第16話 告白

十月三十日 木曜日


 その日の朝は、肌寒さを感じて目が覚めた。

 おっ。

 今日は見なかったようだな。

 悪夢。

 ちょっと、安心……じゃない。

 ここはどこだ? 

 どんよりとした雲が視界に見える。

 毛布片手で、ここは……外。

 周りにフェンスが張り巡らされて、床は昨日の雨で湿ったグレーのコンクリート。

 ここはマンションの屋上た。

 完全に夢遊病を起こしている。

 やっぱり病院行った方がいいのか。

 いいや、原因は俺の能力に関係しているかも知れないんだ。

 うかつに人には話せない。

 動ける内は、自分で解明しないと。

 昨日はフラメモ使わなかったから大丈夫かと思ったが甘かった。

 はっ……今日も朝から気分は憂鬱。おまけに昨日は寝付けなく、ちょっと睡眠不足だな。






 学校で麻衣は、昨日に引き続き俺をシカトするが……。

 一時間目後の休み時間。

 トイレから出て廊下を歩いていると、階段の影で麻衣が誰かと話しているのを見かける。

 相手は松野だ。

 何してるか気になる。


「わ、私、用があるんで」

「待てよ。返事がまだだろ?」

「だから、その……」

「たまには、つきあえよ」


 何? デートの強要? 

 相変わらず上から目線での行動だ。


「つきあうって。私、そんなつもりは」

「つきあってみなよ、変わるって」

「その……前も言いましたとおり」

「わかってるって、その上で頼んでるんだろ? いい加減に素直になれよ」


 さすがにその無理強いは、よくないだろ。

 そう思ったら声をかけていた。


「麻衣ーっ」

「あっ、忍……君」


 ほっ。

 怒ってないようだが、君付けされた。


「松野先輩、こんちは」

「ちっ、こぶつき野郎かよ」


 なんかすごいこと言われたが、気にせずいこう。


「この前はありがとうございました。楽しませてもらいましたよ」

「ふん」


 鼻で笑いながら、俺に鋭い視線を浴びせる。


「麻衣、昨日の事なんだけど、ちょっといいかな」

「えっ?」

「あの話なんだけど、もう少し聞きたいんだ」


 俺は麻衣に教室に行こうと、アイコンタクトとジェスチャーで示した。


「あっ! う、うん、あの話だね。そうね」

「教室で話すよ、行こうか?」


 麻衣を呼び寄せ二人でその場を離れたが、松野が声をかける。


「ああっ、そうそう。後輩が世話になったそうだな」

「何のことですか?」


 俺は意味がわからず振り返る。


「ふん、それはいいとして、コンパでもずいぶんと言ってくれたな」

「はっ?」

「勝手なことをくどくどと言って、周りを困らせてただろ?」


 松野は話しながら、階段の隅に戻るよう腕が示すが、嫌なので廊下の真ん中で聞くことにした。

 麻衣は俺のうしろだ。


「言ってる意味がちょっとわかりません」

「ふん、幽霊話や占いだよ」

「ああっ、少し麻衣の幽霊話を擁護しただけです。占いはリクエストでしたし」

「そうか?目立つようなことされて、こっちはいい迷惑だったがな」

「目立つ?」

「新参物が大口叩いていいわけねえだろう。白けたって、先輩に注意されたんだよ」

「そうでしたか。それは失礼しました。でも松野先輩は、麻衣と同じクラブだし幽霊擁護派じゃないんですか?」

「クラブなんて関係ねえ。くだらねーっ」

「関係ありますよ」

「忍君」


 麻衣が俺の腕に手を寄せて、軽く引っ張ってきた。


「あっ、そうだった行くか麻衣? じゃあ先輩、俺たち教室に戻ります」

「待てよ、麻衣と話してたのは俺なんだよ」


 松野が背を向けた俺の肩をつかんで、無理やり引っ張り寄せたので転びかける。


「ちょっと絞めないと駄目らしいな」


 松野はバランスを失った俺から、ネクタイをつかんで引き上げる。

 そのまま俺は壁に強引に押しつけられた。


「喧嘩はやめよう」


 麻衣が怯えた声で制するが、状況は代わらない。

 松野の伸びた手を俺は抑える。

 抑えた瞬時に頭痛と耳鳴りがしてきた。


「痛てえっ」

「そうしてんだよ」


 俺の独り言に反応する松野。

 フラメモが慣行して、松野の記憶が瞬時に目の前に現れ出てきた。






 最初の映像に意識接触すると、大きな映像になる。

 夜、人のいないガレージ。

 そこに置いてあるバイクに視線が止まる。

 ホンデのスクーター。

 複数の人影が、そのバイクを近くに止めてある軽トラックに載せてる。


 ――盗難現場か? 


 まったく、らしいことしてくれてる。






 次の映像は暗い、夜か? 

 山の中。

 車のライトの光だけ? 

 他にも人がいるがわからない。

 無言で何かを埋めてる。


 ――何だろう? 


 得体の知れない気分にさせる風景だ。







 三つ目の映像は、どこか金持ちの家の応接間? 


 ――あれ、会長の草上? 


 彼の家、部屋かな? 

 そこに松野が行ったのか。


「整理してたら出てきたんだが、まだ新しいが何の品だったろう。いるか?」

『はあっ、バッグですか?』

「あーっ、でも女物は必要ないか」

『痛んでいないからもらい受けときます』


 そういえば、あの麻衣のハンドバッグじゃないか。

 もともと草上のバッグだった?


「なんだ、使い道あるのか?」

『それはもう、へへへっ』







 四つ目の映像が続いて、学園祭で麻衣が歩いてくる。


 ――これは学園祭の麻衣で占ったときの松野バージョンだ。


 麻衣にプレゼントとして差し出している。

 バッグの流れの重要な手がかりだ。

 出どころが草上だったか。だが彼自身の物でもないだろうし、松野が絡んでると聞きづらい。


「おらっ。いつまでも人の腕握り返して呆けてるんじゃねえよ」

「ああっ?」


 体を揺すぶられて、映像のラッシュから起こされる。


「おい。俺が今言ったこと、聞いてたんだろうな?」

「はあっ、何でしょう」

「ちぃっ、怖気づいて耳も聞こえなくなったか、キモいやつだ」

「はっ? 先輩のことですか」

「マジで痛い目見たいらしいな」


 松野の腕が、俺のネクタイをねじ上げてきた。


「松野先輩、俺知っていることがあるんですけど」

「何だと」

「バイク、知ってますよ。ホンデのスクーター、最近手に入れたんですね。でも盗難車」

「うぐっ。し、知らねえな。そんな話」

「ええっと、この前の……コンパのとき、正面にいた先輩から聞いたんですけど」


 松野は俺のネクタイへの力を緩めて手を放した。


「どうですか、思い出しました?」

「せ、先輩だと? 中条さんか」


 頭に手を置いて考える松野は苛立ちながら、独り言を吐き捨てる。


「クソッ。なんで話すんだよ」

「もう知っちゃいましたから」


 緊張が緩むと、麻衣の後ろに何人も見物人生徒が増えていたのを自覚する。


「野次馬が集まってきましたね」

「チッ。わかってるだろうが、誰にも言うなよな。いいな!」


 俺の耳元で話してから、集まってきた生徒を散らすように出ていった。

 ハッタリの先輩ネタが効いたようだけど、ちょっとブルった。

 片方がいなくなって生徒も散っていく中、麻衣がこっちを向いていた。

 何か昨日と比べて、彼女の顔の表情柔らかくなっている。

 ……と頭痛がまた始まるが、これはやばい方の頭痛だ。


「いっ、てててっ」

「どうしたの?」


 耳鳴りとめまいも始まり、たまらん。

 意識がうすれる。周りが白くなる。

 ……うっ。






 あっ。

 しまった、意識がなくなっていたが、麻衣は? 

 いや、ここは? 

 手にしていた物を取り落としたので、足元を見ると鞄だった。

 今まで鞄を下げていたようだ。

 周りを見ると、広い校庭に校舎が見えて風が体に当る。

 振り返ると学校の校門で、いく人かの生徒が鞄を持って校門を出て行く。

 腕時計を見ると三時半を回っていた。

 授業が終わって下校の状況になっている。

 俺はフラメモで麻衣の前から、また記憶が飛んだんだな。

 四度目の記憶障害。

 失くしてる時間も一貫性がない。

 わからない。


「忍君」

「わわっ」


 突然背後から呼ばれて飛び上がる。

 振り返ると、鞄を抱えて驚いた麻衣がいた。

 校舎からやってきたようだ。


「ま、麻衣か?」

「どうかしたの?」

「いやっ、なんでもないけど、どうしてここに?」

「どうしてって、話あるんでしょ?」

「俺が? 約束……してたのか?」


 もう一人の俺が何か言ってたのか?


「あのとき言ったじゃない。ここに来いって」

「そっか……ああっ、そうだ。そうだった」


 記憶にない俺は何がしたいんだよ? 

 まあ、彼女と話がしたかったから好都合ではある。


「だから私、来たのよ。……お礼言いたかったし」

「お礼?」

「そ、そう。しつこい松野先輩、追っ払ってくれたから。その……ありがと」

「ああっ、そっかぁ」

「じゃあ。私帰る」


 何の感情も表さないまま、校門に向かって歩き始めた。


「あっ、ああっ、麻衣、ちょっと待った」


 俺は彼女の腕を取って引き止める。


「何よ? もう私の用事は済んだからいいでしょ」

「だから、俺の話」

「この手離してよ。恥ずかしいでしょ。バカッ」


 語気を強める麻衣が気にする方向に、下校生徒たちが通り過ぎながらこちらを見ていた。


「喧嘩?」

「別れ話でしょ」

「校門で?」

「恥ずかしい」

「いい気味よ」


 好き勝手に言っているが、今はどうでもいい。


「それなら、ちょっとつきあってくれよ」

「あっ、あによ」


 俺は麻衣の手をつかんだまま、向かいの公園まで引っ張っていく。

 強引に彼女を引っ張って行く自分に、我ながら驚いてしまった。

 ブランコの横まで来て、人が近くにいないのを確認して握っていた手を放す。

 すぐ麻衣は俺から離れて不振顔を向ける。


「忍……変よ」

「ああっ。でも、お前だって変だ」

「変じゃないもん」

「もう、いい。それより……。まずは、この前は……ひどいこと言ってワリィ」


 彼女の前に向くが、顔が見れずに目をそらして言ってしまう。


「な、なんのワリィなのよ?」

「足のこと、そして応援のこと」

「そう……でも、何か誠意を感じない」

「あああっ、ごめん。俺、自分のことばかり考えていた……本当にごめん」


 今度は彼女の目を見て軽く頭を下げる。

 麻衣は面食らい黙って立つ。


「でも、それは……ま、麻衣のことで、俺があることから逃げてるから」

「逃げてる?」


 彼女は落ち着きを取り戻して、小さい声で質問した。


「ああっ。いやっ、それは……関係なくて」


 いろんなことがあって、今は混乱しているけど……二人の関係壊しそうで、逃げてたことは確か。

 俺にとって今の最善はやっぱり、気持ちをはっきり伝えることだ。


「ま、麻衣。つきあいたい」


 一瞬何のことかわからず呆ける麻衣。


「す、好きだから」

「へっ? えっ、ええっ?」

「恋人として……つ、つ、つきあいたい」何どもってるんだ俺? 

「ええっ。いきなりコクるの? えええっ」


 麻衣は急に顔を下に向ける。

 唐突な告白で慌ててるようだ。


「ええっと、その……答えくれ」

「ええーっ。こっ、答えくれって、へっ、変よ。……ああっ、そこじゃなくて、ち、ちょっと待って……」


 麻衣は慌てて背を向けると、側にあったブランコに座り、下を向いたまま黙ってしまった。

 場が静かになって、俺は上半身から湯気が沸き出したように顔が熱くなっていたことに気づく。

 しばらく音がしなく時間が止まった感じがしたが、麻衣は緩やかにブランコを漕ぎ出すのを見て周りの喧騒も聞こえ出した。

 後ろ向きでブランコを軽く漕ぐ麻衣は、何も言わない。

 もしかして、ふ、振られたのか? 

 上半身が急に冷えていくのを感じ出す。

 もう少し頭整理してから、カッコよくコクるべきだったか。

 これってマジ玉砕? 

 そう思ったら、冷えた顔がまた熱くなってきた。

 何も言わない彼女から逃げ出したい気分になってきた。

 うっ……逃げようか?

 逃げよう。

 俺は固まった体をようやく動かして、回れ右をして足を出す。

 何歩か歩き出したら、彼女から声をかけられた。


「どこいくの?」


 振り返ると、ブランコを止めて立ち上がっている麻衣。


「その、帰ろうかと」

「何で? 返事してないよ」

「ああ……」

「いいよ。……わ、私でよかったら」


 今、よかったらって? 

 勘違いじゃないか、駆け寄って聞き返す。


「ってことは、あれだ。OKでいいのか!?」

「うん。えっと……よろしく」


 麻衣は頬に両手を当て小さく頭を下げる。


「おっ、おおう。よろしく」


 やったーっ。

 どうやら麻衣は、気持ちを落ち着かせるために返事を遅らせてたようだ。

 俺は、彼女の前にあるブランコを囲っているパイプに座り一息つく。

 麻衣も俺に向かってブランコに座る。


「ねえ。あの道場の子はいいの? それに夢香先輩とかは?」

「いや、白咲も夢香さんも」

「何? なんなの? 言ってよ」


 麻衣は前かがみになって、俺を凝視する。


「なんでもない。二人とも先輩、後輩みたいな女友達だよ」

「そう……なの?」

「じゃなかったら、こうして麻衣の前にいないよ」

「そ、そうよね……へへへっ」







 俺たちは二人黙ったまま、空や公園の木々を見続けていた。

 心のモヤが晴れ、気分は爽快になったけど……まだ心は熱く重い。

 麻衣を彼女にできたのなら……。

 もう一つ大事な話を切り出さなければいけない。

 今の俺の事態を好転させるには、麻衣の協力が必要だから。

 心臓がどこかに飛んで行くようなイベントをクリアしたから、話はしやすくなったけど……。


「なあ麻衣。少し相談したいことがあるんだ」

「相談? 何?」

「実は、その言いづらいことで、またその内容を信じてもらうしかないんだが」


 フラメモや朝の夢の話は伏せて、記憶が飛ぶことを話した。

 こればかりは、もう一人の俺を見ている他の第三者に協力を頼むしかない。


「本当に? 私を担いでない?」

「真面目なんだ。頼む」


 晴れ晴れしていた麻衣の顔が曇りだす。


「俺、今日の休み時間に松野と喧嘩になりそうだったけど、その後どうしてた? さっき校門で会うまでの俺って」

「本当に記憶が飛んだの? じゃあ、私が喋ってた忍は誰なのよ……怖いわ」

「俺も同じ気持ちなんだ。だから知りたい」

「んっ。わ、わかった」


 麻衣はブランコから立ち上がり、俺の横へ不安そうに座る。


「松野がいなくなってからなんだけど。いったい俺は麻衣と何を話していたのか聞きたい」

「そう言われても……うーん、変わりなかったけど。ああっ、頭抑えて気分悪くなってたよね? その後、なぜか、私がいるって驚いてた」

「おおっ。それだ!!」


 いた! もう一人の知らない俺。


「でも、その後は普通に話して、いつもと変わりはなかったと思う。すぐ教室に戻ったし」


 俺は俺で変わらず……なのか? 

 頭の隅にあった言葉がリフレインする。

 多重人格。


「あっ、そのときよ、三時半に校門に来てくれって、言ったのよ」


 それは三時半に校門に俺がいること……俺に戻ることを知っていた? 

 何だそれは?


「そのあとは、話してないよ」

「授業中の俺、何してた?」

「それも普通だったよ。ただ、熱心に勉強してたようだった。ノートに黒板の文字書き写してたし」

「なんだ普通に勉強してるじゃん、それがいつもの俺と違うのか?」

「授業中、いつも居眠りばかりしてたから、今日は真面目じゃんって思ったのよ」

「たまには居眠りするけど。いつもしてないぞ」

「はい、はい」

「はいを二度言うな」

「午後の授業サボってた」

「えっ?」

「早退したのかって思ってたんだけど……気になってたから、約束もあって校門に来たんだけど」

「そっか」

「あっ!」


 何かを思い出して口に手を当てる彼女。


「今度はなんだ?」

「逆立ちしてた……けどいいや」


 麻衣は話している途中で髪の毛をいじって、言葉を中断した。


「話を途中で投げ出すな」

「きっ、気にしないで」

「気にするわ」

「うーん。私の前で両手ついて逆立ちしてた」

「はっ? 何それ」

「逆立ちよ」

「俺が? どこで?」

「休み時間に廊下で。でも私の勘違いだと思うから、上半身裸だったし……流して」

「裸? はーっ?」

「だから聞き流してよ」


 赤面しだす麻衣。


「何で?」

「私に聞かれても知らない。忍がしたことだよ」

「ごめん。そうなんだよな」

「やっぱり、私をかついでるでしょう?」

「してない、してない」


 俺こそ、担がれてる気がしてきたよ。


「私のわかる範囲はそれぐらいかしら」

「そっか。サンキュー」


 麻衣の話からもう一人の俺の意味不明な行動を聞いて、絶対俺じゃないと確信した。

 裸で逆立ちなどありえない。

 じゃあ、もう一人はやはり多重人格の別人格者なのか?


「何かの病気なら、お医者さんに見てもらおうよ」

「わからない。まだわからない。だから、もう少し様子を見るよ」

「そうなの? でも、やっぱりさ」

「大丈夫だって、もう少しだけ」

「じゃーっ、仕方ないから私も気をつけて見守るよ。でも、心配だわ。何かあったらすぐ病院に行こうよ」

「ありがとう。それで、雅治たちには内緒な。心配する者、増やしたくないから」

「うっ、うん。そうよね」


 話の中でひっかかったことがあったので、俺は鞄をひざに置いて中をのぞいて見た。


「鞄どうするの?」

「ちょっと俺が書き写したノートを閲覧」


 取り出したノートから、書き終えた分までめくってみた。


「昨日のままか」

「えっ? 何か書いてたんだけど」


 書いてない部分をめくってみると、落書きされたようなベージが開けた。


「ん、なんだ? こんなのは描いた覚えがない。これか?」


 よく見るとスケッチされた絵が二つ描かれてあった。

 麻衣ものぞいてみて感想を言う。


「デッサンの取れた家だね。人の顔も描かれてる」

「ああっ。似顔絵かな。誰だろう?」

「有名人かな……あれ」

「何かわかった?」

「ううん。一瞬知ってる人の書き方に似てるなって」

「この絵が?」

「ごめん、忍自身が描いた物だよね」

「んんっ、難しいところだけど」

「どこの家を書いたのかしら? 洋館?」

「それっぽいけど、わからん。教室の窓からこんな洋館見えないしな」


 授業中に描いてるってことは、思い出して描いてたことだよな。

 実際にある風景かな?


「見ていれば、そのうち思い出すんじゃないかしら。今の忍と記憶にない忍との接点とか」

「だといいんだが……。何かの鍵か」

「ねえっ、気分転換とかしたらいいよ。疲れてるかもしれないよ」


 たしかに寝不足が続いている。

 よくわからない夢遊病もあって。


「リフレッシュする感じで、どこかに行くとかいいと思うよ?」


 そうだ、夢香さんからもらった券がある。

 今がいいチャンスじゃん。

 ここで、麻衣を遊園地に誘ってみるか?


「じゃあ、次の休み。遊園地行かないか?」


 夢香さんからもらった二枚の券を、サイフから出して見せる。


「珍しいね? 遊園地の券なんて」

「実は、麻衣と仲直りしたくて、持ち歩いてたんだよ」

「ふーん」


 麻衣は興味なさそうな声を出したが、顔は微笑んでいる。


「どう? その、初デートにいいかなって」

「うーん、今度の土曜日は喫茶店のバイト」

「じゃあ、用がない日に変更しよう」

「ううん、いいよ。次の休みに行く。行きたい。バイトは断っちゃう」

「おおっ、やりーっ」


 話し終えて公園を出てから、近くの埠頭を二人で散歩する。

 波打ち際の夕暮れを楽しんだ後、停留所で別々のバスに乗って帰った。

 コクるイベントをクリアで、麻衣を恋人にゲット。

 おまけに頼もしい援軍にもなってくれる。

 狂い始めた俺の時間と悪夢に、十分対峙できる情熱が湧き出てきた感じがした。



 ***



 その夜、九時過ぎた頃。

 ローテーブルに置いてある携帯電話が鳴りだす。

 取り上げて応対すると一階の喫茶店カフェショコラの店長マスターだった。


店長マスター。どうしました?」

「今こっちで夢香さんが寝ちゃったんで、自宅にかけても誰も出なくて困ってるんだ」

「えっ、夢香さんが? 起きないんですか?」

「彼女に頼まれて、ちょい濃い目のブランデー入りコーヒー出したんだけど、のびちゃいました。店を開けるわけに行かないし、それで迎いに来てくれると助かるんだ。次に来たときサービスするよ」


 それはいい。

 でも、ははっ。

 超弱かったんだ夢香さん。


「わかりました。これから行きます」

「お願いするよ」


 同じマンションの一階にある喫茶店カフェショコラは、夢香さんがよくバイトしている馴染みの店。

 麻衣もたまにバイトしているようだ。

 そんな関係でよく通ってるので、店長マスターとも顔なじみになっていた。

 カフェショコラのドアにはclosedの看板がかけられて、店内も半分暗くなっていた。

 開けて入ると中年のひげをつけた店長マスターがテーブルを拭いてて、奥のカウンターに一人うつぶせの人物が見えた。


「あっ、広瀬君来てくれたね。ごめんよ」

「いえいえ、夢香さんはどうです?」


 店長マスターと一緒にカウンターに行き、寝ている夢香さんを見る。


「むん、にゅ……」

「夢香さーん」


 一声かけて、軽く肩を叩いて見る。


「うーん。はによぉ、ふむ……んん」

「夢香さん、起きて、夢香さん」

「さっきから、うるはーい。うるはい……うるは……ぃ……にゅーっ」

「あらら、駄目だこりゃ」

「でしょ?」

「ですね」


 店長マスターと二人で肩を下げる。


「しかたない。無理矢理でも、おぶって行きますよ」

「大丈夫?」

「ええっ。これも弟役の仕事です。それじゃ夢香さーん」

「は……ぃ」

「送りますよ、肩貸しますから立ってください」


 夢香さんの座っている椅子を店長マスターに移動してもらって、ひざを曲げて待機。

 カウンターのテーブルから、上半身が落ちてきたところを背中がキャッチして立ち上がる。

 カウンターにあった彼女のバッグを取って背負いなおすと、胸のふくらみを背中全体で感じる。

 もちろんスカートからはみ出した太ももをかかえて、これは役得。


「ふーん……にや……」

「一人で行ける?」

「はい、大丈夫。軽いですし、エレベーター使えばすぐだから」

「じゃ、よろしくね、ほんと助かるよ」

「はい。サービス期待してますね」


 ドアを開けて外に出るまで見送ってもらい、マンションロビーのエレベーター前に立って降りてくるのを待つ。


「ふむーっ。風が……さっ、さぶいよ」

「夢香さん? もう中ですよ」

「むにゅゅゅっ」


 はあっ……起きてくれない。

 肩が痛くなってきたけど、胸の弾力が……幸せかも。

 でも、体がズルズルと下に崩れ落ちてるよ。

 こんな密着してるとまた映像が見えて……やっ、やばい。

 そうだった、フラメモが発動しちまう。

 早く彼女を。

 降りてきたエレベーターに乗り込み、抱えなおす。


「夢香さん、もう少しですから」

「ふうううっ。うにゅう」


 こんな熟睡してる夢香さん初めてだ。顔も真っ赤で可愛い。

 エレベーターから降りて、急いで夢香さんの玄関入り口へ行く。


「さーっ、着きましたよ」


 だ、大丈夫だ。

 フラメモがまだ発動しない。

 いや、そうじゃなくて発動しなかった? 

 これはひょっとして? 

 いつもならとっくに映像が浮かび上がってるけど……。

 正常に戻った? 

 わからない。

 とにかく彼女を部屋に。

 ドアのノブに手を置いてひねるが、鍵掛かってる。

 夢香さんの部屋の合鍵なんて持ってないぞ。

 まさか俺の部屋に連れ込むわけに行かないし、カフェショコラに戻るわけにも行かないだろう。

 彼女を背負ったまま、手に持っているバッグを開けて中を物色する。

 もちろん部屋の鍵である。

 これっていいよな? 

 ……俺の部屋に運ぶより。

 中を調べてると小さな箱があり、取り出すとpillと文字……ピル?


「うっ、らめぇ……」


 背中越しに夢香さんが呻く。

 焦りながら箱は戻す。

 ……み、見なかったことに!! 

 うん。


「むにゅっ……ううん」


 はーっ。

 鍵、鍵はどこだ。

 すると金属の感触。

 取り出すと鍵が出てきた。


「夢香さん、入りますよ」

「すーっ、すーっ」


 ドアを開けて玄関に入り、ひざを折って彼女を室内の廊下に座らせる。


「寝息たててるよ。可愛いいな夢香さん」

「うっ、うん。何か言った?」

「えっ?」

「あれーっ。忍クゥンがいる……れれっ」

「夢香さん? 起きた?」

「うん……目が覚めた」

「もしかして狸寝入り?」

「そんなことしてないよ。忍君にほめられたんで……びっくりして起きちゃった」

「げっ。そうなんですか?」

「冗談よ、ドアの前でガチャガチャとドアノブひねってる音で覚めちゃったわ」

「はあっ」


 やっぱり部屋の前から狸寝入りしてた。


「ふうっ」


 一呼吸した夢香さんは立ち上がって、玄関の照明をつける。


「ふふ。ありがとう、送ってくれて」

「いいえ、他ならぬ夢香さんですから」

「鍵ってバッグから?」

「え、ええっ。そ、そうです。……何も見てないですよ。あ、あの、超がつくほど弱いのにアルコール入り飲んじゃって、どうしたんですか?」

「実は、彼と別れちゃった。で、へへへへっ」

「ええっ?」

「他に女いるの知らずに……私、バカみたいだったの。もーお、あんなやつ、クズ女にくれてやったわよ。うん。清々した。スッキリ」


 腕を振って気持ちを表現しているが、足がふらついて転びそうになって焦る。


「そ、そうですね。そんな気分になりますよね」

「でも、ちょっと酔ってみたかったんだ。ええっ、うへへへっ、ヒック。あん、バーロ、フン。うへへへへへっ、アンニャロめ」


 どこがスッキリ? 

 夢香さん、壊れてますよ。


「ねーっ。私が嘘ついたと、今、思ったでしょ?」

「そ、そんなことないです」

「そーお、うふふふふふふっ。何か思い出してきたらムカムカしてきただけよ」


 怖い夢香さんが出てこないうちに退散しよ。


「今日はもう寝た方がいいですよ」

「うん……そうする。そうして、明日から元気に行きますよ」

「そう、夢香さんは元気が一番です。じゃあ、俺これで」


 ドアを開けてそそくさと出て行こうとしたが、呼び止められる。


「あっ、忍君」


 夢香さんは廊下から玄関口に降りて俺の肩に手を置いて、顔を近づけると頬に口づけをした。


「お礼よ。じゃあ、お休みなさい」


 夢香さんは、にっこり笑ってドアを閉めた。

 あーっ、ははははっ。

 役得だったかな。

 バダバタしたけど夢香さんも大変だったってことで。

 口づけされた頬に手をやると、鼻の下が伸びてきた。


 自室に戻ると、フラメモが起きなかったことに疑問が湧いてきた。

 さっきは何も起きなくて喜んでたが、原因はなんだ? 

 一貫性などもともとなかったけど、何で起きなかったんだ? 

 問題は、俺の方か、夢香さんの方なのか? 

 午前中にフラメモはできてた。

 で、その後の違いはあるか? 

 校門で意識がよみがえって、麻衣と会って一緒に散歩して別れて戻ってきた。

 精神面では、麻衣からカノジョの承諾を得て、最近の暗い気分が晴れているが……ん? 

 恋愛とフラメモに関連性はあるのだろうか?

 わからない。

 相手だった夢香さんではどうだろう? 

 いつもと違うのは、酔って? 

 意識が無かった。

 あるいは眠っていた。

 これは考えたことがなかったな。

 いや、バッグとか物などは、意識を強く集中すれば映像は視れていた。

 人も意識がないと容易に映像が取り出せないのかもしれない。

 やっぱり直ったとか喜ぶのは早いかもな。


 はーっ。

 今日は麻衣ゲットで十分じゃないか。

 カノジョだよ、カノジョ。

 麻衣が俺のカノジョになったんだよ。

 昨日まで感じてた、ふらつくような胸の苦しみがなくなって、今は心地よい熱さの胸の痛みに変わってる。

 麻衣のおかげだ。

 ベッドに寝転がり一人悶える。

 今夜は眠れないかも。

 いやいや、睡魔は来ている。昨日は寝不足だったから……。

 そう思っているうちに意識が途切れた。

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