第21話 拉致
四時には喫茶パスタに着いて、扉を開けて中に入る。
「あっ、あそこ。来てる」
コンパで見た女性を探してると、麻衣が見つけて先へ進む。
俺も安曇野を確認して一緒に行くが隣には、あごにひげを生やしたむさ苦しい男がタバコを吸って座っていた。
相席じゃないよな。
禁煙席でもないようだ。
「こんちは」
俺は座っている安曇野に近づき、挨拶した。
「あっ、どうも」
「えっと……」
俺は隣の男に目をやる。
「あっ、俺か? ……ああっ、そっか。フリーライターの小出。よろしく」
タバコを灰皿に消しながら名乗った小出に、安曇野が言葉を付け足す。
「月刊雑誌【
「あっ、どうも広瀬です」
「浅間です」
二人挨拶して向かいに座る。
「彼とはW大学での先輩後輩の間柄で、今回のことで来てもらいました」
雑誌のライター?
【
未成年の凶悪殺人犯を何度か実名報道して問題になった雑誌だったと思うが……それが何で。
「やはり、彼女も一緒なのですね」
「はい、構いませんよね」
「ええ。そのつもりで来ましたから」
そこにウエイトレスが来て、ブレンドコーヒーとレモンティーを注文をした。
「じゃあ、早速だけど……人の記憶をのぞける能力の話なんですが」
安曇野が唐突に話し出した。
「えっ?」
知っている?
この女性は、フラメモのことを知っているのか?
「記憶をのぞける能力?」
麻衣は事情がのみこめない風に俺を見る。
「あっ、あの……それはコンパのときの占いの話でしょうか?」
「えっ? あっ、ええ、そうです」
安曇野が少し迷ったあと、同調した。
「占いです。のぞける能力なんてあるわけないですよ。ははっ、はははっ」
「……ああ」
安曇野は思い当たったような声を漏らす。
「なるほど、話は本当のようだね」
隣の小出も納得して、安曇野に首を縦に振った。
「いいよ、本筋を行こう」
「そうですね」
二人の意味不明の相槌に不安が積もった。
そして、本筋?
俺の能力の話がメインではないようだが……何か知っているようで気が抜けない。
麻衣は落ち着いてきたのか、上着のデニムを脱いでバッグと一緒にひざに乗せる。
安曇野がその様子を眺めていた。
「俺は取材で、T-トレインって言うサークルを調べているんだ」
小出があごひげを片手でいじりながら話した。
「T-トレインって……H大の?」
俺は麻衣と顔を見合わせる。
「それの情報提供を聞いてもらうために、来てもらいました」
「俺たちに? 物凄くありがたいけど……どうして」
「知りたがってたはずです。情報がなさ過ぎると」
「そ、それは……」
先ほどのウエイトレスがやって来て、コーヒーと紅茶の入ったカップを置いて戻っていった。
「あなた方は掲示板見られましたね?」
また掲示板?
まだ見てなかった。
「私は、ええっ。見ました」
麻衣がレモンティーを飲みながら返事をした。
「あのサークルは、掲示板のように悪い噂があるんだ。旅行と称して旅館やコンパで女性を無理に酔わせるとね」
「それって?」
「そう、四、五年周期で事件が起き報道されるが、すぐ忘れ去られる大学生の集団レイプ」
「T-トレインの誰かがそれを?」
「そうだな、ここの連中も幹部クラスがな」
「その……今の会長を中心に二年続いてるんです」
安曇野が小声で言った。
「今の会長って、草上さん?」
もし本当なら、麻衣はターゲットにされている?
だったら、昨日捕まっていたら最悪な事態に。
俺と麻衣は再び顔を見合わせて焦る。
「新入生や知り合いの知り合いなどをどんどん引き込んで酔わせ乱暴、そしてお決まりの口止めの写真や動画」
「ひどい!」
麻衣がいらだちげに言った。
「何人かに取材で当たったんだけどみんな泣き寝入りでね。後が怖いから警察に届け出はないんだよ」
小出が言った後を安曇野が続けた。
「それと、あのサークルに入ってた女性で、行方不明になってる人が二人いるんです」
「行方不明が?」
「何だか怖い」
そう言って麻衣は手にしていたバッグを握る。
「それと関わる話で……ハンドバッグがあります。今は浅間さんの手元にあるんですね」
安曇野が麻衣の手にした物をのぞき込む。
「ええっ」
バッグに手を置く麻衣。
確信に迫ってきた?
「実はそのバッグ、私の友達の物なんです」
「えっ? 友達?」
「経緯はわからないんですけど、草上から流れた物です。私は当時、その草上とトラブルがあって……そのとき、間に入ってくれたのがバッグの持ち主の友人なんです」
草上とトラブルって何だろう。
「彼女は私に……本当によくしてくれました」
そう言って安曇野は麻衣を正面から見って言った。
「浅間さん」
「はい」
「お姉さんにそっくりになられましたね」
「……あっ」
安曇野、小出、そして俺が、麻衣に目を向ける。
「お姉ちゃんの? このバッグ……お姉ちゃんのだったんですか?」
「はい」
「ま、麻衣?」
麻衣は両手で顔をおおい、静かにうつむいた。
「うっ……ううっ」
「麻衣のお姉さんが安曇野さんの友達だったんですか?」
「ええっ、陽上高校に一緒に通っていた同級生です。だから浅間さんに初めてお会いしたときは驚きました」
あのときのコンパで驚いてたのは、そういうことだったんだ。
「私は、彼女が……浅間さんが自殺したとは思ってないんです」
安曇野さんが何かを匂わす発言をした。
「えっ?」
「だから、もっと一杯情報が欲しいんです」
「俺たち、情報は持っていないです……でもこれから何かわかれば情報はお知らせしますよ」
「ぜひ、お願いするよ」
小出があごひげをなでる。
「はい……少し状況が飲み込めてきました。なんで追っかけられたか、わかってきたな麻衣」
「うっ、うん」
「追いかけられた、とは?」
小出が不振そうに聞いてきた。
「昨日、自宅前で草上たちに待ち伏せ食らって、ナイフ振り回されて……彼女と逃げ回ってたんです」
「んんっ。まずいな、それ。今度そんなことがあったら警察を呼びなさい」
「そうですね、相手の意図がつかめてきたので……次からは」
「必ずだよ」
「ええっ」
「じゃあ、私たちはこれで」
安曇野さんが話して立ち上がったので、俺たちも立ち上がる。
「うん、これで最低限の予定はクリアーしたかな」
小出が小声で安曇野に言ってるのが、耳に入るが意味不明だった。
今日の情報の提供が予定でクリアーって、何のことだよ。
「また呼ぶと思うので、そのときも協力をお願いするよ」
「はい、こちらも何かあったらケータイ……あの」
「そうか、番号ね。名刺、名刺……あった、これだよ」
「あっ、どうも」
小出からフリーライターの名刺を受け取る。
会計を彼らに出してもらって、一緒に店の外に出るともう暗くなっていた。
「ご馳走様でした」
「何かあったら携帯に連絡をしてくれ」
「それじゃ、私たちはこれで」
安曇野さんが頭を下げてから、二人が喫茶店の駐車場に向かった。
俺たちも見送ったあと、連れ立って夜の歩道を歩き出した。
「あの人たち……安曇野さん、何かやってくれそうだね」
「……うん」
「驚く話ばかりだったけど、わかりかけてきたな」
俺の話しに麻衣の返しがないので横を見ると、放心したように歩く彼女がいた。
「麻衣?」
「えっ? あっ、そうだね……うん、そうだよね」
歪んだ笑顔を俺に寄越した。
「別のこと考えてただろう?」
「えへへ……」
彼女は乾いた笑いをして立ち止まる。
「私……」
麻衣の顔の表情が歪み、俺から目を背けて声を震わせた。
「ご、ごめん……わ、たし……う……うぐ」
いやっ、俺って……気が利かないよな。
人に見られないようにビルの壁沿いに彼女を連れて行く。
暗がりで仁王立ちする麻衣は、静かに嗚咽しだした。
どうしたらいいかわからず戸惑った末、胸に抱き寄せてみる。
悲しみで上半身を引きつらせるが、体を預けてきてくれた。
「……うっ……ご、ごめんね……昔のこと思い出しちゃって」
「いいよ……思い出させる話してたんだし」
「グズッ……うっ……ごめん」
彼女は俺の肩に頭をもたれ、身を委ねてきた。
俺のやれることは、落ち着くまで優しく抱きしめるくらい。
「私……同じ歳になっちゃったのね」
「同じ歳?」
「うん……お姉ちゃんと……同じ歳」
「……そっか」
「そして……このバッグが手元に……なんだか、運命みたいなの……感じちゃった」
「そうだな」
「はぁ……」
俺の胸の中で身体をくねらす麻衣。
「うん?」
「温かいなって」
「そっか」
「ホントに温かい」
落ち着いた麻衣は照れながら歩き出した。
その彼女を家まで送ることにしたが、忘れていたことを思い出した。
「あっ、ワリー。DVDのレンタル返さないと……新着だから」
「あっ。へへっ、結局見れなかったね」
「この次の休みにでも、また借りるよ」
何にしても、このレンタルケースで怪我をまぬかれたのは吉だった。
ちょっとへこんでしまったがDVDに問題ない。
十分ほどしてショッピングモール内のレンタルショップに着いた。
「今度こそ一緒に見ようね」
「おおっ。じゃあ、返しに行ってるから」
「私、ここで待ってるね」
「え?」
「今、明るいところは……ちょっと」
「わかった。じゃあ、待ってて」
俺は急いでレンタルショップに入った。
返却を済ませ戻りかけたとき、麻衣の声。
「ああっ」
そして車の急発進音が続けて聞こえた。
瞬間的に足が動いて、すぐ外に出た。
道に待っているはずの麻衣がいない、代わりに何か落ちてる。
近づいて手に取ると、麻衣のバッグだ。
しまった。
俺は急いで急発進した車の音の方向に走ったが、ショッピングモールの駐車場に移動している車はもういなかった。
きっと連中だ。
無理矢理かよ。
「クソッ」
これじゃ犯罪じゃねえか!!
こんなときに限って周りに誰もいやしない。
そうだ、小出さんに連絡。
それより警察に……いや、車が何なのかわからないことには。
まずバッグから情報を。
何か視えないか? って、俺のフラメモ能力なくなってるんだよ。
まったく、こんなときに役に立たないなんて。
誰か見ていなかったのかよ。
反対側はまだ調べてない。
そっちの路地は?
急いで駆け出し、それらしい車が走ってないか見るが、もう暗くてわからない。
ショッピングモールの駐車場に止まっている車に人が乗っていないか調べまわる。
いない。
いない。
手がかりなし。
やっぱり、小出さんに連絡してみるか。
携帯電話をを取り出して、先ほどの名刺の番号を登録して通信する。
二回のコールで小出さんがでた。
「あっ、あの、先ほどの広瀬です」
『えっ? どうしたの?』
「ま、麻衣が、浅間がいなくなったんです」
『いなくなったって? 何かあったのか?』
「ちょっと用で店の外に待たせてるうちに消えてしまって……車に押し込まれたんじゃないかと。近くにバッグが落ちてたんです」
『何ーッ? 拉致じゃないか!』
「車とか確認取れなかったんですが……警察に連絡した方がいいですよね」
『待て、今そこはどこ? それでいなくなったのは?』
「ショッピングモールのレンタルショップ入り口で、時間は一五分位前です」
『わかった。今、彼女に一一〇番してもらってるから』
「はい」
『俺たちもそこへ向かってるから、そのままで動かないでくれ』
通信が切れて携帯電話をしまい、バッグを持ち直す。
この状況でフラメモ試すか?
麻衣が強く思ったことが、バッグに残留思念みたいな感じで残ってるはずなんだ。
車の色とか車種とか読み取れないか?
とにかく、小出さんたちが来るまでやってみよう。
バッグに手をかけて集中する。
――集中。集中。
始まりの頭痛や耳鳴りが起きなければ、断片的な映像の一つも浮かばない。
明かりの少ないビルの角の暗がりに移動して、もう一度集中する。
「んんっ……」
駄目か。
いやっ、視なくっちゃ……でないと麻衣が本当に危ないんだ。
――集中。
――集中。
「んんんんっ……」
はあっ。
クソッ!
いらだってビルの壁に手を打ちつける。
どうすれば。麻衣、麻衣、視せて、視せてくれーっ。
誰なんだ、連れ去ったやつは?
車は?
くそっ、俺には奇跡は起きないか。
焦り過ぎてる。
「あっ!」
無心……だ。
弓道の練習試合に来ていた白咲のことを思い出す。
『広瀬さんはきっと、集中力を自己で完璧にコントロールできる力、それを潜在的に持っているんですよ』
自信を持つんだ、無心になれると。
矢を射たときのように。
バッグを弓矢にたとえて。
身・心・バッグの和合でフラメモを起こす。
「ふううううっ」
大きく呼吸をして集中する。
落ち着いて……対象に触れ目をつぶる。
真っ黒な闇。
『弓手三分の二弦を推し、妻手三分の一弓を引く』
『而して心を納む是れ和合なリ』
白咲の言葉が頭によぎる。
体から力が抜けていく。
周りから騒音が聞こえなくなり、バッグだけが目に大きく写っている。
一分も経ってないのに、汗がじわり出てきた。
金属的な耳鳴りがし始めて、頭痛も始まる。
――ん?
何だ?
周りが霧?
もやって……いや、これは。映像だ。麻衣の視点の映像だ!
「捕まえた!!」
バッグからの情報だ。
読み取るんだ。
――窓から街の眼下が見えたが、すぐ移動して床下と足元ばかり見える。
視線を上げると俺がいる。
そして俺が近づく……唐突に画面が切れて暗くなる。
麻衣の記憶だ。
昨日の遊園地の観覧車の中だ。
だが、これじゃない。
――また、街並みが見える。
どこかの屋上からフェンス越しに外を眺めている。
入道雲が黄昏てて……初めてメモリースキップしたときの問題の映像だ。
草上と中条が近づいてくる。
あっ……唐突に画面が切れて暗くなる。
視てみたいが、今知りたいのは別だ。
――暗闇の中画面が揺れる、揺れる、周りが後ろに流れている。
うん?
この映像は……追いかけられているときだ。
昨日の夜。画面が揺れる、揺れるそして……唐突に画面が切れて暗くなる。
これも違う。
――近づいてきた車のライトがまぶしい。
……グレーのワゴンがわかったら歩道に乗り上げてきた。
避けようと移動すると目の前にワゴンが側面で止まり、スライドドアが開いて松野が腕を出してきた。
その後は、車の内部に移動するが天井、背もたれのアップ、デニムのジャケットの右手のアップ、運動靴のアップと無理に映像が回転したら唐突に画面が切れて暗くなる。
麻衣が捕まり引っ張り込まれた瞬間のシーンだ。
見つけたぞ。
松野が後部座席にいるグレーのワゴンだった。
やはりやつらか。
再度集中する。
もっと情報をと思ったところに、右手を誰かに引っ張られて転びそうになる。
バッグの情報を読み取ってる忙しいときに誰だと思ったら、後頭部に何かが当った。
「ぐあっ」
突然重い痛みが後頭部を貫く。
いっ。
なんだ?
片ひざをついて振り返ると、特殊警棒を握る黒い手袋が目に入る。
「ゲームオーバーです」
草上の声が暗闇から不気味に聞こえて、風を切る音と同時に後頭部に激しい衝撃と鈍痛。
「うっ、くっ」
「これは紛失したバタフライナイフのお礼です」
激しい衝撃が頭を襲う。
――草上!
両手を後ろに回し衝撃を回避しようとするが、今度は連続で何回も腕越しに鈍痛を浴びる。
後頭部、両腕と痛みが広がり、息ができなくなると咳き込んで口から何かが流れ出る。
目の前が光でスパークして……意識が遠のく。
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