、お陰でしばらく監禁状態だったわ。だから私を語った者はそれ相当の罰を受けてもらわないとね」


 麻衣と同じく、彼女も目的を定めたようで寒気を感じた。






 窓のない六畳の防音室に入ると、蛍光灯が左右について豪華なリラックスチェアを照らしていた。

 背後の壁にスピーカーが設置されている。

 麻衣はその柔らかなクッションのある椅子に座わり、俺は横に付き添いで腰を落とす。

 彼女の片手が差し出されて片手で軽く握ると、暖かい手の甲の感触で顔が火照ってくる。

 三竹さんは、一人で入った方が集中して感覚遮断できるからと助言してきたが、麻衣は恐怖幻覚を共通体験した俺と一緒にいることを望んだ。

 俺も接触してなければ麻衣の幻覚に早急に対処できないと思っている。

 では幻覚イリュージョンが現れてからの打開策は……ない。

 犯人が白咲なら説得がありえるだろうが、そうでなければ……。

 やはり無謀な気がしてきた。


「今さらながら……止めた方がいい気がするんだが」


 つい自分の不安から余計なことを言ってしまう。


「あっ、あによ! これから恐怖に挑もうって言うのに。応援するのがカレシでしょ?」

「そうだな、ワリイ。元気付ける側なのにな」

「そうよ。私に元気頂戴」


 麻衣は振り向いて、人差し指を俺の口に当てる。

 その指を自分の口につけて、はじけるように笑う。

 三竹さんたちの手前、大っぴらにできないので麻衣のやり口だ。

 彼女の唐突な指接触は、昨日の白咲の指先を思い起こし動揺する。


「やった、元気出た! たぶんこれで彼女なら必ず何か行動起こすと思う」

「えっ、何で?」


 俺が聞き返すと麻衣が腕を組んで放った一言は、考えもしなかった発言だった。


「私だって考えているわよ。幻覚を視る直前に行動してたことでの共通事項!」


 まさか……白咲が 遠隔視オブザーバーで指キッスシーンをのぞいていた? 

 三竹さんが入ってきて、レンズ内側に蛍光塗料を塗ってあるゴーグルとヘッドセットマイクを、麻衣に装備させる。


「あまり興奮しないで、ゆっくり深呼吸してから、光の点滅を見続けてください。何か入ってくる受信イメージを持ってから、心に浮かんだモノを話してください。設置のマイクが拾いますから」


 簡単な説明をして出ていく。

 しばらくしてスピーカーからノイズ音が鳴り出して、蛍光灯が赤色灯に変わり点滅投射を始める。

 赤色の点滅は情動と不安が混ざった感情を呼び起こして、ホラー映画のワンシーンを見ている気分になってきた。


「どうやって監視してんだか知らないけど、さっさと出てきてちょうだい。いろいろ言いたいことあるからね」


 麻衣は自分を鼓舞するような独り言を放つ。

 本来なら微笑ましさが込み上げてくるところだが、緊張感があふれてくる。

 しだいに赤色灯の点滅になれてゆったりしだしたとき、光の点滅を遮って何かの存在が俺の前を塞いだ。

 そこには光を背にしたポニーテールの少女が、いつの間にか現れていた。

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