第一章
世界には不都合が多い。一般人が見ている世界は人間の作り出した社会の表面でしかなく、人間の本性が顕著に現れる裏の世界は欲望にまみれている。
そんな世界に不都合はつきもの、それを処理するのが我ら暗殺専門組織『
俺は帰ってきて早々に報告書類を持ち、近くにあった机へ立ったまま向かい記入をした。
最後に署名をして部長へ渡しにいく。
「部長、完了しました」
「ん、お疲れ。しかし、あれだな、早いな」
「さっき戻ったばかりですから、それにいつも通りですよ」
「そうだったな。じゃ、次の依頼が入るまで休んでいてくれ」
俺はそのまま部屋を出ると、近くの椅子へ腰掛けた。そして長く出るため息。
「おつかれぃー、
「お疲れ様、大変だったね」
そこへ、同僚で情報部の
啓太は高身長、痩せ身の男で、長めの黒髪をいつもゴムで結んでいる。ちょっと抜けたところがあるものの、俺はよく親しくしている。咲は子供に間違われるほどの低身長、童顔で艶やかな黒髪をツインテールにしている。小学生と間違われても、納得できる姿だ。もちろんこう言うのもなんだが、胸のほうもお察しだ。それと、俺の彼女でもある。
二人はそのまま近くの椅子へ座る。
この部署内は、『フリーアドレス』という制度になっている。簡単に言えば自席がない。誰でも自由なところに座って仕事をする。なぜかと言えば、さっきまでの俺みたいに基本は外にいる。休みや待機、情報収集以外にすることがないのが実際。一方で他の部署は正反対。たとえば、情報収集専門の情報部は主にパソコンと潜入、他部署のサポートを受け持っている。基本的に、椅子の前での仕事になるため自席がある。
「まったく、人使い荒いよな」
やれやれといった顔で答える。
「お前だって、人に対して対戦車ライフルとかえげつないぞ」
「あ、そうだった、片付けるの忘れてた。ちょっといい?」
そう言って俺は、足元に置いていたケースを持ち、ロッカーへ向かう。後ろから、二人が話しながら付いてくる。
ロッカーの奥に金庫があり、そこに愛用の対戦車ライフルの入ったケースを仕舞う。
そのまま俺たちは、社内にあるフリースペースへ行き、そこで飲み物を買って話をする。
三人で話していつも思うことが、俺を除いた二人がよくしゃべると言うことだ。
確かに藤崎と咲は同じ部署、俺だけ執行部。彼女と知り合ったのも藤崎のおかげだが、三人で話しているのに俺だけ残されているのがどうしても気になる。
藤崎が席を離れたとき、たまにしている質問を投げかける。
「なぁ、咲」
「なぁに?」
「俺たち、恋人だよな?」
「そうだよ?」
何を当たり前なという顔をして答える咲。それに対して、答える。
「ほら、二人でばっか話しているからさ」
「当たり前じゃん、憧汰(しょうた)は部署違うんだから」
そう言うと、咲は唇を重ねてきた。突然現れたやわらかい感覚に一瞬戸惑ったが、そのまま目を閉じる。
しばらくして、彼女は口を離し、耳元でささやいた。
「続きは今度ね」
「何時空いてる?」
「今週の土曜なら」
「分かった、そのときにね」
そう言って離れると、丁度藤崎が帰ってきた。
「あのさー、そうやって目の前でいちゃつかないでよ!」
二人で笑いながら話を進める。
その口には、彼女の飲んでいたココアの味と、彼女の唇の柔らかさが未だに残っていた。
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