第四章

今日も今日とて暇を持て余している。咲や啓太はここのところ忙しいのか、なかなか会えない。

執行部内の噂だと、社の幹部の側近が裏切りを働いたらしく情報部はその隠蔽や工作で必死なようだ。この前啓太に会った時も、かなり上等なクマが出来ていた。手に持っていたのもエナジードリンクで、声をかけると

「あー、つかれあー」

と、いつも以上に変な声をあげていた。

ともなれば依頼に対応などできるはずもなく、それは執行部に仕事が来ないことも意味していた。

情報部の状況から噂ではないと考えられるが、気になるのはその側近のことだ。裏切りならば基本、執行部が動く。うちの社はある意味レッド企業だ、普通に入退社はできるもののそれなりの情報を持つようになるとそうはいかなくなる。ずいぶん前に一人の情報部員が社を抜け出すことがあった。すぐに執行部に連絡が入り、間もなく処理されたらしい。

しかし、今回は処理の話が来ない。ゆえに噂とまでしか言われていない。おそらく何かあってのことだろう、もし噂が本当ならば処理の命令が来るのも近いと俺は思っている。

となればすることは一つ、準備だ。日ごろから行っていることを同じようにやる、そうしていつでも対応できるようにする。逆にできることがそれ以外ない。周りは休みを持て余し遊びや睡眠に費やしている中、俺は一人整備室へ向かう。

いつもの通り分解し、掃除、点検、組み立てをする。そのまま普通ならば射撃場へと向かうところだが、俺はそこを通り過ぎ奥の近接場へと足を動かす。

ここは主にナイフを扱うためや、射撃場よりも近い距離での射撃、立ち回りのための練習部屋だ。人の形の的がいくつか並び、仕切り等はない。鹿革の手袋を填め、的の一つに向かうと、いつもの愛銃を構える。そう、ナイフでも、散弾銃でもなく、対戦車ライフル。

一気に敵に近づく、その反動で銃身をつかみ銃床を振り上げて頭部に一発。続けて振り下ろし肩の部分を殴ると、体を回転させると同時に銃を構え回し蹴り。そして足をつくと、構えた銃で隣にいた敵へ弾丸を打ち込む。打った時の反動を利用して持ち手の金具を外し、排莢と同時に左手で腰の弾倉から弾を一発取り出し銃身へ押し弾く。構える勢いで銃を振り下ろし、持ち手部分を元に戻して装填完了。すぐさま、構えた先にいる後ろの敵へ撃ち放つ。

そこで一旦練習を止めて確認する。状態は良好といえるだろう。打撃のみの的はボロボロに、弾丸を至近距離で打ち込まれた横の的と、少し離れた状態で撃たれた的は見事に命中しあたりに綿やきれ布が散乱している。どうやらどちらも貫通したようで、弾丸は他の乱雑に設置されていた的も壊しながら壁で止まっていた。

少しやりすぎたかと思いつつ、これならいけると手ごたえをつかんだ俺は静かに片づけを始めていた。あたりに散ったのが血ではなく綿であるのが、少し残念であり片づけやすかった。

破棄用の的入れへすべての的の残骸を入れ終わり、新たな的を設置しているときだった。入口に誰かの気配を感じすぐに振り返る。そこにいたのは、咲だった。

「やっと見つけた……」

そういうと、俺が声をかける間もなく駆け寄り抱き着いてきた。もちろん俺はふらつく。

「ど、どうしたんだよ」

体制を立て直しながら、咲をしっかりと抱く。久しぶりの小さな感覚。

「最近忙しくって会えてなかったから、なんか寂しくなって……」

見上げてきた顔は、少し涙目にも見えた。愛おしくて仕方がないそれを強く抱きしめる。

「お疲れ様。俺はいつでもいるから、大丈夫だよ」

俺ができるのはこれくらいだ。仕事を代わることも、休みをあげることもできない。ならば、せめて応援したい。いつもされてる俺だからこそ、その思いは人一倍強かった。

俺たちはしばらく動かなかった。そのあと、咲も設置を手伝ってくれて、片づけは早めに終わった。最後に愛銃をケースに入れてロッカーへしまう。咲は仕事の途中で抜け出して来たため、大急ぎで戻っていった。

その直後、部長と廊下でばったり出会った。そのまま少しの立ち話。いつもの柔らかい顔とは真逆に、内容はかなり重く、暗いものだった。

「情報部は今大忙しだからねぇ、情報が漏れただの紛失しただの、はっきりとしてないからこそ総力を挙げているらしい。噂だと幹部側近が関わっているといわれているがね、どうも怪しいよ」

「部長も噂なんて聞くんですね」

「いくら歳をとっても、風の便りは等しく聞こえてくるもんだよ」

他にも、依頼が来ないからしばらく暇をしているだの、近々ボーナスが入るだの、ちょっとした立ち話をしてから部長とも別れた。

また、一人だ。暇がやってくる。今日も今日とて何もなし。うれしいような悲しいような、そんな一日だった。

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