第44話 IIMと脳
赤松の森林公園にある池の高台に、認知症患者施設のリハビリセンターが建っている。
竹宮女医に会う前に、腹ごしらえするため池の側に屋根のあるベンチで、コンビニで買ったサンドイッチを頬張る。
向かいの屋根付きベンチには、閉じた傘を持って立っている白い作業着のような服を着た大柄な男がいた。
その隣にやはり白い服をまとって、黒髪を束ねて胸の前に下ろした少女がベンチに一人座っていて、小降りの雨の中を走り回っている柴犬を見ている。
この白い二人組が犬を連れての散歩なのだろうか?
雨なのに赤毛犬のはしゃぎようは、見ていて飽きない。
二つ目のパンを食べていると、その犬が寄って来て舌を出しこちらを見つめる。
食べ物に気づいて寄ってきたか?
顔を正面から見ると、右目の周りの被毛にマークでもつけたような色違い模様に気がつく。
どこかで見たようなマーク模様だが、よく思い出せない。
男が手を叩くと犬は、俊敏に引き返してこちらを向いて二人の間に座った。
男は犬の濡れ具合を見て、少女はこちらに眼を移すと俺に頭を下げる。
挨拶をされてこちらも頭を下げる。
犬が寄ってきて迷惑をかけた挨拶だろう。
食べ終わりコンビ二袋をポケットにしまい、坂道の遊歩道を上がるとリハビリセンターの駐車場になっていて、脇を通り抜けると入り口にたどり着いた。
「同級生を恐怖体験で病院送りにしたのが、幻覚を使える彼女じゃないかと?」
竹宮女医が応接室のソファに座る俺に、立ちながら水容器に溜まったドリップコーヒーをカップに注いでくれた。
水容器をコーヒーメーカーに戻しながらしばらく思案している。
「それで知美ちゃんなのね?」
「ええっ、麻衣……同級生と関係を持っているのも谷崎さんだし、あの能力者が他にいるとも思いません。保持者について何か教えて欲しいんです」
「残念だけどまだ保持者たちの能力研究まで手が回ってなくてね。今は能力保持者の健康診断が中心。だから彼女の能力の状態は知らないのよ。要に
白衣のポケットから携帯電話を取り出し、すばやくボタンを押し通話する。
コーヒーを飲みながら聞き耳を立てていると、女性の声が聞こえた。
『電波の届かないところにおられる……』
「んーっ、出ないか」
彼女は携帯電話をしまってコーヒーを片手に、雨の降る外を眺める。
「誰ですか?」
「もちろん知美ちゃんだよ。本人に聞けば一番手っ取り早いでしょ? 何度か検査に来てもらっていたのだけど、最近パッタリ来なくなってね。再検診の招待もしたかったんだけど」
「彼女もIIM服用者なんですか?」
「そう。まだ認可が下りてなかった頃にね。一族の会社だから融通が利いて薬を手に入れたようだわ」
「認可って国の?」
「厚生労働省が二年前に医療用医薬品としてね」
俺が服用した時期がいつだったか、ますますわからなくなってきた。
「申請して三ヶ月でスピード認可。これはあり得ないことなの」
「よく聞く官民の利権絡み?」
「当たりだけど、もっと根の深いものがあると思う。とにかく早すぎる。今度は
テレビのワイド番組で話題になっていたことを思い出す。
「まずいのでは」
口からこぼれた発言に、女医の落胆な言葉が続く。
「流れは止められないね」
「その薬品IIMの作られた目的はなんでしょう?」
「薬の元々の製造目標は記憶製薬よ。忍君は脳のフイルター・システムは知っている?」
「いいえ、脳の中の余計なモノを取り除くんですか?」
「そうね、必要な情報だけを意識にあげ、不要な情報を排除する機能のこと。
「わかり易い例が、サヴァン症候群よ」
何か昔映画で見たな。一つの分野で常人ではありえない記憶能力を発揮する人々だったかな。
「サヴァンの原因の一つにフイルター・システムの故障が考えられているのよ。それを解析して、遮断している力を一時的に緩めたものが新薬IIMだね。脳の役割から話すと、左脳の思考を抑えて、右脳の記憶を開放させ能力を上げる。満足いく記憶の出し入れができたら左脳の思考が元に戻ることを促進する」
「俺欲しいんですけど、そのIIM」
「ははっ、服用したでしょ? 人にもよるらしいし、そう上手く効果は出てないよ。……それでも医療関係には浸透してきているけどね」
「前に能力者は病気と発言したけど、もともと人間はみな同様の能力を潜在的に持ってて普段は封じ込めている。けど、ストッパーが外れると能力者になると思ってもいいのかもしれないね」
「それじゃ谷崎さんのような能力者は特殊ではなく俺にもなれると?」
麻衣を守って対抗できる!
「力の優劣や、種類別の能力は未知数ね。合う体質、合わない体質ぐらいあると見ていいわ」
「残留思念能力の発展バージョンと思っていいんですか?」
俺のフラメモの上位能力なら。
「その残留思念の取得自体解明できてないのに、忍君たちは先を見すぎ。記憶って素子単位で物質として脳細胞に保存されていることが脳科学の基準なのよ、そして私という意識は脳の前頭葉辺りに内積してると解釈されている。それなのに触れただけで、それも物の上から記憶を見れるって罰当りな能力」
「能力者がまやかし、ペテンとか考えてませんよね」
少し不安になり女医の顔色をうかがう。
「だったら、異端排斥で学会から追放されるような論文出さないわよ」
笑いながら飲み干したコーヒーカップをテーブルに置く女医。
「ここ大事なところ」
そう言って、人差し指を立てる竹宮女医。
「何ですか?」
「すべての生命現象は,すべて物質現象に還元できると考えることよ。私は死守する立場だったのに貴方達が現れたから、そこを乗り越えざるを得なくなったわ」
「それは、意識や記憶が脳と別々だという考え?」
「幽霊が必ず存在するとか言ってるんじゃないのよ。現象に対して物質以外も選択の一つとして思考するということ。物質主義が正しい、心霊主義が正しいではなく、その中間に答えがあると思うの。心霊の否定、脳科学の否定じゃなくて、軌道の修正を唱えたいってことね」
黙って女医の言葉を待った。
「心は脳の産物で説明できるとして、脳の電極実験結果から体制感覚野の脳地図を制作して有名になった脳神経外科医がいたわ。でも歳を取ってから脳と心は別物であるという心身二元論に考えが行き着いて」
「過去の栄光へのちゃぶ台返しだ」
「ふっ、そうね。脳の神経作用によって心を説明するのは、絶対不可能だと結論づけたのよ」
「第一線の人たちでさえ、考えを変えてしまうんですね」
「液晶テレビを脳に見立てるとわかり易いかな。内部の電子機器に電流が通ったからと言って、その特定の回路基盤や銅線に受信した映像の番組が保存されて出ているわけではないでしょ?」
「それは、ええっ」
「哲学者のベルクソンが、脳は記憶を呼び起こす指揮者の役目をしていると言ってたけど、案外それに近いのかもね」
「面白いです。もっと話してくれませんか」
「別の事例でこんなのもあるわ。ねずみの実験で脳の大部分を切除しても記憶力はきちんと残っていた実験報告や、脳にひどい損傷を受け左脳を全て切除した子供が、成人になっても知能的に何の問題もない事例が海外にあるのよ。残りの脳細胞が切除部分を全て補間しただけじゃ説明できない。……それで記憶は、ホログラムのように、脳全体に分散されて記録されているという仮説とか出てきてるわけ」
「記憶が分散されて記録?」
「その説は、脳はホログラフィックな宇宙を解釈するホログラムであるという、ホログラフィック理論になっていくのよ。この仮説だと
ホログラフィックは、最近起きているフラメモの映像立体化を思い起こす。
関係性はありそうかな。
「でもなんか難しそう……」
「じゃあ、別の角度から」
女医はソファーの脇を歩きながら、行きつ戻りつして話した。
「見えない世界は量子よね。その先は素粒子の極限の長さがプランク・スケールって言う“ひも理論”になって、見えないエネルギーや波動の観念になっていくわけ」
「波動ですか、前に意識は波動だと読んだことあります」
麻衣と図書館で調べた本の記述を思い出す。
「知ってるわね。意識は中性子で、意志は陽子とする。だが、それらは電子を持っていない。だから、意識や意志は物質化していない話。人の記憶も電子を持っていないものなら……」
「持っていないものなら?」
「忍君は、量子テレポーテーションは知っている?」
「えっと、はい。瞬間移動でいいんですよね?」
「まあ、そうね。その量子テレポーテーションの実験は成功していて、量子コンピューターの道が開けているのよ。その量子情報の伝送なんだけど、意識や記憶が電子を持っていないものなら、量子と同じに情報の瞬間移動ができるのも可能よ」
フラメモも念話も科学で回答されるのか。
「その考えだったら、パソコンからインターネットを伝って別のパソコンにグロ画像の情報を送れるってことを人にもできることですよね?」
「十分やれるわね。でも簡単な仮説よ」
女医は腕を組みながら締めくくった。
「もう一つ……見えない、測定できない分野、そこは何と言うのかしら?」
「空間……空気や二酸化炭素は測定できるし……ああっ、真空ですね」
「昔は宇宙空間は何も無い真空だとして相対性理論も立ち上がったけど、今はいろんな人がいろんな言葉で何かがあると肯定し始めている」
「
「それよ。他にも
聞いてみれば、何気に多くあると感心した。
「私たちは零の聖域と呼んでるわ」
零の聖域……回帰の世界。暗い闇に落ちてるのか、浮かんでいるのかわからない状態が続いてた世界。
恩恵を与えてくれるが、今回のように厄介ごとも一緒に。
「幻覚自体は、零の聖域と関係があると見ているけど、まだまだ情報不足なんだよね」
「そうですか」
「でも、
女医が少し考えてはいたが意見を述べることはなく、変わりに白咲の名を上げた。
「その
「彼女は、何かよくわからないと言ってたんです。それでここへ……」
それを聞いて女医は不思議がる。
「そうなの? 要でも……んん……わかったわ。そのうち何かわかると思うから、今は落ち着くこと。まだ顔が固いよ」
「でも、原因がはっきりしないと……落ち着く気がしないんです」
「新学期そうそうサボったんでしょ? 冷静になりなさい。わからないまま走り回っても状況は変わらないから」
それを聞いて俺は軽くうなずく。
じゃあ冷静に今の状況を見て、対抗策はなんだろう?
麻衣への
相手からの侵入を防ぐにはどうやれば……防ぐ手立てなんかあるのか。
侵入者を現行犯で特定する。
谷崎さんを尾行するほうがいい。
いつ行動を起こすのか、わからないんじゃ無理。
侵入してきたら追っかけて捕まえる。
どうやって?
どれも俺が零聖域の能力制度を上かった場合じゃないと駄目だ。
訓練が必要ってことだな。
そうなると白咲にお願いすることになるか。
でも今は相手の特定の情報収集。
……谷崎さん本人のことはわからなかったが、何とか糸口が見えた気がした。
「
「そう? それなら話した甲斐があったわ」
相談のお礼をもう一度述べて部屋を出た。
廊下に立つと、扉の向かいにあるガラス張りの休憩室に設置してある自動販売機が見えた。
そこに黒髪を一つに束ね胸の前に下ろした少女が、車椅子に乗ってこちらを見ている。
目が合ったので思わず顔を背けて廊下へ歩き出す。
先ほどの池で見かけた白い病衣の少女だが、白咲に似ていた気がした。
休憩室を離れ廊下を進むと、センターの職員が柴犬をタオルケットで拭いている。
ベンチに立っていた白衣の大柄な男と、池の側で寄ってきた右目のマークのような模様をつけてた赤毛犬だ。
休憩室にいた車椅子の少女が、犬の主なのかな。
ここの患者さんだったのか。
大柄な職員と柴犬を横目に見ながら玄関口に出ると、外から見覚えのある黒サングラスの巨漢がくわえタバコのまま入ってきた。
すれ違うとき初めて顔を認識、青く鋭い目で鷲の口ばしのような鼻が印象的だ。
ここに何の用があるのか?
似つかわしくないなと思っていると、先ほどの柴犬が突然吠え出して、黒服の大男に立ちふさがる。
あの柴犬、俺には吠えなかったのにどうして?
振り返り情況を見ると、職員に黒服の男が片言の日本語で話しかけている。
犬にはお構いなしだ。
職員は、両手を広げて、
「お引取りください」
と巨漢に物怖じせず追い帰そうとした。
柴犬の吠える間に、音楽が流れだす。
映画“地獄の黙示録”で覚えている曲だが、たしか“ワルキューレの騎行”だ。
黒服の巨漢が、音を発信している携帯電話を取り出すと通信機は小さく見えた。
耳にあてた巨漢は、電話相手と会話してうなずいている。
赤毛の柴犬は職員の制止で吠えるのを止めたがうなっている。
巨漢は携帯電話をしまいこんだ。
「また来ル」
そう言って振り返りざま、俺を押しのけて玄関口から走って雨の中に戻っていく。
あまりの力の強さで尻餅をついて、呆気にとられてしまったが職員が声をかけた。
「大丈夫ですか?」
柴犬はタオルケットの場所に戻り、大人しくなっていた。
「はい、大丈夫ですが驚きました」
「取材を断られたジャーナリストなんですが、今度はアポなしで来ようとしたんですね」
「ジャーナリスト? ここへ取材?」
「ここにはちょっと有名人がいますから」
「あっ、竹宮先生ですか?」
「ええっ、問題提議の論文出してから、変り種がたまに来るんですよ」
「先ほどの人は、プロレスラーか何か、武道家の人かと思いましたよ」
「そうですね。あれはかなり修練してますよ」
職員に挨拶をして外に出ると、雨はひどい降りように変わっていた。
振り返るとあの柴犬がこちらを眺めてシッポを振っている。
先ほどの職員は携帯電話で話をしているようだ。
リハビリセンターをあとにして、マンションに戻るとひざ下の部分まで濡れてしまった。
シャワーを浴びて時計を見ると三時を指している。
そういえば学校サボってたんだと、改めて自覚する。
携帯電話で雅治に連絡を取り、麻衣のその後を聞く。
放課後に椎名が担任の島田に聞いていて、病院で怪我もなく安静に眠っていると話してくれた。
安堵するが、担任の島田が俺のサボりに怒って補習させると言ってたと報告され、戦慄した。
***
夕食を喫茶店“ショコラ”で済ませるため下りて行くと一階で夢香さんと会う。
「あっ、帰りですか? 今日は大学?」
「忍君。……そうね、入学式」
麻衣の夜勤で会ったとき以上に元気がない。それに少し雨に当たったのか髪や服が濡れて汚れていた。
「俺これからショコラ行くんですけど、軽く食事どうですか? 相談したいこともあるんです」
一度部屋に戻った夢香さんは、着替えてから降りてきた。
ショコラに先に来ている俺を見つけると、
他に客が数人ほど入っていて、室内はざわついていた。
「それで、相談って何かな?」
夢香さんにも率直に聞いた方が良いと思い、ストレートに聞くことにした。
「えっと、最近幽霊とか見ませんでしたか?」
それを聞いて夢香さんは、
「何でそんなこと聞くの?」
何となく精気がなくなっていく夢香さん。
「麻衣が病院に……始業式の講堂で怪物が襲ってくるって、暴れだして」
わかるように、簡略したけどいいよな。
「えーっ、麻衣ちゃんが!?」
「それで心霊に詳しそうな友達持っている夢香さんなら何か知ってないかと」
「詳しそうな友達って知美ね。入学式で顔合わせたんだけどな……ああっ、私はよく知らないのよ。ごめんね。彼女なら確かに何か知ってるらしいけど。……麻衣ちゃん心配だね」
普通に大学行ってたのか。
「谷崎さん、入学式行ってたんですか……じゃあ谷崎さんの電話番号知りませんか? 場合によっては相談に乗ってもらおうかと」
「私が聞いてみようか?」
夢香さんは携帯電話を取り出して、液晶を眺めながら通話ボタンを押す。
だが、しばらくして夢香さんは話し始めるが留守電メッセージで、
「連絡ください」
と録音して通話を切った。
「連絡が来たら話しておくよ。あとで忍君にも知らせるから」
「さすが夢香さん。頼りになる」
「そうでしょ? むふ」
夢香さんに生気が戻ってきた。
「それで関係あるかわからないけど、私も怪物見たわ。というよりゾンビだったけど」
やはり彼女も見ていた。
「それ見たって言うと信じる?」
「もちろんです。それはどこで?」
思わず彼女に触ってフラメモを試したい気持ちになるが、それを抑えて情況を伝えてもらう。
「合格パーティの日、そのときに見たのよ。夜の九時頃だったかしら? 忍君たちとショコラで別れてから、知美はBMWが迎えにきていたからそこで別れたあとね。一人でマンションのロビーの階段上がって、エレベーターが下りてくるの待ってたの。回りは妙に静かで嫌だなと思っていたら、妙な音が階段から聞こえてきて」
「妙な音?」
麻衣が家で見たのと似てるな。
「粘ついたような靴音。階段ってエレベーターの横でしょ? ゆっくり上から下りてくるから、音の主には生理的に会いたくないなと思ってたところへエレベーターの到着音。ドアが開いて急いで入ろうとしたら、スーツ姿の男が中で立ってこちらを見据えていたわ。それも頭の一部が欠けて顔中鮮血まみれのまま怒ったように声を上げて」
そう話を切って身震いする夢香さん。
「……シュールですね」
「驚いて飛びのき回れ右して駆けだしたわ。でも粘ついた靴音がこちらに合わせてついてくるから全力疾走でマンションの外へ駆け出て行ったよ。振り返ると人影が駆け足で近づいてくるので、また全力で走ったわけ。四、五件の家を通り過ぎた街灯下で足を緩めると、粘ついた靴音は聞こえず人影もなくなっていたわ」
「走るゾンビですか? ますますシュールですね」
「真面目に聞いてる?」
目を細めて少しにらむ夢香さん。
「もっ、もちろんです」
「ほんとよ。口裂け女みたいに脅かして追ってきたんだから。強烈だったわ。お陰で一人で誰もいない静かな場所が嫌になっちゃったわけ。とにかく一人は怖くてね」
夢香さんは両手で体を抱いて震えだす。
「部屋は大丈夫でしたか?」
「テレビとかつければね。それで彼にゾンビ男のこと話したら、なるべく一緒にいようってことにしてもらったの」
ほう、ここで金田先輩が出てくるのか。
「この一ヶ月よく連絡取ってもらって、出かけるときとか車の送り迎えもしてもらったのよ」
「へーっ、車で?」
夢香さんの送り迎えをフォローするとは、できる先輩と思ってしまう。
「でも彼女がいたはずじゃなかったですか?」
「ええ、別の女に感づいてたし、受験もあったから、距離置いてたんだけど。彼からの合格祝いもらって、また会うようになってたの。不安なら送り迎えするなんて言われてほだされちゃって」
そこまで言って力なく肩を落とす夢香さん。
「昨日まで良かったけど、今日になってね……。入学式が終わって校門近くの目立たない場所で待ち合わせしてたの。傘をさして彼のところに駆け寄ったら、さっき話した頭の一部が欠けた血だらけのゾンビ男が彼の横に現れてた。彼も驚いて一緒にそいつから離れて……」
金田先輩も見えた?
「でも、ゾンビ男は消えてて、二人して回りを見渡していると後ろに現れて凍りついたわ。でもね、もっと凍りつくことをあいつしてくれたの」
「何をしたんですか?」
「あいつに肩を押されて、ゾンビ男に向かって倒されたわけ」
そのときの事を思い出したのか、顔を険しくする夢香さん。
「ゾンビ男にぶつかっていやな感触を味わったら、後ろのレンガ壁にぶつかってて雨の中倒れてしまったわけ」
やはりゾンビ男は
「それで服が濡れて汚れてたんですか」
「ええっ。座ったままあの馬鹿が一人逃げてくの見送ってね。ゾンビ男はまた消えて、遠くで馬鹿の大きな悲鳴が聞こえてたけど、どうでもよくなったわね」
金田先輩がおぞましい幻覚を見てたのは想像できた。
「恐ろしいやら、呆れるやらで、裏切られた気分で一人帰ってきたところ」
そう言って一息つくようにコップの水を飲む。
「た、大変な思いをしたようですね」
「そうよ。なんか話してたら、また……」
言葉を切って夢香さんは、おもむろに携帯電話を取り出しボタンを押し出した。
「あいつにゾンビ男押しつけられて……決めたわ」
「何ですか?」
聞いてる間に、夢香さんは携帯電話をしまって笑顔を向けてきた。
「今ね。別れのメール送ってやったわ」
彼女の冴えなかった顔に赤みが差し、晴れ晴れしていた。
「思い切りましたね。結果的にゾンビ男がその縁を切ってくれたことになるんじゃ?」
それでこそ、夢香ねえさん!
「そうね。おかげで、あいつの人間性がわかって良かったわ。でも、何であんなお化け見だしたのかしら……麻衣ちゃんといい。やっぱり共通の何かがあるのかな?」
谷崎先輩はゴタゴタに巻き込まれるから別れろと言った。
男に恨みでもあったのかな?
「相手の男が誰かに恨まれてたとか?」
「恨む? んーっ。どんなのかしら」
首を傾げて聞いてきたので、腕を組んで考えながら話す。
「たとえば、ゾンビ男が誰かを憎んで死んだ幽霊だった……とか?」
「恨まれてるとか知らないけど、五、六年前に彼の家族が交通事故を起こしたと聞いたくらいかな。でもね忍君、死んだ人は憎まないと思う。いや思いたいかな」
「それは?」
「私はソウルメイト派なの。肉体が死んだら全て灰になるんじゃなく、意識は解放される。そう思わない?」
「解放ですか。魂の?」
「そうよ。意識の開放でまた相方を探す旅が始まるなんて、ロマンがあるでしょ? 私好きなのよ、ソウルメイト」
「輪廻転生ですね。科学的には生命尽きればそこでおしまいですから、無になるより全然いいですが」
「止めて。なんて夢のない、ありがたみのない話。冷たくてブリザードが吹いてくるわ」
耳を塞いで体を横に振って嫌々する夢香さん。
その後は、スピリチュアルな話が続き、谷崎さん、麻衣に関する収穫はなかった。
食後、夢香さんと別れて部屋に戻り携帯電話を取り出す。
麻衣にコールしてみるが繋がらない。
きっと彼女の手元にないのだろう、今はどうしているのか……。
そこへ携帯電話がなり、液晶画面を見ると夢香さんからのコール。
『あっ、忍君? さっきの直美への相談なんだけどOKよ。直美が時間空いたときに会いましょうって。彼女からかけるから、忍君の携帯番号教えといたよ。いい話聞けるといいね』
そう一方的に話して切れた。
携帯電話を置くと唐突に眠気に襲われる。
雨の中動き回ったせいか疲れが出たようで、ベッドに倒れて考え事をしていたら熟睡してしまった。
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