第38話 道場

 クリニックの部屋を出て廊下に出ると、竹宮女医の言ったとおり白咲が所在なく立っていた。


「ごめんなさい。突然いなくなってしまって」

「俺もビックリした。それで途方に暮れて帰ろうとしてたかな」

「ご、ごめんなさい」


 白咲は丁寧に頭を下げた。


「……って言うことをちょっと考えたけど、今は来て良かったと思っているよ」

「本当?」

「うん、これで一人でもう悩むことがなくなったんだって、気が楽になったよ」

「良かった。今回無理に引っ張り入れたから、憎まれたらどうしようってビクビクしてました」

「それは気を遣いすぎ。しかし、能力者が身近に六人もいたなんて驚きだよ」

「それはもっと増えると思います。そのための道場なんですよ」

「わからないことばかりだから、これから教えてもらうよ。……ところで白咲は、竹宮先生苦手なの?」

「えへーっ、ええ。その、すぐ怒られるから避けちゃうんですよ。先生怒ると怖いんですよ」

「そうなの?」

「そうです」


 白咲の返事と一緒に、閉めたドアが開き竹宮女医が出てきた。


「私にも聞かせてどうするつもりだ」

「あっ、聞いていたんですか?」


 竹宮女医に目が行ってるうちに、白咲は廊下を抜けて奥へ消え去っていた。


「また逃げた。しようがないわね。私は道場へ行くけど、忍君一緒に行かない? 能力とは関係ないけど巫女の舞が見れるよ」

「ああっ、のぞくくらいなら」

「オーケー、行きましょ」


 竹宮女医は俺を引き連れて木造の廊下を歩きだす。

 俺の他に四人の能力保持者がいるとすると、白咲要、阿賀彩水、佐々岡直人がそうなのだろう。

 他は、廊下で会った……たしか有田純子。

 いや、彼女は手伝いと言ってたから能力者じゃないんだった。

 あと一人は……。

 すぐ谷崎知美を思い浮かべるが、フラメモとは違う広範囲のまやかしイミテーション使い。

 なら恐怖を与える幻影も簡単だろうと思うと、すぐ麻衣の幽霊が頭をかすめる。

 何か麻衣の見た恐怖と関係があるんじゃないか? 

 二人に接点はあるのか……そういえば合格のお祝いパーティで、谷崎さんは麻由姉を知っていて、麻衣には幽霊の話をしていた。

 そうだ、二人だけでしばらく幽霊談義をしていたがどんな内容だったんだ? 

 これは何かの手がかりになるかも。






 竹宮女医は、小鼓の音が聞こえてくる引戸の襖を開けて中に入る。

 そこは三十畳ほどの広さに座卓の長テーブルが両サイドに分かれ四段に置かれていて、老若男女二十人ほどがその前に座り込んでいた。

 この雰囲気は小さい頃に見た町内会の会合を連想させた。

 座り込んだ人々の先の空間に、一段高いステージ台があり千早を羽織った巫女と当主が立っている。 

 小鼓を持った直人がうしろに下がっていく。

 どうやら舞が終わったところに来たようだが、既視感を覚える。

 前に見た風景。

 どこでだ? 

 これはすぐ思い出した。

 学園祭の占いで白咲の記憶をのぞいたときだ。

 彩水も先ほどのタブレット残留思念で視た巫女姿で、髪を下ろしたままである。

 しばらく当主が話していたが、それが終わると年寄り信者が彩水に集まりだした。


「かんなぎ様、お加減はよろしいのですか?」

「かんなぎ様、次のときは私にもご教示を」


 彩水も楽しむようにハグして一般信者と交流しているようだ。

 覡の服飾をした直人が彼女に付き添って、行き過ぎた抱擁をたしなめたり千早の乱れを直したりしている。


「純ちゃん。ちょっと」


 竹宮女医が、端の方に立っていた巫女の純子を呼び止める。


「はい、竹宮先生」

「私は当主と会ってくるから、彼、忍君に教えてやって」


 そう告げると人々の間に入っていく。


「ども……これは、行事は終わったの?」


 俺は純子の横に立って聞いてみた。


「そうね、今日は終り。もともと私たちは祭日だけで平日はやらないんだけど、ここのかんなぎ様が風邪で先週休んだから。それで信者からの催促もあって時間短縮の開催」

「振替日か。でもツインテー……彩水が? 風邪など引きそうに見えないんだが」

「ふっ、そうね。日曜に教義があるのに深夜まで友達とカラオケして、薄着だったから風邪引いたって。呆れるわ」


 遊びぼうけて、朝苦しんでる様子が目に浮かぶ。


「予定が狂ったんじゃないですか?」

「部活がね。早退申告したら二年から嫌味を言われたわ。要なんてレギュラーだから、ぎりぎりまで残されてたみたいだけど」


 この子は白咲と同じ学校か。

 じゃあ谷崎さんのことも知っているんじゃないか。 


「有田さんも弓道部なの?」

「うん。要は私たち一年の代表みたいなもので上手いんだよ。それから皆から純って呼ばれてるから純でいいよ、忍さん」

「わかった。純ね。……そうだ、純ちゃんは谷崎さんって先輩知らない?」

「えっ!? 谷崎さんって谷崎先輩のこと?」


 何か嫌そうな顔をする。


「ここにも来ているかな?」

「いいえ、あの人ここが嫌いらしいから……でも何で?」

「ああっ、大したことじゃないんだ」

「ふうん。私あの先輩好きじゃなかったの。マネージャーなのにすぐ姿勢や動作に口出ししてうるさかったから卒業してほっとしてるわ」

「マネージャーだったの?」

「実質部長でしたね。本当の部長は物事の決定だけで、射撃に専念する人でしたから、支配権は谷崎先輩が仕切り進行。それがうるさくて……その話は置いといて、忍さん竹宮先生と一緒だったけど診察したのかしら」


 部活の話より俺の異能のことが知りたいらしく、興味津々の目を向けてくる。


「診察? ……そうそう頭に変なの被されたよ」

「で、どうだったの。竹宮先生の見立ては?」

「ランクのこと? A-1って言われたけど、よくわからないんだよ」

「Aってスゴッ! 彩水と同格じゃん。うらやましい。それでね、ランク付けは上からS・A・B・C、数字も1・2と上下があるのよ」

「ほおーっ。でもSランクなんているの? いたら凄そうだ」

「それは、ジェラルド・クロワゼって最高な残留思念抽出者を基準にしてるからよ」


 難事件解決の異能捜査官って言われた故人だ。


「なるほど、Sになると捜査官や探偵にもなれると……」


 周りが騒がしくなって振り返ると、信者たちが廊下に移動し帰り始めている。

 中心にいた彩水と直人が信者たちから離れてやってくる。


「お前ら、ゲッヘヘ。仲むつまじく何やってる」


 巫女衣装で綺麗なのに、中はちんちくりんだった。


「ランクの話をしてただけよ」


 腕を組んで口をへの字にする純子。


「ほーっ、忍ちゃんのランクかい?」

「A-1だって、ライバル出現よ。かんなぎ様」

「ああっ、要の目測どうりか」


 彩水は口を尖らせて挑むような顔を俺に向ける。

 何か可愛い。


「忍ちゃん、女に囲まれて鼻の下伸びてるよ。これは要が嫉妬するかな」

「なっ、何言ってる。他に男いるだろ」

「すみません」


 少し焦っていると直人が俺に頭を下げた。


「なぜお前が謝る」


 彩水が腰に手を当てて抗議すると、直人は首を縮めながら彼女の前にたれた髪をうしろに払いのける。


「しかし彩水ちゃんも変身するね。これなら舞を見たかったな。竹宮先生も見ないかと誘ってくれた意味がわかったよ」

「入信したらいつでも見せてやる」


 ご満悦なかんなぎ様。


「みんなも舞やるの?」


 と純子に振る。


「いいえ。彼女、神社の娘で毎年練習してるから上手いのよ。直人君の小鼓も同じでね」

「神社の娘?」

「そう、直人君と小学生からコンビよ。だからこの道場も、かんなぎ様の指示で神道色が強くなってきたの」

「私が来るまで、ここは小さなサークルの集まりみたいなものだったんだから、功績は大きいでしょう」

「仕事も増えたけどね」


 天井を見ながら愚痴る純子。


「余計なこと言わない」

「神社の方はいいの?」


 俺は疑問をつい口走る。


「いいのよ」


 彩水が不機嫌に顔を廊下に向ける。

 純子がまずいと手を振る。

 どうやら地雷らしい。

 ……やはり能力がらみか? 

 だが、宗教関係者なら受け入れそうだが……家族のプライベートに入りこんで、亀裂を生んだのだろうと推測する。

 そこへ道場当主と竹宮女医が、もう一人の女性と話しながら移動してきた。


「久しぶりだ、広瀬忍君」


 俺を見つけて道場当主が話しかけてきた。

 借りた水晶を押し付けて逃げ帰った過去が、随分前のように思えた。


「あっ、どうもです」

「あなたが保持者の広瀬君ね」


 道場当主の隣にいた、上下グレーの作業着を着た短髪茶髪の女性が声をかける。


「こちらは経理の中村さん、幹部長も務めている」

「はあっ、どうも」

「やはり、保持者だったのか。苦労しただろう」


 道場当主は俺の肩を叩いてきた。


「どうだい、能力があるなら、ここで使ってみないか? 気に病むこともなくなるし、同じ同士も増える」

「えっと、その……スピリチュアルなことぐらいなら良いんですが、宗教はやるつもりはないです。すみません」

「いやいや、そんな堅苦しいところじゃないから。今すぐ結論を急がなくていいからね」

「神道をベースにしてるけど、あり合せの小規模集団よ。辛気臭いがんじがらめにするような教えとかないから」


 隣の竹宮医師が付け加える。

 白咲が配布してた宣伝ビラから、希教道の内部情報をフラメモで読み取って少しは知っていた。

 だが、能力者の集まりとは思いもよらなかった。

 初めは占い程度だったが、よく当たるとの評判になってから一般信者が集まりだし、教えを説いたり偶像崇拝や神道の一部を取り入れたりした新興宗教に早代わりってところか。

 でもこれは、能力保持者を宗教で覆い隠す効果を出しているってことになる。


「雅楽で笛を吹いてみない?」


 女医が気軽にできないことを言ってきた。


「いやいや、笛など」

「忍ちゃーん。そんなこと言ってると要が泣くよ」


 彩水が顔を笑いで歪めながら話す。


「か、彼女は関係ないだろ」

「まあ、家が近いんだから見学にちょくちょく来てよ」


 そう締めくくって当主や女医たちは立ち去った。


「私、忍ちゃーん家遊びに行こうかしら」

「おっ、面白そうね」と彩水の一言に純子が乗ってくる。

「俺の家は遊び場じゃない」

「えーっ、そんなこと言っていいの?」


 彩水はうしろに控えるように立っていた直人に、耳に手を当てる合図を送る。

 彼は小鼓を腕で抱えた手から持っていた物を彼女に渡した。


「これピーピー鳴ってうるさかったから、電源切っといたよ」

「俺のケータイ!」


 取りに行くと、彼女は両手をうしろに回して携帯電話を隠す。


「家の場所教えてくれたら返してあげる」

「能力者のクセに調べてないのか?」

「今日は忙しかったのよ。それに何でもかんでものぞけるか……じゃ、お言葉に甘えて今から見ようかしら」

「あああっ、わかった。わかった。向かいのマンションの301号だから返せ」

「あら、そんなに近くだったの。でも本当? まあ行けばわかるか」


 不審がりながらも携帯電話を返す彩水。


「いい溜まり場ができたね」


 純子と彩水が見つめ合って笑う。

 それを横目に携帯電話が鳴ってたとの発言が気になり、電源を入れて履歴をチェックする。

 雅治と椎名の着信があり、彼女からは留守電で入っていたので背中に冷や汗が出てきた。


「じゃ、俺帰るわ。白咲によろしく」

「もう帰るの?」


 背後から声をかけられるので、振り向いて片手を上げることで返事にして入ってきた台所に向かう。 

 勝手口から外に出ると真っ暗で、家の窓からあふれる蛍光灯の光で路地が何とか見える状態だった。 

 暗がりで立ち止まり、携帯電話を取り出し留守電に耳を傾ける。


「ちょっと、広瀬忍! 麻衣をほっといてどういうつもり! ちゃんと納得いく説明の返事寄こしなさい!」


 フルネームで呼び捨てだよ。

 椎名が激怒してる。

 言い訳を考えねば。


「広瀬さん」


 振り返ると勝手口から要が出てきて、一歩手前まで踏み込んで頭を下げた。


「今日は色々ごめんなさい。でもこれは忍く……広瀬さんのためなの」


 彼女は真剣な眼差しを向けてくる。


「能力の知りたいことを教えてもらったことに感謝するよ。だが、入信とかは考えてないから」

「無理に勧めませんが、ここは能力保持者の避難所みたいなところなのです、何かあったら来てください。みんな歓迎します」

「保持者は道場へみんな来てたの?」


 一人わからなかったので、白咲からも情報を取りたかった。


「たしか、一人来てなかったですよ」

「どんな人?」

「女の子です。小学生の。家族と一緒じゃないと来ないんです」

「そっか、谷崎さん入れて五人、俺が入れば六人目ってわけか」

「谷崎さんは広瀬さんと同じで、良い返事はもらってないんです。希教道を理解してくれなくて……」

「持者関係が元で、夢香さんのパーティではギクシャクしてたのか。そういえば弓道場で、勧誘するなって注意されてなかった?」

「えっ? 谷崎先輩にですか?」

「さっき竹宮女医の診断テストでタブレット握ったんだ。そのときの記憶から谷崎さんがまやかしイミテーションを使ってたのが見えたんだよ」


 先ほどの矢のシーンが脳裏をかすめる。


「タブレットの記憶って白咲じゃないかな? 勧誘を注意されてたし。弓道部の練習場でのこと覚えてない?」

「えっと……」


 考え込む白咲。


「それじゃ記憶の移動も習得してたんですか。もう記憶を立体映像ホログラフィーに再現できてるんですね」

「ああっ、つい最近だけど。それ、詳しいこと聞ける?」

「また来て頂ければ話しますよ」


 意地悪く微笑む白咲。


「そっか。それで危なかったこととか覚えてない? ……練習場で矢が飛んできたとか」

「矢? えっと……そういえば目の前に、流れ矢が飛んできたと思ったことがありました。見間違いだったような」

「いやっ! 俺もそれ見たから、あれは……たぶんまやかしイミテーションだと思う」

「広瀬さんよく見てますね。……谷崎先輩は広瀬さんと同じで特殊能力保持者なんですよ」

「特殊能力……俺もか?」

まやかしイミテーション使えますから」

「ああっ、なるほど。えっ、他の保持者は持ってないのか?」

「そこそこ持っている人と、残留思念の抽出能力のみとわかれてます」


 麻由姉のフラメモ、俺のまやかしイミテーションみたいなものか。


「そっか……。それならまた谷崎さんと会ってみたいかな」


 彼女なら麻衣の幽霊の正体に肉迫できるかもしれない。


「あっ、それなら今度の練習試合、見に来ると言ってました。三年生は卒業したのですが、試合にプレッシャーかけるとか。……でもなぜそんなにこだわってんですか?」

「ちょっと問題があって、その解決の糸口になりそうなんで確かめたいんだ」

「はあっ、そうですか」


 少し寂しそうな顔をする白咲。


「じゃあ白咲は谷崎さんもこの道場に誘ってたんだね」

「あっ、そうなんですが……断られました。しばらく竹宮先生のところに能力のことで通ってましたけど。でも、まだあきらめてないです」


 ああっ、宗教はパスだけど能力は知りたいって、俺と同じパターンかな。


「そのときに特殊能力的なことわかったの?」

「私が知っているのは、谷崎先輩が保持者として残留思念の抽出能力とまやかしイミテーションの幻覚能力の確認をしたまでで」

「そっか。……あっ、確認って、じゃあ俺を見つけたときも能力使って記憶を見たの?」

「えへっ、保持者確認のため無断で見ました。ごめんなさい」


 体を小さくして、上目使いで俺を見ながら頭を下げる。

 フラメモをやられたのは、やはり学園祭の占いのときだろう。

 占い時、手を握り続けていたから、役得と鼻の下伸ばしてたら逆に視られていたのは赤面ものだ。


「情報を読まれたのは恥ずかしいけど、俺の許可なくしないで欲しい」

「はい。そうします。でも、おあいこですよね」

「やはりばれているよな。これは対等だった。だから俺も白咲に許可なく見ないことにする」


 彼女から情報が得られてないのは、少し不満だが……決して浴室のシーンを見られなかったことを言ってるんじゃない。


「でも、ここで同じ仲間が増えたの知って嬉しいよ」

「はい、仲間です」


 恥ずかしそうに笑顔を返す。


「試合だけど、そのときに谷崎さんのこと個別に知りたいから、持ち物教えてもらえると嬉しいんだけど」


 証拠を見つけたいから、ここは白咲に目をつぶってもらいたい。


「えっと、フラメモですか? それなら私に任せてください。あらかじめ視ておきます。聞きに来てもらえば報告しますよ」

「いやっ、白咲も試合に出るだろ? 彼女の持ち物の確認だけでいいから」

「そうですか。ただほどほどに」

「うん、余計なものは視ないようにする。それに白咲の試合を応援に行くのがメインだから」

「はい。がんばります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る