第18話 遊園地

十一月一日 土曜日 

   

 んっ? 

 朝か。

 今日はどこだ? 

 何が起きてる? 

 跳ね起きた。

 ベッドだ!! 

 移動していない? 

 昨日寝た状態のまま起きれた!? 

 これって無夢病から開放された? 

 やったーっ!! 

 最高の朝だ。

 うん。

 顔洗って、飯食って、八時半に家出て、九時には麻衣と柳都バスセンター前で待ち合……。

 八時……三十分? 

 八時三十分になっているじゃないか。ウソだろ? 

 寝坊? 


「うっ…………」


 あああっ!! 

 時間に遅れる! 

 最悪の朝だ。

 顔洗って着替えて三分で出れば何とか。







 柳都バスセンター前。

 九時十分。

 遅刻だ。

 麻衣が、怒って仁王立ちで待っていた……ってことはなかった。

 バスセンタービルの壁に寄りかかって、寂しくうつむいて携帯電話の液晶画面を見ていた。

 ただ、まぶしくなるような着こなしで立っていた。

 ストライプのブラウスに明るいジーンズのデニムシャツ。

 薄いピンクにチェック柄の入ったミニスカートは、気合の入った装いで気後れしそうになってきた。


「あっ、遅ーい。もうすぐバス出ちゃうよ」

「ごめん。はあっ……はあっ」

「もしかして……あれから記憶がなくなった?」

「はあっ……ああっ、その……ちょっと」

「そうっ」


 麻衣は少し寂しく吐息する。


「でも、いい方向に向かってるようでもある、だから大丈夫。それはいいとして……今日は」


 俺が言いかけると、麻衣はわかったように笑顔を向ける。


「そうね。二人だけだよ」

「だな。行こうか。あっ、これ。昨日借りてたバッグ」


 歩き出しながら、持ってきたバッグを麻衣に返す。


「何かわかった?」

「ごめん、駄目だった」


 受け取ったバッグを彼女は開け、持ってた小型の入れ物を詰める。

 手にした問題のバッグは何となく麻衣に合ってる風にも感じた。

 いやいや、松野からのプレゼントなど、絶対認めない。






 バスを降りて遊園地に入って、正真正銘のデート開始である。

 悪夢から開放されたようだし、今日は麻衣と遊ぶぞ!!


「でも……あれっ?」


 初めての場所なんだけど、どこかで……。


「どうしたの?」

「前に見たような懐かしい感じがして……きたことあったっけ?」

「私も小さいときに両親とお姉ちゃんで来たことあるけど」

「家族か……」

「忍も小さいときに来たの?」

「うーん、ないと思うんだけど」


 小学校のとき、ある少女とその父とで東京デーズランドには行ったことがあったけど……。


「じゃあ、あれよ、あれ。えっと、デジャヴュよ」

「ああっ、そうか」


 デジャヴュ? 

 何でだろ?


「じゃ、入っちゃおうよ」

「おっ、おう」







 入り口に人が並んでいたが、中に入るとお客が大勢歩き回っている。

 アトラクションに並ぶ行列ができている場所もあり、出遅れ感を味わいだした。


「けっこう人いるね」

「まったくだ。人気モノは並んでるなーっ」

「ねーっ、どこにする? 何乗る? ねっ、ねっ?」


 麻衣は俺の腕を取って、引っ張りるように前に進む。

 何のアトラクションにしよう? 

 目についたのはジェットコースター。


「やっぱりジェットコースターに乗らないと」

「いきなり絶叫マシン?」

「絶叫系は混むから早めに乗らないと」

「……って言ってるところで、先に見えるは行列」

「あーっ、あそこの看板、一時間待ちって書いてある。……やっぱりジェットコースターの並びだね」

「冗談だろ?」

「私に言われても」

「混雑は予想してたけど、これほどとは……はあっ」

「他のにしようよ」

「そうだな」






 麻衣が俺から離れて先へ先へ行き、回転と自転している乗り物のコーヒーカップを指差す。


「コーヒーカップどうかしら? 人少ないし、すぐ乗れそうよ」

「定番メニューだが、子供テイストじゃないか?」

「そうでもないよ、カップルも乗っているし、ペアの老夫婦も」

「孫にせがまれたんだろ。隣のコーヒーカップに乗っている子供たちに注意がいってるよ」

「いいから、次の回の乗ろうよ」

「ああっ」


 渋々、迎え合って乗るが……俺たちの回は客が少ないまま動き出した。

 なぜだ? 

 空いてるカップが多いと、乗ってることすら恥ずかしくなってくる。


「相手ができたら、一緒に乗りたかったのよ」

「相手って?」

「バ、バカ……カレシよ」

「あっ、そっか。そうだよな」


 いかん、乗りたくない気分で上の空になってる。

 楽しまないと。


「コーヒーカップって、小さい頃思ってたの。これはコーヒーのカップだから、コーヒー好きのカップルしか乗れない物だって思ってた」

「わざとボケてるだろう?」

「なんでーっ。本当よ。小さいときだけど。でも、でも、ついに乗れて嬉しい」

「俺はちょい周りが気になる」

「あによ、不満なの?」

「い、いいや、俺も嬉しいかな」

「ふん」


 真ん中にあるハンドルを強気で回す麻衣。

 カップが早く回転しだすと、遠心力がついてきた。

 俺は体のバランスを取るため、後ろに張り付くことになる。


「おい、それは止めろ。気分が悪くなるから」

「あれ、この手の忍は駄目? ふふふっ」

「何だよ、そのいやらしい笑いは」

「うりうり」


 小悪魔的な顔になる麻衣が、ハンドルを回し続ける。


「わっ」

「うりうりうり」

「よ、よせって」

「はははっ」とハンドルを抱えて笑う小悪魔。

「うっ……気分が悪」

「あれこれいろいろと言ってたと思ったら、回転物が苦手だったのね」

「べっ、別に苦手じゃないぞ」

「へー、そうなの? じゃあ、もっと。うりうりうり」


 またハンドルに勢いをつけて回しだす。


「やめろって……おい」

「ははははっ」


 全体に動きゆっくりになり回転が止むと、俺はコーヒーカップから逃げるように無言で外に出る。


「目がおかしい、回りすぎだよ」


 振り返ると麻衣に異変。


「うっ」


 口とお腹を押さえて千鳥足になっていた。


「駄目、私やりすぎた……具合が悪。肩貸して……めまいが」


 通路に出てから、彼女の顔は見る見る青くなっていく。

 俺がふらついていると思っていたら、麻衣はその上を行ってふらふら状態になっていた。


「どうしちゃったのかしら……う、ううっ」

「そりゃあ、なあ。俺はあまりのベタな展開で頭抱えそうだ」

「な、何よそれ、うぐっ」


 ひざを折ってしゃがみこみ、口を押さえる彼女。


「お、おい。吐くのか? 吐くのか?」

「吐かないわ、うぷっ」

「ま、まて、洗面器どこだ。じゃなくて、お手洗い」

「大丈夫だって、言ってるで……うっ」

 

 立ち上がりながら、えずくような行動を取る。


「ま、麻衣?」

「ごめん。限界。ちょっと座って……横にならせて」


 近くにあったベンチにお腹を押さえて横になる麻衣に、俺はひざを折って手を団扇代わりに顔に風を送ってやる。






 十分ほどで、麻衣はゆるりと動き出した。

 軽快とは言わないが、


「楽しむの」


 と言って水面を急降下する、アドベンチャーの丸太ボートに乗りこんだ。

 水しぶきを浴びると、はしゃぎだして完全復活する。

 そのあとは二人で相談しながら、いくつかのアトラクションを試したあと、ある建物に足が止まった。


「これはどうだ?」

「えーっ、入るの?」


 いまいち乗り気がない彼女に、追い討ちをかけるように中から騒がしい音が聞こえてきた。

 低い重低音で薄ら寒さを覚える音。


「きゃーっ」


 建物内部から女性の悲鳴が聞こえた。


「中から、すごい音が聞こえるよ……はははっ」


 お化け屋敷に、少し腰が引ける彼女。


「その手のクラブ入ってるから、好きかと思ったけど?」

「あれと、これとは別なの」

「そうか? せっかくなんだし、入ろうぜ」

「そ、そうなんだけど、怖いョ」

「二人で入れば怖くない」

「なんかの標語みたい」

「いいから、入った。入った」


 渋る麻衣の背中に手を回し、抱えるように一緒に入館する。

 今日の俺の外せないアトラクションの一つだから、少し彼女に無理をしてしまった。

 お化け屋敷の建物の設定は、戦国時代に処刑が行われてた土地の上に建っていた学校。

 呪われて廃校になったという、その内部を夜設定で探検するシチュエーション。


「通路が狭くて真っ暗。もう廊下じゃねえよ」

「何か出てきそうで気が抜けないわョ」


 麻衣は俺の上着のジャケットを後ろから握ってひっつくように歩き出した。

 それじゃ期待していた恋人定番の腕組み、寄り添いができないぞ。

 空気読めって、まったく泣けてくる。


「な、なんか気配がするよ。わっ。わわわわっ。な、なんか、飛んで行ったよ」

「あんっ。わわっ、足元がゴワゴワしてる」

「うあーっ。誰かが背中触ったよ。背中!」

「いやっ。やだーっ、下から熱風が、わわっ」

『クケケケケケヘヘヘヘ』

「ひっ。後で誰か笑たよ。キッ、キモーい」


 背中越しに酷く騒ぐ麻衣。


「わかった、わかったから落ち着こうな」


 暗がりにも慣れてきて、行き止まりに気づく。

 隣のぼろい引き戸を開けなきゃ進めないようなので、手を触れると勢いよく引き戸が開いた。


「ひやっ」


 麻衣がうしろに一歩下がる。

 だが、そのまま何も起らない。

 その教室は音楽室らしく机や椅子はないが、壁にクラッシックの作曲家たちの絵が額縁にかかっていた。

 奥に古びたピアノが置いてあり、突上棒つきあげぼうで大屋根の反響板が開いて上から破れた白い生地が垂れ下がっている。

 教室の前の入り口から入ったから、後ろが出口になっているようだ。

 ここの教室を通って行けってことか。

 中に踏み入るとまた勝手に引き戸が閉じた。


「きゃっ。……イ、イベントとか始まるの?」

「かも知れない」


 ピアノが鳴り出した。

 いやっ、その奥に大きなスピーカーが見えるから、そこからだ。


「きゃーっ」

「楽器?」

『グオオオッ』

「ええっ? やだよーっ。何この音」


 耳を塞ぎたくなるような、激しい音にかわる。

 重低音PAでも設置しているようだ。


「外にいたときに聞いたのはここの音か?」

「きゃっ、きゃっ、きゃーっ」


 耳に引っかくような、原始的な恐怖を呼び覚ますような音響効果だ。


「不気味な」

「ううっ、怖いョ」


 何が起きても後ろに隠れ続ける麻衣。


「前見てる?」

「み、見てるーっ」


 重低音からに逃げるように後ろの引き戸から出る。

 そのまま通路の奥へ進む。壁にまた阻まれて教室に入ると理科室だった。

 ここは凄惨な処刑が行われた部屋と入り口に書かれていたところだ。

 教室中央に移動すると足場が悪くなる。


「なんか足元が、ヌルヌルしている……いや」


 二人でバランスを取るため向かい合う。

 隅から何かが滴る音。


「この部屋の出口はどこ?」

「暗くなってて見えないぞ」


 突然、赤いライトが上から降り注ぐ。

 床や壁一面にコールタールのような真っ赤な血が現れる。


「きゃーっ」


 赤いライトのせいで、お互い真っ赤な人物に変身。

 俺を見て彼女は、


「ぎゃーっ」


 と再び絶叫して腕を押し出す。


「わっ、わっ、麻衣、そんな押すなって」

「だっ、だって。周りみんな血が、血がリアルよ。足元も真っ赤で、いやっ、いやっ、いやーっ」


 今度は俺に抱きつき固まってしまった。

 麻衣を引きずりながら、赤い部屋から出口を見つけ抜け出る。

 麻衣は血というか、赤色がNGだったらしい。

 出口らしい光が漏れてくる通路の手前にきても、しがみついたまま離れようとしない涙目の麻衣。

 これ、これ、このイベントが欲しかったのだ。


「麻衣? もう出口だよ。大丈夫?」

「ぐすっ。えっ。う、うん」

「一人で歩ける?」

「も、もうちょっとこのままでいて」


 最後にお約束をしてもらった。

 彼女には悪いが、今日一番の感謝。






 お化け屋敷を出て、前に歩いた場所へ出ると人混みの多かったジェットコースターの入り口付近の流れが良くなっていた。


「あっ、一時間待ちの看板取れてるぞ」

「人減ってるね」

「乗るか?」

「うっ。……ち、違うのにしない?」

「えっ? 絶叫マシン苦手なのか?」

「少し疲れて、今は激しいのって遠慮したいかな……えっへへへ」

「もう疲れた? ひどいのか?」

「ひどくはないけど、ちょっと。ちょっとだけよ。大丈夫」

「そうか、じゃあ大丈夫なんだな? 疲れも飛んじゃうかもしれないし」

「えっ、ええ?」


 俺は麻衣の手を握って、引っ張るように中に入った。


「もーっ、幽霊屋敷といい強引なんだから」


 先に麻衣を座席に乗車させ、俺も隣に座って動くのを待つ。

 自分を優先しちまって、また無理強いしたかな。

 少し心配になって彼女の顔をのぞく。


「ん、何?」


 引きつった笑顔で俺を見返した。

 これは大丈夫か?


「忍って意外と少年なんだね」

「なんだよそれ」

「別に」


 列車の引っ張られる音で、動き出したのを見つめる。

 乗るのは初めてで少し緊張。

 彼女はというと、やはり緊張ぎみで下を向いて黙っている。

 連結した列車はゆっくりチェーンで引っ張り上げられて、急降下。

 突風が顔に直撃しながら、眼下の地面まで列車は距離を狭めて落ちていく。


「きゃーっ」


 他の乗客がいっせいに絶叫する。

 麻衣は伏せたまま。

 俺も。

 地面近くでレールが急カーブ。

 周りの客がいっせいに絶叫。

 今度は麻衣も声を上げる。


「きゃっ、きゃっ」


 麻衣は伏せたまま叫びだしたが、俺は伏せたまま前の取っ手を握り締めて……無言。

 列車が活きよいよく一回転したあと、上り坂を惰性で駆け上がる。

 三分後。発射した場所を後ろから戻ってきて列車は停止、ざわめく乗客と一緒にゆっくり降りる。


「忍? ねえ、忍ったら」

「は、はいっ?」

「ど、動揺してる?」


 歩きながら彼女は小さい声で聞いてきた。


「うっ……うんにゃ」


 ジェットコースターを出て通路に入ると、麻衣は俺の腕に手を絡めてきて顔をのぞき込みながら聞いてきた。


「動揺してるでしょ」

「し、してないぞ」

「うーっ、と低く唸って冷や汗。それにまだ顔青いよ」

「そこまで読み取ってたら、聞くな」

「くすっ、当たりだ」


 彼女にフラメモされた気分。

 何しろ乗っているときは、放り出されるような感覚にさいなまれて怖気ついた。

 俺には合わないと。


「麻衣はどうなんだよ」

「うん……スゴク怖かった」

「麻衣も顔青いじゃないか」

「そっ、そう?」

「俺たち向いてなかったかな?」

「う、うん。そうかも」


 スリル楽しめると思ったのに……ショボーンです。







「そろそろ昼にしないか?」

「うん。お腹すいたね」


レストランは混雑しているので、外の売店でバーガーセットを買い、テラスのテーブルで食べる。


「今日はぽかぽか陽気でいいね」

「てりやきバーガーも普段の三倍は美味い」

「うん、美味しいね」


 向かいの広い芝生で家族連れやカップルが、食事を楽しんでいる。


「いっぱいいる」

「うん、あのカップルの男、ずうずうしく彼女の膝枕で寝そべってやがる」

「うふっ、うらやましい?」

「そりゃあな」

「私たちだってやれるよ。今度する?」

「おっ……おう」

「へへっ。何、顔あが、赤いよ」

「う、うるさい。お前も焦って言葉噛んでっぞ。さーて、次は何に乗るかな?」

「話題変えたー」

「いいの。楽しまなきゃ。で、目に入ってくるあのでかい乗り物はどうかな」

「……観覧車? えっ……あ、あれ随分高くない?」

「そうだけど、観覧車だからな。もしかして怖い? とか」

「べっ、別に。ジェットコースターだって乗ったじゃない」

「そうだな。じゃあ乗るか?」

「えっ? も、も、もちろん、いいわよ」

「よし、じゃあ次は観覧車だ」






 麻衣は挑むように観覧車に乗り込む。

 降りてきたゴンドラのドアを従業員に開けてもらい、二人で早々に入り左右にわかれて座る。

 ゴンドラが上がり出すと横の窓を見るのを止めて、真正面に顔を向けると彼女と目が合う。


「どう? ゆったり景色を眺めるのも悪くないだろ?」

「青空なんかは好きだよ、この澄み切った感じ。でも、真下が見えるのって」

「あれは何だろ?」

「えっ?」


 窓の外を見る麻衣。


「ほら真下のところ」

「べべべ、べつに。な、なんだろうね」


 窓からすぐ顔をそらす。

 ははあーっ。

 これはもしや?


「ふーん」


 俺は麻衣をじっくり見つめる。


「あ、あによーっ」


 体を使って足に力を入れてみると、ゴンドラが少し揺れだした。


「おっとと」

「えっ? えっ? ゆれてる。ゆれてる。うわ、うわわっ」


 麻衣は驚いて揺れてる中、俺の隣席にすぐ移動してきた。


「動くと揺れるから気をつけろ」

「あに言ってんの。ばか忍」


 言われたので、また足に力を入れると前後に揺れだす。


「おおっ、今日は風が強いな」

「や、やめてーっ。な、なな、中で動くのの禁止、厳禁、ああああっ、動かないで、駄目、駄目だってば」


 おっとと、わめきながら積極的にしがみついてくるなんて……カレシならではの役得。

 高いところが苦手っていう麻衣の弱点発見。

 だからジェットコースターのときも尻込みしてたのか。

 これはおいしい。

 もうちょっと抱擁を楽しませてもらおうっと。

 そう思ったら麻衣は向かいの席に戻り、目を閉じ顔を沈め固まってしまった。

 腰を上げて近寄ると俺をにらむが、瞳は涙で潤んでいた。

 やばっ。

 ちょっとやり過ぎたか。


「ごめん、もう止めた」

「ゆ、揺らすのはいけないんだよ。監視員に叱られるよ」


 静かに彼女の横に座って、顔を見ながら手を握ると寄り添ってきた。

 軽く抱きしめ、同じ目線で地平線の風景を眺める。


「苦手?」

「へへへっ、何言ってんだか」

「そういえば、下の人がもう豆粒だよ」

「えっ、うわっ、駄目、駄目、駄目」


 窓の外を見ても、すぐ視線を上げる彼女。


「きっ、綺麗な風景ね」

「遠くはいいんだな」

「あによ。真下を見るのが嫌なだけよ」


 ゴンドラが真上に来くにつれて視界が開け、かなりの高さを感じるようになる。

 麻衣は目を閉じぎみにしているので、学園祭のお返しを思いついた。

 そう、帰り道でいいように遊ばれたからな。


「そんなに目をつぶってるなら、濃厚なチュウをお見舞いするぞ」

「へっ? あっ、きゃっ、やだ……んなところで駄目よ。見られちゃう」

「ゴンドラの上も下も誰も見てないって、見てみぃ」


 目を見開くが、外が見えるのでまた目を閉じて体を硬くしてしまう。

 よーし、人差し指と中指の2本を横にして彼女の口に……。

 麻衣は体を震わす。

 俺はすぐ指を離すが、彼女は目を閉じたまま。

 でも、絡めた腕に力が入る反応がきた。

 可愛くなり本当のキスをするため顔を寄せる。

 だが、寸前で麻衣が目を開けたので、焦っておでこをぶつける。


「いっ、いったーっ」


 二人同時に声を上げる。

 すぐ彼女はバッグを落としながら、しがみついて動かない。


「……もーっ、指や額を当てて来ないでよ。私で遊ばない」

「あれれ、指はバレてた?」

「わかるよ、んな企み」

「じゃあ、次こそ本番」

「ほ、本番? やだーっ」


 俺は彼女を抱き直して、口づけをする。

 昨日のキスより濃い口づけを長く交わす。


「はふっ……んっ……ふむっ……んっ、んっ……ふあっ」


 合わさった唇をゆっくりと外すと、麻衣は放心したように俺の肩に顔を埋める。


「ふっ……んんっ」


 ゴンドラも下り始めた頃、落ちてる例のバッグを拾って席に着く。

 そうだ。

 バイトしてクリスマスにバッグをプレゼントしよう。

 でも、高いんだよな。

 麻衣は高度が下がると、リラックスして外を見れるようになっていた。


「んっ? あれは」

「えっ。どうしたの?」


 俺と同じように、麻衣も窓の外の遠景に目をやる。


「あの家に似てる」

「あっ、見えた。そっくりよ。忍がノートに描いていた、スケッチの洋館」

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