63 悪だくみ
「す、すごく見違えましたよ! 彼氏さん!」
「そ、そうですか?」
服を選んでくれた店員さんが僕を褒めてくれる。
普通に綺麗なお姉さんに褒められるのは、当然嬉しくないわけがない。
僕はちょっと照れくさくもお礼を言う。
「あ、でも彼氏じゃないので!」
ただこれだけは訂正しておかなければならない。
ただでさえ今、司波さんはそういった話題に敏感になっているだろうし、そんなことを聞いた司波さんの怒りが再び僕に向くのは御免被る。
「またまたぁ、そんな恥ずかしがらなくてもいいですって。凄くお似合いですし!」
「ほ、本当に違うんですってば!」
しかし僕の否定を照れ隠しと勘違いしたのか、店員さんは笑顔を浮かべながら手を振って来る。
僕は隣で俯く司波さんが今の会話を聞いていないことを祈りながら、必死に誤解を解く。
結果的に僕の言うことを信じてくれたのか、それ以上は何も言ってこない。
ただ微笑ましそうなものを見るような目でこちらを見てきているだけだ。
果たして本当に僕の言葉を信じてくれたのか疑問の残るところではあるが、今はそんなことよりも早くこの場を抜け出そう。
じゃなければ、またいつ店員さんが余計なことを言ってくるか分からない。
僕は一度試着室へ戻り、元の服に着替える。
店員さんは着替えなおした僕を勿体ないと言う風に見ていたが、こんな慣れない服を着てデパートを歩く勇気なんてない。
「……こ、これ買います」
しかし折角司波さんたちが選んでくれた上に、自分でもそれなりに気に入っていた服を買わないのは勿体ない。
僕は店側の人間だからか嬉しそうに微笑む店員さんに服を渡す。
店員さんはあっという間に包装してくれる。
僕は隣で俯いている司波さんを一度だけちらっと窺いながら、会計を終わらせる。
「彼女さんとのデート、楽しんでくださいね!」
「だから彼女じゃないですって!」
最後の最後まで余計なことを言ってくる店員さんに、僕は思わず叫びながら店を出た。
◇ ◇
「司波さん? 大丈夫?」
「…………」
僕は司波さんに声をかける。
さっきの店を出てからというもの、どういうわけか司波さんは一度も禄に喋らず俯いたままだ。
僕が声をかけてもまともな反応も返してくれない。
「し、司波さーん? この後どこかに行く予定もなければそろそろ家に送っていくけど……」
司波さんがこの状態ではデパートにいても何もすることはない。
時計を見てみても案外いい時間だし、今送っていけばちょうど僕が帰るころに外が暗くなり始めるだろう。
僕は反応は無いだろうなと予想しつつも、最後に司波さんに確認する。
「帰らない」
しかし予想に反してこれまで俯いていた司波さんが反応を見せる。
しかもその時の声はどこか不機嫌さを感じさせるような棘のある声色だった。
どうして司波さんが不機嫌なのかは分からないが、このまま放っておいておくわけにもいかない。
「か、帰らないって言っても、特にこれ以上することもないでしょ?」
「…………」
僕の言葉に再び口を閉ざす司波さん。
本当どうしていきなりこんな不機嫌になってしまったのだろうか。
てっきり顔を俯かせていたのはレストランでのことを思い出した恥ずかしさからかと思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
だがやはり司波さんがどうして不機嫌になっているのかは分からない。
「……帰らない」
ただ司波さんの小さな呟きだけが僕の耳に入る。
しかしそうは言っても僕に何をしろというのだろうか。
「……ちょっと待って」
これまで俯いた司波さんが顔を上げ、僕に言ってくる。
僕は突然どうしたのかと驚きつつも、司波さんの言う通り、司波さんの次の言葉を待つ。
すると司波さんはいきなり鞄を漁りだしたかと思うと、自分の携帯を取り出す。
さすが女子高校生と言うべきかそのスマホケースは可愛らしい。
僕がそんなことを考えていると、司波さんは画面を少し操作し始める。
かと思うとどこかに電話をかけたのか携帯を耳元に寄せた。
「……あ、もしもし? 私だけど……うん」
一体司波さんは誰と話しているのだろう。
僕は目の前でどこの誰かと話す司波さんを見ながら、考えてみる。
司波さんの親友でもある東雲さんだろうか。
その可能性ももちろんあるが、今の司波さんの話し方とかを鑑みてみると、どうにも違うような気がする。
では結局司波さんは誰と……?
「昨日は友達の家に泊まりに行ってたの。うん。どうせ今日も忙しくて家に帰るの遅くなるでしょ?」
「あ、なるほど」
僕は司波さんの会話を聞いてようやく理解する。
どうやら司波さんは今、自分の親と話をしているようだ。
確かに昨日、僕の家に泊まったということについても連絡していなかったようだし、一応連絡しておくべきだろう。
さすがに異性の家に泊まったとは言えないのか、司波さんも友達と誤魔化している。
「どうせ今日から夏休みだし、これからしばらくその友達の家に泊まるから」
「……は?」
いや、待ってほしい。
聞き間違いじゃなければ、今確かに、ありえない言葉が聞こえたような気がするのだが。
しかし司波さんは僕のことなど知った様子もなく、通話を続けている。
「……え? 挨拶? いや、一人暮らししてる友達だし、そういうのは大丈夫だと思うよ。……うん。分かってるって。失礼のないように気を付けるよ。じゃあ仕事頑張って」
最後にそう言うと司波さんは通話を切る。
「ま、そういうことだから」
そして悪だくみが成功したような笑みを浮かべながら、そんなことを言ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます