67 歌枠


「まあ色々言ったところで合わない人は少なからずいるものだし、仕方ないよ」


 僕は頬を掻きながら司波さんに言う。

 どれだけ僕たちが改善点を見つけ出して、それを改善したとしても、配信を見るのを途中でやめてしまう人は少なからずいるものだ。

 実際、四葉さんの配信について毎日少しずつ改善しているが、最後まで配信を見てくれる人と最高閲覧者数の差は中々縮まっていない。


「あ、あんたの場合は見てる人数が人数なんだし、別に途中で見るのをやめちゃったのが四万人いたとしても気にすることないと思うわよ……?」


 僕を慰めようとしてくれているのか、司波さんはおずおずと言った風に呟く。

 それは普段の司波さんから考えてもあまり見ない姿だ。


「まあでも普段はこんなに、途中で見るのを止める人はいないんだけどね?」


「うっ……」


 僕の言葉に司波さんが気まずそうに視線を逸らす。

 因みに今の僕の発言は別に嘘でも何でもない。

 普段の歌枠であれば、途中で配信を見るのを止める人たちはいても二万人前後だった。


 ではどうして今回の配信ではこんなに途中で見るのを止める人が多かったのかと言うと、それは僕が配信の途中で一度マイクをミュートにして配信を中断してしまったのが原因だろう。

 時間にしたらせいぜい数分という時間ではあるが、その数分の空間というのがライブ配信にとっては重要な時間なのだ。


 あの時僕が配信を中断せずに続けていたら、もしかしたら今日のこの四万人という数字は半分くらいになっていたのかもしれない。

 恐らく司波さんもそのことを十分に理解しているのだろう。

 だから僕の言葉に気まずそうな表情を浮かべるわけだ。

 普段司波さんをこんな風にいじれる機会なんてないし、少しだけ意地悪させてもらおう。


「……で、でも残念よね」


「ん、何が?」


「あ、あんたの歌を聞けないなんて残念じゃない」


「っ!?」


 しかしその時司波さんが僕から視線を逸らすように俯きながら呟いた。

 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった僕は声にならない声をあげる。

 僕としてはもっと司波さんに意地悪をしようとしていたのに、今度は司波さんが反撃してきた。

 多分司波さんにそんなつもりは毛頭なく純粋な意見として言ったのだろうが、僕にはそう感じられた。


「た、確かに私のせいで途中で見るのを止める人が多くなっちゃったのかもしれない。でも申し訳ないけど、わ、私は後悔はしてないから」


 司波さんが言葉を続けるが、僕は今それどころではない。

 今まで感じたことのない恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。


「だって結果的にあんたの歌を一番近くで聞けたんだもん」


「——っ!?」


 どうして司波さんはたまにこういうことを恥ずかしげもなく言ってくるのだろうか。

 僕はもはや司波さんの顔を直視することが出来ない。

 頬だけじゃなく、耳まで熱くなっているのが嫌でも分かる。


「そ、そういえば司波さんは歌枠とかしないの?」


 これ以上、司波さんに何か言わせるわけにはいかないと思った僕は慌てて話題を逸らすことにした。

 咄嗟に出た話題にしては我ながら良い話題だろう。


 僕が知る限り、四葉さんはこれまでにほとんど雑談枠でしかライブ配信をしていない。

 たったそれだけであんなに人気を集めているのは素直に凄いと思うが、そろそろもっと別のことを始めてもいいんじゃないかとずっと思っていたのだ。


 例えば「歌枠」。

 ライブ配信の中でも屈指の人気ジャンルである歌枠は、閲覧者数を増やしたり、もっと人気を出すためには悪い手段ではない。

 もちろん配信者の歌の実力であったり、表現力なども大事になってくるので一筋縄にはいかないのも事実だが、以前司波さんの歌声を聞いた限りでは、どうして現在歌枠をしていないのか勿体ないと思ったのをよく覚えている。


「この前あげたマイクはそれなりに音質も良いはずだから、普通に歌枠する分には困らないと思うよ」


「そ、それはそうだけど……」


 しかし司波さんはどうやらあまり乗り気ではないらしい。

 てっきり司波さんのことだから人気が出ることなら喜んですると思っていたのだが、何か思うところがあるのだろうか。


「や、やっぱり恥ずかしいし……」


「…………」


 司波さんの言葉に僕は思わず押し黙る。

 今しがた、僕の歌を直接聞きに来た人とは思えない言葉だ。

 僕のジト目に気付いた司波さんは気まずそうに視線を逸らす。


「でも今の司波さんのレベルなら全然大丈夫だと思うけど」


 それは嘘偽りない僕の本心だ。

 司波さんの歌は何というか、優しさに包まれるというか、温かい感じがした。

 恐らくそれはきっと司波さんの歌を聞いた人ならそう思ってくれるはずだし、だからこそ四葉の配信に歌枠という新しい風を吹き込むべきなのだ。


「わ、私とか全然だし、人に聞かせられる声じゃない……」


「え、ええ……」


 司波さんの弱気な発言に僕はどうしたらいいのか迷う。

 本人が嫌だと言っている以上、無理に薦めることは出来ない。

 だが司波さんの歌をもっと皆に聞いてほしいという思いがあるのも事実だ。


「れ、練習したい、かも……?」


「練習?」


「う、うん。カラオケとかで歌の練習とかした後なら、歌枠してもいいかも……?」


「なるほど」


 確かにそれは良い考えかもしれない。

 歌枠の前に喉の準備をするのは配信中に声が裏返ったりしないようにするためには重要だ。


「ひ、一人でカラオケは恥ずかしいから、あんたも一緒に来なさいよね」


「え……」


 だがしかし僕は司波さんのそんな言葉に固まる他なかった。


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