66 体育座り
咄嗟のことに僕は思わず配信していることも忘れて固まる。
だが司波さんはそんな僕に視線を向けようとはせず、部屋の隅っこの方へと体育座りをしだす。
「……っ!?」
司波さんの今着ているパジャマは何というかワンピース型のフリフリしたやつで、体育座りなんてした日には、どうしても太ももが
少し身体を傾ければその先が見えてしまいそうな司波さんに僕は慌てて視線を逸らす。
「わ、わわっ、ごめんなさい! ち、ちょっと待ってくださいね……!」
そこで僕は自分の耳に指したイヤホンから歌おうと思っていた曲が流れているのを聞いて、ようやく配信の途中だったことを思い出した。
既に前奏は終わっているのに一向に歌いださない僕に、コメント欄も困惑気味だ。
僕は慌ててリスナーの皆に一度断りを入れると、マイクをミュートにする。
ちゃんとミュートになっているのかをもう一度確認しつつ、配信が無音にならないようにと作業用の音楽も流しておく。
「し、司波さん?」
一応の対処は出来た僕は、未だに部屋の隅っこで体育座りをしている司波さんに声をかける。
しかしやはり司波さんは僕の声に反応は見せない。
それに加えて、これまでそっぽを向けていた顔をその柔らかそうな膝に埋めてしまった。
どうやら本当に僕の声に反応するつもりはないらしい。
しかし司波さんがその気なら、こっちにも考えがある。
「司波さーん」
僕はもう一度だけ声をかける。
当然のように司波さんの反応はない。
それならやはり僕も心を鬼にしないといけないようだ。
「ぱんつ見えてるよー」
僕は司波さんに言う。
本当は「見えそうで見えない」というぎりぎりのラインを保っているのだが、それを教えてあげるつもりはない。
「——っ!」
案の定というべきか、僕の言葉に司波さんが大きく肩を揺らす。
そしてスカート部分の裾を手繰り寄せ、何とか僕から下着が見えないようにと必死になっている。
だがそれでも体育座りをやめようとはしない司波さんに、僕は思わずため息を吐く。
「あー……皆、聞こえてる? ごめんね、ちょっと野暮用で」
どうやら司波さんは梃子でも動く気がないらしい。
僕はこの際仕方ない、とマイクのミュートを解除した。
「じゃあもう一回、最初から」
そう言って、先ほど流していた曲を最初から再生する。
前奏中、ミュートにしていた間のコメント欄を見てみると『何があったの?』や『え、このまま歌枠中止とかないよね!?』などのコメントが多く書き込まれている。
閲覧者数を見てみるとミュートにしてしまったせいか、やはり少し減っている。
だが減ってしまったものをいつまでもぐだぐだ言うわけにもいかない。
減ってしまったものは、また増やすしかないのだ。
もうすぐ前奏が終わる。
そうしたら僕は歌わなくてはならない、クラスメイトの前で。
「…………」
視界の隅っこで、体育座りをしているクラスメイトがいつの間にか顔をあげているのが見える。
彼女はどんな表情を浮かべているのだろうか。
どうせ恥ずかしいことに変わりはしないのだから、それならせめて目を輝かせていてくれたりしたら嬉しいな。
僕はそんなことを思いながら、画面に映し出された曲の歌詞に意識を向けた。
◇ ◇
「最終閲覧者数七万、最高同時閲覧者数九万、総閲覧者数十一万って何よ……、桁一つ間違ってるでしょ……」
司波さんが僕の今回の配信について詳しく書かれたページを見ながら呟く。
「一時間で十一万人とか、アイドルたちのコンサートでもこんなに人集まらないわよ……?」
「そ、そうかな?」
司波さんの言葉にそんなことを言ってみるが、我ながら最近はリスナーが多くなった気がする。
もちろん普段の配信からこんなに人が来るわけではない。
普段の雑談枠では総閲覧者数が六桁なんて超えないし、僕自身、他の配信者のライブでリスナーがこんなに集まっているのは見たことがない。
リスナーが増えたことについての原因は、純粋に『ライッター』を使う人が増えたというものもある。
だがそれ以上に「涼-Suzu-」の配信でとりわけ歌枠が人気ということが挙げられるだろう。
歌枠以外の配信の時もリスナーは全然多いが、それでも歌枠の時のものと比べるとその差は歴然だ。
「ただ結果的に四万人は配信を途中で見るのを止めちゃったわけだし……」
確かにそれは喜ぶべきことだ。
でも僕にとってはそれよりも、そっちの方が重要だと思っている。
配信者にとって固定リスナーの存在は必須といっても過言ではない。
自分の配信に出来るだけ来てくれて、出来るだけ最後までいてくれる彼らは、恐らく次の配信にも来てくれるのだろう。
今回の僕の配信でいえば単純に考えて、最後まで残ってくれた七万人が固定リスナーだと言える。
もちろん途中で用事があって仕方なく……という人もいるだろうが、それは今は置いておこう。
七万人の固定リスナーと仮定して、では残りの四万人はどうだろうか。
彼らが次の僕の配信に来てくれるかと聞かれれば、僕は首を振る。
なぜなら彼らは今日の僕の配信で
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