第42話 特殊能力

 女子団体戦の勝者は陽上高校に決まったところで、男子団体戦が始まった。

 俺は二矢目あたりで興味をなくし、見学を切り上げ弓道場を出ると体育館から谷崎さんの強めの声が聞こえてきた。

 顔を半分出してのぞくと、広い体育館の壁沿いにいくつ物パーティションが組まれていて、部員の控え所、他校選手の男女更衣室などに仕切られているようだ。

 パーティションの手前で、先ほどの試合メンバーが、白咲を含めてこちらに向かい立ってうなだれている。

 後姿の谷崎さんが、前に立ってお小言を述べているようだ。

 その場を静かに退して、裏庭を見学して白咲に生徒手帳を返すため待つことにする。






 二十分位して体育館に道着姿の部員たちが大勢入っていくのを見て、試合が終わったと判断。

 弓道場の玄関口からロビーをのぞくと、先ほど座っていたパイプ椅子に谷崎先輩が腰を下ろしていた。

 一瞬不吉なものが背中に走るが、彼女はこちらに気づかず隣の男子生徒と談笑をしていた。

 話かけようかと考えをめぐらしていると横から質問が入る。


「何見ているんですか?」


 白咲が弓道着でなく制服姿に着替えて、俺と同じ姿勢でロビーをのぞいていたので驚く。


「あれ、もう外に出てたの? 探してたんだよ」


「試合終われば現地解散だから、一緒に帰ろうと思って待ってました」


 肩にはエナメルバッグと矢筒を担いで、いつでも帰れる状態である。


「そうか。逆に待たせてたわけか」


 相方の純子を待たないのか聞くと、家は逆方向だから別々に帰るとのこと。


「試合全部見たよ。最後は残念だったけどね」

「広瀬さん、嘘つきです。初回は見てなかったくせに」


 ばれてたかと首をすくめるが、ふてくされて横を向いてる白咲が可愛く見えた。


「ごめん。でもしっかり勇士姿を見たよ。真剣に的に中ててたし。そうだ、ウインクしてた?」

「ふふっ、はずかしーっ」


 態度を軟化させて微笑むが、ロビーから玄関に出てきた数人の道着袴の先輩女性に丁寧に挨拶をする。


「あら、白咲さんいたの」

「もう着替えちゃって、ちゃっかりしてるわね」

「全部当てるつもりで、頑張るんじゃなかったの? 土壇場でヘマしてさ」

「先輩差し置いて出場したのに、負けちゃって恥ずかしいから、コソコソと早く帰りたいんでしょ」


 白咲の態度と裏腹に、粗雑な言葉を投げかけ立ち去る。

 部活の上下関係にしては陰湿だろ。


「ひどいこと言うな」

「いいんです。また先輩たちと対抗したら、へこましてやりますから」


 ポニーテールの肩にかかった髪を、首を振り整える要は自信にあふれていた。


「じゃ、帰りましょ。広瀬さん」

「ああっ」

「それじゃ、先輩お先に失礼します」


 白咲が玄関に入りロビーにいる陽上高校の残り生徒に挨拶すると、男子生徒がねぎらういの言葉を返す。

 谷崎先輩はロビーから出てきた生徒たちで見えなくなっていた。






 白咲と連れ立ち自転車を引いて陽上高校の門を出ると、俺の携帯電話の着信音が一回鳴った。

 ポケットから取り出してモニターをのぞくと麻衣からメールが届いていた。

 メールボタンをクリックすると、誘い文が入っていた。


“試合は楽しかった? 今、いつもの図書館。暇なら来ない? 一時間くらいいるよ”


 終わる時間を計算していたなと苦笑いする。


「何です? 楽しいことでもありましたか」


 眺めている携帯電話の液晶越しに、白咲がこちらをうかがっている。


「麻衣が図書館にいるって」


 そう言いながら、


“行けたらいく”


 とメールの返信する。


「図書館?」

「ちょっとね」


 そう言って携帯電話をしまう。


「あっ、私も読みたい本がありました。これから本屋につきあってくれませんか?」


 彼女は立ち止まって、ポニーテールを揺らしながら俺の顔を凝視する。


「あっ、ああ、うん」


 白咲の目線にうなずいていた。

 遠くの麻衣より近くの白咲で軍配を上げる俺。

 メールどおりの時間があれば麻衣のところへ行けばいい。

 笑顔で本屋への道へ先を歩き出す白咲を追いかける。

 この機会に前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「希教道って教祖様っているの?」

「います……けど、興味あります?」

「まあ、そうだね。聞いたことなかったし、どうなってるのかな」

「教祖は道場を彩水に任せて引退した感じかな?」

「じゃあ、彩水が二代目の教祖? かんなぎ様ってやつ」


 それに白咲は片手を振り、まだまだ新米だからと笑う。


「初めの教祖様ってどんな人?」

「そうねえっ、教祖……様は、頑固で嫉妬深くて、顔が面白くって、最近太り気味で悩んでるようで、40過ぎてるのに体動かさないと気がすまなくて……」


 彼女は楽しそうに語り出して、そのはしゃぎように少し嫉妬を覚えながらデジャヴュも感じた。

 最近夢に見たせいか、こんなふうにうれしそうに父親のことを話した少女を思い出す。


「最後にひとことで言えば、髭もじゃですね。それに広瀬さん、前に会ってますよ」

「えっ、そうなの? もしかして、教祖様って白咲のお父さんだったりして?」


 不思議そうにこちらを向いてしばらく黙る白咲だが、つまらなそうに口を開く。


「違うよ」


 まったく見当違いらしい。

 それも彼女にとって、父親の話題はタブーなような気もした。

 叔父さんの道場当主は、髭は生やしてないし教組じゃないしな。


「それに何で聞きたいって思ったんですか?」

「ああっ。……ちょっと前に、雑誌記者からなぜか携帯電話にかかってきて、その辺のこと聞かれたんだ。入院中の患者が談話室で亡くなり、その原因が教祖と関係があるとか」

「そんなの……嘘です。どこの記者ですか? 抗議しなきゃ」

「月刊雑誌の【 !】って言ってたけど、本気?」

「……道場に報告入れときます」


 少し気まずくなったので黙って歩いていると道路に出た。

 交差点のL字型歩道橋を渡ると目的の大型書店がある。

 折りたたみ自転車は、歩道橋の下に駐輪させて階段を上る。


「生徒手帳。どうでしたか?」


 階段を上りきったところで白咲が話しかけてきた。


「ああっ、うんっ。収穫はあったよ。ありがとう。それで手帳は本人に返した方がいいのかな」

「手帳? いいえ、もう燃やした方が良いと思います」

「燃やす? でも先輩の生徒手帳だろ」


 俺の声に反応するように、後ろから階段を駆け上がる足音が聞こえる。


「あっと!」


 白咲が声を上げて後ろを振り返る。


「おやっ」


 階段下から低い声がささやく。


「話し相手は白咲さんだったのね。ちょうどいいわ」


 谷崎さんが現れ、最上段で立ち止まる。

 歩道橋下の道路上に黒のBMWが駐車しているのが見えたので、俺たちを見かけて止めたのだろう。


「眠り王子君」

「はあ」

「手帳」

「えっと……」

「私の生徒手帳持っているんでしょ? 返して」

「ええっ、そう……かな」

「君、忍君。弓道場のロビーにあったパイプ椅子。座っていたでしょ? 見かけてたから後で座ってみたの。だから。ねっ?」

「いやあ、ははっ……何のことですか」

「あのパイプ椅子。忍君が座っていたときの状況を教えてくれたわよ。たとえば学生証カードを手帳から引出すとか」


 みんなばれている。

 白咲に目をやると、肩をすくめて手のひらを谷崎さんに向ける。

 ブレザーのポケットから生徒手帳を取り出し、彼女に近づきしぶしぶ返す。


「落し物です」


 谷崎さんは受け取った生徒手帳を、顔の前で何度も振るしぐさをする。


「一応お礼は言っとくわ。でも、今燃やすとか聞いたんだけど、どうしてかしら?」

「聞き違いでしょ? 先輩の手帳燃やすわけありませんもの」


 白咲が笑いながら谷崎さんと俺の間に入ってきて、率先して会話をする意思を示した。

 俺の目の前でポニーテールが風でゆらゆらと揺らめき胸に当たる。


「そうね。それはもういいわ……この手帳は半年ほど見えなかったのよ」


 手帳を振りながら見続けている。

 あれは彼女なりのフラメモじゃないか?


「その間にのぞいてたのね。白咲さん、それに有田さんも」


 やっぱり手帳から記憶を引き出している。


「趣味が悪い後輩たちだこと」


 振るのをやめて、両手を腰に回す。


「手を貸してもらえないからです」


 白咲は顔を背けて不満そうに話した。


「こんなコソコソするやり方で賛同できて?」

「汚い手と言われても、やれることはやります。先輩のように見て見ぬ振りはしません」

「客観的に 注意深くあなたたちを監視して行動してるわよ。同じ能力者として露見しないように、そして余計なことをさせないようにね」

「それは敵対行為です。やはり家族側に同調するんですね」


 俺のわからないところで二人は対立しているようで、理解が追いつかない。


「祖父を許しているわけじゃないわ。対立より話し合いで説得して行こうと思っているだけ」

「説得できると思っているんですか?」


 白咲が一歩前に出る。


「時間をかけて説得してみせるわ」

「それじゃ遅いんです。能力者が増えれば災いも大きくなるだけなのに」

「だからやっているわ」


 谷崎さんは苛立ちながら両手を胸の下に組んだ。


「告発すれば認めてあげる」

「身内なのにできるわけないでしょ。災いの広がりなどすべてにおいて不確定なのだから」


 止めるべきなのか、躊躇している内にテンションを上げてく二人。 


「能力者なら確定を感じて信じれるはずです」

「見てきたように言わないで欲しいわ。所詮不安から来る世迷言よ」

「嫌なことに目をふさいでるだけです。家族を説得できないなら、私たちと行動をするのが最良のはずです」

「家族を裏切るほど貴方達を信用してないから」

「信じる家族から弾かれるのが目に見えます」

「あなたのその歪んだ自信にはうんざりだわ!」


 谷崎さんの声のトーンがひとつ上がった。

 何かが突き刺さる音

 一瞬の沈黙のあと、白咲が俺に崩れ落ちて抑えきれず一緒に倒れる。

 仰向けになった俺に、抱きかかえられる白咲は足元を見ていた。

 何が起きたのか俺も目が行くと、白咲の足元のコンクリート地面に弓矢が刺さっていていた。

 ありえないと思ったが、すぐ白咲を抱えながら後退する。

 すぐ蜂の羽音のようなノイズが上空から聞こえ、見上げる間もなく何かが落ちてきて戦慄した。

 

 ――矢だ!


 それも雨のように俺と白咲、谷崎さんの間に降り注ぎ歩道橋の地面に一斉に落ちてめり込んだ。

 だが矢は誰をも射抜くことはしていない。

 白咲が不慣れな足つきで起き上がると、しきりに足をさすりながら俺に振り向いて何もないことを確認したあと、谷崎さんによろけながら向かっていった。

 そこに上空からまた矢が落ちてきて、白咲の背や腰、足に何本も突き刺さる。

 後ずさる谷崎さんに白咲は体を丸めるようにして倒れながらしがみつく。

 だが、すぐ脇の階段に白咲は飛ばされ転がると、視界から消えた。

 上ってきた階段を真っ逆さまに、転げ落ちていくようすが目に浮かび身が縮む。

 一瞬、矢に躊躇したが、ひざを突いた谷崎さんの立ち位置まで駆けるが、矢が降ることはなかった。  


「私……何で、こんなことに」

 

 両手を口に覆った谷崎さんが階段の下を見ていた。

 彼女のの驚きで焦りながら下をのぞくと、中央の踊り場で白咲が両膝をついて上半身を起こした状態でいた。

 階段を急いで下りて行くと、正座のずれた三角すわりをした彼女は、前面に移動したバッグを脇に戻している。

 落ちたときエナメルバッグが、クッションになっていたようで、頭とか打っていないようだ。

 彼女の脇にかがんで背中見るが、先ほど刺さった矢はなくなっている。

 振り返ると、歩道橋の手すりなどに刺さっていた矢も消えていた。

 消えた? 

 見間違いではなかった。これは……まやかしイミテーション


「白咲大丈夫か?」

「たっ、たぶん……ビックリしただけ」


 顔を向ける彼女の顔は少し砂で汚れていた。


「そっか、良かった」


 少しホッとして緊張が解けたが、座ったままの白咲が体を丸めて足や太ももを摩りだしている。


「足痛むの? 落ちたときにぶつけた? それとも当たった矢?」

「えっと、落ちて」

「あれは谷崎さんのまやかしイミテーション? 広範囲だったけど」


 いつかの高層ビルの地震を思い起こすものだった。


「ああっ、イリュージョンですね」 

「イリュージョン? あんな事もできるんだ」


 彼女の説明だと小道具的なのをまやかしイミテーション、今の大規模なものを幻覚イリュージョンと分けているそうだ。

 その谷崎さんを見ようと顔を上げると歩道橋の上には人影はなかった。


「あれっ? 谷崎さん」


 立ち上がって回りを見やるが谷崎さんはいない。

 歩道橋の下の大型書店近くにも彼女はいない。

 まだ上にいるのだろか? 


「いないんですか? いたたっ」


 背中に手をやる白咲。


「やっぱり、幻覚の矢も痛むのか?」


 エナメルバッグと矢筒を肩から下ろさせて、背中をさすってやる。


「いいえ、バッグの紐がきつくて」


 片膝をついた彼女のスカートから出てる太ももに目が留まると、動悸が少し速まってしまう。

 こんなときにと場違いな気持ちを抑える。


「えと……突き抜けた感触を受けたけど、幻覚だから見なければ痛みはないみたい。でも脳が認識したら、本物の傷みを神経は体感させてくれますから、ひどければ後遺症とか残るかもしれないです」


 歩道橋の地面に刺さった矢を思い出し、背筋に寒さを覚える。

 俺も松野たちに怒りに任せて幻覚をぶつけたが、改めて凶器になる能力を持っていたと実感する。


「本当に普通に痛むのか」

「……幻肢痛という、四肢を切断した患者がなくなった手足から痛みを訴える症状があります」

「なくなった場所が痛んでる?」

「脳神経が体感幻覚痛を生み出してると思うんです。その症状と類似しているのがこの幻痛です」


 幻覚で受けた痛みは、脳神経が現実に怪我した痛みと認識してしまう。

 錯覚も現実と大差ないことか。


「あっ、んんっ」

「いたっ、やっぱり痛いかも」


 声を漏らす白咲は続けて、女の子座りのまま背中を何度か海老反りらせる。


「ええっ?」


 彼女の前で右往左往する。


「あん、もう平気です。ちょっと、気のせいだったかな」


 両手を横に上げて何もないことをアピールして、何度も胸をそらせて深呼吸しだす。

 彼女の小さな胸が目の前で強調されて心が波打つ。

 白咲は狙ってやってないか?


「それで五感の幻覚が働いているから幻痛を感じると言われてます。別名魔邪まやです」

「五感の幻覚って幻視、幻聴、幻味、幻嗅、幻触があるってこと? 痛覚まで感じるのがマヤ?」


 俺の回答に相槌をうつ白咲。


「よこしまな、まがいもので魔邪まやよ。正確にはマーヤというらしいけど」

「じゃあ、その魔邪まやを使う能力者が谷崎さん?」


 無言でうなずく彼女が、地面に手を当てて座りっぱなしのに思い当たる。


「そろそろ立たない?」

「ははっ、えっと、なんか、足に力が出なくて……肩借りていいですか?」


 うつむいた白咲に驚く。


「どこか悪くしてた?」

「いえっ、その……腰が抜けたようで」

「本当? 怪我じゃないの?」

「大丈夫です。痛くありません。肩お願いします」

「ああっ、それなら」


 彼女に触れられる役得を抑えて、俺は姿勢を低くして向かい合ったまま肩を貸す。

 白咲を起こし立ち上がるが、本当に足に力が入らないようで、俺の胸に抱きつき額が俺の鼻に当たる。


「ごめんなさい」


 白咲が顔を振り仰いで話した肉声は、その吐息とともに温かく頬にかかり動転する。

 下から音がして一瞬緊張。

 誰か階段を上がってきたので、身構えることで彼女の背中を強く抱きしめてしまう。


「あんっ」


 うっかり抱擁して声を漏らす白咲。

 今日の彼女は色っぽいんですけど。

 目の前を陽上高の制服を着た生徒が通り抜け、嫌なものを見たと不快な顔をして上っていく。

 また下から黒い大きな人影が上ってきたと思ったら、見向きもされず上りきってしまった。

 俊足で驚いたが、あの黒サングラスの巨漢であった。

 安堵で抱きしめている腕の力を抜くと、彼女は俺の両肩にしがみついたまま足元に座り込むので、引きづられてかがみ込む。


「あっ、また……ごめんなさい」

「どうしよう。痛い? 歩けないのだったら、救急車呼んだ方がいいんじゃ?」

「わわわっ、だ、大丈夫ですよ。しばらくすれば直るから……たぶん」

「でもこのままじゃ……また人が来るし。大丈夫なら歩道橋降りてバス停のベンチまで行こうか」


 彼女から離れ背中を向けて説明する。


「そこまで背負よ。肩に手を乗せて」

「えっと……」


 躊躇している白咲。


「ここで座っているのも赤面ものだぞ。ベンチまで我慢して……それともお姫様抱っこがいいか?」

「それはけっこうです」


 白咲は俺の言葉に始めて赤面しながら答えて、すぐ背中に手を回してきた。


「落ちないようにな」


 声をかけて背負い上げ太ももに手をかける。

 腕や背中に柔らかな弾力を感じると、顔が赤面していくのを感じ、急いで矢筒とバッグを持ち上げる。

 彼女の躊躇を考えたら、すぐベンチに着くのが急務と焦ったためか、階段を駆け上がりきったらバッグを落としてしまう。

 背負ったまま立ち止まりバッグを拾うと、前方に二つの人影があった。

 一つは携帯電話を持っている谷崎さんで、もう一つは先ほどのあの巨漢だ。


「怪我はどうなの? だけど自業自得よ」


 谷崎さんが声をかけてきたが、原因を作ったのは誰だと言いたくなる。


「痛い。忍君、痛いよ~っ」


 背中の白咲が俺の名前でわざとらしく応答する。


「冗談言えるなら問題ないね。すぐ戻らなければいけなくなったので、あとは彼氏に早く病院へ連れてってもらいなさい」


 その会話が最後に二つの影は俺たちとすれ違い戻っていった。

 先ほどの黒のBMWの後部座席の前で谷崎さんは、こちらをいちべつしてから乗り込み車は疾走していった。


「帰っちゃたね。突然の用事って、白咲とこれ以上喧嘩になるのを避けたのかな?」


 あの矢の雨を思うと帰ったことで安堵する。


「そっ……そうね」


 彼女は声を震わして、車が過ぎ去った道路をしばらく眺めていた。

 あのプロレスラー並みに、でかい金髪を怖がっているのか? 

 俺もだが。


「でも、あの巨漢。谷崎さんの送り迎えの運転主なのか、警護なのかわからないけど何気にすごい人雇ってるわ」


 俺の言葉に反応しない白咲に、気になって声をかけようと振り返る。


「……あっ、広瀬さん」


 白咲は俺の背中からゆっくり降りて立ち上がる。

 振り返ると、少し足もとがふらつきながら手すりに腕を預けて立った。


「良くなりました。ありがとうございます」

「本当? 立てる?」

「はい」


 ゆっくり手すりから離れて歩き出す。


「先輩のあの矢を止めようと近づいたけど、いいように落とされちゃって足がすくむなんて、恥ずかしいです」

「階段落ちなんて、身が縮んだよ」

「えへへっ、心配させてごめんなさい」


 俺の隣に並びこちらに笑顔を向けてから、またBMWの去った道路を眺める。


「谷崎さんのあの大規模な能力。あの力はいったい何なの?」

「えっと、まだよくわからない能力なの……先輩あまり上手く使ってないみたいで、理解して操ってないのかも」

「まるで超能力だよ。やっかいだな」

「彼女は脅しにしか使わないです」

「何で? 今も白咲をいくつもの矢でつらぬいたじゃない」

「私が予期せぬ動きをして刺さって落ちたから、驚いて理由つけて帰ったんでしょう?」

「んーっ、そうなのかな」


 俺が疑問に思っていると、白咲はバッグと矢筒を頭から肩にかぶせながら笑いを押し殺して話しだす。


「なに可笑しいの?」

「明日ね。弓道部の反省会あるんですが、先輩も来るんで包帯巻いて前に立とうかと思ってるんです。罪悪感を植えつけられるでしょ?」


 笑い出す白咲に呆れる。


「白咲、黒いよ黒い。……まさか。さっきの立てなかったのは、先輩が見ているのを見越した演技?」

「ふふっ、そのくらいしないと、ねェ」


 歩道橋の降り口で立ち止まり、白咲は俺に向き直り腕を後ろに組むと静かに宣言した。


「彼女が必要なの。そして保護しなければいけない。だから……私、悪にもなるよ」



 ***



 買い物をしてからマンションに戻ると麻衣から、


“バカ”


 と一言メールが入っていた。

 夕食の牛丼を食べながら、書店を出た帰り際に白咲と語った情報を思い出す。


「何でこんな一つの街に何人も能力者が出てると思います?」

「何かが起こっていることは感じるが見当もつかないな」

「発端は谷崎先輩の一族です。谷崎製薬という会社を一族が運営しています」

「そこで問題が起きたの?」


 俺は興味津々に聞いた。


「竹宮女医が、私たちの能力の原因が谷崎製薬の新薬“IIM”にあると特定したの」

「それ服用すると能力者になるってこと?」

「全てがなるわけじゃないです。竹宮女医に聞かれませんでした? 能力の発動原因」

「そうだった」


 脳にダメージを受けた若い人が、発病すると言ってた。


「何もなければ発病はないわ」

「うーん。だけど、俺そのIIMの服用した覚えがないんだけど」

「広瀬さんが忘れているんですよ」


 渋い顔をする白咲だが、思い浮かばない。

 中学時の交通事故は何種類も薬は飲んだが、それ以前での服用となると……。


「IIMってどんな薬なの?」

「精神治療薬。記憶回復剤かな? 記憶の向上、または記憶喪失を止めるとか。詳しいことは竹宮女医に聞いてください」


 面倒なところは投げてしまう彼女。


「それでIIMが良くないって言う行動とか起こしたの?」

「竹宮女医が警鐘のため医療学会に発表したけど、査読者に似非科学者扱いにされて反論したら問題になり、学会から追い出されたんです」

「能力者がネックだ」

「そう。製薬会社も、関係性はないというより能力者などありえないスタンスで無視を決めているし」


 これからも増えるって言ってたのはこのことか。


「IIMの投与を規制しなければ?」

「保持者が増え続けるでしょ。そして公になれば広瀬さんも経験があることが起きる」


 嫌な思い出だ。恐怖、戦慄、怪物、やっかみ、いじめ、排除、差別。

 いろいろ経験させられたが二度と御免だ。


「一般人からの迫害は免れなくなるわ」


 味方も増えるだろうが、TVや新聞とかマスコミが入ると手に負えなくなる気がする。


「もしかして、希教道は先を見越して?」

「保持者を集めて団結してそのときに対抗する場です」

「異能者の駆け込み寺になりそうだ」

「そうならないために谷崎先輩を引き入れて、谷崎製薬を内側から崩したいんです」

「だから、広瀬さんも私たちに力を貸してくれませんか?」






 牛丼を食べ終わり容器を洗い燃えないゴミに分けて、使った割り箸を燃えるゴミに突っ込む。

 その動きが矢の動きを連想させ、足元に落ちてきた矢のシーンを思い起こさせた。

 その後雨のように、大量の矢が降り刺さった歩道橋。

 ネットで幻覚あるいは能力系の話題は出てないか、パソコンを立ち上げ巨大掲示板をのぞく。

 サイコパスはあったがサイコメトリー系のスレッドは立ってはいなかった。

 少年犯罪で、前もって金庫位置を知っていたと気になる症例はあったものの関係するか疑問だった。

 検索からブログ関係を当たったが、小説や漫画の創作物の世界ばかりで目ぼしい物はなかった。

 希教道も調べたが、ほぼ何も引っかからなかった。

 サイトすら立ち上げてもいないようだ。

 ネットの活用は進言した方がいいな。

 希教道検索から、入信の約束をしたことを思い出すと、面倒なことがらが頭を占拠しはじめ後悔の念が心を占めた。


『女性の信者に丸め込まれたんだ』


 麻衣たちに知れたら、そう言われるだろうな。


「でも、もうフラメモ能力者でしょ?」


 白咲の声が聞こえ、ポニーテールを揺らした満面の笑顔が思い浮かぶと、否定的な気持ちを帳消しにさせる。

 ……やっぱり引っかかったかも。

 また突然の睡魔からベッドに入り、白咲の緩い思いを引きづりながら眠りに落ちた。

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