第37話 診察

 希教道は普通の和風住宅に道場を増築した簡素な場所を本拠地にしている小さな宗教団体だ。

 その道場を裏に回り勝手口のドアから中へ入る彩水と直人、そのあとを俺が入り白咲が続いた。

 そこの台所は、中央にテーブルがあり沢山の茶碗がいくつものお盆に乗せられ三段に重ねられていた。

 調理台は数台の電気ポットが並んで、大勢の人々に出せる用意がしてある。

 廊下に出ると奥の方からざわめきが聞こえ、そちらから一人の巫女がお盆を持って歩いてきた。


「あっ、やっと来きたわね。もう始まって当主が話してますよ」

「すぐ着替えて行く」

「新しい人?」

「忍ちゃんだよ。そして幹部候補」

「あら、すごい。こんにちは。いや、こんばんは…かしら? 私、有田です。有田純子です。よろしく」


 カールボブヘアの巫女は俺に向かって一礼する。

 うん。

 ツインテールより全然落ち着いて安心する。


「こっ、こんばんは。広瀬忍です」


 始めての場所に馴染めず、硬くなって挨拶した。


「純は私の親友で、この道場を気に入って手伝ってもらっているの」


 白咲が紹介してくれると、有田の顔は笑顔になる。


「そっ、保持者じゃないけど、協力者として巫女やらせてもらってます。その辺も含めてよろしくね」

「じゃあ、急ぐから要。あと、よろしく」


 そう言って彩水が、巫女姿の有田純子を連れ立って廊下を先に進みだした。


「僕はこのクリアケースをしまってきます」


 直人もそのあとに続いて、廊下の奥へ消えていった。


「広瀬さんはこちらへ。先ほど話したお医者の部屋です」


 俺は白咲が誘導する扉を開け入ってみた。

 八畳ほどのフローリングが施されている空間で衝立カーテンと白いベッドが一つ、その奥にラウンジチェアと機械類があり、病院の診察室へ入ってきた感があった。

 隅に机があり、そこでパソコンのモニター画面を見やる巻き毛が背中まで伸びた女性が眼に入る。


「んっ?」


 白衣姿の女性もこちらを向く。

 白咲に話の進行をしてもらおうと、うしろを振り返ると誰もいなかった。


「あれ、白咲?」

「白咲? 要なの?」


 白衣の女性は立ち上がりドアの外を見やる。


「えっ、ええ、今までうしろにいたんですけど。おかしいなァ」

「逃げたな」

「はっ? 逃げた? 白咲が?」

「どうも彼女は私が苦手なようでね。ドアを閉めてこちらへ来なさい」

「はあ」


 ドアを閉めて遠慮がちに中へ入ると、彼女は座ったまま腰をかがめ丸椅子を引っ張り出して、座るように手振りする。


「えっと、広瀬忍君だね?」

「はっ、はあ」


 白咲に置き去りにされたことで心細くなり、丸椅子に腰掛けながら来るんじゃなかったと後悔する。


「よくわからず連れて来られた感じだね。それで私は竹宮、ここの信者の健康管理を受け持っているの。出張クリニックね」

「はあ……クリニックって、お年寄りのですか?」

「それは滅多にないけど、主に特殊能力保持者の健康」

「えっ」


 ここでもフラメモのことは完全にばれている? 

 それも保持者の健康って、そんなに同類がいること?


「物体の残留思念、人の思念から情報を読み取ることができる能力。接触感応。サイコメトリーって言えばわかるね」

「えっと、竹宮先生はそれを信じているんですか?」

「前は信じてなかったわよ。犯罪捜査にまで使われる超知覚能力など無意味であり得ないと思っていたわ。でも今じゃ能力者の健康管理までやっている。我ながら驚くわ」

「じゃあ、俺がここに連れて来られたのは、特殊能力の……検査ですか?」

「検査は数値によってだけど、まあ、そうね」

「あのーっ。俺、そう言うの苦手なんで……帰っていいですか?」

「はははっ、君も保持者でしょ? 自分の能力に不安はないわけ? 言っとくけど私は信者勧誘も診察料請求も人権侵害もしないわよ……たぶん。今日は状態を教えてもらう、軽い健康診断だけ。君にとって悪くないでしょ?」

「はあっ。ちょっとだけ安心しました」


 たぶんって言ってるところが、不安なんですけど。


「同意と受け取るわ。それじゃ、少し能力についていくつか質問するね」


 女医はモニターに指をかけタッチパネルを操作する。


「はあ、いいですが白咲から聞いてるんじゃ?」

「そうね。あのトラベルサークルの事件を境に覚醒したとね。ついでに眠り王子君の名前も」

「わわっ、眠り王子も覚醒も止めてください。恥ずかしい。あの事件のときは必死だったんですから」

「ははっ、そうか悪い。それでね、ことの始まりを本人から具体的な調書を取っておきたいの。だからいい? まずは、いつ頃から能力を感じ取れるようになったのか聞ける?」

「気がついたのは中学三年の三学期ぐらいで、よく使い出したのは高校に入ってからかな」


 モニターに指を立て筆記し始める。


「きっかけになる出来事に心当たりは?」

「気がついたら使えてたから……わからない」


 フラメモは麻由姉の能力で引き上げられてたから、あまり参考にならない気がしてきた。

 でも麻由姉の存在は、奇天烈だったから話さない方がいいのかも。


「じゃあ、半年ぐらいに時間を広げてみて。大きな出来事なかったか、考えて」

「んーっ、夏に交通事故に遭って一ヶ月ほど入院してました」

「なるほどね」

「事故が原因ですか?」

「脳にダメージを受けた人たちだね。それと大人の能力事例が一件もないので、大脳皮質の成熟過程なあなたたちだから変異が容易で能力が発病したのかもしれない」

「能力を持つことは病気なんですか?」

「普通でないでしょう。常人は持たない。それとも新しい種、新人類とかの方がいいかしら?」

「それは、ははっ……大げさに聞こえますね」

「大げさじゃなくなってくるかもね。次、病院は中央病院かしら?」

「はい」

「どんなときに見える、あるいは感じるのかしら?」

「人や物に触れ続けたときにいくつもの映像が目の前に現れてきます。すぐのときと、しばらくかかるときがあります」


 現れ出る時間の落差は自分の気持ちのあり方から出ているのでは、と話しながら思った。


「映像は目を瞑らなくても視えるのね。それでそのときに体に変調はない?」

「頭痛と耳鳴りが出てきますが、ひどいものではありません」

「あとから熱が出るとかの副次的なものは?」

「それはないかな」

「視れる映像は、別の映像が重なるとかするの?」

「たまにあります」

「映像には音や声は?」

「あります」

「その映像は、経験した人の記憶なのね?」

「いくつかの場面を照らし合わせて、そう結論付けています」

「触れたことによって、相手の暗記したモノを感じるとか……知っていないはずの知識が触れて思い浮かぶとかはないかしら?」

「それは……ないです。やはり印象に残った体験を映像で視ているようです」


 竹宮女医は“私という意識”を読み取れるかと聞いてるんだよな? 

 口に発音する言葉を心で話すことで、麻由姉や白咲とのやり取りはできていた。

 だとすると、思考が読み取れることにもならないだろうか? 

 今までは心の言葉としての意思疎通はできていたが、相手が思っていることは感じたことはなかった。

 口にしない心の言葉と心で思う思考は別個になるのか? 

 いやそんなことはならないだろう。

 もしかして“私という意識”も読み取れる可能性があるんじゃないか? 

 意識の残留思念ってことで読み取るってことだよな。

 そこまではできないってことなのだろう。

 今は零の聖域を通して口にしない心の言葉は発信してる、あるいは受信してるってことなのだろう。


「診断しましょうか。これ持ってみて」


 机の引き出しから取り出した物を俺のひざに乗せてきた。

 薄汚れた古い七インチタイプのタブレットで、電源はスリープにもなってなく、画面は真っ暗である。


「そこから情報を掘り出してみてくれない」

「はあ」


 そしてタブレットは誰の持ち物で、どこに持ち出されていたか、何の用途で使用されてたかを問うてきた。

 今日のフラメモのできに、多少の不安があったが返答する。


「やってみます」

「よーし。それでは、データー取るのに計測機を準備するから隣の椅子に座って」


 言われるままに丸椅子からダークブラウンのラウンジチェアに移動すると、女医はうしろから美容院でウエーブやパーマに使用するような装置を引き寄せ、ヘルメットの二倍はあるような物を頭に寄せて被される。

 あごをベルトで固定されると真っ暗になるが、目の部分だけ外側が見えるようになっていた。


「私の基本は、科学的なはっきりした解釈がない限り保持者には能力をあまり使わせたくないの。だけど、調べるには能力開放時の脳の状態のデーターは必要だから、少しだけ協力して」


 女医の声はこもりながら聞こえるが、左手の腕が重くなる。

 首を傾けて見ると、太い二つに分かれた器具を手錠のように装着していた。


「これらは?」

近赤外分光法NIRSの関係装置で脳の変化を、腕の器具は筋肉の伸縮、血圧や呼吸とか数値を記録するためね」

「集中できるかな?」


 少し不安を口にする。


「大丈夫。今までの被験者は問題なく集中してるから。じゃあやってみて」


 元の椅子に座った女医は、机上のモニターに指をかざしいくつかのソフトウエアを起動させているようだ。

 右手でタブレットをつかみフラメモを試みる。

 握った手に意識を集中する。


 ――集中。

 ――集中。


 いつもの耳障りな音が頭を過ぎる。

 前面の空間にぼやけた映像が個別に次々映りだす。






 フラメモ成功。

 ソフトウェアが起動しているタブレットの映像。

 指でページがめくられ、文章が詰まった内容に脳のイラストが見える。

 医学書の辞典を見ている映像だ。

 他の映像も同じでタブレットの辞典をめくっている映像ばかりだ。

 どれかに絞って時間経過で視てみようと、一つに集中すると映像が大きくなる。

 ページをめくっているシーンから、記録者の視点が変わると広い空間が現れる。

 奥に黒板があり手前に長机がいくつも並び人も行き来している。

 大学の講堂で休み時間らしい。

 また、タブレットに目が移るが、横に筆記された紙が見える。

 荒っぽい字で、


“竹宮君は間違っている!  神秘主義などで道を外すな!!”


 と書かれている。

意識を先に進めても、そのあともタブレットの辞書とにらめっこになったので、別の映像に換えようと思考する。

 目の前の映像が消えて、いくつもの小さな映像に戻る。

 その一つに意識を持っていくとすぐ別の映像が大きく現れる。

 そこは小さな部屋の白い壁に白い窓。

 外は雪で真っ白、それに白いカーテンに囲まれた一角があるが中までは見えない。

 病院の一室のようだ。

 女医に関係した患者の部屋? 

 瞬間に前に視たような擬似感をうけるが、どこで視たのか思い出せない……俺が入院してたときのイメージに重なるのかもしれない。

 目線はタブレットに移り、指が画面に文字を書くとデジタル認識で書体データへ変換されていく。


 “やっと落ち着いたが、危険な情況は変わりなく予断を許さない。非常に厄介なことなのだが、私の考えている上を行ってくれる娘で嬉しくさえもある。異能の証明になりうる最高な事例が増えた。だが進むべき方向性を間違えないようにしなくては……”     


 読んでるうちに画面が暗くなり映像が途切れた。

 文章は何かのレボートか、日記だろうか? 

 よく理解できないから、このイメージはこれでいいだろう。

 別の情報を探し意識を別に向けると画面が現れる。

 電源の入ってないタブレットが映り、手で持ち上げると竹宮女医が望みこむように現れて受け取る。

 これは? 

 俺の見立てが間違っていた? 

 それとも記録者が違う?

 次に画面に直人が見下ろしながら入ってきたので、この人物は座っているようだ。

 右手が直人に差し出され、腕を取られると目線が上がった。

 周りは今いるクリニック室と同じだが目線が低く、わずかに記録者の髪が両側から前に飛び出て戻った。

 ツインテールだ。

 彩水が記録者になっているのか……先を視たいと意識すると別の映像に変わる。

 等身大の鏡があり、そこに千早を羽織った巫女が立っている。

 ツインテールではない、肩一面に髪がかかり腕まで下りている。

 誰だろうと思っていると、行きよいよくカメラが左へスクロールする。

 そこには直人が引き戸を開けていたが、すぐを閉める。

 記録者が戸に走りより開け放つ。

 直人が驚いて突っ立っているのを見上げる。

 目線が低い。

 立ち直った直人が頭を何度も下げてる。

 やはりこの巫女スタイルは彩水か。

 直人も扉を開けたが別人と思い閉めたと解釈。

 でも、これってタブレットの残留映像じゃなくて、彩水の同じ時期の記憶映像だ。

 残留思念から本人の記憶思念に移動したって事か? 

 まるでDVDビデオのチャプター間を瞬時に移動したように。

 こんなことは今までなかったと思うが……。

 新たな案件が増えたが、これもバージョンアップの類だろう。

 零の聖域から戻ってから、俺自身能力のレベルアップでもしたようだ。

 だが、今はタブレットの情報に集中だ。

 そうなるとタブレットの持ち主は彩水とは思えない。

 識を別の映像に変えるように求めると、画面は消えて最初の状態に戻ると目の前の画像がすぐ大きく表示された。

 そこには竹宮女医が立っていて、タブレットが記録者から渡されている。

 また彩水なのか? 

 同じ線上の映像かと失望しかけたとき、画面が広い空間に変わり何人かの道着姿をした男女が長い弓と矢をたづさえていた。

 ここは射場で外に空間があり奥にいくつかの的が見える。

 横の見学席に数名の女子生徒がいて陽上高校の制服を着ていた。

 では、この記録者は白咲だろう。また本人の別の記憶に移動したので、フラメモ動画と同じで意識だけで変えられるようだ。

 道着部員の中へ学生服姿の谷崎さんが入ってきた。

 こちらへ顔を向けてにらんでいる。地震のときの谷崎さんを見たばかりで身震いが起きる。

 そこへ軽度な耳鳴りと頭痛が始まり、平衡してヘルメットが外れ暗闇の世界が明るく空間が広がった。

 一瞬実験が終わったのかと錯覚したが、広がったのは弓道部の道場の方で、谷崎さんが歩いて目の前に立ち止まった。

 これは今日の新しいフラメモバージョンだ。

 額の熱もヒートアップしている。


「ちょっといらっしゃい」


 谷崎さんは記録者の白咲を更衣室の前に誘う。

 他のメンバーは弓を張り矢を放つ練習を始めていた。


「貴方、他の一年生に勧誘しているって本当?」

『えっ……』


 そのまま黙る記録者。


「困るの。他の部員から抗議が来ているのよ! 面倒増やさないで頂戴。いいわね」


 そこに一本の矢が二人の間をかすめぬけて板の壁に突き刺さる。

 記録者は驚いたように一歩退き部員たちを見渡すが、全員こちらに背を向けて練習を続けていた。

 振り返ると壁に刺さった矢は消えていて、谷崎さんは腕を組んで記録者をにらみ続けていたが、踵を返して廊下へ立ち去る。

 彼女が矢を抜き取った? 

 壁に刺さって消えた矢は白咲を思い出すが、地震を広範囲に見せれる谷崎さんは問題なく見せれるだろう。

 俺以上のまやかしイミテーションを備えているのが容易に想像された。


「忍君?」


 谷崎さんと入れ替わるように竹宮女医が現れたかと思うと、肩を叩かれ弓道部道場がクリニック室に変わった。


「忍君。大丈夫?」


 竹宮女医の声と機械音が入ってきて、ヘルメットと左手の器具が外れたことに気づく。


「あれ?」


 情況を認識する間に、手にしていたタブレットを取り上げられた。


「もういいわ。実験終了」

「あっ、はあ……」


 首を動かし立ち上がる。


「体の体調は? 頭の状態は?」

「えっと、大丈夫です。何もないですよ」


 俺の声を聞いて安心する竹宮女医。


「一瞬、数値が激しく上下してたのよ。また、あれが……いやっ、大丈夫ならいいのよ」


 フラメモがバージョンアップしたときに脳波に変化が起きたのか。

 それに前に何か遭ったのか、竹宮女医の動揺とも不安とも取れる気持ちが伝わってきた。

 竹宮女医はかがんで俺の腕を取り、腕時計の秒針を確認しながら脈を測った。


「もう良さそうね」


 立ち上がったあと、椅子に深々と座る。一息ついてから質問してきた。


「中止する前は何が視えてたの?」

「えっと、記憶の深層に深く入ろうとしたせいかもしれません」

「古い記憶とか視たのかしら、ウォーミングアップぐらいで良かったのよ」

「はあっ、まあ色々と夢中に視ていたせいでしょうか」

「ふむ。……それで成果はあったかしら?」

「タブレットは、ここで実験に使われているもの。中には医学書の辞典のソフトウェアが入っていて、大学時代から使われていました」

「それが成果?」

「……あと、持ち主は竹宮先生です」

「タブレットは私の物じゃないし、私の学生時代にタブレットはまだ出てなかったけど、それでも君の意見は変わらない?」

「えっ? じゃあ、借り物? タブレットはなかった?」


 いやっ、この手の実験は本人の物でないと答えがわからなくなる。

 それに見てきた限りの判断でも……。


「やはりタブレットは竹宮先生の物ですよ。大学時代でなければ、最近大学に行って講義を受けていたってところでしょうか」

「正解、当たりよ。私の話からコールド・リーディングで、当てられそうな気がしたから誘いをかけたの」

「あーっ、相手の話から情報を引き出す方法論のことですか?」

「そう。大学に行ったのは、厳密に言うと講義を頼まれたから。で、他にないの?」

「……もっと具体的なことがいいんですね」


 印象深いことはなかったか思い起こす。


「窓から雪が見える、白いカーテンの多い白い個室を見ました。患者さんの部屋だと思うんですが……」

「雪……白いカーテンの白い個室」


 話しながら竹宮女医の顔がこわばっていく。


「危険とか厄介、でも嬉しい事例とか、タブレットに筆記されてましたが、この患者さんは?」

「驚いた。そこまで取り出せるなんて……他に何か視たの?」

「いえ、他は視てないですが……ああっ、大学の講義の話かな? 進む道を否定されたとか覚えてますか? 紙に書かれて“竹宮君は間違っている! 道を外すな!!”って」

「あっ、そうそう。そんなことあったわ。何かと口論になる教授がいてね、そのときはすぐ怒鳴り返したのよ。“私が選んだ道は必然。外すなんて思考を持っているあんたの方が外すわってね。”よーく覚えてるわ」


 竹宮女医の人柄が少し見えたような。


「……かなり詳しく引き出してきたわね。やはり驚きに耐えないわ」

「はあっ……すみません」

「これは診断だから、気に病むことはないよ。それと忍君のように、明瞭に情報を引き出せるのは少ないわ。ランクはA-1かしら」


 A-1? ランク付けするほど能力者はいるようだ。

 でも何か引っかかる。


「あの……この力は何でしょう? 何故持ったのでしょう? それにこの道場に、何人も保持者がいるようだし」

「能力自体はわからない。原因は特定して、詳しく調べてる段階なのよ。そして保持者は集まって来ている。君で五人目よ」


 五人目!? 

 保持者が多過ぎないだろうか?


「えっと、こんな近くの町に六人もいるってことは、世の中にはもっと沢山の能力者が輩出して良いはずですけど、全然聞きません」

「それはまだ、しっかりした答は出てないね。この町では希教道ができたから取り込んでるとも言えるけど。仮に能力があっても、今の世の中では出て来れないでしょ。理論立てての証明や、観測できないモノはこの世にないことにしてるのが科学者のスタンスでしょ? その科学が今の世のイデオロギーになっているから、出てくるのは無理ね。忍君もいじめか、不気味がられるかで、人間関係が壊れることを体験してきたんじゃない?」

「ごもっともです」

「それで、この道場でやっていこうと気になってくれたかしら?」

「い、いえっ。まだ、わからないことが多いのでまたの機会に……」


 逃げ腰になるが、来る前の関わりたくない気持ちはなくなっていた。


「そう。データーも取れたので、今日はこれくらいで終わりにしますが、何か頭痛とか体調不良があったら診察に来なさいね」

「それは、すごく助かります。驚かれないで当たり前に対応されて、能力なんて持ってなくて普通の患者として診察を受けてるような……何か新鮮でした」

「そうでしょ? あと、私の本業は“脳リハビリセンター”の副医院長をやっているから、そっちでもいいからね」

「あーっ、知ってます。森林公園の池が見える高台に建ってましたね。あの前はよく通りますから」


 話しながら丸椅子から立ち上がって帰る旨を告げる。


「たぶん廊下に要がいると思うよ」


 竹宮女医は口元に笑いを浮かべた。

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