第41話 弓道大会
四月三日 木曜日
俺の住んでいるマンションから歩いて十五分ほどに丘があり、公園が整備されている。
見晴らしが良く街並みを一望できる場所の斜面下には、陽上高校のグランドが広がっている。
午後二時からの弓道の練習試合で、白咲の弓さばきを見に折りたたみ自転車でやってきた。
ただ、図書館から借りた小説に夢中になって、出るのが遅れてしまった。
卒業した谷崎先輩も来るとのことで、会って情報もできたら知りたい。
聞くのは麻衣のことだけじゃなく、夢香さんも聞いておかないといけないな。
一応、麻衣を試合見学に誘ったが、
『勝手に行けば』
とそっけない返事をされた。
他校なので私服は止めて、制服を着て校門を入り駐輪場に向かうが人がいない。
見渡すと竜芽学園の制服を着た生徒が一人歩いていたので、そちらに向かってみた。
校舎を迂回して裏庭に出ると声をかけられる。
「広瀬さん。こんにちは」
声の方に顔を向けると、弓道着をまとって黒の胸当てをした白咲が立っていた。
さきほどの生徒はもう見えなくなっていたので、少し違和感。
「こっちで正解だったようだね。場所がわからなくって」
白咲のうしろでは弓道場らしい建物があり、弓道着姿の部員が出たり入ったりしている。
「あっ、ごめん。じゃなくて、ごめんなさい。教えてなかったですね」
頭を下げポニーテールを上下させる。
「着いたから問題ないよ。でも白咲は彩水ちゃんみたいに、もっと遠慮なしに話すといいのに」
「彼女は論外です。少し甘やかし過ぎたと思ってるんです。こんど注意しときます」
「おっ、先輩発言。頼りになる」
「からかってません? 叩きますよ」
胸当てに当ててた手を上げる。
「ごめん、ごめん。それで今日はどう? 少し遅れたけど白咲の出番は?」
「個人戦が終わったところですよ」
「もしかして、終わってたりしてる?」
「次の団体戦にも出ますよ」
言葉の“にも”に力を入れる白咲。
「ああっ、よし見るぞ。白咲の有志。団体戦か。たぎるな」
「いえいえ、無心の境地です」
笑顔で答えるので、遅れた事には頓着してないようだ。
麻衣だとこうはいかない。
「さすがベテランだ。……ところで谷崎先輩来てる?」
「ええっ、来てますが所持品は何も持っていません。それに谷崎先輩も能力者だから、のぞくときは注意してください。露見する可能性あります」
それは考えていなかったなと、軽くうなずく。
「まずは会って見て、聞き出せなかった場合にフラメモ……能力を使うよ」
「そうですね、いいと思います」
「あーっ! 忍さん」
胸当てをしてない道着姿の女生徒がやってきたが、希教道の一人だった有田純子だと気づく。
「えっと、純ちゃんも弓道部員だったね」
「はいなーっ。あれ要、ここにいたの? 部長が探してたよ。また彼女かと嘆いてた」
「んっ、部長が嘆いているって?」
「ええ、二年の新しいキャプテンですが、体育館で団体戦の点呼取ると一人いなかったんで、そんなことが間々あるんです。要は雲隠れの達人だから」
「えっと、たまにです。たまに」
俺と純子から顔を背けて居心地悪そうにする白咲。
「白咲は
「広瀬さん。叩きますよ」
笑顔の白咲の目線が一瞬鋭くなったので焦る。
「ははっ、嘘だよ。あのときは俺に会いに来てくれたんだろ?」
「もちろんです」
顔を輝かせる彼女。
フォローの言葉だったが本当だったようだ。
そこへ陽上高校の別のグループが、うしろから現れ騒がしくなる。
「あっ、要。部長のところへ行かないと」
「そうね、じゃあ、私はこれで。谷崎先輩の場所は純に教えてもらってください」
「あっ、ああ。じゃあ、白咲の試合楽しみにしてるよ」
白咲は軽く頭を下げてポニーテールを揺らしながら、弓道場の横の体育館玄関に入って見えなくなった。
「忍さんは谷崎先輩に用があるんですね?」
「約束とかしてないけど、ちょっとね。どこにいるか教えてくれる?」
白い道着に黒い袴の男女が出入りしている体育館の玄関に、ジーンズに薄手の黒ジャケット姿で立っている谷崎知美がいて、純子に仲立ちのように声をかけてもらった。
「久しぶり。話はいいけど、試合の準備に手を貸しているからすぐにして。で、何?」
忙しいときに邪魔したようだ。
機嫌が良くないので友達の夢香さんから話してみる。
「すみません。夢香さんのことで少しだけお聞きしたいことがあって時間を頂きました」
夢香さんの名前を出したら、表情が緩んだ気がした。
「夢香の? もしかして幽霊話とかじゃないでしょうね」
「なぜそれを」
少し驚く。
「彼女には忠告してあるから大丈夫よ……たぶん」
この前の夢香さんの怯えた表情が思い起こされる。
やはり彼女にも恐怖体験があったと見える。
「忠告とは?」
「男いるでしょ? そいつ許せない問題児。これからゴタゴタするから別れなさいと話はしておいたから」
金田先輩のことか?
だがゴタゴタするって。
「なぜそんなことを? えっと……能力を使って調べたんですか?」
「あんた希教道ね。有田の紹介で気づくべきだったわ」
失言したようだ。
また粗雑な物言いに戻ってしまった。
「いっ、いえ。直接関係はありませんが……じゃあ、浅間麻衣って子は覚えてますか? 夢香さんのバイトの後輩です」
「ああっ、パーティで会った子でしょ。それが?」
「彼女も幽霊に会ったとか言っているんですが、何かのゴタゴタに巻き込まれてるんでしょうか?」
こんどは顔を背けて黙ってしまった。やはり何か知っている?
「知ってることがあったら、教えてください」
「夢香と同じかも……浅間さんもトラブルと関係するものと縁を切ることね。でないと、もっとひどいことになるわ」
「関係するものとは?」
「試合が始まるからもういいわね」
体育館から弓を抱えて出てきた、胸の大きい道着女性が彼女に頭を下げていた。
こちらに目もくれず、二人は弓道場に歩き去った。
結局上手く聞き出せず、はぐらかされただけで終わった感じ。
不安という収穫だけじゃ意味がないし、フラメモを使うしかないかな。
とりあえず谷崎先輩たちのあとを追い弓道場に向かう。
手荷物からフラメモと思っていたが、手ぶらなので本人に直接触れなければ無理だ。
日を改めてチャンスをうかがうか?
弓道場の玄関まで来たとき、谷崎先輩は脱いだ外履きの靴を脇のシューズボックスに収めて、ロビーに進んでいった。
彼女の靴が入ったシューズボックスを見やり、思考の足りなさに苦笑いする。
「この手があったか」
自分の脱いだ運動靴を目当てのシューズボックスに入れて、その隣にある谷崎先輩の靴へ触りかけた。
「広瀬さん、違うでしょ」
驚いて振り返ると、白咲が弓を左手に携え右手がシューズボックスを指している。
「このシューズボックスの貼られている札見えないんですか?」
そこには竜芽学園生徒用と札が貼られていた。
「あっ、あははっ。そうですよ。靴入れるスペース少ないんだから、指定の場所に脱いでください」
純子も玄関に入ってきていた。
「あっ、いや実は……」
「まさか靴から情報引き出そうと思っていたりして?」
「その、まさかなんだが」
「女子の靴からなんてはしたない。止めてください」
「でも、うまく聞き出せなかったから……」
「純!」
白咲は純子に目配せする。
「はいさーっ」
腰に巻いてる黒のウエストバッグから、小さなメモ帳を取り出し目の前に提示された。
「これは?」
手にとって見ると生徒手帳だと気づき、開くと谷崎知美の名前と写真が出てきた。
「ちょっと前に拾った谷崎先輩の忘れ物……何度か見たから、返しづらくなっちゃってたの」
渡された生徒手帳の意味を白咲が補完するように話した。
「なんという隠しアイテム」
「何か聞きだすのは難しいと思って、純に持ってきてもらってたけど良かった。谷崎先輩の靴を|愛《め》でる広瀬さんなんて見たくないですから」
「あ、ははっ……」
女生徒の靴に触ると変態紳士に格下げされるようだ。
「じゃ、またあとで」
「ああっ、ありがとう」
二人はロビーから、騒がしくなっている射場へ入っていった。
ロビーにあるパイプ椅子に座り、思考しているようにフラメモで谷崎先輩の生徒手帳をのぞく。
映像には最近のものが少なく、上書きでもしたように白咲か純子らしい記憶がかなり混ざっていた。
仕方なく奥の古い映像を視て回るが、優等生としての学生生活や家族の団らんばかりだ。
一端中断して別のやり方に変える。
生徒手帳から学生証カードを取り出して、もう一度フラメモを試みる。
だが、今度は入学時の映像ばかりを視ることになりあきらめかけたとき、見慣れた病院の個室が目に留まった。
これは中央病院だ。
入院でもしていたのか?
この記憶を撒き戻して視ると立体映像に変わり、ベッドに腰掛けている状態の室内が回りに映し出された。
「……ええっ、頭痛はしません……」
谷崎先輩の声が流れた。
「……大丈夫……よ」
目の前に半そでの白衣の中年男性に、薄いピンク着の看護師が立っている。
「でも私はなんでここに?」
「怪我をされて気を失ってました」
白衣の男性が答えた。
「そうですか」
「どこまで覚えてます?」
「弓道部の夕方の練習が終わり、水を飲みに行く途中で強い衝撃があって、何かがぶつかったような……そこから何も思い出せません」
「事故があってね。君はそれに巻き込まれ、頭部に外傷を受けたんだよ」
「事故? ですか」
もしかして、これが切っかけで彼女も能力を得たのでは?
記憶映像を進ませてみる。
病院の個室が続き、髪を上げておでこが印象的な陽上高校の制服男子がよく現れてくる。
これは彼氏が見舞いに来ている?
そう思っていると場面が変わり、身近な人物が現れたので驚いて止める。
「……めて、あっ」
そこには夏のセーラー服姿で髪が伸びた麻衣がいた。
だが、倒れてテーピングしている右足を押さえている。
どこかの公園のようだが、周りに人はいない。
「このーっ」
男の足が、麻衣の足の膝を何度も蹴りつける。
「うっ、イタッ」
「ほら、そうだろ? 痛いだろ? 知美はもっと痛みに苦しんだんだぜ」
不快な男の怒声と目に余る光景に、怒りが湧き上がってくる。
同時に谷崎先輩の記憶ではないことにも気づく。
「うっ、うっ…」
「おまけに彼女は左肩が駄目になって腕が上げらなくなったんだ。わかるか? 好きな弓道ができなくなったんだよ! さーっ、姉の変わりに陸上部を精算しろ」
ローファーの革靴が、麻衣の黒ずんでる右膝を一段と激しく突く。
「くうっ」
唐突に映像が切れて場面が変わる。
先ほどの中央病院の個室の映像だ。
目の前はベッドに座った状態で女性の手があり、バナナやりんごの果物が入った籠を抱え持っている。
ベッドの脇に先ほどのおでこの男が座ってこちらを見ていた。
「どうした知美? 急に黙って」
「んっ。ちょっと見てたの」
「果物籠をか?」
「……あなたはこの差し入れの果物籠を持ったまま……あの家族に会ってた?」
谷崎先輩の声が戻ってきた。
先ほどの男の記憶を含めて、これは彼女の記憶なんだと改めて思い直す。
「あの家族? ああっ、自殺女の妹になら来る途中であったぜ。少し小突いてやったんだが……よくわかったな」
「今……確認が取れたわ」
「何の話だよ?」
ひどく無口になった麻衣の寂しい顔が、脳裏を掠めると集中力が途切れた。
途端に病院の個室の映像が消え、弓道場のロビーに戻ってきた。
麻衣の中学時代に、谷崎さんが関わって恨みを抱いていそうなことはわかったが、知りたくない話で憤る。
あとは、幽霊を呼び出す能力で具体的なシーンが欲しいんだが、あるいは説明だな。
今の映像はフラメモだけの能力だったし、それでは説明はつかない。
射場から拍手が聞こえていて、もう試合が始まったようだ。
もう少し生徒手帳をのぞくが、期待した映像は出なかった。
弓道場の右脇見学席に移ってみると、そこそこの生徒が見に来ている。
三人組同士での団体戦、第2試合目になっていた。
陽上高校の真ん中に白咲が入っていて期待が高まる。
一番手が矢をつがえ的に集中。
静まり返った道場で弓弦の張り込む音が響く中、矢が放たれ的に飛んでいく。
が、的を外す。
「どんまい」
チームから声がかかり、外した部員は奥へ退場する。
続いて二番手の白咲が矢をつがえる。
弦の震え音。
あとに的に刺さる音。
「シャー!!」
部員からの矢答と拍手が上がる。
的の中心に中ててる。
本当なら彼女はかなりの実力者だ。
物思いにふけってると、ざわめきが起きて三番目の彼女の矢が的から外れていた。
先ほど谷崎さんと一緒に弓道場に向かった胸の大きい子だと確認。
たぶん女子のリーダーと推測するが、明らかに落胆した状態でゆっくり下がっていった。
一番目もいないので白咲一人になったようだが、相手はまだ二人いた。
白咲がゆっくり構えると、顔をこちらに向け一瞬片目をつむり、また的に目を戻し弓弦を張る。
もしかして俺にウインクした?
俺が思い上がっているうちに、矢が放たれ小気味よい音が的から上がる。
「シャー!!」
矢答が上がり続いて拍手がきた。
一緒に拍手していると落胆の声。
相手の一人が続けて放って外したようだ。
変わってもう一人は当ててきた。
拍手が起きてる中、新しく矢を持ってきた白咲がゆっくり構える。
今度は顔を向けることなく矢を放つ。
だが、的をかすって土くれに刺さってしまい、落胆の声が場内に響いた。
白咲を見ると平然とそのまま奥へ戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます