第45話 遠い記憶

 四月八日水曜日


 今朝は晴れ渡って、昨日の雨を払拭していた。

 昨日は谷崎さんの情報が上手く掴めなかったので、朝から気分はさえない。

 麻衣が苦しんでたのに、何もできなかったこともあるだろう。

 谷崎さんの別角度から情報を思案して、すぐ谷崎さんの幻覚イリュージョンを食らった製薬会社の会長を思い出す。

 谷崎製薬の会長関係を昼にでも調べてみよう。






 登校して教室に入り麻衣を探すがやはり来ていない。

 朝礼の出席で担任の島田から、今日はサボるなよ、と忠告され同級生たちに失笑された。

 そのあとに麻衣の欠席と入院の話を聞くと、クラスは少しざわついたがすぐ収まる。


「来なかったね」

「普通これないっしょ」

「良かった」

「顔合わせたくなかったから、ホッとした」


 話が聞こえてきて、前の学校の思い出が過ぎり気分が悪くなる。

 休憩時間になり椎名、雅治が俺の机に来て、麻衣の病院へお見舞いに行く相談をした。






 次の休憩時間では、一年の生徒二名がおどおどしながら教室の入り口まで来て、俺を呼び出した。


「何かな?」

「僕たち、二年生の今村先輩に言伝を頼まれて来た者です」


 気弱そうな背の低い一人が言ったが、もう一人後ろに控えている人物を見て不思議になる。


「昼休みになったら、すぐ屋上に来られたし、とのことです」

「わかったが、二年の今村とは誰だ? 呼ばれる理由も知らんぞ」

「えっと……」


 話していた生徒は、理由がわからないらしく口を閉じて後ろの生徒に目をやる。


「僕たちも聞かされていないんです」


 後ろにいた希教道の佐々岡直人が、入れ替わって話した。


「早速に二年からバシリを言いつかったらしいが、廊下で声かけられたのか?」

「ああっ、そうじゃないんです。僕と彼は昨日ミステリークラブに仮入部で入ったのですが、放課後すぐ広瀬さんを呼び出せって言われました。でも昨日はもう帰られた、とのことで今日の昼に変更になりました」


 ミステリークラブでやっと理解した。

 麻衣にちょっかい出している坊主だ。


「ええっと、直人だっけ? あのクラブに入ったのなら彩水も一緒?」

「いえ、彼女はまだ部活を一通り見て回ってから決めるとのことです」


 おや、一緒ではなかったか。


「ミステリークラブは名前と違って偏っている印象があるんだが、直人が興味持って入ったってことでいいの?」

「興味というか、一番いそうだからとのことで……」


 もしかして信者探し? 

 彩水の入れ知恵だな。


「なるほどね。そっか……ご苦労さん。昼休み行くと伝えといてくれ」


 それを聞いて背の低い一年が安堵して、直人と一緒に頭を下げて帰っていった。

 今村陽太。

 三年を呼び出すとはいい度胸だ。

 だが保持者らしいので注意はしないといけない相手ではある。






 四時限目が終わり昼休みになったので、焼きそばパンと紙パックコーヒーを購入してから屋上に行く。

 開け放たれた引き戸の扉から屋上に出てみると、外は学生がグループを組んで点在しており、弁当を食べながら穏やかに晴れた空の陽気を満喫している。

 今村陽太を探して見渡していると、塔屋の角に立っていた。

 さっぱりとした短い髪に細い目、背は俺より低めで、笑っている顔が何か不穏な感じを覚えさせる。 俺が足を進めると声をかけてきた。


「来てくれてありがとうございます。広瀬先輩」


 また握手を求めてきたので、今度は拒否する。

 今村は笑顔でしかたないなと、肩を上げたゼスチャーをする。


「何の用だ? ってのも、ヤボかな」

「ええっ、麻衣さんの事で意見させていただきたいと思いまして、ご足労願いました」


 やはりこいつは好きになれない。

 俺が黙っていると今村は饒舌に話し出した。


「昨日は醜態でしたね。麻衣さんをまったく守れないなんて、隣にいる資格はありませんよ。不適任すぎます。彼女をさらし者にして、よく顔を出せたものです」

「お前に言われる筋合いはないんだが?」

「ふん。それで原因はわかりましたか?」

「まだわからん。というか教える義務もないと思うが?」

「本当にそうでしょうか? 麻衣さんが大変なときに、わざわざ雨の中で陽上高校のポニーテール女子に会いに行くって何ですか。年上の女性とコーヒーを飲んだりして、余裕ですね」


 不適に笑う今村。


「お前それはいったい……」


 昨日の行動を知っているってことは、俺の持ち物からフラメモで視たんじゃ? 

 簡単にフラメモできるのは、下駄箱の通勤靴あたりか? 

 だがどれくらいの保持者か聞いてみるか。


「竹宮先生は知っているか?」


 俺の質問に今村は顔にしわを寄せる。


「誰ですか? ここの教員にいましたか? 麻衣さんと関係あるんですか?」

「それじゃ谷崎さんは?」

「何を聞いているんですか? ああっ、原因を知っていて試しているんですね。それなら」


 今村が手を二度叩くと塔屋の裏から、茶髪のボサボサ頭にタンクのような太った男が出てきた。


「こいつか、締めていい三年ってのは? ぶふふ。言われたとおり、チョロそうだな」


 マジかよ? 何考えてんだこいつら。


「とにかく麻衣さんへの悪意を止められず辱めた行為は重罪です。腕の一本は折れてもらいましょう。苦痛を受ければ話してくれるでしょ? 広瀬先輩」


 腕を組んで下卑た笑いをしている今村の前に、タンク男が歩み出た。

 近づかれると、昨日の巨漢外人ほどでないが、けっこう威圧される。


「ははっ、何言ってんだ?」


 そう言葉を返すと、タンク男の腕に胸ぐらを抑えられ、ネクタイを引き上げられる。

 手で払いのけようとするが、その腕を押さえられる。


「調子に乗るなよ」


 タンク男の台詞に続いて、みぞおちに強烈な痛みが走った。

 苦痛を我慢していると、視界が横になり倒れたことに気づく。

 ボディーブローを食らったようで激しく咳き込む。


「ちょっとあんた達、何やってるのよ」

「わわっ、彩水ちゃんはここで出ちゃ駄目だよ」


 後ろから聞き覚えのある声に、配下の声もした。

 今村たちも困惑しているようで、


「誰だよ」

「女は知らない」


 とやり取りしていた。


「うっ」


 だが、突然手前のタンク男が走り出した。

 かと思うと、絶叫をはじめて驚く。

 屋上にいた生徒たちがタンク男に注目すると、右腕をかかえるように倒れてうずくまった。

 すぐまた悲鳴が上がり、腹の痛みを抑えながら振り返ると、今村が右手を重そうにバタつかせて塔屋に駆け込むところだった。

 右腕に何かついたのか必死に振り払っている感じだが、何故そんなことをしているのかわからない。 塔屋に入ると鈍い転げ落ちる音が耳に伝わってきた。

 呼び止めた彩水と後ろに控える直人の二人は呆然としている。


「階段を落ちたんじゃないか?」


 俺がゆっくり立ち上がって、彩水たちに話すと二人とも相槌を打って一緒に塔屋に向かう。

 タンク男の周りに屋上の生徒が集まりだした。、


「死んだ?」

「馬鹿言え、気を失ってるだけだろ」


 そんな声が聞こえてくる中、塔屋へ入ると階段下から呻き声。

 階段口まで行き見下ろす、踊り場で今村が倒れてうずくまっていた。


「今村、大丈夫か?」


 声をかけるが返事がなく、顔をのぞくと額から血が流れている。

 頭を打ってるようだ。これは動かさない方がいいのかもしれない。


「保健室の山本先生を呼んでくれ」


 俺は後ろの二人に頼むと、直人がすぐ階段を降りていった。

 屋上にいた生徒のいく人かも、こちらにやってきて今村を囲む。


「こっちの方が、やっべーんじゃね?」

「何があったの?」


 女生徒が俺に質問するが、答えられないので首をかしげる仕草をするだけに留める。

 そして、今村が振り乱していた右腕には、何もついてはいなかった。

 養護教諭の山本先生が駆けつけたときには、今村は起き出し左手を額の傷口を押さえて、右手を呆然と見つめていた。

 同じくタンク男も起きて茫然自失している。

 俺は喧嘩の話は面倒なので伏せて、二人が走り出して倒れたと告げた。

 そのまま二人は山本先生に連れ添われて保健室に向かい、念のために車で病院に向かう段取りになった。

 何か周りに得体の知れない物の気配を感じてはいたが、十中八九まやかしイミテーションか、幻覚イリュージョンを視てたと思われる。

 ……でも今回は、ちょっと麻衣の幻覚イリュージョンとは違う気がした。


「それで、屋上に何しに来てたんだ?」


 山本先生と今村たちが降りていったあと、彩水たちに問いただす。


「それは、ふふっ。面白いことがありそうだと聞いたからに決まっているでしょ」

「面白いって俺のことか?」

「すみません。広瀬先輩が心配で彩水ちゃんに相談しました」


 直人が頭を下げてきた。


「謝らなくていいよ。ボコられる前に止めてもらったから」

「そうよ。お礼を言われることで謝ることじゃないわね。でも興味深いもの見させてもらったわ。逆に連中をボコるなんて……あれって忍ちゃんの仕業でしょ?」


 心躍らせながら聞く彩水。


「俺は知らん。お前じゃなかったのか?」

「えっ。知らないわよ。何だ……じゃ昨日の講堂の件は?」

「わからない」


 俺は肩をすくめてみせる。


「ほんとに知らないの? 関係者だと思って期待してたのに、役に立たないんだから」


 何を期待してたのやら。

 すっかり落胆した彩水は、直人と一緒に階段を降りていった。






 彩水じゃなかったなら、もう一人の方だ。

 階段を下りながら、麻由姉にかけてたように心へ話す。


 ――見てるんだろ白咲? 

『んっ、バレましたか』


 すぐ耳の後ろから白咲の声が入った。


『直人君から広瀬さんのピンチだって、ケータイの連絡もらったんです。後をついていってフォローしてと頼んであったんだけど、私も心配で広瀬さんを遠隔視オブザーバーでのぞいちゃってました。えっと、視聴開始は屋上への階段上がっているところからですね』

 ――そうか……まあ、おかげで助けてもらったからな。


 直人は呼び出し内容を知っていたのか。

 俺に直接言わなかったのは、もう一人の一年とともに口止めされてたってところか。


 ――連中にいったい何したんだ?

『凶暴な犬二匹が腕に噛みつくまやかしイミテーションを二人にイメージさせました。階段落ちは及びもしませんでしたが……』

 ――歩道橋の白咲みたいに上手く落ちればよかったが、自業自得かな。でもその場にいなくても行使できるって何気にすごくね? 

『広瀬さんもできるはずですよ。私が下す前に、自身で行えたはずです。自分を大事にしてください』

 ――ああっ、いやっ、状況が切迫してて、まるで思いつかなかったんだ。

『本当ですよ』

 ――ところで、気がついてた? 今村の能力。

『保持者ですね。どのくらいのステータスかわかりました?』

 ――たぶん、彩水の残留思念抽出サルベージより劣ると思うが、総合的には未知数だよ。

『じゃ彩水たちに任せて大丈夫そうですね』

 ――希教道に取り込むの? 

『可能ならです』

 ――そう、まあ、がんばってくれ。俺は今村が苦手だからノータッチで行きたいかな。






 昼休みの残り時間を図書館に詰めた。

 朝思いついたことの検索をするため、焼きそばパンを隠れるように急いで食べながら調べた。

 インターネットに繋がっている校内のパソコンで、谷崎さんの谷崎製薬を検索してみる。

 だが、ごく普通のサイトしか見当たらず、能力に繋がるようなものは何もなかった。

 止めて教室に戻ろうかと思ったとき、リンクに研究者の家とあり、何気なくクリック。

 何枚かの古い写真が載っていた。

 研究所、室内、谷崎所長自宅と流して見てると最後の写真で擬似感を覚える。

 その谷崎所長自宅の写真は、普通の民家の外見だが、遠い記憶が呼び起こされた。

 小学校の頃、自宅の前に立っていた家、今はもう解体されてアパートが立っている。

 谷崎先輩の家は北区にある豪邸だと聞くが、ここはその前の家? 

 谷崎知美が住んでた? 

 いやっ、そこには、その家には……。

 栞という髪の長い少女が住んでた。

 谷崎でなぜ気づかなかった? 

 名前で呼んでいたからだ。


『栞ちゃん』と。


 谷崎さんとの関係は、同一人物? 

 歳も名前も違う。

 じゃあ姉妹? 

 それとも、ただ苗字が偶然一緒なだけ? 

 一族経営の所長自宅なら確立は低い。






 名前が同じ一文字で、親近感を持った一歳年下の少女、栞。

 毎日一緒に小学校に登校、帰っては彼女の家によく遊びに行ってた。

 室内には栞になついてた子犬の座敷犬もいた。

 いままで封印されていたかのように、急激に記憶がよみがえってきた。

 でも彼女は交通事故で死んだ。

 その夜部屋で泣いたことを思い出す。

 栞がいなくなったことへの悲しさ。

 死というものの怖さを知ったこと。

 ……だから死の恐怖から彼女のことを封印していた?

 記憶の断片に病院内を二人で探検した覚えがある。

 妹のようで何かしてやりたくなる子。

 どこかの部屋で白い粉が舞っている中、栞と座敷犬とではしゃいでた映像も呼び覚まされる。 

 町内旅行か何かで、温泉に浸かっていると栞たちが入ってきて、お湯の掛け合いをした記憶も……混浴だったのかな? 

 あっ、キスも彼女にしたんだった。

 たしか何かの劇で……結婚式を上げそこでキスをして将来一緒になる約束をした……いや、誓いを立てたんだ。

 別れてそのままになって……誓いを守れなかった。

 何の?

 印象的なシーンは思い起せるが、その前後が駄目だ。

 いやっ、劇じゃないんだ。

 内容はアニメだった。

 その再現シーンだ……ああっ、栞と二人で遊びでやってたんだ。

 一緒にそのアニメ作品を見てた。

 剣と魔法の世界の現代版で、たしか“はらいの剣”ってタイトルだ。

 一族の宝物が奪われて、長の娘と騎士隊長が敵一族から取り戻すって内容……彼女の部屋で最終回のシーンを再現してたんだ。

 腰をかがめて片ひざをつき、立っている栞の手を取って誓いを……彼女と一族を率いると約束して、立ち上がり額に口づけをした。

 ……微笑ましい子供のノリだったな。

 それで彼女の父から一緒にフィギュアを買ってもらい……あれはどうしたかな? 

 マンションに持ってきてたかな。






 夢想に時間を潰したことに気づいて、研究者のリンクまで戻ってみる。

 そこで超心理学研究室という項目に目が留まる。

 リンクをたどると大学の実験研究やメタ超心理学サイトのリンクページが現れた。

 スクロールして流し見していると、一つに目に留まる。


 “柳都超心理学研究室”


 地元とはありがたい。

 内容に目を通すと“ガンツフェルト”実験の報告が書かれてあった。

 感覚入力遮断の実現方法で、感覚遮断状態で何か心に受信するかの実験するものだ。

 麻衣の幻覚は、ここの実験者にとって格好の素材になるんじゃないか? 

 それは困りものだが、読み進むと呪術のような悪意から守る実験を見つける。

 外的幻覚の遮断実験と思っていいのか? 

 ここならあるいは……メールで麻衣の幻覚のことを相談してみるか? 

 メールアドレスを携帯電話に登録したら、少し肩の荷が下りた気分になった。

 顔を上げると図書館にいた他の生徒が立ち上がり出口が騒がしくなったことで、昼休みが終えることに気づく。

 閲覧してたウェブブラウザを慌てて閉じ、パソコンをシャットダウンして立ち上がるとチャイムの音が流れた。



 ***



 前もって担当の島田に麻衣の入院先を聞いてたので、放課後、椎名、雅治と3人連れ立って見舞いに行く。

 途中でお金を出し合い、花を買う予定だったが、椎名にあっさり却下。


「入院するのに、花瓶なんか持って行ってるわけないのに切花はないわ」


 保存の効く高級菓子を購入してバスに乗る。

 病院に着くが、長時間の滞在は患者に負担がかかるので短めにと看護師に釘を刺された。

 前に長く滞在して問題になる学生でもいたのか、迷惑なものだ。

 エレベーターで5階まで上り、廊下を少し歩くと麻衣の名札のある大部屋の病室を見つける。


「あっ、みんな」


 廊下側のベッドで病衣ガウンを着て、文庫本を読んでいた麻衣が顔を上げた。


「元気そうで良かったよ」


 俺たちはベッドを囲むように入り周りを眺める。

 隣とは白いカーテンで仕切られているが、ベッドは空になっている。

 奥から人の話声が聞こえるが、内容までわからない。


「これ私達からのお見舞い」


 椎名が代表でお見舞い品を麻衣に手渡す。


「ありがとう」

「どう、病院は?」


 俺はいくつかの椅子の一つをベッドの横に持ってきて座る。


「うん、発作の一種だろうって……頻繁に起こる場合、精密検査が必要だとか言ってたけど、初めてだから……脳の検査でもう一日いることになってる。……退屈」

「じゃあ、何もなければ明日には退院?」

「うん」

「ちょっと喉渇いたから、何か買ってくるわ。麻衣はホット紅茶系? おごるよ」


 椎名が廊下を出かけに聞く。


「うん、ありがとう。自販機は、ここ出て右にまっすぐ行った突き当たりの休憩所にあるよ」

「じゃあ、俺も買いに行くわ。忍は何飲む」

「ああっ、ワリー。コーヒーで」


 二人が出て行って、麻衣と二人になるが、他に患者もいるから厳密には二人ではない。


「忍は、私が錯乱したと思った?」

「わかっているよ。椎名も雅治もね。前も言ったけど、見たことは事実なんだから」

「うっ、うん」


 少し目を伏せる麻衣。


「痛みとかないの?」

「昨日はひどく痛かったけど。今日はお腹がヒリヒリしてる程度。怪我じゃないから、たぶん神経的なものだろうって」

「そっか、引きずるんだな。何か、傷とか肌についたりはしてない?」


 医者もよくわからないのかもしれない。


「うん、火傷のあとみたいな傷が少し残っているの。でも、一週間ぐらいで直るって主治医の人が言っていた」


 あとに残ってしまうほどの幻覚イリュージョンか。


「ねぇ……私って、誰かに恨まれてるかな?」

「それは、たぶん俺が谷崎さんに近づいたせいかも」

「えっ?」

「ごめん……怒らせたかもしれないんだ。そのとばっちりかな」

「起こらせたって?」

「弓道の試合あっただろ? そのとき、根掘り葉掘り聞いちゃってね」

「色々と聞いたんだ……」


 急に声が小さくなっていく麻衣。


「気になってたことがあるんだけど、正直に答えて欲しい」

「何?」

「谷崎さんと会ったとき、何かなかった? 俺は何を言っても驚かないから」


 いくぶん声が小さくなりながら尋ねる。


「うっ、うん。あのパーティのときは……椅子に座った谷崎さんから幽霊話を振られたときだけど……そこで一瞬見えたの」

「見たって、幽霊とか怪物?」

「テーブルの上に人の生首が乗っていて、驚いて下がったら見えなくなってたけど」


 まやかしイミテーションを使われたな。谷崎さんの遊びだろう。

 白咲も候補だが、麻衣にはしないだろう。


「それともう一回、谷崎さんとチャクラーの話をしてたときにテーブルの上に動くものがチラホラ見えて、時間とともにはっきり見え出してきて……30センチほどの人、小人、妖精さんかな? 何人も右や左に動き回ってメニューを見たり、コップに手をつけてたり」


 児童文学みたいなイメージを思い浮かべれば良いのだろうか。


「驚いて口も利けなくなって……でも、店長マスターが妖精さんが乗った空の皿を持って、カウンターに行ったから見えてないんだと思った。谷崎さんがスピリチャルな話を止めると、妖精さんも消えていたけど」

「……人に幻覚を見せられる人が、この世にいるんだよ」

「忍もそう思ってくれるの?」

「俺も講堂のとき、麻衣に触れたら見えたんだ。あのおぞましいモノをね」

「見えたの?」


 目をむいて俺の顔を見入る。


「ああっ、吐きそうになった」

「そっ、そうよ。そうなのよ」


 彼女も一瞬思い出したのか、口に手を当てて顔をしかめ咳き込み始める。


「わっ、ごめん。思い出させちゃった」


 立ち上がり、うつむく麻衣の横でうろたえる。


「だっ、大丈夫。……大丈夫だよ」


 こちらに笑顔をを向ける麻衣だが、涙目になっている。

 やはりまだこたえているようだ。椅子に座り直して間を置いて話しかける。


「……谷崎先輩と麻衣が会ったことが、トリガーになったんだ。昔のことを思い出してね」

「忍…やっぱり、知ってるの?」

「んんっ、麻由姉……お姉さんの、屋上から落とされた事件に巻き込まれたことだよね。でも、逆恨みだろ? 逆に麻衣が怒っていいはず。関係ないって」

「怒っていいなんて……谷崎先輩が本当に今も憎しみで行動してるのなら残念だけど」

「幻覚を視せられても?」

「そうだけど、私はうらまないし、憎まないよ。そんな感情に自分の時間を使うのは無駄だと思う」

「麻衣がしっかりしてて良かった」

「でも、怖いのはコリゴリ」

「買ってきたぞーっ」


 雅治が部屋に入ってくるなり、缶コーヒーを俺に放り投げてきた。

 缶を受け取ってプルトップを引っ張り開けながら、昼の超心理学サイトを思い出して麻衣に提案してみる。


「ネットで今回のことで関係しているような、役立ちそうなサイトを見つけたんだ」

「何、何?」


 麻衣が食い付く。


「“ガンツフェルト”の実験をやっている研究所で場所が地元なんだ」

「研究所が近くにあるってこと?」

「“ガンツフェルト”ってなに?」


 椎名、雅治が同時に聞く。


「今回の謎や解決策がわかるかも知れないってことね」


 二人の質問を遮って麻衣が答える。


「ああ」

「その研究所に行けるってこと?」

「そのつもりだけど、どうかな?」

「行ってみたい。けど、実験体とかなって注射とかされない?」


 麻衣は手を頬に当てて不安そうに下を向く。


「そ、それはないだろ? たぶん」

「んーっ」


 と腕を組みだした。


「おい、そこで悩むところかよ」

「行く。行ってみたい」

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