第32話 パーティ
雪が残る路上を部屋の窓から見ながら、学生服を脱いでいるとチャイムが鳴る。
玄関に出てドアを開けると、白いコートを着たポニーテールの少女が立っていた。
「帰っていましたね」
「白咲が来てくれるなんて珍しいな」
「えっと、萩原さんが柳都大受かったったそうです」
「おおっ、そうか。今日は五日だったな。合格発表の日だ」
「それで広瀬さん。ショコラで萩原さんの合格パーティをしませんか?」
このマンション一階喫茶店ショコラの
俺はすぐ承諾して、白咲と一緒に隣室の夢香さんへ押しかけると、在宅してたのでお祝いが言えた。
「おめでとうございます」
「あっ、二人ともありがとう」
「今日は家族とお祝いとかしますか?」
「ううん。お父さん仕事で遅いから、週末にね」
「じゃあ、良かった。ショコラで
「うわーっ。嬉しい。行くわよ。あっ、一緒に受かった友達もいるから、連れて来てもいいかな?」
「同級生ですか? もちろんいいですよ」
俺はその場の勢いで安請け合いした。
夜七時にショコラでパーティ。
連絡していた麻衣も駆けつけて
時間どおりに夢香さんたちが到着、みんなに挨拶したあとは席についてもらった。
二人ともジャケット姿で、夢香さんは明るい色合いのブラウンにロングスカート、同級生の谷崎さんはスラックスで上下黒に決めていた。
物腰が落ち着いていて夢香さんの逆を行っている感じだ。
それと彼女の真横に切りそろえた前髪のショートヘアが、どこかで見た記憶を刺激した。
「おめでとうございます」
俺は
「なれてないわね。手伝うわ」
夢香さんが立ち上がりかけたが、隣の谷崎さんが引き止める。
「主賓は座ってなさい」
「そうですよ。夢香さんはドタバタしないで、何もせずに座っていてください」
「引っ掛かる言い方ね? 私ここの週末店員さんよ。忍君よりベテランよ。わかってる?」
彼女の言分から、夕食を食べに行ったときの忌まわしいメイドさんケチャップが頭によぎったので、無視して谷崎さんにコーヒーを注ぐ。
「ありがとう。あっ、あらら」
谷崎さんは俺にお礼をしながら背後に目がいった。
「先輩……合格……おめでとう……ございます」
俺の後ろにくっつくように立っていた白咲が、棒読みなセリフを返した。
「ふっ、ありがとう」
谷崎さんはコーヒーを飲みながら笑いをこらえていた。
見たことある人だと思ってたが白咲の先輩だ。
「弓道をなさってた先輩ですか?」
「一年までね。二年からはマネージャーだったわ。だから能力者の白咲が入ってきて疲労困憊だったわよ」
意味深な発言に、俺はドキリとして後ろを向くと渋い顔の白咲。
「えっ、何々、白咲ちゃん同じ弓道部なの? 能力者って有段者か何か?」
夢香さんが知らない情報に食いついてきた。
「そう。一年の分際で上級生と同レベルかそれ以上だから二、三年生の嫉妬を買ってね。私は板ばさみよ」
「それはご苦労様でした。へーっ、彼女上手いんだ」
「先輩。あまり余計な事言わないでください」
白咲が割って入る。
「あなたの能力は自慢していいレベルよ。謙遜しないで武勇伝でも話したら?」
谷崎さんは含み笑いをして言ったが、白咲は口をへの字にして俺の持っていたコーヒーサーバーを受け取りカウンターに戻っていった。
入れ替わりに麻衣がやってきて、二人のテーブルにサンドィッチの乗った皿をを置いた。
その彼女を見て谷崎さんは声をかける。
「あなた、浅間さんね。浅間麻由さんの妹さんだよね? 浅間先輩知ってたんだけど、あなたは私のこと知らない?」
「姉を知ってらっしゃったんですか? 私は……すいません、初めてだと思います」
「そう、そうよね。二年も前だからね。ああっ、それはもういいのよ。それより姉妹で事件に巻き込まれて大変だったね」
「はい、それはもう、怪我が直ったあとがまた大変でした。姉妹で狙われたとか、姉妹が同じ年齢で襲われたとか変なインタビューする記者が一ヶ月くらいあとを絶たなかったです」
そういえば事件直後の話、聞いてなかったな。
自分の事ばかりで気が回らなかった。
中学の時と変わらないじゃないか。
……反省。
でも、記事のタイトルが目に浮かぶ。
「おかげで浅間麻由さんの一件も事件と知って驚いたわ。当時、弓道場の裏だったので自殺を恨んでた人もいてね」
そう言って、谷崎さんは左肩に右手を置いて摩りだす。
「ごめんなさい……」
麻衣が神妙に頭を下げる。
麻由姉の自殺事件で意外な波紋を知って驚く。
「もう被害者なんだから、謝るなんて変よ。知美もほじくらないの」
夢香さんが谷崎さんの頭に、空手チョップを入れる真似をする。
「そうだったわね……そうそう夢香から聞いたのだけど、幽霊見えるんですって?」
「あっ、ううんと、はい」目を瞬きして麻衣はうなずく。
「私もよく見るのよ。ほらそこにも何かいる」
谷崎さんが指差した先を麻衣が見ると突然飛び下がり、後ろにいた俺が抱き止める形になる。
彼女の髪からシャンプーの匂いがして役得。
「ご、ごめんなさい」
そう言いながら麻衣は、指差した何もない場所をもう一度じっくり見つめていた。
「そんなに驚かなくてもいいのに。ただの冗談よ」
そう言っておどける谷崎さん。
「麻衣ちゃん怖がりだから、脅かしちゃ駄目よ。あなたも何とか研究所とか顔出してるんだから相談とかに乗ってやらなくちゃ」
何とか研究所はよく知らないが、夢香さんがフォローを入れてくれた。
「ふふっ、そうね。浅間さん、あとで聞かせて」
「あっ、はい」
麻衣は返事をして俺から離れる。
フライドポテトと唐揚げの皿を持って来ていた白咲は、渋い顔で俺をにらんでいる。
何で?
料理が出揃い、夢香さんたちの対面に俺たち三人は座り、
「では改めて合格おめでとう」
「おめでとう」
みんなの声が上がり、シャンパンの入ったグラスを目の高さに持ち上げる。
夢香さんが立ち上がって、俺たちに改めてお礼と報告をしてくれた。
「今日はみんなありがとう。ほんと……辛かったけど、無事受かりました」
「夢香さん、いつもの感じでもう一声」
俺は彼女の好きな闘魂を急き立てる。
「そう? じゃー、1、2、3、合格とったど~!!」
シャンパンの入ったグラスを勢いよく上げて雄たけび。
キャラが違うと突っ込もうと思ったら、上からシャンパンが降ってきて頭から浴びてしまった。
「あれ、忍君どうしたの?」
元凶の夢香さんが驚いていた。
彼女の向かいに座っていたため、一人だけ被害にあってしまった。
気がついた白咲が、カウンターからタオルを取って右隣に。
同時に麻衣も立ち上がり、胸にかけていたエプロンを外して左隣に。
二人が両側から同時に、俺の頭や顔にかかったシャンパンの拭きあい合戦が始まった。
「ああっ、ありがと……いたた、あとは俺がやるから、いてて」
と二人に言う。
「黙ってて」
「私が拭くから」
同時に否定されその場に固まってしまう。
「ごめん忍君」
夢香さんも手拭を片手に参加しそうになるが、谷崎さんに止められる。
一息ついたあと、並べられた料理に全員がいっせいに手を出して食べながらそれぞれが話し始める。
しばらく食べてから、夢香さんたちにシャンパンを注ぎに行く。
「さっきは本当にごめんなさいね」
俺がグラスに注ぐと珍しく神妙な彼女。
「いいですよ、もう慣れてますから」
「むっ。それ言われるとへこむな」
軽くにらまれるが、すぐ笑顔になって
「今日はありがとうね」
と改めてお礼を言われる。
「それは
カウンターの奥で、また料理を作っている
「うん、美味しいね。もう一杯」
「ペース早いっすよ」
「炭酸が入ってて飲みやすいのよ」
顔を赤く染めながら美味しそうに口に入れる。
「白咲。食べてばかりいないで、私にも注ぎなさいよ」
隣の谷崎さんが俺たちを見て、前に座っている後輩に要求しだした。
「セルフサービスです。自分で注いでください」
「どうよこの後輩? 私が部活で手を焼いてたのわかるでしょ?」
と俺たちに話を振る。
「可愛い後輩いじめちゃだめよ」
夢香さんがグラスを揺らしながら話すと、白咲が小さく声を漏らす。
「いえ、嫌がらせですよ」
「あなた何警戒しているの? お祝いの日なんだし、何も言わないから。でも狭いものね。親友の伝手であなたに出会うなんて。まあ、希教道が目の前だし、溜まり場になっているんじゃないかと予想はしてたけどね」
「溜まり場なんてしてません」
「へえ? ほんと? 幹部も?」
「他までは知りませんが……」
「あら、把握してないの?」
「そんな必要ありません」
白咲が少し苛立ちはじめた。
どうもこの二人、そりが合わないというか何かあるようだ。
「夢香さんに全部飲まれないように、谷崎さんもどうぞ」
俺は彼女のグラスにシャンペンを注ぐ。
「ありがとう。そうそう、君がもしかして眠り王子?」
谷崎さんは俺にお礼をしながら、笑顔を向けてくる。
言ってる意味を直感したが認めたくなかった。
「何のことでしょう」
顔が引きつる。
「あらやだ、自覚ないの? 夢香が病院通っていたのは眠り王子がいたからでしょ?」
「忍君に変なあだ名つけちゃ駄目でしょ」
顔が火照ってる夢香さんが、また空手チョップを今度は彼女の額に直撃させる。
「もーっわかったわよ……えっと、忍君はこのマンションに住んでるんだって?」
「はい、夢香さん家の空いてた持ち部屋を借りてます。だから彼女に毎月家賃払ってますよ」
「夢香が家主なの? うん、意外に合ってるかも」
「わらしが? そうなろーっ?」
夢香さんの言葉に異変が起きた。
「あれ、夢香、酔ったの?」
「ふんなわけねネエらろ」
その言葉で
彼女がアルコールに弱かったことに俺も思い出す。
「あらあら、もう顔を真っ赤にして」
谷崎さんも夢香さんの酔いの早さに驚いている。
「ふシャへろな」
半目で何言ってるかわからない言語を吐きながら、シャンペンを飲み干して俺にグラスを向けて、注ぎの合図をしだす。
「夢香さん、水かコーヒーにしませんか?」
「うったいィ」
そう言ってテーブルに伏せてしまった。
これはソファに横になった方がいいと思い、夢香さんに移動するように話すが返事はない。
前を向くと麻衣と白咲が食事の手を止めて見ていたが、二人は同時に立ち上がりこちらに歩き出す。
「あっ、麻衣ちゃん。さっきの話、聞かせてくれるかな?」
谷崎さんが目の前に来た麻衣を呼び止めて、空いてる隣席に座らせる。
「頻繁に幽霊見るの?」
「一時期は……今は見ない日が多くなってます」
「そう。でもさっき、何か見たような印象受けたけど?」
「ええっ、ちょっと見たような……でも一瞬だったから勘違いかもしれない」
二人の会話を聞いていると、白咲が夢香さんをのぞき込んでいる。
隣に
「ソファへ運びましょう」
「夢香さん、横になりましょう。いいですね?」
俺が顔を近づけて声をかけたが、よくわからない声を発してこちらへ体を寄りかかってきた。
づり落ちた夢香さんの額が、俺の顔に接触してしまうが、心の中でご馳走様と祝福。
「むぎゅう」
ゆっくり離れると彼女はへんな声を上げて、椅子の上で頭を下半身に倒して寝てしまった。
困ったことに太ももから片側の胸のふくらみが、はみ出すように強調されていて目がくぎづけになる。
そこに白咲がこちらを凝視しているのを感じて、夢香さんから目を背ける。
急いで俺も
一息ついて椅子を戻していると、白咲が目を細めて半眼で俺を見ている。
『萩原さんの額にチューした』
耳の後ろ辺りから声が響いた。
なぜ
「あっ、あれーっ?」
『チューした。胸も見てた』
心の声と一緒に半眼の目を送ってくる白咲。
……だが彼女の目は可愛い。
麻衣がする鋭い半眼の目は怖くなるのだ。
――えっと、不可抗力だぞ。うん。事故だ。事故。
俺も
『そう言うことにしときます』
顔をほころばせながら、横になった夢香さんを見る。
彼女は移動で動かしたが、目覚めるどころか寝息を立て始めた。
『一服盛ってません?』
白咲が微笑んで俺を見る。
――するか。彼女お酒は弱いんだよ。
『そうみたいですね。でも主賓が寝ちゃったら、どうしたらいいんですか?』
――もう一人いるだろ?
俺の言葉に白咲は無言のまま谷崎さんを見る。
――先輩とは相性でも悪いのか?
『いろいろありまして……今度話しますよ』
そこへ
彼女の寝顔を見ていると、隣の白咲が俺の手を取って引っ張るようにテーブルへ戻る。
そこに麻衣が突然椅子を倒して立ち上がったので、二人で驚き何事か確認する。
「あーっ、ごめん、ごめん。また驚かしちゃったね」
谷崎さんが麻衣をなだめて座らせる。
俺もテーブルに戻り、唐揚げに箸をつけながら麻衣を見ると少し青ざめていた。
怖い幽霊の話でもしてたのだろうか?
俺も麻衣の見た幽霊さんに一枚かんでたから、耳の痛い話なんだが。
隣に戻ってきた白咲は、フライドポテトを口に入れながら谷崎さんが話しだした受験の話題を、ふてくされた顔をして聞き流している。
谷崎さんは盛り上げには向いてない人なのか、白咲との確執がとりとめのない話に終始しているのか、活気がなくなってしまった。
ひととおり食べて解散の頃合に、夢香さんが起き出して声を上げる。
「シャンパン飲むんじゃなかった」
残り物がなくなっていると、落ち込んでしまった。
「夢香さんが寝てから盛り上がらなかったのが寂しいけど。まあ、喜んでもらったから、いいいのかな」
「そうね」
「そうよ」
「うむ」
考えることは皆同じだったようで、主催メンバーそれぞれが納得していた。
バーティの後片付けのあと、カフェショコラを出ると夜の九時半を回っていた。
白咲の家は向かいなのでその場で別れるが、フレームがピンクの
麻衣と並んで走り出したとき、視界に白咲が目に入ったので少し振り返ると家の前でこちらを見ていた。
「どうしたの?」
俺の行動に疑問を向ける麻衣。
「いや、なんでもない」
『もう遅いですから、気をつけてください』
頭の背後から白咲の声が入る。
彼女からの突然の
――お、おう。
『送り届けるのですから、狼になっちゃいけませんよ』
――えっ? ちっ、ちょっと待て白咲、何を言ってる。
別れ際に、あわよくば麻衣とキスをと思ってたので少し慌てる。
『冗談です。広瀬さんは紳士ですから、するわけないですよね』
白咲から、あえて釘を刺された気分になった。
――ああ、そうだな。遅いし……。
『それじゃ、おやすみなさい』
それだけかよ。
と突っ込みたくなったが、麻衣の不審な顔が見つめていたので平静をつくろって自転車を走らせる。
白咲の一言で、もったいなくも何もできずに麻衣を送り届けてマンションに戻ってきた。
駐輪場に自転車を戻すと後ろに人の影。
驚いて振り返ると、帰ったと思っていた彼女がお土産袋を持って立っていた。
「へへっ。どうもーっ」
「夢香さんどうしたんですか?」
「えーと、散歩? 酔い覚まし? 忍君は麻衣ちゃんを送ってきたところかな?」
その場で愛想笑いをする夢香さん。
俺はそうですよと返事をして、入り口の階段を上がってロビーに入ると夢香さんが来ていない。
後ろを見ると、入り口からこちらをのぞくようにしている。
明らかに不審者である。
「何してるんですか?」
声をかけてエレベーターのボタンを押す。
横を見たり後ろを振り返ったり、挙動不審の夢香さんが独り言を言っている。
「大丈夫かな……」
すぐエレベーターの到着音が鳴り、ドアが開いたので彼女に声をかけて入る。
「来ましたよ? 乗らないんですか?」
「のっ、乗る!」
そう言うと夢香さんは、ダッシュして飛び込んできてドアは閉まった。
「何遊んでるんですか。もうアルコール抜けてるでしょ?」
「ええっと、ははっ、そうね。お酒が効いてたんだよね。うん。お酒だ」
要領が得ないのは、お酒にひどく弱いせいなのかわからない。
三階に止まったエレベーターから二人で降り廊下を歩く。
部屋の入り口まで来ても挙動不審で、後ろを振り返る。
「どうしたんですか?」
「ううん。なんかさっきゾンビがいたようだったので、ははっ。そんなのあるはずないよね。今日はありがとう。お休み」
彼女はドアを開けて中に入ってしまった。
取り残された俺はゾンビ発言に混乱していた。
さっきまでの彼女の不審な行動は、ゾンビを見ての行動と取ってよさそうだ。
でも、突然ゾンビって言われても……きっとアルコールが残ってて見間違いをしたんだろう。
ため息をついて向かいの白咲の道場を眺めると、二階の窓が光っているのが見えた。
彼女も帰ったと認識して自分も部屋に入る。
久しぶりに早い時間の眠気が来て、ベッドに横になるとすぐ意識が途切れた。
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