第17話 バッグ
十月三十一日 金曜日
恐怖の朝がやってきた。
息苦しさと、めまいと雑音の騒がしさで、自分を取り戻す。
何度も鳴るチャイムの音で、はっきり目が覚めた。
俺は部屋の異様な状態に絶句する。
廊下から夢香さんの声。
目覚めて立ち上がった俺の目に入ってきたのは、ベランダの窓の前にベッドが横倒しになって置かれていて、机や本棚がベッドに押し倒されていた。
当然、その上や中身に入ってたものは部屋中に散らばっている。
「どうしたの? 凄い音がしたわよ。いるんでしょ? 開けなさい」
やべえ。
夢香さんには迷惑かけられない。
混乱した頭で、慌てて玄関に行きドアを開けると、陽上高校の制服の夢香さんが立っていた。
「何? どうしちゃったの?」
「あーっ、ははははっ。ちょっと、模様替え。ははっ」
「えーっ?」
驚いてる夢香さんを無理にごまかしてみようと即決する。
「大丈夫ですよ。気分転換で、ホラッ、あの、恋愛成就の、その、方位学だ! 運勢の方角に家裁道具を移動させていたんです」
「本当?」
「はい。はははっ、お騒がせしました」
「そおーっ? ならいいんだけど……。恋愛成就って、麻衣ちゃんね?」
「あっ、はははっ、はい」
「わかったわ。忍君も気苦労がまだまだ続いているんだね、ふふっ。でもお父さんも驚いてたから」
「あっ、本当にすみません。もう終わりましたから」
「うん。恋愛は大変だね。ふふ」
「あれっ、夢香さん、もう大丈夫なんですね?」
「えっへへへ、元気だよ」
「そうです。元気、元気。元気がモットーの夢香さん復活ですね」
「もぅーっ。茶化さないの」
彼女は、疑問を持たずに照れて自宅に戻っていった。
でも、こっちは……。
ベランダの窓に、出れないようにした感じだ。
いや、むしろ進入者を阻止するつもりで物を積み上げた風に見える。
……じゃあ、何かがベランダに来たのか?
いいや、夢に恐怖し、無意識に行動した結果がこれなんだ。
何か心臓が痛い……。
体にも影響してきている。
思い出さなければ。
何を見たのか、何にそんなに脅えているのか。
手がかりは、ことの始まりだった麻衣のバッグ。
そして、あのノートに描かれてた洋館。
おっと。
部屋を片付けるには遅刻してしまうが、このままでは何もできない。
うるさくもできないので、静かにゆっくり物を移動させて残りは帰ってからにしよう。
部屋の整理でバスに遅れ、結局遅刻してしまった。
学校の一時間目が終わると、手がかりを求めて麻衣の座ってる席に移動する。
「麻衣、ちょっといいか?」
「また遅刻。ここのところ多いね。あれのせい?」
「ああっ、そんなとこ」
机の物入れに教科書を収めながら、困ったような微笑をする麻衣。
「あの、やっぱり病院に行った方がいいんじゃ?」
「うん、それはもう少し見てから。……それでバッグ。プレゼントされたあのバッグ。見てみたいんだけど」
「バッグ見るの? 何で?」
「そのっ、調べたいことがあって……。前に言ってたよな、あのバッグ何か違和感あるって」
「うん、言ったけど、忍も気になるの?」
「ああっ、もしかすると俺の記憶をなくす原因がわかるかも知れない……もしかしてだけど」
「そうなんだ? いいよ、何だかわからないけど。家に見にくる?」
「じゃあ、今日、帰り寄っていいかな?」
「うん」
俺たちの会話に椎名と雅治が入ってくる。
「行きなり親密ね、どうしたのかな?」
「何があったんだ? 白状しろ」
「な、何にもねーよ」
「そんなはずはねえ、このホームズの目は節穴じゃねぇ」
「他のキャラが入ってるよ、雅治君」
「そんなこと構わねえから、さっさと二人とも自白しろ」
「ちょっと話せただけだから」
俺は頭をかいて言うと、麻衣も両手を頬に当てて小さく言った。
「うん、その……ちょっとね」
それを見た椎名と雅治は顔を見合わせて苦笑いする。
「ちょっとか? 二人して照れてるよ。昨日からのこの変わりよう」
「やっと元に戻ったみたいね」
「ははははっ、お騒がせしました」
麻衣が満面の笑顔で応じる。
「これで安心だわ」
「まったくだ、雨の日に忍に泣きつかれたときは、こっちまで落ち込みかけた」
雅治が、俺を真似たジェスチャーを交えて語った。
「待て待て、泣きついてないぞ。誤解を生む発言はするな」
「そうそう、ケータイに出ないって、青い顔して途方に暮れてたわね」
「ふーん」
麻衣が面白いことを聞きつけたと低い喜びの声を発したが、始業ペルが鳴り嫌な汗をかかなくてすんだ。
昼休み麻衣から廊下に呼ばれ話を聞く。
「昨日の記憶が飛んだ話だけど、あの二人に意見聞いてみない? 何か新しいことわかるかも」
「雅治たちにか? んんっ、どうかな。心配されるようで」
「記憶が飛んだことに気づかれないように話すから」
「情報収集ってことならいいけど」
「いろいろ聞いて、駄目なら二人を見方に引き込もうよ」
「うん……いや、心配してくれるのは嬉しいんだが、まだ周りに話す段階じゃないと思っている。もう少し俺自身で現状を知っておきたいんだ。ただ麻衣には誤解されたくなかったし知ってほしかったから話したけど」
「う、うん。そうね。わかった」
教室に戻り俺と麻衣は、椎名が机で予習をしているところへ行く。
当然雅治も一人で携帯電話でweb小説を読んでいたが、止めて俺たちに加わる。
「ねえ、ねえ。私、今日は時間が早く感じるけど、椎名はどう? 時間が早くなるとか、感じなくなることってある?」
「どうしたの? 嬉しいことがあったの……あったのね。はいはい」
椎名に質問を外され、軽い返しにちょっと後退る麻衣。
だが、雅治が食いつき当然のように言った。
「俺は授業中ボーとしてれば、時間は感じないぞ」
「えっと、そうじゃなくって」
「考えごとしていると、時間が止まったように感じることはあるわね。うふふっ、それで広瀬は?」
何か下卑た笑顔を向ける椎名は、見透かされる気分になって少し怖い。
「ああっ、うん。俺も同じかな」
「じゃあ、時間が飛んでしまうようなことは?」
麻衣が少し角度を変えて質問した。
「麻衣、そんなことあったの?」
「えっ、へへへへっ」
「そうーっ、なるほど。お酒飲んだのね?」
椎名の妙な切り返しに、俺もつい乗ってしまう。
「いかんなーっ麻衣。未成年は駄目なんだぞ」
「お前が言うか!」
麻衣からひじ打ちを食らう。
「ヤクをすると時間が飛ぶって話もあるな、クラクラして気がつくと場所を移動して数時間経過してたと」
雅治が思い出しながら語る。
「ヤクって何よ?」
麻衣が腕を組みながら嫌そうに聞いた。
「昔そんなのが路上で売られてたよな……マジックマッシュなんとかで」
うる覚えの雅治に、椎名が付け足すように言う。
「観賞用として売っていた幻覚きのこの話はずいぶん前に違法になってるわよ。要するに脳が麻痺して意識が寝てしまったってことね。気をつけなよ麻衣」
「えへへへへっ」
「少し前の出来事を覚えられなくなる人の話、聞いたことある」
思い出そうと頭に手をやる雅治。
「んっ。それは、会話を絶えずメモしておくことで、生活するってのだろ? そんな不便なことないよな」
「それを題材にしたサスペンス映画なかったかしら」
「あーっあれ、『セメント』だろ」
雅治が思い出して手を叩く。
「違うだろ『コメント』だろ?」
「そんな映画あったの?」
「麻衣、馬鹿はほっといていいよ」
椎名が額に手を置いて、冷めた目を俺と雅治に向けた。
「あれれ、違った? 何だよ?」
「『メメント』でしょ」
「おおー、それだ」
俺とと雅治と一緒にハモってしまった。
「やっぱり馬鹿はほっとくべきだったわ」
「ひでーな。雅治と一緒にするなよ」
「友人を蹴落とす気か?」
俺は廊下に出て、ロッカーから午後の授業の参考書を取り出していると、麻衣がやってきた。
「ごめん、あまり収穫なかったね」
「瞳がいいこと言ってた。意識が寝てしまうってやつ。ちょっと思い当たるふしはあるんだ」
「そう。でも、ヤクとかしてないでしょうね?」
「マジで聞いてるのか?」
「えへへへっ」
「するか」
「よかった。じゃあ、放課後ね♪」
彼女はスカートをなびかせて、スキップするように教室に戻っていった。
***
放課後になると、麻衣を誘って一緒に下校。
校門を出て向かいの公園を見たとき、昨日の告白を思い出して顔が火照ってきたので急ぎ足であとにする。
いつも別れる停留所から、つり革に手をかけて明日の遊園地の待ち合わせ場所の話をした。
彼女の借家に着き、玄関に入ると少し緊張する。
「いいかな?」
「何で? 入っていいよ。ああっ、まだ誰も帰ってないから」
それを聞いて安堵する。
「そうか、おじゃまします」
じゃあ、今はこの家で彼女と二人。
靴を脱いで廊下に上がると、階段の途中で待っていた麻衣のふっくらした胸に目が行く。
いかんいかん、今日は目的があって来てるんだ。
そんなよこしまな。
そのまま彼女について二階に上り部屋に通される。
「えっと。飲み物持って来るけど、紅茶でいい?」
「ああっ」
俺は中央に進み、好奇心のまなざしで部屋を眺める。
フラメモで麻衣の記憶から、本を探してたり、着替えてたりしてた場所として認識しているが、ここに来たのは初めてだ。
でも中学のとき、引越す前の彼女の部屋には入ったことがある。
足を痛めた彼女を自転車に乗せて送ったときに一度、そのときと比べて物が増えてる感じはした。
「んっ」
机の上に置かれてある問題のバッグを見つける。
これだ!
諸悪の根源。
……たぶん。
そのバッグを持ち上げたとき、何かを引っかけて足元に落とした。
んっ?
何かな?
床をのぞくと携帯ストラップが転がっていた。
あれっ?
一部破損して壊れてる。
今落としただけでこんな破損はないだろう。
俺じゃないと思うのだが、少し焦る。
だが良く見ると、記憶にある携帯ストラップだと気づく。
これって中学のとき、少し流行ってた着信で光って回るキャラクターグッズだ。
昔、麻衣の誕生日プレゼントに俺が用意してたのと同じだな?
そっか、彼女持ってたのか。
俺のあれはどこにやっちまったんだろう?
事故があって、そのときなくしたと思ったが……。
なんだ。
結局渡さなくて正解だったんだな。
その携帯ストラップを戻して、バッグを持って中央のローテーブルに移動すると階段を上がってくる音のあと、麻衣がお盆を持って現れた。
「はい、紅茶とお菓子。召し上がれ」
「おーっ。ありがとう」
麻衣はトレイから紅茶のカップをローテーブルに置くと、俺の向かいに座りセピア色のバッグを眺める。
「どう? バッグ」
「見た目は、ごく普通のハンドバッグなんだよな」
中を開けたりして見渡してから、麻衣に渡し一緒に見渡す。
「型押しで、ちょっと使い込んでる風……革製はスエードかしら」
「うん、ロゴマークないしブランド物でもない」
「いつ頃の物か、表記は?」
「MADE IN ITALYのローマ字表記だけ」
「イタリア製。……たぶん二年くらい前のだと思う」
「えっ、知ってる?」
「う、うん。お姉ちゃんが似たバッグ使ってたの見た覚えがあるから」
「お姉ちゃんが? そっか」
麻衣の姉さんは、いきさつは知らないが自殺らしい。
何度か面識はあったので驚きだった。
そういえばショートカットで、今の麻衣に似てたのを思い出す。
「ちょっと前だな、流行ってた?」
「そうね。それなりにかしら」
「うーん」
「ねえ、このバッグ、やっぱり何か変?」
麻衣が言っていた違和感?
「ああっ。なんか、あるよな」
「それって、何て言えばいいのかな。ええっと、新品じゃないっていうか、前に誰かが使っていた感じするの。その感じが何かわかんないんだけど、何かしっくりこないの。使ってた人の漠然としたイメージとしか言えないけど。買ってきた古着や古本、中古CDなんかで、たまにある感じなんだけど。えっと、わかるかな? 神経質な思い込みとかって否定するのは、パスだからね」
「わかる。否定なんてしないよ」
彼女も感じているのか?
ちょっと待てよ。
麻衣がバッグに違和感覚えるのは、フラメモを感じてる?
麻衣も潜在的な能力持っているんだ。
「しっくりこないって、合ってないんじゃないか? そのバッグと」
「うん。やっぱり、そうなのかな。でも、しっくり来ないんだけど嫌いじゃないのよね」
「もともと、あの先輩からのだろ?」
「そうね。これ使ってるところ見られて誤解されたら大変だわ。まだ使えるけど押入れに閉まっておくよ」
「うむ、異議なし。賛成する」
そのバッグをのぞいて見てると、ローテーブル向かいに白いものがチラチラ。
えっ?
麻衣のスカートと太ももの間から、
白いものがくっきり見えて……。
ワザと見せてないだろうな?
うっ、変な気分になってくるじゃないか。
まずい、まずい。
今はバッグだ。
「麻衣。……そ、その、気になるので、このバッグ借りていいか? 明日会ったときに返すから」
「明日? 遊園地で」
「ああっ、でも荷物になるか」
「ううん別にいいよ。そのまま使うから。……でも、忍からのバッグも欲しいかな」
「何? 俺にプレゼントの主張だと?」
松野が余計なプレゼントよこすから、まったく。
「うふっ。たとえば、エルメスとか、プラダとか、グッチとか」
「却下。あんなバカ高いバッグ。この贅沢女」
「何でよ。私に似合うでしょ?」
「ブランド物など、無個性の代表だ、麻衣に合わない」
「うわーっ、どうして? いい女のできる女の必要なアイテムよ」
「と、とにかく俺に高級品を要求するな」
「うっ、うん、ちょっと言ってみただけ」
「でも、買い物ならつきあうぞ」
「ほんとー? ほんと? ほんと? じゃあ、約束!」
麻衣は、俺の横に両手両ひざを絨毯につけて近寄り小指を立てる。
「なんだ、ファックユー?」
「それって中指でしょ? ブァーカ」
「なんだよ、ワザと言ったんだ。このボケ殺し」
「漫才してるわけじゃないんだから、指切り早く」
「お、おおっ」
俺もおずおず小指を差し出し、彼女の指と絡む。
「指切りげんまん、指切った」
「子供みたいだな」
「駄目よ。そんなこと言って逃げようったって、もう約束したんだから」
「わかってるって」
麻衣の買い物につきあうって……肯定しながら、ちょっと失敗したかもと不安に思ってしまう。
「あっ……」
指切りで体が接近したため、ちょっと意識して緊張。
麻衣も自ら接近していたことに気づいたらしい。
言葉が出ないまま麻衣と目が合う。
「こ、心のマッサージ、覚えてる?」
俺の目を凝視しながら、小声でささやく麻衣。
「もちろん……じゃあ?」
「うんっ」
ゆっくり目を閉じる彼女。
これはチュウの合図?
やっ、やった。
顔をゆっくり麻衣の顔に近づける。
俺の動きを感じたのか、麻衣は少しあごを出す。
ドキドキしながら唇を軽く合わせる。
麻衣の柔らかな唇の感触を感じて顔を離すと、まぶたを開ける彼女と目が合う。
恥ずかしさで、俺は目を背けると顔が火照ってきた。
「……これって、他の子とした?」
「そんなの聞くなよ。恥ずかしい」
「知りたいな」
麻衣はローテーブルを周りこんで、俺の側面に来て顔を見つめてくる。
「ちっ、中学で麻衣としたときからしてねーよ」
「よかった。私と同じで、久しぶりだ」
また、まぶたを閉じる彼女。
俺は麻衣の腕を取り、そっと体を引き寄せてみる。
一瞬肩が動き目を開く彼女だが、手をひざに置き体勢を整え目を閉じた。
ゆっくりもう一度唇を合わせる。
そっと離れて見つめ合う。
またお互いに顔を近づけて、目を閉じ相手の感触を確かめるように唇を合わせた。
小鳥がついばむように、お互いが唇をすり合わせては、見つめ合いまた唇を交わす。
「うん……ふうん……ううん」
何度目かの見つめ合いで、いとしさが募り麻衣の背中に腕をまわし抱きしめる。
「んっ、ううん……はああっ」
彼女の震える吐息に、抱きしめた腕に力が入る。
「うん、い、痛い。しっ、忍」
痛がる麻衣の声に我に返り離れる。
強く抱きしめ過ぎた?
「ご、ごめん」
「うっ、ううん」
真っ赤になった顔を左右に振る麻衣。
俺も顔が火照っている。
手も暖かい。
今まで何も耳に入らなかったのに、窓の外から人の話声が、やけに大きく耳に聞こえてきた。
「……あーっ、あの、紅茶のおかわりするね」
「あっ、ごめん。俺、そろそろ帰るよ」
「えっ? あっ。うっ、うん」
お互い顔の火照りを気にして、顔を合わせないように立ち上がった。
ローテーブルに置いてあるバッグが目について、手に取ってみる。
「これ借りてく」
「うん」
後ろ向きで言ってから階段を下りる。
下を向いたまま自分の鞄を持って靴を履く。
「じゃあ、明日ね」
「明日、バスセンタービル前で」
「遅刻しちゃ駄目だよ」
「ああ」
玄関のドアを開けて振り返ったとき、やっと麻衣の顔が見れた。
麻衣は顔を赤くしながらも笑って見送ってくれた。
外に出るともう暗く街灯がついていて、顔の赤みを気にすることもなく歩道を歩けた。
チュウした!
麻衣と。実感こもったチュウ!
柔らかかったあの唇。抱きしめたときのあの抱擁感。麻衣最高!
彼女への長かった思いの障壁が、ようやく取れた感じがする。
しかしまずい、ニヤニヤが止まらない。
また顔が火照ってきた。
牛丼屋で夕食をすませてから部屋に戻ると、問題のバッグを取り出す。
今の時間は、もうすぐ七時四十分になる。
時計からバッグに目を戻して、もう一度丹念に見てから意識を集中した。
一人のときならフラメモを使っても、時間が飛んでパニックに襲われることはないだろう。
しばらく集中を続ける。
――んっ?
中々能力が発動しない。
おかしいな。
いつもなら、頭を空っぽにできたらすぐ映像が浮かぶのに。
もう一度集中する。
少し頭痛がしたら、いくつか映像が浮かんできた。
その一つに意識を向ける。
広がった映像には、俺が映っていた。
後ろはパーティ会場。
この前のT-トレインのコンパだ。
これは麻衣の記憶イメージだな!
このときのメモリースキップ後のこと、麻衣からまだ確認取ってなかったな。
映像がそこそこで途切れたので、別の映像をのぞこうとしたら、霞がかかってわからなくなる。
あれ、視れない。
おかしいな。
こんなことって……フラメモに陰り?
もう少しやってみよう。
集中を根気よく続けると、少々の頭痛とともにやっと映像が現れだした。
おっ、視えた。
そこは広い空間。
どこだ?
フェンスが回りに、その向こうは青空と入道雲。
前にも視たシーンだ。
これだ……これを視てからおかしくなりだしたんだ。
もっと続きを……。
だがぼやけてわかりづらい。
霧の中に人影……男だ。
誰かに似ている、誰だろ?
オールバックの長髪で……。
――あっ。
会長の草上じゃないか?
んっ?
いなくなった。
草上だったが。
あっ。
映像が消えた。
うまくいかなかった。
でも、少しだけわかったってことか。
草上と屋上にいたバッグの持ち主が、そのとき強力なイメージを残していった?
あるいは、その持ち主自身の記憶に反応して、フラメモが狂いだした?
――どちらもあり得る。
そして、この持ち主はあのグループの一人?
もしかして、会長の後ろにいた女性……安曇野?
彼女なら有力だ。
バッグに反応してたし。
んんっ、彼女のこと知りたいな。
うっ。
また頭痛と耳鳴りがしてきた。
めまいで……真っ白に。
駄目だ……意識が…………。
***
……んんっ。
あっ!
気がつくと、まだ部屋の中。
パソコンのモニター画面の前で優雅に紅茶?
を飲んでいる。五度目の記憶の喪失。
時間は八時二十分……三十分ほどののメモリースキップ。
短時間で良かった。携帯電話にメールの受信音が鳴り手にとって見ると麻衣からだった。
『恥ずかしいー。でも、頼りにしてるよ☆ 明日が楽しみ ⊂(⌒∀⌒)⊃ディフフフ』
わおーっ、頼りにされてるよ、俺。何か唐突だが、うれしいじゃないの。俺も返信メール打ってみる。
『俺も楽しみだ (・∀・)テヘ』
よしっと。
メールを麻衣に送信。
へへへっ、本当に明日が楽しみ。
しかし紅茶って……。
俺飲まないぞ。
コーヒーオンリーなのだが。
ん?
机にメモ帳がいつの間にか開いて……何か書いてある。
"日曜日は外に出るな。注意しろ。"
日曜日?
明後日のことかな?
出るなって、何でだ?
それも二日先のことだぞ。
わからない。
それにこの俺は、パソコンで何をしてたんだ。
モニターをのぞくとネットでサイトを見ていたようだ。
ウェブプラウザーが立ち上がって、大学のホームページが表示状態だ。
そこはサークル“T-トレイン”のページでもあった。
あっ、これって。
この前、麻衣と行ったコンパサークルのサイトじゃんか……何で?
他に何調べてたか、履歴でわかるかもしれない。
マウスを持って調べてみるがわからない。
駄目だ、T-トレインのサイトだけか。
でも何で?
唯一わかることは……俺の知らない、もう一人の俺は何かを探しているってことになる?
ん?
そういえばこの紅茶、匂いが変わって……オレンジティー?
好みにウルサイじゃん。
おまけにこの少女趣味のコップ……どこから持ってきたんだ?
サイフを調べると確認してなかったレシートがあった。
……ティーショップでの買い物で火曜日の日付だ。
んんっ……俺が紅茶一式買ってきてたのか?
もう一人の俺って、まったく別人格の俺?
んんんっ。
それもこれも、みんなあのバッグからだ!!
メモリースキップも短時間になっている、ならもう一度スキャンしてチェックだ!
集中開始。
集中。
集中。
――あれ?
視えない。
まただ。
もう一度。
集中。
集中。
駄目だ。
視えなくなってしまった。
フラメモできなくなってる?
どうして?
バッグでない他の物からはどうだ。
本棚から一冊本を出してフラメモしてみる。
集中。
集中
駄目だ。
視えない。
俺自身の持ち物からでも、時間をかければそれなりに視えてたんだが……。
この本は中学のときの愛読書だったせいか、その頃の俺が視た映像が確認できていたのに。
まったく映像が現れなくなった。
何で?
帰ってきたときは調子悪いなりに視えてたけど。
夕方前後に俺なんか、変わったことしたか?
変わったこと……してた。
麻衣とキスしてた!
これって……魂の高揚感?
それでフラメモの力が失せた?
彼女との恋愛が?
まさかね。
逆に何か、温かいエネルギーをもらったような気がしたけど。
他に変わったことはないよな。
そういえば、昨日の夢香さんのときや先ほどのときだって、フラメモの力が弱くなってたじゃないか。
じゃあ、やっぱり彼女との関係?
これは喜ぶべきことなのだと思うが、なくなると普通に戻った感じで。
……寂しいかも。
何かいざとなれば人の心が読めるんだ。
能力を隠していれば人と上手く接していけると……どこか頼ってた俺がいた。
でも、麻衣を恋人にした俺は上出来だよ!!
寝るのが怖くなりかけていたが……少し気持ちにゆとりができると、ベッドでいつしか眠りに落ちていた。
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