第23話 融合

あっ! 

 まぶしい。

 光。

 蛍光灯の光だ。

 戻れた? 

 天井。

 見覚えのある天井だが、体は……動かせない。

 目は開けて見えるんだが……言葉が出ない。

 まだ完全に戻ってないのか? 

 時間がかかるものか? 

 しかし、この天井……これってデジャヴュ? 

 ここは病院で、前にもお世話になったことがあった。 


「……なのですよ」


 音が、話声が聞ける。

 男の声だ。


「ええっ、まだ絶対安静で……」

「事情徴収は、目を覚ましてからでないと」


 医者か? 

 それと警察?


「名前はなんと?」

「ええっと、広瀬君、中学三年の十五歳ですね」

「家族には?」

「連絡は行ってますので、もうじきこちらに来るでしょう」


 中学三年ってなんだよ。

 十五歳って? 

 デジャヴュどころか、あの事故の日じゃないか。


「先生!! 先ほどの急患が」

「わかった」


 過去の俺に戻った? 

 冗談?

 俺はこんなところで寝てるわけにいかないんだ。

 過去をやり直すつもりだってない。

 元の体に戻って、麻衣を助けたいのに。

 何で? 

 元の体に戻らなくて過去の俺に戻ったんだ?


「さっきの患者、心停止だって」


 と看護師らしい女性の声が聞こえてきた。


「あの女子高生、可愛そうに。事故だったの?」

「飛び降り自殺らしいわ」


 自殺? 

 お、覚えてる。

 今の会話……。






 天井が見える明るさから、暗闇が周りを覆った。

 看護師たちの会話が気になったが……さっきの暗い音も反響もない世界に舞い戻ってしまった? 


『……消えた』


 響くように誰かの声がした。


 ――誰かいる? 


 どこから? 

 暗闇から?


『えっ? ……痛みが消えたのよ。ひどく痛かったのに』


 声は驚きながら言葉を続けた。


『声が聞こえたけど、貴方は誰? ここはどこ?』


 麻衣のような声が質問した。


 ――お、俺は。

『あっ、広瀬君……でいいのかな?』


 名前を当てられて、知っている人物かと推測していると、自身の手足の風貌が透明感を持って暗闇に浮かび上がっていた。

 麻衣とのデート時姿の自分自身である。


 ――ああっ、そうだけど……きみは?


 すると相手の風貌がぼやけたなりにイメージされる。

 どこからともなく、インスピレーションのごとく言葉も浮かんできた。

 それは、浅間。


 ――まっ、麻衣? 麻衣なのか?

『えっ? 浅間? 麻衣? 違う。麻衣じゃないわ。浅間麻衣は私の妹。私は、麻由』

 ――えっ? じゃあ、麻衣のお姉さん? 

『そうよ』


 ぼやけたイメージが、しっかりした人物に変わる。

 それは麻衣そのものだったが、学生服を着ていて陽上高校のスクールウェアに見えた。

 その神秘的な透明感のある人物が俺と対峙した。

 光のない闇で見ているのは、いやっ、感じているのは心象風貌だろう。

 シャルル・ボネ症候群って言う症例がある。

 視力を失った人々が現実のように人や物あるいは建物を幻視することだが、今俺が見ている彼女の風貌は、まさにそれに当たるのだろう。


 ――麻衣のお姉さんは、自殺って聞いてたけど。


 もしや、さっき看護師が言っていた患者って彼女か?


『自殺?』

 ――ええっ、飛び降りたって。

『飛び降り? 私、やっぱり死んだの? それでここに? この暗い世界に……。この暗闇の中で、回帰するしかないのかしら』

 ――ってことは、やっぱり俺も死んでるってことなのかな? しかし、お姉さん麻衣にそっくりだ。

『そう? 麻衣ッチは髪伸ばしてて年齢も離れてるんだけどね』


 心象イメージの彼女は、髪をいじって体を眺めて言った。

 若干胸をそらせていたように見えたが、胸は明らかに麻衣より育っていて夢香さんに近いかも。

 これは彼女の無意識が俺にイメージさせているのだろうか。


 ――あっ、歳は……そっか、もう同じ歳なんだ。麻衣がお姉さんと同じになったんだ。

『よくわからないけど』

 ――俺も麻衣も十七歳になって、お姉さんと同じ歳になったんですよ。

『同じ歳って、私が死んでから時間が経ってるの? それも二年。私はついさっきの出来事だったのに』

 ――ここは……この世界は、時間の観念がないみたいですね。時間がごちゃ混ぜ状態っていうか、だから同じ歳にもなれたってところです。

『ふーん。それなら、ちゃんと麻由って呼んで』

 ――えっ? はあっ。いいんですか。

『同じ年なら、敬語も要らないでしょ? 麻由でいいよ』

 ――麻衣のお姉さんを呼び捨ては、ちょっと言いづらいかも。間を取って麻由姉ってのは?


 麻衣と麻由じゃ似てたから、麻由姉は言いやすいかな。

 性格も何となく麻衣に似てる気がする。


『麻由姉か、うんいいよ。それでこの世界のことだけど。その前にユングって知ってる?』

 ――ええっ。無意識心理学の?

『そう、それで集合的無意識、普遍的無意識だったかな……あるのよ。人間の意識の奥に無意識の層があって、そのまた奥にある世界。それがここの暗闇世界と関係あるんじゃない? ここはその境界線? そんな感じ。でも、ここには長く滞在できない気がする』

 ――どうして? もしかして、戻る方法を見つけました?

『いいえ、逆よ。感覚みたいなもので、この世界に回帰するって言うか。ゆっくり徐々に飲み込まれている感じ。あなたは……忍は感じないの?』

 ――いや、そう言うことは感じない。浮遊感って言う感じくらいかな。

『そう? 私は感じているわ。この世界そのものになるような。これが死ってことなのかしら? なんだかそんなイメージが湧いてくる』


 そう言って麻由姉は俺から暗闇に目を向ける。

 両腕を額に上げて遠くを見るが、生前の習慣が行動として現れているのだろう。


 ――よくわからないけど、この世界の一部に?

『この闇に解けて、元に戻る。回帰の感じ。ここは回帰する場所なのよ。忍は、本当に感じない?』

 ――いや、迷い込んだときはそんな気持ちもあったような、なかったような。

『そんな頼りないものじゃないわ。今現在は?』

 ――話したとおり感じない。


 俺は体を上下左右にイメージして、自転しながら麻由姉や闇を見渡す。


『そう。じゃあ、私とは違うのね。でも……私、まだ死にたくない。やり残したことが、許せないことがある。それを終えるまで生き続けたい。そう強く切望してたわ。そしたら、忍が現れたのよ』


 麻由姉は座り、ひざを抱えて俺の回りを回転しながら話していた。


 ――俺が? 俺はこの世界に迷ってるだけだよ。

『忍は、回帰を感じないんだったわね? だったら、また元の世界に戻れるのかも知れないわ』

 ――そう願いたいんだけど。

『本来の場所、体があって戻れるってことでしょ?』

 ――ああっ、そっか。さっきも少しだけ戻れてたんだ。

『そうでしょ? 一回戻れたんなら、もう一度同じことをやってみたら?』

 ――そうだ、戻れるんだ。戻らなければ。


 さっきは心を無にして祈ってみたんだけど、やってみよう。

 もう一度。

 自らの心象風貌の額に集中して。

 心を無に、無を。

 そして祈りを。

 戻ることを祈る。






 暗闇が開けて光が差してきた。


 ――えっ? 


 さっそく戻れた?

 天井。

 これは……また先ほどの病院の天井。

 昔の中学の俺の体だ。

 過去の俺に何でまた戻るかな。

 今の十七年目の俺になぜ戻らない? 

 半分失敗だ。






 暗闇が再び戻る。

 すべてが闇に包まれた世界に、心象風貌的な透明な麻由姉が現れだす。

 同時に俺の姿も感じる。

 行ったり来たりだな。


『それは、もう元の体に入れなくなった。戻れなくなったってことじゃないの?』

 ――麻由姉と同じ状態?

『体がなくなったか。あるいは、入ることができなくなったか。……でも、回帰を感じないのよね。だとしたら、忍が入れた昔の体しかないわ』

 ――そうか。でも、過去の俺もいるわけだし。

『そうね、その時点で消滅か。回帰するのかも』

 ――うっ、このままなんで。

『あるいは、別人格として現れるとか?』

 ――俺が二重人格? あっ! あるかも。

『んっ、何かわかったの?』

 ――ある。……あるよ、ある、ある。


 俺自身、過ごしてない時間があった。



 ***



 メモリースキップ。

 あれって、二重人格ではなくって、もう一人の今の俺なんじゃないか? 

 今まで俺が過ごしてきた時間では眠って、あの空白の時間に目覚める。

 それなら昔の俺の体に入れるのは正解かも。

 これはあり得る!


『答えが見つかったみたいね』

 ――ああっ、ありがとう麻由姉。

 

 元に帰れたら、俺の経験しなかった時間を使って運命を変えられる可能性がある! 

 俺の見た麻衣の運命を変えられる可能性が!!


『これは何かの縁なのかしら。……最後に一つ聞きたいんだけど。妹とはどんな関係なの? 呼び捨てだし、ふふっ』

 ――あーっ、えへへへへへっ。

『何? そのヘタレ笑いは? そうか。ふーん。カレシなわけね。本気?』

 ――えっ、ええ。もちろん。

『じゃあ、もうすぐ身内になるってことね』

 ――そ、それは時期尚早では……。


 けっ、結婚までまだ考えてない。

 大学に行って、麻衣ともっと遊びたいしな。


『本気って言ったじゃない? 冗談? 嘘? 遊びなわけ? うん?』

 ――み、身内になる予定です。


 浅間家の女子は怖いかも。


『それならけっこう、安心だわ』

 ――でも、麻衣は……えっと、麻衣も死んだのかも知れない。


 助けられなかった麻衣の重要案件が、気分を重くする。


『はっ? 死んだぁ』


 麻由姉が一言発した後、何か言いたそうに口を開け閉めしながら俺をがん見する。


 ――俺がこの闇の空間。回帰の世界に入ったときに、人の目を通して麻衣の死を……それもリンチを見てしまって。一刻も早くここを出たかったんだけど。

『なんですって? 忍は麻衣ッチのカレシなのでしょ? 何してたのよ。ドジじゃすまされないよ』


 彼女は腕組みして、頭をたれた俺の周りを、体を浮かせゆっくり回りながら罵倒した。


 ――んんっ。ちょっとのすきにさらわれて、焦ってるうちに俺も殴打されてここに。

『まったく、頼りにならないカレシね』

 ――はあっ……。面目ない。

『どういうこと? 狙われてたの?』

 ――それなんです。わからないことばかりだったから。全てはあのハンドバッグから……あっ。あっ? ああああーっ!!

『あ、あによ?』


 俺の驚きは麻由姉を少し怖がらせた。


 ――麻由姉のバッグ! 麻衣の手元に偶然戻って来て、それでH大サークルのコンパに出て。そこの……ああっ、何から話したらいいんだろ。

『私のバッグ? H大のコンパって何?』

 ――H大の“T-トレイン”ってサークルの知り合いから、麻衣が誘われて行ったんですよ。

『それ、草上って奴のところじゃいない?』

 ――ええっ、草上はサークルの会長。

『なるほど……じゃあ、安曇野って女性は見かけた?』


 麻由姉は、額に片手を当てると俺から背を向けた。


 ――ええっ、いましたけど。

『そう……あのね。私、自殺じゃないのよ。突き落とされたの。学校の屋上から、草上にね』

 ――えっ? あいつに?


 俺は驚きながら、麻由姉の前に移動して確認を取ると、彼女は闇の奥を見つめて話す。


『仲間に手伝わせて、バッグと靴を剥ぎ取られ、お腹にパンチ食らって、痛みで動けなくされてね。目線までの高さのフェンスから、放り投げられたの。……なのに今度は妹まで』

 ――俺も麻衣といい、許せないし悔しい! 麻由姉と麻衣の悔しさを何か、何か一矢報いたい。なのに何で俺はここにいるんだよ!! まったく!


 また、麻衣と同じくらい怒りが沸いてきた。

 何とかしないと。


『ありがとう。本気で怒って、嬉しい。うん』


 顔をほころばせて俺を見る彼女。


 ――俺、麻由姉に何かできないのかな。

『私、死んでるんだよ。辛いけど忘れて回帰するしかないわ』

 ――麻由姉も何とか戻れないかな?

『実際、戻ろうとしても、前の過去の私に入れるとも思えないし……私が二人になってしまう。だからと言って、私の入る別の物が存在するわけないし』


 別の入る物。

 だったら一緒に入るなんてのは……。

 おおっ!! 

 二人。

 そうだ二人……二人で一緒に融合!


 ――二人一緒に融合できないか?

『ええっ? それって、忍の体に私が? 一人の体の中に二人の意識は入れないんじゃあない』

 ――決して脳に俺たちが入るわけじゃないと思う。過去の俺に今の俺が入れたから、記憶とか意識とか脳の容量に還元したものじゃないと思うんだ。


 何かしらのデメリットもあるだろうが、それらを受け入れても彼女はここに放置できない。

 俺は麻由姉の手を取ってみる。

 象風貌で手の感触などないが、彼女に気持ちが届くような気がした。


 ――やってみる価値はある。


 俺は決心したよ。


『うーん。何が起こるかわからないし、忍に迷惑かかるわ』


 俺の気持ちと逆に彼女はしり込みをする。

 死んだこの期に及んで何を言うんだ。


 ――今もおかしな状態が起きてるわけで、その中に麻由姉を置いてくことなど俺はできない。

『でも……どうなるか』

 ――麻由姉!! わかった。俺とじゃ嫌だってことだ。

『それは違うわ。危険だからよ』

 ――俺たちは危険水準超えてるよ。それなら望みのある方に行動するだろ? 一緒に戻ろ。

『んん……』


 俺の握った手を振りほどくことがないので、彼女は葛藤している。


 ――じゃあ、無理やりでも連れて行く。

『わっ、わかった。そうね。行くわ。決めた。私もやり残しがあるから、試してみたくなったわ』

 ――じゃあ、決まりだ。


 麻由姉から手を離して、ガッツポーズをしてみるが、今一つさまになってなかった。

 心象風貌なのに。


『私と忍とが融合できると、今までの忍の性格が変わらない?』

 ――どうだろう? それぞれが残って多重人格になるんじゃないかな。

『多重人格の一人に』

 ――現実に俺の知らない時間という症例があるから期待はできる。

『そうなの?』

 ――もしかして多重人格は、こんな状態で発生したんじゃないかと思えてきた。

『でもさ、入るとき弾かれない?』

 ――まずは、やってみる。

『そうね。やらなくちゃ、わからないね。それでどうやって?』

 ――考えてなかった。いやっ、思いがあればできる。


 俺はまた、麻由姉の両手を手に取って向かい合う。


『ふふっ、ここでは思いしかないね。精神論でやっちゃう?』

 ――現実では難しくとも、この回帰の世界でなら! ……思いを額に集中してください。二人で入ることを一緒に思って願うんです。麻由姉は俺になったつもりで。じゃあ、無心になって、やってみよう。

『うん。……祈る』


 彼女は俺の額に額を重ねて、一緒に祈りだす。


 ――戻るつもりで、祈る。


 願う。


『願う』


 ――願う。






 闇が開けた。

 光。

 明るい。

 見える。

 やはり、病院。

 中学の事故での、先ほどの病院の個室だ。

 窓が見えて外は暗い。

 夜の室内?

 だが、その見えてる風景の空間に俺と麻由姉が、空虚な態度で青白く浮かんでいた。


『うわわわわわわっ』


 男の怖気声が病室に反響した。


『だ、誰だ、よ。うう、わああっ』


 目線はベッドから起きて、ドアを開けて廊下に出る。

 壁に激突するが、すぐ走り出す。

 だが、空間に浮かぶ俺と麻由姉を見ると、すぐ方向転換して逃げるように走る。


『ああああっ』


 声は俺だ。

 目を覚ましてしまった。

 その俺が錯乱して走り出した? 

 入り込めてない……融合に失敗? 

 目線が勢いよく天井を見る。

 壁を見る。

 手すりを見る。

 そして階段から落ちていった。

 これは、この恐怖。

 麻衣のときに現れているみたいに反応している。

 俺は、俺たちが見えているのか? 

 俺と麻由姉の心象風貌な幽霊を見て、怯えて混乱しているんだ。


『来るな』


 隅にあったバケツを放り投げて、床に落ちて階段に響く。

 この音、覚えてる。

 床に伏せるが、すぐ立ち上がり今度は階段を駆け上がって逃げる。

 逃げる。

 俺と麻由姉も困惑して、心象風貌がそのまま行動に現れる。

 手を横に振ったり、両手で止まれの合図をしたり、だが生々しいのか、どれも恐怖心をかき立てるだけだった。


『うわーっ』


 疲れたのか、自動販売機と壁の間に隠れるようにして、しばらく目を閉じた後、目を開けて周りをうかがう。


『はあ、はあ、はあ』


 どこに隠れても空間があると自身の目線に現れ出るから意味はないと思う。

 だが、そんなことは当時の俺にはわからない。


『うわーっ。来るなーっ。やめろーっ』


 また、駆け出す俺。

 この恐怖心。

 覚えてる。

 夢だ、先週から見ていた悪夢その物。

 もとの病室に戻ってベッドに入り込む。

 目の前に白い細い生地がぶら下がりだした。

 頭に巻いていた包帯が解けたんだ。

 暴れるからだ。

 お陰で少し静かになった。

 廊下では、複数走り回る音がしている。

 俺が騒ぐから夜勤の看護師か、警備員かが見回っているらしい。


『くうううっ』


 大人しくなったので、入り込めと念ずるがやっぱり入り込めない。

 目線や音声は感じているのに、操作できないもどかしさ。

 中学生の俺が、今の俺を、俺たちを恐怖して、はねつけている。

 

『止めてくれーっ。ああああーっ』


 ベッドから出て、床頭台の中の小物を投げつけだした。

 意識が入り込もうとしていることがわかるようで、拒否されている。


『うわーっ』






 画面が暗くなり、病院の室内から闇の回帰世界に変わり、結局戻ってしまった。

 その闇に透明な麻由姉の姿と声を感じる。


『入り込む体が、ずいぶん興奮してるようだけど、大丈夫?』

 ――いいんだ。続けよう。


 先ほどと同じように、麻由姉の両手を取って向かい合う。


『忍がそう言うなら、大丈夫なんだね』

 ――予定外だったけど、予定に入ってることに今気づいたよ。

『そうなの? 失敗じゃないのね?』

 ――ああっ。


 また、再開して続けるよ。


『わかったわ。入るための思いを集中するね』


 心象風貌の彼女はそう言うと、俺の額に自分の額を当てて念じだす。


 もう入るだけなんだ。

 俺自身との融合をしなければ、俺は戻れなくなり回帰する。

 そうなると麻衣を助けることすら……。

 思いは、超えなきゃいけないんだ。

 戻るために……麻衣を麻由姉を助けるために。

 思いは、超えなきゃいけない。






 視界が開ける。

 先ほど俺が暴れた状態の病室の目線に戻った。

 床に座っているような目線が見える。


『うっ。ああああっ……うっ』


 もう一人の俺が恐怖した心の悲鳴が聞こえてくるが、この際仕方がない。

 中学の病院での記憶が一部ないことと悪夢の正体が同じで、中心が今の俺とは思いもしなかった。

 麻由姉との融合での副作用ってことかな。

 果たしてこれは三つの魂の融合になっているのだろうか? 

 入り込めと思いを何度も念ずる。

 麻由姉を感じられなくなったが、体のだるさが感じられるようになってきた。

 体がひどく疲労している。


『はあっ……くうっ……うっ』


 俺は呼吸を感じられてきた。

 心臓の鼓動も自覚してきた。

 エアコンの機械音に送風も感じられた。

 病院特有の消毒薬の匂いも感じる。

 廊下から看護師と医師が入ってきて、散乱している病室に驚きながら近づく。


「どうしましたか? 広瀬君」


 看護師が話しかける。


「べットに寝かせて」


 と医師の指示が飛ぶ。


『あれ。先生どうしましたか?』

「どこか痛むかな?」


 看護師に付き添われてベッドに入ると、医師がペンライトを俺の目に当てて質問してきた。


『いいえ』

「この部屋の状態に覚えは?」

『全然ないです。どうしたんでしょうか?』


 俺は周りを見て驚く。

 覚えがない。


「一時的な記憶障害のようだ、彼に安定剤を」


 看護師が持ってきた安定剤を服用すると、しばらくして眠気が襲いベッドの中で意識は途絶えた。

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