第46話 対峙
高級菓子をつまみ食いしてから、退院を待ちわびる麻衣と別れて病室をあとにした。
病院前のバス停で椎名、雅治と別々に分かれ岐路に着く。
マンションに戻り部屋の入り口まで上がって来ると、制服姿の彩水と直人が外廊下の腰壁に寄りかかり、暗くなった街並みの様子をうかがっていた。
「おっ、来た。言ったとおりじゃん」
俺に気づいた彩水が直人に声をかける。
「そうだね」
「おまえら、ここで何してんだ?」
「遊びに来たのにつれないなーっ」
彩水が両腕を使い憂いのポーズを取るが、直人は真面目に答える。
「変な記者に追われてるんです」
「記者? この前の興信所社員ではないんだ?」
一瞬、携帯電話にかかってきた記者を思い出す。
「マジうるさくてかなわんのに、道場の周りにウロウロされて中に入れんのよ」
「無視して入ろうとすると、茶髪のデカイのに腕捕まれて引き戻され、もう一人に質問攻めよ」
「彩水なら、能力で相手の化けの皮はがして追い返せるだろ? 怒鳴り散らすとかも手じゃね?」
「かんなぎのあたしが道場の前でトラブルなんて、あかん。あかん」
彩水は両手を合わせて首を振る仕草。
だが、俺はそのシーンを見た覚えがあるが。
「記者に近寄ると黒のサングラスのシークレットサービス風の外国人が割って入って邪魔するんです」
「あれ、二メートルくらいあるとちゃうかな。すごい威圧感だったぞ」
またあの黒サングラスの巨漢か?
「片言の日本語だったけど、
「俺が?」
そういえば前に、彩水からわざと抱きつかれたことがあったな。
でも見れないって?
「自覚ないんかい」
「覚えはないけどな」
「んんっ……無意識にできることかしら」
考え込む彩水に不安を感じる。
「残留思念の抽出ができない体質の人がいるってことかな?」
「ああっ、そんな考えもありかしら……でも占いのとき、忍にはアクセスできてたぞ」
やはり、こいつもか。
学園祭の占いでは、白咲といい逆にのぞき返されてたのには参るな。
「あっ、まだいる」
街並みを眺めていた直人が、道場近くを指差す。
その先には男が二人歩いていたが、立ち止まり希教道道場の玄関を眺めている様子だ。
一人はわからないが、もう一人の黒サングラスの巨漢は最近見かける人物に間違いはないだろう。
額に人差し指を当ててどんな人物だったかイメージしてみると、鷲鼻が印象的だったことを思い出し
……だが、何も起きない。
――やはり無理か。
眼下の二人を見ながら、もう一人の人物を遠目で観察する。
こげ茶色のよれた服を着た会社員ふうのバッグを下げて、色つきサングラスをかけた中年男だ。
少しめまいがきて和らいだあとに、前面に焦点を当てると、外廊下だったはずが希教道道場の玄関を遠目で見ている状態に周りが変わっていた。
サングラス男目線の
『あの中坊二人は、もうこないかもな』
心のどこかから言葉が湧き上がってきた。
「他の者ガ来るかもしれなイ」
巨漢が片言の日本語で答えた。
『別の方法でもいいんじゃないか? 非効率だぞ』
また言葉が湧き上がるように聞こえてくる。
「今ハこれでいイ」
下腹部に激しく叩かれた痛みが起こり、体を折り曲げ咳き込む。
「ごほっ、ぐほ」
「あらら、やりすぎたかしら」
これは引き戻されたか。
「ごほっ、昼にも食らったところをやるか?」
「ボッチの世界に入っていたから起こしてやったのよ。それで何でもいいからお茶の一杯ぐらい飲ませてよ」
後ろで直人が苦笑いしている。
仕方なく二人をマンションの自室に招く。
中央のローテーブルの前に腰掛ける二人に、インスタントコーヒーのビンとカップを出す。
「セルフな」
「紅茶がいいんだけど」
「もうない。ポットはテーブルの横」
俺が無表情に指示する。
「何よそれー」
彩水が両足を出してバタつかせると、直人がはだけたスカートを直してコーヒーのビンを取る。
「僕が入れますよ」
「うむ、それなら苦しゅうない。コーヒーでも我慢しよう。しかし、部屋は一つだけなの?」
目で周りを物色し出す彩水。
「俺は一人暮らしだぞ。数部屋もあるマンションには住めないの」
「なんだ。じゃあ、希教道幹部で押しかけて騒いで泊るとかできないなーっ」
コーヒーカップにお湯を注ぐ直人がまた苦笑いをしている。
いつものことらしい。記者がどうのこうの言ってたのは前置きで、俺の部屋を偵察に来たのは明白だな。
「押しかけるな。騒ぐな。泊まるな。俺の部屋だ」
そこにチャイムが部屋に響く。
「お客だ。うふっ、誰? この前の携帯電話の彼女? 私を見て泥試合が始まるとか? だったら楽しーんだけど」
喜ぶ彩水に中坊の恐ろしさを感じだす。
いや、こいつ高一だった。
大人の階段は遠そうだな。
それに麻衣の件はこいつには話さないでおこう。
これ以上かき回されたくない。
「残念だが、そんな展開はない」
彩水を相手にせず玄関へ歩き出す。
この時間帯に来るのは夢香さんかな?
「んっ?」
ドアを開けると制服姿の白咲が立っていた。
「へへっ。道場の前に不審人物がいて、入りづらかったので……来ちゃいました」
「あれーっ、要じゃん。入んなよ」
後ろから彩水が声をかけてきたが、相変わらずの我が物顔である。
「なーんだ。先客がいるんだ」
ちょっと俺に膨れた顔を見せる彼女。
「あははっ、気にせず入って入って」
「直人。要にコーヒー追加してやりな」
「はい。あっ、要さん、今晩は」
直人が立ち上がってお辞儀をする。
「今晩は。直人君、私コーヒーはいいからね」
「あっ、はい」
「意外と部屋広いね、それにすっきりしてる。男性の部屋って服が投げ散らかして、床に何冊もの本とか雑然と転がっていると思ってた」
「そう言うときもあるけど、荷物が少ないから生活感がないのかも」
「整理がしっかりしてるって、私的にまるです」
えっ、まる?
それって意味深な発言。
「ヤホー」
突然彩水がトランポリンでも楽しむように、ベッドに倒れては起き上がりし始める。
「お前は小学生か」
「失礼ね。スプリングの状態を調べてるのよ」
「彩水ん家は、畳での敷きフトンなんですよ。だから……」
「直人、余計なこと言わないの。……ねーっ忍ちゃーん。これセミダブルでしょ? ぶふっ、嫌らしーっ」
「俺は寝相が悪いんだ!」
「彩水。いい加減にしなさい。忍さん困ってるでしょ」
白咲が手を叩いて場を静める。
「ぶーっ。要は真面目すぎーっ」
意外と素直にベッドを離れた彩水は、席に戻ってコーヒーをすする。
「甘い」
そう言って直人に抗議する。
「それで、このメンバーであいつら何とかしましょうか?」
白咲が俺たちを見渡して話し出した。
「何を?」
振り返って聞くとすぐ彩水が答える。
「変な外人と記者のコンビの撃退じゃない?」
「しばらく居そうでしょ? 今日だけじゃなくて」
「えーっ、あんなのいたら鬱陶しくてたまらないわ」
「集会のある日曜日は、信者が来るから問題が起きますね」
静かに直人も参加して、俺も質問する。
「何が目的なんだろ?」
「ちょっとした嫌がらせでしょ?」
彩水がローテーブルに頬杖をついて嫌そうに話した。
「何で?」
「谷崎製薬から派遣してきた連中よ。私たちの存在が鬱陶しいんでしょ」
苦も無く答える白咲だが、顔がいくぶん憂いを秘めていた。
「竹宮女医のレポートから推測されて、女医と希教道の関係。それと能力者が集まっていることは調べられてると思う。あわよくば解散させたいところでしょ」
「巨漢の外人さんはそれっぽいね。何かの専門家かしら? アクセスできなかったし」
彩水の話を聞きながら、先ほどの
俺も巨漢には反応なかった。
「巨漢はバート・アフレックという名で、アメリカから谷崎製薬が呼び寄せたトラブルコントラクターのようです。重要な幹部が何人か倒れて、会社の運営に支障をきたしているその原因と排除らしいです」
白咲が慎重に話したら、腕を組んだ彩水が聞いてきた。
「相変わらずの情報通ね。高田経由?」
「まあ、そうです」
「トラブルコントラクター? それが何で希教道に来るのでしょう?」
直人が言った。
「うちの竹宮女史が谷崎製薬の薬品にケチをつけたから、調べてるってところじゃない?」
「どうやっているかわからないですが、
「ほう。いいね」
彩水が目を光らせて立ち上がる。
俺は三人について行く形で、マンションを降り二人組に会いに行く。
何気に希教道側の人間になった感じがするが、能力を持っている限り係わりを持つのは必然だろう。
白咲に同意はしてるからいいが、道場は今後俺自身、必要な場所になってきそうな予感はする。
道場入り口の角までくると、巨漢バートとよれた服の男が反応して俺たちに近寄ってくる。
「いやーっ、また会ったね」
色つきサングラスで表情は読み取れないが、フレンドリーに声をかけてきた。
「通してくれないかな?」
先頭の彩水が口火を切る。
「取材させて欲しいんだけどねーっ」
「嫌です」
即効で否定。
「ちょっと質問するだけだよ? 甘えちゃって、こらえ性のない嬢ちゃんだね」
その言葉で彩水の正常を保つ回線の切れる音が、聞こえてきそうだった。
「どこの方ですか?」
白咲が相手を正す。
「雑誌“月刊怒!”の中谷と申します」
俺の携帯電話にかけてきた不愉快な記者だ。
「ふっ、月刊怒!ですか」
鼻で笑う白咲に少し怖さを感じ、同時に空気が冷えた印象を受ける。
相手の中谷も彼女に不吉なものを感じたのか、一歩引いて質問する。
「希教道の教祖ってどんな人?」
「もう情報入ってるんでしょ? 質問に意味あるの」
彩水が慣れた感じで返す。
「今は道場にいないのかな? どこにいるの? それとも隠れている?」
記者は彩水を見下すように質問を続けた。
「私から逆に聞きたいわ。入院患者の死亡に、教祖が関係があるとか言うデマをリークしたのは誰かしら?」
白咲の言葉に、彩水や直人も初耳なのか驚いている。
中谷は肩をすくめて相方を見やると、早口で話し出す。
「五年前、病気で入院したあなた方の教祖と雑談室で一緒だった患者が死亡したのは事実です。情報元は明かせませんが、あなた方はデマと言うんですね? 得体の知れない幻覚剤を強要したんじゃないと?」
「幻覚剤?」
嫌なフレーズに反応して声が出る。
幻覚のことを知っているのか?
谷崎さんと関係しているのかも知れない。
「そうですよ。それが元で死んだんですから」
「ずいぶんとはっきりと断定するわね。記者にしては勇み足じゃないの? 事実でなかったら捏造パターンにはまりますよ。マスコミさんは得意でしょ?」
白咲が中谷を否定するように、話を被せてきた。
それに言葉を詰まらせた中谷は、話題を変える。
「三日前にも興信所の社員が、幻覚剤で精神を病んで出社拒否に陥っていますしね」
「幻覚剤とか知らないけど、あのムカツク興信所の男があんたらの回し者だったことはわかったわ」
彩水がしかめっ面で対峙する。
「彼はメンタルクリニック通いですよ。可愛そうだと思いませんか?」
「隠しカメラで人を取っているからよ」
「おや、認めるんですね。幻覚剤も殺人も?」
「言ってないでしょ。ふざけないで!」
「いたって真面目ですよ。貴方達のように隠し事で塗り固めたことを正すためにもね」
「隠し事なんて!」
彩水が記者に掴みかかろうと前に出ると、バートが片手で彼女の肩を受け止め押し返す。
「何すんのよ、セクハラだわ」
彩水は憤怒の形相をバートと中谷に向ける。
「やれやれ、中学生でセクハラですか? それよりその紅潮した顔、その怒り、図星だったんですね? えっと、阿賀彩水さん」
メモ帳をめくりながら彩水に答えを促す。
「私は高一よ!」
「無理強いして、都合よく記事をでっち上げるつもりですか?」
白咲が割って入るとバートがまた片手を出してくる。
それに驚いた彼女が急いで下がり、俺とぶつかる。
白咲の肩を掴むと震えているのがわかった。
すかさず俺は白咲の前に出て大男と対峙すると、特殊な大きいサングラスをつけた顔に見下ろされて恐怖心が湧き上がってくる。
今度は白咲が青ざめながら俺の前に立ち、大男と接しそうにすると相手は困惑したのか一歩下がる。
俺は彼女の横に出て相手のスーツに軽くタッチしてみると、バートの腕にはじかれる。
その間に連携プレーのごとく彩水が、記者に走り寄り持っていたバッグにタッチする。
「なっ」
バッグを抱えた中谷が彩水から離れていく。
「そこに、また隠しカメラか何か仕込んでるんでしょ?」
してやったりと得意げに彩水が、タッチした手を握りしめる。
バートが中谷の場所に戻り二人で下がる。
触られることを避けているようだ。
フラメモから身を交わそうとしているのか、あるいは幻覚をかけられることを恐れている?
この中に谷崎さんのような能力者が、いると思っているのかも知れない。
突然彩水が顔の前で、手を一回叩きしばらく目を伏せた。
記者たちはいぶかしげに見つめる。
「あれっ? “月刊怒!”ちゃうやん」
「中谷さん、記者は記者でも元記者で、今はこの前の興信所の男の上司だわさ。紆余曲折あって大変ですねーっ」
色めき立つ俺たちと反対に、中谷は呆然としてバートは腕組みしながら舌打ちをする。
「とんだ茶番だわ」
と白咲は呆れる。
「あらら、奥さんと別居……いやっ、離婚調停中?」
「マジかよ……クソ」
言葉を吐き捨てる中谷に、バートが声をかけて下がりだす。
後ろを向いて二人遠ざかる。
「えーっ、もう帰るんですか? 面白いネタ仕入れたのに聞かないのーっ」
彩水が声をかけるが、街の中に消えていった。
「帰ったね」
「ふっ……あっさりしてよかった」
息を吐いて安心しながらも、少し眉を潜める白咲。
月曜日の興信所の社員と比べて、やけに緊張してる風に見えた。
「もう来んなーっ。バーカ」
と彩水が毒づいた。
「中谷はもう来ないわ。ただバートは……わからない」
また断定する白咲だが、バートには慎重になっている。
「また来るんですか?」
不安顔の直人に、白咲は無言で応じるが顔がいくぶん青ざめて見えるのは気のせいだろうか。
「あのバートって、同じ能力者じゃないの?」
彩水が白咲の思考に水を差す。
「あっ、なるほど。言われて見ればさわってもアクセスができないとか、元記者に触られるのを防いでいたことも納得できるな」
「でしょ? ふふっ」
俺の肯定発言に上機嫌になる彩水だが、否定も肯定もしなく歩き出していた白咲が立ち止まる。
「道場の門番がいなくなったから、中へ入りましょう」
振り返ってポニーテールを揺らして話す。
「広瀬さんもせっかく下りてきたんだから、お茶でも飲みに来てください」
両手を広げ笑顔を向けてくる彼女に操られるように、ついて行く俺だった。
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