第39話 暗闇に見えるもの

 白咲と別れて大通りに出てると、携帯電話を取り出して麻衣に連絡する。

 怒ってるようで何度かけても出てこないので、仕方なくメールを送って謝っておく。

 言い訳は、霊について知ってそうな人物に聞きに行ったと書き込む。

 マンションの自室に戻ってから連絡を求めてきた二人に、原因を見つけるため麻衣から離れたことを告げる。

 だが、雅治に小言を言われ、椎名には言い訳は報われずなじられ低級人間に格下げされた。

 携帯電話を持ったまま床に座りため息をする。

 希教道に行ったのは正解だったが、時期が悪かったよ。

 おまけに彩水が麻衣に電話するから……あいつはトラブルメーカーだ。

 遠隔視で、やつの生態をのぞいて暴露してやろうか? 

 いやいや、時間も遅いし、それはやめとこう。

 白咲も相手のプライベート時間での使用は緊急以外は使わないって言ってたし、俺も見習おう。

 今は彩水にかまってられないし、名誉挽回のため、幽霊が出た時間帯に麻衣の家の近くに待機することに決めて外へ出かける。



 ***



 時間は夜九時十五分。

 折りたたみ自転車で今日二度目の麻衣の家へやってきた。

 目標の窓から明かりが灯って、人影が見えたりすることを確認。

 その部屋の主に電話をかけてみるが、やはり電話に出れないアナウンスが流れるだけだった。

 メールで『下にいる』と打って送るが返信も何もない。

 夜遅いので玄関から呼び出すのは躊躇する。

 暗がりの路地で一人立っていると、ストーカーに間違われないか落ちつかない。

 小石を持って窓に軽く投げて音を立ててみるが、何も変化がないのでそれを数回繰り返すと携帯が鳴り出す。

 液晶画面に麻衣の名前が提示されていたので、すぐ通話ボタンを押す。


『し、しし忍? たたっ、助けてーっ。また窓に変なのが、きっ、来てる』


 麻衣の声が通話口から、まくしたててきた。

 今までの通話できなかったことを思うとため息が出る。


「ケータイに出なかった罰だな」


 俺は声を低く言ってやった。


『ばばば、罰って何よ?』

「いいから、その窓開けなさい。その窓の変な者の正体がわかるから」


 麻衣の部屋を眺めながら通話を続ける。


『ええっ、嫌だよ。できっこない』

「だ・か・ら、それは俺だから。窓開けなさい」

『はいっ? えっ。忍? 忍なの?』


 窓に人影。

 窓が開いて麻衣が現れた。

 しばらくこちらを眺めていたので、手を振って見ると引っ込んでしまった。

 暗くて気がつかなかったか?


『ちょっと人の家の前で何してんのよ!』


 耳に当ててた携帯電話から元気になった麻衣の声。


「連絡とれないし、心配だから来たんだよ」

『えっ、ああっ……そっ、そうなの?』


 予期してなかったのか、かなり驚いている。


「夕方の待ち合わせに行けなかったことは、謝る。ごめん。それで今日は麻衣が寝るまで、ここで待機するために来たんだ」

『なななっ、何言ってるの? いっ、今降りていくから』


 また窓に現れてこちらを見る。


「降りなくて携帯から話せばいいよ。昨日の今日だから、出たり入ったりしてたら親がうるさいだろ?」

『うっ、うん』

「今までに変わったことはなかった?」

『ううん、何も』


 窓を開けて桟に座り、こちらを見ながら携帯電話に耳を澄ます麻衣。


「一つの場所にいるのはよくないから、この辺回って散歩してるよ。それで昨日みたいなことがあったら連絡してくれ。すぐ駆けつけるから合流しよう」

『いいの? そんなことしてくれて』

「いいよ。心配だから来ているんだし……ただし」

『ん?』

「早く寝てくれ」

『もー、わかったわよ。すぐ寝ます』

「悪い。ついでに、眠くなったら連絡くれ」

『うん……ありがとう。安心して部屋にいられるよ』

「いったん切るけど、途中で不安になったら連絡していいから」

『うん』


 携帯電話を閉じても麻衣は窓から離れなかった。

 自販機で缶コーヒーを買い、人気のない公園のベンチに腰掛ける。

 暗い空間を照らす公園灯は、オレンジ色のナトリウム灯で温かみがあるはずなのだが、今日はそこはかとない寒さを感じさせる。

 昼に麻衣の記憶をのぞいたせいなのかもしれない。

 不気味だったあの幽霊は実在する物だったのか? 

 それとも彼女の不安が生み出した物か? 

 あるいは作られた幻影なのだろうか。

 その有力候補は、谷崎さんのあの広範囲のまやかしイミテーションの能力。

 そうなると谷崎さんが麻衣を脅している構図になってくる。

 二人に何か関係があるんだろうか? 

 妄想が膨らむばかりだが、関連付けは時期尚早かもしれない。


 もう一つ、阿賀彩水のフラメモ。

 記憶を見るときの速さと情報収集。

 あの位は自ら再現できないだろうか?

 ベンチの座席に手を置き額に集中してみる。

 手を放し両手を前に組み、また額に集中。

 するといくつかの公園で遊ぶ子供たちの映像が開いてきた。できるじゃないか。

 なんだ技術力がなかっただけか? 

 そこへ携帯電話が鳴った。

 麻衣かと思いながら画面を見ると、相手は不明な番号で躊躇する。

 “希教道”の誰かか? 

 思い直し通話に出る。


『広瀬忍さんですね?』

「はい、そうです」

『私、月刊雑誌【 !】の記者をやっている中谷と申します。希教道の取材でお聞きしたいことがありまして電話しました。夜分遅くすみませんが、少々お話をお聞きして良いでしょうか?』


 おいおい、夜分すみませんって謝るなら、こんな時間にかけてくるなよ。


「はあっ、その……俺は希教道の信者ではないですけど」


 !の記者って小出さんの知り合いかな?


『そうですか……なら、隠し立てすることがないから、率直にお話できますね?』


 どこから情報仕入れたんだ? 夕方の興信所の社員か?


「はあっ、まあそうですね」

『ありがとうございます。さっそくですが、五年前に教祖が入院していた病院の雑談室で死亡者が出ています。その死亡に関係している噂がありますが、そのことを広瀬さんは知っていますか?』

「教祖とは道場当主のことなのですか?」

『違う、違う。白咲さんは道場の持ち主だよ』

「そ、そうなると希教道に教祖がいったってことが初耳だし、死亡者なんて全然しらないな……」


 緊張して携帯電話に力が入りながら、相手の言葉に集中する。


『お年寄りが亡くなっています。談話室で何か心霊や霊感などの教義をやってたと看護師からうかがってます。患者が教義を信じて病院治療を拒否して死んだと聞くが、その教義はどんなものか知りませんか?』

「いや教義なども受けたこともないですから、答えようがありません」

『それでは、教祖は今どこに滞在しているか知りませんか?』

「先ほども言いましたが、教祖を初めて知りましたのでどんな人物なのか知りません」

『おかしいな、阿賀彩水さんたちと懇意と聞いてたんだけどな。隠してませんか?』

「隠してもいませんし、懇意でもありません」

『案外情報持ってないんだな。希教道の方から知らぬ存ぜぬを通せって、お達しでもあったんですか?』

「いえっ……そんなことありません」

『見込み違いだったか……いや、失礼した』


 一方的に通話は切れて、耳から外した携帯電話を呆然と眺めてしまった。 

 全く失礼な記者だ。

 今度、小出さんに会ったら抗議しよう。

 それより今の会話で気になったのは、集団幻影で死亡者が出ていたこと。

 幻影は催眠術のようなものなのか? 

 交互に麻衣の幽霊と谷崎さんの地震での崩壊を思い出す。 

 死にまで直結するモノなら、かなり厄介なことに巻き込まれているんじゃないか?

 そこへまた携帯電話の着信音が鳴る。

 今度こそ麻衣だった。


『忍、まだいる? 今どこ』

「ベンチとブランコだけの、名前の知らない小さな公園。そこで缶コーヒー飲んでくつろいでたところ」

『ああっ、緑公園ね。夏に盆踊りするところよ』


 たしかに中央は広い空間が設けてあるから、やぐらを組んで周りで踊れそうだ。

 先ほどのベンチの記憶では、昼は子供たちがサッカーをやっていたがな。


「それで緊急ではなさそうだが、定時連絡か?」

『ううん、昨日眠れなかったから、今日はもう寝るよ。忍にも悪いし』

「眠いのか?」

『かなり』

「わかった。じゃあ、幽霊の方も出なさそうなのか?」

『それはわからないけど、寝たら出ないでしょ』

「そうだな、寝れば大丈夫か。じゃあ今日はお開きにしよう。あっ、そうだ一つ聞いておきたいことがあるんだが……」

『何?』

「夢香さんの友達の谷崎さんとは、面識はあったの?」

『谷崎さん? 合格パーティで来た谷崎さん? あの日が初めてだったよ。向こうは知っている風だったけど』


 そんなこと言ってたな。

 麻由姉を知ってたとか。


「何の話をしてたの」

『えっ、何かあるの?』

「いやっ、えっと、そのオカルトに詳しいって聞いてたから、何か幽霊のことわかるんじゃないかとね」

『んーっ、話してくれたのはチャクラね。体と心を動かす源はどこから来てって……ようはスピリチャルを話す人で、私が見た幽霊関係とは違うかも』

「んーっ、そっか……」


 麻衣との接点はないわけでもないのか。


『それで、肝心の夕方の約束場所にこれなくなった理由、聞いてないんですけど?』

「あっ、いやーっ、ははっ、忘れてた。いや、あれはね、ちょっと呼ばれまして……はい。ごめん」

『呼ばれたって何? 私との約束ふいにしてまでの事?』

「フラメモのこと知りに。能力とか見て診断しくれる先生がいたんだ。麻衣の幽霊のこともわかるかと思って……」

『おねーちゃんと一緒に使った能力?』

「そう、けっこう理解者の先生で俺も助かった気分なんだ」

『あっ、そうよね。悩んでたんだよね。学校も変わるほど……そっか。うんわかった』

「ほら、聞けばわかるだろ?」

『何よ、偉そう。私だって今辛いんだから』

「ああっ、ごめん。原因見つけないとな」

『うん、あてにしてるから。……今日はありがとう。じゃあ、寝るね』

「ああっ、お休み」


 通話が切れたので携帯電話を下げて地面に目が向かうと、スカートとそこから伸びる素足が見えた。振り仰ぐと女性が間近に立っていた。

 人の気配が全くしなかったので驚いて立ち上がると、弾みで携帯電話を落としそうになり意識がそちらに向かう。

 すぐ意識を女性に向けるがもういなかった。

 回りを見渡しても公園には自分一人だけである。

 幽霊? 

 まさか。 

 寒いものが背中に凍みこんできた。

 周囲の暗闇が際立って、重くのしかかってくる気分になる。

 麻衣の幽霊騒動で俺も見始めた? 

 移るものじゃないだろうし、疲れて幻覚を見たんだろう……たぶん。

 張り込みが中止になったので缶コーヒーをゴミ箱に入れてると、睡魔が襲ってきたので急いで帰ることにする。

 麻衣の家を通ると部屋の明かりは灯ってなかったので、携帯電話での話どおりに眠ってくれたらしい。

 マンションに戻るとふらふらの状態でベッドに倒れこむ。

 前々から思っていたが、能力を使った対価か何かで抗えない睡魔が襲ってくる。

 今日は色々あり過ぎて疲れているのかもしれない。

 先ほどの公園での幻覚がいい証拠だ。

 しかし、一瞬見たあの顔は薄笑いをしていた谷崎さんに見えた気がした、と思っているうちに意識は途切れて眠りについた。

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