第24話 メモリースキップ(一)

 十月二十七日 月曜日 午前 部屋の中


 目覚めた。

 そして見渡す……ベッド、机に、対面に台所。

 俺の部屋だ。

 ローテーブルの上に、水晶の木箱と片方のイヤリング。

 手にしているのは、麻由姉のバッグ。

 時計を見ると九時十二分。

 覚えてるぞ。

 これは、あの日の朝。

 学園祭の翌朝、一回目のメモリースキップの時間だ。 

 体も腕も動く、手も開いて握れる。

 床に座れている。

 胸の中心が焼けるように熱い、ラブホで麻衣を抱いて一つになっていたときのようだ。

 これは一時的なものか、生命力が上がった感じで悪くない。


「あっ」


 声を出る。

 俺自身が、俺に回帰したんだ。


「やったーっ。成功だ」


 とにかく、暗闇とはおさらばだ。


『何? 入れたの』

 ――あっ、麻由姉もいる。ってことは、ちゃんと、意識も別々に入れたんだ。

『そうね。一つの集合体としての融合ではなかったね』


 意識にも違和感がないし、回帰の闇にいたときと同じで会話も成立している。

 分裂のままで、彼女の心の機微も感じない。

 ほっとした。

 一つの難関をクリアーした実感がわく。


 ――二人一緒に人に入った感想は?

『うーん。そうね、まるで一つの部屋に同居した感じかな』

 ――俺も似た印象だ。


 物を考えているときに、相手ができたような感覚を味わっている。

 後ろに誰かいるような感じもする。

 意識して相手に伝えるための思念は、心のセリフとしてやり取りできるが、彼女が会話を求めない心で思考することは俺には伝わらないらしい。

 逆もまた同じで、今のこの思念は彼女に伝わっていないようだ。

 上手く心の住み分けができている。

 今の俺の意識とか心で思うことは、相手に筒抜けになってないことだ。


『見える、見えるよ。色鮮やかな世界が、久しぶりに外の風景が見えて嬉しいよ。ここが忍クゥンの部屋か。へーっ。興味津津って言うか、麻衣ッチはお泊りしてるの?』


 ――してないっていうか、この時点は、まだコクってないから。

『何だ。……ねぇ、私の意識が入ってからおかしなことはないよね?』

 ――たぶん。まあ、バッグの記憶をのぞいたことで、悪夢を見るようにはなったけど。

『バッグって? 私の?』

 ――俺や麻由姉の意識が入ってきた恐怖を抑圧してたんだと思う。


 病院での恐怖はまったく忘れてたから。

 その抑圧がバッグの麻由姉の記憶に触れて、悪夢としてよみがえった。

 ……たぶんそうなんだと思う。たまに感じたデジャヴュなんかも副作用なのかも。


『あーん、やっぱり私が入ったことで、障害が起きてたのね。ごめん』

 ――原因がわかったから、もう心配ないよ。大丈夫。

『そ、そう?』


 手にしたバッグをローテーブルに置いて、足を伸ばす。


『ごめん、一つ言ってなかったことがあるの。さっきのサークルの話。安曇野は知っているのよね? 私の高校の同級生なんだけど、彼女はH大のT-トレイン主催コンパに出て……草上にレイプされたのよ』


 安曇野さんが……。

 新たな情報にショックが隠せず、黙ってしまう。


『そのときに証拠写真を握られ、いいように呼び出されて、困っていたのを相談受けてね。冗談じゃないわ、女の敵放置できますか! すぐ警察よ。でも、彼女……気が小さいから、怖がってね。警察には連絡しなかった。それは、写真で脅迫されてたから。……だから私、ある能力使ってその脅迫材料を盗んだの』

 ――えっ、能力って?

『ふふふっ。私ね、ちょっとした力があるの。小さいときから人が記憶してる映像をのぞける異能力とかってやつね。おばあさんもその能力あったみたいで、遺伝なのかしら』

 ――えっ? 


 それは……。

 じ、じゃあ、麻衣も?


『麻衣ッチは持ってないわ、そのかわりあの子霊感が鋭いのよ』

 ――あーっ、そうか能力、そうだったのか。納得した。

『納得って、どうしたの?』

 ――それ受け継いだのかも、俺。

『何のこと?』

 ――その力、俺は勝手にフラメモって言ってたけど。

『何その美少女ゲームみたいなネーミング。カッコ悪いって言うか、何の略語よ』

 ――実際のところ能力がよくわからなかったから、既存の言葉で括るのは良くないと思って、記憶の断片フラグメント・オブ・メモリーって名づけて略した。

『へえっ、それでフラメモね。その力を既存の言葉で括るのは良くないのは賛成だけど。くくくっ』

 ――もう、いいよ。


 俺は、気持ちが腐って身じろぎした。


『あっ、ああっ、ごめん。私の融合が、そのフラメモの力を呼び出したってことでオッケーよね?』

 ――ううん、多分。小さいときはそんな能力感じなかったから。


 しかし、霊感姉妹だったとは。


『へへへっ、それでね。写真のデータ保存形体を私の力、フラメモで見つけたの。DVDで場所もサークルの部屋だと特定して盗んでやったわ。でね、安曇野に学校の屋上でそれを渡す予定だったの。夏休みで部活も少ない午後、人気の無い場所を選んだけど、それが自分の首を絞めることになっちゃって……待ってたら、草上たちが現れてDVDの入ったバッグを取り上げられ、挙句に屋上から抱え落されてしまったわけ』

 ――それって、安曇野さんが裏切った?

『わからないの。彼女に会って聞きたいわ』


 裏切るような女性には思えなかったけど、本当のところはどうだろう。






『ところで、ここは私の知らない二年後の未来ってことになるのよね?』

 ――ええっ、今は麻衣がさらわれる六日前かな。

『いろいろのぞきたいけど、まず麻衣を拉致した連中の情報を集めようか?』

 ――そうだね。タイムリミットもあるし。

『制約はどのくらい?』

 ――確か、メモリースキップが五回ほど起きたと思う、その中の時間かな。

『何の交代で?』

 ――麻由姉のバッグをのぞいた以降にフラメモ能力を使うごとに、記憶が数時間飛んでるんだ。


 バッグの記憶が呼び水の役割を果たして、麻由姉の意識を呼び起こしたんだと思う。

 その後の時間喪失も、フラメモを使うことで麻由姉の意識を呼び出してたんじゃないかな。


『うーん、そうか、やっぱりなんか弊害が起きてて複雑な気分になってきたわ』

 ――麻由姉の能力があったから戻れて、この交代時間が得られたんだから、俺は感謝するよ。

『うん、ありがとう。うん……へへっ』

 ――どうしたの?

『なんでもない。へこんでられないって思ってね……。交代時間が決まっているんなら、急いだほうがいいよね』

 ――ああっ、ただ、メモリースキップした時間や場所はまちまちだけど。

『じゃあ、これから、その時間を使って」

 ――反撃開始!!



 ***



 俺はローテーブルから立ち上がり、背伸びをする。


『ここは忍の部屋で、家族とは?』

 ――俺、一人暮らし。

『うわっ、贅沢』

 ――いろいろあるんだよ。

『でもうらやましいわ。死んでてうらやましいもないけど……で、まずはサークルだね。あっ、ネットからでも少しは情報を得られるかしら』

「んっ? おやっ」

『あれれっ?』


 体を前に移動すると、いきなり上半身が後ろに動いた。


「うわっ、わわっ」


 唐突に体がねじれてバランスを失い、その場に倒れてしまった。


『なんでーっ? どういうことよ』

 ――俺は、今パソコンに向かおうと。

『私だって、見渡してパソコンに向かおうと』

「あっ! そうか。この転倒は二人でそれぞれが、この身体を使おうとしたから?」

『そうね、私もそう思った。』


 意識が二つできて、命令が二つになったから、体が……この場合は無意識? 

 または習慣化した体の行動が、混乱を起こしたと思っていいのだろう。

 動きが心を作ったという話もあるし、心に変化がなければいいが……いやいや、この辺のデメリットは麻由姉と一緒になるときに受け入れる決心をしたはず。


『一緒に行動は無理ってこと? 忍の体だし。いいわ、私引っ込むよ』

 ――ああ、麻由姉いい考え。


 じゃあ、何かあったら交代で行こう。


『ええっ、一人が体を操作しているとき、もう一人は動かないで思考のみってことね。それじゃ思考だけ。思考だけ……』


 うしろから誰かに密着されたような感覚が、しだいに消えていく。

 さっきまであった胸の熱い何かも小さくなった……彼女が思考形態に変化した?

 俺は身体を動かして、目的の椅子に座りパソコンを起動してモニターを見る。

 マウスを動かしネットを開き検索。

 H大のサークルでT-トレインはすぐ見つかり、会長の草上直樹の写真など載っているページも目につく。


 ――あっ、これは。

『どうしたの?』

 ――うん、前の記憶をクリアーに思い出したんだ。


 今まで思い出せなかったのに、鮮明に思い出せる。

 これは、やっぱり記憶に弊害があった? 

 あるいは回帰の世界を通ったことでかな。


 ――二年前、交通事故のときの俺をひき逃げした犯人。草上の顔を思い出した。


 車の中に、もう一人見慣れた男の中条も。


『中条って?』

 ――がっちりしたタイプで、右頬に傷があり髪がリーゼントスタイルの男。

『二人の服装は?』

 ――そのときの草上は黒のポロシャツ、胸のボタンがいくつか飛んでいるのが目につく。


 中条は緑のランニング。


『それ知ってる。屋上のときの二人の風貌だわ。右頬は私が引っかいた傷だね。屋上から二人に抱え落とされた後っぽいよ。焦って逃げ帰る途中ってところかしら』

 ――屋上の学校って陽上高校の?

『そうよ。安曇野も私もそこの生徒よ』

 ――じゃあ、距離的にもすぐ近くだ。


 草上は続けて事件を起こしてたわけか。


『何か、ヤツの情報載ってない?』


 マウスでプラウザーをスクロールさせる。


 ――プロフィールがある。


 草上の父親、議員やってる。

 道理であんな家に住んでるわけだ。

 草上議員で検索して、ページが変わる。


『野党議員の小物ね』

 ――政治にうとくてわからないが、前政権で大臣やってたようだ。


 そうなると、一時期にせよ、行政キャリア組にパイプ持っていた可能性もあるか。


『息子の不祥事の握りつぶす力があったってことね。……それなら、そのことをネットの匿名掲示板に書き込むってのはどう? 噂として広げさせるの。あのサークルはまずいって!』


 掲示板と聞いて、ひらめくものがあった。


『ことを起こして、少しでも追い詰めるのよ』

 ――おっ、いいね。


 やろう。

 そうだ、本屋へも行こう。

 俺たちの事件・事故に関する情報とか、書物や大学のサークル雑誌を調べるために。

 俺は匿名掲示板に麻由姉の自殺の真相、俺のひき逃げ、レイプや恐喝ネタ、警察も及ばない後ろ盾までしっかりしているサークルなど、名前を伏せてスレッドに書き込んだ。






 時間を見ながら、外に出て近くのショッピングモールの書店へ足を運ぶ。

 歩きながら、久しぶりの空を見たような気がしたことを麻由姉と念話として会話した。


 ――それでこの先の予定だけど、この本屋の途中で一回目の時間喪失終了が来るから。

『途中にね。うん、次は?』

 ――二回目はコンパ会場。そこは本陣で直接バトルになってるから、覚悟しといて。

『そうなの? 腕がなるーっ、って言っても腕借りないとないか』


 本屋の平台や棚を調べて、大学のサークル雑誌とか見て回るがあまり有益な本も情報はなかった。


 ――ないな。


 じゃあ、こっちを調べようか。

 心霊っていうか、記憶の方。


『あの精神世界? うん、うん、私も知りたい』

 ――どんな著者がいいのかな。

『ユング? スウェーデンボルグとか?』

 ――このデネットって人のタイトルは興味ひかれる。ペンロースってのも手にとって見たい。


 麻由姉の勧めてきた本がすぐ目についた。

 “深層心理学”カール・グスタフ・ユング著を取り出してみたが、字が隙間なく行間がないページばかりで難しそうだ。


『ねえっ、ちらちらと左の学生……こっち見て手を振ってるのが見えてるんですけど』


 俺の目線から映っている景色を、麻由姉の意識で観察しているから気づいたようだ。

 顔を左へ向けると、陽上高校の制服を着たポニーテールの少女が立って右手を小さく振っていた。


 ――あっ、白咲。

『うちの制服着た生徒だね。忍とはどんな関係なのかしら? 私知りたいわ。麻衣ッチのためにも』

 ――か、彼女は年下のご近所さんです。


 麻由姉と心の会話中に違和感が起こった。

 近づく白咲が一瞬歪んだ。

 目をこすると元に戻った。

 麻由姉との何かの混線か? 

 ただの錯覚?


「どうも、こんにちわ」


 目の前に立った白咲が笑って挨拶する。


「あっ、ああ、こんちわ」

「探し物ですか?」


 俺の持った本を眺める。


「まあね。……白咲は学校じゃないの?」

「大丈夫ですよ」

「そうかい? サボリ? 不良だな」

「そんなこという広瀬さんは叩きますよ」


 また違和感の後、白咲が歪んで消えた気がした。

 だが目の前に白咲は笑顔で立っている。


「い、今、白咲が、何か……変だったぞ」

「おかしいのは広瀬さんです」


 和んでいた白咲は、顔を引き締めて俺に言った。


「えっ? 何で」

「女の子として育てられた思念イメージです。それもまだ若い。いつから囲っているんですか?」

「え、ええーっ?」


 麻由姉のことか? 

 まっ、まさか、心の会話を読まれてた?


「浅間……いいえ、近いけどあの女じゃない。違う」


 白咲が腕を組みだして険しい顔で考え出す。

 この感じは機嫌が悪くなった白咲だ。

 すると後ろから密着されたような感覚が現れる。


「ちょっと、あんた何なのよ?」


 麻由姉が勝手に俺の口を使って話した。

 おおい、まずいだろ。

 俺を簡単に使いすぎだ。


「あっ、やっぱり」


 白咲の目が鋭くなって、俺はユングの本を持って狼狽する。


「ああっ、白咲これはね……」


 すぐ自己の口を取り戻して言い訳を捜す。

 麻由姉が見つけられるなんて想定外すぎる。


「ふーんっ、お二人のことわかります。これはうらやましいです」

「し、白咲、何言ってんだ?」

「あっと、いけない。用があるんで、確認も済みましたから失礼します」


 そう言って彼女はきびすを返して戻っていった。


「あっ……白咲」


『行っちゃったよ。何者なの?』

 ――いや、彼女は、えっと……巫女さん。

『はあっ? 巫女さん? な……』


 麻由姉の声が途切れ、周りの本屋が一瞬で真っ白になった。

 目を瞬かせた一瞬に、周囲は薄暗い室内に変化していた。



 ***



 十月二十七日 月曜日 午後 サークルコンパ


 すぐ隣に麻衣が地味な服で座っていた。

 テーブルを挟んで目の前に中条が座って、斜め後ろに草上が立っている。

 そのテーブルに他にも数人座っていて、バイキング料理の皿がいくつも並んでいる。


「あっ」

『何?』

 ――入れ替わった。

『いきなり場所が変わるの? 待ってよ、今の怪しい巫女は?』

 ――俺も気にはなったが、ここは頭の切り替えした方がいい。

『そうだった。懐かしい顔が見える。草上もいる。本陣に来たってわけね』


「忍?」


 隣から愛しい声がした。


「ん? なんだぁ? 立ったと思ったら、座ってよ」


 中条がいまいましく話している。

 後ろでは安曇野さんと草上が、不振そうに俺に目を向けている。


「いや、少しめまいがしただけだから……大丈夫」


 この場の状況を思い起こし言い訳を話す。


『ああっ、麻衣ッチだ。……ショートヘアーにしちゃって。うん、うん。私に似てるのは意識したのかしら?』


 麻由姉はのんきだな。

 でも、ソックリなのは同意する。


「忍、気分悪いんでしょ? 帰ろ」


 隣の麻衣が小声で言った。


「んんっ、そうだな」

『待って、ここで帰るわけ?』


 今度は姉の麻由が止める。


 ――そうだけど、ここに長居は……。


 もしかして、何か話したい? 

 なんなら麻由姉とチェンジしていいぞ。


『ああ、お願い。しゃべり倒したい』

 ――成長した麻衣とも話せるな。


 姉だってカミングアウトしたらどう?


『姉だと話すつもりはないよ。死んでる身だし。今は、目の前のこいつ等に宣戦布告よ』


 中条や草上たちが不審そうに俺と麻衣を見ている。


 ――そっか、そうだな、驚かせちまえ。

『状況はフラメモした後なのよね』

 ――前の席の中条に占いと称して、フラメモし終わったところなんだ。


 奴の恥ずかしいこと、ばらしてやったよ。


『そう、へへっ。じゃあ、次は草上。彼を占ってもいいのね?』

 ――うん、情報収集に持ってこいだ。


 俺は意識を思考のみに転じて見ているよ。


「麻衣ッチ。帰るの変更ね。少し待っててちょうだい」


 さっそく入れ替わった麻由姉が、麻衣に小さくオネエ発言した。

 少し俺のキャラを考えて欲しい。


「えっ? えっ?」


 麻衣は目を大きく見開いて驚く。

 俺に代わった麻由姉が、近くの皿に盛った唐上げを片手で口に入れて食べる余裕を示す。


『入れ替わったら食べた感触、そのまま感じるわよ忍。生き返ったーっ』


 余裕過ぎです麻由姉。


「草上さんもいかがですか。う・ら・な・い、どうですか?」


 テーブルに両腕を前に出して、積極的に声をかける。


「んっ、僕か? ぼ、僕はいいよ」


 草上は腕組みしていた手を前に上げるが、手前の中条が振り返って言った。


「やれよ。俺も聞きたいね」

「何を話されるのか、聞きたいですね」


 黒メガネの三竹も言葉の追随する。


「ふん……ご自由に」


 中条が草上と席を交代して座り腕を差し出すと、俺の麻由姉バージョンはその腕を取る。


「では、ご拝聴しちゃいます」






 麻由姉は、俺と同じように相手の腕に触れて集中しだす。

 彼女目線で、記憶映像が目の前に次々に浮かんできた。

 映像たちは理路整然と前後左右に並びだして回転しだした。

 その中にいくつか光輝く映像があり、手前の一つが回転を止めると大きくなり記憶映像が始まった。


 ――麻由姉のフラメモは何だ? 


 俺より段違いに記憶映像の操作ができてて、映像も正確に視えてる。

 やはりこれは彼女の能力だったんだ。

 映像シーンは、洋風の広い部屋に照明が降り注いでいる。

 窓は暗く夜のようだ。

 草上の家だろう。


『ここは部屋? 居間かな? 人がいる。背が高い、いや、周りへの視線が低いのね』

 ――子供の頃の草上か? 遠くからは叩いてい音と男の怒声が聞こえる。

『何かしら?』


 人の影がはっきりしてくる。

 部屋の扉が開いていて、隣の部屋か廊下で誰かの影。

 中年男が汚い言葉を吐いきながら、棒のような物を振り上げて何かを叩いてる。

 ……人、女性だ。

 それも何度も振り上げては、床にうずくまっている女性を叩いていた。


『あんなに叩いて怪我しちゃうわ』

 ――画面が揺れて見ずらくなってきたが、何だ? 


 子供のぐずり声もしだす。


『子供の草上が泣いてるのよ』

 ――そうか、じゃあ前に写っているのは、親か。


 画面の歪みがひどくなったので、麻由姉が別の場面に変える。

 今度も洋風の室内で、先ほどの居間より狭い。

 本棚やベッドが見えた。


 ――ここは、草上の部屋?


 さっきの中年男が怒り顔で、目の前に見下ろすように立っていてる。

 床に置いてあるゲーム機を蹴り上げて、壊してしまう。

 手にしていた用紙を草上に投げつけてくる。

 何枚かの用紙が舞い落ちる。

 テスト用紙だが八十七点、七十一点、九十二点。


 ――みんな高得点。俺など中々取れない点だぞ。

『高得点だわ。まさか、これで、怒ってるの?』

 ――この中年男はやっぱり草上の父親か?


 罵倒しだしたので、麻由姉はすかさず映像を小さくして、記憶の一群に潜らせた。

 操作はなれたものだ。

 新たな映像を引き出すと、はっきりした映像が出てきて最近の記憶とわかった。

 その映像も洋風の室内で、若干変わったが草上の部屋だった。

 向かいにさっきの親が立っている。

 だが今度は老け込んでいて、目の視線も同等の高さになっている。

 相変わらずこちらに向かって怒鳴り散らしていた。

 持っている分厚い辞典を頭上にかかげると、画面が前後に何度も揺れる。

 小突かれているんだ。

 父親は足元にその辞典を放り投げて室内から出ていく。

 草上目線は椅子に腰掛けると、机の引き出しについてる鍵を開け、手を中へ入れて物を取り出した。 そのとき、透明のケースが腕引っかかり落ちた。

 それはDVDで、草上目線は落ちた物を拾い上げて机の上に放り出す。

 DVDを見ると表面に直接文字が記されていて、AZUMINOと読めた。


『あれよ、私が奪ったDVDその物よ』


 その鍵つきの引き出しには、まだDVDが何枚も入っていた。

 草上が引き出しから取り出した物は、小型のハンティングナイフ。

 そのナイフを振り下ろして、先ほどの床に転がった辞典に突き刺さる。


 ――腕力でない、言葉の暴力を親から与え続けられたんだ。

『父親の常軌を逸した高圧振りが、性格を歪ませる一環を作ってたのかしら』

 ――十分に考えられる。






 麻由姉は、動画を取り替えて新たな光る記憶映像を取り出して開いた。

 暗い空間だが、頭上に光る粒がたくさん見える。

 街の光が少ない星空が見える場所か。

 森? 

 山の中? 

 どこかで見たな。

 車のライトの光だけ、他にも人影。

 光に照らされて中条と松野の確認が取れる! 


 ――あっ、これは松野にフラメモしたときに見た映像に酷似している。


 無言で何かを埋めてる。

 大きな青いビニールシート。

 人の後頭部が見え、黒のロングヘアーらしいものも見える。

 その上に土がかけられていく。


『ううっ、これってやばい現場じゃないか?』

 ――証拠隠滅の死体遺棄現場だよ。

『うわっ、やだーっ』






 すぐ映像が切れて、しばらく小さな映像群が回転していたが、その一つが大きくなり映像が始まった。

 画面が前後しているようだが、薄ぼんやりした映像で場所がわからない。

 全体的に暗いオレンジ色で靄がかかっている感じ。

 何か柔らかいものを、続けて叩いている音が聞こえてくる。


『ここは狭い、すごく狭い空間。薄明るくてなんだろう?』


 映像がぼけてる。

 全てが煙なのか? 

 いや、湯気か? 

 んっ? 

 水滴?

 何かを叩いていた音がやんで、握ってたモノが目線に止まり形が垣間見れた。

 それはシャワーヘッドで、形が歪んでかけていた、何より色が真っ赤でところどころ長い髪の毛がついている。

 そのシャワーヘッドから、水があふれ出て周りに振り仰いだ。

 こもった湯気が散って、周りがはっきりと見えてくると狭い浴室とわかる。

 目線が床に移動すると、ショートカットの茶髪女が裸で転がっていた。

 顔は潰れたトマトのように真っ赤に染まって陥没してる。

 足元は血? 

 大量の血が、シャワーの水で流れている最中だった。

 草上らしい早い呼吸音が浴室に響く。


 ――殺人現場だ!!

『きゃーっ。駄目もう見れない。こいつマジやばいよ』

 ――ああっ、惨劇は俺も視えた。何人も殺してるんだ。

『ちょっと怖くなったけど、私は死んでるから怖がる理由はなかったわね。しかし、私の他に今の撲殺とさっきの穴埋めで二人殺しているなんて。……原因の一つに親がありそうだけど、やった不始末は草上本人で同情の欠片もないわ。それならば、何言って困らしてやろうかしら』

 ――殺人とか、過激なことは、まだ駄目だぞ。

『そうね』


 親の圧制を嫌って、異常な権力憎しに染まっていく人がいるが、草上はその斜め上の社会病質者ソシオパスになっている。






「んんっ……んんんんっ。んーううっ」


 麻由姉が俺の口を使って大仰に言葉を吐いた。


「なんだ?」


 草上も眉をひそめ、他のメンバーも引いている。


「草上さんの親かしら。離れて暮らすのが幸運の道。そんな感じね」


 ますます眉をしかめる草上。


「ほーっ、たしかに。だが草上は高卒の後は、一人暮らししてたんだ。揉め事起こしてから自宅謹慎みたいな状態だぜ」


 中条が注訳を入れてくれた。

 たまに役に立つことがあるようだ。


「余計なことは言わないでほしいね」

「へへ、わりー,わりー」


『ちょっと、鎌をかけてみようか』

 ――それはいいが、やり過ぎないでくれよ。


「ああっ、もう一つ。見えますね」

「はあ、なんですか?」


 うんざりしたように草上は答えた。


「ん、これは校舎の屋上……落下? 車、ひき逃げ?」

「な、んだ、そ、それは?」


 急に目をむく草上。

 周りも一様に困惑する。

 麻由姉さっそくやり過ぎてる。


「これらに、あるいはこれに関係した人物に運気を持たれてる……って占いね」

「よ、よく意味がわからないんだが?」


 珍しく焦っている草上。

 そうだろう。


「えっと、後ろに立っている方と共通点があるような、ないような」

「後って、俺かよ」


 斜め後ろで腕組みしている中条が、苦笑いする。


「法律を犯すようなことやってないですよね」


 麻由姉が低い声で確認した。


「どういう意味だ。それは?」


 草上の声が冷たくなった。

 状況を把握してない茶髪の野田さんや黒メガネの三竹たちは、困惑を続けている。

 この人たちは草上たちと分けていいかもしれない。


「別に、これからは気をつけた方がいいです。……との占いですわ」

「当たり前じゃねえか。な、何言ってやがる」


 中条が吐くように言って、草上が刺すような目線を向けている。

 怒らせたかな。


『けけけっ、びびってるよ』

 ――麻由姉。調子に乗らないって言ったのに。

『いいかしら忍。これは反抗表明よ。やつらにも怖い思いはしてもらわないとね』


「まあ、占いって言っても、けっこう誰にでも当てはまることだからな。血液型の性格のようにな」


 中条が周りに言い含めるように話した。


「そういえば最近、ネットのサークル掲示板に変な書き込みを読みましたよ。H大サークルの犯した罪って」

「なんですか、それは?」


 草上が嫌そうに聞いてきた。


「二年前に自殺した女子高生は、実は裏切り、待ち伏せで殺されたって話なんですよ。知りませんか?」


 たたみかけるように麻由姉が言った。


「知らんな」


 ふてくされたような声を返す草上。


「自殺?」


 麻衣が俺を見て悲しそうな顔をしだす。


「馬鹿か。何で突然脈絡のない話しするんだ?」


 松野がつまらなそうに毒づく。

 だが、草上は顔を伏せて歯ぎしりしている。

 後ろからのぞいていた安曇野さんも頭を垂れた。

 中条は平常運転だった。

 もしかして気づいてない?


『草上が動揺してる。やったーっ』


 心で麻由姉がしてやったと喜びだした。


「しょせん掲示板の書き込みです。こことは関係ないでしょ」

「そうですよ」


 三竹と野田は真意がわからないようでフォローした。


「占いもいいんだが、お前オカマか? 急に女言葉話し出してキメーんだよ」


 松野が攻撃的に噛みついてきた。


「そうかしら。あっ、これは失礼。占いするとたまにあるんだよ」


『やばっ、交代、交代』

 ――これで少しは気が晴れたようだね。じゃあ、選手交代。


「いやー、中条さんの慌てぶりは傑作だったよ」

「けっ、言ってろよ」


 野田が中条をからかうように言ったら、話しは旅行の話にシフトしていった。


「ねえ、帰ろうか?」


 腕を突いてきた麻衣。


「いいのか?」

「先に、気分が悪いこと言い出したの忍だよ。先輩の顔立てたし」

「ありがとう。じゃあ、出よう」

「うん」


 俺たち二人が立って移動しても、中条、草上は無視しているような感じで、別の話題に夢中になっていた。

 麻衣は嫌だろうに、立っていた松野に挨拶に行く。


「あっ、松野先輩、料理美味しかったです。面白い話も聞けて良かったですよ」

「いや、もう少しいないか?」

「用があるんでこれで失礼します」

「ちいっ。それじゃ仕方ない。……じゃあな」

「ごちそうさまでした」


 意外と何もなくコンパ会場を後にできた。

      

                

 ***



 帰りのバスに乗り込むと、昼と比べて客が多く二人は立ってつり革を持つ。

 麻衣はコンパ会場を出てから元気がないので心配だ。

 だがその姉は……。


『へへっ、草上さ、目開いて呆然としてて、いやあ、愉快、愉快』

 ――でも麻由姉、俺たち引っかき回しただけで、麻衣や俺自身危険をさらす結果になったような気がするんだけど。

『そお? じゃあ火に油注いだだけだった? まずかったかな。でもさ、ここは過去の出来事なんでしょ? だから予定されていたことじゃないのかな』

 ――俺や麻由姉にしてみれば今なんだけど。予定されていたことか。


「忍……あのさ」


 革に片手をかけて揺れながら立っている麻衣が、正面の窓を見ながら話しかけてきた。


「さっきの占い、変!」

「えっ?」


『あっ、麻衣ッチのことは忍にまかせるからね』


 麻由姉は俺に丸投げしてきた。


「どうしたの? 占いのとき、わけのわからないこと話してさ」


 俺を見ないで話す麻衣。


「いやっ、その、占いってことだよ」

「変、すごく変だった!」

「そ、そうか?」


 何かに気づいたのか、少し焦ってくる。

 この頃はまだメモリースキップも話してないんだよな。


「それに、掲示板の話も、二年前の自殺って……ちょっと、面白くない」


 麻由姉の自殺の話が突然で、彼女はショックを受けていたのか。

 参ったな、答えられず閉口するしかなかった。


「もういい……それで掲示板ってどこの? 確認したいの」






 ――どうしよう? はぐらかすかな。

『いいじゃない、教えても』

 ――絶対麻由姉の話って気づくぞ?

『事実だから、知っておいて欲しいわ』

 ――そっか、わかった


 麻衣には、匿名掲示板のサークルスレッド、このサークルだけはやめとけ!の板を教えたが、それっきり黙ってしまった。


「あっ、俺ここ降りなきゃ」


 バスが止まって、何人かの客が降り出したのを見て麻衣に告げた。


「それじゃ、忍、今日はつきあってもらってありがとう」

「こちらこそ、また明日な」

「うん」


 俺は麻衣を残して、バスを降りる。

 路線が違うので乗り換えが必要である。

 あの掲示板の書き込み見て麻衣は心が不安定になったんだ。

 それで明日……俺に噛みついて泣いたのかもしれない。


『麻衣ッチと別れて、寂しい?』

 ――いやっ、いろいろわからなかったことが、見えてきたから納得しているよ。

『そう。それなら問題ないね』


 そんな取り留めのない話を麻由姉と思考会話しているとき、声を聞いた。

 歩道のないバス停まで進行方向に歩いていると、後ろから来る車のライトが明るくなる。


『今すぐ左へ離れて!』


 心の中に強引に響いた言葉につられて二、三歩左に移動する。

 瞬間、右側にワゴン車がすれすれに通り過ぎていった。


「イッツ、てててっ」


 手が車のボディか何かに引っ掛けられた。

 あ、危ねえっ。


『腕は大丈夫?』

「ああっ、ちょっとだけだ。手をサイドミラーに引っ掛けた程度だけど、いてぇ」


 その場にしばらく立って、遠ざかったワゴン後部の尾灯を見つめていた。


 ――あれって、松野が運転してたグレーのワゴンじゃあ?

『まさか、連中が先回り?』

 ――早すぎるか。やっぱり今はまだないだろう。


 わき見運転か、何かミスってところか。


『もうわかんないわよ。宣戦布告しちゃったんだから』

 ――ああっ、気をつけないとな。


 でも、教えてくれて助かったよ麻由姉。


『違うわ。誰かが私たちに呼びかけたのよ」


 聞き覚えのある声だったが……まさかね。


 ――でも、どうして危険を知っていたんだ?

『見られてたってことね、……つけられてたかも?」

 ――それは、考えすぎだと思う。

『んん、そうかな』






 マンション近くのショッピングモールの牛丼屋で夕食を済ませて、コンビニで朝食用の食パンや缶コーヒーを買い帰宅する。

 部屋に戻って缶コーヒーを飲んで、机からノートを引っ張り出す。

 今日のことを麻由姉と一緒に考えながらローテーブルに座り、情報をまとめてノートに書き記した。



 ○草上直樹

 サークルの会長。

 麻由姉を自殺に仕立てた人物。

 一見紳士風だが、裏に回れば危ない性格。

 こいつの親は野党議員の小物だが、警察上部のキャリアに顔が利くらしい。

 麻由姉とは別に、殺人の前科があるようだ。

 ……いやな、映像をのぞいてしまった。



 ○中条

 松野たちグループのリーダー。

 携帯を使った詐欺で金を騙し取ってる疑い在り。

 バイクの盗みを仕切ってたのも中条だろう。

 殺人の片棒を担いでいると麻由姉が証言する。

 草上とは中学のときの友人らしい。


『名前は確か和也とか言ってたの聞いてるわ。草上とこの中条が仕切ってるようね』

 ――そうだな、この二人はサイコパス認定だろう。



 ○松野俊也

 麻衣を自分のモノにしたがってる。

 たぶんミステリークラブに入ったのも、麻衣が目当てだろう。

 女性を騙して弄ぶタイプだろう。

 車の免許ありで草上のワゴンを乗り回す。

 バイクも平気で盗んでいる真性DQN。



 ○寺越誠

 松野の仲間。

 学園祭でも一緒だったから学校も同じ。

 どこまで関わってるか不明。

 たぶん雑魚。



 ○石田

 松野と車の助手席にいた小太りの仲間。

 苗字だけで名前がよく分からないが、これも雑魚だろう。


『こっちの三人が、手下ってところなのね』

 ――ああっ、文字書いてるだけで、ムカムカしてきた。



 ○安曇野玲子

 友達と思ってた彼女は、今も草上のグループに。


『草上の恋人になりさがったのかしら?』

 ――どうだろう。俺はそうには見えなかったが……。



 ○野田

 この茶髪女性は、関係なさそうだ。

 白。

 逆に連中のターゲットにされてるか、会員を呼ぶための広告塔か。



 ○三竹

 この黒メガネの人も、関係してなさそうだった。

 ただの囮会員ってところだろう。

 たぶんストレンジ・ツアーの企画に乗っただけの普通の人だな。

 幽霊に詳しかったけど、白。



 ――そうだ、安曇野さんには小出さんって言うジャーナリストがついていた。【 !】って言う雑誌の編集さんだよ。

『何、彼女とどんな関係?』

 ――えっと、大学の先輩後輩だって言ってたな。俺と麻衣に情報をくれた人。T-トレインを調べてた。

『雑誌のネタで目をつけたのね。記事としてはおいしい素材よね』

 ――ただ、会った時に予定はクリアーと言ってたのが印象に残ってるよ。

『ふんっ、そうか。きっとその人と私たち、これから会うのよ』

 ――ああっ、なるほど。

『その人、味方につけない手はないわ』

 ――電話調べて会ってみるよ。

『知り合いなら、安曇野も呼ばない? 彼女の真意を知りたいわ』

 ――よーし、光が見えてきた。麻由姉のお陰だ。


 頭の回転速くて上手く行きそうな気になってきた。


『えへへへっ、ほめて、ほめて』

 ――それじゃ記入したこのノートは……。


 この後の俺に見られると混乱するだろうから、本の間に隠しておくことにする。

 それで簡単なメモを残して注意をうながそう。


『効果あったの?』

 ――気をつけるようにはなったかな。

『なら、必要ね』


 机の上のメモ帳に、


 “お前と麻衣は狙われる、気をつけろ”


 と書き記す。

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