第36話 白咲の後輩

約束の時間が迫ったので、部屋を出てマンションを降り路地に出ると、後ろから声がかかった。


「あっ、広瀬さん」


 振り返ると陽上学園の制服を着た白咲が、ピンク色の長い矢筒を抱えて立っていた。


「この時間で制服だと部活の帰りかい?」


 俺が話しながら歩み寄ると、ポニーテールを揺らして返事をする。


「はい、ちょっと前に市の一年生大会がありまして、内の部は私を含めて散々だったのでしぼられ中ってところです」


 部活はこれがあるから良くない。

 俺は早く帰り部で良かった……のかな?


まやかしイミテーションとか使わなかったの?」

「それじゃ参加する意味ないじゃないですか。必要以上に使いませんよ」


 途中から俺への視線をそらす白咲。

 怪しい。

 だが俺も、この手で必要以上にフラメモ使ってひどい目にあったから、言いたいことはわかる。


「春休みも練習って大変だな」

「はい、来週も竜芽弓道部との練習試合があるので、練習は続いてるんです」

「また竜芽うちと?」

「前回呼ばれたので、今回呼んだようです。知り合いの方がいたら、お手荒かに願いますと言ってください」

「うちの学園は部員知らないから、白咲の応援団をやろう」

「試合見に来てくれるんですか?」


 喜んで顔を輝かせる白咲。


「おう。でも、部外者入れるかな?」

「春休みだし、竜芽高の生徒で応援なら」

「ああ、そうか」

「それで、広瀬さんはこれからどちらへ?」

「うん、麻衣……浅間と待ち合わせでね。あっ、そうそう昨日のクリアケース返した方がいいかな? それと気になってたんだけど、あとから来た金髪巨漢につけられてた?」

「えへっ、車から谷崎先輩に呼び止められたあと、あの巨漢に道場のことを片言でしつこく質問されて面倒になったから逃げてきたんです。迷惑かけてごめんなさい」


 彼女はえくぼを見せ、舌を出す。


「ああ、俺たちは別に……何もなかったならいいんだけど。質問してきたって何者なの?」

「えっと……誰だろ。谷崎先輩の運転手? あるいは探偵さん?」

「あれが? 外人だったぜ。それも何で希教道のことを?」

「んー。ちょっと予想外でしくじったかも……」


 珍しく言葉を濁らせて目をそらす白咲。

 その態度で、すぐまやかしイミテーションを直感する。


「あの能力使って、何かやっているんだな?」

「えへっ、気にしてくれます?」

「当たり前だよ。力になれればいいんだが、俺も自分の能力に対しては理解してないところがあるから強くは言えないけど、話ぐらいは聞けるぞ」

「ありがとうございます。じゃあ、家に来てくれますか? 能力のことも教えられると思いますよ」


 両手を組んで、目を輝かせ俺に問うてくる白咲は愛くるしい。


「わかった、行くって言ってたし、白咲のいいときにお邪魔するよ。ああっ、それで預かってたクリアケースだけど、これから取りに行って……」

「ファイル持ってて何か思い起こされることとかありませんでした?」

「えっ? いっ、いや別に」


 そう言いながら、先ほどの激しい頭痛と耳鳴りから始まった、会長の映像が脳裏に横切る。

 だが勝手にファイルのぞいた手前、口にはしないでおいた。

 ごめん白咲。


「……そうですか」


 真剣に俺を見据えていた彼女だが、顔を背けて黙る彼女に何かあるのか不安になってくる。

 麻衣の霊の件もあり、クリアケースに霊でも憑いてたのかもしれない。

 二人で踏んでしまってたし。


「クリアケースに問題でもあるの? 怨念がこもっていたとか?」

「広瀬さんにそんな変なモノは持たせません。クリアケースには心配するようなことはないです」


 腕を組んで不満顔の白咲。


「ごめん。余計なこと言っちゃったな」

「いいえ。でも怨念とか……何か見たんですか?」


 俺の顔を、何かを確かめるようにじっくり見つめる。


「いや、ちょっと古いファイルだし、何となく……それじゃ、クリアケース今持ってくるよ」

「えっ、そんな急がなくてもいいですよ」


 後ろで声を聞きながら、慌ててマンションへ取りに行った。

 腕時計を見ると、約束の時間にまだ余裕があると、安堵して階段を駆け上がる。






 部屋を取って返して下りてみると、白咲は消えていて辺りを見渡すと二十メートル先を歩いていた。

 その先は白咲の家である道場の路地で、角には三名ほど人がいた。

 黒で固めたゴスロリ風の服を着た背の低いツインテール少女と、黒のショルダーバッグを抱えたブレザー姿の二十代の男が口論をしているのが見えた。

 何かトラブルでもあったようで、それを白咲の足を速めているようだ。

 後を追って近づくと、男の方は声を荒げて怒っていたが、少女はそれに怖がった感じはなく笑顔さえ見せていた。

 だが情況の方は見えない。

 少し下がったところに白のシャツとスラックス姿の少年が心細く立っているが、友達だろうか?

 俺が白咲に追いついて質問する。


「知り合い?」

「ええ」


 口論している二人に近づくと、黒のツインテールがこちらに声をかけてきた。

 なぜかどこかで見た気がした。


「ちょうどいいところに。もうーっ、ひどいんだよ」


 白咲に言い寄り、こちらにも顔を向けるが無視される。

 お陰で去年の学園祭で占った子の一人だと思い当たった。

 あの生意気なちんちくりんだ!!


「また問題?」

「んっ……ははっ、そうかな。このおじさん嘘つきだからなじってたら、逆切れされちゃって途方にくれてたのよ」

「途方には見えない」

「えへへっ」

「それで何?」


 白咲が鋭く聞く。


「外野は引っ込んでろ。俺はこのクソガキと話してんだ」


 ブレザーの男が怒って割り込んできた。


「直人ちゃん、要に教えてよ」


 ツインテールは男を無視して、後方の少年に面倒そうに声をかける。

 男の剣幕に場慣れしているのか、怖いもの知らずかまるで動じない。


「教えて」


 白咲が声をかけると、少年は走り寄ってグループに加わる。

 たれた長髪と痩せた体系が、神経質で気弱そうな印象を受けるが美形である。

 学園祭でツインテールと一緒にいた少年だが、腕時計を見て時間を気にしていた。


「あの……数日前から道場の周りによく見かけていて、今日もいたから」

「俺は来てねえ! デタラメ言ってんじゃねえぞ小僧!」

「うっ」

「続けて」と白咲が臆せず少年をうながす。

「お前ら、なんだその態度はーっ!」


 ブレザーの男は、頭から湯気が出てるように怒り心頭だ。


「続けて」


 もう一度白咲が言った。


「……それを彩水に教えたら、いつものことをして口論に」

「いつものこと? また見境なく」


 白咲は彩水と呼ばれたツインテールに顔を向ける。


「見境なくはひどいなーっ」

「しようがない」

「しようがないとはあるか! 身内なら誤り方ぐらい教えておけ!」

「クズストーカー」


 ツインテールが燃料を補給する。


「だから、きさまのようなケツの青いガキにストーカーする男などいないからな! 訂正しろ! 謝れ!」


 ツインテールはちらりと白咲に向き、笑みを浮かべる。

 白咲は肩をすくめ、ため息を吐いて要求する。


「彼のこと話したいから、この場を収めて」


 それを受けてツインテールと少年の視線が俺に向く。


「わかったわ」


 ツインテールは、顔の前で手を一回叩くとしばらく目を伏せたあと、男に向き直る。


「ふん、やっと謝る気になったか?」

「興信所の社員」


 ゴスロリ姿のツインテールは、不敵な笑いを込めて男に言い放つ。


「なに!?」

「隠し撮り」


 嫌味な話し方で黒のショルダーバッグを指差す。


「円筒でかなり小型のビデオカメラね。今も作動中ってことかしら?」


 そう言ってバッグに顔を近づけ、カメラのレンズは見えないかと見渡す。

 男はバッグを隠すように、後ろ側に移動させて一歩下がる。

 つまらなそうにツインテールも元に戻り、また目を伏せる。


「道場や信者の様子と幹部の調査、前金で100万も受け取ってるわ」


 俺も驚いたが、言われた男は驚愕して俺たちから退く。

 本当らしい。

 だったら彼女もフラメモを使えるのか? 

 それもかなりの実力者だ。


「この数日で私たちを一杯取ってるのね。やっぱりストーカーじゃん」

「何だァ、おまえ……何だァ」


 男は恐怖に顔を引きつらせて独り言のようにつぶやくと、突然背を向けて駆け出し見えなくなった。

 俺は呆気に囚われたが、黒のツインテールは笑いだし、白咲は無表情に見送った。


「興信所の人、あのままでいいんでしょうか?」


 近くの少年が白咲に聞く。


「……いい、もう来ないから」

「そうなんですか。安心しました」


 笑顔になる少年。

 それを横で聞きながら、断定した白咲の言葉を素直に信じる少年に呆れつつ、二人の信頼感を感じ取った。


「要。これでいいよな?」

「そうね」

「じゃあ、隣のヘボ占い師紹介してよ」


 ツインテールが俺を不信そうに見つめて白咲に問う。


「広瀬さん。二人を紹介しますね」

「あっ、ああ」


 ヘボ占い師って何だよ。

 白咲も笑顔でスルーするな。


「佐々岡直人君と阿賀彩水さんで同じ中学三年」


 やはり中学生。

 だが年上の白咲を呼び捨てにするのは、かなり仲がいいのか? 

 それとも性格か?


「何言ってくれてんの。私たち高校生!!」


 むくれるツインテールに、ちょっと可愛く感じた。


「そうね。二人合格してたわね」

「当たり前でしょ」

「ははっ……どうも佐々岡です」


 少年は俺に丁寧にお辞儀をした。


「彼は直人ちゃんでいいからね」

「また、そう言うことを。まあ、いいですけど」


 直人は彼女に寄り、前にたれたツインテールを後ろに丁寧に持っていき、よれた服も伸ばしていく。

 やつは彩水のコーディネイターか? 

 実にけなげで微笑ましいが。


「へへっ、私は彩水でいいよ」


 ゴスロリツインテールが自慢げに平坦な胸を張る。


「俺は広瀬忍。二人は希教道の信者?」

「チッチッ、私を信者とな?」

「んっ? 違うのか」


 俺は他の二人に目をやると、直人は片手を彩水に振って注目させる。


「僕や白咲さんは幹部ですが、彼女はかんなぎ様です」

「ふふーん、これでわかったかな」


 彩水は俺に自慢げに胸を張ったので、ため息で返した。


「広瀬さんは入信ですか?」

「いえいえ、俺は白咲との約束で……」


 直人の質問に俺が話そうとしたら、白咲が遮って言葉を重ねる。


「幹部候補よ」


 そして衝撃発言をした。


「えっ」


 彩水と佐々岡が同時に驚き、俺を見る。

 いや、俺も驚いているんだが。


「だって、去年の学園祭でしてた占いは大して見えてなかったぞ」

「私は見た、彼に能力あると。それも神職になれる資格があるわ」


 彩水の意見に白咲が、俺にとってありえない返答をした。


「えっ!?」


 またも二人同時に驚く。

 資格とか、ほめている? 

 これは希教道の勧誘の常用手段か? 

 幹部とか神職など、とんでもない。


「彩水に近いんですか?」

「まだ未知数」


 直人の質問に白咲がわからないことを言った。

 さすがに勝手に話を進められて焦ってくる。


「白咲、待ってくれよ。俺は入る気はないから」


 俺の反応に明らかに落胆する白咲だが、ここははっきりしておかないと。


「ごめん。興味ないんだ。それにこれから用があるんで、預かってたクリアケース返すよ」


 時間も気になってきたので、手に持っていたファイルの入ったクリアケースを彼女の前に差し出す。


「ああっ、そう……そうでしたね。ありがとうございます」


 意気消沈した白咲は直人に事務所に持って行ってと指示すると、彼は俺の持っているクリアケースを丁寧に受け取る。


「じゃあ、行くわ」


 この場を抜けようとした俺の前に、彩水が顔をほころばせて立ちふさがる。


「私たちにも、忍ちゃーんに用ができたの」

「はっ?」


 名前をちゃん・・・付けで呼ばれて不安がよぎる。


「学園祭の占い。私にはけっこういい加減にやってたのかしら?」

「素人の占いで当たる方がおかしいだろう」

「あら、私だったら全て的中させるのに」


 彩水は一歩進み出て、俺の腰に両手を巻きつけ体を密着させてきた。

 抱きついてきた肩に手をかけて引き剥がそうといるが、しがみついて離れない。

 揉み合ううちに彼女から飛びのいて離れたが、目が大きく見開き驚いている。


「こっ、こら。何するか」


 彩水の悪戯をいさめようとしたら、無言でにらんできたので言葉を飲み込む。

 何か殺気すら感じだす。

 被害者は俺だろ?


「どうしたの彩水?」


 直人が心配して聞いた。


「何でもない」


 笑顔で彼に言うが、首を傾げて不思議がる。

 それは俺も同じなんだが、白咲に向かって首をかしげる。


『ちょっと細工しただけです。心配いりません』


 零感応で言葉が返ってきたが、答えになってない。

 彩水は手を一回叩き目をつぶる。

 先ほど興信所の男にやった行動だ。


「やっぱり忍ちゃんは、私じゃ駄目なの? ふふーん、要がいいのかな? それとも麻衣ちゃん?」

「……なっ、なっ」


 焦って白咲を見やると、無表情でこちらを見ている。

 やはりフラメモができるのか? 

 それも瞬時に接触しただけで記憶を引き出された? 

 あとからチェックでもするように、整理しながら答えを導きだしていることか。

 俺とは、やり方は異なるようだ。


「はははっ、用ってそうなの」


 彩水の笑いで思考が途切れる。


「麻衣ちゃんとデートだったのね」


 顔が火照ってくるのを感じだす。


「会いに行くの? でも残念ね、これから私とつきあってもらうから」

「勝手に何を言ってるんだ」

「大丈夫。彼女は同級生なんだからいつでも会えるじゃん」


 彩水は、麻衣の昨日からの情況まで把握してないようで安心した。


「広瀬さんの持っているフラメモ。それらの力を持て余しているんじゃないですか? どういうものか知りたくはないですか?」


 白咲が彩水に加担するように、会話に加わって痛いところを突いてくる。


「そ、それは、フラメモのことは、もちろん知りたいけどな」

「フラメモって何それ?」


 彩水が割って入ったので、仕方なく略名の説明を渋々とする。


「ああっ、能力の名前ね。ぷっ。エロゲーのタイトルかと思った」


 吹き出して笑う失礼なかんなぎ様だった。


「希教道幹部の一部はその保持者です。だから情報の交換だってできますよ」

「えっ! そんなにいるの?」


 白咲の発言に驚くが、近くに能力者の集団がいたなんて、これは嬉しい驚きだが恐怖も感じた。

 ……って、そんな重要な情報をなぜ俺に教える。


「さーっ、忍ちゃん。彼女に断りの連絡入れてよ」


 敬語が抜け落ちてる彩水を見た限りでは、幹部の優劣の構造が見えてくる。


「いや、だから俺は……えっと、約束だし、彼女は問題を抱えてるから行かないといけないんだ」

「忍ちゃーん、麻衣ちゃんって女が怖いんだ?」


 ツインテールを揺らして下卑た笑いをする彩水。


「うっ、いやっ、そんなことはないぞ。うん」

「その問題って広瀬さんが行って解決できるものですか? こちらで能力のことを知らべれば、その抱えてる問題も解決できるかも知れません。道場にはその手の優れたお医者もいますから」


「えっ?」


 その手とは、フラメモのような能力に携わっている医者がいるのか?


「きっと、私たちの方が近道ですよ」


 白咲が俺に寄り添い耳元にささやく。

 DVDビデオのパッケージはもう調べたし、麻衣と会って一緒にいても事態は変わらないだろう。

 問題は昨日見た頃の時間帯だろうから。

 白咲の一言で気持ちが変わってきた。


「んっ……」

「もーっ、じれったいわね」


 彩水は俺の後ろに回り、ジャケットの両ポケットに素早く手を入れる。

 右側に入ってる携帯電話を取り出し数歩下がる。


「あっ? おい。俺のケータイ」

「アドレス帳で……あっ、浅間麻衣みっけ」


 追いかける俺を避けながら、携帯電話を素早く操作して耳に当てる。


「あーっ、私は彩水だけど、用ができたから忍ちゃーんはそっちへ行けないんだわさ。はははっ……はーっ? 代理、代理……そうよ、懐中しちゃったから。……んっ?」

「おい……」

「途中で切れたよ。ははっ、これで行かなくて済んだね」

「おまえなーっ」


 そりゃあ切られるだろう。

 麻衣への言い訳を考えないと。

 ……あとが怖い。


「この携帯は、私たちの用が済んだら返すね」

「人質かよ」

「直人ちゃーん。道場に案内して」

「うん」

「忍さん、行きましょ」


 そう言って俺に微笑みを向ける白咲。


「ああーっ」


 こうなったら、いろいろ聞かせてもらうしかないか。

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