第20話 浅間麻衣

 近くに人のいない小さな公園があったので中に入り、屋根つきのベンチで休む。

 水飲場で濡らしたハンカチを、俺の右目に当て介抱してくれる麻衣。


「だいぶ良くなったよ」

「そう? 良かった。……あのスケッチの家」

「ああっ、あそこは草上の洋館でサークルメンバーの溜まり場だったってことだったが、もう一人の俺は、何であの家を思い出そうとしたんだ?」

「草上の洋館は、前に行ったことは?」

「ないんだ。結局、よく判らないってことか。……麻衣は、しばらく俺の問題から外れてくれ。自分で答えを見つけるよ」

「えっ?」


 俺の横でベンチに腰掛けてた麻衣は、驚いて体を起こした。


「これは俺の問題だから、これ以上麻衣を危ない目に遭わせたくない」

「何で? ついてくよ」


 彼女は俺に体を向けて怒り口調で言う。


「忍の問題なら私の問題でもあるよ。私、忍のカレシなんでしょ?」

「そ、そうだな」

「役に立ちたいよ。それに松野が絡んでることは、私もかかわっていることだよ。私、忍と一緒にいたいし、知りたいよ」

「いや……それでも俺とは」

「一緒がいい」


 麻衣は真面目な顔で懇願する。


「一緒にいさせて」

「わかったよ。だけど、また危なくなりそうなら俺一人で調べるから」

「うん」


 帰りのバスは混んでいて、彼女と話すことも間々ならずに思考にふける。

 掲示板の話で、草上が話していたナイフを投げた知り合いの女性が思い起こすが、直接記憶が飛ぶことには関係なさそうだと思考を止める。

 戻ってから自宅近くのショッピングモールへ行き、ファミリーレストランで二人ゆっくり夕食を味わった。


「あーっ、美味しかった。あれ? 忍の右目の周り少し青くなってる」

「そうか?」

「はれてこないといいけど……」

「大丈夫、明日には治ってるよ。痛みも引いてるし」

「うん……なんか一緒にいると、私が忍にパンチ食らわしたと思われてたりして」

「ありうる。麻衣は強暴だから」

「あによーっ、ふざけないの」

「実証済み、怒ると怖いからな」


 麻衣は手にしたコップを口につけて、水を飲むとテーブルに強く置いた。


「し、失礼ね、私が学校で無視してたのは忍が悪いんだからね」

「俺が悪かったんだけど、精神的なボディブロウだったんだよ」

「根に持ってるでしょ?」

「全然」

「嘘でしょう?」

「嘘」

「嘘ーっ?」と驚く麻衣。

「根に持ってないよ。ごめん、ごめん」


 ウエイトレスが来て、水のおかわりをして戻っていった。


「そういえば、映画。忍が言ってたDVDレンタル始まってるよ」

「ホントか?」

「うん、さっきビデオ屋の前を通ったとき看板出てた」

「じゃあ、帰り借りて帰るかな」

「私も見たい」

「んっ? じゃあ、一緒に見る?」

「見たい、見たい。それにもう少し一緒にいたい」

「でも、見終わると遅くなるけど、いいのか?」

「うっ、うん、家に連絡すれば大丈夫だから。じゃあ今のうちに話してみるから、ちょっと待ってて」


 麻衣は携帯電話を取り出して、俺に横を向けながらボタンを押し小声で話す。

 母親であろう相手とやり取りをしていると、一旦切って、またかけ直す。


「あっ、うん。実は……うんうん、気が利くね。そう……だからお願い。うん、そう……ありがとう。うん……それじゃ」


 携帯電話をしまって、俺に笑顔を向けてきた。


「オッケー、遅くなっても大丈夫にしたから」






 レストランを出たあと、ショッピングモール内のレンタル店から目当てのDVDを借りて自宅へ歩いて戻る。

 外は暗く街灯が点在した先にマンションの入り口の光が見えるが、少し様子が違っていた。

 一階の玄関口に数人の不振な人影が歩き回っている。


「あの連中、何してんだ?」

「ちょっと待って。あれ、松野先輩だよ」

「あっ。中条もいる。どうしてだ?」


 俺のマンションの入り口は、松野や中条たち三人が占拠していた。


「待ち伏せ? 俺を? それに何でここの住所がわかったんだ」

「これ……出てったらまずいよ」

「全くわかんねえよ。殴られたのは俺だぜ」

「何かしら状況が変わったのかもしれないよ。……いったん、ショッピングモールまで戻らない? 忍の記憶が飛ぶのと関わりあるのかも。だから、わからないうちは、なるべくトラブルは避けようよ」

「そうだな……今入っていくのも得策とは思えないし、人の多い場所に戻るか」

「見つけましたよ」


 戻ろうとした背後から声がかけられて、振り向くと暗がりから人影が一つ出てきた。

 白く光るモノを、左右の手で交互に移動させている。


「わわっ、草上さん?」

「だまされましたよ。まったくいい度胸です、僕を脅迫するなんてね」


 近づいてきて、手にしているのがバタフライナイフに気づく。

 いやなものを持参してるよ。


「何言ってるんですか?」

「後悔するよ。ハッ!」


 俺たちの前に出て一声発すると、ナイフを手にした腕で真横に切りかかってきた。


「何すんだよ!」


 ナイフの一振りで、俺と麻衣の間に割って入ってきた。


「脅したバツです。痛い思いをしてください」

「麻衣。逃げろ」

「えええっ?」


 麻衣は、俺と草上を交互に見ながら立ち往生する。


「いいから」


 麻衣が躊躇してたら、俺たちの会話で、マンションで居座っていた松野に目ざとく見つけられた。


「あっ、麻衣来やがったな。いたぞ!」


 松野が声を上げて他の二人に伝える。


「あっ、わわ、いけない」

「見つかった。麻衣、走れ。全力だ」

「うん」


 俺の声で麻衣は走り、暗がりに消えていった。


「彼女の心配する余裕あるんですか?」


 真正面の草上が足を開いて、ナイフを手にした右手を前に出す。


「俺も逃げるさ」

「そうはさせませんよ」


 草上は前に出てきて、右手をまっすぐ突いてくる。

 避けるようにうしろに飛びのきながら、DVDのレンタルケースを盾にした。

 ケースが硬いものにぶつかった音がして防いだことを実感する。

 あぶねえ。

 またバタフライが狙ってきたので、盾にしたケースで今度は弾いてみた。


「あっ」


 草上の声。

 同時に、白い光るモノが弾けて暗がりの草むらに飛び落ちた。

 ラっ、ラッキー。

 防げた、今のうち。


「クッ」


 吐き捨てる草上のところに中条がやってきた。

 長居は無用で、全速力で後ろに走り出す。

 暗がりの路地の角、次の角と曲がりながらひたすら走り抜ける。

 ふん、こっちは地元で地理に長けてるんだ。






 暗闇に紛れてから息切れした頃、立ち止まり気配を気にするが足音はしない。

 なんだぁ、もう追ってこれないじゃん。


「はあっ、はあっ」


 麻衣は大丈夫だと思うんだが……。

 バイトでこの辺守備範囲だったし、足の速さは衰えてないはず。

 麻衣は南側から駆けて行ったから、ショッピングモールで落ち合えればいい。

 でも、その前に会えるように入り組んだ坂道を下り路地を探しながら走る。

 しばらく走ったあとに、裏通りを走ってくる影。

 麻衣確認! 

 ラッキー。


「きゃっ」


 麻衣が声を上げ、何かに驚いて立ち止まる。

 その手前の路面に、鉢植えが上から落ちてきた。

 鉢の割れる音と一緒に路面に黒いものが飛び散った。


「はうっ」

「おーい、そこ動くな!」


 松野の怒声が聞こえた。

 上り坂の道路から連中が近くに置いてあった鉢を、下の通路を走っていた麻衣に投げたんだ。

 あぶねえ。

 でも、止まったお陰で当たらずに助かった。

 連中に気づき脇道に入ったのを見届けて、先回りする。

 こっちの方だったはず。

 細い裏道から走って探すと、前に一人の影を見つける。


「麻衣!」

「はうっ、忍! よかったーっ!」

「こっちの道から行こ。ショッピングモールに出て、人込みに紛れるんだ」


 ゆっくり歩き出すと、手や脚がガタガタ震えて動揺していることを自覚できた。

 彼女の手を取って歩くと、握った腕がはっきり震えている。

 麻衣も動揺しているんだ。


「ごめん、怖かった?」

「う、うん」


 握った腕を放して彼女の肩に腕を回し、抱えるように暗い路地を出てからショッピングモールのライティングの光の中に入った。






 ショッピングモールのゲームセンター内に入り、ゲーム機の椅子に麻衣と座り落ち着きを取り戻した。

 緊張を解くように俺は紙カップのコーヒーを、麻衣はレモンティーを買って飲む。


「いよいよ、あいつら本性現してきた感じだな」

「何で、急にあんな待ち伏せなんか……」


 麻衣が疲れた感じで言葉を吐く。


「わからない。傷つけようともしていたし……。八時半か。今日はもう俺の部屋には戻れない。巻き込んじゃってごめんな、麻衣」

「ううん。私の気持ち変わっていないよ」

「ありがとう。でも、さっきの見てたけど、鉢植えうまく避けられたな。危なかったよ」

「忍を早く見つけて合流しなきゃって焦ってたら、幽霊さんが現れて」

「幽霊さん?」

「ええっ、驚いて立ち止まったら足元に落ちてきたの」

「それじゃその幽霊、まるで守護霊だな。感謝」

「うん、やっぱりそう言うのかな」

「いや背後霊ってことも? だとしたら、襲われるなよ」

「ばっ、ばかっ」


 麻衣は小さく抗議しながら、レモンティーの紙カップを口につける。


「いるのかな守護霊って?」

「いるよ。見守ってくれる守護霊がきっと」

「でも、最近その幽霊さん出なくなっているんだけど」

「もともと幽霊は頻繁に出ないだろう?」

「前はよく出てたんだけど」

「じゃあ、わずらわしくなくて、いいんじゃないか?」

「そうね。ちょっと寂しい気もするけど」


 苦笑いをする麻衣を横目に、飲み干したコーヒーカップを丸めて角にあるゴミ箱に投げ入れる。


「さて、これからどうするかな」


 周りを見るとゲームセンター内はまばらに人が散らばっていて、こちらには見向きもしない。

 それじゃゲームを少しやっていくか? 

 いやいや、そんなことしてられない。

 ここを出てから麻衣を家まで送る、だがそのままマンションに帰るのは早計だろう。

 帰っていなくてもナイフ振り回すようなやつらだ、夜中に部屋まで押しかけてくるのが目に見える。

 そうなると、今度は隣の夢香さんたちに迷惑がかかる。

 状況がわかるまでは、警察も厄介になるだけだし。

 じゃあ、今夜は帰らず時間を潰すか? 

 麻衣が飲み干した紙カップを捨てて戻ってきたので、端的に話してみる。


「麻衣は家に戻るといいよ。送るから」

「ええっ? じゃ、忍はどうするの?」

「俺は漫喫でも入って夜明かしするよ」

「雅治君の家とかは?」

「あそこは弟も一緒の部屋だから、泊まりは難しいね」

「そう。じゃあ、私……私も家に帰るのは止めるよ」

「えっ、だって、その」


 麻衣の発言に困惑して両手を挙げる。 


「ううん、一緒にいたいの。一人になるの怖いし……忍が心配だし」

「それは俺だって麻衣が心配だよ」

「じゃあ、一緒に」

「うーん、漫喫の個室は寝づらいぞ」

「たぶん何とか寝れるよ」

「でも、親にはどう言い訳するんだ?」

「さっき、食事のとき、瞳のところへ泊まるって言っといたよ」


 夕食のあの二回の電話がそうか、部屋に来るときから決めてたのか。

 ――って、俺の部屋に泊まるって? 

 OKってこと?


「うん、それならラブホにでも行くか?」


 期待少しで、怒られるだろうと思いながら言ってみた。


「ラブホ? ……うん、それも……あり……かな」

「えっ? ほっ、ほんとか?」


 麻衣は目を合わせず静かにうなづく。

 本音を冗談のつもりで言ったけど、彼女も意識してたようで、迷いない返事。

 これって、覚悟してたってことで……えっちOKだよ。

 ってことでいいんだよな?


「そ、そっか? おっ、おおう。よ、よし行こう」

「う、うん。へへっ、へへへっ」


 ほんのり頬を染めて笑う麻衣が愛しくなる。






 ゲームセンターを出て連中がいないか注意をして歩き、コンビニのATMでお金を下ろす。

 デートだったから、カードをサイフに入れておいて正解だった。

 口座には仕送りのお金も入ってきているのでなるべく無駄は避けたいが、今日みたいなときは使って良いと思った。

 タクシーに乗り近くのラブホテルに移動。

 麻衣は緊張してるのか無口になっていた。

 不安を覚えながらも、地に足が着かない自分を感じ始めていた。

 タクシーを降りて少し歩くと、人気のないラブホ通りに着く。

 華やかなライトの光が看板を彩っている中、一番手前の洋式のお城をかたどったホテルに決めて麻衣の手を軽く握る。


「じゃ、入ろうか」


 狙ったラブホテルの入り口へ、彼女の手を引いて中へ駆け込む。

 中は無人フロント式で、小さく収まっているロビーの一面にタッチパネルが大きく構えていた。

 そのタッチパネルを操作して利用したい部屋のボタンを押すと、部屋番号306と印刷されたレシートが出てきた。

 番号がついた鍵とか出ないのか? 

 などと思いながら、決めた部屋の番号を目当てにエレベーターに乗り込む。

 俺も麻衣も無言で顔を合わせない。

 三階に降りると二つ先の306の部屋番号のランプが点滅していた。


「306、あそこだ」


 ドアノブに手をかけると開いていたので中に入る。

 麻衣が入ってドアがしまると鍵の閉まる音が聞こえた。


「自動的にロックされるのか? 監禁された気分だ」

「……内線電話か何かあるんじゃない? そこから連絡するんじゃないかしら」


 今日の場合は、あの連中が入ってこれない仕様になったから安心かな。

 麻衣は俺の前に立って、部屋の中をしげしげ興味深く見渡し始めた。


「へーっ、広いんだね。わっ、綺麗。照明が洋風でいいよ、いいよ」

「地雷ホテルではなかったようだ」

「うん、そうね」

「ほーっ、壁に設置してあるこれがエアシューターか」

「ほらほら、『入室後フロントへ連絡』って書いてあるよ」


 麻衣が壁を指している方を向くと、内線電話が備え付けてあり、その隣に紙が張られていた。


「えっ、電話入れなきゃいけないのか?」

「忍クゥン、お任せします」


 急に元気になりだした麻衣が、バッグをソファーに置いてる様子を眺めながら、俺は電話の受話器を取る。


『はい、フロントです』

「えっと306号ですが、一泊します」

『ありがとうございます、翌日のチェックアウトは十一時までとなっております。そのときにまた、お電話を入れてください』

「はい、わかりました」


 受話器を置いて振り返るとベッドの横に立ち尽くす麻衣と目が合う。

 さて、どうする?






 俺はこう言う場合、どうしたらいいのかな?

 麻衣は沈黙を嫌ったのか、温かくなったのか、おもむろに上着のデニムシャツを脱いでベッドに転がる。

 もしかして、誘ってる?


「ねぇーっ、このベッドふさふさよ、柔らかい」


 誘ってるわけないか。

 ベッドから起きて正座している麻衣の隣に飛び込みベッドの枕元をチェック。


「何? 何? 何があるの」

「あった、コンドーム二個……だけか。でもゲッート」

「えっ、やだエッチ」と言って俺の背中を叩く。

「ラブホのお約束なの」

「そっ、そうなの?」

「大体、置いてあるんじゃないかな」

「く、詳しいわね……怪しい。よく来てるの?」

「おいおい、んなわけないだろ。麻衣の他に誰と来るってんだ」

「そ、そうよね。いたら許さなかっただろうし……はははっ」

「怖いよ麻衣」


 彼女はベッドから起き上がり、バスルームをのぞきに行く。

 俺も起き上がり備え付けのテレビをチェック。


「家の浴槽より広いよーっ」

「ジェットバスかな?」

「うん、それっぽい」


 中をのぞきながら麻衣は、浴槽で声を響かせる。


「テレビはあるけど、DVDデッキは無いのか……残念」

「さっきのレンタルは見れないのね」

「仕方ないか……おっ、マイクがある。カラオケもできるんだな」


 麻衣は浴槽から戻ってきて、ベッドの上に倒れる。

 ふかふかが気に入ったようだ。


「テレビ、ベッドの上からでも見えるよ」

「つけて見るか?」

「うん、一緒に見よ」


 テレビをつける。

 民放チャンネル、アダルトチャンネルとあった。






「何見る?」

「今は何やってるかな」

「バラエティかな」


 チャンネルを民放のバラエティ番組に変えると、よく見るコメディアンたちが映し出された。


「ねっ。えっと……私の使っていいよ」

「うん?」


 正座した麻衣は、恥ずかしそうに太ももに手を二度当てる。


「ひ・ざ・ま・く・ら」

「おおっ、いいのか?」

「遊園地のときの約束だったからね。うふふっ、来て来て」


 横になり腰を動かしながら頭を麻衣のひざもとに持っていく。


「どおっ?」

「んんっ、麻衣を見上げられる特等席だ」

「私も忍が見下ろせて嬉しい」


 そう言いながら、麻衣は俺の髪を優しくなでてくれる。


「案外大きかったんだな。胸。……まさか、パット?」

「バ~カ。セクハラよ」

「で、どうなんだ?」

「い、入れてなんてないわよ。失礼ね」

「へー、ほー、ふうーん」


 ちょっとからかったら、こめかみに手が回ってきた。


「デリカシーのないヤツは、こめかみに鉄拳制裁よ。ほらっ、ほらっ、怒りの鉄拳」


 両手の親指が俺のこめかみをにじり押してくる。


「いたっ。たたたっ」

「ごめんなさいは?」

「はははっ。ごめん、にゃさい」


 そう言って目を閉じると上から、


「よろしい」


 と声が落ちてきた。

 ほとほどの柔らかい麻衣の太ももを体験しながら、フラメモが起きてないことに気づく。

 やはり昨日からおかしかったが、これは異能がはがれ落ちたのかも知れない。

 もう記憶映像に悩まされることもないってことか? 

 今夜だって、これから麻衣と上手くいたしてもフラメモは現れてこないってことだ。

 何か大きな問題の一つがわからないまま消えて、安心感だけ心に広がった。

 麻衣の笑いで、テレビに目が行く。

 太ももの上で頭を横にしてテレビ画面に集中しだす。

 彼女も正座が疲れて途中から足をくづしてきて、膝枕は終了。

 俺のうしろへ寝転がり、ついでに肩に手を乗せてきた。

 番組が終わるまで無言で、その体系スタイルは変わらなかった。

 その後、チャンネルをドラマ番組に変えて見続けるが飽きてきた。

 CM中に振り返ると、俺の腕に片手をかけ顔を乗せてる麻衣と目が合う。

 腕を彼女の肩に持っていって触る。

 俺は麻衣に向き直り片手で抱き寄せる。


「わっ、わっ。エッチ」

「エッチ大好きだぞ。……麻衣にエッチ攻撃だ」

「うふっ、子供みたい」


 俺は彼女の髪をなでる。

 彼女は俺に体を預け小声で笑う。


「うふっ。ふふっ……んふふふふっ」


 麻衣は俺の肩に頭を、腕を背に摩り寄せてくる。


「ふふっ、ふふっ……」


 髪をなでてた手で麻衣の顔を起こし、のぞき込む。

 少し驚いたように俺を見つめる彼女。

 心臓が激しくなり、息苦しくなってくる。

 麻衣の顔から笑いが消えて……目を閉じ俺にあごを突き出してきた。

 たまらず彼女の唇と合わせる。

 何度もすり合わせているうちに、重い口が開いて彼女の舌に触れた。






十一月二日 日曜日


 よく日、ドアの閉まる音で目が覚めた。

 瞬間場所が違う違和感で夢遊病の不安を覚えたが、麻衣がシャワーを浴びて部屋に現れたことで昨夜の現実が呼び覚まされた。


「もう十時だよ、起きようよ」

「う、うん。ふああっ……」


 まだ眠い。

 はあっ……そりゃあそうだ。

 明け方まで起きてたからな。


「おっ」


 俺はベッドから上半身を起こすと声を漏らした。


「何?」


 麻衣は髪をタオルで拭きながらこちらを向く。


「いやっ、朝起きたら、麻衣がバスローブ姿でいるから、何か夢のようで新鮮」

「それはそうよ。お泊りだったんだから」

「そうだな、俺たちお泊りシチャッタんだな」


 俺は麻衣のバスローブ姿から、昨夜二人で紡いだ世界を思い出して浸った。

 たぶん7回はシチャッタと思う。

 下半身が痛すぎる。彼女も何気に内股で歩いている。


「えへへへっ」

「あ、あによその笑い。恥ずかしいな……ばか」

「麻衣ちょっと来て」

「えっ? 何」


 タオルで髪を拭いてる彼女の手を取って、ベッドに座らせてから抱き寄せる。


「あう……も、もう、駄目だよ。もうすぐ、チェック・アウトなんだから」

「じゃあ、おはようのチュウ」


 そう言って麻衣の顔に口を突き出すと、彼女の目が半眼に変わりだす。


「なんか、忍が我がままになった」

「いっ、いいじゃん。ケチッ」


 麻衣は俺の腕から抜け出し、ベッドに座り直し顔を近づけると頬に口づけをしてくれた。


「今はこれだけ、いいわね」

「おおーっ。これがモーニングキッスか」


 四時間ほどの睡眠しか取ってないのに、こんなにすがすがしい朝を迎えたのは久しぶり。

 生命力ってスゴイ。

 何でもやれそうな気がしてくる。

 胸が痛いほど熱い。

 だが、麻衣は上を向いて浮かない顔をする。


「連中どうなったかしら?」

「ああっ……昨日はあきらめたと思うけど、二、三日は注意しないと」

「そうね。何なら警察に話してみたらどうかしら?」

「警察は事件が起きなければ動かないよ。それに追っかけられてる意味さえ、飲み込めてないし。恨まれてるからだろ? ってない腹探られるのも嫌だからな」

「様子見? 気をつけないとね」

「ああっ、麻衣もな」

「うん。……それで今日どうするの? 会うんでしょ? 安曇野さんに」

「えっ? ああ、そうだった」

「待ち合わせ時間は?」

「四時に陽上高校前の喫茶パスタだが、来るのか?」

「えっ、駄目?」

「いや、来いよ。昨日話したとおりで、麻衣にも色々話せるかもしれないしな」

「うん。聞きたい。行く」


 今の俺たちには情報がなさ過ぎる。

 ……そういえば、“日曜日は外に出るな”ってメモがあったこと忘れていたが、どの道この部屋にいるわけにいかないし……もう問題ないだろう。






 ラブホテルを出てから、一度マンションに戻ってみると見張りは消えてた。

 少しだけ俺の部屋に戻ることにして、麻衣を入れる。

 ここへ引っ越してきた夏の頃、彼女は一階の店舗カフェショコラでバイトしてたのでよく顔を見せてくれてた。

 お陰で勝手知ったる他人の家。


「へへへ、久しぶりね」

「そうか?」

「うん。食事にしない?」

「俺もおなか減ってたんだ」

「じゃあ、何か一緒に作ろうよ」


 麻衣がバッグをローテーブルの横に置いて台所に行く。


「ご飯は三合作った残りが冷蔵庫にあるけど」


 ベッドで明け方まで頑張り過ぎたせいか、体がだるい。

 床に寝そべり、冷蔵庫をのぞく麻衣をボーと見つめる。


「んーっ」


 そう言いながらデニムシャツを脱いで、キッチンに立った麻衣がこちらにやってきた。


「ねえっ。何もないじゃない」

「入ってるだろ? キャベツとか、卵とか」

「それだけよ。普段何作って食べてるの?」

「えっ? カフェショコラのピラフに牛丼屋のしょうが焼きで、たまにコンビニ弁当のカツカレー」


 麻衣は両手を腰に当てて、困った顔で俺を見おろす。


「毎日外食?」

「最近多くなっている。まあ、月末になるとお金が足りなくて自炊に変わるかな」

「計画して自炊しないと」

「仕方ないさ」

「どうして?」

「作るの面倒」


 俺の前に麻衣が来て、ひざを折りかがみこんできた。

 しばらく俺を無言で眺めると静かに言った。


「……あのさ。今度、料理作りにきていい?」

「おっ、おおーっ。いいのか?」

「じゃあ、決まりね」

「麻衣偉い、恋人のかがみ」


 立ち上がった麻衣は台所に戻り、戸棚から調味料の袋を見つけ流し台を調べてフライパンを出してきた。


「へへっ、それじゃ手始めに今日は特製チャーハン作っちゃうよ」

「おおっ、おだてに乗ってくれるとはありがたい」

「なんか言ったかしら」

「あっ。いっ、いいえ、何も」

「コショウあるね。全部入れちゃうかな」

「ご、ごめん。普通に作ってくれ……ください」

「よろしい」


 台所で陽気に鼻歌を奏でながら、フライパンから香ばしいチャーハンの匂いが立ち込める。


「できたよ」


 彼女が大皿にチャーハンを盛りつけて持ってきた。


「きたーっ。麻衣様、ありがたやーっ」

「へへへっ、とにかく食べてー」

「それじゃいただきます」


 ニコニコと麻衣が見ているので、ゆっくりと食べて美味しいと言葉を上げる。

 それに気を良くした彼女は、自分の分を取りに台所に戻っていく。

 昨夜から体力を使ったせいか、食欲が止まらず、かっくらうように口に放り込んだ。

 麻衣が自分の皿に盛りつけて戻ってきたときには、食べ終わっていた。


「ええっ、もう食べたの?」

「うむ。余は満足じゃーっ」

「あっ、じゃあお茶入れるね」


 なんと気が利くカノジョだろーっ。

 幸せモノだ。


「ねーっ、そういえばさ」


 麻衣が台所で湯飲み茶碗を出しながら、こちらへ話しかけた。


「ここの紅茶、オレンジティーなのね」

「あっ」

「私、好きなの。まさか忍のキッチンにあるなんて驚き」

「そっ、そうなのか?」

「ええっ……今持ってくからね」


 オレンジティーがあることも知らないんだよな。

 もう一人の俺は何をやっているんだ? 

 とにかく、夕方に安曇野と会えば少しは状況が進展するような気がした。






 昼食の後は、外に出て公園に行き麻衣と腕を組んでお散歩。

 こんな幸せな気分は初めてだ。


「長く続くといいなぁ」

「えっ、何が?」

「いいや、何でもないよ」

「もう、忍ったら何なのよ?」

「麻衣が隣にいるってことがだよ」

「あっ。は、恥ずかしいな、素で言わないでよ」

「ははっ、そうだな」


 そう言いながら腕を組んでた麻衣は、余計俺にひっついてきた。


「お、おい。二人で、おしくらまんじゅうするのか?」

「失礼ね、私なりの行為を表してるの」

「何の行為だよ?」

「あれっ、聞くわけ?」

「聞きたいね。話してくれ」

「いやよ」


 すると麻衣は、俺の腕から抜け出て一人で前を歩き出した。


「話せよ。減るもんじゃないだろうに」

「いや」


 すぐ彼女の横に並び肩に手を回す。

 会話が無くなり、足が止まる。

 周りの人など気にも留めず、俺は麻衣を両手で抱きしめる。

 彼女の温もりは体の心まで暖めてくれる。

 本当にこんな幸せが長く続くように……俺は彼女を抱きながら願った。

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