第33話 春休み
そして、二年三学期の期末テスト。
試験前日まで麻衣や椎名たちと勉強につぐ勉強をしたお陰で、好成績を残せて進級は決まった。
春休みに入ってから、勉強疲れで三日ほど呆けて過ごすごとになっていたとき、白咲から希教道への誘いがあったが先延ばしにしてもらう。
零の聖域を使った能力の情報を知りたかったが、今はまず麻衣に麻由姉と事件のことをじっくり話して済ませておきたかった。
そして進級という免罪符を得たことで、彼女を恋人としてもう一度触れたいという欲求が出てきたのが大きい。
麻衣に携帯電話で、昼に会う約束を取りつけた。
麻由姉の墓参りをしたいと付け足して。
花束と線香を買ってから、折りたたみ自転車で約束した喫茶シャエに行く。
花選びに時間を取ってしまい十分ほど遅刻。
喫茶店らしい木製のドアを開けて中に入っていくと、ニットの白いクルーネックにデニムのショートパンツスタイルの麻衣が、先に来てこちらに向いて座っていた。
横の椅子にはあの麻由姉のバッグが置いてある。
俺の持ってきた花束を見て、少し驚いていたが軽くうなずきもした。
「また遅刻」
「ごめん、つい遅くなった」
「いつものことだからね」
今日はあきらめモードというか控えめだ。席について昼食を定員に頼んでから麻衣に向き直る。
「麻由姉のこと話すよ」
「うん」
真剣に答える麻衣。
俺は連れ去られた事件を自分視点で、細かいことは省いて話した。
草上に殴打されて気を失ってから、過去の自分の時間に行ったこと。
暗闇の世界で麻由姉に会い、空白だった時間に一緒に戻ってきたこと。
麻衣を助けるために共闘したこと。
麻由姉の持っていたフラメモの力で事件の解決に一役買ったこと。
そして、麻由姉が暗闇に消えていったことまで話した。
ついでに幽霊ストーカーもパスにした。
聞いた彼女は何度も信じられないと言われた。
だが麻由姉に対しては、小学時代の神社の鏡話、過去が視える能力、紅茶の話、麻衣っちと呼んでたことで考え込んだ。
「本人かも……」
それでも半信半疑ながら最後まで聞いてはくれた。
「んーっ、にわかに信じがたい話なんだけど、いろいろと当てはまることもあって否定できない。ううん、お姉ちゃんのところは信じたい」
「まあ、俺も中々実感湧かなくてな。すべて信じろって言えないけど、それでも麻由姉だけは、一時だけど俺の中にいたことだけは信じてほしい」
「うん」
彼女も強く相槌を打ってくれた。
「ああっ、それを聞いて安心した」
打ち明けて良かったとため息をつく。
「……ねえ、じゃあさ。白咲さんは何であの夜一緒にいたの?」
「うん、手伝ってもらった」
「白咲さん、もしかして能力とか持ってるの?」
恐る恐る麻衣が聞いてきた。
「俺もよく知らないんだが、持っている。それで命拾いしたんだ」
「へえっ」
すぐつまらなそうな声を出す麻衣。
「と、とにかく、これから麻由姉の墓参りに行こう」
俺が花束を持って立ち上がると、彼女も立ち上がり、案内すると言ってブルゾンのシャツとバッグを持って先に出ていった。
おい、お勘定……。
浅間家の墓は遠くなく、歩いて十分ほどの寺だった。
マンションの真横に墓地はあり、昔は墓場だけで周りは砂丘と畑ばかりだったという。
今では家々に囲まれてこじんまりした共同墓地になり、ご先祖の幽霊も出にくい仕様になっている。墓花を供えて二人で線香に火を入れ、手を合わせて麻由姉の供養をする。
――遅くなってごめん。
心の中で謝っていると、麻由姉の事を思い起こされて目から涙が出てきた。
麻由姉のバッグを胸にしっかり抱きしめていた麻衣も、俺の右腕に寄り添いながら目に涙を溜め始めた。
「ありがとう忍。お姉ちゃんも喜んでるよ」
「うん……だといいな。本当に……」
そう言いながら麻衣を抱きよせる。
俺の胸で彼女は潤んだ瞳で見上げてくるが、そこへ男の声。
「あれ、麻衣先輩?」
黒いトレーニングウェアのショートカッット男が、寺の裏から出てきて声をかけてきた。
俺と麻衣は急いで離れて目をこする。
「あっ、今村君」
「来てたんなら言ってくれれば、お経の一つも上げるのに」
「い、いや、そんなことしなくていいのよ」
「ははは、冗談ですよ。坊主になってないのに唱えたら、霊たちが寄ってきちまいますよ。ははは」
「この寺の人?」
「ええ、ミステリークラブの後輩で」
「今村です。よろしく~。で、そちらは?」
「同級生のしの……広瀬君だよ。ほら、この前の事件で私を助けてくれた彼」
「ああっ、麻衣先輩を救出した広瀬先輩ですか、今村です。よろしく」
握手を求めてきて驚いたが、麻衣の手前なのでしぶしぶ応じる。
手を握りながら、今村の笑顔に見下されたような感じを受け、不快な気持ちになった。
「そういえば……」
後輩の声は、近くの柳都空港から旅客機が空気を震わせ上空を飛んでいく爆音で遮られた。
しかたなく顔を彼に寄せて聞く。
「麻衣さんを喫茶店に待たせるなんて、僕はしないのにな。花選びは、じん速にしたほうがいいですよ」
「なっ……」
こいつ。
今のは、まさかフラメモ?
すぐに手を放して今村から一歩下がる。
いや、俺が喫茶店に入るのを見ていたのかもしれない。
だが花選びは?
今村はにやけた笑いをやめて麻衣に向き直る。
「それで麻衣先輩。今日は誰かの命日でしたか?」
「そうではなくって、たまにこないと寂しいかなってね」
麻衣は両腕を後ろに回しながら、一歩下がり墓を見直す。
「それは御先祖様喜びますよ」
「そうでしょう?」
「お茶を出しますが、中で休憩してはどうでしょう?」
後輩の提案に麻衣は俺をうかがう。
もちろん首を横に振って言う。
「用がある」
後輩の顔に険のある表情を、一瞬見止めてしまう。
「ごめんね。また今度お願いするよ」
「そうですか、残念です。……あっ、クラブでお借りしてたDVDのドキュメンタリー見ましたよ」
「ああ、奇跡のパワー見てくれた?」
「フィールドの話とか良かったです。量子物理は難しかったけど勉強になりました」
「よかった。そうだ、忍も……広瀬君も見てみない?」
後輩の前だからって、名前から苗字に言い換えるな。
相手はもう知ってて、苦虫を噛み潰したような顔になってるぞ。
「……それで何貸してたんだ?」
「科学医療系? 量子物理系?」
頭を横に倒して考える。
硬そうな映像ドキュメンタリーだろうと思うが……。
「量子物理が入ってるなら見てみたいかな」
「やっぱり興味あるでしょう? 今村君、持って帰っていいかしら」
「それは見ましたからもちろん。すぐ持ってきますよ」
後輩は走って戻っていった。
「ああ、ゆっくりでいいよ」
麻衣が慌てるが、寺の自宅に勢いよく入っていった。
「難しそうなの持ってたんだな」
「幽霊の件で調べてたときにね。超常現象から理屈が知りたくなって。それをクラブで今村君に話したら、見たいって興味示してくれたの」
今村は黒いビニール袋に、DVDビデオの入ったパッケージを入れて戻ってきた。
他にも何か貸りたいから、自宅へうかがいたいと後輩が言う。
「いいよ」
彼女は即答した。
後輩を家に招くなど駄目だろーっと思ったが、その俺を見てほくそ笑む麻衣。
くそーっ、顔から心を読まれたか。
「まっ、そろそろ行くか」
今村に手を上げて顔を背けるように、入ってきた通路に向かう。
麻衣が後輩に挨拶して俺の元に駆け寄る。
「はいこれ」
DVDのパッケージの入ったビニール袋を寄こす。
用が済んだ帰りに受け取るからと言って、麻由姉のバッグに入れてもらう。
そう麻衣ともう一つ重要な用があるんだ。
墓地を出てお寺をあとにして、歩きながら車通りの歩道に出る。
「……しかし、あいつ何なんだ。やけになれなれしかったが?」
「あーっ、焼いてる?」
「ちげーよ」
俺はふてくされて歩く速度を落として、麻衣の後ろに付く。
彼女の後姿を見ながらスカートじゃないんだと、なぜか残念な気がした。
「ふふっ。クラブで三年の先輩たちがいなくなってから、よく話しかけられるようになってね。あの事件に巻き込まれたあとは、良くしてくれたわ」
先輩の松野がいなくなったと思ったら、次は後輩の登場か?
それも先ほどの気になる異能めいた挨拶。
「んーっ、他に何かかわったこととかなかった?」
「ううん、彼が? ……別に。何で?」
「いや、何もなければいいんだ。……俺の勘違いだ」
「んーっ、やっぱり焼いてるんだ」
麻衣は立ち止まり微笑んで俺を見る。
「違う! 松野とダブったイメージを感じたんだ。でも大丈夫だろ?」
「うっ、うん。それ考えすぎ」
「ああ、そうだな」
そう話して二人並んで歩き出す。
「ところで、用って何?」
彼女が胸をそらして聞いてきたが、際立った胸のふくらみに目がいってしまう。
彼女とのもう一つの用件が意識させてるようだ。
「ああっ。えっと……あのな……」
俺は麻衣から目を背けて口ごもる。
「ん?」
小首をかしげる麻衣。
「あそこ……行かないか」
「あそこ?」
俺の顔をのぞき込む麻衣。
思わず彼女の唇に目が止まってしまう。
「うっ、うん。その……ラブホ」
また横を向いて言ってみると、彼女もいきなり前を向いて押し黙る。
「えっと。……どうかな?」
自信ない俺の言葉だったが、麻衣は頭をゆっくり前後に振って肯定する。
――よっしゃー!
すぐタクシーで近くまで乗って行く算段を実行に移そうと、道路を見てみるが流石に期待の車は通ってこない。
代わりに向かいの歩道から手を振る人影が目に入る。
黒のタートルネックセーターにミニスカートの少女が、にっこり笑ってこちらを見ていた。
「し、白咲!?」
「えっ……ほんとだ」
麻衣も遅れて気づいた。
車の流れが途切れると、白咲は駆け足で道路を横断してこちらに来る。
「あのーっ、ちょっといいですか?」
白咲は笑顔で、俺と麻衣の間に入ってきた。
「どうしたの?」
「はい。このファイルちょっと預かって欲しいんです。すみませんがお願いできますか?」
持っている物を両手でこちらに見せる。
「おおっ、その程度なら頼まれるぞ。それって、希教道の関係?」
「ええっと、そうなのかな? 詳しくは言えないけど……広瀬さんに持っていて欲しいというか、持っていてください」
少し焦ったように笑う白咲は、持ち上げていた物を俺に渡す。
受け取ったのは、使い古された透明なビニール製のクリアケースの中に、緑色のファイルが1冊入っているものだった。
「じゃあ、少しの間だけ預かっててください」
白咲が笑顔で挨拶して、わき道に入って立ち去った。
振り返ると、麻衣が突き刺すような半眼の目になっていたので、思わず一歩後退する。
そこへ短い金髪に黒のサングラスにスーツ姿の巨漢が目の前に現れ、くわえタバコをしながらこちらを見つめるが、すぐ白咲の入った道に消えていった。
彼女が追われている?
まさかね。
「いっ、今の外人? プロレスラーか何かかしら」
硬い口調になって話す麻衣。
「ああ、シークレットサービスにいそうな感じ」
「ちょっと怖かったかも」
その巨漢も白咲同様道路を横切ってきたようだが、向かい側歩道を見ると知った人がいた。
歩道に埋め込まれた柳の木の隣で、腕を組んで考え込むように横向きで立っていた。
「あれ、谷崎さんじゃない?」
麻衣も気づいたが、谷崎さんは道路上に駐車している黒のBMWに乗り込んで見えなくなった。
俺たちには気づいてなかったのだろうか?
いやいや、それよりBMWって何だよ。
どこの偉い人?
巨漢は谷崎さんの関係者。
白咲が来た場所にいるってことは、話をしてたってことか?
いや話そうと呼び止めるため、巨漢が追っかけてきたって線かな。
そこへ携帯電話のポップな着信音が鳴る。
「私のだ」
麻衣がポシェットから取り出して話し出す。
「家からだ。はい、私……うん、うん」
麻衣は俺をチラチラ見てくるので、関係あることか?
「わかった」
そう言って通信を切り携帯電話をしまう。
「何かあった?」
「お母さんが腰痛めたとかで、家事を手伝えって」
麻衣は俺を見ずに、抗議っぽくアヒル
それを聞いて弾んでた気持ちが一気に冷めていくが、彼女を帰したくない気持ちがあふれ出る。
「ああっ、そっか。それは大変だな……帰るのか?」
彼女に少し不満気に聞いてみた。
「うん、しようがないよね。……ってことで、あそこはまた今度」
苦笑いの麻衣に、俺も釣られて笑って答える。
だが、笑っただけじゃ麻衣への熱くなった気持ちは押さえ切れない。
とにかく抱きしめたい気持ちだけでも開放したく、強引に彼女の手を取って近くの路地に引っ張っていく。
周りに人がいないのを見てから物影に隠れて、麻衣の肩を抱きしめる。
「えっ、えっ」
驚く麻衣だが嫌がりはしないる
「ごめん。でも、もう我慢できなくて」
そう言って腰に手を回し彼女の胸の弾力を胸に感じながら、もう一度抱きしめて口づけをする。
勢い込んだため歯がぶつかり、顔を上げると麻衣は俺の肩に顔を埋めてのどを鳴らす。
「ううん……強引」
今度は彼女からためらいながら俺を抱き返す。
麻由姉のバッグを持ったまま腕を上げて、俺の首にゆっくり巻きつけて口を吸ってきた。
前にした行為を思い出すように、しばらく攻防を続ける。
「……そろそろ、変える」
無言の抱擁のあと、彼女の小声が終わりの合図となった。
路地から元の歩道に二人赤面しながら出る。
周りか気になって見渡すが遠くに歩く人影ぐらいで、先ほどの黒のBMWもいなくなっていた。
二人して無言のまま、待ち合わせした喫茶店まで戻って別れる。
ピンクの
俺も高揚した気分で折りたたみ自転車に乗りマンションに帰ろうとしたが、何かたりないものを感じて手ぶらの状態に気づいた。
「白咲の預かり物!」
ファイルの入ったクリアケースどこやった?
――抱擁だ。
麻衣を抱きしめるとき、目についた室外機の上に置いたままだった。
思い出して心の中で白咲に謝りながら取りに戻った。
ラブホご休憩で戻るのは夜の予定が、まだ四時という早い帰宅となった。
えっちお預けの上、麻衣にへんな
白咲から預かったクリアケースをローテーブルに置く。
ちょっと靴の跡がついて汚してしまっていた。
路地裏のキスに夢中になって、これを室外機の上から落として気づかずに麻衣と一緒に踏んでしまったようだ。
タオルで汚れを拭き取りながら、ファイルが痛んでないか見渡すが大丈夫そうだ。
安堵して白咲に心の中で謝罪しながら、ローテーブルから机の上に
夕食の弁当を食べてから、今日の墓参りの件で麻衣にお礼のメールを送っておいた。
いつもだとすぐ返信してくれるのだが、今夜はまだこない。
そういえば借りる予定だった、DVDのドキュメンタリー忘れてたな。
次に会ったとき借りればいいか。
ベッドに横になり抱擁を思い出しては、ラブホ行きたかったと呆けてしまった。
気抜けしたままテレビを見ていると、睡魔が来て意識が途切れ……まどろむように夢をみた。
その夢は誰かに呼ばれたような気がしてから始まり、恐怖が周りから迫ってくる嫌な世界だった。
夜の暗闇で恐怖にすくみ上がっている。
だが、後ろから辛苦の恐怖が迫ってくる。
――走れーっ。
俺は夢の中で声をだす。
それに押されて、どこかの建物の階段を上がっていく。
二階、三階と上がると大きな音がして驚き……目が覚めた。
汗ばんで起き上がると、テレビは九時からのサスペンスドラマの映像が進行していた。
半年前の自分自身を見て恐怖した悪夢と重なり、嫌な感覚が体を駆け巡る。
不安を抱えた嫌な感じを払拭するように顔を洗うが、また急激な眠気に教われベッドに潜り込むとすぐ生気を失った。
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